阿修羅クワガタさんの挑戦～巌流島決戦

■リプレイ

●阿修羅クワガタさん、対話する
「おう、やっと来たか」
　巌流島の中心。地べたにどっかと腰を下ろし、胡坐をかいていた阿修羅クワガタさん。ケルベロス達が降下してきたのに気付いて顔を上げた。
「ちゃんとこっちの要求に応えて３０人、雁首揃えてきてくれたか？　ひのふの……数えるの面倒くせえな」
「そこは責任持って自分でちゃんと数えるんだね。お前が呼んだんだから」
　呆れた様子で言い放つアビス・ゼリュティオ（輝盾の氷壁・e24467）の言葉に気分を害した様子もなく、頷いてみせる。
「まあ、確かにそうだな。おう、数えるからあんまり動くなよー……なんかくっついてるオマケは数えなくていいんだよな？」
「ああ、サーヴァントは別カウントだぜ。たいやきは大切な相棒だけどな」
　霧島・カイト（凍護機人と甘味な仔竜・e01725）は自らのサーヴァントであるボクスドラゴン、そのもちもちの肌を撫でながら答える。
「あいよ……よし、確かに３０人だ！　それじゃあさっそく死合うとするか！」
「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ！」
　やおら立ち上がろうとする阿修羅クワガタさんを見て、慌ててシエル・アラモード（碧空に謳う・e00336）が止めに入る。
「僭越ではございますが、わたくしたちのお話も聞いて頂けますか？」
「なんだよ、水を差そうってのか？」
　出鼻をくじかれて不満そうな阿修羅クワガタさんに、神崎・晟（剛毅直諒・e02896）が言葉を重ねる。
「戦いの前に、我々が勝利した場合の報酬を決めさせてもらおう。正々堂々と言うからには、此方の勝利報酬の条件も飲むのが筋というものだろう？」
「んー……確かに、それが筋か」
　上がりかけた阿修羅クワガタさんの腰が再び下がる。
「そういう面倒な物事はさっさと片づけとくに限る。会話しながら殺し合いとか、俺にはそんな小難しいことはできないからな」
　首を傾け、関節を鳴らしながら阿修羅クワガタさんはケルベロスたちに問いかける。
「それじゃあ、その要求ってのを言ってみてくれ。できるかぎりの条件を呑もう」
「まずは阿修羅クワガタさん、さん……？　えっと、何と、お呼び、したら……？」
　おずおずと問いかけるカティア・アスティ（憂いの拳士・e12838）。阿修羅クワガタさんは気にした風もなく答えた。
「別に好きに呼んでくれて構わないぜ」
「では、クワガタさん、で……」
　ジャブのようなけん制のあと、ずばり、と切り込んだのは神籬・聖厳（日下開山・e10402）だ。
「あまり無茶な要求をしてもしょうがないしの。『グランネロスの中枢コア』でどうじゃ？」
　聖厳の要求に阿修羅クワガタさんの目が細まる。
「しょっぱなから無理な要求じゃないか」
「どうして無理なんだ。今、あんたがコアを持ってないからか？」
　グランネロスのコアユニットの処遇を気にしていた北條・計都（燃え猛る凶星・e28570）が後を引き継いだ。
「あのな。ようやく手に入れたグラビティ・チェインだぞ。あれを奪われたら、こっちとしたら守らなきゃいけないローカストの民が死んじまう」
　阿修羅クワガタさんは腕組みをし、しばし沈思黙考する。
「……まあ、その要求をなんとか聞いてやれないこともないぞ」
　出てきた言葉に、ケルベロスたちが息をのんだ。
「その代わり、交換条件としてローカストの民が必要最低限生き残ることができるグラビティ・チェインをよこしてくれ。この条件が呑めるか？」
　顔を見合わせるケルベロスたち。
　月詠・宝（サキュバスのウィッチドクター・e16953）が口を開いた。
「それは無理だろう。グラビティ・チェインを渡すということは、俺たちが守るべき人の命を差し出すということだ。大体、そのように重大なことを俺たち３０人だけで決めるわけにはいかない」
「そうか。だったら悪いがその要求は呑めないな」
　阿修羅クワガタさんのすげない答え。
　阿修羅クワガタさんはローカストを守るため、ケルベロスたちは地球の人々を守るため、それぞれ動いている。グラビティ・チェインを巡る話はどこまでいっても平行線だ。ふたつの線が絡み合って１つの線になる未来は用意されていない。
「カッカッカ！　では勝利報酬はアポロンの居場所、ではどうじゃ？」
　古風な言葉遣いと共に別の報酬を要求したのはル・デモリシア（占術機・e02052）だ。
「そうだな、居場所・能力・作戦……そのあたりを教えてもらうことはできないか」
　晟もルの言を後押しする。
「そりゃまあ、居場所とかは知ってるぜ？　でもなあ……」
　頭のハサミを撫でつけるようにしながら渋る阿修羅クワガタさん。
