●死してなお
狐の尾、狐の耳を持つウェアライダーが、何者かに跪いていた。
「そろそろ頃合ね」
抑揚のない声で、彼女は告げる。彼女の名は、テイネコロカムイ。傅くウェアライダーはそのうつろな視線を上げる。頬からは血の気が失われており、感情の宿らぬ瞳は、彼が『死者』であることを物語っていた。
「あなたに働いてもらうわ。市街地に向かい、暴れてきなさい」
ゆら、と立ち上がった狐のウェアライダーは、三体の深海魚型の死神を連れ、何かに動かされるように地を蹴る。彼は、とりあえず目についた民家を襲おうと街の灯目がけて駆け出した。
●眠りを
「釧路湿原の近くで、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスが死神にサルベージされて暴れ出す事件が起こってるんだ」
秦・祈里(ウェアライダーのヘリオライダー・en0082)は辛そうな表情を浮かべ、視線を下に落とす。
「サルベージされたのは狐のウェアライダー、彼は釧路湿原で死んだんじゃなくて、何らかの意図で釧路湿原に運ばれたみたい。……このデウスエクスは、死神によって変異強化されてて、周りにアンコウみたいな死神を三体、連れてる。彼らは、市街地を襲撃する心算みたいだ」
けど、と顔をあげて祈里は強い眼差しでケルベロス達を見つめる。
「僕の予知で侵攻経路はわかってるから、湿原の入り口らへんで迎撃できるよ」
それに、戦場となる場所には一般人の姿はない。戦闘に集中できることだろう。
「彼は……意識が希薄だから、話しかけても交渉とかは出来ないと思う。手には惨殺ナイフを持っているから、そのグラビティで戦うつもりだろうね。一緒についているアンコウ型の死神は噛みついてくるから、気を付けて。彼をサルベージした張本人、テイネコロカムイはもうこの場を離れているから、戦うことはなさそうだね」
なんとしても、このウェアライダーとアンコウ型死神を撃破し、被害を未然に防いでほしいと祈里は頭を下げる。
グッと祈里は下唇を噛んで、そしてまっすぐにケルベロス達を見て告げた。
「死者の魂を愚弄することは、許せないよ。……お願い、彼を、もう一度眠らせて。今度は、永遠に、ゆっくり……」
参加者 | |
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ユウ・イクシス(夜明けの楔・e00134) |
月海・汐音(紅心サクシード・e01276) |
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901) |
暁・歌夜(ヘスペリアの守護者・e08548) |
望月・護国(幼女・e13182) |
ジーグルーン・グナイゼナウ(遍歴の騎士・e16743) |
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411) |
立華・架恋(ネバードリーム・e20959) |
●夜の湿原
「……いつものことだけど、死神のやり口は相変わらずね」
湿原の夜空に、立華・架恋(ネバードリーム・e20959)の呟きが白い息となって溶ける。
「……気に入らないわ」
「ええ」
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)は湧き上がる怒りを抑え、その色を瞳には表出せずに冷え切った声色で言う。
「眠れる死者を己が欲求の為に蘇らせ操る様な死者を愚弄する所業はとても許せる事ではありません」
「何らかの意図で釧路湿原に運ばれた……か。ちょっと気になるわね」
何らかの意図とはなんなのか? 何故釧路湿原なのか……月海・汐音(紅心サクシード・e01276)は首を捻る。息を大きく吸って吐くと、続けた。
「ともかく、市街地を襲わせるわけにもいかないわ」
「この様な死神の企みは必ずや阻止し、再び死者を安らかな眠りにつかせましょう」
汐音に頷くと、サラはベルトにライトを括りつけ、湿原の方を見遣る。
「激しい運動に備えて糖分補給しておくと良いであるよ」
皆の緊張を解くように、望月・護国(幼女・e13182)は手製のココアクッキーを差し出した。
その時。――前方に、ぼんやりとした光が三つ、走る人影が一つ、見えた。
「死して尚、否、死したからこそ道化を押し付けられるか」
ユウ・イクシス(夜明けの楔・e00134)は深くため息をつき、
「見るに堪えないものだな」
ゲシュタルトグレイブを握りなおした。
「さぁ、この辺りで止まってもらうわよ」
