阿修羅クワガタさんの挑戦~信じ愛する誰かのために

作者:ハル


 香川県高松市の駅前。人通りの多い、夜の帰宅時間の事。
 ……そこに、ソレはいた。
 二対の鋭い牙は、まるで全てを刈り取る鉈のような鋭さを宿している。立ち上がると三メートルを優に超える巨体を覆い尽くす針のような体毛に、自身の体重の十倍の重量を持ち上げる、鋼のような強靱な足腰。額から生える触覚には、稲妻すら纏っている。
 その姿は、一言で表すならば、人型の蟻。だが、ただの蟻ではない。巨体と牙は、パラポネラという地球上最強の蟻にどこか似ていた。
「ヘイ、ユー達! ミーは恐慌のナンナス! ローカストのウォーリアね!」
 ソレ――恐慌のナンナスを名乗る存在は、何故か片言で呆然とする一般市民に語り始めた。
 今までとは何かが違う。それは、その場にいた誰もが思っている。言葉使いさえ気にしなければ、恐慌のナンナスの瞳には、理性の光が宿っている。秘められた誇りが垣間見えているのだ。
 恐慌のナンナスは、自分は阿修羅クワガタの考え方に同調した、友人だと名乗った。
 そして……。
「ロストしたグラビティ・チェインを満たす為、このシティーのヒューマンを襲撃シテ、グラビティ・チェインを頂くことにナッタヨ! 仕方ないネ! ごめんなさいネ!」
 恐慌のナンナスは、頭を深々と下げる。一般市民達は、予想外の事態に思わず顔を見合わせた。
「モチロン! ウイークピーポーを襲うのハ、不本意ネ! だから、ミーはコールする! ケルベロス! ミーと戦え! ヒューマンをガードするネ! ミーは逃げないヨ! 正々堂々ファイトするネ! ストロングケルベロスを倒して、そのファイトの対価とシテ、堂々とグラビティ・チェインを頂くネ!」


「まずは勇敢なケルベロスの皆さん、広島での戦い、ご苦労様でした」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、ケルベロス達を讃えるように、暖かな笑顔を浮かべ言った。
「皆さんの戦いの成果によって、広島市民の被害をゼロに抑える事ができ、イェフーダーをはじめ、ストリックラー・キラーのローカストを全滅させる事が出来ました」
 特殊部隊であるストリックラー・キラーが全滅した事で、ローカスト軍の動きの大部分を封じることができたと思って間違いないだろう。
 グラビティ・チェインの枯渇状況も末期となっているはず。太陽神アポロンとの決着も間近に迫っている。
 しかし――。
 セリカの表情が僅かに陰る。
「イェフーダーをはじめとした部隊の変わりに、立ち上がった者達がいます。それが、ダモクレスの移動拠点『グランネロス』を襲撃した、阿修羅クワガタさんと気のいい仲間達……のようです」
 彼らは、奪ったグラビティ・チェインを困窮するローカスト達に全て施した後、更なるグラビティ・チェイン獲得の活動に移行した。
「ですが、グランネロスのような、大量のグラビティ・チェインを持つデウスエクスの部隊が、そう簡単に見つかるはずもありません」
 ならば、彼らの狙いは何か。その答えは簡単だ。
「彼らは、やむなく人間のグラビティ・チェインを奪う決断を……したようです」
 次から次へと、あまり信じたくはない。だが、まだ救いもある。
「彼らは誇りある武人です。だから、ケルベロスに宣戦布告をした後、迎撃に来たケルベロスを正々堂々、真っ正面から打ち倒した後に、勝利の対価として人間からグラビティ・チェインを略奪しようとしています」
 セリカはそこまで言って、一つ息を吐いた。
「宣戦布告を行う……その必要性は、本来ならばどこにもないはずです。ですが、この意味の無い行動こそ、ローカストの窮状と自らの矜持の両方を守るための、苦渋の決断なのかもしれませんね」
 阿修羅クワガタさんと気のいい仲間達は、一言で悪と切り捨てられる存在ではない。
「ですが、困窮するローカストの為に、人々の命……グラビティ・チェインを奪おうとするならば、戦う他に道はありません!」
 セリカは祈るように、両手をぎゅっと握って言った。
「戦いは避けられません。ですが、彼らの宣戦布告に応え……できるならば、正々堂々とした戦いで引導を渡してあげてください」
 セリカは資料を捲る。
「恐慌のナンナスが現れる香川県高松市の駅前は、海にほど近く、また見晴らしも良く、足場もよい戦闘に適した場所です。周囲の人々は皆さんが向かう頃には避難が完了しているようですが、ケルベロスを応援する為、危険を顧みずにやってきてしまう方が稀にいるようです。気を付けてあげてください」
 恐慌のナンナスの攻撃方法としては、噛みつきによる毒の注入、稲妻を纏った触覚のよる突き、大量の鋭い体毛を四方八方に放出する……といったもののようだ。
「特に噛みつきにはお気を付け下さい。毒を注入される時の苦痛は、この世にそれ異常に痛みはない! そう思う程のもののようです。また、この攻撃の前にだけ、金切り声を上げるという性質があるので、参考にしてください」
 そこまで言って、セリカは資料を閉じる。
「私達に背負うものがあるように、彼らにも背負うものがあります。だからこそ、戦うことでしか語り合うことはできません。正々堂々と、皆さんの背負う重さを彼らに教えてあげてください! 勝利を信じています!」


