●ミス・バタフライ
「あなた達に使命を与えます」
シルクハットに大胆なレオタード姿、螺旋の仮面を付けたミス・バタフライが、配下の螺旋忍軍に指示を出している。
「この町に、オルゴール職人と言う、オルゴールのメンテナンスを行う人間が居るようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい」
彼女の言葉をかしこまって聞いていた男が手にしていたバトンを握り締めた。その少し後ろには、全身にナイフを吊り下げたナイフ投げの男も控えている。
「了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
「グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「はっ」
命令を受け、二人の螺旋忍軍は深々と頭を下げた。
●依頼
「ミス・バタフライが事件を起こそうとしています」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が説明を始めた。
今回は、オルゴール職人の所に螺旋忍軍が現れ、その仕事の情報を得たり、あるいは習得した後に殺そうとする事件と言うことだ。この事件を阻止しないと、まるで、風が吹けば桶屋が儲かるかのように、ケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性が高いらしい。
勿論、それがなくても、デウスエクスに殺される一般人を見逃すことは出来ない。
「これは、アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)さんが気にかけていた事件でもありますね。そこで、皆さんには、オルゴール職人の保護と、ミス・バタフライ配下の螺旋忍軍の撃破をお願いします」
オルゴール職人と言うことだが、今回の職人は主にオルゴールのメンテナンスを生業としているようだ。ホテルや博物館からの依頼も多く、工房は常に忙しい。細やかで根気の要る作業をコツコツとこなす職場である。
●情報
基本は、オルゴール職人を警護して、現れた螺旋忍軍と戦う事になる。しかし、事前に説明して避難させてしまった場合は、敵が別の対象を狙うなどしてしまう為、被害を防ぐことができなくなってしまう。
「今回は、事件の三日くらい前から職人さんに接触できます。事情を話すなどして仕事を教えてもらうことが出来れば、螺旋忍軍の狙いを自分達に変えさせることができるかもしれません」
自分達が囮になるためには、見習い程度の力量になる必要はある。修理器具や部品のメンテナンス、実際のオルゴールを少し触れるようになるまで、かなり頑張って修行する必要はある。
「戦いのことですが、螺旋忍軍は職人さんの工房を尋ねてきます。もし囮になることに成功した場合は、螺旋忍軍に技術を教える修行と称して、有利な状態で戦闘を始める事が可能となるでしょう」
二人の螺旋忍軍を分断したり、一方的に先制攻撃を加えるなど、やりようによっては可能となるようだ。
一人は空中ブランコ乗りの男。バトンに刃を仕込み、日本刀のごとく扱い攻撃してくる。
もう一人はナイフ使いの男だ。全身に吊り下げたナイフを巧みに操り、手裏剣を投げるように技を繰り出す。
「それでは皆さん、よろしくお願いします。工房には色々な部品やオルゴールが揃っているみたいですね。仕事ですけれど、修行中は楽しんでくださいね」
セリカはそう言って説明を終えた。
参加者 | |
---|---|
ティアン・バ(海還らじ・e00040) |
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389) |
レンナ・インヴェルノ(アリオーソ・e14044) |
アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507) |
ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673) |
リリー・ヴェル(君追ミュゲット・e15729) |
天満・ヨヅキ(導きの夜空・e17567) |
ライラット・フェオニール(旧破氷竜姫・e26437) |
●
オルゴール職人の工房では、ケルベロス達が修行にいそしんでいた。
「何がどうなって地球に悪影響がでるかわからないものだな」
そう言って、ティアン・バ(海還らじ・e00040)は手のひらの部品をじっと眺める。そうは言ってもオルゴールに触るのは素直に楽しい。
事情を説明すると、オルゴール職人は工房に入ることを許してくれた。ここには、メンテナンスのために預かっているオルゴールや、作業工程の資料、様々な部品や工具が揃っている。
「ああ、キミ。その部品は、こっちの布で拭いてね」
職人に声をかけられ、イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)は、はっと顔を上げた。気づいたら、工具を包む袋で部品を磨こうとしていたのだ。
「すみませんっ、間違えました」
