●ミス・バタフライは口元を歪めた
街の灯を見渡せるビルの屋上に奇術師の様な女が佇んでいた。
「――あなた達に使命を与えます」
屋上の暗がりへ向かって、奇術師の女――ミス・バタフライは言葉を投げる。影が蠢く。何者かがそこに居た。
「この街にせどりという、希少な古書を集め転売する仕事をしている人間が居ます。その人間と接触して仕事内容を確認、可能であれば習得した後に殺害しなさい」
グラビティ・チェインは略奪してもしなくても、どちらでも構わない。
響く命令はデウスエクスの常識から考えれば奇妙なものだ。
「――了解しました、ミス・バタフライ」
けれど、影より進み出た二人――無言で陽気なクラウンと、雄弁で冷たい猛獣使い――は疑念を挟もうとはしなかった。
一見意味のない事件でも、巡り巡って地球の支配権を揺るがす切欠となる。理屈こそ分からぬものの、ミス・バタフライの能力を知る二人にとって、それは事実も同然だった。
ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスで嵐を起こすこともある。
空前絶後のファンファーレが秘密裏に奏でられようとしていた。
●混沌の収束の序章
「バタフライ効果って知ってます?」
ミス・バタフライという螺旋忍軍に動きがあった。そう聞いてヘリポートへと集まったケルベロスたちへ、和歌月・七歩(花も恥じらうヘリオライダー・en0137)は手帳を開きながら切り出した。
「要するに風が吹けば桶屋が儲かるってやつです。遠くで起こった小さな影響が巡り巡って大きな影響を及ぼすこともある。世界は様々な事柄が複雑に絡み合って形成されているんですね」
ふむふむと頷いて七歩は手帳のページを捲る。
ミス・バタフライが起こす事件は正にそのバタフライ効果に寄るものといえるだろう。
彼女が起こそうとする事件は、さほど大した影響がないように見えるのだが、回り回って大きな効果を発揮することになる。
そのような方法で確かにしているのか不明ではあるが、事件を止めなければケルベロスに不利な状況が発生する可能性は非常に高い。
「今回の彼女は自分の手下を使い、『せどり』という珍しい職業に就いているカワサキさんから仕事の情報を得たり、その技術を習得したりと、利用した後に殺そうとしているようです」
一見、よく分からない事件のように思えるが、止めることが出来なければ、やはり影響は巡りケルベロスたちに悪影響を及ぼすだろう。
何としてもカワサキを保護して、ミス・バタフライ配下の螺旋忍軍を撃破しなければならない。
「『せどり』という職業は平たく言うと転売業になります。安く仕入れた中古品を必要とする人に高く売るお仕事ですね。カワサキさんは、その中でも希少古書専門の『せどり』をしているみたいです」
最近ではゲームやCDなどを転売する『せどり』も増えているが、カワサキは希少古書の取扱に拘りがあるようだ。
相場が調べやすく比較的取り扱いやすいゲーム、CD、漫画などと比べると希少古書を取り扱うためには古書についての専門的な知識が不可欠。仕入先の把握、同業者らへのコネクションも必要となるだろう。
「さて、皆様が敵と接触するには、大きく2つの方法があります」
指を二本ピースサインのように立てながら七歩はケルベロス達を見る。
「まず、一つは狙われるカワサキさんを警護して螺旋忍軍が襲いかかるのを待つ方法です」
この方法を取る場合、事前に襲撃があることを説明して避難させてしまった場合は敵は違う相手を狙うことになるので、被害を防げなくなってしまう。職業柄周囲に人間も多いだろう。一般人の避難には十分気を払う必要がある。
「もう一つの方法は、カワサキさんに事情を話し、皆様が『せどり』の仕事を教わることです」
七歩は中指を折る。今回の事件、敵が襲撃する三日前からカワサキへ接触することが可能である。この期間に仕事を覚えることができれば、螺旋忍軍の狙いをケルベロスたちに移すことが出来るかもしれない。
「囮になるには最低でも見習いといえる程度の実力が求められます。三日間で習得しようと思えば、かなりの努力が求められますが……皆様ならきっと大丈夫でしょう! それに、本の知識を得るってなかなか楽しそうですよね」
本を集める商売なんて、ちょっと憧れちゃいますよね。と、七歩は微笑んだ。
「現れる螺旋忍軍は無口で陽気な道化師と、饒舌で冷静な猛獣使いの二人です。この二人の連携はなかなか厄介みたいですけど……。もし囮になる作戦が成功すれば、二人を分断したり、一方的に先制攻撃が出来たりと此方に有利に戦闘を始めることが出来そうです」