参加者
楠・竜胆(ローズバンク・e00808)
リブレ・フォールディング(月夜に跳ぶ黒兎・e00838)
ノル・キサラギ(銀架・e01639)
江田島・武蔵(人修羅・e01739)
ガル・フェンリル(螺旋授かりし真紅の狼・e03157)
コルチカム・レイド(突き進む紅犬・e08512)
アドルフ・ペルシュロン(緑の白馬・e18413)
ジャニル・クァーナー(白衣の狩人・e20280)

■リプレイ


 帰宅ラッシュと重なり、普段ならば人通りの多い香川県高松市の駅前。
 だが、今日は様子が違っている。それは、周囲に張り巡らされたキープアウトテープが物語っていた。
「恐慌のナンナス、力無き同胞のため戦場に来られた強き戦士に敬意を。当方ケルベロス、宣戦布告を受けて只今参上っす」
「ジャニル・クァーナーだ。良い狩りを」
 避難警報が発令されているにも関わらず、自分達を応援しようと集まる人々を追い返しつつ、アドルフ・ペルシュロン(緑の白馬・e18413)とジャニル・クァーナー(白衣の狩人・e20280)が名を名乗る。
 続いて、
「見上げた根性ね! 私はコルチカム・レイド(突き進む紅犬・e08512)! ただの野良犬よ! さあ、名乗るといいわ!」 
 ビシッと指を差し、胸を張るコムチカルの堂々とした口上に、指し示された者は含み笑った。
「イイヨ、イイヨ! ベリーグッドね! 元気がある、いいコト! 改めて、ミーは恐慌のナンナス! ローカストのウォーリアね!」
 それは、帯電する触覚に、恐るべき牙をもつ人型の蟻。阿修羅クワガタの友と自らを誇り高く呼ぶローカスト。
「楠・竜胆(ローズバンク・e00808)。バーテンダーだ」
「ケルベロス、ノル・キサラギ(銀架・e01639)! 恐慌のナンナスからの勝負を受けに来た!」
「一本筋通った感じ、嫌いじゃないよ! 私はガル・フェンリル(螺旋授かりし真紅の狼・e03157)!」
 こうも堂々と、猛々しい態度を取られれば、応じぬ訳にはいかないと、竜胆、ノル、ガルも後に続く。
「戦いは男にとって最後の存在証明だ。それを止める権利は誰にもない」
 仲間のために命を賭す。その在り方には、江田島・武蔵(人修羅・e01739)にも共感し、ロマンを感じ入る所がある。ゆえに、迷いなく、後悔なく……。
「我の名は江田島武蔵。ゲーム開始だ。遊ぼうか」
 どこか清々しい笑みさえ浮かべ、武蔵は告げる。
「正々堂々、正面から……正直ガラじゃねぇーんですが……」
 暗殺的なやり方を好むリブレ・フォールディング(月夜に跳ぶ黒兎・e00838)は、対面するナンナスを胡乱げに眺めながらも、これも仕事の内と割り切って、端的に。
「リブレ・フォールディング。ただの野良兎です」
 これで我慢しといてくだせー、と告げた。
「オーケー! ゲッドエキサイテッドッッ!!」
 互いの名乗りを終えると、ナンナスは興奮を露わにする。だが、瞳がスッと細められると、周囲を独特の緊張感が支配した。
 戦闘開始五秒前……といった風だが、まだ言い残したことがあるのか、ノルが口を開く。
「お前が俺達に勝った時は、人々のグラビティ・チェインを奪うんだったな? なら、そちらの条件の方もフェアにしないか? ――俺達が勝ったら、ひとつ要求を聞いてくれ」
「ホワイ?」
「勝利の対価にこちらが勝ったら話を聞いてほしい」
 アドルフが捕捉するように言うと、ナンナスは納得したように手を打つ。
「イエス! その時は、ミーにできる事ならば、リッスンするネ!」
 話は纏まり、互いに戦闘態勢に移行する。
 一連のやり取りを眺めていたガルは、どこか不安げな表情で、狼尻尾で器用にハテナマークを形作っている。
「(こういう人には殴り合って築く信頼のほうがいいのかな……?)」
 なんにせよ、勝たなければ意味のない話だ。ガルは邪心を吹き飛ばすと、自身に向けて、エネルギー光球をぶつけるのだった。


