阿修羅クワガタさんの挑戦~熱血キロンの宣戦布告

作者:黄秦


 その日、市営総合運動場は突然の恐慌に包まれた。
 少年サッカークラブの練習中に、カブトムシ型のローカストが現れたのだ。
 コーチや親たちが子供らを連れて必死に逃げ出すのを、三本角のカブトムシ型ローカストは、黙って見ている。
「ま、まってぇ……」
 逃げ遅れた少年が、いた。その少年へ、ローカストは反射的に鎌腕を伸ばす。
「やめて! 息子を殺さないで!」
 母親らしき女が叫ぶ。その声に弾かれたように腕をひっこめ、親子は逃げおおせた。
「……いけねえ、襲っちまうところだった。これじゃ正々堂々じゃないじゃないか! オイラのバカ! バカバカバカ野郎!」
 独り言ちながら、三本角の頭をぽかぽか叩いている。
 やがてローカストは、ぶんぶんと頭を振ると、運動場の真ん中で足を踏ん張り、大音声を張り上げた。
「オイラは、『熱血キロン』! ローカストの戦士だ!
 枯渇したグラビティ・チェインを満たすため、この町の人間を襲って、グラビティ・チェインを強奪することになった! マジでゴメン!
 でも、やっぱ、よわっちぃ相手を襲うのはいやなんだよ。ケンカは強い奴としなくちゃつまんねえし!
 だから、ケルベロス! お前らが人間を守って、オイラと戦ってくれよ! オイラは、強者のケルベロスと正々堂々戦って、やっつけて、その結果としてグラビティチェインを強奪するからさ! な!?」
 三本角のローカスト、『熱血キロン』の宣戦布告は、誰もいない運動場に響く。
「……」
 言い終えて息を吐いたその足元に、サッカーボールが転がってきた。
 キロンは、先ほど見た子供たちを真似てボールを蹴り上げ、高く上がったところを、ヘディングする。
 ボールは角に刺さり、ぷしゅうと言う音とともに萎んでしまったのだった。


 ダンテは告げる。
「っす! 広島での戦い、ご苦労様でしたっす!
 この戦いで、広島市民の被害はゼロに抑える事ができ、イェフーダーをはじめ、ストリックラー・キラーのローカストを全滅させる事が出来たっす。
 特殊部隊であるストリックラー・キラーが全滅した事で、ローカスト軍の動きはほぼ封じられたといって間違いないっすね。
 グラビティ・チェインの枯渇状況も末期となっているはずなので、太陽神アポロンとの決着も間近に迫っているっすよ!

 ……なんすけど、ローカストの苦境を見て、立ち上がった者達がいるんす。
 それは、ダモクレスの移動拠点『グランネロス』を襲撃した、阿修羅クワガタさんと気のいい仲間達っす。
 彼らは、奪ったグラビティ・チェインを困窮するローカスト達に全て施した後、更なるグラビティ・チェイン獲得の活動に入ったんす。
 まあでも、グランネロスみたいに大量のグラビティ・チェインを持つデウスエクスの部隊が簡単に見つかるわけないっすよね。

 で、彼らはやむなく人間のグラビティ・チェインを奪う決断をしたんです。
 彼らは、ケルベロスに対して宣戦布告をし、迎撃に来たケルベロスを正々堂々と撃破し、その後、強敵との戦闘に勝利した報酬として人間からグラビティ・チェインを略奪するつもりらしいっす。……まあ、切羽詰まりすぎって感じはするっすね。
 わざわざ正々堂々と戦う為にケルベロスに宣戦布告をするなんてのも、意味無いっすし。
 けど、これがローカストの窮状を救うと同時に、自分たちの矜持を守る為の、ギリギリ、苦渋の決断ってヤツなんでしょう。
 阿修羅クワガタさんと気のいい仲間達は、根ッこは悪いヤツらじゃないんだと思うっす。
 けど、彼らが、困窮するローカストの為に、人間のグラビティ・チェインを奪おうとするならば、やっぱり、許しちゃおけない敵なんすよね。
 どのみち避けられない戦いっすけど、できれば彼らの宣戦布告に応えて、正々堂々とした戦いで撃破してあげてくださいっす。