作戦次第ではあるが、工夫することで戦況を整えることが出来るだろう。
ぱたんと手帳を閉じて、七歩はケルベロスたちを見渡した。
「バタフライ効果やら職業取得やら、何だかややっこしい事件……。って思うかもしれませんけど、でもいつも通りと言えばいつも通りですよね?」
無辜の人がデウスエクスに苦しめられようとしていて、ケルベロスはそれを阻む。
求められているものは、いつだって変わらない。
番犬たちを信じ切っているように七歩は笑顔を見せた。
「さあ、行きましょうケルベロス。望みの未来は見つかりました?」
参加者 | |
---|---|
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544) |
姫宮・愛(真白の世界・e03183) |
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451) |
ルチル・ガーフィールド(シャドウエルフの弓使い・e09177) |
クロード・リガルディ(行雲流水・e13438) |
常葉・メイ(刀剣士・e14641) |
鉄・冬真(薄氷・e23499) |
花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677) |
●せどり屋カワサキ
「……なるほど、そうですか。分かりました」
デウスエクスの陰謀を阻むため、せどりの技術を学びたい――。
そう言って訪れたケルベロスたちの要望をカワサキは二つ返事で了承した。
「宜しいのですか?」
事前情報の通りとは言え物分りが良すぎる。
既に多少の演技を交えながら、鉄・冬真(薄氷・e23499)は疑問をぶつけた。
「細かいことは分からないけど、私を守ってくれるんでしょう? だったら此方からお願いしたいぐらいです」
どうやら、あらゆるジャンルの古書に通じているだけのことはあるようだ。
カワサキは多少奇特な状況であっても、動じないだけの精神力を持っているのだろう。
早速、ケルベロスたちはせどり技術をカワサキから学ぶことにした。
ずらり様々な種類の本が並んだカワサキの私室で、三日間の修行が始まる。
「なるほど……さすがはプロですね、勉強になります」
歴史書に焦点を当てて学ぶことにした花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)は、貴重な古書の仕入先と、その共通点、引いては新たな仕入先の開拓方法を教えてもらい、関心の声を上げる。
綾奈にとってせどりは噂で聞いたことがある程度のだった。安く買って高く売る、シンプルな仕事という印象すらあった。
けれど、珍しいからこその希少古書。その入手方法は決して単純なものではない。
買い主が売り主となり、売り主が買い主となることもある。最も必要なのは本への誠実さを分かってもらうこと。
少しづつ綾奈にもせどりと言う仕事の奥深さを感じることが出来たような気がした。
「文庫本もいいが、普通の本が好みだな。重たいが装丁も凝ったものが多いし、綺麗だ」
ファンタジーに絞って学ぶことにした常葉・メイ(刀剣士・e14641)は、一冊の本を手に取って見つめる。
本の装丁。それもまた希少古書を決定づける一つの要素だ。内容が同じでも表紙や帯などが違う書籍もある。
他ではあまり見られないデザインであったり、出版数が少なかったり。希少となる理由は様々だ。
淡々とした様子だけれど好奇心旺盛に。本の装丁を枕に、メイはカワサキから書籍の価値基準を教わった。
「便利でなかった時代に発達した人間の技能は目を見張る物がある」
機械工学以前の古い技術書を読んでいたディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)は、そもそも何故古書が価値を持つのかという話を聞く。
当たり前のようだが、それは欲しがる人がいるからだ。だが、過去の技術書は現代から見れば実用的とはいえない。
それでも価値が認められるのは、当時の文化や風俗といった歴史を紐解くことができるからだ。
古きものから学ぶものはある。だからこそ、古書が取引されるのだ。
書物を知ることは人々を知り世間を知ることにつながる。それこそがミス・バタフライの狙いなのだろうか。
カワサキの話を聞きながら、ディークスはそのように連想した。
