阿修羅クワガタさんの挑戦~チャンピョン・デク

作者:林雪

●気のいい仲間、チャンピョン・デク
 東京、吉祥寺。少し前までは住みたい街ナンバーワンを誇ったこの街の駅前広場に、奴は現れた。ビルからビルを伝い、人間のいない場所をちゃんと選んで飛び降り、着地したのは身の丈4メートルはあろう、巨大なエダナナフシ型ローカストである。ナナフシと言えば木の枝に似た、脆い姿を想像するが、このローカストの体の節々は、まるで丸太のように太く逞しい。
『ゲルベッ……! オエアッ……! ジャンビョン……!』
 そして声はガラガラにしてガッサガサである。ガサガサ声は、よーく聞いてみるとこう言っている。
『ケルベロスに告ぐ! オレの名はチャンピョン・デク! ローカストの戦士にしてチャンピョンだ。知ってると思うが、オレたちローカストにはもう、グラビティ・チェインが全然ねえ……今日は、この街を襲って人間からグラビティ・チェインを略奪しに来た!』
 ここでいったん、声を低くするデク。更に聞き取りづらい。
『正直、すまねえと思ってる……でもな、やっぱりオレには戦士でもねえ人間を一方的に襲うなんて真似はできねえんだ……そこでだ!』
 再度、声は大きくなるが、やっぱりガッサガサである。
『ケルベロス! ここでオレと戦え。このチャンピョン・デク、逃げも隠れもしねえ! お前らケルベロスと正々堂々戦って倒して、それからグラビティ・チェインを奪う。お前らが来るまで、ここでずっと待ってるからな!』
 そう宣言するとチャンピョン・デクは長い腕で器用に腕組みをし、どっかりと地面に胡坐をかいたのだった。

●正々堂々の勝負
「まずは広島の完全防衛成功、おめでとう! おかげで市民の被害はゼロ、イェフーダー含めてストリックラー・キラーの連中は全滅したよ。これでローカスト軍の動きはほぼ封じられたって言えるんじゃないかな。なんせ、主戦力が全滅したんだから」
 ヘリオライダーの安齋・光弦が広島での完全勝利を率直な言葉で祝った。
「あとは太陽神アポロンとの決着だけだね、と言いたいとこなんだけど……阿修羅クワガタさんって覚えてる? グランネロスのときの」
 ダモクレスの移動拠点『グランネロス』は過日、ケルベロスたちの手によって陥落した。その作戦が決行されたそもそものきっかけは、阿修羅クワガタさんと気のいい仲間達がグランネロスからグラビティ・チェインのタンクを強奪した事件だった。
「彼らはね、その奪ったグラビティ・チェインを全て困窮する仲間達に無償で分け与えて、今なお続くその状況を打破すべく、次のグラビティ・チェイン獲得の活動に入った。でも、そうそう都合よくグラビティ・チェインを大量に奪えるデウスエクスが見つかるわけもないよね。結局彼らも人間を襲うことにしたんだけど、ここからがちょっと変わってる」
 言いながら光弦は、モニターにナナフシ型ローカストの姿を映した。
「彼の名はチャンピョン・デク。阿修羅クワガタさんの考えに同調した、気のいい仲間のひとりだ。彼は君たちケルベロスに対して単身宣戦布告をしてきた。きっと、日本の各地で同じような仲間たちが宣戦布告をしてるんだと思う」
 彼らの目的はひとつ。正々堂々と戦って、グラビティ・チェインを手に入れることだ。
「正直、宣戦布告なんてする意味はないよね。いきなり人間を襲う方がずっと簡単にグラビティ・チェインを手に入れられる。でもその意味のない行為を挟まなければやりきれなかったんじゃないかな」
 少し躊躇ってから、光弦はケルベロスたちの顔を見た。
「みんなもわかってると思うけど、阿修羅クワガタさんたちは、悪人じゃない。でも、彼らが人間を殺すという道を選択する以上、戦わないわけにはいかないんだ。つらい役目だけれど、せめて彼らの救いになるように、正々堂々と戦って撃破してやって欲しい」
 チャンピョン・デクは東京の吉祥寺、駅前のちょっとした広場の真ん中に白昼堂々陣取って、ケルベロスの到着を待っているらしい。
「一応周辺の避難は済んでる。でも事態が事態だけに、危険を顧みずに君たちを応援しようとする観客がいるらしい。チャンピョン・デクもその存在には気づいてるみたいだ」
 デクは矜持あるローカストの戦士、いきなり矛先を変えて人間を襲うような真似はまずしないだろう。
「一撃は相当大きいから、注意してね。特にキックは、相当の防御をしないと一発でアウトだ。チャンピョン・デクのチャンピョン、って……多分なんかのチャンピオンってことなんだろうけど……プロレスかな?」
 ともかく、デクは恵まれた体格と豊富な戦闘経験を生かし、正面きってケルベロスと本気で戦うつもりらしい。
「君たちならきっと、彼の最後の試合の相手にふさわしい。向こうは絶対に退かないだろう。正々堂々、戦ってきて」


