森と茨男

作者:カワセミ

 長野県某所、深夜。
 観光地として切り開かれた山林の更に奥深く。
 人が訪れる用など到底ないであろう場所で、一人の男が悶え苦しんでいた。
 綿毛の胞子が舞う中、草地に這いつくばる男を高慢に見下ろす女。妖艶な肢体に茨を纏い、ステンドグラスのような翅を背負った姿は、美しくも一目で異形と知れる。
「愚かな男。でもね、貴方のような無価値な生き物でも、このわたくしのために働くことができるのよ。喜びなさい」
 身を食い破る茨に体中を覆われていく男へ、女は憐憫と侮蔑の入り混じった笑みを浮かべる。
 男だったものはやがて、女に命ぜられるまま町へ降りていく。茨の奥で光を失った双眸には、最早喜びも悲しみも映ってはいなかった。

「長野県軽井沢町の市街地に、攻性植物が出現するようだ。
 この攻性植物は、近隣の山林からグラビティ・チェインを求めて降りてくる。
 市街地への侵入を許せば確実に被害者が出る。その前に、この攻性植物を仕留めてくれ」
 集まったケルベロス達に、ロロ・ヴィクトリア(レプリカントのヘリオライダー・en0213)が説明を始める。
「攻性植物は、全身を茨で覆われた男性の姿をしている。茨男とでも呼ぼうか。
 この茨男だが、どうやら中に人間が囚われている。しかし既に何者かの手に落ちているようで、残念ながら救出は不可能だ。説得も通じないだろう。
 囚われた人間は、数日前から行方不明になっていた近隣の観光ホテルの従業員と特徴が一致している。
 おそらくは、一人で山林に入ったところを攻性植物に狙われたのだと思うが……。詳しい事実関係は未だ分からない」

 ケルベロス達が茨男を迎え撃つのは、観光者向けのロッジが立ち並ぶホテルの私有地だ。
 その中でも切り開かれたゴルフ場があり、そこに敵が現れたところで戦闘を開始すれば戦いやすいだろう。
「茨男は、自らが身にまとう茨や胞子で攻撃してくる。薔薇の花弁を炎に変えて撃ってきたりもするようだ。敵の殺傷に特化した能力だと考えられるな。
 ゴルフ場及びホテル私有地の避難は完了しているから、気遣いなく戦ってほしい」
 一通りの説明は完了したのだろう。資料を畳んだロロは難しい顔のまま、ケルベロス達を見渡した。
「今回、攻性植物に囚われた男性を救うことはできない。事件の背後にいる存在の詳細も不明だ。
 警戒活動を続ければ敵の足取りを掴むことができるかもしれない。しかし今は、更なる犠牲を増やさないためにも茨男を撃破してくれ。
 茨男に、人を手に掛けさせない。今の段階で僕らが彼にできることがあるとすれば、それしかないだろう。
 軽井沢の人々のためにも、茨男となってしまった男性のためにも。君らに任せるぞ、ケルベロス」


参加者
リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)
灰野・余白(空白・e02087)
フォーネリアス・スカーレット(空を蹂躙する突撃騎士・e02877)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
刻波・パセリ(不要な足跡・e07222)
水限・千咲(それでも私は生きている・e22183)
灰縞・沙慈(小さな光・e24024)
愚地・凜(ポーションの作り手・e30021)

