阿修羅クワガタさんの挑戦~虫の少年拳士、舞う

作者:綾河司


 兵庫県西宮市のとある公園では遊び華やぐ子供たちや赤子を散歩に連れ出した母親たちが思い思いの時間を過ごしていた。そんないつもと変わらぬ穏やかな日常の風景に影が一つ、空から舞い降りてきた。背中の翅を使い、柔らかに地面へと降り立ったソレに気付いた子供たちが遊ぶのをやめ、母親たちも視線を送る。
 ふかふかした襟巻きを巻いた乱入者は胸に手を当てると、瞳を閉じて大きく深呼吸した。
「大丈夫、大丈夫……阿修羅クワガタさんも『お前なら大丈夫だ』って言ってくれたし……」
 自らに言い聞かせるようにそう呟くと決心したように目を開く。
「ねぇ?」
「っ!?」
 深呼吸している間に詰め寄ってきていた子供たちが興味津々といった輝くような笑みを浮かべて、
「お兄さん、ゆるキャラ? ねぇ、ゆるキャラ?」
 覚えたての言葉を使う機会に恵まれたのか、はしゃぐ子供たちは乱入者の言葉を待たず、抱きついて。
「ちょ、ちょっと……! 僕、ローカストだよ? 怖いんだよ? あ、あああ……」
 もみくちゃにされながら、それでも、
「いい子にしててね?」
 丁寧に子供たちを引き離した乱入者――ローカストは気持ちを切り替えて名乗り上げた。
「僕の名前はルルエル・ライムリーフ。同胞たちの枯渇したグラビティ・チェインを頂く為、この街の人々を襲うことになりました。本当に申し訳ございません」
 ぺこりと頭を下げるルルエル。
「でも、本当は戦えない人間を襲うのは本意じゃないんです。ですから……」
 可愛らしい顔立ちで精一杯怒ってみせて、彼は続けた。
「ケルベロスさん、僕と戦ってください。正々堂々と戦って、その上でグラビティ・チェインを奪わせていただきます!」
 拳を掲げるルルエルに、なぜか周囲の子供たちから拍手が巻き起こった。


「ケルベロスの皆さん、こんにちは。天瀬月乃です」
 いつもと変わらぬ抑揚のない声で壇上から挨拶した天瀬・月乃(レプリカントのヘリオライダー・en0148)はケルベロス達にぺこりと頭を下げた。
「広島での戦い、お疲れ様でした。今回の戦いで広島市民の被害はゼロに抑えることができ、イェフーダーをはじめ、ストリックラー・キラーのローカストを全滅させることができました。これでローカスト軍の動きはほぼ封じられたといっていいでしょう」
 現状報告する月乃は、それでいて一つため息をついた。
「しかし……今度はローカストの苦境を見て、立ち上がる者が現れました」
 集まったケルベロス達がどよめく。
「相手は阿修羅クワガタさんと気のいい仲間たちです」
 先日ダモクレスの移動拠点『グランネロス』を襲撃した彼らだ。彼らは奪ったグラビティ・チェインを困窮するローカスト達に全て施した後、更なるグラビティ・チェインを求めて活動を始めたらしい。
「しかし、そう簡単にグランネロスのような大量のグラビティ・チェインを獲得できる相手が見つかるわけありません」
 その結果、彼らはやむなく人間のグラビティ・チェインを奪う決断をしたのだ。
「彼らはケルベロスに対して宣戦布告をし、正々堂々と撃破した後、強敵との戦闘に勝利した報酬として人間からグラビティ・チェインを略奪しようとしているようです」
 正々堂々ケルベロスに宣戦布告をするという行動には特に意味はないと月乃はいう。
「ですが、この意味のない行動こそがローカストの窮状を救い、自分達の矜持を守る為の苦渋の決断なのかもしれません」
 阿修羅クワガタさんと気のいい仲間達はその性質上、悪ではないのだろう。だがしかし、彼らが困窮する同胞の為とはいえ人間のグラビティ・チェインを奪うというのならケルベロスにとって、それは許されざる敵。
「戦いは避けられないかもしれません。ですが、彼らの宣戦布告に応じ、可能であれば正々堂々と戦って、撃退してください」
 月乃はそこまで話し終えると敵の情報と戦闘領域を立体スクリーンに映し出した。
「敵はルルエルと名乗る熊蜂の少年です。戦いやすいように広い公園でケルベロスの皆さんが現れるのを待っています」
 戦闘領域の画像は広場になっていて邪魔になりそうなものは一切ない。
「戦場には子供達が残っていて観客となっています」
 続いて、月乃のスクリーンに柔らかそうな襟巻きが特徴的なローカストの少年が映し出された。
「ルルエル本人はどうにも幼さが残る少し頼りない印象を受けるローカストですが……」
「強いのか……?」
 疑問符を浮かべるケルベロスの一人に月乃は頷いてみせた。
「強いです。彼はその従来の優しさからか、ローカストにとって酷使する存在だったオウガメタルと完全に打ち解けていて、その能力をフルに使ってきます。蜂なのですが飛行に頼ることはなく、一本筋の通った近接戦闘を得意にしているようです」
 幼くても阿修羅クワガタさんと気のいい仲間たちの中に名を連ねる実力は本物だろうと彼女は見ているようだ。
「心優しい彼は窮地に陥った同胞の為、その剣となることを選びました。しかし、だからといって彼の行いを見過ごすわけには行きません。ケルベロスもまた、力無き一般人を守る盾なのですから……ですから、どうか彼を止めてください」
 お願いします、と月乃は再度ケルベロス達に頭を下げた。