「古書とは歴史。時代で変化する昔話も当時の人の価値観を綴った書と言えるのではないかな」
昔話の本を手に取って冬真は丁寧にページを捲る。発行時期や人気の著者、海外の物語であれば翻訳者の違いなど、勝ちを決める要素を抽出していく。
価値がある理由は欲しがる人がいるからだ。けれど、もう一つ大きな理由がある。
これも当然ではあるが、希少であり代替が効かないということ。
どれだけ珍しいものでも、現代でほぼ同じ内容の本が買えるようなら価値は下がる。
希少とされていた古書が復刻されたことで値が下がるのは珍しいことではない。せどりを行うのであれば、古書だけでなく現代の出版にも気を配る必要がある。
現代では出版されておらず、けれど人気のある昔話は何なのか。静かに本を触りながら冬真は一冊ずつ覚えていく。
四人がせどりの修行に励んでいるその頃。他の仲間達は戦闘に向けて周辺状況の調査に勤しんでいた。
「あちらは、大変な勉強を頑張られているのですから……。こちらも、範囲広いですけれど頑張りましょうね~」
ほんわかとルチル・ガーフィールド(シャドウエルフの弓使い・e09177)は笑みを浮かべ、戦闘場所と見込んだ公園の確認と調査を始める。
公園を利用する人へ事件時に近づかないよう注意するなど、雰囲気に見合わぬ手際の良さで安全を確保していく。
「バタフライエフェクトか。……大きな騒ぎになる前に止めないとね」
そんなことが本当に成立するのか。街の路地裏を歩きながら館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)は疑いを持つが、どちらにせよ事件を放置する訳にはいかない。
カワサキ邸からあまり離れていない、それなりの広さのある人通りの少ない路地を探す。
やがて、ここならば役割を果たすだろう、という地点に当たりをつけ、詩月はキープアウトテープで件の路地裏を封鎖した。
ルチルと詩月に戦闘場所の確保は任せ、姫宮・愛(真白の世界・e03183)は計画状況の確認や連絡を行っていた。
「技を盗んでぽいなんて、良くないと思います」
磨かれた技術には相応の努力と信念がある。それを穢すことは許されていいことではない。
カワサキらの手伝いも行いながら、愛は守るべき世界を認識した。
「――お疲れ様でした。今の皆さんなら、本の買い出しぐらいなら、できると思いますよ」
そして。三日間の修業を終えたケルベロスにふわり微笑むと、カワサキは太鼓判を押した。
三日間の修行。教えるカワサキにとっても決して楽なものではなかったはずだ。
けれど、辛そうな様子は最後まで見せずに、カワサキは笑顔のまま三日間の研修に尽くした。
「ありがとう、ございました」
代表して綾奈はカワサキに礼を言う。カワサキは手を降って戦いに赴くケルベロスを見送った。
必要な準備は整った。戦いが始まる。
●猛獣使いハートレス
「やあやあ。此方には『せどり』を行っている方がお住いだと聞いたのですが、ご在宅されておられるでしょうか?」
どこか冷たい笑顔を浮かべながら、猛獣使いはカワサキ邸の前にいたケルベロスたちに話しかけてきた。
「…………♪」
ボールをジャグリングしながら猛獣使いの後ろで道化師も無言で笑う。
聞いていたとおりの様相。螺旋忍軍で間違いないだろう。
「ああ、中にいるが……。俺たちもせどり屋だ。何か用なのか?」
平静を保ちながらディークスは猛獣使いハートレスへと返答する。
「…………ふむふむ。あなた方もせどり屋で? いやあ、実は我々せどりの技術を学びたいと、こうして押しかけさせて頂いた次第なのですが」
「それなら……。私達が教えましょうか?」
「今から丁度、お客様を連れて古書店を巡ろうとしていましてね。実地の現場を見るのはいい経験になるんじゃないでしょうか」
綾奈の提案に、それがいいと冬真も頷き、せどりの際はあまり目立ちたくないので二手に分かれて古書店を回ろうと切り出す。
「おやおや。確かに此方も二人。では、それぞれ片方ずつ見学させてもらうということで宜しいでしょうか?」
螺旋忍軍にとってもその提案は渡りに船。話が早いに越したことはない。喜ばしいことだと快諾した。
「それではラブゲーム、しっかりやるんですよ」
「!」
沈黙を守ったまま手を挙げた道化師と分かれて、ディークスを先頭に猛獣使いを引き連れた一団は歩き出す。
「こっちだ、着いてきてくれ。……ところで、ハートレスだったか。どんな本を学ぶつもりなんだ?」
怪しまれない程度にディークスは当たり障りない話題を投げかける。
