冥龍空中戦~咆哮

作者:七凪臣

●追撃の冥龍ハーデス
 その島の名を、月喰島と言う。
 太平洋上に浮かぶ孤島であり、数十年前のデウスエクスの襲撃によって地図から消えた島だ。
 だが、月喰島は消えてなどいなかった。
 実在を確認したのは、ケルベロスの調査隊だ。そして調査隊は、月喰島に潜んでいた『生ける死者』のような敵と遭遇することとなった。
 調査隊の危機に編成された救援チームは、調査隊のケルベロスらと協力し、月喰島の怪異を解決するのに成功する。
 しかし。
 怪異は終わっていなかった。
 事件を解決したケルベロス達を回収したヘリオンが飛び立った時、突如として月喰島全体が鳴動したのだ!
 ヘリオンから見下ろした下界では、月喰島の崩壊が始まっていた。そして、そこから。
 巨大なドラゴン――『冥龍ハーデス』が出現したのだ。

 冥龍ハーデスは怒りに我を忘れたように、撤退するヘリオンを追って日本へ迫ってきている。
 追われているヘリオンは、このままでは日本へ辿り着くより早く、冥龍ハーデスによって撃破されてしまうだろう。
 故に、今作戦では。
「仲間達を無事に帰す為に、冥龍ハーデスを迎撃して頂きます」

●冥龍迎撃作戦、発動!
 粗方を語り終えたリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
 思わぬ事態を前に、彼も緊張しているのだろう。けれど、リザベッタがヘリオライダーとして告げなくてはならない事は、終わっていない。
「戦闘圏外の高空を飛行するドラゴンと戦闘を行う事は難しく、特殊な迎撃作戦が必要となります」
 そう、彼のデウスエクスは空舞うドラゴン。迎え撃つには、常ならぬ戦場を要するのだ。
「今回は冥龍ハーデスが怒りに我を忘れヘリオンを追っているので、進路の誘導が可能と判断し、これを利用する事になりました」
 まずは冥龍ハーデスの進路上に百を超える熱気球を配し、これを迎撃用のケルベロスの拠点とする。
「熱気球同士は密集させた上で、太いロープで結び合わせます」
 これが空中戦の足場となるが、となれば当然、冥龍ハーデスは気球ごとケルベロスを攻撃してくるだろう。
 つまり、戦いが始まると気球は次々に破壊される。だから、全ての気球が破壊される前に冥龍ハーデスを撃破できれば作戦は成功だ。
 ならば、撃破前に気球の全てが失われてしまったら作戦は失敗なのか?
 そんなケルベロスの無言の問いに、少年ヘリオライダーは緩く首を横に振った。
「いいえ。全ての気球が破壊されたとしても、それより早く冥龍ハーデスの巨体の上に取り付く事が出来れば、戦闘は継続可能です」
 しかも冥龍ハーデスの上の取り付いての戦闘でなら、より大きなダメージを期待できる。が、冥龍ハーデスも取り付いた者を振り落とそうとするだろう。そうなったら海面まで真っ逆さま。戦線復帰は不可能だ。 
「でも。この振り落とすための行動をした場合は、冥龍ハーデスは他の攻撃行動が不可能になるようですから。気球からの攻撃との連携で、敵を翻弄することも出来るかもしれませんね」
 失われゆく足場、迫るリミット。されど、戦い方も千差万別。如何様にも戦局を彩ることは出来る筈だ。

 冥龍ハーデスは強大にして強靭。
 峻烈なブレス、炎、そして爪を己が武器とするらしい。
「ブレスと炎の攻撃は広範囲に被害を及ぼすようです。なので、攻撃対象が分散し過ぎていると、一度の攻撃で多くの気球が破壊されてしまう危険性が高まってしまいます」
 気球を全て失っても、冥龍ハーデスに取り付くことが出来れば――というのは、先に話した通り。
「落下は戦線離脱に直結しますが、うまく耐えられたなら、戦いを有利に進められるかもしれません」
 ケルベロスは気球を足場にして移動しながら戦う事が出来る。ただし、足を滑らせたり、特別な行動をとったり等、移動に手間取った場合は、攻撃できない事も考えられる。
 そして、最後に。忘れず念頭に置いていて欲しい事がもう一つ。
「冥龍ハーデスは冷静さを取り戻すと、戦いを止めて撤退するかもしれません」
 これはある種の目的達成と言えなくもないが、それは最低限のラインだとザベッタは険しい顔つきで言った。
「皆さんの命は大事です。決して粗末に扱って欲しいとは思いません。ですが相手は月喰島の住人の方々を、邪悪な実験に利用しました……絶対に許せません」
 緊張に強張らせていた体を、いつしか静かな怒りで燃やし。
 リザベッタは戦場へ導く者たちへ希う。
 あなたにとって悔いのない最良の戦果を、と。