参加者
アリス・セカンドカラー(腐敗の魔少女・e01753)
植原・八千代(淫魔拳士・e05846)
スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
神山・太一(かたる狼少年・e18779)
アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)
キーア・フラム(黒炎竜・e27514)
エルガー・シュルト(クルースニク・e30126)

■リプレイ


(ルルエル……くん? って、今まで見たローカストの中では、僕と一番年が近そうだけど、人間で言うと幾つくらいなんだろう……?)
 公園に足を踏み入れた神山・太一(かたる狼少年・e18779)は進みながら、広場で待つローカストに視線を向けた。囲う子供達をあやすその姿は自然と溶けんでいて――
(今はその事を考えている場合じゃないや)
 思考を振り払うように太一は首を振った。近づいてきたケルベロス達に気付いたルルエルが顔を上げる。
『よかった。来てくれたんですね』
 そう言うと彼は子供達に離れるように促した。散っていく子供達を待って、マロン・ビネガー(六花流転・e17169)がお辞儀をする。
「私はマロンです。貴方の様な立派な武人と戦える事、実に光栄です」
『立派な武人だなんて……そんな』
 恐縮するルルエル。その表情を見て、目を細めたアリス・セカンドカラー(腐敗の魔少女・e01753)だったが、自粛するように口元に手を当てた。代わりにアスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)が前に出る。
「わざわざケルベロスを呼ぶとはな……その決闘、受諾したいと思う。ケルベロスが一人、アスカロン・シュミット……護るべき者の為に立ちはだからせてもらう」
 ケルベロス達の受け答えに笑みを浮かべるルルエル。続けてキーア・フラム(黒炎竜・e27514)が口を開いた。
「その代わり、こちらが勝ったら争いを望まず、地球で共に生きる意思がある者がいるなら、『定命化』により、こちらは受け入れる事もできる旨を伝えて欲しいのだけれど?」
 キーアから語られた要求にルルエルは一拍置いてから目を見開いた。
『えっ……!?』
 自分にも要求が返ってくるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「そっちの要求通りに来たんだからそれくらいは聞いてくれないと」
 慌てるルルエルを植原・八千代(淫魔拳士・e05846)が柔らかく言い含める。その慌てっぷりも含めて、八千代はなかなか楽しそうな相手だと心を弾ませた。だが、ここは破談にならないように気を配らねばならない。
「ルルエルさん、わたしの名前はスズナと申します」
 敬意を込めて名を名乗り、スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)は真摯にルルエルを見つめて、一語一句はっきりと声に出す。
「あなたは、怖いローカストです。グラビティ・チェインを奪いにきた、倒すべき敵です! けれど、すごく誇り高い敵だと、わたしは思います。紳士的で、あなたのこころが大人だからこその、提案です!」
 言い切ったスズナがやや顔を伏せ、「こちらのわがままにしか、聞こえないかもしれませんが……」と付け足した。それをルルエルは黙って聞いていたが、
「まぁ、強制はしないわよ、『個』の尊厳を守るのもまた自由なのだから」
 アリスが動けないでいるルルエルの背中をそっと押すように言う。そして黙って成り行きを見守っていたエルガー・シュルト(クルースニク・e30126)がポツリと口添えをした。
「俺は元ダモクレスだ。望むなら、お前達だって定命化できる筈だ」
 言葉で詰められるのはここまで。その先を決めるのは勝つか負けるかしかない。それはどうしようもなく両者の間に横たわっていて。
「エルガー・シュルトだ。全力で務めよう」
 広場の空気は自然と、対話から戦闘へと移行していた。


