阿修羅クワガタさんの挑戦~ビー・ア・グッドルーザー

作者:天草千々

「やぁやぁやぁ、遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ! ――って通じんのかね、コレ」
 福岡市の一角、ビル街のど真ん中に広がる公園がある。
 昼休み、近くのオフィスから出てきた人々であふれるそこに、快活な男声が響き渡る。
 若々しい声の時代がかった物言いに、何事かと顔を向けた人々が目撃したのは異形の姿だった。
 すらりと伸びた手足に、均整の取れた長身。
 しかしその体は鎧のごとき甲殻で覆われ、小さな顔はスズメバチのそれに似ている。
 剣呑な要素で構成されながらも不思議と威圧感を感じさせないのは、通りのいい声とその振る舞いがあまりにも気負わず、自然だからだろうか。
「俺の名はシバ! 『口は軽いが拳は重い』軽佻不惑のシバ! 困ったことに現在滅亡一直線のローカストが一派、阿修羅クワガタさんの気のいい仲間の一人だ!」
 何かの撮影だろうか、と呑気をしていた人々がその言葉に一歩を引く。
「まぁまぁ待て待て! 逃げてもいいけど、話を聞いてからにしろって!」
 言って慌てる姿は、とても人類と敵対する侵略者の振る舞いには見えない。
 遠巻きになった人々がひとまずは自分の要求を聞き入れたことに、悪いねどうも、と漏らしてシバと名乗ったローカストはつづける。
「なに簡単な話でよ、ケルベロスって言ったか? お前さんらの兵隊をここに呼んでほしいんだ、正々堂々俺と戦えっつってな」
 当然の疑問として何故? と誰かが声をあげた。
 そらそうだわな、とシバは頷く。
「俺らはグラビティ・チェインが欲しい。けどよ、弱いものいじめはどうも嫌いだ。泣かれたりしても困るしなァ――だから俺は納得してほしいんだ、お前さんらにも」
 頭をかきながらの言葉に嘘は感じられない。
 自然、多くの人間がそのままで彼の言葉を待った。
 きっとろくでもない話なのだろうとうすうす理解はしていても、待ってしまった。
「――俺はケルベロスと堂々と戦って勝つ。そしたらよ、さぱっと死んでくれねえかな?」
 誓って痛くはしねえからさ、と想い人を拝み倒すように言ったシバは、どうやら笑っているようだった。

「まずはお疲れ様と言わせてくれ。皆のおかげで広島市民に被害を出すことなく、ストリックラー・キラーを殲滅することが出来た」
 軍の動きを支えていた特殊部隊が壊滅したことで、ローカストの大規模な作戦はほぼ封じられたと見ていいはずだ、と告げて島原・しらせ(ヘリオライダーガール・en0083)はもう一度礼と共にあつまったケルベロスたちに頭を下げた。
 しかし顔を上げた時には、勝利を労うだけに呼んだのではないと表情で訴えていた。
「だが、ローカスト本隊とは別に動き出したものたちがいる、『グランネロス』発見のきっかけとなった、阿修羅クワガタ……さんと気のいい仲間達、だ」
 途中、微妙な表情を浮かべながらしらせは説明を続ける。
 グラビティ・チェインを困窮する仲間たちに施した彼らが、次の目標を探していたこと。
 けれどそう都合の良いデウスエクスの部隊が見つかるはずもなく、彼らはやむなく人間からグラビティ・チェインを奪うことに決めたこと。
 ――そして、人々からの略奪の前段階としてケルベロスに宣戦布告をしたこと。
「信じがたい話だが、彼らは本気だ。人々の命を賭けて戦えという要求ですらない、そうしてからでないと、気が済まない。ただそれだけのために皆と戦うつもりのようだ」
 頭痛をこらえるような表情で、いずれにせよこの戦いは避けられないだろうと言ってしらせは新たな資料を広げた。
「皆に戦ってもらいたいのは福岡市中心部の公園に現れた『軽佻不惑のシバ』と名乗るローカストだ」
 公園は綺麗に整備された広い空間で、戦いの障害になるようなものはない。
 周辺にはとどまる市民も少数出るだろうが、それも問題になる距離ではない、と言ってしらせは説明を続ける。
「シバは格闘戦に長じたローカストのようだ、打撃に加えて投げ技、関節技、なんでもあり。逆に言えばそれだけだが、決して侮ることはできない腕前だと思う」
 それから、としらせの顔が険しくなる。
「攻撃手段だけでなく、シバはどのような攻撃にも対抗できるように見えた。おそらく全ての能力が高いレベルでまとまっているのだろう――精神論のようだが、そうなると小細工よりも全力で当たることが大事に思える」
 厳しい戦いが予想されるが、頑張ってくれとまとめてしらせは説明を終えた。
 そうしてから、また難しい顔で口を開く。
「……率直に言って気のいい仲間達とやらの行動は、理解に苦しむ。馬鹿じゃないかと思うくらいだ」
 冷たく言い放ったあとしらせは大きく息を吐いて、年相応の少女らしい、しょうがないなと言わんばかりの表情を浮かべた。
「だけどまぁ、そういう連中がいるのはわかるんだ。できれば、堂々とした戦いで納得のいく敗北を与えてやってくれ」