 戦場となる場所は運動場だ。正々堂々戦うために、広くて平らで戦いやすい場所を選んだのだろう。
 一般人は皆、避難した。ただ、危険を省みず遠巻きに、応援しに来る観客はいるようだ。 
 ローカストは所謂コーカサスオオカブトムシに似ている。三本の大きな角が特徴で、これを振り立ててタックルしてくる。
 さらに肢での強烈なキックと、鎌腕で斬り裂く攻撃をすると、ダンテは言う。
「猪突猛進、曲がったことが嫌いな熱血漢。でも時々誘惑に負けそうになっちゃう。……昔の少年漫画の主人公みたいな性格っすね。と言っても、ちゃんと防御は考えて動くみたいっすよ。 
 彼らは、窮地に陥ったローカストの剣となり、決して引く事無く、正々堂々と戦ってくるっす。けど、ケルベロスだって、無力な一般人を守る盾っす。俺、いつだって皆さんの勝利を信じてるっすよ!」
 よろしくお願いするっす! と今日もいい角度でお辞儀を繰り返すダンテであった。


参加者
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)
月隠・三日月(黄昏斬り裂く月灯・e03347)
緋川・涼子(地球人の刀剣士・e03434)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)
月日貝・健琉(紅玉涼天・e05228)
火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)
長谷川・わかな(腹ぺこロリータ・e31807)

■リプレイ


 ケルベロスらが決闘の場である運動場へたどり着いた時、熱血・キロン(コーカサスオオカブトのローカスト)は、踊っていた。

 なにやら手を振り回したり伸ばしているかと思えば、前かがみのポーズになりつつ、立派な角を、木やフェンスにこすり付けている。
 どうも、踊っているのではなく、角に引っかかったサッカーボールの残骸を取りたいが手が届かないらしい。
「……取ってあげようか?」
 長谷川・わかな(腹ぺこロリータ・e31807)が見かねて声をかける。罠かもしれない…………とはあまり思えなかった。
「おおっ!? 現れたなケルベロス!」
 ものすごくびっくりした様子で、派手に後ろへ飛び下がるキロン。若干バタつきながらも戦闘態勢をとる。
「私は二羽葵って言います、よろしくお願いします」
 決闘はまず名乗りから。二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)は自己紹介する。
「おっす! オイラ、熱血キロン!」
 律儀に名乗りを返すキロン。
「オレは月日貝健琉といいます。よろしくお願いします」
 月日貝・健琉(紅玉涼天・e05228)も、名乗られたのならばとさらに名乗り返す。
「わたしは火倶利ひなみく!こっちはタカラバコちゃん!」
 挨拶の流れに乗って、火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)とミミックも挨拶を交わす。

 大変日本的な風景であった。
 
 それはさておき、運動場の端っこには、危険も顧みずケルベロス達を応援しに来た一般人が何人もいた。
 先に彼らを避難させたいと、月隠・三日月(黄昏斬り裂く月灯・e03347)はキロンに申し出た。
「一般の方が近くに居ると、巻き込んでしまいそうだ。正々堂々とした勝負を望むなら、避難が終わるまで待ってはもらえないか?」
 緋川・涼子(地球人の刀剣士・e03434)がさらに話を続ける。
「ギャラリーがいたら戦いに集中できないし。アンタも思い切りやりたいでしょ?」
「いいぜ。オイラも正直ウザかったんだ。お前らが追っ払ってくれるってんなら願ったりだぜ」
 そう言い置いて、キロンは数歩下がってそこで待ちの姿勢に入った。即答されて逆に驚く涼子と三日月。
(「阿修羅クワガタ組がアポロンと同じグループってのが未だに信じられないわ…」)
 涼子は心の中で思う。彼らのそういう態度は好もしかった。
「早くしてくれよな!」
「はぁい、一寸お待ちくださいね~」
 土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)達は一般人の元へと走る。
 ケルベロスたちが近寄ってきたことでますます盛り上がり、まるで逃げる気の無い一般人たちに、ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)は呼びかける。
「君達の応援は受け取ったでござるよ。故に君達も離れて欲しいでござる、拙者は君達が万が一にでも傷ついて欲しくない故」
 フェロモンも駆使して下がらせようとする、その袖口からスマホのカメラが覗いていた。
「ちゃーんと避難しない悪い子は……嫌いになっちゃうぞ?」
 上目遣いの可愛いポーズで避難誘導するわかな。
「ヒャッハー! ツインテロリっ娘のあざといポーズキタ―――!」
「ちょっ、何撮ってんのよッ! おまわりさーん!!」
 一部、返って混乱をきたし始めるのを、岳がなだめすかしつつキープアウトテープを張って強引に運動場外へ締め出した。
「うぅ……恥ずかしすぎる」
「うぅ……スマホ壊されたでござる」
「うぅ……大変でした~」
 三者三様に苦労があった。

