不穏もたらす種

作者:吉北遥人

「やあ、こんな山奥までご足労をかけたね」
 芝居がかったしぐさで、その若い男は白衣の裾を正した。
 どこか浮世離れした雰囲気の若者だった。
 簡素なシャツとスラックスの上に白衣――暗い森よりも医務室や研究所にでもいる方が似合う服装は、まだいい。だが、おさまりの悪い緑髪の下、黒縁眼鏡をかけた白い顔には名状しがたい狂気の微笑が貼りついている。
 そして何より異様なのは、彼の胸元や袖口から伸び出る幾本もの植物の蔓だ。あれは……。
「さて……さっそくだけど、一仕事頼まれてくれるかい」
 来訪者はみすぼらしい風体の男性だった。この辺りによくいるホームレスだろう。話しかけられたというのに、虚ろな目で何もない一点をぼーっと見つめている。
 その肩に馴れ馴れしく手を置いて、若者はすっと耳元に口を寄せた。
「僕が何をしてほしいか……わかるだろう? さ、気をつけて行っておいで」
 ねとつくように囁いた若者に、男性がぎこちなく頷いて、踵を返した。
 ここまで来たときと同様に、緩慢な足取りで山道を下っていく。
 ただ一つ来たときと違うのは――肩から生え出た植物の蔓が、葉が、全身に巻きついていき、男性を異形へと変貌させていくことだった。


「お待ちしてたっすよ皆さん」
 ケルベロスたちの姿を認めるや、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)の表情がぱっと輝いた。寄りかかっていたヘリオンから背を離して、姿勢を正す。
「郊外の市街地に向けて、近くの山から攻性植物が現れるみたいっす。グラビティ・チェインが目的っすね。そいつを市街地に入る前に撃退して、人々を守ってほしいっす。それで、その攻性植物なんすけど、中に人が囚われてるんすよね……」
 ダンテが難問を前にしたかのように眉を寄せた。
「でも、誰かの配下になってるみたいで、説得して助け出すのは無理なんすよ。囚われたその人は、その付近で最近行方不明になった人と特徴が一致しているようっすね。山に登ったときとかに攻性植物に捕まっちゃったと思うんすけど……うーん、なんか引っ掛かるんすよねー……」
 しばらくダンテはうんうん唸っていたが、やがて吹っ切るように頭を振った。
「ここで俺が考えたところで仕方ないっすね。それよりは、皆さんに詳しい情報をお届けするっす」
 その攻性植物は人目につきにくい道を選んで行動する。
 近辺のホームレスたちがよく使う、山道とも続いている細い道。そこから巧みに市内へ侵入し、公園や住宅を襲うようだ。
 そうして充分にグラビティ・チェインを獲得できたら、攻性植物は何が目的か、人間を一人連れ去ってしまうという。
「人気がない、戦闘に支障が出るほどの狭さじゃないってことで、その細道あたりで迎え撃つのがいいと思うっす。それと敵についてっすけど、思いっきり攻性植物ってかんじの外見なんで見間違えることはないっすね」
 ただ、時間が真夜中なうえ、周囲は木々が多い。
 敵の姿を見過ごしてしまうことがないよう注意が必要だ。
「囚われた人を救出できないのは……たぶん、その人を攻性植物にした奴の影響っす。今回はそいつを見つけられないっすけど、諦めなければいつか尻尾を掴めるかもっす。だから皆さん」
 そのためにも、勝利を。


参加者
セティーリア・アシュレイン(破魔の死天使・e00831)
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
エル・ベルフォニカ(銀の鈴・e02500)
ホワイト・ダイヤモンド(面倒臭がりな妖刀持ち・e02709)
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)
サラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)
ティリン・ウッドベル(小さな鈴の音・e31724)

