花嫁の指先

作者:こーや

 ふらふらと夜の獣道を歩く若い女。
 月明りは木々に遮られ、街灯も無く明かりとなるものも持っていないにも関わらず、不確かな足取りながらも獣道を迷いなく進む。
 そうして女が辿り着いたのは山中の廃墟。何十年も前に打ち捨てられたようで、至る所が崩れ落ちている。
 木の枝先はこの場所を覆い隠すことは出来ず、ぽっかりと開いたように夜空が姿を見せている。
 そこに一輪の白い花が咲いていた。月光を浴びた姿は清らかでいて、蠱惑的な美しさを孕んでいる。きらきらと輝く粉のような何かがさらにそれを引き立たせている。
「きれい……」
 曖昧な意識の中、若い女は膝をついて花に触れた。さらり、滑らかな粉が指に付着する。
 途端、白い花は女の腕に絡みつき華奢な体を奪いにかかった。女に抵抗する間など微塵も与えられなかった。
 白い花は胸元に。全身を蔓と葉に絡みつく。植物で出来たドレスを纏っているようだ。
 寄生された女はゆらり、立ち上がる。そして真っすぐに歩き出した。目指すは近くにある小さな町。
 その背を見送る影が一つ。
「いってらっしゃい」
 原型を半分も留めていない門扉の上に腰かけた年若い娘。髪は地に着くほどに長く、山中に不似合いな真っ白なドレス。
 その首元には、白い花が咲いていた。

「明日香村に攻性植物が現れます」
 河内・山河(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0106)にケルベロス達の視線が集まる。
 山河はこくりと頷き、言葉を続けた。
「攻性植物は近くの山から降りてきます。グラビティ・チェインが目的のようです。ですから、皆さんには攻性植物が市街地に入る前に撃退してもらいたいんです」
 ただ、と言い添えて、山河は目元を赤い唐傘で隠した。
「この攻性植物は……中に人が囚われてます。せやけど、もうどないしようもありません。人としての意識がもう無いんです。助けてあげることは、叶いません」
 戦闘中に言葉を発したとしてもそれは被害者の言葉ではなく、被害者の知識を利用した攻性植物のものなのだという。
 囚われてしまった人物は、明日香村の付近で数日中に行方不明になった人物と特徴が一致している。
 恐らく、一人で森に入ったところを攻性植物に捕らえられてしまったのだろう。ただ、果たしてそれだけなのか。何かがあるのかもしれない、と山河は己の考えを口にした。
 けれど、すぐに山河は頭を振り、ヘリオライダーとしての役目を果たすことに意識を向ける。
「山と市街地を繋ぐ道路を通りますから、ここで待ち構えればええはずです。一般人を近づけないように連絡はしてありますが、場所が場所なだけに確実とは言えません。念を入れるに越したことはないと思います」
 時間は深夜。街灯はあまり無い。月は出ているが、それだけでは心もとないだろう。
 敵のグラビティは三つ。蔓による締め付け、黄金の果実を生成しての回復。花に光を集め、その力を使った破壊光線。
「うーん、黒幕? 元凶? そういうのいそうだよね」
 朝倉・皐月(地球人の降魔拳士・en0018)の言葉に山河は重々しく頷いた。
「はい、いると思います。今回の事件では見つけることは出来へんと思いますが……調査を続ければ何かしらの足取りはつかめるかもしれません」
 厄介だ、とばかりに皐月は顔を顰めたが、すぐにぐっと拳を握って表情を改めた。
「とにかく、今回の事件をなんとかしないとね。うん、ばーんっと頑張ろう」


参加者
アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
楚・思江(楽都在爾生中・e01131)
日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
カティス・フォレスター(おひさま元気印・e22658)
レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)
リティリシア・クラウェンス(夢見がちエルフ・e27629)