「でも、なんですか？」
　佐久間・凪（無痛・e05817）が勢い込んで尋ねると、阿修羅クワガタさんは首を横に振った。
「やっぱり教えられないな。守るべきローカストの連中が不利になっちまう」
「そんな……」
　落胆の色を隠せないレイラ・クリスティ（氷結の魔導士・e21318）を見て、阿修羅クワガタさんもすまなそうにハサミを掻いた。
「悪いけどよ、俺はローカストを守りたいってのが１番なんだよ。個人的には強い奴と戦いたいってのもあるけど、やっぱり揺るがない根っこはそこだろ」
「ローカストを守りたい、か……」
　スライ・カナタ（彷徨う魔眼・e25682）の灰のようにくすんだ瞳が阿修羅クワガタさんを射抜く。
「ストリックラー・キラー達は戦いを放棄した同類を殺して利用したそうだ、アポロンに命を捧げろと……今もそれは続いている。なのにお前は何をしている、此方を襲う前に同類を殺すお前達の神を止めるべきじゃないのか」
「私も阿修羅クワガタさんにしてほしいことがあります」
　スライの言葉を受けて、口を開いたのはアーニャ・シュネールイーツ（時の理を壊す者・e16895）だった。
「ローカスト内でこれ以上の争いを望まない者もいるのであれば、それ等の者達を無理に戦わせる様な事は止めてほしいです。そして、もし地球で共に生きる意思があるのなら、こちらは受け入れる事もできる旨をその者達に伝えてほしい……そして、阿修羅クワガタさんには、イェフーダーやアポロンから、そういった者達が酷い仕打ちを受けるのを止めてください。貴方だって戦闘に勝ったらグラビティチェインを奪取する、と要求をつけているのですから、条件は対等ですよね？」
　アーニャの長い言葉を、阿修羅クワガタさんは黙って最後まで聞いていた。
「ああ、やつらのことも話には聞いてる」
「ちなみにイェフーダーが持っていたコギトエルゴスムは此方側が幾つか確保してる。アポロンを倒した後になるだろうが、彼らを宝石から孵すことも考えてっからな」
　だが、レクス・ウィーゼ（ウェアライダーのガンスリンガー・e01346）の言葉には口をはさんだ。
「……つまり、人質を取ってるっていいてえのか？」
　それまでなんだかんだ穏やかだった阿修羅クワガタさんの雰囲気が剣呑なものに変わる。
「そうじゃない。罪のないローカストが悪事に加担させられないよう保護していると思ってくれ」
　刺激しないように、慎重に言葉を選びながら宝が弁明した。
「俺の申し出を受けてくれた気のいいおまえらのことだ、信じたいけどよ……同胞が生殺与奪の権利を握られてるってのはいい気はしないよなあ」
　阿修羅クワガタさんは首を巡らせ、周囲のケルベロスたちをぐるっと見回した。
「でもまあ、ここはおまえらの正義を信じるよ。何事も信じなきゃ始まらねえからな」
　張り詰めた空気が、また僅かに和らいでいく。
「アポロンにしても、今は信じるって決めたんだ。向こうには向こうなりの考えがあるんだろうし、頭ごなしに否定しようとは思わねえ。だいたい今は仲間同士で争ってる場合じゃねえ。神さんが間違ってたらブン殴って止めてやるけどよ、まずはグラビティ・チェイン不足っていう種族全体の危機を乗り越えてからだ」
　その口ぶりからは、阿修羅クワガタさんもアポロンのやり方にいい気はしていないということが感じ取れた。
「俺にとって確かなのは、あいつらも含めて守るべきローカストだってことだけだ」
　揺るぎない、意志のこもった言葉。
「ローカストにだって悪いやつもいれば良いやつもいる。同胞を殺す奴もいればアポロンにすがらなきゃ生きていけねえ奴もいる。俺らみたいな好き勝手やってる部隊が出るくらい、一枚岩じゃない。それでも、全部ひっくるめて俺は奴らを守りたい。おまえらを倒したら、次は奪われたコギトエルゴスムも返してもらいにいくぜ」
「清濁併せ呑む、か……まったく、本当に上の立つ者としては素晴らしい心構えだね」
　小華和・凛（夢色万華鏡・e00011）は、だからこそ惜しいという言葉は胸の内にしまい込んだ。
「情報や手助けも無理かー。じゃあこっちが勝ったら定命化でいいよね」
　リーナ・エスタ（シェルブリット・e00649）は、あくまで軽い口調で、そう提案した。
「定命化か、聞いたことはあるが……一応隊長をやってる俺が自分だけ降伏するってのもなあ」
「仲間への裏切りと感じるかもしれないけど、生きていればローカストを救う道が見つかるかもしれないよ。それに賭けてみてもいいんじゃないかな？」
「確かに色んな道を模索するのは生き延びるために必要なことだろう。１対３０とはいえ自分で決めたルールだしな、力を認めて定命化すればおまえたちも満足するんだろ？」
「うむ！」
