●闘士のビジョン
長野県長野市某所にある中学校で。
「お初にお目にかかります!」
凛とした声が雨上がりのグラウンドに響く。
校舎内の教師や生徒たちが何事かと窓から顔を覗かせた。
そして、驚愕に目を見開いた。
葉巻型の体から細長い手足を生やした昆虫人間――アメンボ型のローカストがグラウンドに立っていたからだ。
「阿修羅クワガタさんの一党に属する『愚劣なるガフ』と申します。この二つ名が表すとおりの愚劣かつ下劣かつ低劣な不肖の輩ではありますが、卑劣な真似だけは……そう、弱者を虐げることだけは決してすまいと己を律して生きてきたつもりです。しかしながら……グラビティ・チェインの枯渇は……いかんともしがたくぅ……」
ガフと名乗ったローカストの声には悔しさが滲んでいた。肩も小刻みに震えている。泣いているのだ。複眼であるがゆえに涙こそ流していないが。
「まことに! まことに! まことに申し訳ありませんが! この近辺を襲撃して、グラビティ・チェインを満たすことにしました!」
ガフは深々と頭をさげた。
いまや教師や生徒たちは目ばかりではなく、口もあんぐりと開けていた。あまりのことに理解が追いついていないのである。
「とはいえ――」
ガフの頭が上がった。
「――私にも戦士としての矜持があり、意地があります。力なき人々を手もなくひねることで得たグラビティ・チェインなんぞで生き長らえたくはありません。ゆえに私は呼びかけましょう。力ある者たちに」
ローカストの戦士は空の彼方を見やった。もし、彼の顔に人間と同じような目鼻があったなら、そこにはなにかを待ちわびているような表情が浮かんでいることだろう。
「さあ、力ある者たちよ! 今すぐ、ここに、来て、ください! 私は正々堂々と貴方たちと戦い、そして打ち破り、その上で市民の皆様を殺戮してグラビティ・チェインを奪わせていただきます!」
そう、ガフが待ちわびている『なにか』とはヘリオンだった。命を賭けて戦うに相応しい勇猛なる闘士――ケルベロスたちを乗せたヘリオン。
校舎からいくつもの悲鳴があがった。教師や生徒たちがようやく事態を把握したのだ。
「落ち着いてくださーい!」
と、ガフが皆に呼びかけた。
「今も言ったように、私が皆さんのお命を頂戴するのはケルベロスを倒した後です。その前に危害を加えることは絶対にありません。それと、もうすぐここは戦場になるので、学校の外に避難することをお勧めします。あ、ほら、押さないで! 慌てず、騒がず、冷静に避難してくださーい!」
●ザイフリートかく語りき
「広島ではよく戦ってくれたな。完全勝利と言っていいだろう。市民の被害を出すことなく、ストリックラー・キラーを全滅させたのだから」
ヘリポートに集められたケルベロスたちの前でヘリオライダーのザイフリートが語り出した。
しかし、皆を労い、勝利を祝っているにもかかわらず、語調が暗い。
その理由はすぐに判った。
「特殊部隊であるストリックラー・キラーが全滅したことでローカスト軍の動きはほぼ封じられたといって間違いない……と、思っていたのだが、甘かったようだ。奴らがまた動き始めた。そう、阿修羅クワガタさんと気のいい仲間たちがな」
ダモクレスの移動要塞グランネロスを襲撃した、阿修羅クワガタさんとその一党。彼らは常に正々堂々と戦い、弱者を虐げることを嫌い、仲間を決して見捨てないという。『気のいい仲間たち』と呼ばれる所以だ。
だが、ローカストを取り巻く状況は困窮している。阿修羅クワガタさんといえども、もう手段を選んではいられない。
「苦衷の末、奴らは人間のグラビティ・チェインを奪う決断をしたようだ。とはいえ、一方的に殺戮を繰り広げることは誇りが許さないらしく、各地でケルベロスに対して宣戦布告を始めた。迎撃に来たケルベロスを正々堂々と撃破した後、強敵との戦いに勝利した報酬として人間からグラビティ・チェインを略奪するつもりなのだろう」
自己満足と言ってしまえば、それまでのことである。殺す側に誇りがあるからといって、殺される側が救われるわけではない。
おそらく、阿修羅クワガタさんたちもそのことはよく判っているだろう。
判った上で決断し、行動を起こしたのだ。