■リプレイ

●夜道
 夜空よりカティス・フォレスター(おひさま元気印・e22658)が舞い降りた。ふわり、地面に両の足がつく。
「おつかれさん。早かったな」
 楚・思江(楽都在爾生中・e01131)の言葉にカティスはにこりと笑みを返す。
「手伝ってもらえましたから」
 カティスは一般人が立ち入ることのないように準備をしに行っていたのだ。
 キープアウトテープの用意はしていなかったのだが、代わりに手近な範囲で最適な場所を空から探り、ジョージ・スティーヴンスに伝達して張ってもらって来たのである。
「人使いが荒いってぼやいてましたよ」
「それでか」
「あはっ、さっきのは噂が原因だったんだね」
 アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)が言うと、思江は肩を竦めた。先ほど、妙に大きなくしゃみをしていたのだ。
 『工事中』の立札こそ用意できなかったものの、『立ち入り禁止』のテープは準備済み。さらに攻性植物の姿が見え次第、日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843)が殺界を形成する予定だ。
 木下・昇も一般人が近づかないよう見張ってくれている。問題はないだろう。
「攻性植物自体に、誘蛾灯のような能力はないのよねぇ」
 朝倉・皐月(地球人の降魔拳士・en0018)が首を傾げると、遥彼はくすりと笑みを零した。
「まぁ、私達の中にも攻性植物を飼い馴らす人もいるわけで、他にそういう種族がいてもおかしくはないのだけれど、ね」
「デウスエクスのことは分かんないことだらけだしね」
「そうね」
 そう返しながらも、遥彼の心中には一つの疑問。そういった能力を使って攻性植物も使役しているのではないか? 答えは闇の中。これからの戦いで見つかるものがあるといいのだが。
 一方、道路を挟んで反対側。リティリシア・クラウェンス(夢見がちエルフ・e27629)はというと――。
「大丈夫?」
 アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)に声をかけられ、驚きのあまりびくりと跳ね上がった。
 ヘリオライダーからの依頼に応えるのが初めてだというリティリシアには、怯えこそないものの緊張しているようだ。
「だ、大丈夫です! は、はじめてですけど、がんばりますっ」
「そう。あまり気負いすぎないようにね」
 言って、アリッサは空を見上げた。月がよく見える。月光を浴びた紫水晶に似た瞳が物憂げに揺れた。
「せめて、被害者は減らしたいところですな」
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)が小さく呟いてから間もなく。
 赤煙の赤い尾が動いた。白い花の意匠のランプを灯すと、他のケルベロス達もそれに倣う。
 緑のドレスに白い花を纏った女が視界に入ったのだ。
 遥彼の表情が変わり、ピリリ、鋭い殺気が夜の冷えた空気を走り抜けた。
 ケルベロス達はそれを合図に一斉に飛び出す。それと同時に思江は照明の一つを地面に転がした。定点の明かりにするためだ。
 特に警戒した様子もない女――攻性植物をケルベロス達が囲む。
 レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)の腰に下げられた照明が、女の顔を照らす。
「彷徨い歩くのにも疲れたでしょう、お嬢さん」
 女が足を止めると同時に、ざわざわと女の体を覆う植物が蠢く。剝き出しの足は土で汚れているが、女は意に介さない。
「永の眠りに就かせるしかないというのは些か残念に思いますが……救えないのなら、せめて永久の安寧を」