参加者
秋草・零斗(螺旋執事・e00439)
ヴィンセント・ヴォルフ(白銀の秤・e11266)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)
ミーシャ・クライバーン(トリガーブレード・e24765)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
葛城・かごめ(ボーダーガード・e26055)

■リプレイ

●VSチャンピョン・デク
 吉祥寺、駅前広場。
 チャンピョン・デクは腕組みし、どっかりと座り込んでケルベロスたちの到着を今や遅しと待っていた。微動だにせず……と言いたいところだが、割と頻繁にチラッ、チラッとあちこちに視線を送っている。
「上、多分ケルベロスはヘリオンで来るから、上見てなよ」
 と、見かねた野次馬が親切に教えてやると、デクはブンブンと頷き、立ち上がってグッと空を睨みつけた。
「来た!」
 観客のひとりがそう叫ぶと、一斉に歓声があがる。
『オオ……!』
 強敵の登場に思わず、という風にデクも声をあげた。
 太陽を背負い、ヘリオンからコートの裾をはためかせ、ケルベロスたちの降下が始まった。
「思った以上に、一般人が残っているな?」
 豊かなハニーブロンドを靡かせつつ、エヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ(真白なる福音・e07785)が地上の様子に目を見張る。
「私たちと戦って勝つまでは人間に手を出さない、というのは本気らしい」
 富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)も同じ光景に頷き、真白い耳をぴっと一度動かした。一応一般人たちはある程度の距離をデクから取ってはいるが、戦闘となれば巻き込まない保障は出来ない。
「やっぱりキープアウトテープを用意してきて良かった」
 そう呟く葛城・かごめ(ボーダーガード・e26055)の漆黒の髪も、滑空の勢いで風に躍る。
「にしても一体、何のチャンピョンなんだ」
 塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)が率直な疑問を口にすると、腕に巻きついていたボクスドラゴンのシロが、風の抵抗にも負けず首をもたげる。
「やはりプロレス……、総合格闘技でしょうか? いずれにしても我々が阿修羅クワガタさんの仲間から挑戦を受ける側になるとは。少しは我々を強敵と認めて貰えたのでしょうかね」
 モノクルを軽く押さえながら秋草・零斗(螺旋執事・e00439)がそう応じると、ミーシャ・クライバーン(トリガーブレード・e24765)が淡々とした口調で言った。
「挑戦……ローカストももう後がないという事か。とはいえ、略奪を許す訳にはいかないな」
 着地直前、というタイミングでヴィンセント・ヴォルフ(白銀の秤・e11266)が、風に乱れる銀髪の隙間からチャンピョン・デクの姿を視界に捉え、静かに胸中を高揚させた。その様子を横目で見ていた鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)は、着地を決めるとヴィンセントにぼそっと囁いた。
「ヴィンス、ちょっとわくわくしてんだろ」
 ばれた、という風に視線を郁に移し、口元に薄く笑みを浮かべるヴィンセント。
