●バッタの女戦士
それが現れたのは、埼玉県秩父郡にある横瀬町。
トノサマバッタを二足歩行させたようなデウスエクス――ローカスト。
最初に目撃されたのは小学校の校庭だった。
「私はアクリス、ローカストの戦士である!」
授業を受ける子供達に向けて呼びかけようと、アクリスは声を張り上げる。
「枯渇したグラビティ・チェインを満たす為、この町の人間からグラビティ・チェインを略奪する仕儀となった」
もはや一刻の猶予も許されない。
彼女にとって弱者からの収奪は不本意であり「誠に申し訳ない」と、頭を下げる。
そんな昆虫人間を子供達は恐る恐る見つめ、アクリスも好奇の目を甘んじて受け止めていた。
「勿論、戦う術のない人間……特に子供を無闇に襲うような真似は私の矜持が許さない――故に、私は宣戦布告する!」
力を持つ者との、強き者との勝負を――!
「ケルベロスよ! 私と戦え、そして同胞を守るのだ!」
望むのは正々堂々の勝負、力と力のぶつかり合い。
正道を以て、然るべき道筋から得るという過程こそが重要なのだ!
「私がケルベロスとの真剣勝負を制した暁に、その結果として、グラビティ・チェインを強奪させてもらう!」
さぁ来い、ケルベロス――貴様らの敵はここにいるぞ!
「広島での戦い、ご苦労様でした。皆様のおかげで広島市民の被害はゼロに抑えられ、イェフーダー率いるストリックラー・キラーのローカストは全滅しましたわ」
オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)は集まったケルベロス達に恭しく頭を下げた。
ストリックラー・キラーが全滅したことで、ローカスト軍の動向はほぼ封殺されたと言える。
「枯渇状況も末期のはず、太陽神アポロンとの決着もそう遠くはないかと……しかし、この窮地を乗り越えようと発起した者達がいます」
――阿修羅クワガタさんと気のいい仲間達。
ダモクレスの移動拠点『グランネロス』を襲撃し、困窮する同胞達に全て施した後も、更なるグラビティ・チェイン獲得に乗り出していた。
だが、グランネロスのように大量に保有するデウスエクスの一団を見つけることは至難の業だった。
「予断を許さない状況に、彼らは地球人のグラビティ・チェインを奪う決断をしたようですわ……ですが、ただ奪うことを彼らは良しとしなかった」
彼らはケルベロスに対し宣戦布告し、迎撃に来たケルベロスを倒した報酬として、地球人からグラビティ・チェインを奪取するつもりらしい。
「宣戦布告する事自体はローカストにとって意味の無い行動と言えますが、阿修羅クワガタさん達にとってローカストの窮状を救い、尚且つ自らの矜持を守る為に必要な過程なのでしょう」
阿修羅クワガタさんも始めは大量に保有する地球人ではなく、他勢力のデウスエクスを狙った。
その性質から阿修羅クワガタさん達は『完全な悪』とは言い切れないだろう。
「ですが、同胞の為に略奪を働くというのでしたら、ケルベロスにとって許されざる敵と言えますわ。戦いは避けられませんが、宣戦布告に応えて正々堂々と勝負し、撃破してくださいませ」
敵の名はアクリス、気のいい仲間達の一人でありトノサマバッタの女戦士だ。
「彼女は小学校で宣戦布告した後、採石場で皆様を待ち構えていますの。遮蔽物もなく、純粋に戦闘する場として最適な立地と言えますわね」
すでに避難している一般人も多くいるが、危険を顧みずに応援に来ている観客はいるようだ――その多くは小学校で宣戦布告を聴いた子供達。
「アクリスは戦闘中に子供を狙うような真似はしないでしょう、彼女としても子供に手は出したくないようですから」
無論、子供と言えどケルベロスならば話は別。『戦士』として大人と同等に扱ってくる。
「アクリスの武器は強靭な脚。オウガメタルで硬化した健脚から繰り出されるキックは強化した能力を破ったり、一時的に麻痺させてきますわ。自身にかかった異常状態も気合で吹き飛ばすようです」
文字通り『真っ向勝負』となることが考えられるため、相応の作戦を練る必要がある。
