君影草

作者:絲上ゆいこ

「――……」
 陽の落ちだした、いつもの帰り道。
 家の近くへと続く、いつもの近道。
「少し大変だけど、この獣道を突っ切っていくと早いんだよなー」
 くっつき虫をつけて帰るとお母さんがおっかないけれど、暗い夜道を歩くのはもっとおっかない。
「こ、……怖い訳じゃねェけど! 犯罪とかあるしな!」
 ぶるると一度背を震わせてから、少年――秀憲は再び獣道を歩きだす。
 それに何より、先程から遠くから声が聞こえる気がするのだ。
「――……」
 そう、今だって聞こえる。何処かで嗅いだ事のある香りと一緒に。
「……もう! 誰だよ!」
 誰かが助けを求めているなら、助けてあげなきゃいけないだろう。なんだかそんな気がしてきたのだ。
 ぼんやりとしだした足は、森の中へと自然に向かう。
 誘われたかのように、足は勝手に歩く。
「ねぇ」
 そして、彼とソレは出会った。
「遊んで」
 葉に抱かれた着物姿の少女は、鞠を抱きしめてから笑う。
 するすると巻き付く葉がとても心地良い。
 揺れる鈴蘭から青い香りが溢れ、秀憲は頷いた。
 
●季節外れの鈴蘭
「よぉ、救ってきて欲しい街が一つあるンだが……。どうだ、ケルベロスクンたち」
 手をひらひら振りながらヘリポートに姿を表したレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)は、ケルベロスたちに首を傾げて資料を掌の上に展開する。
 山間に位置する街の地図。
 その自然豊かな地図に、赤矢印線がレプスによって引かれた。
「この山から、この街に向かって攻性植物が降りて来るようでなぁ。街に入る前に撃退しないと大変な事になるって訳だ」
 切り替わった資料は、巨大な鈴蘭の花と蔦葉に絡みつかれた少年のイラストだ。
 レプスは少しだけ眉根を顰めて、一度言葉を切る。
 そして、眉を上げるとケルベロス達へとまっすぐに視線を向けた。
「この攻性植物の中には少年が囚われているんだが、今回は救出が出来ないようだ。人としての意識は既に失われており、例え話すことができても説得は通じないぞ」
 何かの配下にされて、既に人では無くなっている。と、レプスは付け加え。
「囚われている少年は、この付近で数日前に行方不明になっていた少年と特徴が一致している。恐らく、森に入った時に攻性植物に捕らえられて配下にされたんだろうが。――配下にしたであろう攻性植物は発見する事が出来なかった」
 今回、周りを探しても見つかる事はないだろう。
 彼は細く息を吐き、資料を更に切り替える。
 街を襲撃する敵は、少年が囚われてる攻性植物が一体だけ。
 彼は、グラビティ・チェインを集めて宿主に渡す事。そして新しい犠牲者候補を連れ帰り宿主に渡す事。できれば街を占拠して宿主の拠点として提供する事。という優先順位で動くようだ。
「人を捉えるようなバッドステータスを増やす戦い方をする様だが、……もしお前たちが負ければ、街の人々が殺され、攫われ、最悪街が占拠されてしまうかもしれない」
 だが、お前たちなら大丈夫だろう? とレプスは首を傾げる。
「今回は原因のヤツを見つける事はできねェが……、危険な奴だ。今後は警戒をしたほうが良いだろうなァ」
 じゃあ、よろしく頼むぞと、彼は小さく頭を下げた。


参加者
ソーヤ・ローナ(風惑・e03286)
グラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)
泉宮・千里(孤月・e12987)
王生・雪(天花・e15842)
御船・瑠架(紫雨・e16186)
巴江・國景(墨染櫻・e22226)
コルト・ツィクルス(星穹図書館の案内人・e23763)
ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)