 ケルベロスたちは、正々堂々というチャンピョン・デクの望みを、全力で叶えるつもりでここに来た。全員ケルベロスコートに身を固め、チャンピョン・デクの前に毅然と立ちはだかる。
『ギタガァ! マッデダゾゲルベロザァ!』
 両手を高々と上げ、デクが大声で言った。
「……なんて?」
 思わず眉を寄せて訊いてしまうかごめ。
「よくきたな、待っていたぞケルベロス、ですかね……」
 零斗がそう言うと、郁も必死に聞き取ろうと耳を傾ける。
「チャンピョン・デク、今から戦場を整えるから、戦いはそれからだよ!」
 かごめはそう大声で宣言すると、広場の杭や柵を使って、自分たちとデクの周囲に四角くキープアウトテープを張り始めた。
『……?』
 不思議そうな顔でかごめの方へ向かおうとするデクの前に、翔子が歩み寄る。
「ちょいと待ってなよ、全力でアタシ達が戦える場を作ってんだからさ」
「お前を信用しないわけではないが、万が一にも一般人に危険が及ばぬための処置だ。心置きなく戦える方がよかろう」
 エヴァンジェリンにもそう言われて、デクは素直に待った。そして、
『……リングか!!!!』
 自分たちを取り囲むテープはリングの見立てなのだと気づくと、デクは吠えた。
『オェワア、ウデジィ! ジョウブズゥラァ、オマァライデェアノガイイドォモダンダ!』
「う……嬉しい、って言ってる、かな……?」
「後半がちょっと厳しいですね……」
 郁と零斗が必死で首を捻ってヒアリングを試みるが、レベルが高い。すると。
「勝負するならお前らみたいなのがいいと思ってたって、めっちゃ喜んでます!」
 観客たちはどうやら、主にプロレスファンが多いらしい。デクの男気語を翻訳してワーワーと伝えてくれる。その彼らを押し出すように、かごめがテープを張り巡らせる。
「いい、私たちはこのテープの中で戦う! 見るなら危ないから離れてて!」
「えぇ~、もうちょい近くじゃだめ?黒髪おねぇさん?」
「だめ!」
 この世紀の試合を生で見ようという観客たちのボヤキを、かごめが一蹴する。
 様子を見ていたヴィンセントが、殺界形成を使うかすこし悩んでやめた。
 チャンピョン・デクの最期の舞台、見送る観客がいてもいい。やはり自分はすこし興奮しているようだ、と改めて自覚する。
「よし、もういいよ! 君が仲間のために戦っているのはわかってる。でも地球の人々に手出しはさせないよ!」
 かごめがそう言いながら仲間の元へ戻る。と同時にデクが、
『ヨォジ! アレェ!』
 と叫ぶ。すると観客のひとりがスマホを取り出し、何やら勇ましい音楽を流し始めた。
「……この音楽は何だ?」
 突然鳴り響く音楽に、首を傾げるミーシャ。
「プロレスとかってさ、テーマソングみたいのに合わせて入場するんだ。えらく派手な奴だね……ていうか、観客をすっかり味方につけてるなんて、妙なデウスエクスもいたもんだ」
 と、呆れ半分に笑いながら翔子がミーシャに説明した。わかったようなわからないような顔でとりあえず頷くミーシャだった。
「よーし、ゴングゴング!」
 翔子の言う通り、観客たちは基本ケルベロスの味方でありつつも、何となくデクの世話まで焼いている。その様子は、阿修羅クワガタさんを始めとし、彼らが本当に気のいい連中であったのだろうことを十分に思わせた。様子を見つめていた白亜が呟いた。
「……あいつは仲間想いのやつだ。私も仲間が大切だ。だから気持ちがわかる。わかるからこそ、私は手を抜かない」
 ぐっと拳を握ると白亜は一歩前に出、今度は大きな声できっぱりと言い放った。
「ウェアライダーのケルベロス、富士野白亜だ。宣戦布告、受け取った」