アクリスも一介の女戦士、油断すれば一気に押し込まれてしまうだろう。
「彼女は窮地に立たされるローカストの為にも、引くことはないでしょう。ですが、ケルベロスも敗北を許される状況ではありません……気を引き締めて参りましょう」
参加者 | |
---|---|
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294) |
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810) |
ミリム・ウィアテスト(ブラストトルーパー・e07815) |
鷹野・慶(魔技の描き手・e08354) |
フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵・e15511) |
四月一日・てまり(カストール・e17130) |
御手塚・秋彦(昆虫狂いのガンスリンガー・e26919) |
八尋・豊水(狭間に忍ぶ者・e28305) |
●正義と正義
赤く燃える夕陽を武甲山が覆い、採石場には薄暗い夜の気配が漂い始める。麓を掘り下げるようにして作られた採石場では、飛蝗の女戦士が茜色に染まる山々を眺めていた。
侵略者であるデウスエクスの奇妙な言動に、訝しんだ市民は採石場の小高い丘からその背を見つめる。
「あのバッタ人間、なんであんな事言ったの?」
「そんなのわかる訳ねぇじゃん」
声を潜める子供達の頭上に騒がしいローター音が接近し、見上げると8つの影が降下してきた。
「ケルベロスだ! ケルベロスが来たよ!」
少年の言葉が伝播して周囲も沸き上がり、それを合図にアクリスは夕陽から視線を下げる。
真っ先に行動を起こしたズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294) から広がる鋭い殺気は歓声を押し黙らせ、子供達はぞろぞろと離れていく。
(「皆に嫌われることになっても、私は人を守りたいのよ……」)
「みんなー! 離れて応援するんだよー!」
ミリム・ウィアテスト(ブラストトルーパー・e07815)は声をかけるも、その姿は次々と見えなくなる……殺界を解除しない限り姿を見ることはないだろう。
(「子供に優しい敵とは、やりきれないね」)
フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵・e15511)はアクリスを一瞥する。
ローカストの窮状からやむなく起った誇り高き女戦士の心情を想うと、複雑な気持ちにさせられた。
先を行く御手塚・秋彦(昆虫狂いのガンスリンガー・e26919)にフリードリッヒが追いつくと、市民が入り込まぬよう念入りにキープアウトテープを貼り始める。
搬入口を塞いでも降りられる場所がいくつもあり、終わらせるまで多少時間がかかりそうだ。
「……ほう」
一連の様子を眺めていたアクリスは眉を顰めるように触角をピクと跳ねる。
(「虫のツラじゃ表情も解らねぇな」)
話をしたい仲間の方針に鷹野・慶(魔技の描き手・e08354)も彼女の考えを知りたくもあるが、倒すべき敵に変わりないと静観を決め、慶と同じように四月一日・てまり(カストール・e17130)も浮かない表情で沈黙を保っていた。
(「ヴァルキュリアとも少し前まで戦ってたんだよね……だけど、アクリス達の行動を割り切れないのは私の心が狭いのかな」)
洗脳されていたヴァルキュリアと違い、ローカストは己の意思で行動を起こしている。
その『決定的な違い』がてまりを懐疑的にさせるが、今はせめて対話を望む仲間達を見守ろうと唇を固く結ぶ。
だが一方で不愉快に思う者もいた、空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)もその一人だ。
(「殺すくらいなら謝んなよ、謝るくらいなら殺すなよ……過程がどうあれ結局奪うなら同じだろ?」)