　力強く肯定するル。なんとなく、いい感じに話がまとまりかけたところだった。
「ところで、定命化ってどうすればできるんだ？」
　阿修羅クワガタさんの質問に、一同が静まりかえる。
「簡単よ。地球を愛せばいいのよ」
　カロン・カロン（フォーリング・e00628）の説明に阿修羅クワガタさんは首をひねった。
「いや、俺には難しいっていうか……その、ふわっとしてるな。もうちょっとさ、具体的にこうすりゃ定命化できるーってのはないのか」
「もう地球サイコーって思うとか、そういう感じかなあ？」
「かなあ？　って疑問形で言われても困るんだが」
　リーナにツッコミを入れる阿修羅クワガタさん。
「思ったんだが、個人がやろうと考えてもできるもんでもないんじゃないか、定命化って。少なくとも俺はできる気がしないぞ」
　確実に定命化できるかもわからない、不確かなものでは報酬にはできない。交渉はまた、振り出しに戻ってしまった。
「あれもダメ、これもダメ……お手上げだな」
「いやいや諦めんなよ。確かにお互い譲れないものがたくさんあるけどよ、そこはこう、うまい具合に着地点を見つけてすっきりした気持ちで戦いたいじゃねえか」
　交渉を持ちかけた側である晟が匙を投げかけ、持ちかけられた阿修羅クワガタさんがそれを引き留めている。奇妙な光景だった。
「じゃあアレだ、技とか教えてくれないか」
「おう！　それくらいなら全然いいぞ！　俺に勝ったら頭についてるハサミを使った技を伝授してやろう！」
「残念だけど僕たちは頭にハサミがついてないんだよねぇ」
　ピジョン・ブラッド（銀糸の鹵獲術士・e02542）がツッコミを入れる。
「技も無理か……いったい、何なら対価として提供できるんだ？」
　晟の問いかけに、阿修羅クワガタさんは答えない。
「………はぁ」
　溜め息をついて、ゆっくりと立ち上がった。
「悪いなあ。なんとかおまえたちに対価として与えられるものはないか、俺なりに無い頭使って考えてみたんだが……」
　場の空気が、さっと変わったのがわかる。その一挙手一投足に、漲る闘志を込めている。
「『俺に勝った』という経験くらいしかなさそうだ。それで……そんなみみっちい報酬でも、やりたくてうずうずしてる連中も、いるんだろ！？」
　凄みのある声。衝撃で髪が揺れるほどの気迫にも、ドルフィン・ドットハック（蒼き狂竜・e00638）は全くひるまずにドラゴンの装甲で作られたガントレットを構えてみせた。
「カッカッカッ！　その通りじゃ！　細かいことはいい！」
　強敵と相見える、それ自体が至上の報酬だと言わんばかりに嗤うドルフィン。
「ああそうだ！　ちまちま考えるのはやっぱり俺の性に合わん！　だいたい俺が負けなきゃいいんだ！」
　もはや問答は不要とばかりに戦闘態勢を取る阿修羅クワガタさん。
　ついに、阿修羅クワガタさんが修羅になった。

●空けられた突破口
　ケルベロスたちは、戦いに向けそれぞれ思い思いの動きを取る。
　カイトはバイザーを下げ、口を真一文字に結ぶ。
　計都は着ていた青いパーカーに手をかけると、一気に脱ぎ捨ててバトルクロスを羽織った。
「――変身」
　囁きと共に全身を炎に包まれた姿に変身する。
（負けるわけにはいかない……無事に帰って恋人の誕生日を祝って、一緒にハロウィンを楽しむ予定があるんだからな……！）
　全身の炎に負けないくらい、心の中も約束された幸福な未来に向けて燃えていた。
「阿修羅クワガタさん、敗れたり！」
　鍋島・美沙緒（神斬り鋏の巫女・e28334）が宣告する。巌流島が舞台ということで宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘になぞらえたかったのだろう。
　佐々木小次郎のように先に島で待っていた阿修羅クワガタさん、宮本武蔵側は数人がかりで佐々木小次郎に勝ったとも伝えられている。
　奇しくも似たような状況だが、阿修羅クワガタさんは鞘を捨てていない。というか刀は使わない。なので敗れる理由など美沙緒は考えていないのだった。
「阿修羅クワガタさん！　今日が初めましてだけど、もうあなたの命運は尽きるのだ！　なぜなら今のわたしは阿修羅すら凌駕する！」
　わざわざ近くの岩に上り、高所からビシッと指さし宣言するリーナ。
「今回はお前も火力メンバーだ、頼んだぞ」
　宝は『白いの』と名付けたナノナノをひと撫でする。宝の檄へ答えるように伸びるナノナノ。と、次の瞬間むんずと頭を掴まれる。
「それじゃ、ポジションにつけ」
「！！」
　宝はナノナノを後方、スナイパーのポジションへと投げ飛ばす。そして自分はディフェンダーとして前衛に残った。
「さて、ローカスト最強の一角か。どれほどのものか……」