■リプレイ


 静かな夜だった。
 静かすぎたと言ってもいい。山にほど近いこの細道に喧騒がないのは当然だが、虫の鳴き声すらも聞こえない。朧月の下、あるのは木陰に潜むケルベロスたちの囁きだけだ。
「あはー。植物も活発で楽しいことばかりですねー」
 サラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)が蒼玉の瞳を瞬かせた。サラキアなりに状況を理解してはいるが、その中身よりも、状況が動いていることそのものが彼女の心を躍らせる。
 それとは対照的に顔を曇らせたのはダリル・チェスロック(傍観者・e28788)だ。
「寄生されても助けられない……最近、そんな事件が増えた気がしますね。攻性植物が進化している可能性もあるんでしょうか……」
「すごく……嫌だな……」
 ダリルの呟きに、ティリン・ウッドベル(小さな鈴の音・e31724)が言葉少なに同調した。
 今回、攻性植物に囚われた命は救えない……為すすべもなく命が滑り落ちるのをただ見ていることほど、力ある者にとって辛いことはない。
「――ならばせめて、安らかに眠らせてさしあげましょう」
 木を背に佇むセティーリア・アシュレイン(破魔の死天使・e00831)の言葉に、クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)が頷く。
「どこかで対策は必要だけど、今は私たちができることを……犠牲になった彼を止めよう」
「陰湿そうな影が見え隠れしているのは気にかかるけど、今は目の前の対処だね」
 シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)も穏やかに賛意を示す。その目を覆うのはいつもの眼鏡ではなく、暗視ゴーグルだ。
 暗所での戦闘を鑑みて、メンバーは暗視ゴーグルや携行照明などを準備していた。セティーリアやダリル、ティリンは「隼の目」「R.F.NVゴーグル」といった旅団特製のゴーグルを装着しているし、ボクスドラゴンのポムの首にもランプがアクセサリのように提げられている。
「ええ、手早く済ませましょう……できるなら持ち帰ってみたいですけれど」
 ポムを抱き上げてエル・ベルフォニカ(銀の鈴・e02500)が言った。囚われた人に速やかな安息をもたらすのが最善と考えてはいるが、攻性植物愛好家としては、やや後ろ髪を引かれるところもある。
「手綱を握って初めてわかることもあるかもしれませんもの。いかがでしょう?」
「……さあ。好きにすれば」
 最後尾に立つホワイト・ダイヤモンド(面倒臭がりな妖刀持ち・e02709)がそっけなく答えた。闇を見つめるホワイトを満たす思考は、これから現れる敵を素早く始末すること……それだけだ。そこに感情や小細工といった夾雑物は存在しない――。
 木立ちが騒がしくなったのはそのときだった。
 にわかに甲高く鳴り響きだしたのは、ケルベロスたちが仕掛けた即席の鳴子だ。道を横切るよう張った縄の端には空き缶が吊るされ、何者かが引っ掛かれば音が鳴るようにできている。
 叶うなら日中のうちに設置したかった仕掛けだが、予知内容と時間が離れすぎているせいで事件発生そのものにさえ影響する恐れがあったため、それは非推奨とされた。
 だが、予知から限りなく近いタイミングでの仕込みならば影響は薄い。
「来たようだね」
 シェイが告げた直後、鳴子の音がやんだ。縄が無理やり引きちぎられたのだ。だが暗視ゴーグルを装着したメンバーは敵影をいち早く視認している。
「点灯します。光に注意してください」
 ティリンがもう一つの仕込み――投光器のスイッチを押し込むと同時、木立ちが眩く染めあがった。
 樹上から投射された複数の光の奔流に、さっきまでわだかまっていた闇は一瞬にして吹き飛ばされている。そしてその焦点に立つのは、全身が太い幹や蔓で形成された異形――攻性植物だ。
 動揺でもしたのか立ち尽くしているそいつの前を塞ぐように、ケルベロスたちが躍り出た。