「阿修羅クワガタさんたちは悪人ではあるまい。それどころか、好漢と呼ぶに相応しい戦士たちだ。きっと、おまえたちの中にも憎からず思っている者がいるだろう。しかし、和解を期待して、手を抜いて戦ったりするな。奴らと判り合うことはできない。いや、奴らにとっては刃を交えて命を奪い合うことこそが『判り合う』ということなのだ」
ザイフリートの声は少しばかり憐憫の響きを帯びていた。ケルベロスに救われる前の自分と阿修羅クワガタさんたちとを心の中で重ね合わせているのかもしれない。
暫し黙り込んだ後、なにごともなかったかのように彼は話を再開した。
「さっきも言ったように、阿修羅クワガタさんたちは各地で宣戦布告している。おまえたちには長野市の中学校に行ってもらいたい。そこで宣戦布告をしているのは『愚劣なるガフ』と名乗るアメンボ型のローカストだ。ヒール系のグラビティの他、ローカストの十八番とも言える催眠音波などを使ってくるだろうから、気をつけろ」
教師や生徒の大半は既に(ガフの冷静かつ的確な指示によって)学校の外に避難しているという。あくまでも大半であり、全員ではないのだが、残っている者たちにガフが危害を加えることはないだろう。
しかし、ケルベロスたちに勝利すれば、宣言通りに殺戮を始めるはずだ(きっと『まことに申し訳ありません』と泣いて謝りながら)。
「繰り返すが、決して手を抜くな。全力で戦うのだ」
皆に厳命した後でザイフリートは静かに付け加えた。
「……敵もそれを望んでいるはずだからな」
参加者 | |
---|---|
エイン・メア(ライトメア・e01402) |
斬崎・霧夜(抱く想いを刃に変えて・e02823) |
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) |
ルイアーク・ロンドベル(大罪の狂科学者・e09101) |
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792) |
ヨエル・ラトヴァラ(白き極光・e15162) |
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298) |
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597) |
●あめんぼ、熱いぜ、あいうえお
「そこなローカストさん!」
とある中学校の上空に大音声が響く。
呼びかけられた相手は、腕組みをしてグランドに立つアメンボ型のローカスト。
その名も『愚劣なるガフ』。
彼は空を見上げたりしなかった。
そうするよりも早く、声の主であるサキュバスのエイン・メア(ライトメア・e01402)が目の前に着地したからだ。
「お望み通り、正々堂どーぉ、雨上がりの空からダイナミックにお邪魔いたしますーぅ!」
エインに続いて、七人のケルベロスと一体のサーヴァントが次々とグラウンドに降り立ち、ずらりと並んだ。
ガフはゆっくりと腕を解いた。
そして、一同を複眼で見回した後――、
「御足労いただき、ありがとうございます」
――一礼した。深々と。それはもう深々と。
「なかなかの好人物……というか好ローカストですね」
頬をかきながら、ヨエル・ラトヴァラ(白き極光・e15162)が苦笑した。
「戦うことでしか判り合えないのが残念です。でも――」
「――やるしかないね。こっちにも負けられない理由があるから」
斬崎・霧夜(抱く想いを刃に変えて・e02823)が後を引き取り、校舎に目を向けた。いくつもの『負けられない理由』が窓から顔を覗かせている。あえて学校に残った教師や生徒たちだ。
「僕たちが必ず守ってみせるよ。だから、おとなしくしく待っといておくれ」
命知らずのギャラリーたちに霧夜は手を振ってみせた。
その横でエインも手を振り始める。
「ここだけでなく、よそに出現したローカストたちもケルベロスが相手をしておりますーぅ! 皆、勝利しているはずですので、ご安心くださいーぃ!」
言葉だけではなく、視覚に訴えて安心感を与えようとしている者もいた。
「皆様に見せて……いえ、魅せてさしあげましょう。私の雄姿を!」
戦装束に身を包んだルイアーク・ロンドベル(大罪の狂科学者・e09101)が叫び、防具特徴の『重武装モード』を発動させた。
「湧き上がれ、勇気! 燃え上がれ、闘志!」
「よっ!」
