ジャンク・マシンの殺戮容疑

作者:玖珂マフィン

●冷たいジャンクマシン
 釧路湿原の奥地で、それは目覚めた。
 少女のようなそれはその実、兵器だった。
 感情のない瞳が主人の姿を認識する。
 民族的な衣装に毛皮を被った女、テイネコロカムイ。
「そろそろ頃合いかしら。あなたにも動いてもらいましょう。市街地に行って暴れてきなさい」
 虚ろな魂が命令を承諾する。兵器は立ち上がり、虐殺のためだけに造られた兵装を全て展開した。
「お言葉通りに。テイネコロカムイ様」
 そうして、虐殺兵器は市街地への侵攻を開始した。
 
●再殺許可
「釧路湿原の奥地で死神によってサルベージされたダモクレスが蘇り、市街地に向かおうとしているようです」
 いつもより少し畏まった顔で、和歌月・七歩(花も恥じらうヘリオライダー・en0137)はケルベロスたちを迎え入れた。
 以前より観測されていた釧路湿原の死神がまた事件を起こすようだ。蘇ったダモクレスは釧路湿原で死亡したものではないようで、何らかの目的で運ばれてきたのかもしれない。
 蘇生時に変異強化されたダモクレスは死亡時よりも強力になっており、また数体の深海魚型死神も引き連れている。
「ダモクレスたちの目的は、市街地の襲撃みたいですね……」
 幸い、市街地へと向かう経路が判明しているため、一般人がおらず戦いの邪魔にもならない場所を選んで待ち伏せ、迎え撃つことが可能である。十分戦闘に集中することができるだろう。
 ダモクレスを蘇らせた死神は直接事件には関わってこないため、今回戦うことになるのは、ダモクレスと怪魚型死神数体だけだ。
「このダモクレスは元々自意識には乏しかったようですが、蘇りの影響下更にそれが顕著になっています。……交渉などのコミュニケーションは難しいんじゃないでしょうか」
 ぱらりと手帳の頁を捲り七歩は僅かに眉をひそめた。
「それと……。戦闘方法ですが、このダモクレスは後方支援殲滅型だったようで、遠距離からの列攻撃を得意としています。怪魚型死神に守られた後ろから広範囲を爆撃してくるでしょう」
 普通に戦ってもそれなりの強敵であるが、このダモクレスの本来の役割は正面戦闘ではない。戦闘能力のない一般人を建築物ごと虐殺する市街地戦こそが、真に性能を発揮するときであるようだ。
「死神が何を企んでいるのか、壊れた機械をもう一度壊すのは可哀想じゃないか。色々思うところはありますけど……」
 すうと息を吸い込んで、七歩は言う。
「だけど、何より一つだけ言えるのは、普通に暮らしている人たちが殺されていいはずがない、ということです!」
 そのためにも、何としても市街地へと進むダモクレスを撃破しなくてはならない。
 ぱんと力強く手帳を閉じて、七歩はケルベロスたちへと熱い視線を向けた。
「さあ、行きましょうケルベロス! 望みの未来は見つかりました?」


参加者
星詠・唯覇(星々が奏でる唄・e00828)
ヴァジュラ・ヴリトラハン(戦獄龍・e01638)
葉月・静夏(戦うことを楽しもう・e04116)
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)
ミハイル・アストルフォーン(えきぞちっくウェアルーラー・e17485)
テトラ・カルテット(碧いあめだま・e17772)
リサ・ギャラッハ(銀月・e18759)
千葉・楓斗(降魔拳士・e32268)

