――あなた達に使命を与えます、と。何処とも知れぬ闇の中で、艶やかな唇がうたうように言葉を紡いだ。
「この街に、ランプ職人を生業としている人間が居るようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認……可能ならば習得した後、殺害しなさい」
豪奢な金の髪を波打たせ、ひとの死さえ悠然と語る女の顔は、螺旋の仮面で覆われている。その、奇術師を思わせる彼女の前に跪くふたり――螺旋忍軍の配下たちもまた、華やかな舞台から抜け出してきたような、道化の如き衣装に身を包んでいた。
「ああ、グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「……了解しました、ミス・バタフライ」
温度を感じさせぬ、抑揚のない声で答えたのは道化師の少年で。その隣に控える軽業師の少女は、無言のまま彼に続いて深々と頭を下げる。
「一見、意味の無いこの事件も巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
――そうして彼らは、街外れに構えられたランプ工房へと向かうのだ。蝶のはばたきで、嵐を引き起こす――その最初のきっかけを生み出す為に。
「ミス・バタフライって言う、少し変わった螺旋忍軍の動きが掴めたよ」
そう言って予知を語るエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は、先ず彼女の起こす事件の特徴について簡単に説明を行った。
「このミス・バタフライが起こそうとしている事件は、直接的には大したことは無いように見えるんだけど……巡り巡って大きな影響が出るかもしれない、という厄介なものみたいなんだ」
この事件を阻止しないと、まるで風が吹けば桶屋が儲かると言うことわざのように、ケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性が高いのだと――エリオットは難しそうな顔をして考え込む。
「それで今回の事件は、珍しい職業のひとの元へ螺旋忍軍が現れて、仕事の情報を得たり……或いは技術を習得した後に殺そうとしたりするようなんだよ」
勿論、後々の影響を阻止する為もあるが、デウスエクスに殺される一般人を見逃すことは出来ない。なので皆には、狙われた一般人の保護とミス・バタフライ配下の螺旋忍軍の撃破をお願いしたい。エリオットは真剣な表情で一礼した後、資料を交えつつ詳細について語り始めた。
「狙われるのはランプの職人さんで、普段は郊外にある工房で作品を作っているんだ」
天羽・ハルカと言うオラトリオの青年は、草花をモチーフにしたランプを作ることで知られており――アンティーク調の作品はどれも、あたたかくも上品な雰囲気で仕上げられていると言う。
「花の模様があしらわれているものや、花そのものがランプの形になっていたり。装飾も、色硝子やビーズが散りばめられている他に、金銀細工なんかもあるようだね」
――また、彼の手にかかれば、螺子や歯車と言ったがらくただって花の灯へと生まれ変わる。そうして灯された光はまるで、無機の花に命が吹きこまれたようにも見えるのだ。
「それで、基本は狙われるハルカさんを警護して、現れた螺旋忍軍と戦うことになるんだけれど……事前に説明をして彼を避難させてしまった場合は、敵が別の対象を狙うなどしてしまうから、被害を防ぐことが出来なくなるんだ」
しかし、今回は事件の3日ほど前から、対象の一般人に接触出来る猶予がある。なので事情を話すなどして仕事を教えてもらうことが出来れば、螺旋忍軍の狙いを自分たちに変えさせることが出来るかもしれないのだ。
「ただし、自分たちが囮になる為には、見習い程度の力量になる必要はあるから……かなり頑張って修行する必要がありそうだね」