●よみち
「こんな若え娘っ子をよ……!」
 思江が投射したウイルスカプセルが女に着弾。『攻』に重きを置く思江の一撃は大きい。
 彼がこの立ち位置を選んだ理由は一つ。若い仲間に、この無垢な被害者を倒せというのは酷だと感じたからだ。
「梨恵さん、貴方をデウスエクスから解放しにきました。気を確かに持ってください」
 言いながらも赤煙は杖を振るい、最前を駆ける仲間達の眼前に雷の壁を構築した。
 ヘリオライダーに教えてもらった被害者の名は『渡辺 梨恵』。
 梨恵だった攻性植物は軽やかにステップを刻み、草花のスカートを翻しながらこてりと首を傾げた。
「……そうだ、自分が誰だかわかりますか? どこでそんなことになったのか、覚えていますか?」
 赤煙は彼女に意識があると思い込んでいる振りをし、情報を引き出すつもりだったのだが――。
「梨恵……ああ、この人間、そんな名前だったわね」
 ニィっと女の唇が吊り上がった。『人』と偽るつもりはないのだと瞬時にわかる笑み。
 その笑みに眉を顰めたアリッサの魔導書がパラパラとめくれていく。
「Vir lu enfast, Ren le ariet la Foudret」
 淡く透き通る天色の花が、後ろに控えるケルベロス達に破魔の力を与える。
 役目を果たし消えていった花を眺めていた女はくすくすと嘲笑った。
「残念ね。とおっても残念」
「何が残念なのかしら?」
 魔導書のページをめくる遥彼が問いかける。
「だってそうでしょ? この人間はもういないんだもの」
「そうね、残念ね。だから刻んであげる、包んであげる、癒してあげる。せめてその魂が人であったことを覚えていられるように」
 招来した粘菌が女の植物を侵食する。攻撃された女とした女。どちらも見た者がぞくりとする笑みを浮かべている。
「ふふ、ここは『余計な気遣いをありがとう』って言えばいいのよね?」
「あはっ、何それ? 人間の真似事?」
 アンノの赤い瞳が姿を見せる。アンノの唇にも笑み。けれど、瞳は燃え滾っている。
「使えるものを使ってるだけよ。いけない?」
「ボク、今ちょっと怒ってるんだよね。だから……少しだけ本気でいくよ」
 地を蹴り、夜空を駆ける流星の煌きを宿した蹴りをくれてやる。ざしゅり、葉と蔓と血が舞う。
 構うことなく女は指先をレテへと向けた。袖のようだった腕の蔓が触手と化し、捕える。
「離しませんよ、お嬢さん」
 レテは瞬時に身構えることでダメージを抑え、自らを光の粒子へと変化させて触手を伝うかのように突撃した。
 それに合わせてウイングキャット『せんせい』が羽ばたき、最前に立つ者達へ邪気を払う力を付与する。
「リトヴァ」
 主人と同じ銀髪のビハインド『リトヴァ』。アリッサの呼びかけに応じて腕を広げると、女の体を心霊現象で縛り上げようと試みた。
 くるりくるり。それを女は軽やかな足取りで躱す。
 くすりくすり。可愛らしく、けれど耳障りな声で笑いながら。
 リトヴァがちらとアリッサを振り返る。
 ひとを操り駆り立てる攻性植物。アリッサには覚えのある話だ。勿論、彼女の『覚え』とは違うものと分かってはいるが、少しだけ、気が逸る。
「頼りにしているわ、私のいとし子」
 その声が、感覚を増幅させたカティスの耳に妙に残った。
 助けることが出来ないのだと、改めて突き付けられたような気がして。仕方がないことだと割り切るには、苦い想い。
 カティスはきゅっと唇を噛みしめ、女を見据える。
「せめて被害は最小限に……」
 主人の願いを叶えるべく、ビハインド『タマオキナ』はポルターガイストを引き起こす。先端が尖った枝が女の体を抉る。
 そう、最小限に。せめて市街地に被害が出ないように、食い止めねば。リティリシアの緑の瞳が強く輝く。
「いばらの城壁、とまではいきませんけど」
 茨の魔法植物が最前に立つ者たちの盾として出現する。同時に、ウイングキャット『シャーさん』の白い翼が赤煙から邪気を遠ざける。
 皐月がレテに魔術切開を行った直後、眩しいまでの光が放たれた。光の主たる村雨・柚月が女に一撃を見舞う。
 柚月を一瞥することなく、女は跳びあがった。女を追って思江もダンッと地を蹴り宙へ。
 拳による降魔の一撃が女の体を打ち、地面へと叩きつける。すかさず後に続いたアンノの斧が振るわれる。
「猿真似はお呼びじゃないし、安心して死んでいいよ~」
 勢いで砕けた蔓が、葉が、茎が宙を舞い、すぐに枯れていく。その様子がアンノの狂気を宥めることはない。
 着地したばかりの思江が勢いよく後ろを振り返り、咆えた。
「店でロクに働かねえ分、こっちで少しは働けよ、ジョージ!」
「……帰ったら、それなりの報酬は請求させてもらうぜ?」
 ジョージのナイフが女の体を抉り、貫いた。飛び散った血は、まるで地面に咲く赤い花のようであった。