参加者
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
連城・最中(隠逸花・e01567)
飛鷺沢・司(灰梟・e01758)
安曇野・真白(霞月・e03308)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)

■リプレイ

 灰の髪を靡かせる天つ風を、飛鷺沢・司(灰梟・e01758)は全身で受け止める。
「龍ほどじゃないけれど――飛んでる心地だ」
 水面は遥かに遠く、代わりに空が近い。
 今、彼らが足を着けるのは原初の母の加護なき大地。直径15mはあるだろう気球の上。ゴンドラを含めると20mくらいだろう一つ一つが、上下左右の間隔を50mほどあけて、約10個ずつ太いロープで連ねてある。
 さながら500m四方の防御壁。
「良い戦場だ、そして良い敵だ」
 圧巻の光景の一部となったクロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)が、熾火色の双眸を細める。
 彼女の視線の先には、ヘリオンを追って一直線に飛ぶ巨大な黒塊――冥龍ハーデスの姿があった。
「随分とご立腹のようで」
 くくと連城・最中(隠逸花・e01567)が喉を鳴らす。
「ですが、怒りは此方も同じ」
 燻る心火を最中は冴えた視線で覆う。
 逆鱗に触れたのは、どちらか?
 理不尽に弄ばれた命に、それを間近に見た同胞の想いに、自分たちは報いねばならない。
「――来い、冥龍」
 同じ決意を胸に、海の上の戦場に至ったケルベロス達が一斉に力を繰る。
 目標は、迫る冥龍ハーデス。
 総勢三十二名による一斉先制攻撃は天の咆哮が如く。破壊の力の奔流となって、空を貫く。
 刹那、凄まじい衝撃に冥龍の姿さえ見えなくなった。

●序
 流石に無事ではいられないだろうと、誰もが思った筈だ。
 だのに。
『目障りな、邪魔をするなら容赦はせぬぞ』
 まるでダメージを負った風でない冥龍は、怒りを増してケルベロス達が待ち受ける壁に悠々と迫った。
「奴に飛び移りましょう」
 己が射程にケルベロス達を入れるや否や、烈火の焔で別働隊を炎で灼き払った冥龍の様子に、直近の仲間たちへオウガ粒子を降り注がせたクロハが言う。
 数多の戦場を経験した元傭兵の血が告げていた。悠長に構えていては勝てない。取り付いて、大ダメージを狙わねば。
「その方が良さそうだな」
 クロハが用いたのと同じグラビティを癒し手たちへ届けたレスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)も頷く。
 全力を尽くした結果で海へ落ちるなら、いっそ歓迎だが。後手に回った末、そうなるのは面白くない。事実、真横に見えた冥龍の腹へ司と最中が放った渾身の一撃も、漆黒の体表に僅かな損傷を与えただけ。
「一か八かの賭け、イイじゃねぇか」
 二人の竜族の提案に、リスクジャンキーな卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)が廃材で組み上げた左手で上がる口角を押さえて片笑う。
「来い」
 最前線に立つ者たちへの加護を更に厚くした泰孝は、気球の足場上ならどこからでも攻撃を当てられるサイズの冥龍の動きを目で追うと、より飛び移り易そうな場所の当たりをつけ、翼猫を伴い太いロープを辿って上を目指す。
「支援、宜しくお願いします」
 守りを固める魔法陣を描いた八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)は、泰孝を追いながら安曇野・真白(霞月・e03308)とエフェメラ・リリィベル(墓守・e27340)を振り返る。
 彼女らの役目は味方の回復。その力は後方から届けるので十分。真白が連れる箱竜の銀華も癒しを主軸にした狙撃手なので、前に出る必要はない。
「お任せください、少しでも長く耐えられるよう全力で支えますわ」
 激しい戦いになるのを分かっているエフェメラは、『最後まで』とは言わなかった。
「お気をつけて!」
 浮雲のような足場をものともせず翔け征く背中へ、真白は銀華を抱き締めながら祈る。
 全てが終わったら、皆で美味しいものを食べにゆきましょう、と。