「ケルベロス、神山太一。そして僕の友人の、てっくん……ルルエル・ライムリーフ君。キミからのマッコーショーブ、受けて立ちます!」
 言い慣れぬ言葉に発音を怪しくしながらも、太一は神速で抜き放った右手のリボルバー拳銃の引き金を引いた。
「てっくん、行くよ!」
 太一の射線と併走して駆けたてっくんが手にした凶器をルルエルに振り下ろす。銃撃と打撃を受け流すルルエル。注意深くケルベロス達を捉える視線の先で、八千代がグラビティを一気に高めていく。
「植原八千代よ。さあ、お互い頑張って戦いましょう」
 喰らった魂を己に憑依させ、露出の多い肌に次々と禍々しい呪紋を浮かび上がらせていく八千代。動くたび、その妖艶な肢体を包む僅かばかりの布地が揺れて、ルルエルは思わず視線を逸らした。
(あーあー……)
 間合いを測っていたアリスが照れるルルエルの仕草に思わず胸中で声を上げる。
(やだこの子可愛い♪)
 空気を読んで我慢していた彼女も一転、攻撃に転じた。地を蹴り、距離を詰めたアリスの旋刃脚に反応したルルエルが身を引いてやり過ごすと、続けてスズナが距離を詰めた。
「わたしは子供ですけれど、ひ弱じゃないですよっ!」
 その言葉が示す通り、強力な飛び蹴りがルルエルを捉える。
「サイ!」
 飛び退くスズナが合図して、連携したミミックのサイが具現化した武装を振り回した。両腕でサイの攻撃を受け止めたルルエルが武装を振り払う。防戦に回るルルエルを更に追い詰めようと、マロンが手にしたHearty Archeryをアスカロンに向けた。
「アスカロンさん!」
「任せろ!」
 妖精の祝福を宿した矢が一条の光となってアスカロンに溶け込む。援護を受けたアスカロンがそのままルルエルへと疾走した。霊を纏わり付かせ、ルルエルの熱を奪い、それでも尚暖かい場所――そこを核と割り出し、刀を抜く。
「其処か! あんたの『核』とやらは! 『幻月』!」
 振り抜いた一刀がルルエルを切り裂いて、血が宙を舞った。
「守ってばかりなの? 全力で来なさい!」
 よろめくルルエルを休ませまいと、キーアが構えたバスターライフルの照準をルルエルに合わせる。次の瞬間、トリガーが引かれ、撃ち出された光弾が彼を押し包んだ。
「打ち抜く」
 淡々と攻撃機会を伺っていたエルガーが光弾の光が冷めやらぬうちに、距離を詰め、高速回転させた己の腕をルルエルに叩き込んだ。
「……っ!?」
 確かな手応えがあった。しかし、ルルエルはそれでもケルベロス達の攻撃を受け切って。落ち着くように息を吐いて若干腰を落とした。
 残されたローカストを気遣うケルベロス達の優しさ、人々を護ろうとする気概、自分を止めようとする意思、そのどれもが本物なのだろう。だが、彼らの要求は恐らく目の前の8人の意思。ケルベロス全体としての意思を思えば、今日この時も争う敵に対して全体が友好的でいられるものだろうか。ケルベロスの中にはローカストと浅からぬ因縁がある者もいるだろう。
『僕は、負けない!』
 不確かな未来よりも、その手で掴む希望を。心を決めたルルエルが正面に立ち塞がるケルベロス達を見据え、
「くる……!」
 キーアが声を発したのと、ルルエルが地面を蹴ったのはほぼ同時。一気に肉薄したルルエルが鋼と化した拳でエルガーを強襲する。
「サイ!」
 咄嗟にスズナが指示を出し、サイが割り込んでエルガーを庇った。強烈な一撃を喰らったサイが地面へ叩きつけられる。防御を固めていたサイでさえ、一撃で消滅の際まで追い込んだ威力にケルベロス達の警戒心が跳ね上がった。2度3度、まともに受けていい攻撃ではない。
『さあ、続けましょう』
 目の前の少年拳士はただ静かに構え直した。