 避難を待つ間、時間稼ぎに話しかけるひなみく。
「ねえねえ、アポロンってなんであんなに絶対的なの?」
「なんでって……アポロン様だから?」
 信者に何故神を崇めるのかと聞くようなものだったろう。キロンがひなみくの質問の意図を理解するには、時間も言葉も足りなかった。
「ケルベロス側が勝ったら他のローカストの居場所を教えてほしいんだけど」
 涼子は更なる交渉を持ちかけた。
「はぁ?」
 ローカストの表情は分かりにくいが、それでもキロンの気配が酷く剣呑になった。
「そっちが条件付けるなら、こっちにも条件付けさせてくれなきゃフェアではないでしょう? どの道……」
「そんなの出来るわけねえだろ!!」
 驚くような剣幕だった。
「勘違いすんなよ。オイラ達は仲間にグラビティ・チェインを渡すために戦うんだ。それなのに仲間の居所を教えるんじゃ、全然筋が通らねえじゃんか!」
 激昂するキロンに、涼子は唖然とする。
 睨み合うそこへ、避難誘導を終えた仲間たちが戻ってきた。
「話は終わりだ。オイラと戦えケルベロス! 勝負のついた後の話なんか、今聞きたくねえよ!」


 いざ戦いに入れば、キロンはけろりとしたものだった。先ほどの激昂も忘れ、強者との戦いに胸躍らせているらしい。複眼の一つ一つに火が燃えているようだ。
「こっちから行くぜ!!」
(「デュフフ、キロン殿敗れたり! 先に攻撃するとは負けフラグでござるよ!」)
 小声で口上を垂れるラプチャーの目の前で、熱血ローカストキックが炸裂した。凄まじい威力の蹴りを、葵の鉄塊剣が受け止めていた。金属とそれに似た硬度を持つ物同士が削り合い、火花を散らす。
「……とぅっ」
 狙われないよう、ラプチャーはわざと腰引け気味にドラゴンの幻影を放つ。しかし、思った以上の火勢がキロンを襲ってしまった。
「おお、お前やるなっ!」
 燃やされても、口調は楽しそうだ。
「い、今のはなしでござるよっ」
 ささっと葵の後ろに隠れたラプチャーと入れ替わりに葵は前に出る。ぶんぶん鉄塊剣を振り回し、びしりと刃を突きつけた。
「退屈させる気も、負けるつもりもありませんから!」
 言いざま、大きく振りかぶりった剣に炎を纏わせ、叩きつける。小柄な体とは裏腹の強烈な一撃を、角で受け止めてキロンは愉快そうに笑った。
「やるな! けど、まだまだ全然足りねえよ!!」
 カラフルで派手な爆発が起こる。
「大一番の戦いです。派手に行きましょう!」
 それは岳のおこしたブレイブマインで、仲間たちの士気を高めるものだ。
「地球への恩返し、なんですよ」
 抑揚のない機械音が、健流の戦闘開始の合図だ。キロンの足元から溶岩を噴出させ炎に包む。
 三日月はサイコフォースをぶつけて爆破を試みる。しかしコントロールが上手く行かず、角の一本を浅く傷つけたのみだ。
 念力とかはよくわからん、と思わずぼやく。
 ひなみくは加速したドラゴニックハンマーを叩きつける。その一撃は正確で重い。
「いいわよ。力には力でぶつかってやるわ。そっちの方が好みでしょ」
 涼子はブラックスライムを放った。黒い槍と化したスライムが貫き、じわりと毒で侵していく。
「結果的に弱い所から搾取する! それが貴方達の矜持なの?!」
 わかなの言葉に、初めてキロンは戸惑いのようなものを見せた。そこへ捕食形態となったブラックスライムが丸呑みにする。