■リプレイ

●湿原の弾丸
 太陽が中天に登る頃、湿原にて番犬たちは殺戮機械を待ち構えていた。
 秋も深まるこの季節。北海道の気温は昼間でも15℃前後、肌寒さを感じさせていた。
「今回の舞台は釧路湿原! やはー……。はるばる来ちゃったねぇ、あたしたち」
 豊かな自然に目を細め、テトラ・カルテット(碧いあめだま・e17772)は湿原を見渡す。
 少し冷たい風が吹く。青の空と緑の大地が地平線まで果てしなく広がっていた。
「わざわざここまで運んでくるということは、このあたりに何かあったりするのかな?」
 調査したほうがいいのかもしれない、と考える葉月・静夏(戦うことを楽しもう・e04116)だが、広すぎる釧路湿原を依頼のついでで調べきることは難しいだろう。より深く調べようと思えば独自に行動を起こす必要がありそうだ。
「死神の動きは読めんが、今回も確実に仕留めるのみだ」
 涼しい顔の裏に熱を秘めながら星詠・唯覇(星々が奏でる唄・e00828)は、ただ死神を待つ。
 例えどれほど僅かであろうとも宿敵である死神の情報が得られるなら。――唯覇は柄を強く握った。
「死神なのに魚ってなんか変ですね? 釈然としません」
 一方、死神と関わるのが今回が初めてとなるリサ・ギャラッハ(銀月・e18759)は、疑問を口にしてむぅと唸った。
「……奴らは死の世界を海と捉えているようだ」
 それ故でないか、と疑問に答える唯覇。リサはそれを聞いてふむふむとは思うものの、でも蘇りなんてやりすぎ、とまだまだ納得出来ないことが多いようだ。
「大量破壊兵器か、ふうむ。……俺とどちらが破壊的か、試してみるか」
 これよりの戦いに昂りながらヴァジュラ・ヴリトラハン(戦獄龍・e01638)は、まだ見ぬ好敵手へ思いを馳せる。
 ヴァジュラが求める最高の戦いは、此度訪れるのだろうか。
「ジャンクドール……。なんだか、親しみを感じるわ」
 訪れる殺戮機械を想ってメアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)も心を踊らせる。
 かつて怪物に襲われ心の壊れたメアリベルには、たった一人の人形は、どこか親しくも哀れに見えるのだ。
 ――不意に、気温が下がった。
「……来たみたいだね」
 目を細めてミハイル・アストルフォーン(えきぞちっくウェアルーラー・e17485)は音を立てる草の葉を眺めた。
 現れたのは白い髪の少女だった。感情のない瞳が番犬たちを認識して揺れる。
 少女を囚えるように、護るように。ゆらゆらと深海魚が宙を泳ぐ。
「――人間、確認。殲滅します」
 本性を露わに武器を展開した少女へと、ケルベロス達は武器を構える。
「そう簡単に行くかなー? 負けないよっ!」
 殺戮機械を眼前にしても、明るい調子を崩さない静夏の声を合図にして、釧路湿原の死闘は始まった。