　その場には神藤・聖一（白貌・e10619）と彼のビハインドであるツバキも共にいた。
　阿修羅クワガタさんは四方八方をケルベロスたちに囲まれている。身を低くしてどこからの攻撃でも対応できるように気を張っているのは明白だった。
　その所作には隙がない。
「ふむ、弱者を弄るのを厭い、３０人を相手取ろうとは敵ながら天晴――豪気な男よ」
　感心したかのように竜峨・一刀（龍顔禅者・e07436）が頷く。心意気だけでなく、ケルベロス３０人を同時に相手にできる実力も兼ね備えている。
「アンタには名乗っておきたくなるぜ、ランドルフだ！　ランドルフ・シュマイザー！」
　名乗りと共にランドルフ・シュマイザー（白銀のスマイルキーパー・e14490）が跳びかかる。
「そうかい！　忘れない間は覚えとくぜ！」
「いきます……！」
　同時に東雲・凛（角なしの龍忍者・e10112）も跳躍。いきなり持てる力を全て吐き出すかのように己の技を繰り出していく。
「この一撃で……沈め！！」
　空中、滑空するように剛悍螺旋斬を放つ。螺旋の力で周囲の大気が渦巻く。
　そこにランドルフの飛び蹴りも加わる。星の力を込めた一撃。二筋の彗星が地上の阿修羅クワガタさんへと激突する。
　裂帛の雄たけび。
　阿修羅クワガタさんは避けようともせず、２本の腕で２人の攻撃を受け止めていた。
　片手でランドルフの足首を掴み、もう片方の手で東雲・凛の日本刀の切っ先を受け止める。
（「貫け、ない！？」）
　東雲・凛の赤い瞳に阿修羅クワガタさんの背後を狙うように襲い掛かるケルベロスたちの姿が映る。
　阿修羅クワガタさんは、捕まえた２人を振り回して武器にしようとした。
　刹那、東雲・凛は日本刀を手放す。ランドルフは足首を掴まれていて、避けられない。
「女王の唄よ。ありがたく聴きなさい」
　カロンのグラビティがすでに発動している。魔術によって作り出されし女王が両腕を開いて阿修羅クワガタさんを抱擁しようと狙っていた。
「大丈夫よ、私の腕を信じなさいな」
　女王はランドルフをすり抜けて阿修羅クワガタさんだけを包み込む。歌声が阿修羅クワガタさんの精神を蝕んでいく。一瞬弱まる拘束、ランドルフはすかさず脱出する。
「チッ、予想外だな」
　シエルの轟竜砲を片手ではじき返しながら、阿修羅クワガタさんは舌打ちをした。
「本当はあの刀が俺の手を貫通して、抜けずに接近したところで顔面をぶん殴る予定だったんだが。お前ら想像以上に弱いな」
「その余裕、いつまで持つかしら」
　ノルン・コットフィア（星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080）は遊撃手として、後方から様子をうかがっていた。
　ノルン自身がフロストレーザーで阿修羅クワガタさんを氷漬けにしているように、他のケルベロスも同様に阿修羅クワガタさんの状態を崩すことに集中している。
「普通にやっても傷つけられないのはわかっています。ですから、今は……！」
　アーニャは生み出したゼログラビトンで、阿修羅クワガタさんの武器であるハサミの動きを封じようとする。
「足をもぎ、搦め手で攻めるのじゃ！」
　ドルフィンも殴りつけたい気持ちを抑え、ジャマーとしてプレッシャーをかけていく。
「そこだ」
　言葉少なに、バスタービームを放つスライ。同様に、確実にプレッシャーでその動きを鈍らせる。
「おらあっ！」
　阿修羅クワガタさんの一撃は強力だ。腕を刀のように振り回し、ミミックを一刀両断する。
「防御に専念していたわしの千両箱を軽く倒すとは、やはり手強いのじゃ、敵ながらあっぱれじゃな」
　後衛にいたキーリア・スコティニャ（老害童子・e04853）は悔しさを見せるよりも先に関心するほどだった。
「ディフェンダーのサーヴァントが一撃か……おいジャマーとクラッシャーども！　俺は庇わねえからな」
　前衛で防御しながら燦射院・亞狼（日輪の魔壊機士・e02184）が宣言する。
　下手に中衛や防御の薄いクラッシャーを庇うと一撃で致命的なダメージを負いかねない。
「はぁ？　おまえ本当にディフェンダーかよ」
　一番命中率の高いドラゴニックスマッシュでけん制しながら、ミツキ・キサラギ（燎火の天狐・e02213）は半ば呆れたように亞狼へ文句を言う。
「うるせぇよ、生き残ってナンボだろうが。これも勝つためだ、反論は受けつけねぇ」
「あぁ、そうかい！」
　スカルブレイカーに攻撃を切り替えながら、ミツキは会話を打ち切る。文句を言うのも疲れるし、なにより自分と基本理念が同じだった。
（「生き延びれば、その分長く戦える……！」）
「亞狼の言うことは、わかるよ……悪いけど」
　同じディフェンダーの小華和・凛もサーヴァントまではかばう余裕がなさそうだ。ミミックには申し訳なく思いつつ、それでも自身のサーヴァントである白雪と共に前を向いた。