しかし事情を話し熱意が伝われば、ハルカは喜んで弟子入りを受け入れてくれるだろう。その際ランプ作りの技術は勿論だが、彼はデザインや表現力など、作り手のセンスも重視しているらしい。
モチーフとする草花に対するイメージや、どんな雰囲気のランプを作りたいのか――個性が現れたものならば言うことなし、とのこと。
「そうして囮になることに成功した場合、螺旋忍軍に技術を教える修行と称して、有利な状態で戦闘を始めることも可能になるよ」
工房を訪ねて来る螺旋忍軍は、ふたり――道化師風の少年と、軽業師の少女だ。囮となり彼らを迎え入れれば、其々を分断して相手をしたり、一方的に先制攻撃などを行うことも可能になる。
「うん、時間の猶予があるなら、折角だし弟子入りしてランプ作りも頑張ってみるのもいいよな」
と、話を聞いていたヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)は、瞳を輝かせてどんなランプが作れるのかとわくわくしている様子。
「それにね、ハルカさんの工房の庭には季節の花が咲いていて、今は秋の花が見頃になっているみたいだよ」
――なので、首尾よく事件を解決出来たのなら、後で庭園の散策をしても良さそうだとエリオットは言った。
「おー、自分たちの手作りランプを手に散歩なんて、ちょっぴり贅沢な体験だな!」
職人の命と技術を守り、洋燈の灯を途絶えさせない為にも。頑張ろうなとヴェヒターはにっと笑って、皆の手伝いをしようと決めたのだった。
参加者 | |
---|---|
イェロ・カナン(赫・e00116) |
ゼレフ・スティガル(雲・e00179) |
銀冠・あかり(夢花火・e00312) |
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772) |
ファロ・ジンガロ(医の篝火・e11533) |
伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765) |
イジュ・オドラータ(星唄い・e15644) |
祝・真珠(縁結び・e25133) |
●工房で生まれる灯
緑豊かな郊外に、隠れ家めいたランプ工房がひっそりと佇んでいた。此処の主の天羽・ハルカは、草花の意匠にこだわった一品を作ることで知られている。けれど、如何なる因果が巡ったのか――彼は螺旋忍軍の標的となり、その技術と命を狙われているのだ。
「ハルカさんのランプ、好きな作風で気になっていました。弟子入りできるなんて光栄です」
艶やかな夜色の髪を揺らし、優雅に一礼をするアレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)は、囮を務める為にランプ作りの技術を学ばせて欲しいと申し出た。素敵な作品を作る方を、殺させるわけにはいかないと――安心させるように微笑む彼に続き、伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)も事情を話して、修行を頑張ろうと元気に拳を上げる。
「修行は三日間……その間に職人さんとして、きちっと応対できる力をつけたいな」
「そして、完成したランプをお店に飾れるように……ちゃんと話を聞いて、技術を吸収しないと、だね」
その名の如く、真珠色の煌めきを宿した瞳を瞬かせる祝・真珠(縁結び・e25133)は、手先作業での物覚えには自信がある様子。そうして、彼女たちの決意を確りと受け止めたハルカは弟子入りを承諾し、一行は住み込みでランプ作りの技術取得に励むこととなった。
「成程、モチーフやデザインは申し分ないようですので、実際の作成法を中心に身に着けていきましょうか」
