阿修羅クワガタさんの挑戦~歯ァ食いしばれ

作者:つじ

●超土下座
 ずどん、と。その場には不釣り合いな低音が響いた。
 腹の底を震わせるようなそれの、発生源。一つのクレーターを前にして、一体のローカストが頭を上げる。
「我が名は、タトゥリア」
 突然の轟音が生んだ静寂に、戦士の言葉が滑り込む。
「我等の命を繋ぐため、同胞の腹を満たすため、お前達のグラビティ・チェインを、頂きに来た」
 目の前の事態に固まっていた人々が、その言葉の意味を理解し、恐怖の波が不規則に広がる。その中心に立ったローカストは……しかし、そのまま動かなかった。
「とはいえ、一方的な略奪は私の本意ではない。ゆえに、守護者よ、私は貴様等を待つ」
 ぎちぎちと、タトゥリアがその顎を軋ませる。恐らくは、人で言うところの『歯噛みしている』状態なのだろう。不愉快な、そして不本意な心中を滲ませた後、そのローカストはもう一度頭を下げた。
「さぁ、早く来るが良い、ケルベロス達」

 ずどん。クレーターが、一つ増えた。

●守護者急募
「広島での戦い、ご苦労様でした。この戦いで、広島市民の被害はゼロに抑える事ができ、イェフーダーをはじめ、ストリックラー・キラーのローカストを全滅させる事が出来ました」
 労いの言葉とともに、ヘリオライダーのセリカ・リュミエールがケルベロス達に頭を下げる。
 この成果により、ローカスト軍のうごきはほぼ封じられたと言っても良いだろう。だが、苦境の中で立ち上がる者も当然、現れるものだ。
 阿修羅クワガタさんと気のいい仲間達。そう呼称される一団が、自らの奪ったグラビティ・チェインを同族に施し、さらなるグラビティ・チェイン獲得のために動き出したと言う。
「仲間のために身を削るこの行為を、私は否定的に捉える事はできません。しかし……」
 グランネロスのような対象は、そう簡単には見つからない。今回標的となったのは、人間である。
「彼等は、各所でケルベロスに対して宣戦布告を行っています」
 すぐに略奪に走らないのは、その一団の性質によるものだろうか。同じ略奪だとしても、『ケルベロス撃退の成果』という形を望んでいるようだ。
「言葉と行いがちぐはぐな印象も受けますが……これもまた、ローカストの窮状を救いつつ、自分たちの矜持を守る為の苦渋の決断なのかも知れませんね」
 言葉が同情的になりつつある事に気付き、セリカは一度首を横に振った。

「皆さんに向かって頂きたいのは、そのローカストの一体が待つ公園です」
 場所は芝生広場。多少の起伏はあるものの、障害物はほぼ無いと見て良い。決闘志向の表れだろうか。
「今のところローカストに動きはなく、一般の方々は無事避難できています。……一部、距離をとって様子を見ている方もいらっしゃるようですが」 
 敵個体は、見たところ人に似た形をしている。だが特徴的なのは、その頭部。大きく発達したそれは、巨大なヘルメットのような形をしている。
「頭の一撃で地を割る姿が確認されています。戦闘においてもそれを用いてくる可能性は高いでしょう」

 セリカからの説明にあったように、今回の敵は『窮地に陥ったローカストの剣』として、正々堂々と戦いを挑んできている。一歩も退く気は無いだろう。
 だが、負けられないのはこちらも同じ事。
「人々からの略奪を許すわけにはいきません。皆さんを、信じています」
 是非、勝利を勝ち取ってください。
 ケルベロス達にまっすぐな目を向けて、セリカはそう締めくくった。


参加者
藤咲・うるる(まやかしジェーンドゥ・e00086)
キャスパー・ピースフル(壊れたままの人間模倣・e00098)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
千手・明子(雷の天稟・e02471)
久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)