■リプレイ


 所有するホテルにもほとんど使われていないはずのゴルフ場は、照明に煌々と照らし出されていた。
 茨の太い幹を蠢かせながら前進する異形。投光器の白い光の下で遠目に見ると、それは自律して動く茨の塊としか言い表せない姿だった。
 明るさをどこか厭うように、ゴルフ場の端をひっそりと這い進む茨の塊。それがふと動きを止める。
 絡み合い小さく纏まっていた茨がばらりと解け、成人男性ほどの大きさに立ち上がる。人の形を象った茨――茨男と呼ぶに相応しい姿へと変容を遂げたそれは、背後を勢いよく振り返って襲いかかる鎌の刃を数本の茨で受け止めた。
「残念、一撃目はわたしの勝ちね」
 しかし茨の迎撃は、鎌の勢いを殺すのに間に合わない。リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)は鎌を振り下ろし、触手めいた茨ごと茨男の身体を深く切り裂いた。
 初手から強烈な斬撃を受けた茨男の喉から、苦悶のような悲鳴が鳴り響く。それは到底人間が放つものとは思えない奇声だ。
 痛みに暴れ回るかの如く、茨の鞭がたった今現れた敵であるリリアへ向けてしなりながら放たれる。
「お願い、やめて!」
 悲痛な声と共に、リリアと鞭の間に飛び出したのは灰縞・沙慈(小さな光・e24024)だ。割り込んだ小さな身体が、仲間を守るために容赦ない一撃を受け止める。
「沙慈ちゃん!」
 目を見開くリリアの前で、打ち据えられた沙慈はしっかりした足取りで地に降り立つ。大丈夫、と小さく首を振って沙慈は茨男へ向き直った。その悲しげな表情は、身体の痛みによるものではない。
「夜鳴鶯、只今推参」
 樒・レン(夜鳴鶯・e05621)の静かな口上と共に、闇の中から氷結の手裏剣が撃ち出され茨男を襲う。茨男の肩を裂き風を切る音は、魔を鎮める清浄な気配に満ちていた。
「護るべき民草だった者を救えず、倒さねばならんとは」
 今目の前にいる異形の本来あるべき姿を思うと、戦闘の最中であってもやりきれない思いが募る。しかし感傷に身を委ねるのも一瞬、レンはすぐに心を切り替えた。
「ならばせめて、一刻も早く解放してやろう。――この忍務、必ず成し遂げる」
 レンの言葉に沙慈が小さく頷いて、その身を屈め弾丸の如く飛び出す。
「うん。少しでも早く、終わらせてあげる、ね……間に合わなくてごめんなさい……」
 後半の言葉は、茨男の――茨の奥に囚われた人のためのものだった。今ケルベロス達が討ち倒そうとしている敵に、どうしても囚われた人の存在が重なる。尻込みしそうになる思いを、一刻も早く戦いを終わらせるための決意に変え、沙慈は全力の破鎧衝を叩き込む。主のその思いに添うように、ウイングキャットのトパーズも尻尾の輪を放って援護した。
「一体、何が……。説得も救出もできないなんて……倒すしか、ないのですね」
 この事件はとにかく背景が不明瞭だった。結果に対処することしかできない現状を思いながらも、刀の柄に手を添え駆ける水限・千咲(それでも私は生きている・e22183)の動きに迷いはない。
 「……ならば、斬ります。
 斬って、斬って、斬って――」
 抜刀した刀は茨男の急所を狙い振るわれる。目にも止まらぬ速さの一刀であるはずなのに、弧を描く刃は奇妙に緩慢にも見えた。
「――苦しみ毎、全て刻みます」
 千咲の日本刀『斬撃空間』。ただ「斬る」目的にのみ特化した羅刹の如き刀。それは或いは、千咲の在り方と全く同じ姿をしているのかもしれない。
 千咲が斬り終えるのに一瞬遅れて茨男への斬撃が追い付いた。斬り裂かれた身からは赤い血さえも噴き出さない。
 相手が痛みに身悶えしている隙を見逃さず、騎兵槍「フェイス・オブ・ドラグーン」を手にフォーネリアス・スカーレット(空を蹂躙する突撃騎士・e02877)が突撃する。
「もしかしたら我が家に帰りたいのかもしれないけど、それは駄目なのよ。貴方の為にもね」
 槍で茨男を引き裂かんとする瞬間、勝ち気なフォーネリアスの表情が少しだけ翳る。それは、今なお弄ばれ続ける茨男への情けだろうか。
 フォーネリアスは首を振った。顔を上げると、そこには自信に満ちたいつもの不敵な笑みがあった。高速回転する「フェイス・オブ・ドラグーン」を繰り出し、周囲を一掃せんばかりの勢いで薙ぎ払う。
「正統派騎士の伝統を叩きこんでやるわよッ! 突撃を見せてあげるわ!」
「うんうん、元気なのはいいことだね」
 剣戟と叫びとが交錯する戦場の中心で、愚地・凜(ポーションの作り手・e30021)はフォーネリアスの威勢の良さに満足げだった。
 それはそれとして、と凜は蠢く茨男の方へ視線を移す。
「さて、攻性植物の動きは気になるが……」
 白衣のポケットから取り出した爆破スイッチを無造作に押すと、前衛の仲間達の背後で爆風が吹き荒れる。それは仲間の背を押す追い風だった。
「まずは撃破しようじゃないか。後ろは私達に任せて、思い切りやってくれ」
 仲間達へ声をかけながら、凜はウイングキャットの鋼鉄ねこにゃんを促す。先程リリアを守って傷ついた沙慈を癒しに、小さな羽を羽ばたかせながら飛んでいった。
「いやぁ茨に寄生されるなんて、考えようによっちゃ愛されてるみたいで羨ましいッスけど」
 刻波・パセリ(不要な足跡・e07222)の身に纏わりつく攻性植物「セロリ」は、茨男の茨とは対照的にほっそりとしたシルエットだ。色も鮮やかな緑色をしている。するするとパセリの身を滑るセロリの感触を愛でながらも、パセリは小さく肩を竦めた。
「その茨ちゃんからは全然愛を感じないッスわぁ。愛と麗しさはセロリの大勝利として、次はどっちが強いか勝負ッスね」
 手首に巻き付いたセロリへ一度目配せすると、軽やかな足取りで茨男の至近まで駆けて地を蹴った。
「まぁ、まずは俺の蹴りから貰って欲しいッスけど。――パセリの花言葉教えてあげるッスよ。『死の前兆』ッス」
 飄然とした声と共に突き出した電光石火の蹴撃は茨男の脇腹部分を貫き、醜い茨の鎧を打ち砕く。
 見事な命中を見せたパセリの旋刃脚に感心しながらも、灰野・余白(空白・e02087)は茨男の姿に表情を曇らせた。
「救えん命があるのはわかっとるけど、いざ目の前にするとやっぱちょっとかわいそうやねえ」
 余白の胸に過ぎるのは、しかし迷いではなく無念だ。静かな覚悟を胸に、躊躇いなく深緑の槍「終突激槍大竹林」を構えて投げ放つ。
「さあて、いっちょやったろうかいのう。――さ、あんまり動かんといて」
 簡素な造形と突出した強度を併せ持つその槍は、命中した茨男の胸部の内側から螺旋を広げ動きを絡め取る。
 茨男は震えながら、ぐご、ぐごご、と喉から異音を発した。
「茨男。薔薇……」
 ケルベロス達の打撃は確実に積み重なっている。しかし戦況とは関係なく、リリアの胸には言いようのない不安が募る。
 茨で覆われた人間。その姿からは、未だ正体の知れぬ何者かの悪意が滲んでいた。
 