皆が思い描くランプの詳細を確認したハルカは、其々の持つ個性に顔を綻ばせ――材質に応じた加工方法や細工の仕方など、道具の使い方も交えて丁寧に職人の技を教えていく。どうやら一行の発想に想像力を刺激されたようで、ハルカも皆の作り上げるランプを是非見てみたいと思ったようだ。
「ぁ、その……この仕掛けは、どう表現したら良いでしょうか……?」
澄んだ夜空のような硝子の球体――其処に灯火をともすことで、花火が浮かぶようにしたいのだと銀冠・あかり(夢花火・e00312)は言った。分からないことは積極的に相談しようと、人見知りな性格の中で勇気を振り絞って。最善を尽くそうと、懸命に努力しているあかりの姿を温かく見守りながら、ハルカは硝子内部に細工を施す方法を教えていった。
(「うん……時間は掛かっても、ひとつずつ丁寧に」)
花火師見習いとして修業を積んでいることもあって、こう言うことには慣れている。寡黙だった祖父とのやり取りとはまた違うけれど、何かを作り上げる時間は心地好い。『大好き』をいつも傍で感じられるようにと願いを込めて、銀細工の土台にあかりが模るのは、晩夏を彩るチューベローズだ。
「おおー、灯がともったらすごく綺麗になりそうだな!」
皆の手伝いに回るヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)は、ついつい硝子や鉱石を研磨する手を止めて見入ったりもしていて。一方のイェロ・カナン(赫・e00116)も硝子細工のランプを作ろうと、その指先はひとつひとつ、小さな花を生み出していく。
「霍香薊がモチーフでね、ふわりとした可愛い花なんだけど」
透き通った青色の硝子で形作られた花、その長い茎は真鍮で出来ており、一輪だけ真っ直ぐに真ん中へと延びていた。と、その花を鳥籠に閉じるように、イェロが手にしたのはガラスドームの蓋で。
「幸せを得るって意味があるらしいから、逃げてしまわないように、ね。ゼレフせんせの方はどう?」
意味ありげに熟した果実色の瞳を細めるイェロの様子に、ゼレフ・スティガル(雲・e00179)は金属溶接機を動かす手を止めて、何とかと苦笑し額の汗を拭った。
「いやぁ……金属を扱うとなると、結構力仕事になるね」
細やかなことは不得手だけど、果敢に挑戦するのは楽しい。ゼレフは形を忘れた鉄屑たちを、新しい標として咲き灯せたらと願い――己に向き合う為、ひとつの作品を作り上げようと真摯に取り組んでいた。
(「銅板の欠片を花弁に、歯車を孚に……」)
そうして棄てられた物を繋げて、硝子を包むようにしながら、模した花は彼の故郷――遥か北の地に咲く花だ。一方でイジュ・オドラータ(星唄い・e15644)は、鉱石と硝子、そして宝石と、自分の大好きなキラキラを目一杯詰め込んで、蛍袋を模した釣鐘型のランプを作る。
「青い光は、女の子を綺麗に見せるんだって」
ふわりと花の香を漂わせながら、内緒話を囁くイジュが撫でるランプシェードは、夜を思わせる青色だ。その言葉には真珠がなるほど、と瞳をぱちくりさせて――魔法が掛かったみたいで、幻想的に見えるかもしれないとふたりは微笑む。
「カレットにビーズも、キラキラ飾って――」
色とりどりの欠片たちはまるで、星屑のよう。周りをぐるりと囲う銀の蔓草を持ち手に、このランプが夜を照らしてくれるようイジュは願った。
(「さて、私は愛しの姫に捧げる、七彩の薔薇のランプを作るとしましょう」)
アレクセイの心を満たすのは、恋い焦がれる薔薇の姫への溢れんばかりの愛。彼女の髪を飾る花のように、繊細で優美――そして気品のあるデザインにしたいと、彼は色硝子と金銀細工を中心に七彩の薔薇を形作っていく。
「これは……大切な方を思ってのものでしょうか。お相手に対するひたむきさが、伝わってくるようですね」
自分の作業を確認するハルカから掛けられた言葉通り、アレクセイがずっと思い浮かべていたのは、大切な人の暖かくも優しい笑顔だった。
「ええ、灯りをともせば優しい光に心まで暖かく照らす……私の愛まで伝えられるランプを作りたい、そう思っています」