と、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が合いの手を打っている間に『重武装モード』は完成した。そこかしこから翼(実際に飛べるわけではない)や機銃(実弾が撃てるわけではない)が突き出た物々しいフォルム。
「これぞ、ネオ・ルイアーク・EX・セカンドエディション・Mk-2・プロトタイプです!」
「……」
ガフは呆然とルイアークを見つめていたが(複眼でなければ、目がテンになっているだろう)、百年にも等しい数秒を経て我に返り、口を開いた。
「なんだかよく判りませんが――」
腰を落として身構える。
「――始めましょうか」
戦いの開始を告げるその言葉を聞いて、ギャラリーから歓声があがった。『重武装モード』で勇気を与えられて、気が大きくなっているのだろう。格闘技の試合を観戦している感覚に近いのかもしれない。
(「そう、これでいいんですよ」)
ルイアークは満足げに微笑んだ。
(「ガフさんも皆に恐怖の対象ではなく、一人の戦士として見られたいと思っているでしょうからね」)
●勝ちます、気迫で、かきくけこ
「餓えた戦士よ。貴方の挑戦、受けて立ちましょう。悲愴の傷が我々との戦いで癒えるのであれば」
芝居がかった言動で自己陶酔に浸りつつ、ルイアークがヒールドローンで前衛陣の防御力を上昇させた。
「黒薙……」
と、己のオウガメタルに呼びかけてメタリックバーストを用いたのは餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)。普段は陽気で饒舌な彼だが、今は厳しい表情をしている。
だが、その戦鬼のような顔付きに気圧されることなく――、
「ははっ!」
――と、ガフが笑い声をあげた。
「なにがおかしい?」
「すいません。活き活きとしたオウガメタルを見たら、なんだか嬉しくなって……おおっと!?」
笑い声が驚愕のそれに変わったのは、体を鷲掴みにされたからだ。
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が使役する御業に。
「なあ、愚劣なるガフよ。俺も愚劣な逃げ腰野郎だけど――」
禁縄禁縛呪に捕縛されたガフに千梨は語りかけた。
「――今日、初めて思ったんだ。少しばかり自分の力を試してみたいってな」
「『少しばかり』と言わず、全力でかかってきてください」
葉巻型の体をよじるようにして、ガフは御業から抜け出した。
「私たちの窮状はご存知だとは思いますが、くれぐれも同情して手を抜いたりしないようにお願いします」
「お願いされるまでもないよ」
そう答えて、オラトリオの月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)が腰の二刀――純白の鞘に収まった斬霊刀と漆黒の鞘に収まった日本刀を抜いた。
「存分に楽しませてもらうさ。こんな機会は滅多にないからね」
そして、背中の翼を広げて跳躍した。
それに合わせて、陣内が一気に間合いを詰め――、
「吐き出したいことがあるなら、聞いてやるぞ」
――イサギの動きに気を取られていたガフに『Le chrysantheme(ル・クリザンテム)』を叩き込んだ。相手の心の奥底に眠っている負の感情を引き出し、怒りを自分へと向けさせるグラビティである。
数瞬の間も置かず、イサギが舞い降りて二刀を振るい、ホーミングを有したグラビティ『銀雪華(ギンセッカ)』でガフの胸をX字型に斬り裂いた。
そのXに真一文字の傷が加わった。ヨエルがマインドソードを見舞ったのだ。ラギッドほどの落差はないが、彼が漂わせる雰囲気も戦闘前のそれとは違う厳しいものに変わっていた。
更にエインが降魔真拳を叩き込み、生命力を吸い取っていく。
「ぬっ……」
ガフが苦しげに呻き声を発した。
いや、発したのは呻き声だけではない。
細長い脚をたわませて、鋭い蹴りを放っていた。
それを食らったのは陣内。おそらく、『Le chrysantheme』で怒りを誘発されたからだろう。
しかし、ガフは己の怒りを認めようとしなかった。
「私には『吐き出したいこと』なんてありませんよ。ええ、ありませんとも。あのお方に疑問や不満を抱いてるわけないでしょう。いや、まあ、確かにあのお方は玉と石の中から玉ばかりを間引くような真似ばかりされていますが……」