「ちんまかったり細かったりのくせにお前ら強いなっ!」
 キロンは踏み込み、驚異的な速度で突撃する。涼子へと向けた熱血ローカストタックルを、全身で受け止めたのは健流だ。
 三本角の間に身体を押し込んで勢いを殺して止める。それでも、鋭い切先を完全に躱すことが出来ず、一本に貫かれた。骨が削られる激痛に呻く。
「誰も傷つけさせません!」
 身をもぎ離した健流へ、岳はウィッチオペレーションを施す。強引なまでの癒しの力で、傷口を塞いでいく。
 隙をついて、フランベルジュを飛ばしざっくりと斬り裂くラプチャー。標的から外れるように立ち回っているのだが、なまじに実力のある分隠そうとするほど目立っている。
「こっちを見なさーい!」
 葵はぐるんと旋回し、鋭く電光石火の蹴りを放つ。低めの位置に放ったそれは脚の脆い箇所へ的確に当たる。痺れ、キロンは膝をついた。
「誇りは、矜持は大切な物だと学んでいます。踏みにじりたくありません」
 健流は、キロンにはむしろ好意的なのだ。阿修羅クワガタとその仲間たちのあくまで真正面から戦うその姿勢は、少なくとも、かつての自分よりはずっといい。
 心の力を魔法に変え、その全てを乗せてキロンへと強烈な一撃をぶつける。
「だが、脅威となる以上は全力で排除するのみ!」
 三日月が神速の突きを繰り出せば、迸る雷気が装甲を伝い爆ぜる。追い打ちに、ひなみくが超重力の飛び蹴りを食らわせる。
「タカラバコ、アレ、やっていいよ」
 ひなみくは今まで控えさせていた催眠攻撃を指示する。彼が何も言わないと痛いほど解ったから。
 タカラバコに幻影を見せられて肢の止まったキロンへ、涼子はサイコフォースを仕掛ける。それは狙い通りに、健流を傷つけた大角へ直撃し、一つを爆破した。

「痛ってぇ……けど、まだまだ!!」
 角の一つを失ったキロンは、腕から鎌刃を現出しラプチャーへ斬りつける。だが、多くの攻撃を受けてその切先は鈍り、庇う健流に易々と弾かれた。
「邪魔すんなよっ!」
「オレは盾ですから、攻撃の要は落とさせませんよ」
 ラプチャーはその背後からドラゴンの幻影を放つ。キロンを取り巻き、炎に包む。
「お前、強いよね……?」
 焼けつく炎に苛まれ、問いかけるキロン。
「何でござる? 拙者、ただの、お兄ちゃんと呼ばれたいだけの人生だった自宅警備員でござるよ」
 もっと殺り合いたいキロンだったが、真っ向からこないなら仕方ない。
 葵はまだ、共生の道を諦めきれないでいる。当たれば脳を揺さぶるだろう鉄塊剣での一撃を、キロンはがちりと三本角で挟み、そのまま横倒しに投げ飛ばした。
「戦いの力を! 電気ビリビリ~」
 口に出しながら岳はエレキブーストで葵を癒す。
 動きの鈍っているキロンは、健流が呼び起こした溶岩のせいでさらに身動きが取れないでいる。
「譲れないッ!正々堂々フルストレートでぶっ飛ばすんだよ!」
 発動、ひなみく・まっはぱんち!
「ぐるぐるぐる~~……喰らえッ!!」
 腕をぐるぐるするアピール動作の後、音速の拳を叩き付ける。
 喰らったところで、ゆるふわパワーで周囲にけるべろすぱわー☆(本人談)を振りまき結晶させ、二段構えのダメージを与える。
「ミニスカニーハイゆるカーデ、足元ムートンブーティで女子力油断なしなんだよ~☆」
「意味がわかんねええええええ!?」
 女子力に負けて吹っ飛ぶキロン。木の葉の如く宙を舞い、ザシャアァ! と頭から地面に落ちる。
「ふっ……」
 背を向けてニヒルに笑う、ひなみくであった。
 何とか立ち上がるキロンだが、積み重なったダメージの上に、今の一撃は大きかった。体のあちこちは傷だらけで、肢が笑っている有様だ。
「ジョ、ジョシリョク……阿修羅クワガタさんにも匹敵するかもしれねぇ……おっかねえ……」
 圧倒されているようではあった。
「じゃ、私の女子力も受けてもらおうかしら」
 涼子は、ルーンアックスを構えルーンを発動させる。光り輝く呪力と共に重く鋭い一撃を放った。とっさに身構えるキロンのガードごと、打ち砕き吹っ飛ばす。
 グランドの端まで吹き飛んだ勢いで、何本もの木を折り、フェンスへ激突した。
「はぁ……イテテ……アハハ! すげえ、つええなあ!!」
 ぼたぼたと体液の溢れる体を抑えて、それでもキロンは心底楽し気だ。

