広い交差点に、一体のハナカマキリ型ローカストが仁王立ちする。ローカストは、これから襲おうとする街を、人々を、ゆっくりと見渡した。
グラビティ・チェインの枯渇はもはや深刻だが、弱き者より奪うは矜持が許さず、されど奪わざれば座して死すのみ。ゆえに彼は阿修羅クワガタさんの苦渋の決断に同意した。すなわち、ケルベロスと戦い、勝利することを強奪の条件としたのだ。
「やあやあ我こそは、ローカストの戦士、断華(たちばな)なり。此度はグラビティ・チェインの枯渇により、已む無くこの地に攻め入らんとする次第!」
大音声が町中に響き、通行人が声の主を振り返る。幾人かは驚き逃げだし、幾人かは硬直する。断華は気にも留めずに言葉をつづけた。
「されど我は賊に非ず、ただ戦にて生を得んとする戦士なれば、ケルベロスよ、疾く来たりて民を守れ。我は汝を打ち破り、しかる後に勝者の権利を行使せん!」
鋭い鎌状の腕を振り上げ、断華は気炎を上げた。
「まずは広島での戦い、無事で何よりだ」
アレス・ランディス(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0088)はバインダーに挟んだ資料をめくる。イェフーダーやストリックラー・キラーといった強敵を倒し、市民を守りったことで、ローカスト勢力は幾度目かの大打撃を受けている。
「連中のグラビティ・チェインの枯渇も、もはや危機的状況だろう。太陽神アポロンに戦いを挑むことになる日も近いかもしれん」
しかし、ローカストの危機に立ち上がった者達がいた。阿修羅クワガタさんと気のいい仲間たち。戦う力を持たない一般人を襲うを良しとせず、あえてダモクレスとその移動要塞を襲撃した一派だ。
だが、大量のグラビティ・チェインを奪える相手はそうそう見つからない。ゆえに彼らは、苦渋の決断を下した。ケルベロスに宣戦布告し、正々堂々と戦って勝利したうえで、人々からグラビティ・チェインを奪おうとしているのだ。
「正直な話、連中にそんな手を取る余裕があるとは思えん。が、それが奴らの矜持だというなら、不都合もない」
いかに彼らが根っからの悪でなく、同情に値する立場であろうとも、人々を襲おうとしている以上、倒すしかない。
「だがな……いいか、これは俺の、勝手な要望だ。お前たちの確実な勝利が最優先だ。それを承知で、言わせてくれ」
できれば、と前置いて、アレスは意を決して言葉を紡ぐ。
「今回は、正々堂々と当たってほしい。奴はきっと、誇りある死を望むだろうからな」
今回アレスが予知した敵は、ハナカマキリ型のローカストだという。
「名は断華。奴は広い交差点のど真ん中で、お前たちを待っている。邪魔するものは何もない。周りには多少一般人はいるが、断華がお前たちを差し置いて一般人を攻撃することはない」
アレスは断言する。一般人も危険は承知のこと、自らの意志でその場に留まる。そのため、人払いも必要ない。
「両腕の鎌には十分気を付けろ、切れ味は古今の名刀に劣らんからな」
断華は両腕をオウガメタルで覆うことで、さらに切れ味を向上させ、あたかも刀を振るうかのような攻撃をしてくる。日本刀のグラビティに近いと考えれば、対処もしやすいだろう。
「ケルベロスが盾なら、断華はさしずめ刀だな。奴は武人だ、どれだけ追い込まれようと、決して逃げず、最後まで戦うだろう。……応えてやってくれ」
アレスはそう締めくくると、ヘリオンへの搭乗を促した。
参加者 | |
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ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210) |
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986) |
塚原・宗近(地獄の重撃・e02426) |
御門・愛華(落とし子・e03827) |
尾神・秋津彦(走狗・e18742) |
卜部・サナ(仔兎剣士・e25183) |
リフィルディード・ラクシュエル(ガンブレ・e25284) |
佐竹・灯子(無彩色の原石・e29774) |
●鉄華咲く