『あのお方』なる者への想いをガフがぶつぶつと呟いている間に陣内はマインドリングから光の盾を具現化し、ダメージを回復させると同時に防御力を上昇させた。
「実は『あのお方』を疑問視してるローカストは少なくないのかもな」
そう言いながら、千梨がシャーマンズカードを掲げた。【氷結の槍騎兵】が召喚され、ガフに突き進んでいく。青白い軌跡を宙に残して。
その軌跡を塗り潰すかのようにエインが後に続いた。
「マッドプライズ、ザ・ドラゴン~♪」
エインの翼と腕が一体化し、小さな体躯に似合わぬ巨腕へと変わった。ドラゴンの眷属から鹵獲した力を利用したグラビティ『起律駆動:エリミネーター(イグナイトモデム・エリミネーター)』だ。
二つの影が迫りくると、ぶつぶつと呟いていたガフもさすがに我に返ったが――、
「うわっ!?」
――回避行動を取る間もなく、ランスに刺し貫かれ、巨腕の拳に叩きのめされた。
「ありがとうございます」
感謝の言葉とともにゼログラビトンの光弾が飛来した。発射したのはヨエル。彼が礼を言った相手はルイアークだった。攻撃の直前、ブレイクルーンで破剣の力を付与してくれたからだ。
「さ、さすがはケルベロスですね……でも、負けませんよ」
続け様の猛攻を必死にしのぎつつ、ガフは両腕(脚とまったく同じ形状だった)を前方に伸ばした。
その動きを見たラギッドが仲間たちに叫ぶ。
「音波攻撃が来ます! 私の後ろに!」
だが、間に合わなかった。ガフの腕から甲高い音波が放射され、不可視の刃となって、前衛陣の精神を引き裂いていく。幸いにも催眠の効果は(この時点では)現れなかったが、ダメージは決して小さくなかった。
そのダメージに屈することなく、ラギッドは『亡飲獰食・【朽】(ボウインドウショク・キュウ)』で反撃した。地獄化した異形の胃袋が体から滲み出て、アンチヒールを有した胃液をガフへと吹きかける。
アンチヒールではなく、ヒールをもたらしている者もいた。陣内のウイングキャットだ。音波攻撃によって生じたダメージを癒すべく、前衛陣の頭上で清浄の翼をはためかせている。
そして、霧夜も分身の術を用いて、仲間をヒールしていた。
「暫くは治療役に専念させてもらうよ。僕は正面切って戦えるほど、荒事が得意じゃないからね」
●さよなら、戦士よ、さしすせそ
ガフは幾度かオウガメタルの鎧を纏い、傷を癒した。もっとも、アンチヒールが効いてるので、回復量は本人が期待していたほどのものではなかっただろう。それに傷をどんなに癒そうとも、体のあちこちを白く染めた霜(千梨の【氷結の槍騎兵】とラギッドのアイスエイジインパクトがもたらしたものだ)などの状態異常までもが消えることはなかった。ガフの生体鎧はキュアを有していないのだから。
「どうやら、こいつには……」
千梨が拳を突き出した。もう十二分に氷結させたと判断して、攻撃の手段は【氷結の槍騎兵】から『感情喰ライ』に変えている。
拳はガフには届かなかったが、その手にあるもの――千梨自身にも見えない刃がガフの脇腹を抉った。
「これといった弱点はないようだね」
日本刀を優美な所作で鞘に納めつつ、イサギが後を引き取った。
彼と千梨はただ闇雲に攻撃していたわけではない。ガフがダメージを受ける度に(あるいは回避する度に)その様子をつぶさに観察し、有効なグラビティの種類を推し測ろうとしていたのだ。
「確かに私には弱点はありません。でも、特に秀でたものもありませんよ」
自嘲を込めた声音でガフが言った。
「愚劣ではなく、凡庸と称するべきだったかもしれませんね」
「嫌味にしか聞こえないぞ。こちとら、『凡庸』なおまえを相手に八人がかりで手こずってるんだからな」
冗談交じりの言葉とともに陣内がハウリングフィストを繰り出した。その拳を包んでいるのは、煙草の残り香で構成されたバトルオーラ『きぶし』。
ガフは大きくのけ反って拳を交わし、そのまま後方に手をついたかと思うと、すぐさま倒立して、天地逆の状態のままで体を蹴りを放った。
標的は陣内ではなく、イサギだ。彼はハウリングフィストにタイミングを合わせ、ガフに向かって踏み込んでいたのである。当然のことながら、ただ距離を詰めただけではなく、攻撃も仕掛けていた。神速の居合い斬り。
鞘から抜き放たれた日本刀が白銀の軌跡を描いた。
唸りをあげる細長い脚が漆黒の軌跡を描いた。