「それはそれは、もう色々と! 様々なジャンルに手を出していきたいと思っていますよ、ええ」
「色んなジャンルですか……。大変かもしれませんが、がんばってくださいね」
それに必要な努力は十分に理解している。螺旋忍軍に真っ当にせどりを学ぶつもりがあれば、心から応援できただろうか。綾奈は言葉の裏で少しばかり考えた。
「あぁ……。楽しみだ」
近隣の古書店に目星をつけていたクロード・リガルディ(行雲流水・e13438)。今日は探していた本を見つけてもらった客、という設定でハートレスたちに同行していた。
そして、一同は事前に見定めておいた公園へと辿り着く。昼間だと言うのに、そこには誰の気配もなかった。
この日までのルチルの工作と、シャトー・ショコラ(地球人のガンスリンガー・en0143)が行っている避難と封鎖の結果だった。
「さてさて、随分と静かな公園ですね? ……っ!?」
公園にたどり着いた瞬間、ハートレスの影が膨れ上がり、飲み込むように身体に纏わりつく。
レゾナンスグリード。その正体はブラックスライム。ウェアライダー、ディークスによる奇襲攻撃だった。
「――ビーストテイマーか。……心無い者(ハートレス)に縛られる気は無いぞ? 縛る気はあってもな」
焦るハートレスにディークスは鋭い視線を向ける。
「これはこれは、まさか……!」
「――誘い込まれましたね!」
何とか影を振り払ったハートレスに公園に事前に潜んでいたルチルが物陰より現れて、彗星のように蹴りつけた。
戦闘以前の彼女とは打って変わった冷静な動きで、ハートレスを逃さないよう動きを封じる。
驚きを表情の裏に隠して、飛び退ったハートレスは饒舌に語りを続ける。
「いやいやはやはや……。一般人にしては強いと思いましたが、まさかケルベロスだったとは!」
「そうだ……。だが、もう遅い……」
射手の如き鋭さで喰らい付くようなオーラの弾丸をクロードも放ち、ハートレスを穿つ。
「夢幻……行きますよ、私に続いて下さい」
ウイングキャットの夢幻を現して綾奈は破戒と魔耐の力を仲間たちに振りまいた。
奇襲と分断の成功。ケルベロスたちの思惑通り、戦いを開始することが出来た。
けれど、敵も螺旋忍軍。不利な状況が生まれたからと言って、そう易易とは諦めない。
奇襲攻撃が一段落。僅かに距離を取ったハートレスは不敵な笑みをうかべてケルベロスに相対する。
「……やれやれ。分断した程度でなんとかなると思わないことですね。猛獣使いハートレス。あなた達を皆殺しにして、本物のせどり屋も惨殺して差し上げますよ!」
「させるか……」
そのまま世界に消えていくような小さな呟き。けれどそれは彼なりの覚悟の現れだった。
簒奪者の鎌を取り出して、クロードは敵を見定めた。
●道化師ラブゲーム
「……ああ、失礼。取引先に電話をさせてもらいますね」
そうして冬真は分断に成功したと詩月へ連絡を入れる。
封鎖し一般人を遠ざけておいた路地裏へと誘い込むために。
「…………♪」
特に疑いもせずに陽気な調子でラブゲームはのこのこと後ろを着いてきていた。
「素敵な絵本、見つかるでしょうか?」
「ファンタジーの本なら、任せて」
警戒させないために愛とメイも客とせどり屋を演じながら目的地へと向かう。
やがて訪れる人通りの少ない路地裏。昼間なのに薄暗い雰囲気に、ラブゲームは少しキョロキョロと周囲を見渡した。
先頭を歩いていた冬真は立ち止まり、くるりと向きを変える。急に自分を向いた冬真を道化師は不思議そうに眺めた。
「表情筋動かすのって疲れるんだよね」
先程までの微笑は消えた、ぼんやりとした無表情がそこにはあった。
「…………?」
「演技は終わりってことだよ」
言うやいなや手元に出現させた血槍から繰り出される稲妻の如き突きがラブゲームを襲う。
「!?」
完全なる奇襲。驚愕する道化師の背後から巨大な斧が同時に迫る。
「いらっしゃいませ、かな」
骨すら断ち切る程の衝撃が待ち構えていた詩月から放たれる。
槍と斧。前後から攻撃され、ラブゲームは目を白黒させながら距離を取ろうとする。
「準備はいいな、やるぞ。ねこ」
淡々とした口調が路地裏に響く。声と同時に光る斬撃。霊すら裂くメイの剣戟が道化師を斬る。
続けてウイングキャットのねこが鳴き、尻尾のリングを叩きつける。
メイとねこの連携でふらふらと目を回したラブゲームの眼前には車輪。
「えいっ!」
可愛らしい掛け声とは裏腹に、愛は容赦なくシューズに付いた燃える車輪で敵を蹴り飛ばす。