参加者
ゼロアリエ・ハート(魔女劇薬実験台・e00186)
ネイ・タチバナヤ(天秤揺らし・e00261)
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
チーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)
如月・シノブ(蒼の稲妻・e02809)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
砂星・イノリ(ヤマイヌ・e16912)
イリュジオン・フリュイデファンデ(堕落へ誘う蛇・e19541)

■リプレイ

 四角に切り取られた空の下、穏やかな午後の公園に彼はいた。
 浅い池の縁に腰かけたスズメバチの顔をした男は、ゆっくりと歩み寄ってきた者たちへ手を挙げる。
「――よぅ、早かったじゃねえか」
 男の前に立ったのは8人と1体。
 かけられた言葉ほど気安い関係ではないと表情が語っていた。
「その様子じゃ話は通ってるみてぇだな、それじゃあ……」
「待った」
 言って立ち上がった男を灰髪の青年、如月・シノブ(蒼の稲妻・e02809)が制した。
「あんただけが美酒を望むんじゃあ不公平だ」
「私たちに人々の命を負わせる以上、あなたにもそれ相応のものを賭けてもらわねばな」
 空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)が後を受ける。
 不平を訴えるというより、純粋に取引を望むような声。
「――言いてぇ事はわかるが、あいにく俺の命以外にゃ出せるもんがねえ」
「えぇ、ですのでこちらは『あなたそのもの』を頂きたく存じますの」
 場面が違えば、さぞかし聞く者の背を震わせたであろう声はイリュジオン・フリュイデファンデ(堕落へ誘う蛇・e19541)だ。
「お願い、聞いてくださりますわよね?」
 ビハインドを従えた女性は、自身の使い方を心得た笑みを浮かべて首を傾げる。
「ボクたちが望むのはキミのコギトエルゴスムだよ」
 最後に、はつらつとした声の少女が歩み出た。
 砂星・イノリ(ヤマイヌ・e16912)は、先の広島の戦いで手に入れたコギトエルゴスムについて触れ、訴える。
 使い捨てられるはずだった者たち、それらがどうなるかはまだ分からないけれど。
「ボクはオウガメタルみたいにキミたちと共に生きる道を探したい。キミの本望ではないと思うけど、彼等の未来のためにその命を預からせてほしい!」
 少女の言葉にしばし沈黙したあと、男は口を開いた。
「ハッキリさせとくぜ。お前さんらに負けて死なずに済む手を俺は知らねえ。そうなる前に負けを認めろってんならお断りだ――その上で『もしそうなったら』好きにすりゃいい、当然の権利ってやつだ」
「――うん、それでいいよ」
 細い糸をたぐるつもりでいたイノリが、喜色を浮かべ頷く。
 それに釘を刺すように男は続けた。
「けどよ、なんだか俺にはこう聞こえたぜ、『お前らは負けた、もうお終いだ。そろそろ次のことを考えよう』――ってな」
「それは――」
 池の縁を離れ、公園の中央へと歩みを続けながら男は態度ではっきりと告げている。
 先の言葉に頷いたのは、ただそれを飲むのが公平な態度だと考えたからにすぎないと。
「確かに俺らは滅亡一直線だ。でもよ、そうさせねえ為に俺はここに来たんだぜ? 他のやつらも、阿修羅クワガタさんもな」
 言葉は、諭すようだった。
 男はそのためにいま命を燃やそうというのだろう。
 その決意を曲げる術などあろうはずもない。
「物分かりいい振りして結局それかオォン!? 格好つけてんじゃねぇぞクルァア!」
 成り行きを見ていたチーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)が牙を剥く。
 それに男は軽く肩を竦めて応え、狩猟豹の更なる悪態を呼んだ。
 チーディほどの反応は見せずとも、他のケルベロスたちももはや語る時が過ぎたことを悟っていた。
「良えよ、乃公様は、貴様が気に入った! いざ尋常に勝負っ!」
「シンプルな考え方の人って……好きよ」
 口々に言って、ネイ・タチバナヤ(天秤揺らし・e00261)が、喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)がマインドリングから武器を構えた。
「それじゃあ正々堂々、受けて立つよ!」
 ゼロアリエ・ハート(魔女劇薬実験台・e00186)が快活に笑う。
 彼からすれば、相手への心証はどうあれすべきことは普段と一緒だ。
 人々を脅かす敵があるなら、それを打ち倒すだけ。
 ケルベロスたちが構えたのを確かめて、男は動いた。
「軽佻不惑のシバ――行くぜ」