 正々堂々、真正面から受けて立ったケルベロス達とルルエルの壮絶な打ち合いが続く。
『ハアッ!』
 具現化されたレギオンレイドの黒太陽が地を駆け、後衛に襲い掛かる。
「せっかちね」
 間に割って入ったアリスとサイが仲間を庇った。傷つき、力尽きたサイが消滅する。アリスも相当のダメージを負ったのか、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に我慢した。
「仲間を倒れさせない事が、私の役目です!」
「てっくん、アリスさんを応援して!」
 マロンが前衛を回復するのに合わせて、太一から指示を受けたてっくんが可愛い仕草でアリスに応援動画を流すとアリスが持ち直して再び足に力を込める。その間に太一がさらに消耗した仲間に気力溜めで回復を施していく。仲間の消耗を考えれば、回復手の2人は一時も気が抜けない。
 触れれば薙ぎ倒すような攻撃を続けるルルエルに八千代が笑みを浮かべて肉薄した。
「楽しいわね、正面からの殴り合い」
 打たれ、傷つきながらも戦闘狂としては願ってもないと八千代のセイクリッドダークネスがルルエルを直撃する。体を浮かされたルルエルの体勢が整う前にケルベロス達が攻勢に出た。
「フローラ、お前の技借りるぞ!」
 妹の名を口にしたアスカロンが一気に距離を詰め、勢いのまま体ごと縦回転する蹴りで更にルルエルの体勢を崩す。
「わたしだって、守りたい人がいます!」
 飛び込んだスズナの攻撃がルルエルを打ち、さらにエルガーが間合いを詰めた。
「確かに強い……ならばやってみるか」
 風と雷の精霊を同時に召喚したエルガーが急加速する。
「――シュネールガン・アクティーフ。我が身に来たれ、雷鳴の牙。我と共に咆哮せよ――」
 蒼い雷光を帯びた拳撃がルルエルの体を直撃した。
『まだまだ!』
 踏み止まるルルエルにキーアが肉薄する。
「共に生きる事が信じられないかしら? でも見なさい。わたしの相棒達を。それに、現に子供達は貴方を受け入れていたじゃない」
 己のオウガメタルと攻性植物を誇示しつつ、キーアの拳が黒炎を宿す。零距離で放たれた黒炎がルルエルを包み込んだ。
 振り払うように地面を転がったルルエルを更にアリスが追い詰める。
「つっかまーえた♪」
『うっ!?』
 妖しく瞳を輝かせるアリスにルルエルが身を固める。そんなルルエルを他所に、アリスがもふもふしたルルエルの襟巻きに腕を回し、
「ンフふふふ……ルルエル、あなたを(あまりにアレな)した上であなたの(妄言のため)を(削除されました)あげるわ」
『……へ?』
 理解が及ばず固まるいたいけな少年少女を尻目に、その技は発動した。もふもふに手を這わせながら全力で快楽エネルギーを吸い取るアリスに色々な危機を感じ取ったルルエルが慌てて彼女を振り払い、鋼の拳を固める。
『うわわわっ!』
「てっくん!」
 固まっていた太一がルルエルの攻撃を感じ取って指示を出した。てっくんがアリスの前に立ちはだかり、鋼の拳を受け止めると力尽きて消滅する。
 大きく息をつくルルエルの疲労が濃く漂う。ケルベロス達の攻撃は間違いなくルルエルを追い込んでいた。ケルベロス達が視線で合図を送って頷き合う。ルルエルを止める。でも死なせはしない。
「行くわよ」
 地面を蹴ったアリスがツイストキックでルルエルを蹴り飛ばせば、距離を詰めたアスカロンが家守を構えた掌底で突き飛ばす。
「追い詰めてるぞ、皆。畳み掛けろ!」
「同胞の為を思うなら、恥でも何でも生きなさい!」
 キーアが黒炎を宿した手で思い切りルルエルを引っ叩き、
「ルルエルさん!」
 スズナが真っ直ぐルルエルを見つめて攻め立てた。更に八千代がルルエルの顔面を殴打する。
「もう限界でしょう? ここで立派に死のうなんて甘いわよ」
 その全てが絶妙に加減された一撃。何がなんでもルルエルを死なせないと決めたケルベロス達の想い。だが、
『その攻撃で、僕を抑える事なんかできません!』
 叫ぶルルエルから呑み込むような気迫が溢れて。
「警戒!」
 防御に重きを移そうと動いていたエルガーが嫌な予感に声を上げるのとルルエルが動くのはほぼ同時だった。レギオンレイドの黒太陽がケルベロス達の前衛を纏めて呑み込んだ。
「皆さん!」
「みんな、大丈夫!?」
 遠間から漆黒の光を見ていたマロンと太一が叫ぶ。光が収まると辛うじて立っていたのはエルガーだけだった。いや、
「子供たちの前で、たおれるわけにはいきません!」
 精神が肉体を凌駕して、スズナが懸命に立ち上がる。
「……大丈夫、僕達ケルベロスは、こんなギャッキョウでも挫けませんから!」
 太一が指笛を鳴らすとどこからともなく現れた動物達がもふもふと仲間の傷を癒していく。同時に手負いのエルガーをマロンの祝福の矢が回復させた。
『…………』
 無言でそんなケルベロス達を見ていたルルエルが、静かに構える。地を蹴り加速して、鋼と化した鬼の拳を真っ直ぐ見据えるスズナへと突き出す。
「ルルエル!」
 間に割って入ったエルガーがその一撃を体を張って受け止めた。構えたケルベロス達が固唾を呑む。ルルエルを助けたい一心で振るわれた手加減攻撃では彼を止めることは出来ない。
『僕にも待っている人達がいます。帰れなくなって、それでも懸命に生きていこうという人達です』
 ルルエルは静かに呟いた。軽い跳躍で後方へ下がり、続ける。
『人々を守ろうとここに来たあなた達と一緒だと、そう……思いたい。絶望に沈む仲間達に少しでも希望を、と……』
「同胞を救う術を知りながら、ここで果てる事を選ぶのか?」
 エルガーの言葉を皮切りに、太一やマロンが声を上げる。
「……出来ることなら、僕もルルエル君と友達になりたいんだ」
「誰の命も等しく尊い宝なのです」
 真っ直ぐ見つめる二人にルルエルが困った顔をして、それから微笑んだ。
『決着を、つけましょう』
「ルルエルさん!」
 スズナの叫びが静まり返る広場に響き渡って。キーアが続けて叫ぶ。
「あなたを受け入れた子供達はどうするの? あの子達の気持ちはどうだっていいの?」
 静かに決着を待つ少年を見据え、アスカロンが小さく妹の名を呼んだ。それは祈りに近かった。終局を迎えた戦いの行く末に僅かな光が差すように、と。
「ルルエル、頼む……お前は希望だ。ローカストにとっても、俺達にとっても」
 エルガーは短く言うと右手に蒼い稲妻を発生させた。その稲妻に皆の想いを込めて。戦いの終わりを待つ少年を帯電した掌打が真っ直ぐに穿った。