阿修羅クワガタさんと気のいい仲間達の宣戦布告を好意的に感じる者も多いが、空牙のように偽善的に思えて癇に障る者も少なくない。
それでもローカストとの和解の道を開こうと八尋・豊水(狭間に忍ぶ者・e28305)は一歩前に出る。
「戦う力なき者を襲わない貴女達の矜持、戦士として賞賛に値するわ。その上で知っておいてほしいの。ケルベロスの中にも戦う意思のないローカストを殺めたくないと思う者が、少なからずいるという事実を!」
――しかし、アクリスは触角をまた跳ねると溜め息を漏らした。
「よく言えたものだな」
辛辣な言葉は豊水の心臓をドキリと強張らせる。
「お前達は私が口約を破って力無き者に危害を加えると疑っている」
「そんなつもりは!」
「では何故、見えなくなるまで遠ざけた? あそこで細工している者達はなんだ?」
その言葉にズミネはヘリオライダーの言葉を思い出した。
アクリスは『いきなり一般人を傷つけるようなことはしない』と宣言しており、それは『いかなる理由があろうと市民にいきなり攻撃することはない』という意味でもある。
もっとも市民の間でも『一般人がデウスエクスに攻撃しようなんて自殺行為だ』と考える者が最も多いだろうし、危険を顧みなかったとしても最低限の安全策をとるものだ。
「念を入れて予防線を張りながら称賛などと、聞いて呆れるな」
(「どうしよう……でも、今から説明してもあの様子じゃもう……」)
先走り過ぎたと悔やむズミネは、固唾を呑んで相手の出方を窺う。
「……信じられない、よね」
てまりも言葉から滲みだす感情を理解できた――呆れと怒りだ。
そんなアクリスの態度にミリムは険しい表情で睨みつける。
「豊水さんには悪いけど、あなたが結局は弱者から命を奪う事に変わりない。この宣戦布告に何の意味があるの? 呼び出しの意味は?」
(「弱者から搾取するくせに子供には同情? 哀れみ? 今更そんな態度が通用すると思わないでよ!?」)
「聞いていたのなら今さら確かめることでもあるまい」
非難を込めた視線も予想されたものなのか、女戦士は変わらず堂々としたものだ。
「定命化は……やっぱりしちゃくれねぇのか?」
大きく溜め息を吐くアクリスに空牙が強い語気で割り込む。
「凶暴化とかこの際どーでもいい。こんなその場凌ぎなんかしてねぇで、もうちょっとしっかり『今』を生きろよ」
暴れたら誰かが止めるだろうし、いつか死ぬとか正気が保てなくなるとか、先のことなんて生き残ってから考えろ! と空牙は食ってかかる。
その言葉にアクリスの触角は三度跳ねた。
「我々に先があるかも解らん。だから、私は飢餓に苦しむ同胞の為に、残された時間を費やすと決めた……地球人が有するグラビティ・チェインは全てのローカストの『今』を保てるほど膨大なのだ」
そう断言したアクリスはもうひとつ息を吐き
「御託はもう聞き飽きた」
逞しい脚を前後させ、身構える。
「お前達の正義は否定しない、だが私の正義を否定される謂れもない。私を止めたければ己の正義を貫いてみせろ」
この場に善悪と言う概念は存在しない。
ケルベロスの正義とローカストの正義、ふたつの正義が異なる視点の異なる主張を掲げているに過ぎないのだ――。
●悪なき戦場で
すでに日は山影に身を潜め、夕焼けの光だけが山と空との境界線を描くのみ。
頬を撫でる涼しい風が吹いたのを合図に、ズミネがケルベロスチェインを伸ばしてフリードリッヒ達に魔法陣を展開する。
「勝負だ、アクリス!」
片手杖を握りしめて慶がウイングキャットのユキを連れて駆けだす。ユキがリングを飛ばして牽制する隙に、慶はマインドリングを長剣に変化させて斬りかかる。
「いい目をしている、だが――」
光の刃を受け止めたアクリスの片腕から体液がしたたり落ち、痛みを物ともせず間合いに残る慶の鳩尾を膝で突きあげ返す。
「上から目線でぬかさないでよね!!」
ドラゴニックハンマーを投げ捨てながらミリムが飛びかかる。
鋭い蹴りを見舞うと女戦士は身を翻し、目にもとまらぬキックの応酬が繰り返され衝撃で砂埃が舞い上げる。