「――――!」
 一気に間合いを詰めたシバの蹴りが、身を守る暇さえ与えずイヴの腹に突き刺さる。
 金属を打ち抜くような音が上がり、軽装の鎧に身を包んだビハインドは苦しげに口を開けて身を折った。
 それを機に全員が動き出す、囲い、張り付くように6名、ネイと波琉那は拳の間合いから離れ、モカがその中間だ。
(「速いな!」)
 内心舌を巻きながらゼロアリエは、インフェルノファクターの火を昇らせる。
 まずは攻めの一手を狙っていた波琉那は、慌ててマインドシールドをイヴへと飛ばした。
「イヴ、皆さまは2人でお守りしますのよ」
 紙兵を展開しつつモカはさてどうかわすか、と思考を巡らせ、イリュジオンは励ますように光の盾でイヴを癒す。
 それに頷いたイヴのポルターガイストがシバの周囲で音を鳴らした。
(「お願い、力を貸して」)
 オウガメタルたちに呼びかけて、イノリがバトルガントレットをまとった拳を握り、シバの懐へと一歩踏み込む。
「やっ!」
「甘ェよ!」
 左のジャブはシバの右膝で、本命の右のショートフックは左肘に撃ち落とされた。
 身長差が活きると踏んだ接近戦の目論見は脆くも崩れたが、元より今回仲間を守る盾の役割、イノリはあえて間合いに踏みとどまる。
 そこへ今度はネイが行った。
「前後左右表裏ッ! 三っつ重ねて経絡八門、変幻自在に八卦良しッ! ……GODs and DEATHーッ!!!」
 脚運びは直ではなく曲の線、最短距離をあえて避けるかのような動きは、けれど過たずシバを捕らえた。
 出し惜しみなしの一撃、ぶんと身を回す動きを加えた貫手が次々とローカストの甲殻を叩き、貫く。
「ぐ――っとォ!」
 身を走る衝撃に抗いこらえようとしたシバが、大きく身を反らす。
 シノブのサイコフォースが宙で弾けた。
「今のもかわすか……!」
 シノブが言った直後、炎を上げる脚がシバの背を蹴り飛ばした。
「ヘイヘイ、算数できてるか? 囲んでフクロだムシ野郎!」
「うるっせえなぁ、ネコ野郎!」
 シバが身を回し、背後に構えた狩猟豹の頭を砕かんと肘が振り下ろされる。
「へっ、すっトロ――!?」
 それを紙一重で跳びかわしたチーディが勝ち誇るより早く、ぴたり止まった肘から先が時間差で振られた。
「がッ!」
 手刀の形で伸ばした腕がチーディの胸元を痛打し、息を吐かせる。
「究の拳が三――ッ!」
「だから、1人相手じゃないんだって!」
 今度はシバが遮られる番だった。
 ゼロアリエのエクスカリバールを使った破鎧衝が、外骨格の隙間に突き立つ。
 続けてハンマーで頭を狙う赤髪の青年を前蹴りで押し返し、シバが叫ぶ。
「おいおい最後まで言わせろよ!」
「それじゃあ、改めて続けて?」
 どれほど本気なのか測りかねる声で言って、波琉那は羽を震わせる。
(「攻撃に回る暇はなさそうね」)
 相手は確実な一手を選んできている。仲間たちもそれぞれに備えはしているが、早々よけられるものではない。
 一撃の重さを、その度に被る影響を考えれば慎重に過ぎるということはないだろう。
「我々1人1人ではあなたに敵わないだろう。だが八人の力を合わせれば!」
 モカとイリュジオンもまたマインドシールドで備えを厚くする。
 イリュジオンは自らに、そしてモカの盾を受けたシノブが切り込む。
「フッ!」
 牽制に放たれるシバの拳を、両の腕でなんとかさばき一歩の機をうかがう。
 身長差はおおよそ10センチだがリーチの差はより大きい。
 初速を悉くつぶしてくる速射砲のような拳の雨に無理を押して、行った。
「シィッ!」
 だが突き飛ばすようなシバの前蹴りがそれを押し止める、両腕で蹴りはうけとめたものの完全に前への力を失ったシノブは、けれど口の端を歪めて笑った。
「とった!」
 負け惜しみではない、もとより、触れるだけでよかったのだ。
 ローカストの蹴りを受け止めた右の掌から、螺旋の力が放たれる。
 甲殻に守られた内部をひっかきまわされ、苦悶の声を挙げて脚を引き戻すシバに、歌声と白い影が機を逃さず襲いかかる。
「――たとえ、名も無き星々の一つとなっても、ボクは歌う」
「卑怯などと言ってくれるなよ!」
 イノリの歌が響く中、再びネイが駆けた。
 とんと軽く地を蹴り、今度は『空』を蹴って構えたシバを飛び越え、旋刃脚で肩の甲殻を蹴りぬく。
「ハ、俺ァ楽しみを後に回せるタイプでよ!」
 シバの答えに息を吐き、レプリカントは獲物を手にした猛禽のように跳び離れていく。
 ネイを追わせぬよう立ちはだかり、イノリは歌を続けた。
 ――未来を、未来を、足跡を、これからもずっと。
 すでに一度拒絶は示された。
 戦いの先にあるのは終わりだけなのかもしれない。
 それでも、それならば。
 拳と歌と、自分のすべてをぶつけておきたいと少女は願う。
「これが見えるか? てめぇは俺の歩みにすら追いつけねぇんだよ!!」
 脇に構えていたチーディの姿が掻き消え、突如として吹いた熱い風に一瞬イノリは目を閉じた。
 次に視界に飛び込んでくるのは膝をついたシバと、心底愉快そうに歯を剥いて勝ち誇るチーディの姿だ。
「お腹が空いてて力が出なかったかボクゥ?」
「ホントムカつくなぁお前!」
 楽しそうに聞こえるけど、と言いかけた背を悪寒が駆け抜けた。
 膝立ちになったシバの足元で、ミシと舗装された地面が悲鳴を上げる。
 直後、爆発するような勢いでローカストは駆けた。
「チッ――!」
「破の拳が一」
 タ、タンとチーディの両脚が火の粉を散らす。
 軽快な獣の動きを、弾丸のごとく一直線に虫が追う。
 二つがついに交わるかに見えた刹那、そこへ仮面の女が割って入った。
「――紅貫(クヌギ)」
 ざん、とシバの掌が胸甲を砕き、背までを抜けてイヴの姿を風に溶け消えさせる。
 イリュジオンが金の瞳を細め、小さく息を呑んだ。