前者がガフを斬り裂き、後者がイサギを打ち据える……はずだった。
しかし、蹴りを受けたのは陣内。ハウリングフィストが躱された後も離脱することなく、イサギの盾となったのだ。もちろん、イサギの斬撃のほうはガフに命中している。
陣内、イサギ、ガフ――密着して団子状態になっていた三人は同時に飛び退った。陣内は蹴りを受けた右の前腕部から、イサギは日本刀の刃から、ガフはその日本刀に断ち割られた傷口から、それぞれに赤い血の糸を引きながら。
「ありがとう」
刃の血を振り払って、イサギは陣内に微笑を見せた。
「私がこうして心置きなく無茶できるのも、玉さんがいてこそだねえ」
「そりゃどうも。でも、俺がいようがいまいが、おまえさんは無茶しそうだけどな」
「無茶な戦い振りなら、私も負けませんよ!」
悔しげかつ楽しげな声で会話に割り込みながら、ガフが体勢を整えた。
だが、彼が『無茶な戦い振り』を発揮するよりも早く――、
「魔を統べし皇帝の名の下に、我に仇なす罪深き者の運命を我が掌に……逃がしませんよ?」
――ルイアークが『第五皇帝禁呪・追憶零式』なるグラビティを発動させて、ガフに手を伸ばした。
高度な魂魄アクセス技術で制御された五指がガフの魂を鷲掴みにして、そこに刻まれた事象の因果を引きずり出していく……と言うとなんだか判らないが、ようはジグザグ効果である。
そこに別の手も攻撃に加わった。エインがまたもや『起律駆動:エリミネーター』を使ったのだ。
「ダブルパンチですーぅ」
ジグザグで傷口を広げられた挙句に巨腕の一撃を食らって、ガフは吹き飛ばされた。足裏が水溜まりだらけの地面を刻み、二条の水飛沫が後を追って走る。
それでもローカストの闘士は足を踏ん張って持ち堪え、前進に転じた。
一歩だけ。
二歩目を踏み出す前にヨエルが『Viikatemies Scythe(ヴィイカテミエス・スキテ)』を用いたのだ。
「……もう動かないでください」
オラトリオの翼から発せられた光が鎌鼬のように変形してガフを包み込む。
その光は彼にダメージを与え、回避力を低下させた。おまけに生体鎧まで解除した。ブレイクルーンがもたらした破剣の力。
そして、光から脱出したガフに霧夜が攻撃を仕掛けた。
前からでもなく、後ろからでもなく、頭上から。
大地を蹴って跳躍し、文字通り飛びかかったのだ。
「『正面切って』は無理だと言ったよね? だから――」
空中で体をひねりつつ、霧夜は愛刀『雪君』を振るった。
必殺の斬撃『一閃【落花】(イッセン・ラッカ)』によって、ガフの額が叩き割られる。
「――上から失礼させてもらうよ」
霧夜は着地して、『雪君』をゆっくりと鞘に戻した。
小さな鍔鳴りに続いて、水の跳ね上がる音が盛大に響く。
ガフが倒れたのだ。
戦いは終わった。
しかし、窓から顔を覗かせていたギャラリーが歓声をあげることはなかった。彼らの中にガフを憎んでいる者はいなかったのだ。ただの一人も。
大の字になったガフを見下ろして、ラギッドが尋ねた。
「おまえの最期を飾るに相応しいものだったか? 俺たちの全力は……」
「もちろんです」
と、ガフが答えた。もし、彼の顔に人間と同じような目鼻があったなら、そこには笑みが浮かんでいることだろう。
あるいは泣き顔かもしれない。
「……」
千梨がラギッドの横に並び、その笑顔/泣き顔を見やる。
彼には判っていた。『感情喰ライ』を使った時にガフの感情が流れ込んできたから。『Le chrysantheme』を受けた時のガフの反応を見たから。
他の者たちも薄々察していた。
ガフが本当は太陽神アポロンに不信を抱いていることを。
しかし、ローカストの闘士はその不信を口にすることなく――、
「ありがとうございました」
――と、ケルベロスたちに告げて、静かに息を引き取った。
ウイングキャットが着地し、悲しげな顔をしてガフの頬を舐め始めた。そこに流れてはいない、しかし流れていてもおかしくない涙を拭き取るかのように。
それを見ながら、唸るような調子でラギッドが呟いた。
「太陽神アポロン……必ず、倒す」
作者:土師三良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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