「行こうか、銀。俺たちだから言えることを伝えに行こう」
 ノルが相棒である銀架を纏いつつ、前列に向けて全身からオウガ粒子を放出させる。
「リブレ、私の口上真似したんじゃないの!?」
「誰があんたさんの真似なんて……。馬鹿も休み休み言ってくだせー」
 ナンナスの元へと駆けるコルチカムとリブレは視線すら合わせない。それでも、軽口を叩き合いながら、ナンナスの攻撃対象を一方に絞らせないよう、絶妙の距離感を保っている。
「ワオッ!」
 瞬間、ナンナスの視界がリブレの生み出した氷結の螺旋で覆われていく。そして、その死角から襲い来るのは、コルチカムの電光石火の蹴り。
 コンビネーションに完全にふいをつかれたナンナスは、双方の攻撃の直撃を受け、体毛の一部を凍らせながら後退せざるえない。
「宣戦布告か、今でもあるもんなんだな、そういうの」
 敵ながらあっぱれと言うべきか、なんというか。とはいえ、負けるわけにはいけない戦いだ。
 挨拶代わりに竜胆の放つ雷がほとばしる。
「サムライの本懐ネ!」
 竜胆の放った雷に対し、ナンナスも帯電した触覚を向けて突っこんでくる。雷と雷が鬩ぎ合い、やがて閃光を周囲に弾けさせると、ナンナスと竜胆は互いにその余波を浴びた。
「サムライの本懐……か。そんな分かりやすい挑発に、乗らざる得ないとはな」
 こんな短絡的な方法ではなく、グラビティ・チェインの代用案でも探ってもらいたのだが……ジャニルぼやきつつ、竜胆の傷をエネルギー光球を利用して癒やす。
「約束は守ってもらいますよ!」
「イエス! ミーは嘘、つかないネ! ミーが負けたなら、できる事はやるネ! 最も――」
 その時、アドルフだけでなく、前列全員の背筋に鳥肌が立った。
「ミーがルーズする事なんてありえないネッッ!!」
 ナンナスがカブリオレの激しいスピンを躱すのも束の間、三メートルを優に超える巨体を広げると、鋭く尖った全身の体毛を嵐のように撃ち出した。
 咄嗟にアドルフは流星の如き飛び蹴りを放ち、ナンナスを吹き飛ばすと同時に、反動で武蔵の前に身体を割り込ませて庇いに入る。
 無論、アドルフだけではない。武蔵以外の前列の身体……その至る所に針が深々と突き刺さり、血を流し、呻きを上げている。
「来るね。だが痛みは切り離せる。私の仲間はこの程度では倒れんよ!」
 アドルフの背から躍り出た武蔵は、斬霊刀に月夜をキラリと反射させた。
 武蔵の言う通り、彼の仲間達はすでに立ち上がり、笑みさえ浮かべていた。まだ戦闘は始まったばかり。本気で命を賭す相手に、無様な姿は見せられない。
 武蔵の斬霊刀が雷の霊力を帯びる。踏み込みと同時に放たれる突きは、まさしく神速の域に達していた。
「ナンノッッ!」
 負けじとナンナスも帯電した触覚を振るう。ギンッ! という甲高い音と共に直撃したその結末は――。
「シットッッ!!」
 ナンナスの触覚が斬り飛ばされるというものであった。
 