そんな決意を裏付けるように、彼は丹精込めて丁寧にランプを仕上げていき――初めての職人修行にわくわくしているファロ・ジンガロ(医の篝火・e11533)は、ハルカの話を確りと聞きながら、自分らしさが表現出来るランプを作ろうと頑張っているようだ。
「野山に生きる薬草や花をイメージして……うん、それで行きましょう!」
昔、祖父と山歩きをしながら色々と薬草について教わった、懐かしい思い出――それは彼女の、立派なお医者様になると言う夢の原点だったのかもしれない。綺麗な花も病気に効くのだと教えてくれたことを思い出しながら、ファロは暖色の色硝子を用いて活き活きと、生命を感じさせるランプを作成していった。
「周囲を、道の先を……優しく照らしてくれる灯になるといいですね」
――そう。祖父の教えである、医の篝火たれとの言葉通りに。思いがきらめく炎になれば良いと微笑むファロに、助手であるボクスドラゴンのソルは、同意するかのようにそっと鳴き声をあげたのだった。
「こはるはコスモスのお花畑を作りたい!」
そして心遙は、今の季節に相応しい花を挙げて――小春日和のそよ風に乗って花が揺れるような、灯りを点けたら風を感じられるような、そんなランプを作りたいと宣言する。
「せっかく作るんだから、こだわって作りたいなぁ……うん、がんばる!」
時間の許す限り、細かい花のひとつも妥協せずにしようと取り掛かる心遙の志には、ハルカも刺激を受けたようだ。細工のコツなどを教わりながら、心遙は小高い丘の上に建つ家から見える景色を、愛らしい仕草も交えて伝えていく。
「丘の上を風がざぁって通り抜けて、その風に乗って時々花びらや木の葉が遠くに飛んでいくの」
紡ぐ言葉からは、穏やかな秋の景色が目に浮かぶようで――そんなイメージを、あったかい色のランプで作れたらと願う心遙は、それを見事に形にしていった。
●妖蝶の来訪
「ハルカさんみたいに、命の灯るランプ……作れたか、な?」
――そして、期限である三日が瞬く間に過ぎて。工房には皆が其々に思いを込めた、草花の意匠のランプがずらりと並べられていた。其処には真珠の作った、鳥が蜜を啄むピンク色のペンタスのランプもあり、一通り仕上がりを確認したハルカは合格だと判断を下す。
「工房を飾っておくのに相応しいですね、お疲れ様でした。……それではお店の方をよろしくお願いします」
そうして彼は安全な場所へ避難を行い、残った皆で螺旋忍軍を待ち受けることとなった。護衛の手伝いを申し出た厳慈も、硝子と銀細工で精緻なスズランのランプをこしらえており――其処に宿る柔らかな光は、花言葉である『幸せの再来』を皆に予感させる。
(「……あ、来たよっ」)
やがて日は暮れて夜の帳が下りた頃、工房の扉を叩く者たちが現れた。応対に出た心遙たちが目にしたのは、少年と少女の二人組――しかし彼らこそが螺旋忍軍なのだと、一行は注意しながらも平静を装って、工房の中を案内していく。
「あなた達も、ランプの職人さんを目指しているのですか?」
是非仕事場を見学したいと申し出たふたりへ、ファロ達は自分たちの作った作品を見せながら、そつなく仕事の説明を行っていった。相槌を打ちつつ発せられる質問にも答えていき、頃合いを見た所であかりが勇気を出して声をかける。
「ぇっと……材料が少し離れた倉庫にあるので、良かったら運ぶのを手伝って貰え、たら」
その間に工具等の準備もするからとの説明に、螺旋忍軍も素直に頷いた。そうして真珠が彼らを促し、世間話をしながら工房の裏手へと案内する。
「ましろと同い年位かな? 一緒に学ぶ為にも材料運び頑張ろう!」
お師匠さんもきっと楽しみに待っている――彼女が続けた言葉に、螺旋忍軍たちは思わず身を乗り出しそうになっていたが、心遙は気付かない振りをして工房を訪ねた理由を聞いた。
「へぇ、美術学校志望の学生さん?」