●ゴング!
 観客の間から、そのへんで拾ってきた缶で作ったらしい、手作りゴングの鈍い音がした。それを合図に両手を前に突き出して、デクが雄叫びをあげた。
 郁が差し出した拳に素早く己の拳を当ててから、ヴィンセントがライフルを構える。
「勝つのは俺達だ!」
 皆を守る、その決意とともに郁が展開するドローンの間を、黒い雷が縫った。
「その身に呼び醒ませ、原始の畏怖」
 静かな声が響き、デクの巨木のような胸を漆黒が穿つ! 確かな手応えを感じつつも、相手が紛れもない強者であることも伝わり、ヴィンセントが更に高揚する。
「いくぞ、デク!」
「ここでチャンピョンである貴方を、越えさせて頂きますよ」
 その雷が分裂したかと思うほどに素早くミーシャと零斗が左右に跳び、デクの視界を乱すように攻撃する。ミーシャの激しい蹴りに続き、零斗の魔力が小さな爆発を起こした。零斗のライドキャリバー、カタナもデクの動きを牽制するべくタイヤを激しくぶつけていく。そこへ。
「エヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ、推して参るッ!」
 サファイアの瞳に闘志を滾らせ、エヴァンジェリンが斬りかかった。デクのナナフシの体はかなり硬いが、エヴァンジェリンの剣は小さな傷を確実に狙っていく。
「いいぞー!」
 観客が腕を振り上げて応援する。
『オオ……ヅヨイ! ヅエェゾケェベオス!』
 言葉は実に不明瞭だが、デクもまた喜んでいることはケルベロスたちにも伝わった。大きな体の割にかなりのスピードもあるようだが、デクはまるでわざとだと言わんばかりにケルベロスたちの攻撃を受けていた。
「そう楽しまれちゃね……そこで足止め食らっときな」
 苦笑した翔子が強烈なグラビティの雨を呼ぶ。翔子の腕から離れたシロも、敵のダメージを拡げようとブレスを吐きつける。攻撃を避けもせず、デクは屈伸運動を始めた。
『ホンギダスゾォ!』
 次の瞬間、巨大なナナフシは空へ舞い上がった。
「キックが来る!」
 零斗が叫び、両手を広げて皆を下がらせる。次の瞬間、まるで巨大な杭が降ってきたかの如き蹴りが、郁の上に落ちた。反射的にヴィンセントが御業を放って阻害しようと試みたが、一歩及ばない。
「……ッ、なんて威力だ……!」
 両手を交差させ膝を前に出し、全身を使って勢いを殺しても、相当重たい。郁が冷や汗をかきながら感嘆した。かごめが大急ぎで、回復の準備にかかる。
 零斗が駆け寄り、小声で状態を確かめた。
「大事ありませんか、鏑木様」 
「何とかな……俺のことより、他の皆に当たったら絶対にまずい」
「の、ようですね……極力、我々で何とかしましょう」
 仲間を不安にさせないようにとふたりは小声で言葉を交わした。
「おまえの本気は十分伝わる。だから私は、おまえを倒して喰らってやる」
 白亜が跳び、しなやかで強烈な蹴りを命中させる。
 手数で圧倒するケルベロスだが、デクの一撃は強烈。しかも厄介なことに。
『オラァ! ドォダァー!』
 ガサガサ声でそう叫んで、むんと体を見せ付けるようにデクがポーズを取ると、そのボディは生体金属に覆われて輝き、力に溢れるのだ。
 その様子に負けてはいられない、と、かごめが桜の花弁を摸した光の盾を展開した。
「……さあ、咲き誇れ!」
 輝く花が散り、郁の傷を癒していく。
 ミーシャが走り、デクの死角に入り込もうと試みるが、デクは決して鈍重ではなかった。
「確かに速い……だが、攻めてみせる」
 と、ミーシャはロッドを構える。
 攻め手、守り手が上手く機能し、順調にデクの体を絡め取っていくケルベロスたち。
 デクは本気の戦いを心から楽しむと同時、一切妥協しない攻めを見せた。
『オメァ、ヅェエ! エィドォヤゲニ、ボッテゲ!』
 もはや解読不能のセリフとともにアルミの牙が伸び、白亜の喉を強烈に締め付けた!
「しまった!」
 一瞬の隙を突かれ、郁と零斗が顔色を変えた。
「ア……!」
 肌すら突き破りそうな勢いの牙を辛うじて手で押さえて堪えるが、白亜の顔色は見る見る青ざめた。
「富士野さんッ! 離せ、離して!」
 かごめが白亜に駆け寄り、牙そのものを叩こうとする。その間に郁とヴィンセントが同時にデクを攻撃し、漸く白亜の体は解放されたが、立つ力は残されていなかった。かごめから引き取り、零斗が白亜を戦場から連れ出した。盾役としての責任感を、眉間の皺に滲ませる。
「不覚をとりました……申し訳ありません富士野様、お気を確かに」
「やってくれたな、今度はこちらの番だ……魔剣!」
 ミーシャがグラビティで伝説の剣を呼び出し、デクに襲い掛からせる。敵の強烈な攻撃を目の当たりにして、攻撃手として負けてはいられない。
「なるほど、チャンピョンの名は伊達じゃないか……!」
 翔子が正確に狙い、レーザーでデクの右肩を弾いた。
『テメェらぁ、ヅェエなぁあアア!』
 デクは、嬉しかった。こうしてケルベロスたちと拳を交えていると、阿修羅クワガタさんたちとともに戦場を駆け抜けた日々が、脳裏に蘇るのだ。
『アイヅらも、ヅヨガッタんダァ……!』
 仲間たちとの大切な日々。命を懸けて守るのに、これ以上相応しいものが他にあるだろうか。
「……奴を、獲る」
 青い瞳の奥に決意を燃やし、エヴァンジェリンが剣を構えた。そのまま駆け出したエヴァンジェリンを護衛するかのように、カタナが並走する。
「援護する」
 そう言ってヴィンセントが御業を再度呼び出した。皆、想いは同じだった。戦わずに済む方法さえ見つかれば、と思いつつ、今の自分たちは戦うことでしか答えを出せない。
 ミーシャが激しい蹴りでデクの足元を抑え、零斗が拳を繰り出し、そのまま片腕を取って関節を決めた。
「エヴァンジェリン様!」
 そして。
「これで、仕舞いだッ!」
 振りかぶった剣に、星座の輝きが宿る。そのまま重たい一撃をエヴァンジェリンが額から袈裟に叩き込むと、デクの巨体はズウンと低い音を立てて地に倒れ伏した。