●雪城の虐殺
 踊るような機動で、殺戮機械の弾丸が紫煙を引いて番犬を襲う。
 狙われたのは戦線を支える最後列。地を蹴って距離を取ると同時に放たれる死の弾道。
「――壊れたお人形同士、くるくる一緒に踊りましょう?」
 躊躇いもせずメアリベルは射線上に躍り出る。彼女も少女も壊れた人形、ジャンクに過ぎない。
 けれど、今のメアリベルには家族がいる。仲間がいる。ひとりぼっちではない。だから戦える。
「すまない、お前に庇われるとは……。俺もまだまだだ」
 礼の言葉を返す唯覇へと、メアリベルは笑みを見せた。
 追い打ちをかけるように死神の歯が傷ついた前線へ追撃を重ねる。
 深い海を泳ぐようにゆらりと、鋭い牙が迫る。
「何故釧路湿原なんだ? 若しくは釧路湿原だからなのか」
 敵の勢いを断つように、ミハイルが攻撃をその身体で防ぐ。そのボクスドラゴン、ニオーとリサのテレビウム、フィオナも続くように身を挺す。
「なぁ、また冥土に堕ちる前に教えてくれよ。そこら辺をさ」
 返す刀でミハイルが放つ砲弾が死神を襲う。だが、死神や、ましてや殺戮機械が返答をするはずもない。
 そんなことは知っていた。真っ当なやり取りも出来ないデウスエクスを小馬鹿にしたようにミハイルは嗤う。
「ちょっと! まだ準備出来てないのに攻撃しないでよねー!」
 黄色い声で文句を言いながらテトラは魔法の木の葉で自らの姿を隠し、以後の行動の助けとする。
 味方への補助、相手の行動の妨害と、求められた役割への準備は万端だ。
「これぞ尽くすタイプで出来る美少女テトラちゃん!」
 ざあざあと木の葉が舞う。がんばってるキャピキャピなテトラのあざとい笑顔はステルスされて仲間からもちょっと見にくかった。
「私の一撃はどうかなー?」
 明るい声とともに、静夏は『たおす』と書かれた道路標識を振り回す。
 豪、と風を切る音が鳴る。骨すら断ち切るような一撃が、死神の一体へと叩きつけられた。ケルベロスらの猛攻に死神の動きがわずかに止まる。
「さて……。一気に行くぞ、メアリベル!」
「うん! リンゴンリンゴン、響けセントクレメントの鐘!」
 先程の攻撃のお返しとばかりに唯覇とメアリベルは音を奏でる。
 ギターと鐘が鳴らす二つの音楽が奇妙に重なって死神らへと響き渡る。旋律は共鳴し、物言わぬ死神すら揺さぶる音色へと昇華された。
「折角降って湧いた延長戦だ、今までは挑めなかった真向勝負を楽しんでくれ」
 機械少女を一瞬見やり、旋律へ怯んだ様子を見せた死神の群れの中心へとヴァジュラは飛び込んだ。
 その腕に掲げられるのは荒れ狂う龍神の如き鉄塊剣。暴風のように振り回し、浮遊魚を深く切り裂きつける。
 攻撃力であれば千葉・楓斗(降魔拳士・e32268)も譲らない。仲間の攻撃に合わせて星の剣を敵へと振るった。
「冬の光は冷たいけれど……」
 冷たい風に冬を感じながら、リサはムーンストーンに祈りを込める。祈りは力となり、仲間の活力となる。
 鼓舞された心は敵を貫く鋭さへと変わる。カードを握りながら、リサは死神と壊れた少女を見た。
「まだまだ、これからですね」
「――……想定レベル、上方修正。排除続行」
 飽くまでも機械的に、殺戮の機械は目標へと狙いを定めた。