ちょっと大きめの声で話したのは、他の仲間たちに敵の存在を伝える為だ。やがて一行が辿り着いたのは、工房の裏手――戦闘に支障が出ない、開けた場所だった。
「材料は、どこ――」
と、辺りを見渡す螺旋忍軍たちの隙を突き、物陰に潜んでいた待ち伏せ班が一気に攻撃を仕掛ける。突如現れた人影に迫られ、敵は何が起きたのかも分からないまま戸惑いを露わにするばかりだ。
「いっくよー!」
其処へ一気に加速したイジュが竜槌を振りかぶり、その強烈な一撃は螺旋忍軍の少年を豪快に叩き潰した。
●羽ばたきを止めて
先ず狙うのは、少年の方――軽い笑みを浮かべつつも、イェロの蹴りが容赦なく、流星の煌めきと共に振り下ろされて。すかさずゼレフが卓越した技量で以て一撃を叩きこみ、アレクセイの放つ竜の幻影は獲物を焼き付くそうと迫った。
「な……こいつら、職人のはずじゃ……」
畳みかけるような連携を食らった螺旋忍軍は、完全に油断していた所為もあって、態勢を立て直す暇さえ与えられない。更に自分たちを案内した者も攻撃に加わり、心遙は凍結弾を撃ちだして時空への干渉を行う。
「回復は、お任せしても大丈夫かな」
――更に駆けつけてくれた仲間たちの支援により、敵の繰り出す反撃で負った傷も癒されていった。終わったら皆のランプを見せてねとアルベルトは微笑み、極光のヴェールで皆を包みこむ。
「悪いコトしたら、つぐなわなきゃダメ」
禍々しい悪行の数だけの悪縁を切ろうと、真珠は見えぬ糸を操るが――想定していた立ち位置と戦法を実行することが出来ず、その一撃は見切られてしまった。一方の少年は悔し紛れに杖から火の玉を放つも、彼の抵抗はそこまでだ。
「……貴方の罪はどんな華を咲かせるのでしょう?」
業が深ければ深いほど、魂に刻まれた罪過の種はよく育つのだと、アレクセイの指が示す先――螺旋忍軍の身体を食い破って漆黒の茨が生まれていく。血と悲鳴に彩られて咲く、美しくもおぞましい黒薔薇によって少年の命は絶たれ、残る螺旋忍軍の少女はせめて一撃とナイフを繰り出し、あかり目掛けて斬りかかった。
「好き勝手させません、頑張って皆さんを守ります!」
しかし地面を染める返り血にも怯まずに、ファロは魔術を交えた緊急手術を行って傷口を塞ぎ、一方のヴェヒターは黒鎖を展開して守護陣を描く。
「連携なら、こっちも負けないんだから!」
思い通りになんてさせないと、イジュは高々と跳躍して頭上から斧を振り下ろした。意識して少女の動きを封じていく中、あかりも握りしめたバールの先端で装甲を突き破り、更にソルのブレスが異常を増加させていく。
「さて、一気に行こうか」
何度も戦場を共にしたイェロと、視線を絡めるゼレフが笑い、微かな青に染まる切っ先から生じた陽炎は風を生んだ。瞬く間に焔に包まれた螺旋忍軍目掛け、杖を一振りするイェロが呼び出したのは、星の名を冠する大鷲だ。
――アクィラとその名を呼ぶと、彼は光のはやさで夜空を翔けて獲物の胸へと飛び込んでいく。こうして大鷲に貫かれた少女は生命を散らし、花を狙う邪悪な蝶の羽ばたきは寸前の所で阻止されたのだった。
●花洋燈の導く先
事件を解決した後は、ランプを片手に庭園でゆっくりと。そうして闇を仄かに照らす灯がひとつ、ふたつ――虫の鳴き声が響く花畑で、ゆらゆらと揺れる。
「わぁ……すごい、綺麗っ! 可愛いっ! アレくんが作ったの?」
アレクセイの身を案じていたロゼは、ヒールをした後で彼の作ったランプを見て感嘆の声をあげた。光を灯したそれは、七色の光で辺りを照らす七彩の薔薇――ロゼが大好きなデザインで。一杯の心と愛を込めたアレクセイは、彼女の嬉しそうな様子に表情を和らげていた。
(「制作中も貴女の暖かな笑顔や歌、声を思い出していたけれど」)
――花弁一枚一枚にも愛を込めたランプは、彼女の片手に。そして、もう片方の手はアレクセイと繋がれている。柔らかな虹の光は暖かく、彼の想いまで伝わってくるようで――幸せな気持ちで満たされたロゼは、知らず笑みを零していた。