■リプレイ

●避けられぬ戦い
「生き物は生きていく以上、食わねばならぬってか」
 待ち受ける敵を目にし、日月・降夜(アキレス俊足・e18747)は思う。それはどの種族であれ同じ事。そして、それがぶつかる事も往々にしてある。
 そんな中で、今回の敵が取った行動は特徴的なものだった。今のところ被害者は出ておらず、『獲物』のはずの市民の中には、ケルベロスとローカストの様子を遠巻きに眺める者さえ居る。
「誰か倒れたら逃げるんですよ」
 久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)がギャラリーの方へと警告を飛ばした。そんな周囲の様子を把握しながら、キャスパー・ピースフル(壊れたままの人間模倣・e00098)と藤咲・うるる(まやかしジェーンドゥ・e00086)も歩みを進める。
「騎士道精神って奴か」
「いいじゃない。嫌いじゃないわ」
 大きな頭部が目立つローカスト……タトゥリアも、こちらを認めた頃合いだろうか。仲間達から一歩前に出たのは白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)だった。
「我が名は、白刀神・ユスト! 地球の人々に敢えて手をかけず、決闘を挑んできたその誇りに、敬意を示す!」
「来たか。待ち侘びたぞケルベロス達」
 タトゥリアの、頭部の割に小さな目が一同へと向けられる。
「この決闘、受けて貰えるものと見て良いか」
「ああ。その挑戦、受けて立とう」
 降夜が問いに答え、キャスパーとうるるがそれに続く。
「正々堂々と戦おう! 勝っても負けても恨みっこなし!」
「全力で戦うわ。それが私たちなりの、あなたへの誠意よ!」
 各々に武器を構えたケルベロス達と対峙し、タトゥリアもまた低く構えた。足に生えた鋭い爪が土を掴み、頭部が敵へと向けられる。
「……感謝する」
 敵同士としてはあまり相応しくない言葉を皮切りに、決闘の幕が上がった。

 開戦の合図は、互いの意地を賭けた一撃。
 超至近距離に迫ったアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)とタトゥリアは、拳ではなく額と額を突き合わせた。
「っ――ぉらあ!!」
 とても無駄な意地の見せ方。同時に叩きつけられた両者の頭部が、派手ではないが骨身を震わす音色を奏でる。
「ぐ、む……っ!」
「うわっ、痛そうやなー」
「はは、戦いのゴングにゃ相応しい音だな!」
 血風が舞い、反動でよろける二名と共に、見ていた佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)も思わず呻く。一方のユストはそれを好意的に捉えたようだが。
「アジサイ、このバカ! 石頭で張り合ってどうするの!」
 後方から飛ぶ千手・明子(雷の天稟・e02471)の叱責に、ひらひらと手を振って返しつつ、アジサイは眼前の敵に向かって獰猛な笑みを浮かべた。
「なるほど。硬い頭だな、タトゥリア。だが、この戦場じゃ2番目だ」
「そう、答えを急ぐな」
 対するタトゥリアも譲る気は無いようだ。
 似た者同士といったところか。反省の色の見えない石頭達に複雑な思いを抱きつつも、明子は追撃のために駆ける。
 もしかしたら、別の道もあったのかも知れないが……きっと、その分岐点は遥か後方にあるのだろう。
 思案を振り切り、前へ。
「遅い!」
 迎え撃とうとしたタトゥリアの『槌』を擦り上げ、明子の白刃が閃く。

●重装甲
「切れずとも潰すっ! 壱の太刀熨斗紙ッ!」
 振り下ろされた征夫の日本刀とタトゥリアの頭部が火花を散らす間に、敵を中心にディフェンダー陣が展開する。壁役を担うのはアジサイとキャスパー、そして彼のミミックであるホコロビだ。数の多寡はあれど個の実力は敵の方が上である。ゆえに彼等の頑張りは戦局に大きく影響するだろう。
 そして彼等を礎とし、後方から敵を射抜こうとする者が二人。
「全力で行くわよ!」
 それこそがこの敵への誠意だと定め、うるるが砲撃形態と化したドラゴニックハンマーから砲火を放つ。さらには爆炎を飛び越えてユストが迫り、エアシューズの一撃をタトゥリアの頭部へと打ち込んだ。
 両者の攻撃は敵の動きの阻害を狙うもの。これが、ケルベロス達の作戦の第一歩である。
「大したもんだな石頭!」
 攻撃の手応えにユストが笑む。戦闘を好む彼ではあるが、今回は少々含みがあるようだ。
「ま、後ろはオッサンが支えたるわ」
 それを察したかは定かでないが、最後尾に位置した照彦は援護のための一手を打つ。
「――Eins=Bahner_07」
 彼であって彼でない、合成音声がコードを発し、ばら撒かれたナノマシンが味方の武器に宿る。後方からならば戦況も見えやすい。テレビウムのテレ坊とともに、的確なフォローを入れていけるだろう。