「なんだなんだ、仲間割れかあ？　もっとこう力を合わせろよ、１＋１は１０にも１００にもなったりしねえのか」
　阿修羅クワガタさんの頭にあるハサミが猛威を振るう。
「リーナ！」
　狙われているのはクラッシャーのリーナ。カイトは自分とサーヴァントのたいやきをみて、即座に判断する。
「ここは俺だ！」
　カイトもたいやきも同じディフェンダーだ。だが、先ほどミミックが１撃でやられているし全てを破壊するような乱暴な攻撃に対する耐性ならカイトのほうがある。
「う、ぐうっ……！」
　圧倒的な暴力が浴びせられ、カイトが苦痛のうめきを上げる。
「リーナ……君は無事か」
「カイトさん！」
　常日頃のリーナなら、自分のことは『リーナたん』と呼べと注文をつけたかもしれない。だが、その一撃はそんな軽口も叩けないほど、のっぴきならない威力だった。
　ハサミが、カイトの胴を荒々しく切断しかける。それでも、カイトはまだ立っていた。
「問題ない……」
　言い捨てて、ちらりと後ろに目をやった。
「頼もしい、メディックたちがいる……」
　バイザー越しの視界。朦朧とする意識の中、２人の女神が手を差し伸べている。
「く……傷が深い……さくらさん、同時に回復を！」
「大丈夫、わたし達なら勝てるわ」
　レイラと七星・さくら（桜花の理・e04235）のウィッチオペレーションが、共鳴して一気にカイトを癒していく。
「マギーも、お願いだよ」
　ピジョンの声に応えて、テレビウムも応援動画でカイトを回復する。
　一気にカイトの体力を半分以上も回復した集中治療に、ルは満足気に笑った。
「よしよし、役割分担じゃ」
　合図のように腕を上げ、後ろからちびルル軍団をけしかける。
「奴には近距離の、しかも単体攻撃しか持っとらん！　その急所をつくんじゃ！」
　一斉に攻撃を仕掛けるスナイパーたち。その数サーヴァントを除いて１０人。あつまったケルベロスのうち、３分の１が該当する大所帯のポジションだ。
　それもそうだろう、前衛が壊滅しないかぎり攻撃も飛んでこないし、明らかに格上な阿修羅クワガタさんへの攻撃命中率も高い。
「皆さま、一斉攻撃でまいりますわよ！」
　音頭を取るのはシエルだ。充分に足止めとプレッシャーを与えたところで、シャドウリッパーを使いその傷口をジグザグに切り開いていく。
「ソフィア、捕縛も充分だろ。んじゃあ次は炎だ。飛んで火にいるなんとやら、ってな！」
　自らのサーヴァントであるビハインドに指示しながらレクスも与える状態異常を変更していく。
「ぬるいぬるい！　この程度の炎、屁にもならん！」
　豪語する阿修羅クワガタさん。
「全く、君は僕の期待を裏切らないね！」
　大仰な言葉と共に、抑えきれない喜びをぶつけるピジョン。
「今まで勝手に死なないでいてくれてありがとう！　さあ、僕が死ぬか君が死ぬか、命を賭けたベットと行こうじゃないか！」
　ファミリアロッドを振りかざし、ヤモリを飛ばす。
「これは避けられるかの？　ほっ！」
　死角から放たれるキーリアの次元刀。
「これでもまだ、立っていられるかのう？」
「硬いけど、断ち切るんだよ！」
　美沙緒と聖厳のジグザグスラッシュ。
　４人同時のコンビネーションは、全て見事に阿修羅クワガタさんへと直撃した。
「今なら！」
　ランドルフが吠える。序盤でかわされた、いや、正確には受け止められたスターゲイザー。
　攻撃も足止めが効いている今なら当たりやすくなっている。満を持してオウガメタルを己の拳にまとわせる。
「十八番、いくわよっ！」
　呼吸を合わせ、ノルンも彼に続いた。
「おらぁッ！」
「――――颯壊旋撃っ！！」
　並び立つ２人。戦術超鋼拳とグラビティ・チェインを圧縮した一撃。その直前、間を縫うようにして無数の弾丸が飛んでくる。
「一発で駄目ならもう一発、それでも駄目なら全弾撃ち込む……！」
　計都の銃弾だ。師匠の教えを胸に、２人の動きを予測して間隙をついた連射。
　弾丸がハサミを穿ち、拳と爆発が阿修羅クワガタさんの腹部、骨格を破る。
「刀も通らなかった装甲が……！」
　歓喜の声を上げる東雲・凛。腹に穿たれた小さな穴だが、それは突破口となって光を差し込んできた気がした。
「あいたたたっ！」
　全く痛そうではない声をあげながら、阿修羅クワガタさんは笑っていた。
「やっぱそう来るよなあ。今までも色んな技を絡めて倒そうとしてきた奴らがいたが……」
　空いた穴は、すぐに塞がる。オウガメタルによってアルミニウム鎧化し、強化されたのだ。その姿はさながら戦国武将の甲冑のごとくだ。
「それすらも、力で全部叩き潰してきたんだよ、俺は」