●黄泉地
「ありがとっ!」
「いえ、これも役目です」
 女の光線から皐月を庇ったレテの背筋はしゃんと伸びたまま。普段は物憂げで気怠い所作であっても、今は別だ。
 ケルベロスとしての役目。兵站と看取りというヴァルキュリアとしての役目。二つの役目の為に、レテは女と真摯に向き合う。
「僕達が救えぬお嬢さん、だから貴女を看取りましょう」
 レテはリティリシアをちらとだけ振り返り、目礼。リティリシアの茨の魔法植物が、生垣のようにレテの身を守ったのだ。
「植物の扱いは、慣れてますから!」
「あら、一緒にしないでもらえる?」
「一緒になんてしてません。みんな、あなたみたいな攻性植物とは違いますっ!」
「その通りです。覚悟してください……少しばかり痛いですよ?」
 狙い済ました一撃。カティスが放った弾丸型の攻性植物が、女の身を包む植物を内部から刺し貫いた。
「気脈の流れはグラビティチェインの流れ……」
 その間に、赤煙はオーラを鍼の形に凝縮し、遥彼へと飛ばす。するり、遥彼は女と距離を詰めた。
「痛みと悼みはいっぱい注いできたけれど、次は哀と愛、どちらがお好みかしら?」
 あいの囁き。その妄執から女は逃れられない。
 甲高い悲鳴が響き渡る。その声を断つように、彼方・悠乃の矢が植物と心を貫いた。
「月下に咲く花ともなれば、寓話の一枚の様に幻想的だけれど」
 アリッサの細く、白い指先を彩る爪が、みるみるうちに硬化する。その爪は月光を反射し、光の軌跡を描きながら女へ迫る。
「綺麗な花には棘がある、というのが通例ね」
「あ、あぁ……」
 貫かれた女は一歩、二歩とよろめいて、三歩目を踏み出した瞬間。カティスの正確な射撃が、女の頭を撃ちぬいた。
「せめて最後は苦しまぬよう……ごめんなさい」
 ざぁぁぁっと女の緑色のドレスが剥がれる。植物は見る間に枯れていき、最後まで胸元で咲き誇っていた白い花もはらりと崩れ落ちた。
 解き放たれた女の体を思江が受け止めてやる。
「外傷だけでも癒してあげましょう」
「……そうだな、頼む」
 思江は己しか癒せない。ならばと、女を横たえてやり、赤煙に託す。レテもまた、女の治癒に加わった。
「祈りましょう、皆さんの為に。ひいては死にゆく貴方の為に」
 傷が癒えていく女の傍らに、アンノは膝をついた。開かれたままの目をそっと閉ざしてやり、手を組ませる。
「助けられなくてごめんね。キミの仇は必ずボクたちがとるよ」
 やるせない思いで見守っていた皐月は逃げるように周囲へと視線を向けた。
 攻性植物は枯れた。月が出ているとはいえ、今は夜。このまま山に入るのは難しい。調査は日を改めるのがいいだろう。
「……とりあえずは、解決かな」
「いいえ」
 皐月のごくごく小さな呟きを、赤煙が否定した。
「まだ何も終わってはいません」
 どんな言葉を使おうと。遺体を修復しようと。被害者を助けられなかったことには変わりない。しかし、赤煙は手遅れという結論で終わらせたくない。
「そうです。同じような被害者はこれ以上出させません……!」
 目を閉じて悼むカティスの、強い言葉。刹那、思江の顔にも苦いものが過る。
「調べるさ。それくらいしかできねえんだ」
「そうね。でも、今は」
 女に、かつての自分を重ねていたアリッサは夜空を見上げた。優しく、けれど冷たい月の輝きは戦闘前と何も変わらない。
「家に帰してあげましょう。待ってる人が、いるでしょうから」

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。