或る幽女の怪談

作者:玖珂マフィン

●理不尽な幽女
 草木も眠る丑三つ時。
 荒れた神社の裏手の雑木林から不気味な音が響き渡る。
 藁人形に五寸釘。何体も何体も。
 無数の藁人形が磔にされていた。
 七日を越えて重ね続ける恨みの呪い。叩く幽女は最早人ではない。
 誰を呪っていたのかすら覚えてはいないのだろう。
 ありとあらゆるものを恨み続けているのだ。
 彼女は呪いを邪魔するものを許さない。
 見つかれば、効果を失う丑の刻参り。誰一人近づかぬよう呪いをかける。
 ――けれど、それでも、もし、……その目で幽女を見てしまったら。
 磔となるのは藁人形ではなく、君だ。

「――なんて、なかなか興味深い噂話だね」
 深夜、神社の石階段を上りながら、少女は呟いた。
 片手にはハンドカメラ。もう片手には懐中電灯。
 古い神社に藁人形に五寸釘。どこか現実味のある噂話。
「確かめるには、やっぱりこの目で見なくっちゃ……」
 その好奇心が仇となる。
「――私のモザイクは晴れないけれど、」
 音もなく、少女の胸に鍵が突き刺さる。
 いつのまにか背後に立っていた魔女は、目を細めて少女を見下ろした。
「……あなたの『興味』には、とても興味があります」
 眠るように倒れた少女の傍らで、幽女が立ち上がろうとしていた。
 
●全自動呪殺機
 古い神社で宛先もない丑の刻参りが行われている。
 呪い主は死んだ自覚もない幽霊。何を恨んでいたのかすら忘れて呪いを振りまき続けている。
「そんな噂への『興味』がドリームイーターに奪われ、怪物へと変えられてしまったようなのです」
 ヘリオンの起こす風に蒼の髪を靡かせて、ラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)は集ったケルベロスたちを見渡した。
 耳にした噂をヘリオライダーと共に調査したところ、事件に気づくことが出来たようだ。
 『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているが、現れた幽女は神社で丑の刻参りを続けているようだ。
 目にしたものを藁人形の代わりに磔にする危険な怪物を放置するわけにはいかない。
「恐ろしい雰囲気ではございますが……。『興味』を奪われた女の子も放っては置けません」
 このままでは眠ったきりになってしまう少女も、幽女を倒せば目を覚ますだろう。被害者のためにも、怪物を撃破する必要がある。
「出現した怪物ドリームイーター……。そう、呪いの幽女と呼ばせて頂きましょう。敵は深夜、とある荒れた神社の裏手に単独で現れるようですの」
 日頃から近づくものも殆どおらず、時刻が深夜ということもあり一般人は近づいてくることはない。
 誰かが神社裏手の雑木林に近づけば出現し、一心不乱に藁人形に五寸釘を打ち始める。響く音に気になり姿を見ようとすれば、襲いかかり藁人形の代わりに磔にしようとするようだ。
「もし、音を恐れて逃げ出せば命は助かるようですけど……。私達が逃げるわけには行きませんものね」
 一般人ならいざ知らず、ケルベロスが呪いを恐れて夢喰いを見逃す訳にはいかない。幸いにも強さはそれなり。互いの連携や補助さえ心掛ければ、負けることはないはずだ。
 ラズリアは一通りの説明を終えた上で、改めて口を開いた。
「誰の心にも悩みがあり、呪いがある。それは仕方がないことかもしれません。けれど、誰かを犠牲にしようと言うなら捨て置く訳にはいきませんわ」
 どうかご協力お願いします、と。
 決意を胸に、凛としてラズリアはケルベロスに向き合った。


参加者
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
霧凪・玖韻(刻異・e03164)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
ラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
イヴェット・ルヴィエ(トロンプルイユ・e26667)