白い身体に薄紫。予知された交差点へと赴いたケルベロス達は、その真ん中で口上を述べるローカストに正面から向かっていく。ローカストと、八名と一匹のケルベロス達の間に流れる静寂は、嵐の前の静けさの如く。
八人の一人、巨躯に深紅の鎧を纏ったコロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)が歩み出る。
「我はケルベロスが一、金剛のコロッサス。気高き武人との死闘を望む者也」
そこで一度言葉を切り、仲間たちを見渡した。
「されど我が身一つで貴殿を破ること能わず、故に群れを以て相対する事を許されたし」
「私は御門愛華。断華さん、こちらも全力でお相手します。矮小な身にて、正々堂々一騎打ちでお相手できぬことを許して下さい」
御門・愛華(落とし子・e03827)が小さく頭を下げると、断華は鷹揚に笑った。
「譲れぬのは承知の上、数もまた力なれば、不当とは思わぬ」
「小生は先祖代々筑波に在りて、狗賓を名乗りし一族の末。姓を尾神、名を秋津彦! まだ若輩の身ながら、先祖直伝の業にて全力でお相手仕る!」
名乗りを上げた尾神・秋津彦(走狗・e18742)は、花弁に似た敵の姿に目を細める。ハナカマキリは蘭に擬態する。体色は透き通るような白、しかしその鎌はアルミニウム生命体に覆われているのか、白銀に輝いていた。
「ケルベロスの剣士、卜部サナなの!」
卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)は星火燎原の名を持つ刀を抜き払い、その切っ先を断華に向けた。その傍ら、佐竹・灯子(無彩色の原石・e29774)は花緑青の髪を風に翻らせ、さらにナノナノがふわりと浮かぶ。
「私達はケルベロスの佐竹灯子とナノナノの餅子!」
「僕は塚原宗近といいます……一般人の皆さんは離れてください。危険です」
塚原・宗近(地獄の重撃・e02426)が呼びかけるも、人々は遠巻きに見守りつつもその場を離れる様子はない。
「案ずるな、番犬よ。我が汝らを打ち倒すまで、民衆は傷つけぬ」
敵でありながら嘘偽りの感じられない物言いに、宗近は苦笑した。
「こういう相手の方がかえって戦い辛いのだけれどね。皆さん、流れ弾には気を付けてくださいね!」
宗近の言葉に一般人の幾人かがうなずきを返し、場は再び緊張感に包まれる。
「ケルベロスとして、名を連ねさせてもらってるリフィルディード。唯、今は貴方を打ち砕く一つの刃とならせて貰おう」
言って、リフィルディード・ラクシュエル(ガンブレ・e25284)は愛銃・桜蘭に触れる。左手に携えた日本刀とともに、リフィルディードの戦いを支える相棒であった。
そして満を持して、ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210)が進み出る。
「これより咲かすは剣の華。今より散らすは灼けつく火花。士道覚悟のその刃、我らが牙で受け止めん! 心に刻めよ我らが名……あ、我こそは、『輝くばかりの美しさ』誇りしナコトフ……フルール!」
歌舞伎の如く大見得を切ったナコトフは、攻性植物の蔦をその身に這わせ、戦意を示した。
「成程、強者揃いと見たり、相手にとって不足無し」
断華は満足げに宣言すると、その鎌をケルベロス達に向け、構える。
「……いざ、尋常に」
「勝負!」
そして、果し合いが始まった。
●士道とは
コロッサスに斬りかかるべく、断華が動く。その動作に素早く反応した秋津彦が彗星の如き蹴撃を叩き込んだ。コロッサスを狙ったアルミニウム生命体の刃は狙いをわずかに逸らし、彼の防具に浅い傷をつける。
「蟷螂の恐ろしさはその速さ。先手争いは敵わずとも、後の先を取れば!」
「敵を知り、己を知るか。それでこそ、我が宿命の戦に相応しき相手」
攻撃の失敗を悟り立て直しを図る断華に、コロッサスのバスターライフルの銃口が向いた。
「見事な斬撃……なれど、我が金剛不壊の守りを破るに能わず」
照射された光線が蟷螂の鎌を焼き、その切れ味を削いでいく。グラビティを中和されたアルミニウム生命体が輝きを鈍らせ、断華自身の刃が露出した。
「油断すれば、その首を落とすことになる……この椿のように!」
袖口からか椿の花を取り出したナコトフは、同時に野茨の蔓を地に這わせる。足を絡めとられた断華は鎌で断ち切ろうとするも、グラビティを持った植物を引きはがすは容易ではなく、その動きを大きく制限された。