　全身をあらゆる状態異常に蝕まれながらも、阿修羅クワガタさんは笑い続けていた。

●巌流島、決着
「ここま、で、か……」
　最初に落ちたのは、積極的に庇っていたカイトだった。
「回復されるより、でかいダメージを与えりゃいいんだろ？」
　阿修羅クワガタさんの腕が、カイトの腹を貫いている。彼のボクスドラゴンが、必死で腕を引き抜こうとしていた。
「たいやき……後は頼む……」
　ヒールでは回復しきれないダメージが蓄積し、カイトの意識が消えていく。
「ここまで俺の攻撃を受けて良く立っていられたな。カイトとか言ったか……おまえ、たいした男だぜ」
　称賛の言葉がカイトの耳にまで届いたのか、それはわからない。代わりに吠えたのは　リディア・リズリーン（希望を謡う明星・e11588）だった、
「もっと熱く！　燃えて燃えて、もっと輝け！！」
　リディアが己の魂を燃え上がらせる。自らと同じ役目、ハサミの一撃を意識して庇っていたカイトの後を引き継いでみせる。そう言わんばかりに赤い瞳が焔で揺れる。
　腕が抜かれ、前のめりに倒れるカイト。
「これ以上は……！」
　それを見て次に仕掛けたのは凪だった。
「こっちですよ！　仲間は私が守ります！」
　自らの怒りを伝えるように大きな声を張る。
「『荊棘』！！」
　身に着けたエアシューズの名と同じ技名。氷の棘を纏った一撃が、阿修羅クワガタさんの側頭部へと叩き込まれる。
　超高速で振り抜かれた衝撃で氷の棘が満開の薔薇が如き開き、傷口を広げる。
　阿修羅クワガタさんが自身を意識するように見せる撒き餌の攻撃。
「その挑発に、乗ってやろう」
　ぞくり、と凪の身体が総毛立った。超強運で生き残ってきたからこそ、鋭敏な死への嗅覚。
　顔を片手で捕まれる。両足が地面から浮き上がる。その膂力は凄まじく、引き剥がすこともできない。
（「でも、仲間が大丈夫なら……役目は果たせます……！」）
「当たって、ください……！」
　阿修羅クワガタさんの身体が揺れた。スミレの花を模したエネルギー体が、風に揺られるようにゆらゆらと宙を舞い、阿修羅クワガタさんに直撃する。
　カティアだ。凪がやられようとしているのを阻止するべく、全力で攻撃を続けていく。
「人の、命を、奪うと、いうなら……！」
　単語を区切りながら、他人に比べれば小さい声ながら……それでも、必死の決意を込めて攻撃していく。
「……私は、それに、抗います……！　正々堂々、と……！」
「ぬう……！」
　爆撃を受けて腕が下がる。凪のエアシューズが、阿修羅クワガタさんの腹部に突き刺さっていた。
「ありがとう、カティアさん……駄目ですね、守るべき私が逆に守られるなんて」
　脱出しながらカティアへと礼を述べる。
「みんな、一緒に、生きて……！」
　他人とのコミュニケーション能力に乏しいカティアの言葉は足りない。だが、そこに込められた意思は確かに伝わっている。
　笑みを浮かべようとした凪だが、まだ災難は過ぎ去っていなかった。
「その意気やよし！」
　刀のような腕の一撃がカティアへと襲い掛かる。避けきれない。刹那、白い影が間に割って入った。
「っ、ふう……これは厳しい、な」
　白いスーツが、幾度目かの血で染まる。聖一だ。これ以上戦闘人数を減らさないよう、クラッシャーであるカティアを落とさないよう、ためらいなくその身を投げ出していた。
「神藤、さん……」
「死にはしないと、思ったけれど……想像以上、だな」
　聖一の白い肌が、さらに青白くなる。それでもカティアを励ますべく、笑みを顔に張り付けていた。
「大丈夫、私は難病を克服したことだって、あります……これ、ぐらい……」
　紙一重で、聖一は生死の境を踏みとどまる。素早い攻撃に耐性を持っていたのが大きかった。
「ちょっと、これくらいで倒れないでよね」
　薄れゆく意識の中、ツンケンした少女の声がやけにはっきり聞こえる。
「お前が倒れると、同じ役目の僕が余計に厳しくなるんだよ」
　アビスが、マインドシールドで聖一の傷を癒していた。聖一の視界がはっきりしてくる。憎まれ口めいた言葉とは裏腹にアビスの眉は下がり、心配な気持ちでいっぱいという様子だった。
　彼女のマインドシールドだけでは自らの体力の１割も回復していない。それでも聖一が自分の片腕を動かすには充分だった。
「ツバキ、支えろ」
　サーヴァントに身体を支えてもらったあと掌に白い魔力を作り出し――
「不要なモノには消えてもらう」
　自らの腹部に叩き込む。痛みや恐怖、己を殺す弱気の元を白光掌で吹き飛ばした。
「今ので落ちぬ、か……」
　阿修羅クワガタさんの腕は封じされている。その効果もあったのだろう。
　炎であぶられ、氷がきしみ、そのアルミニウムの具足で覆われた足が僅かに傾ぐ。
　その変化を、見逃さない男がいた。