「ああもう! まだなにも言えてないのに……!」
フリードリッヒが交戦音に気づくと破談したのだと察し、少しでも近づこうと駆け寄りながら冷気を纏う螺旋の波動を放つ。
ミリムと間合いをとると同時に肩口を凍らせるが、アクリスは雄叫びをあげて氷を吹き飛ばす。
「正義だとか決闘だとか、綺麗な言葉で自分を誤魔化すな!!」
「それは独り善がりというものだ、小僧ォッ!」
砲撃を繰りだす空牙の言葉も動じない。初弾は頬を掠め、次弾を蹴り返せば空牙の後方にある土塊に大穴をあける。
「八尋流正当・豊水……参る!」
ビハインドの李々を前衛に立たせ、スカーフで口元を隠した豊水は螺旋手裏剣を取り出すと動きを止めようと次々と投擲し、一発を胴回りほどありそうな脚に突き刺す。
「こちらも行くぞ」
流れるような動作で両手を地面についたアクリスは真横に開脚しながら高速回転を始める。
「李々、お願い!」
猛烈な勢いで迫る一撃を慶がサーヴァント2体と詰め寄って受け止め、繰り出される絶技の直撃に痺れるような衝撃が走る。
「チ、一発が重てぇ……」
「いま治すからね!」
てまりが攻性植物を広範囲に伸ばすと黄金の果実で照らし、衝撃の余波を和らげている間に、追いついた秋彦も足を止めようと攻撃に加わる。
「私達が勝ったら貴女自身を頂きたい、死ぬまで戦う必要なんてないだろう!?」
「これは生存競争だ! 結果は勝って生きるか負けて死ぬしかない!!」
頭上から落とされた飛び蹴りにも怯まず、アクリスは秋彦の言葉を一蹴する。
――もうそんな段階は過ぎてしまったのだ、と。
踏み込みひとつで固い地面に足跡を残す健脚は驚異的な機動力を見せ、秋彦達と対等の戦いを演じてみせる。
(「なんとか触れれば……」)
言いたいことはまだ一杯ある、一方的だとしても――!
ミリムは接触テレパスを使う機会を窺うが、アクリスの俊敏さに追いつくので手一杯だ。言葉を伝えられる暇もないと歯噛みして破鎧衝を放つが、アクリスにその手首を掴まれた。
「雑念は払え、小娘」
丸太じみた逞しい太腿が蹴り上げ、脇腹を強く打ちつけると勢いで体がくの字に曲がる。
「ぐぁ……っ!!」
「み、ミリムちゃん!?」
肋骨が軋む激痛を堪え、蹴り返そうとするもミリムの一撃は空を切り、離れた隙にてまりと秋彦は二人がかりで練気を放ち治療に当たる。
「命ず、眇たるものよ転変し敵手を排せ」
「グラビティ・チェインを不足しながらここまで動けるなんて……」
慶の古代語魔法とフリードリッヒの竜語魔法の詠唱が重なり合う。宙にドラゴンの幻影が、石の山からは大量の鼠が姿を現し、同じ標的に狙いを定める。
鼠の群れはアクリスの外骨格に噛みつき、続けて襲いかかる竜の吐息は内包された肉を焼いて不快な臭いを漂わす。
「そっちに行くわよ!!」
火の粉を払いながら迫る女戦士を止めようと豊水が不可視の地雷原を起爆させるが、一足飛びで搔い潜っていく。しかしあがる土煙は駆けていく空牙の姿を一時的に隠していた。
「どうせ妥協すんならもっと大々的にやりやがれ!!」
彼女一人にローカスト全体を動かす力はなくとも、思いの丈をぶつけようと空牙はハンマーを横殴りにぶちかまし、アクリスの左腕がゴキリと嫌な音を上げる。
「この程度ッ」
折れた左腕に構うことなく飛躍し、首を狩るように回し蹴りを仕掛けるとユキと李々が勢いに吹き消されるように姿を失う。
「攻撃に加わりたいけど、これ以上は……!」
攻め込みきれない状況にズミネは自身に落ち着くよう言い聞かせ、負傷の増えていく慶に緊急手術を施す。
日もすっかり落ちて黄昏を過ぎようというとき。
空牙の轟竜砲によってアクリスのひしゃげた腕は体を離れ、ただの肉塊と化した。
前衛に立つ3人も追い詰められ、当たり所が悪ければ戦闘続行も難しくなるだろう。
相手の体力がどうなっているかケルベロスには解らない。けれど、彼女の動きが鈍っているのは明らかだった。
「……最後に聞かせて。貴女達はこの星が好き? この星で生きたいと思う?」