■リプレイ

●秋麗
 川の水面に浮かんだ夕陽がゆらゆらと揺らめく。
 ――森に消えた幼子に、鈴蘭。
 故郷での記憶が脳裏を過ぎり、ぞわと胸が騒いだ王生・雪(天花・e15842)は軽く拳を握った。
「今は我らが躊躇っていては成らぬ状況、ですね」
「感傷に浸ったところで何も変わりはしない。……これも仕事の内だ」
 平和に紅葉に染まる山を見上げ、グラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)は頷く。
 鈴蘭の花言葉の一つは『幸福が帰る』だそうだ。
 全く、――皮肉だと思わずにはいられない。
 これからこの街に帰ろうとする何者かは、誰かの幸福であった少年だ。
 花舞う和傘に、紅葉が落ちる。
「ここで野放しにすれば、少年は街へ向かってしまう」
 気品を感じる動作で傘を一度回した御船・瑠架(紫雨・e16186)は、自らの口にした『少年』を反芻するかのように一度言葉を途切らせる。
 己はまた人を斬るのか。
 ケルベロスとなって知った、――この剣は人を救える剣でも有るはずであるのに。
「そこには少年の家族や友人もいるはずです。……自らの意識なく大切な人を手に掛けてしまう前に終わらせてあげましょう」
 瑠架が和傘を畳む。
 それと同時に、秋風に青い香りが満ち始めた。
「……芳しい香りですね」
 ソーヤ・ローナ(風惑・e03286)がすんと鼻を鳴らして言う。
 それは、鈴蘭の香り。
 人を惹き付けるその香りは、機能美とも言える周到な生存戦略の一つの形。
 しかし、それが人に向けられるのなら払わなければならないであろう。
「――幸福や愛を謳う花植物が、命を喰らうとは、やるせないです」
 澄んだ声音。
 白い翼猫を抱いたコルト・ツィクルス(星穹図書館の案内人・e23763)は嘆息を零す。
 グラムが双眸を僅かに細めてから一度大きく翼を広げると、右腕の炎が揺れた。
「ああ、せめて彼を静かに眠らせてやろう」
「来たようです、皆様。――力を尽くしましょう、絹」
 雪の声にウィングキャットの絹が、白い毛並みを一度雪へと擦り寄せて小さく鳴いて応え。
 泉宮・千里(孤月・e12987)は、雪の背を軽く小突いた。
「……気を張りすぎるなよ」
「こんな形で街に帰る等、彼の少年も望んではいないでしょうから」
 雪は一瞬瞳を細めてから、きゅっと唇を結んで、こくりと頷く。
 ――救出も、元凶を断つ事も出来ねぇたァ、厄介な話だ。
「ああ、――出来る限りの最善を尽くしてやろうじゃねぇか」
 これ以上の悲劇を生む前に食い止めてやる事が秀憲の為でもあり、信を置く妹分の為でもあろう。
 千里は、己の苦々しい気持ちを噛み殺して悠々と構える。
「さて、おいでなすったようだ」
 徐々に強くなる青い香り。
 ケルベロスたちは川を背に。
 山より現れる少年を包囲できる形で陣を取り、彼を待ち受ける。