「見えたぜ、お前の弱み」
　レクスだ。カピパラのウェアライダー、ともすればユーモラスに見える彼の右目には通るように一筋の傷がある。それは激戦を潜り抜けた元傭兵の証でもあった。
「どんな装甲も何度も攻撃を喰らえば傷の一つ位負うし、体の中はどんな奴だって鍛えられねえさ」
　阿修羅クワガタさんは弱っている。度重なるスターゲイザーの足止めも、縛りも、効いている。
「さあ弾丸のフルコース、ご馳走してやるぜ」
　銃弾を阿修羅クワガタさんの足へ一極集中させる。精密な射撃が、阿修羅クワガタさんの具足を割った。硬質な音と共に金属の破片が舞う。
「ぐうっ……！　遠くからちくちくと……！」
「ぁ？　文句あんのかよ」
　亞狼が背中に浮かんだ黒い日輪を見せつけ、挑発する。怒りを貯めさせて、平常心を失わせる。
「なんだ、庇う気あるんじゃねぇか」
　からかうようにミツキが笑う。亞狼は聖一を守るように立ちはだかっていた。
「他人にどう思われようが関係ねーよ」
　黒い日輪をかざしたまま、亞狼は振り返ろうともしない。会話で手を止めるようなことはしない男だった。
「言うねぇ」
　ミツキの口元に笑みが浮かぶ。
「それじゃ、俺も負けてられねぇな」
　幾枚かの符を指に挟むと、同時に発動する。ミツキの右腕に旋風が渦巻く。
「これも符術のちょっとした応用だ……」
　今なら絶対に当たる。確信と共にミツキは右腕を振り抜いた。
「窮奇！　陣風爪ッ！」
　鋭い風の刃が阿修羅クワガタさんの外骨格を切り刻む。鎧のあちこちがひび割れる。
「阿修羅クワガタ！　てめぇは敵だ！」
　ミツキの迷いない烈風攻撃に晒された阿修羅クワガタさんを見て、ピジョンが大いに嘆く。
「せっかくの一張羅がボロボロじゃないかい、かわいそうに」
　勿論、言葉通りの意味ではない。
「僕が繕ってあげるよ。銀の針よ、縫い閉じよ」
　ニードルワークス。魔法で生み出した針と糸が、阿修羅クワガタさんの鎧をその外骨格ごと縫いとめていく。
「縫い合わされたところ悪いが、もう一度傷口を開かせるぜ」
　晟のチェーンソーが唸る。
「ぬ、ぬううっ……！」
　唸って耐える阿修羅クワガタさん。
「１対１で拳を交えたい相手ではあるのだが……生憎、力不足なものでな」
　しかし、チェーンソーの一撃は、頭のハサミを片方切り払っていた。先ほどあった計都の集中射撃がハサミにヒビを入れていたのだ。仲間たちが作ったほころびを全員で集中的に攻める。
「押してる……！　みんな、あと少しよ！」
　倒れたカイトを後列に回収し、傷を回復しきれていない前衛へとヒールドローンを飛ばすさくら。
「これで神藤さん以外はほぼ回復できてるわ！」
「ふむ、ならばわしも回復にまわろう。ほら、しっかりせい！　これで負ければ千両箱に申し訳がたたぬわ」
「私も！　お願い、立ち上がって！」
　キーリアは脳髄の賦活で、リディアがサキュバスミストで聖一を癒す。回復過剰にならないよう、さくらが皆に声を掛け、手の空いたスナイパーやディフェンダーも回復にまわる。
「ぶっ倒してもぶっ倒しても起き上がってきやがる……はっはっはっ！　楽しいなあ！」
　それは怒りか、それとも狂気か。笑いながら、阿修羅クワガタさんは腕を振るう。
「打ち合わす、劔の下に、迷いなく――」
　その刹那、阿修羅クワガタさんの懐に一刀が潜り込んでいた。
「身を捨ててこそ、生きる道あれ！」
　下ろされた腕に両腕を絡め、一本背負いを叩き込む。新陰流・無刀取り。一刀の技の切れは凄まじく、阿修羅クワガタさんの片腕をもぎ取ってみせる。
「阿修羅ってのは六臂……腕が６本あるもんじゃ。お主はもう１本しかないのう」
「なあに、１本あれば充分だ！　まだまだやれる！」
　すぐに受け身をとり、体勢を整えて不敵に笑う阿修羅クワガタさん。
「……本当に、楽しそうに戦うわね」
　ノルンは複雑な表情を浮かべる。ハサミが切れ、腕も片方ない。医者の見地から見るまでもなく、死に体だ。
　守るべきローカストのために命を賭ける。その自己犠牲の精神は彼女にとって忌むべき考え方だった。
「一思いに楽にしてあげるほか、無いわね……！」
　ノルンが跳んだ。太ももまである白い編み込みのロングブーツが唸る。必殺の飛び蹴り、スターゲイザー。
　命中。あっけなく倒れる阿修羅クワガタさん。
「まだだ……まだ！」
　阿修羅クワガタさんは再びアルミニウムの鎧を形成する。
「もう、もういいんです、阿修羅クワガタさん！」
　殺神ウイルスで回復を阻害するレイラの声は、悲痛な叫びにも似ていた。
「あなたも仲間のために戦っているのはよくわかりました！　あなたのことは、忘れません……！」
「……わかってねえ。わかってねえなあ」
　殺神ウイルスに蝕まれ、鎧が砂のようにこぼれていく。