 力の限りを尽くした戦いは終わり、平和の戻った広場に鳥の鳴き声が響く。
『あなた達の要求がどこまで実現できるのかは分かりません……ごめんなさい』
 生き永らえたルルエルが頭を下げるのをアスカロンが手で制した。
「出来る限りでいい」
 宜しく頼む、と。頷いたルルエルが動けない者達にも頭を下げたのだが、
「次は負けない」
「次はもっとモフリ倒す」
 八千代とアリス、見上げてくるサキュバスの視線に耐えかねた彼はモジモジしてしまった。
『それでは』
「その、色々気をつけるのよ?」
「次に会えるのを楽しみにしている」
 短く別れを告げるルルエルにキーアが不器用に案じ、エルガーが手を上げて応えた。飛び去っていく彼の後ろ姿に太一が手を振る。
「またねー」
 見えなくなるまで見送ったマロンが小さく息を吐いた。
「行ってしまいましたです」
 勝負には勝ったのだ。彼が人を襲う事はないだろう。今はそれでいい。
「敵に謝られたのは、はじめてかも、です」
 ポツリと呟いたスズナの脳裏にルルエルの困った笑みが浮かんできて、
「……いまは敵であっても、いつか友達になれるでしょうか?」
 少女の疑問を耳にしながら、そんな日が来れば、とケルベロス達は皆やり遂げた達成感と疲労で大きく息を吐いた。

作者:綾河司 重傷:アリス・セカンドカラー(腐敗の魔少女・e01753) 植原・八千代(淫魔拳士・e05846) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 14/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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