『我が怒りの炎を受けるがいい』
 冥龍が猛き声が大気を震わす。そうして放たれた炎の息は同胞を呑み、二つの気球を破裂させた。けれど彼の龍の意識が此方に向いていないのは一つの幸い。弛まず攻撃をしかけつつ、クロハらは空の足場の最長点へ至っていた。
(「、今」)
 蠢く漆黒の背が間近に迫った瞬間、クロハは迷いなく宙へと飛ぶ。
 絶好のタイミングだった。だが、直後。
『小賢しい、矮小なる者どもが』
「っ!」
 小山にも似た肢体を撓らせた冥龍の爪が、クロハを襲う。
 全身を質量ある闇で圧し折られるような痛みに、クロハは奥歯を噛んで耐えた。しかし、運命は彼女に安堵を赦さない。
「――司、最中!」
 続け様に襲い来た爪に結末を察したクロハは二人の破壊者の名を呼ぶと、置き土産にと冥龍の掌へ蹴りを見舞い、尚も声を張り上げた。
「私を足場にして下さい!」
「!?」
「行きなさい!」
 喰らった衝撃に体は既に宙に浮いていた。それでも逆巻く風に抗い、クロハは翼を広げる。気球から冥龍の背へ橋を架けるように。
「後は任せました」
 二人の男たちが自分の背を渡って冥龍に取り付いたのを見届けたクロハは、満足気に笑うと、吸い込まれるように海へと落ちていく。

●破
『煩わしい奴らだ、一網打尽に振り落としてくれる』
 途端、司の視界が回った。
(「違う」)
 取り付いた冥龍が、煩わしいケルベロス達を振り落とそうと体を回転させたのだ。そう理解した司は、反射的に地獄の炎を纏わせた大鎌を強固な鱗に突き立てしがみつく。酔いそうになる視界の中、凌ぎ切れず落下した最中の手を、気球から身を乗り出したレスターが掴むのが見えた。
「なるほどねぇ」
 一度、着地間際に足を滑らせた泰孝は戦場中段へ急ぎながら、ポケットの中から一枚のコインを取り出す。
「さぁ、どっちだ」
 ピンと親指で弾き、左手の甲と右手の掌の間で受け止める。
「よしっ」
 右手を退けて確認した表の結果に、泰孝は気球から飛んだ。ふわり浮いた体が、動き回る冥龍が生んだ風に煽られ、すとんと漆黒の尾の上に着地する。
「成功しましたわね」
 ゴンドラから耐えず癒しを送り続けるエフェメラが、エネルギー光弾を射出する泰孝の姿に、安堵の息を吐いた。
「難しいものでございますね」
『うろちょろ動き回るな、動かずに死ね』
 真白の嘆息に重なった冥龍の唸りに、一つの気球が遠くで弾ける。
『そうはさせぬぞ』
 冥龍の爪に、黒い髪を靡かせまた一人のケルベロスが落ちた。
 味方の数は確実に減っている。その状況で足場の多くが失われるまで時を待っていたらどうなっていたかと思うと、エフェメラと真白の肝が冷えた。
 だが、だからこそ。彼の龍に直に叩き込む一撃は凄まじい。
 最中の剣閃に岩のような鱗が砕け、司が投じた刃に裂かれた体表から体液が吹き出す。
 しかし、そうなれば冥龍も黙していない。
「気を付けて下さい!」
 自分が振り落とされた時の予兆を感じた最中の警鐘に、泰孝は自分が抉じ開けた冥龍の傷口に鉤爪をねじ込み、結んだロープで体を固定する。
「やったぜ」
 足元が割れるような激震に耐えた男は、勢いそのままにジグザグに変形させた刃で剥き出しになった冥龍の肉を切り刻んだ。
『ぐぅぉぉぉぉ、ケルベロス風情が、この冥龍に……!』
 被った損傷に、冥龍の眼が怒りに燃える。
 咄嗟に翼猫が羽ばたいた。されど、大気を低く唸らせ凶悪な爪が泰孝を襲う方が僅かに早い。
「――ッ」
 冥龍の恩讐が籠った一撃は痛烈で、全身の骨が砕けるような衝撃に、然しもの泰孝の意識も遠退く。
「……無駄に、すんじゃねぇぞ」
「分かりましたっ」
 血の尾を引き落ちていく男の言葉に、冥龍の全意識が泰孝へと向いた隙に最中と共に飛び移りに成功した鎮紅は、表情を引き締め頷いた。