慌てて首を振ると、後ろでポニーテールがゆらゆらと揺れる。
「大丈夫だから、落ち着いてね。キミは綺麗に拭いてくれるから、この工程は任せるね」
「はい。がんばります」
イルヴァは、元気良く頷いた。手先の器用さと頑張ることには自信がある。今度は手元をきちんと確認し作業を続けた。
「埃が少したまっているだけで、音が違うんだね」
レンナ・インヴェルノ(アリオーソ・e14044)は職人が刷毛で埃を払う作業をじっと見ている。一からオルゴールを作る工程では無いけれども、こうして中身を眺めているだけでもとても興味深い。
「オルゴールって綺麗だよねー」
オルゴールの並んだ棚を順番に見ながらアニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)が言った。修理が終わり音の鳴るもの、修理前のもの、解体して中の部品が見えているもの、全てが見慣れないもので、心が弾む。
「そう、だね」
部品の沢山並んだ机に座っているジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)が小さく頷いた。音のもとがこんなにいっぱいある。知らない人と話すのは苦手だけれど、ジルカは職人の説明をしっかりと聞き、丁寧に丁寧に作業をしていた。
「オルゴールは最期までいっしょにキョウユウできる、想い出にもなりうるのではないかと、思います」
ヒトが死に逝く時。一番最後まで残るのは、聴覚なのだとか、と、隣で作業していたリリー・ヴェル(君追ミュゲット・e15729)も頷いた。
もちろん、そうでなくとも、ステキがいっぱい詰まっているモノであることには、変わりない。
「そんなモノを直すお仕事、とてもステキ、ね」
「うんうん! オルゴールは繊細だから特に扱いには気を付けないと!」
アニーは指定された修理中のオルゴールを棚から取り出しそっと机の上に置いた。
「それじゃあ、次はこの部品を組み込んでいくんだけどね」
職人から指示を貰い部品を並べ、ジルカは目を輝かせ見入る。
「……音って、こうして生まれるんだね。魔法使いみたい」
「オルゴール、きらきら、かわいい音、なる」
分からない箇所を聞きにきた天満・ヨヅキ(導きの夜空・e17567)も、オルゴールのドラムが光を受けてキラキラ輝くのを見た。
「えーと、この小さなネジを磨くのか?」
机の一番端っこでは、ライラット・フェオニール(旧破氷竜姫・e26437)が爪の先より小さなネジを磨くよう言いつかっていた。
「……こういう細かいの苦手なんだよな………」
溝一つ一つを丁寧に磨くとの事だが、どうも細やかなことは苦手である。
とは言え、まだまだ修行は始まったばかり。出来る限りはチャレンジしてみるつもりだ。
ケルベロス達の修行はまだまだ続く。
●
職人の元へ来て三日がたった。
コツコツと真面目に取り組み、特に手先の器用な者はオルゴールを組み立てる作業を行えるようになっていた。他の者もそれぞれステップアップし、スムーズに作業を進めることが出来るようになっている。
黙々と作業に没頭していたティアンが確認のため手を止めた。
人が作ったものを見るのは好きだ。
誰かが想いを込めて作ったおつかれさまのオルゴールが、また曲を歌えるように。
「すぐ元の場所へ戻れるよう、ティアンもがんばる」
指定された図面通りに丁寧にオルゴールの蓋を本体に取り付けた。
これで、職人のチェックを何度か通れば音が鳴るはずだ。
「あ、蓋取り付け完了ですか? 次はわたしが磨きますね」
ティアンがクッションの上に置いたオルゴールをイルヴァが持ち上げる。
「そこ、磨き入念によろしくねー」
「はい!」
職人がイルヴァに信頼の目を向けた。
初日から真面目に取り組んできた彼女は、いまや一つの工程を任せられるほどに上達している。繰り返し何度も行うことで、身体が覚えたのだろう。
実は、一つ夢があるのだ。
だから絶対、教えてもらった技術をものにしたいと頑張ってきた。
イルヴァは手にしたオルゴールを確認し、磨く作業に入る。
「それじゃあ、僕は次の部品を並べる仕事だ」
空いたスペースに、レンナが次の工具や部品を綺麗に並べていく。
この三日間、レンナは職人の仕事を良く観察し、オルゴールの中をじっくり見ていた。
だからこそ、次にどんな作業をするのか、何が必要か、言われなくてもわかっているのだ。
「次は、部品が足りないオルゴール」
どこかぶつけた時に、部品が飛んでしまったらしい。
ティアンが修理の指示書を読む。
「あとね、底の部分が欠けているんだよ! 自分が見つけたんだ!」
その指示書の一部をアニーが指差した。
自分は機械で獣医だから、丁寧に診る事は凄く得意だよ! と言うアニーを見て、ティアンが頷く。
たしかに、良く見ると欠けている部分があった。他にも、アニーが指摘した修理箇所がいくつかあるようだ。
ティアンは、また、黙々と作業に戻る。
あんまりおぼえていないが、ひとりで何かをするのは、多分、なれてるから。
工房では、同時進行でいくつかのオルゴールを扱っている。
一つ隣の机ではジルカがせっせと手を動かしていた。
この小さなネジを嵌めると、ドラムが稼動する。この部品はここ。次はどうする?