乾いた発砲音が、戦場を駆ける。リフィルディードの早撃ちが蔦を切り裂こうとする断華の鎌を撃ち抜いた。
「一つの刃となるとか言っておいて、いきなりで悪いけどね~」
リボルバーの銃口から立ち上る硝煙を吹き消し、リフィルディードがいたずらっぽく笑う。
「でもその戦いぶり、前に戦ったのよりも気骨があるね! 不退転部隊とか、他のローカストが飢餓ローカストに人を襲わせたことについてどう思っているの?」
彼女が思い起こすは不退転ローカストとの戦い。その後の飢餓ローカストに至っては、同胞すらも道具扱いしているように、彼女には思えていた。
断華は、それが自分個人の考えであると断ったうえで、語り始める。
「同胞の行いは種の存続の為、我らが行いは個の矜持の為。愚かなるは我らのほうぞ。……阿修羅クワガタさんは知らず、ただ我が思いなれど」
「たとえ愚かでも、それを選んだあなたたちに、私は敬意を表します。……餅子、いくよ!」
灯子の声にナノナノの餅子が応え、その名の通りもちもちした体から光線を飛ばす。
「よし、今のうちにっ!」
ローカストを怯ませた隙をつき、見えない爆弾をケルベロス達の背後に設置。スイッチを押したその瞬間、腹に響く爆発音が戦場の太鼓のように、味方を鼓舞する。
「心意気は嫌いになれないけれど、覚悟も全て刃の重さに変えるだけさ!」
鋼刃重撃(ハガネノジュウゲキ)。宗近はその思いをすべて刃の重さに変え、超重にして正確無比な一撃を叩き込んだ。そして宗近の長身の影から、サナが飛び出し日本刀を『星火燎原』を薙ぐ。斬鉄をもこなす刀は月光の如き軌跡を描き、ローカストの装甲を易々と切り裂いた。
「私は愛華、貴方は断華。似ていますね」
愛華は人のそれと同じ右手を固く握り、地獄で形作られた左手を伸ばす。その上をブラックスライムが這い、巨大な左手となる。
「然り、断つも愛すも表裏。我らはグラビティ・チェインを奪い、汝らは我らの命を奪う。守るべき者が居るのも同じ、されど情けは不要」
断華の白い姿がブラックスライムに飲み込まれていく。断華は鎌を振るって拘束から脱するも、その身に付着した黒い残滓が動きを鈍らせている。
「もちろん、手加減なんてしません」
愛華は硬い表情で、そう言った。
●生きようとすること
断華の刃は待ち、誘う。対する秋津彦の立ち回りは、縦横無尽に駆け死角を突く動の戦い。竜の力を持つ槌を軽々と担ぎ、その重量をものともせずに敵の背後へと回る。
「開けた屋外ならば、縦横無尽に立ち回れる狼の狩りに分がありまする!」
大質量に速さを乗せ、叩きつける。ドラゴックハンマーの接触面から生み出された氷は、衝撃が形を持ったかのように広がった。
「最後まで油断はしない。ここで負けるわけにはいかないからね」
宗近は断華の動きが止まったその一瞬で懐に潜り込み、強烈な回し蹴りを放つと、腕の脆い関節部に正確に突き刺さった。
「……なかなか、やる」
断華がうめく一方で、ケルベロス達の傷も決して浅くはない。ケルベロス達は相手の攻撃の性質を知る利をよく活かし、その攻撃を見極めている。それでも、戦いを続ける以上負傷は避けられない。戦況は五分、いやケルベロスがわずかに上回る。
「いささか不利か、かくなる上は!」
断華は両手の鎌を乱舞させ、遠距離の空間ごと切り裂く奥義。狙いは、灯子だ。仲間の援護に徹し、防具によって軽減した傷をさらにふさぐ、彼女は断華にとってまさしく脅威だった。
「……!」
紫水晶の目が見開かれる。避けられない――ケルベロス達が息をのむ中、灯子と斬撃の間に割って入ったのは。
「餅子!」
むにんともちもちの体のせいか、斬撃は一同の予想よりもだいぶ威力を削がれたようだ。餅子は改めてバリアを張り、ほわんとたれ目をほぼ閉じつつも健在をアピールする。
「ありがとう、餅子!」
そして、灯子のグラビティはその身を呈して仲間を守っていたコロッサスへ。魔法の木の葉が風に乗り、傷に触れては跡もなく消していく。
「優勢と言えど最後まで『警戒』せよ……シャクナゲの花言葉だ」
ナコトフは袖口から紅色の花を取り出し示し、それを仕舞うこともせず踏み込んで鋭い突きを放つ。
「目の前の敵には『集中』するよ、このヤナギランに誓ってね」
次いで取り出したるは赤紫の花。ナコトフは妖艶に笑うと、取り出した花を悠々と袖口に戻した。