 葵はそれでも、諦めきれない。
「もしあなたに認めてもらえるくらい私達が強かったら、自分でその、コギトエルゴスムになってくれませんか……またいつか、仲良く『喧嘩』するために」
「お前が何言ってんのか、ぜんっぜんわかんねえ」
 熱血ローカストキックを葵に放つキロン。まだこれほどの力があるのかというほどの衝撃があった。
「ああだこうだと、うるせえよ! 俺になにかさせたいなら勝ってから力づくでやれ! それが『フェア』だろ? 最後まで抵抗はさせてもらうけどな!」
 交渉の余地はもうないと、最後通牒をはっきりとつきつけられた。骨が軋んで痛くて、葵は歯を食いしばる。
「いっ……けぇぇぇええ―――ーっ!」
 葵は武器を正面に構え、キロンへと一跳びに突っ込んだ。
「ハッ、それでいいんだよ!」
 まともに当たって、たたらを踏むそこへ、もうひとっ跳びに刃先を捻じ込んだ。
「そうじゃない……ないんですっ!」
 心に溢れる苦い物を堪えて、葵はアックスをぎりぎりとめり込ませる。威力は絶大で、砕かれた肉も骨も爆ぜたように吹き飛ぶ。
 堪えるキロンの足元、地面を割って、宝石の柱が出現した。
(「……キロンさんには、戦士としての誇りを胸に逝ってほしいです」)
 我ながら勝手な言い草だと岳は思う。けれど、所詮は始めから勝手と勝手のぶつかり合いだったのだ。
 それでも、自分が信じ守りたい何かのための戦いだからこそ、敵同士でありながら、互いに好もしいものを感じているのだ。
 キロンを宝石の柱で包み込む。定命の者には活力を与えても、デウスエクスにとっては魂を締め付け砕く檻だ。
 相手に敬意を払うからこそ、全力で。健流は胸部を変形展開させ、必殺のエネルギー光線を放った。
「『月隠流・無月旋脚』! 最速で――決める」
 三日月の奥義が放たれた。相手の死角に移動し、相手の傷跡を抉るような蹴りを螺旋と共に叩き込む。
 消えたと錯覚する速さで、抉り、貫き、砕く。たまらず、キロンはどうと地に倒れた。そのすぐ傍に、三日月も膝をついた。
 
 この戦いの全ての、終わりが近いと知れた。
「じゃあ、勝たせてもらうわね」
 ……さようなら。
 涼子の構えた惨殺ナイフが鈍く光る。極限まで高めた気を刃に込め、全身全霊で放つ鋭い斬撃。
「『一振りで絶ち斬ってあげるわ・・・アンタの『時』をね!』 」
 『時』を絶つ剣技で、皮膚を、肉を、神経を。深く深く、骨までも抉り断ち斬った。
「あっ……」
 葵は悲痛な声を漏らす。重力の鎖がキロンの魂を砕いたと、分かってしまったから。


 体が壊れていく。脚が一つ落ち二つ折れ、猛威を振るった角もすべて壊れて落ちた。
「ああ……コギト……なれねえわ……わりいな……」
 勝者が権利を行使できないことを詫びる。葵は何も言えずただ首を振った。
「違う形で出会ってたら、いいライバルになれてたかもね」
「ああ、あんた、強……かった……」
 よろよろと伸ばされた手を、涼子は強く握る。腕は付け根からボロボロと崩れて、涼子の握る掌だけが残って、それもやがて崩れ去った。
 角にかかってたボールの残骸は、激戦のさなか千切れ飛んでしまっている。
「もっと違う出会い方をしてたら、一緒にサッカーできたのかな……」
 思わず言葉にしてしまったわかな。
「……それ、も……面白そ、だ……な」
 キロンは、楽しそうにそう言って、それが最期の会話となった。

 歓声が聞こえる。キープアウトテープの向こうで、なおも残り続けた人々が勝利を喜び、讃えているのだ。
 ケルベロスたちは、それを遠雷のように聞いていた。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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