「折り返しくらいかねえ。いやあお姉さん槍振るうの疲れた」
 本当に折り返しかどうかは分からないが、相応に攻撃を重ねたと見たところで余白が無造作に槍を捨てる。槍の代わりとばかりに余白は手首を軽く振って、準備運動めいた仕草をしていた。
「ありがとう、凜。とても助かってるわ。助かってるんだけどこのポーション本当に凄い色をしているわね……」
「ん? ああ、見た目は毒々しいが私の調合に間違いはないよ。思う存分、たっぷり浴びてくれ」
 仲間を守り傷ついたフォーネリアスに、凜が何度目かの鷹の目ポーションを投げつける。そのポーションの治癒性能に文句のつけようがないことはフォーネリアスが身をもって理解していたが、自分の鎧を滴り落ちる原色ブルーの液体の毒々しさにはつい圧倒されてしまった。 
「あ、ちなみにセロリの花言葉は『真実の愛』なんスよ。愛らしいセロリにふさわしいッスねぇ」
 セロリの細い茎がしなると、まるで影の如き斬撃となる。その俊敏な動きを見て、パセリが誇らしげにセロリを褒め称えた。
 茨男の首を掻き切ろうとした斬撃は紙一重で宙を切る。ケルベロス達の足止めや捕縛が重なっているのでかなり当たりやすくなってはいる。惜しい一撃だった。
「特別に庇っている場所、気にしている部分……」
 斬撃を重ねながらも千咲は茨男の観察を続けていた。それにも区切りがついて彼女は報告を口にする。
「特にありませんね! 斬ります!」
 小細工は無用。刀を持ち、振るう。ざっくりと茨の鎧に太刀の跡を残す。茨男はまだ生きていたので、もう一度刀を持ち、振るった。今度は逆から鎧の胸を斬り裂くとバツ印の刀傷になる。まだ生きているので殺せるな、と千咲は感慨もなく考えていた。
「茨男。命を奪われるのみならず、人を襲う手駒にされるとは……。
 その無念、察するに余りある」
 レンが懐から取り出したのは、武器ではなく一枚の写真。行方不明の従業員の姿が映っていた。
 その様子に続いて、沙慈やリリアも何か茨男へ語りかけたい気がしたが、結局口を噤む。語るべき具体的な言葉は思い浮かばなかった。
 茨男の顔の部分、茨の奥に埋まった目がぎょろりと動く。その視線はレンの差し出した写真を捉えると、茨の鞭でレンの掌を強かに殴りつけた。
「ッ!!」
 レンの苦悶の声が響く。ついでのように粉々に破けた写真が宙を舞う。写真に興味を示さないどころか、ケルベロス達を嘲笑うかのような耳障りな音が茨男の喉から鳴る。
「……どうして笑うの。そう。私達は、あなたに同情する必要なんてなかったのね」
 仲間を侮辱するかのような茨男の振る舞い。敵を見据えるリリアの瞳に静かな激情が宿る。
「私達が悼むべき人は、本当に失われてしまったんだわ。――あなた達の手で!!」
 振り上げられた簒奪者の鎌が茨の鎧を深く抉り、一本残らず断ち切る。
 茨男の喉から響く冒涜的な声も、もう聞こえなくなっていた。