■リプレイ

●不吉の音
 夜風冷たい神社の石階段をケルベロス達は登る。
 人以外の何かと出会いそうな暗闇だった。
 踏みしめる音だけが夜に染み渡る。
「何を恨んでいたかも忘れて呪い続けるだけの存在か……。ある意味それも呪いのようなものだな」
 静寂を破るように、ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)は呟いた。
 月が出ている。僅かな灯りを頼りに番犬は歩を進めていた。
「呪いを振りまくだけの存在……少し、哀しいですね」
 一拍をおいて、ラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)は敵を憂う。
「うん、死んだことにも気が付かないで恨み続けているなんて……」
 イヴェット・ルヴィエ(トロンプルイユ・e26667)も静かにラズリアに同意した。
 誰にも届かない呪いの果てに、意味はあるのだろうか。
「あれは、噂から現れた偽物でしょう? ……早いところ終わらせましょう」
 だとすれば感傷など無意味なのだろう。
 アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)は淡々と事実を告げた。
 そしてケルベロス達は階段を登りきり、荒れ果てた境内へと到着した。
「暗く見づらいが……。此方だな」
 事前の調査で向かう場所は確認してある。霧凪・玖韻(刻異・e03164)は見知らぬ土地にも冷静に対応した。
 しかし一般人が深夜に近づくには危険な場所に違いない。事が終われば倒れていた少女に注意するべきだろうかと玖韻は考える。
「……親近感の沸く相手だ。呪術戦に相応しい空気だな……」
 どこか暗澹とした空気が漂う境内で、祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)の目が赤い光を放つ。
「うう、本当はこういうホラーとか苦手なんですけど、でもがんばらないと!」
 こわくないったらこわくない……! 自分に言い聞かせながら朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)らは、更に禍々しい雰囲気を放つ、神社裏へと足を運ぶ。
 かーん……。かーん……。
 金属がぶつかり合う乾いた音が聞こえ始める。
「……不気味な音だこと」
 幽女を象る夢喰いが具現化して待ち構えているのだろう。
 アウレリア・ドレヴァンツ(白夜・e26848)は息を吸いこんで踏み出す。
 音を止めて、不運な少女を悪い夢から解き放つために。

●呪怨の念
 一心不乱に呪縛を叩きつける音が響く。
 木の幹には藁人形が。一体や、二体ではない。
 目につく限りの木々に殉教者のように磔られていた。
 けれど、怯むことなく二人の人間が雑木林に足を踏み入れる。
 一人は衝動への共感から、もう一人は乾いた無感動から。
 気配を感じた幽女は、振り返り二人の人影を目に映す。
「――――見タ、ナ」
 丑の刻参りは決して見つかってはならない。呪いが叶わなくなってしまうから。
 見タナ。見タナ。見タナ。見タナ。見タナ……。
 だから幽女は壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。今こそ誰かを呪う理由ができたから。
 誰のためでもなかった呪いが、指向性を持ち始める。
 圧縮された呪詛が幽女を取り巻く。怨念の中心で、女は叫んだ。
「呪ッテ、ヤルゥゥゥウウウッ…………!!」
 吹きつけられる黒い念に傷を刻まれながら、イミナは目を細めて幽女に向き合った。
「……ワタシを呪うか、それもいいだろう。……ワタシもお前を祟る」
 言葉とともに取り出される数多の藁人形に五寸釘。そして杭を掲げて幽女へと奔る。
「……弔うように祟る。祟る。祟る祟る祟る祟る祟る祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟……封ジ、葬レ……!」
 呪力を込めた杭が幽女の身体に打ち込まれる。物理的な衝撃と呪力的な災いが相手の身体を縛り付ける。
 けれど、幽女も負けたものではない。燃えるような目で睨み返し、呪いの言葉をイミナへと叩きつける。
 呪いと祟り。負と負の力がぶつかり合う。雑木林がごうと鳴る。
「まずは、耐性を得るべきだな」
 目の前の呪いから生まれた衝撃を見ても落ち着いたまま、玖韻は駆けつけた仲間と自分たちの回りに紙の守り手を展開し、呪いを防ぐ盾とする。
「……そうね。備えておきましょうか」
 剣が振るわれ、星の紋章がケルベロスたちに加護を与える。
 この世のものとは思えぬ女の姿を見ても、揺るがぬものがまた一人。
 薄氷色の瞳を眠たげに細めながら、アリスは幽女をただ見据えた。
「貴様ラ――!」
 突如駆けつけたケルベロスらに目をやる幽女。――その、死角から凍りつくような弾丸が女を穿つ。
「――卑怯と、お思いでしょうか」
 正面から出ない攻撃に僅かな躊躇いを感じながらも、ラズリアは敵に容赦しようとは思わなかった。
 例え心に惑うことがあれど、その剣に油断はない。
「怖くない怖くない、一人じゃないから怖くないもん……!」
 言い聞かせるような声とともに、叩きつけられる巨大な鉄槌。
 初陣故の緊張と不気味な雰囲気に脅かされながらも、環の一撃が幽女の身体を凍らせていく。
「――いい攻撃だね。続かせてもらおうか」
 環を落ち着かせるように声がかけられる。
 同時に放たれる神速の弾丸。ヴェルトゥの早打ちが幽女へと突き刺さる。
 狙いすまされた銃撃を避けることなど出来はしない。
 ボクスドラゴンのモリオンも、イミナへ属性を付与し立て直す。
「呪ウ呪ウ呪ウ呪ウ呪ウ呪ウ呪ウ呪ウ…………!」
「貴女の好きなようにはさせないの!」
 呪詛の言葉を吐き続ける幽女へと、きっぱり言い放ちながらイヴェットは仲間たちを守る紙兵を展開する。
 重ねられた抗魔の盾が呪いを遮る力となる。必ず幽女を倒すという気持ちを込めて、イヴェットは呼びかけた。
「……そうだよね?」
「――ええ、勿論」
 ステップを踏むよう軽やかに。アウレリアは敵を見据えながら刀身を撫でた。
 夜に、白い花が舞い踊る。
「さあ、はじめましょう」