 照彦とはまた別の視点で、移ろう戦況を見る目が一つ。中衛に位置する降夜の目は、敵であるタトゥリアの動きに注がれていた。
 盾のように構えていた頭を上げて前進、攻撃対象となったアジサイの前に立つ。
「分かりやすい動きだな」
 振り下ろされる頭部。タトゥリアの動きはシンプルで読みやすいものと言えるだろう。
「一旦引き受けるぜ、アジサイの旦那!」
 降夜と同様に攻撃を察したキャスパーが、その身を割り込ませて攻撃を受ける。槌に打ち付けられ、キャスパーの足元の地面が抉れる。
「くっ……!」
 わかりやすい動きではあるのだが、その威力も精度も馬鹿にできない。やはり、まずは動きを止めにかかるという作戦は正しいと思える。確信を深め、降夜は旋刃脚で以って敵の足元を狙った。
 テレ坊の応援動画とアジサイのヒールドローンが展開される合間に、キャスパーもまた行動阻害を期してフォートレスキャノンを正面から撃ち込む。手応えは確かにあった。だが砲撃のダメージがどれほどあったのか、ローカストの外骨格からは読み取りにくい。
「鍛えに鍛えた自慢の槍だ! 砕いてみせろよ石頭!」
 続けて駆け込んだユストが頭部に向けて抜き手を放ち、うるるの魔法弾が続けざまに敵を襲った。
「この程度っ!」
 だが最初の一撃は相殺され、逆にユストの指がみしみしと悲鳴を上げる。
「それなら――」
 そこに突き入れられたのは、達人の冴えわたる一撃。明子による氷の楔が、ダメージとは別にそこに残る。

「このまま、続けるわ」
「応、勿論だ!」
 果たして効いているのか、そんな不安をおくびも見せないうるるに、ユストもまた同意する。
 彼等の行動は一貫していた。スナイパーに位置する二人が敵の装甲を揺らす傍ら、氷を、麻痺を、着々と刻み付けていく。
「いい感じやと思うで? この調子で行こか」
 祝福の矢とともに照彦の声援が飛ぶ。はじめは付与効果も微々たるものだったが、キャスパーのフロストレーザー、降夜の凍、それらのグラビティが攻撃の起点から要点へ、大きく踏み込み始めた。
「これは……!」
 異変に気付き、防御の構えを取るタトゥリアだが、積まれた攻撃の影響を消し去るには少々遅い。
 征夫の放った斬撃が、タトゥリアの『盾』を弾き飛ばした。

●重戦車
 これほどとは、と小さくつぶやき、タトゥリアが前へと倒れこむ。伏したわけではないだろう、腕……もとい、前肢でしっかりと地を掴んだその姿勢こそが、おそらくはこの敵本来の構え。
 先程までよりも大きく一歩『前』へ出たローカストは、全身を撓めて地を跳ね飛ぶ。
「――ッ!」
 目にも止まらぬ速さの突撃を、受け止めたのはアジサイだった。盾代わりに構えたロッドと敵の硬質な外皮がぶつかり合い、激突音が響き渡る。しかしそれでもまだ足りず、しばらく踏み止まっていたアジサイを弾き飛ばして行き過ぎる。
 本来の攻撃目標を逸らす事には成功したが、この威力を何度も食らうのは流石に不味いか。
「気を付けろ。まぁ言うまでも無いだろうが」
「良いから、前!」
 背後に向けたアジサイの警句に明子が短く応える。駆け抜けたタトゥリアは、既に芝生を蹴立ててこちらへと頭を向けている。
「出番やでテレ坊!」
 その攻撃を引き付けるべく、サーヴァントが画面を激しく明滅させる。その間に、照彦はマインドシールドを張り、アジサイはシャウトで以って傷を癒しにかかった。

 キャスパーもまたそれに加わり、激化する攻撃に対して戦線維持に努める。前衛が凌げば、活きてくるのはその後ろ。
「斬り広げるわよ、ユストさん!」
 明子の刃が、これまで刻んできた傷をなぞり、広げる。肢に刻まれた傷の一部がついにその奥へと達し、がくんと敵の体が傾いた。
「――応!」
 突進の止まった相手に、ユストが迫る。狙いはまたもその頭部。もはや意地の勝負である。
「突き穿てッ! 黄道十二星剣――「サダルメルクの戮星槍」!!」
 折れてはいるがまだ砕けてはいない。何度目かになる『槍』は、ここに至ってついに敵の盾を貫いた。
「ぐおおっ!?」
 タトゥリアが大きく仰け反る。その自慢の頭には、小さな穴と、それを中心に広がる巨大なひび割れが生じていた。