●機械の侵攻
 かつてより強化されたダモクレスに死神の護衛。ケルベロスにとって決して容易い相手ではなかった。
 積み重なる傷と不調。けれど、だからこそ慌てず確実に敵を仕留める必要がある。
 故に、ケルベロス達は堅実に護衛役の死神から倒すべく戦闘を進めていた。
「ダモクレスとは言え哀れだね。死んでも働かされるなんてさ」
 相も変わらずミハイルは見下すように機械人形に騙りかける。
「いや、むしろ本望なのか? ダモクレスは勤勉だから、ね!」
 ドリームイーター。呼びかけに応じて美しい鬼が幻想のように現れる。
 刹那。閃光が通り抜けるように奔る。死を司る神の末端は、夢と同時にひとつ、消え去った。
 その光景を見ようと、機械じかけの少女が応えることはなかった。何も変わらないままに、武器を解き放つ。
 殺戮機械は喜びも哀しみも怒りも感じない。けれど、もしもそこに何かが見えるとするならば。
「……っと、この命をかけているスリルがたまらないね!」
 着弾し熱風を振りまく地点から身を躱しながら静夏は駆けた。
 その腕に、もはや武器は握られていない。鍛えた技を最も活用できる無手こそが静夏の本領。
 死神に接敵し、左拳を添えるように当てる。
 ――凛。風に揺られた風鈴のように。透き通るような音が釧路湿原に響いた。
「……いい音でしょ?」
 答えられるものは、いない。体内で生じた振動に耐えきれず、死神は潰えて地面へと落下した。
 残る死神は後、一体。
 唯覇にとって、それは決して見逃せる相手ではなかった。
 息を吸う。これより奏でるのは永遠の別れの歌。
「さぁ聴け……。この最悪の子守歌を……」
 音に重力が込められる。何者も逃さない別れの歌を至近距離で影響を受けた死神は、身体を震わせて地に堕ちる。
 五感も意識をも奪われた死神は、何が起きたか理解できぬまま消え失せた。冷たい視線で唯覇は見下げた。
「戦力低下。――……攻撃目標の変更」
 決して語られることのない機械が哀れに見えるのであれば、それは何故だろうか。
 残された少女は、ただ一人でも打倒さんと弾丸を放つ。傷付き傷付けられ、戦闘は続いでいく。
「あわわわわ!?こやつ誰が一番弱っちいか分かっておる!」
 慌てた口調で言いながらも、ステップは軽やかに。爆風を避けながらテトラは弧を描くような斬撃でダモクレスの手足を裂く。
 死神が全て倒れてからも続く攻防。幾度となく重ねられた不調が機械を狂わせる。
「あと、もう少しですね」
 シャーマンズカードから様々なものを呼び出して仲間の回復に努めていたリサは、動きの鈍ったダモクレスの様子に気がつく。畳み掛けるように、ケルベロス達は攻撃を続けた。
「危険領域に突入。――直ちに外敵の排除を」
 壊れかけながら何発ものミサイルが発射される。恐らく、少女にできる攻撃はこれが最後だろう。
 手を広げ、メアリベルは全てのミサイルを受け入れた。
「……ダモクレスには心がないというけれど本当かしら?」
 双斧を手にメアリベルはジャンクマシンへ歩く。愛し愛されたものであれば、心や魂が宿るのではないか。
 メアリベルは信じていた。そのほうが夢があるから。
「なんて……」
 近づくメアリベルを、ビハインドのママが助けてくれる。
 合わせるように楓斗も攻撃を行い道を切り開いた。
 共感と憐憫。2つの感情と斧を振り下ろし、十字に少女を切り裂く。テトラの重ねた不調を深く、より深く刻み込む。壊れた少女が、止まる。
 一瞬、メアリベルは少女を目が合ったような気がした。
 ――けれど、そこに見えた感情はきっと、メアリベル自身のものだった。
 ヴァジュラは跳んだ。
 破壞のために生まれ破壞のために壊れ破壞のために蘇えり。そして、自らに昂りを与えてくれた強敵を終わらせるために。
 あまりの不調に狂ったか。完全に足を止めた機械は地獄の炎に燃える巨剣をぼんやりと眺めているように見えた。
 強敵たるユキシロG改の望みは、ついぞヴァジュラには理解できなかった。
 鋼鉄で出来た機械の体が断ち切られる。地獄の炎が、機械少女の白い肌を焼き尽くしていった。
「……戦いは楽しめたか?」
 変わらない。何を問いかけようと機械少女は応えない。
 爆音と熱が釧路湿原を焦がす。
「俺は楽しかった。有難うな」
 黒い煙を眺めながら、暫しヴァジュラは戦いの余韻に浸った。

●解体の終着
 死神とダモクレスを撃破した釧路湿原は平穏を取り戻していた。
 これ以上の異変は起きないか。警戒をしていた唯覇も、武器を収める。
 更なる死神の手がかりを得るために独自に調査することも考慮しているようだ。
「さようなら。……アナタと言葉が通じたなら、心も通じ合えたのかしら」
 天に登る煙の下でメアリベルは赤い靴の少女のように踊る。
 忘れないという想いを込めながら、ジャンクだった少女への餞のように。
「釧路湿原って何か名物あったっけ? 帰りに寄ってかないかい?」
 現場の後片付けも終わり炎も消えた頃、せっかく北海道まで来たのだから土産でも買おうと、ミハイルは仲間たちに微笑みかけた。
「それいいねぇ、美味しいスイーツもあるかな?」
 テトラも嬉しそうに同意する。
「か、快楽エネルギーが足りません……」
 戦闘でがんばったリサは力尽きてぺたりと倒れる。
「わっ、ちょっと大丈夫?」
 軽く驚いて様子を見る静夏。噛み砕いて言うならお腹が空いた、という感じらしい。
 テレビウムのフィオナは当然のようにリサの上に座った。
 微笑ましい光景に、ケルベロスたちに流れる空気が少し緩む。観光も良いかもしれない。
 楓斗に肩を借りてリサも何とか立ち上がり、ケルベロスは市街地に向かって歩き出した。
 そこには事件のことなど知ることもない平和な町並みが広がっている。
 終わる物語を心に秘めながら、暫し、ケルベロスは釧路観光を楽しんだ。

作者:玖珂マフィン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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