一つ一つ、対話するように作業を進め、確認のためにドラムを少し回転させた。
ピン、と。かすかに澄んだ音がする。一つだけの音が、耳にこだました。
オルゴールはこぼれる音の宝箱だと思う。
「……この手で作れたら、きっとステキだろうなぁ」
誰かの心に、そっと寄り添える音を作り出せたら、どんなに幸せだろう。
ジルカは組み立てたオルゴールを眺め、そっとクッションの上に置いた。
「ランプを作るよりも細やかな部品……サギョウが多いです、ね」
組み立ての前段階、部品を一つ一つ確認しながらリリーが言った。
出来ているものを分解し、目視できない場所の故障を何とか探し出し作業をする。少しでも手元が狂ってしまうと、全てが壊れてしまうのだ。
リリーは言いながら、目の前の作業に一層集中した。
「ヨヅキも、小さいネジ、そろえた」
とにかく、細やかな作業が多いのだ。
ヨヅキも手元でちまちまと道具箱から小さなネジを取り出している。
それをテレビウムのヨボシがじっと見つめていた。
「ヨボシちゃん、これネジ。きれい」
ヨヅキが一つネジを摘み上げる。
力の加減を間違えば、すぐに指の間から逃げてしまいそうだった。
しばらくして、ネジを所定の位置に置く。
「みんな、何だかんだでそこそこまで来てるようだな」
部品の入った箱を運びながらライラットは工房を見渡した。
これなら、職人の代わりに囮を引き受けられるはずだ。
「そろそろ、時間だ。囮は任せたぞ」
そう言うと、工房に一瞬ピリリと緊張が走った。
もうすぐ敵がやってくるだろう。
不自然に思われないようケルベロス達はすぐに穏やかに作業を再開した。
●
「失礼します。こちら、オルゴール職人の工房だと伺ったのですが」
カラフルな衣装を着込んだ男が二人、オルゴール職人の工房にやってきた。
一人はラメで模様をつけたバトンを手にしている。
一人は全身にいくつもナイフを吊り下げていた。
「いらっしゃい、見学か?」
ライラットが声をかける。
作業机では、ティアンとジルカを中心に、ケルベロス達が平然と作業を続けていた。工房には、他に職人の姿はない。
だが、螺旋忍軍達は特に気にした様子もなく、ずかずかと工房へ立ち入り、作業の様子を覗き込んできた。
「いえいえ。見学と言うよりも、この技術を指導して欲しいのですよ」
「腕の良い職人が居るようだしなあ」
敵が頷き合う。
ケルベロス達は見学や技術指導を了解し、それぞれに違う工程を覚えてもらうよう提案した。
バトンを持った男、ブランコ乗りを案内するのはティアン、イルヴァ、レンナ、それにアニーとジルカ、ライラットだ。
適当に理由を付け、できるだけナイフ使いから遠ざけるよう、案内する部屋を選んだ。
「それにしても、随分歩きますねえ? オルゴールの技術とやらは、そんなにご大層なもので?」
随分と歩いたので、ブランコ乗りは不服そうに顔をゆがめている。
ケルベロス達は何も言わず部屋に入り、ブランコ乗りもやや強引に部屋に押し込んだ。
「だから、何を――」
わけが分からないと身を捩る螺旋忍軍。
「回復は、まだいらない。ティアンも攻撃する」
瞬間、ティアンの掌からドラゴンの幻影が放たれ、敵の体を焼いた。
「がっ……」
ブランコ乗りはバランスを崩し、ステッキで身体を支える。
敵が何か言葉を発する隙も与えず、ケルベロス達は一斉に飛び掛った。
「――衝き穿つは闇をこそ。凍て果すは穢をこそ。破魔の蒼星、凍夜の閃軌。凍て尽くし、裂き穿て!」
イルヴァが声を上げる。
素早く懐に飛び込んでいったイルヴァは、右拳に氷の魔力を纏わせ、叩き込んだ。
ビハインドのレノを伴い、レンナも駆ける。
「レノ、臨機応変に攻撃だよ」
レノに攻撃の指示を出しながら、自身は霊力を帯びた紙兵を大量に散布した。
縛霊手から散った紙兵達が仲間を護る様に空を舞う。
続けてアニーがスパイラルアームを繰り出した。
肘から先をドリルのように回転させ、敵の体を穿つ。