●さらば強敵
 倒れたデクの周りに、ケルベロスたちは駆け寄った。観客たちはテープの外側から、固唾を飲んでチャンピョンの様子を伺おうとしているようだった。
「デク……」
 かごめ、郁、ヴィンセント、ミーシャが傍らに屈みこみ、翔子と零斗はすこし離れて立ち、エヴァンジェリンは回復してきた白亜に肩を貸してと、それぞれの位置からデクを見守る。
『アリ、ガトウ……ナ』
 デクの声はガッサガサだったが、澄んでいた。
 最後に強敵と正々堂々思い切り戦えたチャンピョン・デクは心から満足し、感謝の一言を紡ぐとそのまま崩れて砂になったのだった。
「あ……」
 白亜が何か言いかけて、口を噤む。エヴァンジェリンは青い瞳で、風に流されていく砂の行方を追っていた。
「できる事なら、違った形で会いたくもあった……かな」
 郁がぽつりとそう言って、立ち上がる。ヴィンセントは何も言わずに傍らに立ち、その背を軽く叩いた。
 翔子が空を仰いで、タバコを一本咥えて火をつけた。
「生き物ってのは生きてナンボだからね。何とかして生きようとするってのは……まあ、否定する事じゃないさ」
 戦いが終わったのだと認識し、シロは定位置である彼女の腕へと戻る。白い煙を吐き出しながら、誰にともなく翔子が言葉を足した。
「それでも譲れないモンがお互いあった、そういう事だろ?」
 倒すべき敵を倒したはずなのに、心のどこかに友人を失ったような喪失感を覚えるケルベロスたち。想いを背負って戦うことの、時になんと物悲しいことか。
「地球は彼ら人類のものです。私達は既に干渉し過ぎたんです……」
 かごめの言葉は哀しきデウスエクスへの――同胞としての、言葉。
 ミーシャは黙して胸に手を当て、彼女なりの敬意をもってデクを見送ったのだった。
 
 

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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