「ローカスト・ウォーでは全ての民がゲートを越えたと聞く。その中には戦士でない民も含まれている筈だ」
 一時的に攻撃の止んだそのタイミングで、もう一度後方に下がったユストが問う。それは、彼にとっての唯一の気がかり。
「……お前の知る中に、蘇生儀式による定命化を望む者は居るか」
「……」
 タトゥリアは答えなかった。
 ユストの言わんとする所は敵にもきちんと伝わっている。だが、それに乗るという選択はタトゥリアにはあり得ない。
 彼はケルベロス等に挑戦状を送った。それは、縋りつくためではないはずだ。
 その眼には迷いは見えない。再度地を掴むタトゥリアに、ケルベロス達が応戦する。

 ローカストにも様々な個体が居る、そう改めて降夜は思う。阿修羅クワガタさんと仲間達の気質については、特に。しかし、だからこそ――。
「手を抜くつもりは、ない」
 ジグザグスラッシュ。降り積もった氷を、重ねられた傷を、さらに深く刻み込む。敵の動きはさらに鈍り、突進を外した勢いのままタトゥリアが転倒した。
「これで最後、一気に叩き込むわよ!」
 口を突きかけた謝罪の意の言葉を飲み込み、うるるが宣言する。
 アジサイの放った電光が敵を射抜き、征夫の唐竹割がひびの入った装甲を両断。
 そして、『恋は罪悪』。うるるが身の裡に蓄えてきた病魔を氷柱の形で解き放ち、敵を地へと縫い付けた。
 砕けた頭部の破片が落ち、芝生の上に転がる。
「――届かぬ、か」
 それを目にしたローカストは、ついに抵抗の動きを止めた。

●戦いの終わり
 勝敗は決した。誰の目にもそれは明らかだった。
 武器を収めたケルベロス達の中から、明子が敵の側へと駆け寄り、膝をつく。そして倒れたローカストに乗った芝生や土へ、手を伸ばした。
「どなたかに託したい言葉はおありでしょうか? きっとお伝えいたします」
 泥に塗れたまま死なせはしないと動いた彼女は、そうして汚れを払いながら問いかける。
 確かにこの相手は、先程まで命を懸けて戦ってきた敵ではある。しかし彼女と同様に考えたのは一人ではないらしい。降夜や征夫も無言ではあるが、その眼は『最期の言葉』を促していた。
「……無いな。強いて言うなら同胞達への謝罪だが」
 少し迷うような気配を見せて、タトゥリアはそう口を開いた。
 そもそも、本当に仲間たちの事を思うなら、形振り構わず略奪に走るという手もあった。だがそれでも彼は勝負という形に拘った。拘るしかなかったと言うべきか。
「そうか」
 半ば予測は出来ていたか、アジサイがタトゥリアの言葉に頷く。
「ただ、タトゥリアは誇り高い戦士だった。その言葉は、必ず伝える」
「そうだね。誇り高い戦士だったって、僕たちもずっと覚えてるから」
 キャスパーもまた、そう続ける。
「……ああ」
 思わぬ言葉に、タトゥリアが戸惑うように瞳を揺らす。だがその眼の中の瞬きも、少しの後に薄れていった。
 敗北の悔しさも、無念さもあっただろう。だが、彼は少なくとも、誇りを胸に最期を迎えられたはずだ。
「敵だから言っていいのかわかんないけど……」
 消え行く亡骸へ、キャスパーと、そして末期の酒を掲げたユストが別れを告げた。
「人間の為に、宣戦布告してから正面切って僕達と戦ってくれてありがとう」
「あんたもまた、サムライだったぜ――」

「さて、そろそろ帰ろか!」
 静かな空気をあえて破り、照彦が仲間達に声をかける。
「……ええ、そうね」
 うるるもそれに頷いて返す。公園に刻まれた激闘の跡へとヒールを施し、一同は顔を上げて帰路へとついた。

 ケルベロスと、ローカスト。それぞれの立場の違いから生じた必然の戦いは、こうして幕を閉じた。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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