ブランコ乗りは苦痛に表情を歪め、ぱくぱくと口を動かした。
「反撃が来る前に、畳み掛けよう!」
アニーが声をかけると、仲間達は頷きあってさらに攻撃を重ねた。
「あの音を、途絶えさせるもんか」
震える膝を叱咤して、ジルカが敵との間合いを一気に詰める。
差し出した手には、ベニトアイトの煌きを宿した幻影の大鎌。
「きみに、あげる」
夢のような青を、映る悪夢を、螺旋忍軍の中心へ振り下ろした。
「さて、一気に潰すか!」
ライラットはエアシューズを煌かせ、地面を蹴る。
ケルベロス達からの予期せぬ一方的な攻撃に、ブランコ乗りはボロボロだった。
どうやら、まだ戦いの態勢を取れないらしい。
構わずライラットは、敵を蹴り上げ、機動力を奪った。
敵の体は弧を描き地面に激突する。
「……っ、ぁ、ああぁぁああ」
勢いが止まらず、敵の体は地面を二度三度転がった。
ようやく敵が起き上がり、よろよろとしながら攻撃を何とか繰り出してくる。
それを受け止め、庇い、癒し、ケルベロス達は簡単に螺旋忍軍一体を追い詰めた。
「これで終わりだね」
レンナが言うと、仲間達が一斉に攻撃を集中させる。
すでに虫の息である敵に向かい、自分もグラインドファイアを放った。炎を纏った激しい蹴りが敵の体を打ち砕く。
そのまま、ブランコ乗りの螺旋忍軍は消滅した。
一方、リリーとヨヅキも戦いを始めていた。
「リリーちゃん、ヨヅキのうしろ、きて。守るから」
ヨヅキが、敵の攻撃から身を挺してリリーを守る。
「ありがとう、ございます。わたくしは、回復にセンネンさせていただきます、ね」
言葉の通り、リリーはヨヅキの傷を回復させた。
ここでナイフ使いの足止めをするのが目的だ。
少しの間だけ耐えることが出来れば、きっと仲間達がブランコ乗りを倒し応援に駆けつけてくれる。
「みんな、来る。きっと、大丈夫。ヨボシちゃんと、リリーちゃん、守る」
「はい。いっしょにがんばりましょう、ね」
ヨヅキとリリーは手を取り合い立ち上がった。
そして、必ずここで足止めして見せると走り出す。
「っ、面倒くさいな」
ナイフ使いは舌打ちをし、両手に持っていたナイフに氷を纏わせ打ち出してきた。
再びヨヅキがリリーを庇う。
とにかく耐えることだ。
仲間と合流するまでは、回復中心に立ち回り、体力を維持することを目標に戦う。
目的がはっきりしている二人の行動には無駄がなく、受けた傷を確実に癒した。
「くそ、いつまでも守ってばかりいられると思うなよ!!」
ナイフ使いが苛立ちを見せる。
だが、二人は意に介さずに守りと回復で時間を稼いだ。
もう何度目か、ナイフ使いがナイフに氷を纏わせる。
その時、部屋の扉が勢い良く開いた。
「待たせた! こっちはバッチリだぜ」
最初に飛び込んできたライラットが、いきなり敵にセイクリッドダークネスを叩き込んだ。
「?!」
敵の体が吹き飛ぶ。
「ヨヅキ、リリー、無事だよね?」
次に飛び込んできたレンナが、二人の無事を確認する。
ヨヅキとリリーは、心配する仲間達に、大丈夫だと頷いて見せた。
ほっと胸を撫で下ろし、ケルベロス達はナイフ使いに攻撃を集中させる。
その、畳み掛けるような攻撃で、あっと言う間に敵は沈み消えた。
戦いの終わった工房は、そんなに荒れては居なかった。ケルベロス達がなるべく部屋を荒らさぬよう戦ったのだ。
きらきら音色のオルゴールたちも、無事だ。
「みんな、ありがとうね。おかげで、しばらくこの仕事を続けられるよ」
オルゴール職人は笑顔でケルベロス達に礼を言う。
それでも荒れてしまった箇所を簡単にヒールし、ケルベロス達は仕事を終えた。
作者:陵かなめ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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