「俺もいつかセロリに支配される日がきたりするんスかねー。
 その時は”セロリ男のパセリ”ってか。
 一心同体感があって、悪くないとか思っちゃう自分がいるッスわぁ」
 滑らかな動きで首周りを這い回るセロリの感触は心地よい。のんびりと楽しげに夢を語るパセリの表情は、ゴルフ場に残されたものへ視線を移すと僅かに陰りを見せた。
「……セロリなら良いけど、あんな下品な茨に支配されるのは絶対に御免だし、許せねッス」
 撃破された茨男は、身に纏う茨を全て枯らして完全に活動を停止した。後に残されたのは、ホテルの制服を着た男性の遺体だけだ。
 遺品と呼べるのは彼が身につけた衣服くらいである。遺体や衣服、茨について、それ以上調べても得られる情報はない。
 静かになったゴルフ場を調査するケルベロスもいたが、特に目につくものはなかった。事件の背後に潜む者がいるのはここではないのだろう。
「しかしまあ、こんなことするなんて悪趣味やねえ。うちの嫌いなタイプやわあ」
 ゴルフ場の片隅に咲く花を撫でながら、余白が軽く唇を尖らせて唸る。
「手がかりらしいものは特に残ってなさそうですね……。これから起こる事件を防ぐことを、考えた方がいいのかな」
 残念そうな千咲の声に、のんびり辺りを歩き回っていた凜が振り返る。
「そうだね。しかし何も見つからなくても、調査をすることにこそ意味があると思っているよ。
 攻性植物が何を企んでいるのか、好奇心を刺激されるじゃないか。それを満たすためにもね」
 落胆するどころか調査を楽しむ風すらある凜の言葉に、フォーネリアスも一つ頷きを返す。
「グラビティ・チェインを回収したいだけなら、襲った人を囚え続ける必要なんてないもの。一体何をするつもりだったのかしら」
 語り合う仲間達の傍らで、リリアは晴れぬ面持ちのまま俯いていた。
「リリアさん、大丈夫?」
 顔を覗き込む沙慈に声を掛けられ、リリアははっと我に返る。笑顔を作ろうとしてあまり上手くいかず、リリアは結局目を伏せた。
「わたし、実は薔薇ってちょっと苦手なの……。それに今度の依頼は、いつもと違う気がして」
 身体の芯から、ぞっと這い上がる寒気。リリアはいつの間にか自分の腕を抱いていた。
「何だか怖いわ、沙慈ちゃん……」
 小さく震えるリリアの背中を、背伸びした沙慈がそっと撫でる。力になりたい、とその手の温もりが伝えていた。

「救えずに、済まない。
 貴方の無念は必ず次に繋げて活かしてみせる。
 どうか安らかに」
 レンが遺体の傍らで片合掌し、静かに祈りを捧げる。
 そのレンの足元で、沙慈が遺体に小さな折り紙の灯籠を添えた。トパーズと一緒に折った折り紙。沙慈が息を吹きかけると、温かい光が灯った。
「その灯籠が道標になってくれるよ。だから、迷わずに……気をつけて帰ってね」
 最後に、リリアが一歩前に進み出る。指を組み合わせて目を閉じた。
「天にまします我らの父よ。
 我らの心を惑わす悪より護り救い出したまえ――」
 ケルベロス達の祈りが、静かなゴルフ場に捧げられる。
 その祈りこそが、依然として先行きの知れぬ闇の中に灯る、確かな光だった。

作者:カワセミ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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