 元より楽観があったわけでもない、盾を務める仲間を欠いてもケルベロスたちに動揺はなかった。
 全力の交換は続き、援護を終えたモカとイリュジオンも攻勢に移る。
「――ところで大学で不惑って習ったけどさ、結構いい年?」
「やっ!」
 ゼロアリエが両の武器をおとりにエアシューズにまとわせた黒業を叩き込み、ぴたり張り付いたイノリが戦術超鋼拳で胴を撃つ。
「っとぉ! あぁ? 俺のは『軽く見えても心は惑わず』って意味よ、ピッタリだろ!」
 身を打たれ、拳を交わしながらもシバの言葉は止まらない。
「自分で言ったら台無しじゃない」
「まあ、殿方に自信は必要ですわ――そうでなければ、張り合いもありませんもの」
 回復に忙しく追われる波琉那はそう評し、イリュジオンは微笑む。
「この曲で、――存分に狂わせて差し上げましょう」
 硬く、強いものを惑わせるのは、いつだって柔らかな甘い毒だ。
 乱れた音がシバの動きを狂わせる。
「まさか『本物』に対して使うことになるとはな……くらえ、蜂刺乱舞脚!」
 そこへモカが褐色の竜巻となって襲いかかった。
 連続の蹴りがシバの守りをかいくぐり、甲殻の隙へと突き刺さる。
 後に姿すら残す高速の渦を、示し合わせたように――いや、実際にアイズフォンで無音の言葉を交わしたネイが突っ切る。
 貫手が猛烈にシバの体を撃った。
 確かな手ごたえ、だが果たしてこれを打ち倒すまでにあといくらが必要だろうか。
 肌を刺すような緊張感と、今だ見えぬ決着。
 それが快いとシノブは我知らず口元を緩ませた。
 行くぞ、と思い、来い、と思う。
 何度も見た前蹴りを、潜ってかいくぐる。膝裏を肩でかちあげ、シバの体を浮かせた。
「同じ手が通じるか!」
 拳を振りぬく、研ぎ澄まされた一撃は刃の鋭さを持って甲殻を貫いた。
「そろそろ死んどけアァン!?」
 惨殺ナイフを閃かせ、背後に回ったチーディが叫ぶ。
 背を切り裂かれながらも、シバは振り返らずその腕を取った。
「っ、離せゴルァ!」
 そのまま、もぐりこむようにして肩に担ぎ上げ、両の腕と頭を使って首と肩を極める。
「序の拳が二――怒槌(イカヅチ)」
 身を倒しつつ軽く跳ね――2人分の体重を乗せたチーディの頭で地面を叩き割った。
 杭のように大地に打ち込まれ、狩猟豹の男はぴくりとも動かない。
「確かに、同じ手はいつまでも通じねぇわな」
 皮肉気にいってシバは大きく息を吐いた。