●悲嘆の歌
 目まぐるしく移り変わる戦場の中、時に庇い、時に癒やし。
 玖韻は冷静に戦況を判断しながらサポートに尽くしていた。
 空間そのものに刻まれる魔法陣。それは呪いを砕く呪い。ケルベロスたちに込められた呪詛が分解されていく。
 敵も、味方すらも気付かぬほどに密やかなその補助は、しかし確かに戦況を支える力となっていた。
 怖い! 恐ろしい! ホラー映画から抜け出したままのような幽女の姿は確かに環に恐怖を与えていた。
「でも、だからってデウスエクスには負けません……!」
 しなやかな蹴りは火花を発し敵を焦がす。
 どれほど、おどろおどろしくともデウスエクスに違いはない。犠牲者のためにも、環は己を奮い立たせた。
「怖く、ありません!」
 ……と、いうか、まあ、味方も一部同じぐらい怖かった。
「……蝕影鬼、奴を二重に祟ってやるぞ」
 自らのビハインドに呼びかけて、イミナが連なる祟りを呼びかける。
 近しいと感じるからこその、苛烈なる祟りが幽女を襲った。
「……お前の呪いも糧にする」
「ヨク、モ……ッ!」
 藁人形の祟が女を縛り付ける。幽女の動きが鈍る。
「……もう、呪いなんてやめようよ」
 きっと、その言葉が届くことはないと知っていた。イヴェットはそれでも口にしてしまう。
 形に出来ない焦がれた思いを、かつてイヴェットも感じたことがある。だからだろうか。
 オウガメタルを手甲のように纏う。本当のことは分からない。けれど放ってはおけない。
 飛び出したイヴェットのガントレットが、動きの鈍った幽女の身体を吹き飛ばす。
「オノレェェエエ……!!」
「――少し、じっとしていてもらおうか」
 涼しい顔で怨念を受け流し、ヴェルトゥは幽女へと声をかける。
 その時、イヴェットへと目を向けていた幽女の足元には鎖が這い寄っていた。
 気がつき反応をしようにも、もう遅い。鎖は女の身体を覆い尽くす。鎖から無数の桔梗が咲き誇った。
 それも一瞬。役目を終えたように掻き消える花々。自由を取り戻した幽女が周囲を見ると、もうそれはそこに迫っていた。
 駆ける。長い薄桃色の髪が靡き、ワンピースの裾が翻る。
 幽女の眼前、低い体勢からの抜刀。白い花が舞い踊る。
「明けの聲に応えよ。――花よ、刃となれ」
 お転婆ぶりがばれてしまうだろうか、などと。戦いの最中、不思議とアウレリアの脳裏に浮かぶ。
 アウレリアの刃に幽女は目を奪われる。――けれど、それはどうしようもない隙だった。
「始原の楽園より生まれし剣たちよ。我が求めるは力なり――」
 息を揃えて同時に剣を掲げていた、ラズリアの星を見落とした。
「――蒼き輝きを放つ星となりて敵を討て!」
 優雅に。そして華麗に。刀と剣が交叉する。
 生み出された蒼の剣が輝きを放ち、白の花が甘い香りを残す。
 果てなき斬撃は、確かに幽女を致命の部分まで引き裂いていた。
 ――絶死。もはや助かるはずがない、傷だった。
「ア、ア、ア、ア……。ウ、ラメ、シ、イ……」
 けれども、足掻くようにのたうち回るように、女はまだ全てを呪おうとしていた。
 執念が、妄執が、幽女を動かしているのだろうか。壊れかけながらも誰かを呪う姿は痛ましかった。
 ――その胸を、螺旋が貫く。
「……安易に呪いになんて手を伸ばすものではない。それは自身に返ってくる」
 これまで補助に徹してきたアリスの攻撃が、幽女の中核を穿っていた。
 淡々と感慨もなく、すべきことを成し遂げた。
 崩れるように呪われた女が消えていく。
「存在そのものが贋作のお前に言うだけ無駄、でしょうけど」
 夢から覚めるように幽女は消えていく。
 その最後を見送ることもなくアリスは踵を返した。