●斜陽
 藪をかき分ける音が近づき、巨大な鈴蘭がろんと揺れた。
「人だ、人だ、人、遊ぶ?」
 ケルベロスたちを見つけ、びたんと蔦を砂利にまろばせて。表情を笑みに軋ませる少年――、攻性植物。
 一瞬の踏み込み。
 その喉元に紫電を帯びた、瑠架の黒刃が突付けられた。
「いいですよ、遊んで差し上げましょう」
 瑠架は喉を鳴らす。以前は何も感じる事など無かっただろう。
 ……今まで何人殺してきた?
 全く、全く今更だ。
 ――己は、剣鬼だ。
「――黄泉路までお付き合い下さるなら」
 この少年もまた、自らの斬って来た怨念の一部になるだけだ。
「悪いが、そんな姿での帰郷を許す訳にゃいかねぇんでな。代わりに、最後の遊び相手は務めてやる」
 ――煙に巻け。
 千里が放った暗器は幻惑の焔と化す。揺れる幻影が攻性植物を蝕み、その足取りを鈍らせる。
「遊ぶね。おれ、沢山ちから欲しい、ぜんぶ頂戴、むこうのも、おまえたちも」
 笑顔を作ってみせた少年の表情は人のものでは無い。
「たすけなきゃいけない、あのこ」
 その言葉も動きも、知性を利用されただけの虚ろなものだ。
「私達を倒さない限り川の向こうへはいけませんよ」
 入れ替わりで懐へと飛び込んだソーヤは空中で身を捻り、流星の蹴りを少年へと叩き込む。
「あなたにどんな理由があったとしても行かせるわけにはいきませんが!」
「じゃまするの止めて!」
 引き裂かれるような叫びと同時に、少年より一斉に吐き出された蔦が巴江・國景(墨染櫻・e22226)へと殺到する!
「させるかよ!」
 あのこと呼ばれる宿主への静かな怒りを瞳の奥へと滲ませて、長い耳が揺れる。
 ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)は獣めいた動きで地を蹴り、怯む事無くその間へと割り入った。
 痛々しい傷跡の走る左目から地獄の炎を燻らせた彼は、咆哮たるブラックスライムを蔦へと喰らいつかせる様に庇う。
 その様を木の虚のように感情の無い瞳が、真っ直ぐにこちらを見据えている。
 自業自得でも無く巻き込まれただけの、少年だったモノ。
「チッ……、例えもう人じゃなくなっているとしても、姿が残っているだけでこうも気分悪ィもんなんだな」
 何とも言えぬ居心地の悪さに舌打ちを漏らすローデッド。
 俺は人を殺すためにこの力を得たんじゃねェ。
 ――憎い神様どもをぶっ殺す為に得たというのに。
 自らに絡みついた蔦を引き絞り、そのまま地へと叩きつけるようにローデッドは身を捻り、吠えた。
「……ハッ、宿主にはいつかお礼参りするしかねェなッ!!」
 捻り込まれる形で、体勢を崩す攻性植物。
 踵で踏み蹴り上げたエクスカリバールを空中でキャッチすると、得物をローデッドは攻性植物へと叩きつけた。
 ローデッドに庇われて尚。
 目前まで伸びてきた細い蔦を惨殺ナイフで切り裂いた國景は、双眸を真っ直ぐに少年へと向けた。
「帰る場所を探し彷徨っているのでしょうが……」
 背にする川の奥には、夕陽に沈みだした街が広がっている。
 ――少年は、家族にとっての幸せそのものに違い無かっただろうに。
 あの街へと帰る筈の幸せを、不幸と抱き合わせてしまった彼がせめてその手を汚さぬように。
「貴方を迎える家族を、慕う者を、血で染めたくはないでしょう。……此処から先は行かせるわけにはいきません」
 國景の腕に絡みついて萌え伸びた攻性植物が、黄金の果実を宿し前衛へと加護を与え。
 続けて絹の白い羽根が、柔らかく風を生み出した。
「欲しいの!」
 皆に引き止められ、癇癪を起こした子供のようにめちゃくちゃに暴れる蔦。
 鋭く息を吐いた雪は前へ前へと駆ける。
 足を貫かんと翳された蔦をツーステップで躱して、二振りの刃を両の手に握りしめた。
「少年の身体は返してもらうぞ」
 その後ろを追ったグラムは、身を低く構えて空気抵抗を減らすように。
 一気に翼で風を切り、前を駆ける彼女を追い抜くと力強い蹴りで少年の脇腹を薙ぎ払う。
 ドラゴニアンの大きな体躯は、雪の身を隠す。
「……っ!」
 死角から飛び出した雪は、三日月めいた弧を描き白刃を奔らせた。
「猫、行きましょう」
 コルトの呼びかけに名無しの猫が小さく鳴く。
 澄んだ歌声に乗って溢れる紙吹雪と白猫の翼は、ケルベロスたちに加護を与える。
「僕らができることは、彼を穹へ送ること。ただ、それだけだ」
 コルトの藍色の双眸は静かな怒りを湛え、悲しげに顰められた表情は隠す事も出来ない。
 少年――秀憲を救うことは、もうできないのだから。