「近からん者は目にも見よ、我、神魂気魄の斬撃を以て獣心を断つ――!」
コロッサスにより、裂ぱくの気合を以て放たれる黄昏の剣(タソガレノツルギ)。とっさに鎌を掲げる断華だったが、威力に押し負け鎌の一本が半ばから折れ飛んだ。
「武人として、死力には死力を以て答えるが礼儀」
「……天晴れな心意気よ、これが汝の覚悟か」
「上がアポロンじゃなかったら、こんなことせずに違う道もあり得たかもね……もう道は決まってしまったけど……」
リフィルディードが思い描くはいかなる可能性だったか。それは彼女にしか分からない。だが、断華は笑って首を横に振る。
「我ら奪う者なれば、道は一つであったろう。我らが神が賢君であれ、あれ以上の暗愚であれ」
(「あ、さりげなくけなすんだ」)
思うと同時に、リフィルディードはその身を光へと変じてローカストに突撃する。その手ごたえ、そしてふらつく敵の様子から、戦いの決着は近いと悟る。
「敵ながら天晴れだったの。でも、決着はつけなきゃ……なのよね?」
サナに迷いはない。
「お日様、お月様、お星様……サナに力を貸して下さいっ! ……日月星辰の太刀っ!」
太陽と月、そして星々の力により得られた短期の未来予測は、断華の防御の隙を搔い潜る太刀筋を予見させ、『星火燎原』でそれを辿ると、ローカストをあと一息まで追い詰めた。
そして、膝をつく断華の前に愛華が立つ。
「あなたのような誇り高い戦士を倒すのは、復讐者ではダメですね」
地獄の左腕ではなく、生身の右の拳を握りしめ。
「何か言い残すことは、ありますか」
「なし、と答えるが潔し。されど……」
断華はケルベロスに呼びかけたときと同じく、最期の力で声を張り上げる。
「同胞たちよ、まこと面目ない! 我、番犬を破ること叶わず、これにて死を得ること、どうか許されたし! ……だが、汝らのような者と戦い死ぬことは、わが生涯において最大の幸運と言えよう」
「なら……復讐者ではなくただの人間の、誇り高き戦士として貴方を倒します」
やればできる。いや、ここでやらずしてどこでやる。愛華の右手に込められた決意がローカストを撃ち抜き……そして、断華は倒れた。
●花落ちる秋
ケルベロスがデウスエクスを撃破した。本来なら歓声の上がるべき場面は、しんと静まり返っていた。
「誇り高き武人と立ち会えたは我が生涯の誉れ」
秋津彦は静かに語り掛ける。
「そうだね、敵ながら天晴れ、実に美しかった」
ナコトフは静かに同意する。
「……倒す前に言ってあげればよかったのに」
戦いに散った花螳螂に手を合わせながら、サナはぽつりと漏らす。
「秘めるが華、とも言うだろう?」
ナコトフは紫色の小さな花を取り出した。エリンジウム、花言葉は秘めた思い。戦いの中、賞賛の言葉を発することのなかったのは、民衆の命のかかる場だからこそ、勝つことだけを目指すがゆえ。それもまた、矜持の形の一つだ。
「悪い人じゃ、なかったよね」
誰に言うでもない灯子の言葉を、リフィルディードが拾い上げる。
「確かにね。でも、悪くないけど敵だった」
相手は生きるために必死で、ケルベロス達も守るために必死だった。純粋な生存競争に、善悪は無いのかもしれない。
「とにかく、一般人の皆さんも無事でよかった。怪我している人がいないか、見てきます」
宗近はその場を離れ、いまだ遠巻きに見守る住民たちへと駆け寄っていく。彼らの怪我はせいぜい飛び石がかすめた程度のもので、ほぼ被害はなかった。断華は約束通り、ケルベロス達に勝たずして住民を襲うことは無かったのだ。
「命を軽んじず、それでいて惜しまず。彼もまた、勇士だったな」
コロッサスは、腕組みして戦いを振り返る。足元には自らが叩き折った銀色の鎌。ふと、そこにもう一つの影が差す。愛華が、右手を鎌へと伸ばした。
「……」
言葉は無く。刃先を拾い上げれば、陽光を反射してぎらりと輝いた。その腹を、愛華は生身の右手で撫でる。
しばらくして、人々が徐々に散り始める中、ケルベロス達もまた背を向ける。
一つの戦いが、幕を下ろした。
作者:廉内球 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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