「きれいなお庭、花のいい香りがします」
一方でファロは興味津々に庭を散策――心遙は一面に咲くコスモスの隣に自分のランプを並べ、涼しげな秋の風に身を委ねている。
「灯火を見ていると、心が落ち着きますね。……わたしもこのランプみたいに、小さくても人の心を暖かく照らせるようなお医者様になりたいな」
暖かな光を携えたファロは、祖父に会えたら誇りに思ってもらえるようになりたいと夢を語り、真珠もペンタスの花言葉を思い出してそっと祈りを捧げた。
(「ましろも願いや希望を届ける、立派なまじょ様になれるように……」)
あの、とぶらぶら庭園を散歩しているヴェヒターを呼び止めたあかりは、修行の手伝いをしてくれたことに有難うを告げて、完成したランプに灯をともす。
「おかげさま、で……大好きな夏を感じられる、ランプが出来ましたっ」
「おー、硝子の中に花火が浮かんで……すごく綺麗で凝ってるなー!」
暖かくも懐かしい灯は、祭囃子の音色さえ運んでくるかのよう。と、好きな花はあるのかと尋ねたあかりにヴェヒターは、少し照れた様子で夜に咲く月見草が好きなのだと言った。
「っと、あかりの好きな花はチューベローズなのかな」
良かったら今度話を聞かせてくれな、とヴェヒターは笑って――其処へやぁと、手をあげてやって来たのはイェロだ。誕生日の時も会ったけれどお祝いが出来なくて、良かったら修行の成果を受け取って欲しいと、彼は完成した霍香薊のランプをヴェヒターに手渡した。
「花言葉には『信頼』ってのもあるらしくて。あー……あんまり上手くはないし、誕生花としては遅れ馳せながらだけど」
「いや、作ってるの見てたけど手際良かったし……あ、これ誕生花なのか!」
自分の誕生日の花だと知ったヴェヒターは、驚いたようでしきりに瞬きを繰り返している。やがてじんわりと喜びを噛みしめたのか、狼耳がぺたりと後ろに倒れた。
「改めて、いつも有難うの気持ち。これからも頼りにしてるぜー」
――鉄屑が生まれ変わったゼレフのランプは、カモミールを模したもの。緩い曲線を描く取っ手を握る指先には、懸命な努力の痕跡か傷痕が目立つけれど――ヒールしましょうかと揶揄い半分に告げた朝希へ、ゼレフは遠い目をして呟いた。
「果敢に、諦めずに、捨て置かずに正面から立ち向かう……そんな誰かさんに置いてかれない様、見習ってみたんだけど」
難しいなあと続ける彼の果敢な一歩、故にその指先は愛おしくも誇らしくて。灯に染まるゼレフの髪を眺めながら、朝希はそっと瞳を和らげる。
「……少しぎこちなくて温かい。足元照らす導きの灯は、誰かさんの火みたいですね」
――採点の程はと尋ねるゼレフに、朝希の影が両手で作るのはまんまるの花丸。しかし、その笑顔は影に映らないから――どうぞその灯で確かめてと、彼はそっと背伸びをした。
「花に灯る光は、妖精が舞うようっすね」
「ふふ、妖精の国に入ったら、いつもこんなかな?」
蛍袋の青ランプを片手に、哭のエスコートをするのはイジュ。金木犀にコスモス、ダリア――青い灯りに浮かぶ景色は、まるで魔法が掛けられたようで。ゆらゆら青い影を導くイジュは、妖精の女王様みたいだと哭は思う。
「秋が終われば冬、その次は春。魔法みたいにきっとこの庭を塗り替えるんすね」
――此処はイジュ達が守った、小さくも確かな光の庭。お疲れ様とありがとうを哭が囁く中、耳をすませば花の歌が聞こえてきそうだと、イジュは庭園のざわめきに合わせるようにそっと歌を口ずさむ。
「……うん、きっと俺と一緒に、満開の花たちも歌ってるっすよ」
作者:柚烏 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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