 ケルベロス達は果敢に黒き地を踏み締め、強撃を巨大なデウスエクスへ叩き込む。
『くそぅ、何故、落ちぬ!』
 冥龍は身を捩った。だのに慣れ始めたケルベロスは耐える。その事に冥龍は苛立ちを露わにし――。
『ならば……』
「なっ!?」
 まさかの二度連続の振り落としに、凌ぐも落ちるも経験した最中さえ目を剥く。小さな翼猫など、踏ん張る余地なく空へ放られる。
「掴まれ!」
「飛鷺沢ッ」
 浮き上がった鎮紅の身体をレスターの逞しい腕が気球から捕えるのを横目に、冥龍の鬣で足を固定した最中は司へ手を伸べた。
 しかし、その指先は届かない。そしていち早く冥龍に取り付き、幾度もの振り落としに耐えた司の忍耐力も限界に近かった。
 それでも。
「っは。そんなに振り落としたいか? よほど俺達に勝つ自信がないと見える」
 感情の彩を表わさぬ面に、挑発の嘲りを微かに掃いて。
「覚えておこう、」
 空を泳ぎ、引力に囚われながら司は敵対者に速やかなる死を齎す為に作られた大鎌を構える。
「今この時だけは」
 煌く白刃に幻の日食の翳を映し、欠けた空がぼやけて滲む。
 茶色の賢者の異名を持つ魔法使いの古き名を冠す、司だけのグラビティ。薄焔を纏い、気迫を立ち昇らせ。鋭い軌跡を描いた一閃は、名残惜しむように巨龍の腹を深く斬り裂く。
『どうだ、恐れ慄け』
 遠ざかっていく冥龍の哄笑は、司には弱者の遠吠えに聞こえた。

●急
 交錯する衝撃と衝撃に嬲られ、空は乱れる。
『どうだ、恐れ慄け』
 巨大な冥龍ハーデスからしたら、人間などさぞ矮小な存在だろう。
 鋭い爪と苛烈な炎に、一人、また一人と盟友が戦線離脱を余儀なくされる。だが、ケルベロス達の心は折れない。
「乗り心地はあまり良くないな」
 冥龍の肌の色によく似た鞘から穢れ無き刃を抜いた最中は、苦境にも余裕を嘯き、微かな星明りさえ映す刀身を冥龍の背に深々と突き立てた。
「――咲き誇れ、紫電の花よ」
 途端、迸る雷光。散った煌きは、さながら乱れ舞う菊の花弁。
「さあ、龍殺しの時間だ」
 銀環の角飾りでいつもより近い太陽の光を弾き、レスターも岩礁さえ削る猛き連撃を冥龍に直に叩き込み、
『どんなに強く大きくとも、貴方と言う魂は弱く小さなモノなのですね』
 続いた鎮紅も触れる鱗に思念を注いで驕れる冥龍を挑発する。
 そう、人間を格下に見るのは冥府の王の名を持つ龍の驕り。ケルベロス達は着実に強敵を追いつめつつあった。その一端は、直接、敵へと手を下さない者たちの尽力も大きい。エフェメラと真白が前線へ届ける加護が、仲間の一撃一撃を常より重くしているのだ。
 冥龍も、その存在を見過ごせない程に。
 ぐるり、大気にうねりを生むように冥龍が首をもたげる。ぬぅっと巨大な顔が、二人の女と一匹のボクスドラゴンが乗るゴンドラに肉薄した。
『貴様達の足場、崩してやろう』
「させない!」
 意図を悟ったレスターが気球の地面を駆けあがり、全てを焼き尽くさんとする猛火の片鱗を受け止める。けれど抑えきれなかった本流が、気球ごと癒し手たちを灼く。
 肌を叩くような炸裂音を奏で、二つの気球が破裂した。爆風に、銀華が空へ放り出される――しかし。
「伊達に戦況を見ておりませんのよ?」
 被弾の残滓を物ともせず、エフェメラは未だ健在な気球の上にいた。傍らには、真白もいる。冥龍と同胞たちの攻防を具に見続けた彼女らにとって、足場が失われる事は想定済み。体はしなやかに、難を逃れる為に動いた。
(「わたくしはあなたのような方待っておりましたのよ」)
 まるで蜜を求める蝶のように舞い、エフェメラはその強さに焦がれた冥龍の首筋へ飛びつく。
 そのあまりの優雅さに、真白は息を飲んだ。
 嗚呼、皆の何と頼もしい事か!
『いつまで、我が体にいるつもりだ?』
 冥龍は取り付いたケルベロス達を振り落とそうと、執拗に荒れ狂う。レスターは翼でバランスを取りつつ、鎮紅を支え。エフェメラは鬣を掴んで凌いだ。
『これでも、振り落とせぬのか!』
 思い通りにならぬ苛立ちに、冥龍は連続できりもみ回転のように身を震わす。だが、二度重ねられるのも経験済。踏ん張り切れなかったレスターと最中が――鎮紅はレスターが意地で張り付かせた――宙に浮きかけたが、手慣れた風な男たちは空を蹴って気球へ飛び乗った。
(「何も怖いものなど、ありません。唯一あるとしたら、皆さまを支えられないこと」)
「お気を付け下さい! 冥龍はロープを切ろうとしておりますっ」
 振り落としはもう効果無しと理解したのだろう冥龍の新たな動きを見て取った真白は力の限り警告を謳い、空中戦場へ勇ましく駆け出す。