「自慢の触覚が切り落とされて、もう戦意喪失かしら?」
「ノーノー! むしろ気分アゲアゲネ!」
 コルチカムが不遜な笑みを浮かべつつ、ナンナスの周囲を駆け回る。応じるナンナスは、強力な肉体の一部を失ったというのに、やはり戦意は些かも衰えていない。
 その時――。
「キェエエエエエエエエエエエエエッッ!!」
 周囲の空気を震わせて、ナンナスが金切り声を上げた。
「来るぞ! 例の攻撃だ!」
 ノルが大声で仲間に警戒を促し、自身もナンナスに重力を宿した飛び蹴りを炸裂させた。
「掻き回してやるよ。咽び泣いて喜びな」
 タイミングや勢いを、僅かでも殺すことはできないかと、竜胆の魔力を帯びたバールスプーンがナンナスの肉体を抉り、血と肉をグチグチとかき混ぜる。
 だが、ナンナスの狙いは変わらず、アドルフの凍結光線はナンナスを紙一重で捉えるにはいたらない。
 怒濤の勢いで、おぞましい歯を剥き出しにするナンナス。狙われたコルチカムはそれに対し、挑発するように指先をクイッと曲げてみせる。
「ベリーグッド! イイ覚悟ネ!」
 ナンナスは避ける素振りすら見せないコルチカムの首筋に、勢いのまま噛みつく。吹き出る血飛沫と、同時に注入される毒。
「あっぎぁ!」
 生まれて感じた事のない類いの痛みに、コルチカムは悶絶する。だが、それで終わるコルチカムではない。コルチカムが指を打ち鳴らすと、ナンナスの足元……コルチカムの血液が狂犬に姿を変えて、ナンナスに襲いかかった。
「……まったく、無茶をするものだ」
「……ふ、ふ……か、かかったわ……ね!」
 ジャニルが金切り声と共に準備しておいたエネルギー光球を飛ばすと、コルチカムは片膝をつきながら、それでも笑みを浮かべてみせる。
「馬鹿犬ですね。いえ、大馬鹿でしょうか?」
 炎を纏った激しい蹴りをナンナスに見舞いながら、リブレは呆れたように首を振る。だが、そんな大馬鹿者が嫌いではないのか、リブレの無表情な顔には、ある程度の付き合いのある者だけに見分けられる薄らとした笑み。
「私も負けてられないね!」
 目の前でカッコイイ姿を見せられて、狼である自分が黙っている訳にはいかないと、ガルが疾駆する。
「さすがネ! こんなハッピーなのも、久々ネ!」
 ナンナスが再び体毛を嵐のように撒き散らす。ガルは銀王で身体の急所部分を庇いながら、
「砕け! スーパーメタル・ナックル!」
 「鋼の鬼」と化した拳を、ナンナスに叩き込む。 
 そこへ、さらに畳みかけるように武蔵の目にも留まらぬ弾丸が、強かにナンナスを打ち抜いた。
 