汐音は惨殺ナイフを振り上げると、こちらへ向かってくるアンコウ型の死神目がけて飛び込んでいく。ゆらゆらと浮遊する一体に血襖斬りを浴びせ、ぐちゃりとぬかるむ湿地へ着地した。ジーグルーン・グナイゼナウ(遍歴の騎士・e16743)が連れているライドキャリバーが、ライトを点灯させてエンジンの駆動音を響かせる。
「ふむ、死してなお叩き起こされ利用されるのは運が無い。……最後にその力を見せて貰おう」
サラへと飛び掛かろうとした死神目がけ、ライドキャリバーが走る。キャリバースピンで弾き飛ばすようにしてサラを守ると、狐のウェアライダーが低く唸り声を上げた。
「ウゥウウゥウウ……」
●迫る傀儡
「おやすみを言いにきた」
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)は冷たい声で告げる。――ここにあるのは残骸で、そこには意思も信念もないのだから、あとは流れ作業で始末するだけ。その力となるべく、前衛のケルベロスへ雷の壁を構築する。
「こんばんは、いい月夜ね。……貴方には、もう感じられないかしら」
精気の宿らない瞳をしたウェアライダーを見つめ、架恋は口を開く。
「ウ、ウゥウ……」
「じゃあ、始めましょうか。此処から先は通行止めよ」
答えることもできないウェアライダーに、苦々しげにつぶやくと、架恋はウェアライダーの周囲を回るように泳ぐ死神を、魔力を秘めた視線で射るように見つめる。ふらりと進行方向を変えた死神を見て、しめたとばかりにサラが銀雷閃の烈空脚で地を駆る。そのまま高く跳びあがり、一体の死神へとスターゲイザーを叩きこんだ。唸りながら前方へ出ようとするウェアライダーへは、暁・歌夜(ヘスペリアの守護者・e08548)が駆け寄る。暗がりの中舞い上がるように炸裂させる蹴りはまるで流星の如く。ウェアライダーの進撃を止めんと命中する。
「ガアァッ」
「通しませんよ」
歌夜の蹴りが直撃したウェアライダーは、叫び声をあげてふらりと後退する。互いに噛みつき合う二体のアンコウ。その二体から逃れるように、一体がこちらへ襲い掛かってくる。ほぼ同時に、護国が地に描いた守護星座が光り、仲間たちを包み込んだ。突進してきたアンコウの歯を腕で受けながら、護国は叫んだ。
「今であるよ!」
アンコウが彼の腕から離れた瞬間、ユウがゲシュタルトグレイブを勢いよく回転させる。薙ぎ払うように、三体のアンコウを斬りつけた。地に叩き付けられたアンコウが、一体消える。戸惑うように泳ぐ二体のアンコウへ、ジーグルーンが高速で突進した。
(「まあ、こいつらも使われてるだけかもしれんが……」)
死神というのは、本当に『使って』ばかりだ。攻撃を喰らわせた後、ぐちゃり、とぬかるみの中に着地する。一瞬眉を顰めたものの、致し方ないと気を取り直して敵へ視線を戻した。二体のアンコウが、それぞれ別方向へと散る。その時、後方にいた狐のウェアライダーが惨殺ナイフを掲げた。ぎらり、と抜身の刀身が光る。
「危ないっ……」
汐音を狙う惨劇の鏡像の前に躍り出る架恋。既にレインの清浄の翼でトラウマへの耐性がなっていたか、衝撃に膝を着くのみで済んだ。
「立華さん!」
しかし、そうしている間にもアンコウ型の死神が迫ってきていた。抜かりなく、簒奪者の鎌を振るう汐音。ざんっ、と音を立て、一体の死神が地に落ちた。
(「ここにあるのは人の形をしただけの“物”なのだから……」)
だから、心を痛めるな。誰に告げるわけでもないが、レオンはそう思いながら全身の装甲からオウガ粒子を放出する。前衛の仲間たちが光に包まれるのを確認し、小さく呟く。
「だから容赦はするな。徹底的に破壊しろ」
――ここで止めないとそんな物が増える可能性もある。それが、レオンなりの優しさだろう。けれど、彼は善人と認識されることを好まない。ただ、冷たく言い放つのだった。
「二度と利用されないように跡形もなく吹き飛ばせ」
護国が滑るように前へ出る。
「永劫と共に朽ち往け!」
翳した手を振り降ろすと、死神を脳天から貫く紫銀の雷が生じた。はじけるような音を立てて、死神が掻き消える。残るは。
「ウ、ウゥウ、ウウウウウ!」
吼える、獣。
●対峙
狐のウェアライダーは、惨殺ナイフを振りかざして大きく跳びあがる。ライドキャリバーが、その眼前へと躍り出た。攻撃を受けて倒れるライドキャリバー。突き刺さった惨殺ナイフを抜くその間に、サラが迫る。彼女の日本刀の切っ先が、緩やかな弧を描いた。
「ギッ! アァァ!」