 翳牢とシバが呼んだ、腕を極め足を払っての膝蹴りがイリュジオンに突き刺さる。
「……もう少し、丁寧に扱って頂きたいですわ」
 せき込みながらも、淑女はあくまで普段の姿勢を崩さない。
 時間を稼ぐべく前に出たイノリとシノブの攻撃をいなしつつ、シバもまた笑って応じた。
「言うねぇ、外骨格ならほっとかねぇんだが」
「あら、内骨格もいいものよ」
 言いながら、波琉那の内心は穏やかではない。
 残るディフェンダーはあと2人。
 どちらも無傷とは言えない、あるいは次の一撃でということも考えられた。
「……これはやはり悪手じゃろ」
 一方、無傷のネイに疑念はない。
 元よりこの戦い、相手には勝利のための理が欠けているからだ。
 しかし容赦するつもりもなかった、彼らが矜持に拘るというのなら。
「溺れる犬は沈めてやらんとな」
 大筋に同意しつつ、モカは残念だ、とも思った。
 真っすぐな拳、それを支えるのは紛れもなく鍛錬と強い意志。
 そんな男に変節などありえない。
「残念だぜ」
 シノブはあえて口にした。
 シバは最期まで自分自身の主であり、そして彼が彼を殺すだろう。
 イノリの唇は強く噛み締められている。
 戦う内に悟った。
 シバは道ですれ違う人だ、ただの一度だけ。もう会うことはない。
 けれどそれは悲しむべきことでもないと思えた。
「とっておきだ」
 3人のコンビネーションを耐えきったシバが呟き、直後イノリの世界がぐるりと回る。
「究の拳、奥義――斗群火(トムラヒ)」
 どん、と体が揺れたあと全てが闇に落ちた。
「――――!!」
 触れずに投げたと波琉那は思い、つま先だけで投げたとシノブは見た。
 けれど少女の意識を断ち切った直蹴りが、その身を吹き飛ばさなかったのは解せない。
「無茶苦茶なことするね!」
 結論としてはゼロアリエの一言だった。
 赤毛の鎧装騎兵は拳士の面々のような思い入れには縁遠い、隣の芝生を青くも見ない。
 使える武器は全て使う主義だ、それでも。
「ちょっと楽しそうだなあ」
「お前さんも大概だろ」
 シバの指摘通り、誰よりも快活な笑顔がそこに在る。
 強敵との戦いがそうさせる、そういう意味で彼は初めから勝者だった。
 エアシューズの蹴りはかわされ、ドラゴニックハンマーは拳で撃ち落とされる。
 ゼロアリエはあえて力で押し通した。
「これで、お仕舞いっ!」
 釘をはやしたエクスカリバールの一閃がスズメバチの頭を吹き飛ばすように突き立った。
 踏みとどまろうとして、それを果たせない。
 崩れ行くシバを見つめてゼロアリエが問う。
「――残念かな?」
「いいや、悔いなし、だ」
 饒舌なローカストのただ一言は、なによりも雄弁に心を語っていた。

作者:天草千々 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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