「グゥ!」
 ナンナスは全身から夥しい量の血を流しながら、膝をつく。
 そこで、このタイミングを逃しては、もう先はないと判断したノルが口を開いた。
「さっきのこちらの要求だけど……それは、ナンナスに定命化して欲しいというものだ。此方にはコギトエルゴスムがある。戦えないローカストもいる。彼らをナンナスが、救ってくれ!」
 定命化はやろうとしてできる事でもないのは承知の上。それでも、何か起こるとすれば、ナンナスの意思が必要不可欠だろう。
「俺のようなダモクレスがそうだったように。こいつのようなオウガメタルがそうだったように。信じ愛する誰かのために。この星で、共に生きてくれ!」
 ノルに続いて、アドルフも口を開く。
「その命を定命化を考えている同胞を守るために使ってほしい」
 こんな所で失うには、惜しい命であると、仲間の誰もが思っている。ゆえ、その様子を黙って見届けていた。
 すると――。
「ハッハッハッハ!」
 ナンナスが大仰な仕草で笑い出す。そして、言った。
「その申し出、ベリーハッピー! バッド、受ける事、できないネ!」
「……どうして?」
 ガルが無念そうに眉を寄せて問いかける。
 武蔵とリブレは理由が分かっているのか、目を瞑ってナンナスの言葉を待った。
「それは、ベリーイージ! ミーと阿修羅クワガタはフレンド! ユー達が生かしたいのは、フレンドのために戦うミー! 裏切り者のミーじゃないはずヨ?」
 至極当然のようにナンナスは言うと、「サンキュー!」とケルベロス達に心から告げた。
 そして、それ以上の言葉はもう必要はない。これ以上は、ナンナスの誇りを穢す行為だ。
「……っ! コードXF-10、魔術拡張。ターゲットロック。天雷を纏え! 雷弾結界!」
 ナンナスの言葉を噛みしめるように、ノルは魔力拡張プログラムを起動する。一時的に、生命力が魔力に変換され、増幅していく。やがてナンナスとその四方へと、雷弾が放たれ、行動を阻害した。
「……殺し合う他にないな」
 シャニルの胸中で方針を定めると同時に、迷いや躊躇いがスーと、波が引くように消えていく。白衣を靡かせ、魔弓クァーナーと地獄の左目から囂々と炎を噴きあげながら放つのは、神々さえ殺しうる漆黒の巨大矢。
 矢はナンナスの正中を寸分の狂いもなく捉え、その身体を駅の外壁に縫い付けた。
「アポロン倒せば、ローカストの皆、地球を好きになってくれる?」
 動きの鈍くなってきているナンナスへと、己の中の螺旋力を銀王に与えながらガルが言った。
「……」
 ナンナスは困ったような表情を浮かべて、ガルの螺旋分身・王餓乱舞――ガルと銀王の連携、連続攻撃を筋骨隆々の両腕で受け止める。だが、最後に放たれた螺旋掌は、ナンナスのガードさえ突き破って痛打を与えた。
「悪いな、こっとも引けないんでな!」
「ノープロブレム! 何より、まだミーがルーズするとは限らないネ!」
 竜胆のやればできると信じる心が魔法に変わった一撃を受けたナンナスは、傷だらけの肉体を強引に動かして、ニッと笑う。
 その表情が物語るように、ナンナスは未だ己が敗北を信じてはいないのだろう。
「キェエエエエエエエエエエエエエッッ!!」
 再び哮る金切り声は、初撃を上回る気力と覚悟が籠められていた。
「そうはさせんっ!!」
 強力な一撃を繰り出す前にその命を頂くと、独特の上段の構えから武蔵の刀が閃く。
「一刀必殺。意地の一撃受けてもらおうか」
 己の防御も、次の一手を考慮する事もなく、捨て身で武蔵はナンナスとの間合いを詰め、刀を振り下ろす。武蔵の己がすべてを賭けた一刀は、両断されるナンナスの姿を映し出すかに思えたが――。
「なにっ!?」
 戦闘への執念、友への思い。それらがナンナスの背を押し、紙一重で武蔵の一の太刀を見切る。
「触覚の仮をリターンするネ!」
 隙だらけの武蔵へと襲いかかるのは、ナンナスの獰猛な牙。
 だが、武蔵は一人ではない。ナンナスの前に、アドルフが壁となって立ち塞がった。
 アドルフの身体に、深々と牙が突き立てられる。
「キェエエエエエエエエエエッッ!!」
 それでもなお、ナンナスはさらに牙を深くまで差し込もうと、渾身の力を込める。
 だが――。
「我は盟約によりて万古の契約の履行を要請す 我は意地を貫く白の騎馬 完成せよ白王号」
 太古の血を蘇らせ、巨馬の姿となったアドルフは、逆にナンナスの巨体を持ち上げ、突き飛ばす! そして、ナンナスの飛ばされた方向には、今まさに炎と唸りを上げるカブリオレの姿。
 カブリオレと交錯したナンナスは、炎に包まれながら駅前を転がった。
「援護するわよ!」
 同時に、倒れかけるアドルフに、コルチカムがエネルギー光球をぶつける。
 「潰します」
 揺れる視界とブれる足元。双方に懸命に鞭を打って立ち上がろうとするナンナスの耳元に、その声は届いた。
 リブレが螺旋忍者から奪い取り、改良を加えた「静影兎術」の一つ。影を武器に纏わせ、巨大な影の剣としたリブレは、それを振り下ろす。ナンナスの身体は、その影の剣の藻屑と化すように、叩き潰された。
 その間際に見せたナンナスの表情は、後悔の無い、満足いくものだった……ような気がした。

「その魂、力を貸して欲しいっす」
 ナンナスの亡骸の前で、アドルフが祈りを捧げている。
「どうせ俺達が負けても一般人に手を出す気は無かったんだろ? 次を呼べとそそのかすだけで」
 武蔵も苦笑を浮かべながら、ナンナスが言いそうな事を呟いた。かといって、ナンナスは何一つとして情報を漏らすことはないんだろうな、と静かに敬意を示す。
 乗り越えたような、失ったような不思議な気持ち。それでもケルベロス達の戦いは続く。でも、せめて今日だけは、安らかな眠りを……。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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