 ここまで明るくなれば暗視ゴーグルに頼ることもない。ゴーグルを額に押し上げ、ダリルは槍の穂先を敵に向けた。
「市街地には行かせません。通るなら、私たちを倒してからです」
 その直後の攻性植物の動きは機敏だった。
 丸太のように太い脚がさっと向きを変えるや、まるでそれまでの緩慢さが嘘のような滑らかさで道の脇の林に飛び込んだのだ。光の直射を忌み嫌ったか、あるいはケルベロスを厄介な障害と見てとったか――いずれにせよ逃走は果たせなかった。攻性植物の足下の地面に突如、水が溢れ出てきたのだ。
「逃げられるとでも思ってるんですかー?」
 くすりとサラキアが微笑む先で、鎌の形状をとった水が攻性植物の足首を薙いだ。外皮が弾け、体勢ががくりと崩れる。
「今です、畳み掛けましょう!」
 敵の『手配書』を作成するセティーリアの号令に合わせ、ダリルが歌った。紡がれる哀悼の調べを背に、前衛たちが地を駆ける。
「起きるのを手伝おうか」
 前傾姿勢だった攻性植物にシェイの上段蹴りが強襲した。人間ならば顎に相当する位置を打たれてのけぞる攻性植物に、続けてホワイトの蹴撃が腹に突き刺さる。
「パル、デッドヒートドライブ」
 木々の『小路』を走るティリンがそう命じたときには、ライドキャリバーは高らかな駆動音とともに発進していた。魔炎を纏う鋼の塊が、よろめく攻性植物に突撃する。
 轟音――正面からの突進に植物の巨体が震え、爆炎が舐めるようにその全身を燃えあがらせる。巨大な松明と化した敵からパルが後退しようとして――車輪は土を削るだけだった。炎に包まれた巨腕がハンドルを掴み、固定してしまっている。
 マシンのボディがみしりと嫌な音を立てた。
『――――!』
 奇声に近い咆哮が攻性植物から迸った直後、ライドキャリバーはシェイめがけて投げ飛ばされていた。発動しかけていたグラビティを中断したシェイがパルを受け止めて転がっている間に、攻性植物の腕がホワイトに伸びる。
「……」
 獰猛な牙に変形した腕を、ホワイトは眉一つ動かさず惨殺ナイフで弾いた。返す刃で攻性植物の喉元を掻っ捌く――攻性植物の牙がホワイトの薄い肩を食いちぎったのはそれと同時だった。
 日本刀を持つ腕が少し下がっただけで、鮮血が噴きあがってもホワイトの表情に変化はない。だがそれは敵も同じだ。首筋の破損はそのままに、攻性植物が鋭い五指を備えた腕を振りかぶる。
 次の瞬間、一条の稲妻が、その腕を半ばから消し飛ばした。
 雷光の残像をたどった先には、ライトニングロッドを構えたクリムがいる。その彼の掌中で、膨大な量のグラビティがスパークした。
「障害物ごと貫くつもりだったけど、その必要はないね――我が敵を突き抜けろ、ルーン・オブ・ケルトハル!」
 投擲は視界を一瞬青白く染めた。爆光の中、魔槍は先ほどティリンが開いた『小路』を精確に翔破し、標的の上半身を貫いている。間髪容れず炸裂した追加術式が敵の体内で荒れ狂い、余波で巻き上がった土砂が攻性植物を飲み込む。
「ご無事ですか、ルゥさん?」
「ああ……面目無いね」
『小路』を開いて最短ルートで駆け寄ったエルが、シェイに覆いかぶさっているライドキャリバーを起こした。ついで、その手の爆破スイッチを押し込む――カラフルな爆煙が前衛たちの傷を覆うように纏わりついた。
 早期決着を目指したアタッカー偏重のポジション構成上、メディックのエルはパーティの生命線と言える。そしてエルの役目は戦線を維持することだ。再び前衛をブレイブマインで癒そうとスイッチに力を込めたとき。
『――――!』
 土煙を突き破って、熱線がエルに迸った。