ラブゲームに燃え移る炎。わちゃわちゃと熱がって転げ回る道化師の姿。
初手に奇襲を受け、得意の連携も分断されて無効化された道化師に、強く抗う術などなかった。
攻撃を仕掛けようと冬真にカバーされ傷もねこに回復される。メイと愛の鋭い攻撃を避けることは出来ず、ダメージと不調は積み重なるばかり。はわはわと行った分身も見切られたラブゲームは破れかぶれに詩月へと飛びかかる。
「……そろそろ、終わりにしようか」
舞うように詩月は歩を進め刃を掲げる。いや、それは確かに舞そのものだったのかもしれない。
――玲瓏たる輝きとて照覧せよ我が氷刃。その魂散るが如くの閃きを。
祝詞と共に振るわれた刃は戦いの中とは思えないほどに佳麗だった。
「……それじゃ、はやく向こうの応援に行こう」
「はい! 愛もお手伝いしますね!」
メイの呼びかけに愛が応え、ケルベロス達は公園へと駆け出す。
先程まで戦場だった路地裏には、もう何も残されていなかった。
●古き風の通り道
「ほうほう……。思ったよりやりますねぇ! ですが、此方で戦闘があることにはラブゲームも気がついているでしょう。合流さえできればあなた方如き……」
盾としての役割どおり、しぶとく戦いを続けるハートレスだったが、既に傷も深い。
単独での突破は困難と見た猛獣使いは道化師との合流に望みを託しているようだった。
「それは、無理だ……」
昼間の公園を黒が包む。見えない闇夜が降りたようにクロードの操る影がハートレスを蝕んだ。
「そっちにも、仲間がいるからな……」
「ぐうっ!? ……このままではっ!」
悪あがきのようハートレスは猛獣をクロードへと解き放つ。
「そんなの、通しません」
割り込んだ綾奈へと噛み付く猛獣。けれど、そこまで深い傷にはならない。役割を果たし消えていく猛獣をハートレスは絶望した表情で見つめる。
攻撃直後に出来た隙。それを見逃さず、ディークスは死へと呼びかけた。
「唱え、遊べ、呼び声よ……。汝らは個に非ず。乞い願い、認めて挑むは声無き調べ。繋がり絶ちて力得た、穢れし霊に問い賜う……汝が名は何か……」
呼びかけに応じて現れるのは死の軍勢。復讐の対象を求めて、ハートレスへと黒き刃の雨が降り注いた。
圧倒的な死へと耐えるべく、頭を抱えて防御の姿勢をとる猛獣使い。
やがて途切れる黒の雨。生き延びた、そう顔を上げたハートレスの瞳に映ったのは、弓を引くルチルの笑顔だった。
「ふふふ♪ 奇遇ですね……。わたしにも貴方と同じように、力を貸してくれる動物たちがいるんです……」
暗技・黒狗乃輪舞曲。囁くような詠唱と共に、犬の唸り声が聞こえ始めた。
弓に胸を穿たれるハートレス。不可視の黒犬は矢傷へと吸い込まれるように襲いかかった。噛み砕かれるような音が鳴り渡った。
そして、全ての黒犬と共に冷徹な猛獣使いも永遠にその姿を消していた。
「……もう、終わってた?」
メイたち路地裏組が辿りつくほんの少し前、公園組の戦闘も終了していた。
どうやら二組とも無事に戦いを終えられたらしい。両組は互いにねぎらいの言葉などを掛け合った。
「おつかれさまでした。また今度愛でも読めそうな本を探しに行きたいです」
愛が客として言った言葉は演技でもあったけれど、素敵な絵本が欲しかったのも事実。
そのためにも、折角繋がった縁なのだから、仲間たちにせどりの技術を少し教えてもらいたいと愛はお願いしてみた。
「それなら、一緒にカワサキさんを訪ねてみませんか? 私も、もうちょっと勉強したかった、ので」
せどりの技術は形にはなったとは言え、まだまだ未熟。カワサキに指導してもらえればと綾奈も考えていたのだ。
「それなら、僕もいいかな」
作戦もありせどりを学ぶことはなかったが、詩月も本を好んでいて、せどり業にも興味があった。その技術を学ぶ機会があるのなら是非もない。
「あぁ……。本が読めるなら、俺も行く……」
無類の本好きで家にも本を溜め込んでいるクロードも、内心興味津々だった。
希少古書を読むいい機会かもしれない。仏頂面の裏に期待を込めて歩き出す。
事件の終了を報告する必要もある。結局、ケルベロス達は全員でカワサキ邸へと向かうことにした。
事件で出会い、本で繋がる絆があった。秋風が街を通り抜け、本のページがひらりと捲れる。
巡り廻るは古書と風。
作者:玖珂マフィン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2016年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|