「貴女にこんなところで玉砕して欲しくないんだ」
豊水と秋彦は説得できる最後のチャンスだと、一縷の望みに賭けて呼びかける――しかし。
「半端、な……」
地の底から這い出るような低い声を漏らし、アクリスは攻撃の手を止めていたフリードリッヒの眼前に迫る――。
「か、は」
勢いの乗った前蹴りは直前に飛び込んだ慶の胸倉に直撃し、蹲るように倒れこむ。
「半端な正義感で救おうなどと思うな! どちらつかずの態度が結果として傷つけると何故解らん!? 救うなら全て救ってみせろ!!」
悲痛な叫びはこだまし残響は虚しく消えていく。
「そ、それは……」
(「く、全て救う方法なんて……だがそれをやる訳には……」)
――全てのローカストを救う為には、地球の誰かを犠牲にするしかない。
それを承諾しかねるからこそ、こうして戦っているのだ……アクリスも押さえていた感情が爆発し怒りを露わにする。
「こっちの気も知らないで!」
舌打ちする空牙は慶から一度引き離そうと駆けだし、大量の影分身を作り出した後方からズミネも治療にかかろうと走る。
苦無や手裏剣を携える分身達は傷つく外骨格に新たな傷を増やし、より赤黒く染めていく。
「私は、私はっ……負けられんのだぁぁッ!!」
それでも攻撃の手を伸ばそうと、押しこもうとする影分身を突破してアクリスはフリードリッヒに迫る。
「ここで死力を尽くすっていうのかい……」
鬼気迫る迫力に気圧され、一瞬出遅れたフリードリッヒに一撃見舞われようとしたそのとき。
足元から伸びる光がアクリスの腹を突き破る――それは蹲る慶の手から伸びていた。
「肉体派じゃ、ねんだぞ……ぅ、く」
不意をついた一撃は隙を生み、ミリムの接近を許すには充分だった。
その拳は目が眩むほど燦然と輝いていたが、視線を足元に向けては避けられまい――。
「覚悟はいいですか」
アクリスの頭部は光の中で弾け飛び、頭部に詰まっていたものがそこら中に飛び散る。アクリスだったモノは膝をつくと砂塵となって消えていった……。
●残されたもの
来る前から浮かなかったてまりの表情は、今はこの場の空気のように重く沈んでいる。
「救うなら全て救ってみせろ、か……重い言葉だね」
「ローカスト全部の命、背負ってたんだからね……あんなに芯の強い女、滅多にいねぇよ……くそっ」
フリードリッヒは遠い空に浮かぶ星々を眺め、秋彦は悔しさをぶつけるようにひび割れた地面に拳を叩きつける。
それでもやはり納得がいかない者もいる。
「しょうがねぇだろ、地球を餌場にする訳にもいかねぇんだから」
「あいつらだって所詮は侵略者だよ! ……なのに、なんでこんなにモヤモヤするの……」
空牙は死骸の消失した辺りを睨みつけ、ミリムも痛む脇腹を押さえながら唇を尖らせてそっぽを向く。
彼女がもっと悪辣で卑劣な存在だったらもっと罵声を浴びせてやれたのに――やり場のない憤りが晴らされる訳もなく、2人の言葉に苛立ちが透けて見える。
「自分の思いを貫くって、こんなに難しいんだね」
てまりは言われた言葉を頭の中で反芻する。
ケルベロス同士でさえ意見が異なっているのだ。ならば、正面からぶつかりあう敵と和解することがどれほど至難であるか――嫌でも理解させられた。
「これが現実なのね……私もまだまだ甘いということかしら」
ローカストは自分が考える以上に過酷な状況に置かれていると痛感し、豊水は痛みに耐えるように目を伏せる。
重苦しい沈黙を破るようにズミネは静かに口を開く。
「だいぶ冷えてきたわ……もう帰るわよ、風邪を引いてしまうもの」
負傷する慶に肩を貸すとズミネはゆっくりと歩き始め、それに倣うようにてまり達もその場を離れていく。
暗くなった採石場はただ侘しく、ただ虚しく……空虚さだけが残されていた。
作者:木乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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