斬りつけられ、後方へ跳び退く。追うようにして架恋はゾディアックソードを二本構え、星天十字撃を放った。二つの星座の重力を宿した刃が、文字通り叩き込まれる。
「ッガ……!」
げほげほと咳き込み、狐のウェアライダーは口の端を拭う。そして、ついた膝をゆっくりと立てると刀身を高く掲げた。歌夜が、血の力を解放する。
「これは私の力ではないけれど。それでも、この力は必要だから使います。……ごめんなさい、許してください」
明星輝く暁天、全ての工程を飛ばして放たれる魔術が、まっすぐに敵を撃つ。その刀身に見えた惨劇と、己の血を使っての疲労感に歌夜はがくりと足の力を失った。
「歌夜殿!!」
護国は咄嗟に駆け寄り、彼女に追撃が及ばぬよう立ちはだかる。
「喜劇にもならない悪夢は、其の悉くを此処で断ち切る」
ユウはウェアライダーの方へ駆け寄ると、旋刃脚をその胴目がけて叩き込む。接触テレパスを試みるが、伝わっているという気がしない。尚も『破壊命令』に従い続ける傀儡であり続けるウェアライダーを見て、ユウは緩く首を横に振った。
「お前の存在を憶えよう。……そして我らが送ってやろう」
――天へ。サッと駆けると、ジーグルーンはアームドフォートの主砲を一斉発射させる。轟音。それでもなお、強化された狐の身体は滅びない。ボロボロに抜け落ちた尾の毛、破れた衣服のまま、ウェアライダーは駆ける。そして、ジグザグに変形させたナイフの刃を、サラへと振りかざした。滑り込み、ナイフを受ける架恋。大きく息を吐く架恋に、もう一撃食らわそうとウェアライダーは再度ナイフを振り上げる。
「させない」
ジーグルーンが妖精弓を構える。心を貫く一矢が、ウェアライダーへと突き刺さった。彼の手の勢いが、弱まる。その隙にナイフを避け切り、架恋は後ろへと下がった。傷が大きい。レオンが、雷の壁を構築して架恋を含む前衛の傷を癒す、が、足りない。執拗に彼女を狙おうとするウェアライダーの前に現れたのは、護国だった。ざくり、と彼の竜の肌に刃が突き刺さる。
「無事であるか?」
痛みに低く唸り、護国は彼女に離れるように言った。そして、高く、吼える。
「アアアァァァアッ!」
己の傷を、痛みを、吹き飛ばす為に。
「眠れ。永久の世界――ユメ――の中で」
底冷えするような声でユウは唱える。現れた氷の槍と、彼自身の冷気が合わさり、狐のウェアライダーを凍てつかせてゆく。
「ゥウ……ウ……」
呻くウェアライダー目がけて、汐音が叫ぶ。
「打ち砕く、赫!」
魔力に寄り生じた赫い大剣が、ウェアライダーを薙ぎ払う。泥炭地にどしゃりとねじ伏せられるウェアライダーへと次に迫るのは、
「貴方の罪を私が裁く。私の罰が貴方を救う」
肩で息をしながら詠唱する架恋だった。天から降り注ぐ断罪の光が、彼を飲み込む。
「アアアァァァァァ!!」
サラはその光の中へと飛び込むと、
「我が閃光、逃れる事叶わず!」
二振りの日本刀で、憐れな操り人形を切り捨てるのだった。
●終わりを見届けて
そのウェアライダーの身体が消えるのを見守り、ジーグルーンは静かに十字を切る。そして、祈るようにその手を合わせた。その姿は、まさに死者を送る天使そのもの。残骸が無い事を確認し、レオンはふっと口の端を緩める。
「……ここの湿原、見晴らしいいしきれいだし、墓場には上等だろう?」
もう、二度と蘇るな。その願いを込めて。
「……」
架恋は、真っ黒な毛並みに金の瞳を持つウイングキャットをその腕に抱き、静かに月を見上げる。
「もう、戦わなくていいのよ……お休みなさい」
汐音は気にかかって仕方ない事があった。――どうして、この地へ死者を送りこんで来たのか。期待は出来ないとわかってはいるが、念のため戦闘のあとを調べて回る。――やはり、得られるものはない。
(「なぜ……」)
ため息が、宵闇へ溶ける。
サラは静かに武器を収めると、死者が消えた場所へと視線を向ける。
「勇敢な戦士に再び安らかな眠りが来ますように」
星が、一つ流れた気がした。
「そしてこの様な所業を行ったテイネコロカムイの首級は、いずれ私達ケルベロスが頂戴致します」
静かに、ケルベロス達は湿原を後にする。一度だけ振り返った架恋、その地へと投げかけられた言葉は。
「貴方の魂に安らぎのあらんことを」
静かに、静かに、湿原に冷たい秋の風が吹き抜けていった。
作者:狐路ユッカ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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