●決
『何故だ、何故引き裂けぬ』
『我が炎よ、全てを燃やしつくせっ!』
 冥龍が如何に吼えようが、どんな手を使おうが。滅する為にこの地へ至った戦士達は、己が限界に挑むように渾身の一撃を呉れ続けた。
 果たして、その行く末は。
「っ、させない!」
 黒き肢体が空中戦陣から退こうとする素振りに気付いた最中は、なりふり構わず空へ躍る。着地地点など、何処でも構わなかった。ただ一心不乱に刃を突き立て、菊透かしの鍔に力を込めて巨大なデウスエクスを深く穿つ。
「逃がしなど致しませんっ」
 一筋の赤が混ざる真白い髪を靡かせ、真白も懸命に鱗の地面に取り付いた。そして間髪入れず、己だけの力を放つ。
「きらきらひかる夜をつなぎ、請うて願いし、光糸のゆらぎ」
 冥龍の首の方を指目する指先から、流星の仄かな煌きがやさしく放たれた。しかし見た目の美しさとは裏腹に、威力は絶大。一条の光矢になって敵を貫く。
「これは報いだ。お前が殺し、操った者たちの」
 嘗て『無風』と呼ばれた竜の骨を礎とした武骨な鉄塊剣を振り抜きながら、レスターも風に舞う。
「冥府に叩き込んでやる――尽きろ」
 右腕に点す銀炎を得物に移し、荒波の如く打ち据えれば、散った炎は濤飛沫のように。
 空に在る全てのケルベロス達が、ありったけの力を冥龍ハーデスへとぶつけていた。
「あなたは此処で朽ち果てるのです。その力も、わたくしに下さいまし」
 嫣然とした微笑の侭に、エフェメラは魔導書を開く。ページを捲る指が止まったのは、38ページ目。
「そう、静かに静かに蝕んで行くのです」
 そこに眠っていたのは闇竜の力。魔女の囁きに目覚めたそれは、黒い霧となって冥龍を蝕む。
 誰の手も、止まらない。巨大なデウスエクスの命はもう風前の灯と気付いているから。
 そして。
「逃がしませんよ」
 惨めに逃げゆかんとする冥龍の哀れさを心で揶揄り、鎮紅は握る武器に魔力を注ぐ。揺らぐ大気に、少女の身を包む装束の裾がふわりと波打った。まるでその頃もが名に持つ『夜明け』を、闇に弄ばれた憐れな魂たちへ捧ぐように。
「其処はまだ、私の間合いです」
 凛然と言い切る呪に呼応して、紫電の衝撃が冥龍の首筋で爆ぜた。淡く光る魔力は雄大な山の彩のように、揮われる打撃は水面の静寂を謳うように――。
『馬鹿な、冥龍ハーデスが、このような場所で……。ありえるはずが……』
 鎮紅が放った静謐なる一撃の後では、如何なる言葉であろうと、デウスエクスの咆哮は酷く耳障りな響きに聞こえた。

「終わったようですね」
 海面から凡そ50m上空。落下してくる仲間の救護に勤しんでいたクロハは、羽ばたく事を忘れ墜ちてくる巨大な影に戦いの終わりを知る。
 黒い影の向こうに見える秋空は高く澄み、全ての憂いを晴らすような美しさだった。

作者:七凪臣 重傷:卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月21日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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