 攻性植物の光花形態――クリムの魔槍に貫かれた胸部を発射台に変形し、そこから二条の破壊光線を撃ち出したのだ。
 その片方はティリンへと向かったが、割り込んだポムのブレスが迎撃し、光線を撃ち落とす。
 しかしそのとき、ティリンの目は自分を守ったボクスドラゴンには向いていなかった。
「パル……」
 光線のもう片方、エルを狙ったものはライドキャリバーが庇っていた。だが先ほどの損耗がまだ残ったうえでのダメージはいかなディフェンダーといえど……。
 重い音を立てて横倒しになった相棒の姿に、ティリンの中で何かが切れた。二丁拳銃が激情そのもののように立て続けに弾丸を吐き出す。
 弾丸の嵐を浴びながら、銃弾を焼き払う形で攻性植物の熱線が放たれた。だがそのときにはティリンは『小路』を利用して木々に紛れている。なおも熱線が追いたてるが、その瞬間、攻性植物の頭部を見舞ったのは足下からの弾丸だ。
 散乱している空き缶を利用した跳弾射撃だと攻性植物は理解できただろうか。逆しまの雨のごとき『ひねくれ者の銃弾』を浴びる巨体。そしてその瞬間に生じた隙を、エルの古代語詠唱が突いた。
 感情レベルの連携の賜物だ――ペトリフィケイションの直撃に光花形態が変色し、硬化していく。不意の重量変化に怯んだ攻性植物に、シェイとクリムが肉薄した。それぞれが超音速の拳と紫電纏う槍撃で敵の体を抉り、弾き飛ばす。
『……』
 後方の大木に叩きつけられた攻性植物の腕の一部が、眩い果実に変形した。進化を促す黄金の輝きが傷を癒す――寸前、黄金の果実が凍結した。
「この状況で回復なんてずいぶん余裕ですねー。させませんよー?」
 時空凍結弾を放った、どこか暗く微笑むサラキアに合わせるように、ホワイトの日本刀が跳ね上がった。
「……よけいな真似をするな」
 爆風を伴った斬撃が、黄金の果実だった氷塊を叩き壊した。
『――――!』
 激昂したのか攻性植物が乱暴に腕を振り回した。殴られたホワイトが宙を舞う。追撃に移る攻性植物の胸に、直後突き立ったのは紅き羽だ。
「死天使として鎮魂歌を贈りましょう――」
 叶わぬ救済。ならば滅びをもって安息を与えるが『死の天使』と呼ばれた者としての務め。
「破魔の翼よ、紅刃となれ。死天の慈悲を受けるがいい!」
 セティーリアの翼から放たれた紅の奔流は千の刃となって攻性植物を切り刻んだ。幹や蔓がぼとぼと崩れ落ち、攻性植物が仰向けに倒れ込む。
 その真上、枝々を足場に跳び上がったのは、翼をはためかせる黒衣のヴァルキュリアだ。連携によるベストのタイミングで上方を占位したダリルが簒奪者の鎌を振りかぶる。
「失われた面影に悼みを……やまない痛みに終焉を」
 攻性植物の腕が動きかけて、ビクリと痙攣する。ここまで蓄積させたパラライズが動きを封じているのだ。
 ダリルの鎌が雷電を帯びる。
「鳴り響けよ雷、その閃光を知らしめよ――終わりです」
 ダリルが大鎌を振り下ろし、眼下のすべてを雷光が呑み込んだ。


「きっとまた、こんなことが起こるんでしょうねー」
「さてね……そのときはもう少し先手を取って立ち回りたいものだけど、ね」
 サラキアとシェイがそう交わすうちに、戦場の修復はほぼ完了していた。設置物の撤収や、空き缶などのゴミを回収したこともあって、来たときより綺麗になっている気がする。
「ポム、お疲れ様です。頑張りました、よくできました」
 エルがボクスドラゴンを抱きしめた。戦闘ではいぶし銀に立ち回り、その後は清掃まで手伝ってくれた子を撫でては褒めちぎる。
「パルさんも、ありがとうございました」
「……ポムも、ありがとう」
 そう返してから、ティリンはライドキャリバーのボディを撫でた。もう傷やへこみは完全に直っている。
 そう、何もかもが元通りだ。
 ダリルの雷撃――Tonitrusで穿った地面すらも、何事もなかったように修復されている。何もかも元通り……唯一、消えていった命を除いては。
「主よ、御許に近づかん――」
 朗々と、厳かで、しかし繊細な歌声が響いた。ロザリオを握りしめたセティーリアの鎮魂を込めた賛美歌が、ケルベロスたちの黙祷が、静かな月夜に染み渡る。
「――どうか安らかに。あなたの犠牲は、決して無駄にはしません」
「……帰りに、公園のホームレスたちにも気をつけるよう声を掛けましょう」
 ダリルが言った。どれほど効果があるかわからないが、何も知らずにいるよりはいいはずだ。
「はい。そして、これ以上の犠牲者を出さないためにも……」
「ああ」
 セティーリアへの頷きは、まだ見ぬ敵への静かな怒りを孕んでいた。
 クリムが言った。
「人の命を弄ぶ相手……許すわけにはいかない」

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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