「建御雷神よりさずかりし、悪神を斬り伏せる剣よ。ここに！」
　心眼を覚醒させた美沙緒が護符にグラビティ・チェインを込め霊力できた剣を作りだす。阿修羅クワガタさんの魂と、作られたアルミニウムの盾ごとたたき割った。
「俺自身もローカストの為に戦ってるつもりだったけどよ……わかってなかった」
「カッカッカッ！　わしにはわかっておったぞ！　お主もわしと同じじゃろう？」
　好機到来と、それまでジャマーの仕事に徹していたドルフィンが、嬉々として阿修羅クワガタさんへと組み付く。
「ああ、そうだよ……戦いってやっぱり楽しいんだよなあ。戦ってる間は、使命とかすっぽり忘れちまっていられる……叶うのなら、ずっとこうして戦っていてえ……！」
　阿修羅クワガタさんの首へと腕を回し、剥がされた装甲の内部からオーラを送り込んで破壊しようと力を込めるドルフィン。
「阿修羅なる者よ！　これに耐えることができるかのう！」
　オーラの爆発。頭に残っていたもう１本のハサミも折れた。それでも阿修羅クワガタさんは笑っている。
「ったく、つくづくいい笑顔をしやがる……」
　ランドルフが、わずかの間だけ目を伏せる。それは、彼なりの冥福の祈りだった。
「俺の咆哮を！」
　回復弾の生成に使用していたグラビティ・チェインと気を腕へとまわす。
「優曇華の詠をッ！」
　爪と手刀に集められた力が、刀身を形成する。
「全身全霊のッ！　全力全開でッ！！」
　叫びが歌となって、威力を増幅させる。
「ぶつけてやる！　応えてくれよな阿修羅サンよおッ！！」
　片腕で迎え撃とうとした阿修羅クワガタさんを両断した。
「そんなに戦いたいなら、あの世で続きを頼むぜ。すぐにアポロンを送ってやるから、好き放題ブン殴れ」
「アポロン、か……神さんだ、相手にとって……不足は……ねぇ……」
　自らを斬った跡を指先でなぞり、満足そうに目を閉じる阿修羅クワガタさん。その口元にはやり切ったと言わんばかりの微笑みが浮かんでいて。
「此方の段取りも無視して自分勝手に逝きおって……」
　聖厳は、思わず唇を噛む。
「……いや、自分に正直な人だったよ。本当に……」
　小華和・凛は阿修羅クワガタさんの最期を看取り、そう零すのだった。

●残照
「しまった、好きな酒の種類を聞き忘れたな。供えてやろうと思ったのに」
　夕焼けが巌流島を染める中、レクスは作られた墓を眺めてそうつぶやいていた。
　巌流島には佐々木小次郎の石碑がある。さくらの提案もあり、その横にささやかながらも阿修羅クワガタさんの墓を作ってやったのだ。
「やれやれ、死ぬまで戦うんじゃ、結局約束をしていても定命化やアポロンを止めることなどできんかったじゃないか」
　墓を見下ろし、苦笑するル。同時に、こうなる予感もしていた。彼の人となりからすれば、予測できる運命のひとつでもあった。
「しかし、やっぱり強敵……いや、宿敵と書いて友と呼べる相手でしたね。３０人のケルベロスを相手に１０分以上も立っているなんて」
　リディアは戦闘時の阿修羅クワガタさんのことを思い出す。ありとあらゆる状態異常にしたうえであのしぶとさは驚異的だった。
「あの人も、悔いのない最期だったと思うわよ。全力を出せて、心から楽しそうだったから」
　カロンは阿修羅クワガタさんの気持ちへと思いを馳せる。虫とカラカル、種族は違えど、戦いを通して気持ちも通じ合うことができた。
「だからこそ、余計に惜しい相手を無くしましたわね……」
　溜め息と共に、心から残念そうに死を悼むシエル。
「あいつはただ、私たちと立場が違っただけだ」
　淡々と告げるスライの言葉はやや足りない。大切な仲間を守りたいという気持ちはどちらも同じ、地球人とローカストという立場が違うだけ、ということを言いたかったのだろう。
「アポロンさえ倒せば、こんな悲しいこと……」
　レイラの呟きは、浜風に溶けて消えていく。
「阿修羅クワガタが死んだとなれば、アポロンも何かしらの動きを見せるに違いない。仲間たちがどうなったのか、今は帰投して情報を共有するべきだろう」
　晟の言葉を受けて引き上げるケルベロスたち。去り際に、スライはもう一度だけ阿修羅クワガタさんの墓を振り返った。
「……お前と闘えて楽しかったぞ」

作者：蘇我真	重傷：霧島・カイト（凍護機人と甘味な仔竜・e01725）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年10月13日 難度：やや難 参加：30人 結果：成功！
得票：格好よかった 92／感動した 5／素敵だった 3／キャラが大事にされていた 2
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