●薄暮
 重ねられる剣戟は、宵に染まりだした空の下で高らかに響く。
 無理に街へ行こうとすると抑え込まれ。
 包囲を振りほどく事も出来ず。
 重ねられたバッドステータスとダメージに、苦しみに満ちた表情を能面のように張り付かせた少年。
 それはそのような表情を浮かべていれば相手が苦しむであろうという秀憲本人の知識から、攻性植物が行わせている表情。
「やめて、やめて、お前たちは嫌い、もう、おやすみ」
 一切の感情を含まない声音が漏れる。
 自らに鈴生る花を揺らすと、むせかえるほど濃厚な鈴蘭の香りと、花粉が吐き出された。
「……眠らなければいけないのはあなたです。残念ですが、本当のあなたは遊ぶことも食事をすることも出来ないのですから」
「にゃ!」
 腕で顔を覆ったソーヤを庇うように名無しの白猫が翼で香りを押し返し、そのまま少年の顔へとダイブを行う。
 ――降ろされし力を、ここへ!
 少年が怯んだ隙に、掌へ力を集束させたソーヤが拳を叩きつける。
「……あなたは今、幸せなのでしょうか」
「あのこに、ちから、ちから、ちから……わたせない、いやだ」
 白猫を跳ね除けて、ソーヤの問いに支離滅裂とも言える言葉を返す少年。
 その前に立ちはだかるのはコルトだ。
「君をこれ以上、進ませません。君に罪を、背負わせるわけにはいかないんです」
 Singstimme,Resound――、響き紡がれるコルトの勇声は少年の脳を穿つ。
 びくんと身体を跳ねさせる攻性植物。
 跳ねるように背へと回り込んだ千里が、少しだけ視線を落とした。
「そろそろ遊び疲れたろ? ……もう眠りな、安らかに」
 それが、出来る限りの最善。それこそが――秀憲の為だと思う他無い。
「合わせな、雪!」
 少年をカチ上げる形で、獣化した拳を叩きつける千里。
「ええ。悲劇は此処で、幕引きを。……せめてその花檻から、解放を」
 ――もう、お休みなさい。唇だけで囁いた雪の周りに、胡蝶が舞う。
 剣舞めいた足取りに白刃が踊り、國景の炎を纏った刃が重ねられる。
「もう苦しむ事はありません。……せめてこれ以上迷わぬよう」
「やめて、やめて、やめて」
 壊れたレコーダーのように傷ついた少年が漏らし、絡みついた葉に無理矢理地へと立たされる。
「その蔦の檻――」
 グラムは少年の身体を更に侵食しようとするかのように蠢く植物を、握りしめて呟いた。
 パキリ、パキ。
 グラムの触れた部分よりガラスの割れるような音を立てて。鈴蘭が、葉が、黒い結晶に包まれはじめる。
「常世の果てにて、この声聞こえたならば、結んだ血の盟約思い出せ。この血の匂い辿り来い……」
 背中合わせに立つ瑠架。神を降ろした黒き剣が垂直に凪がれ――
「余さず砕き、燃やし尽くしてやろう!」
「――この刃に斬れぬもの無し!」
 同時に。
 地獄の炎を宿らせた鉄塊剣が横薙ぎに風を断つ!
「……ッッッ!」
 目を見開き、刃に貫かれる少年。
 音を立てて黒水晶が爆ぜた。
 はじけ飛んだ礫が川の水を跳ね上げて、飛沫が大きく上がる。
「おっと……!」
 その勢いで川の中へと投げ出されそうになる少年の身体を、既の所でローデッドが受け止めて抱きしめた。
 もう動く事は無いだろう、事切れたその身体。
「…おやすみ、もう。疲れたろ」
 ローデッドは幼子を寝かしつけるように呟き、彼の瞳を閉じてやる。
 ――恨むなら恨めば良い。
 ……間に合わなかったのは、確かだからな。

●秋夜
 星闇に暮れた空。
「――さようなら、秀憲さん」
 助けてあげられなくて、ごめんなさい。
 ぽつりと歌いだしたコルトの鎮魂歌と川の流れる音が交ざり、響く。
「若い命が無為に散らされるのは……、やはり慣れぬものだな」
 過ぎるのは過去の喪失と別離。しかし、幾度重ねても慣れるものでは無い。
 それは――慣れてしまってはいけないものなのかもしれないが。
 祈りを捧げていたグラムが頭を上げると、街への連絡を終えた國景が墨染の衣を風に靡かせて手を合わせた。
「どうか、どうか。――彼岸へは迷わぬよう」
「花の香りの中で無く、人の温もりの中へ送ってあげる事ができるのは、……何よりですね」
 攻性植物に限りはしないが、デウスエクスは倒されると共にその身が朽ちてしまう事も少なくは無い。
 今回、少年の身体が残ってくれた事は僥倖であったのだろう。
 呟いたソーヤが瞳を瞑ると同時に、探索の為に山へと潜っていたローデッドが降りてきた。
「やっぱり、宿主の手がかりは残ってねェなぁ……。後はヘリオライダーに頼んでみるしかねェか」
 はじめにヘリオライダーも言っていた通り、痕跡は見つからなかった。
 後はケルベロスたちの推理を伝え、彼らの予知に頼るしかないのであろう。
「――人は花ではないのですから。人には人の、花には花の心があるのでしょう」
 攻性植物が何を考えているかだなんて、解りはしない。
 脳裏を過ぎるのは鈴蘭の香り。『純粋』。
 掌を握りしめた雪が、小さく小さく呟く。
「……必ずや断ちましょう。禍根を」
 彼女の肩へと絹が舞い降り。
 頷いた千里は、決意と秀憲の身体を抱いた。
 山に近いこの場所では、街中よりもずっと輝く星々がよく見える。
「ああ、今日は星がよく見えるな。帰りがあんまり遅いからって怒られてもしんねぇぞ、秀憲」
 最後の遊びを終えて。
 小さな少年を抱いた千里と雪は、彼の帰るべき場所へと向かって歩きだす。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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