●浄罪の塔
「あれ……。なんだろう、この毛布……」
 階段に寝かせていた少女が半ば寝ぼけながら不思議そうに毛布を見ているところにケルベロス達は行き会った。
「……目を覚ましたか」
「うわっ!? ……ど、どちら様?」
 唐突に顔を覗き込んだイミナに驚き、少女は毛布を握りしめる。
「……ワタシが幽女、お前を祟りに顕現した……」
「ホントにっ!?」
「……のは冗談だが、丑の刻参りはよくする」
 それはそれで興味はあるけど違うのか、と少し残念そうな顔をする少女に他のケルベロスたちも話しかける。
「大丈夫だったの?」
 心配そうに声をかけるイヴェット。心配を余所に、少女はさっき起きたばっかりだから、と不思議そうな顔をするばかりだった。
「夜の神社で昏睡してたって、十分怖がっていいことだとおもうけどね……」
 噂を聞いて一人で調査に来るだけあって、変わった子なんだな、と思いつつ。
 ヴェルトゥは好奇心もほどほどにと釘を刺した。
「噂の幽女ですけど……。倒してしまいましたよ」
 落胆するだろうかと少し心配しながら声をかけたラズリアだったが、少女は幽霊って倒せるんだ、と興味をそそられた顔をしていた。
「興味が沸くのは分からないではない。だが、丑の刻参りを本気で行うものは狂人だ。実物に遭遇してしまったら、どうするつもりだったんだ」
 反省の色がない少女へと玖韻は苦言を呈する。その姿を丑の刻参りを日常的に行っているイミナがじっと見ていた。
「そういえば、あの噂自体は広まってたんですよね……。ということは、本物がいたんですか?」
 顔を青くして怯える環。
 本物ってイミナのことだったんじゃないか、と。口には出さず仲間たちの会話を眺めながらアリスは思った。
「さあ、そろそろその子を家に帰さないと。……送ってあげるわ。一緒に帰りましょう?」
 そして、アウレリアが皆をまとめるように言葉をかけ、ケルベロス達は家路につく。
 月だけが、彼らの帰還を祝福するように照らしていた。

作者:玖珂マフィン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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