●宣戦布告
「手前、名はジャクホウ。ローカストの戦士なり。種の存続の火急ゆえ、この町の民草を襲い、グラビティ・チェインを略奪しに参った」
町を一望できる高層ビルの屋上、アスファルトの地面を遥かに見下ろしながら、雀蜂は語る。
腕を組み、高楊枝を咥えるその様は武人そのものであり、その声は秋風が吹く晴天の空によく響いていた。
「ただ、手前は戦う術のない者をいたぶる趣味はない。ケルベロスよ、人間の盾となるというなら手前と手合わせ願いたい」
虫の武人は咥えていた高楊枝をプッと勢いよく吹き出し、手すりに足をかけて啖呵を切る。
「手前は逃げも隠れも、策を弄しもせぬ。貴殿らの首級を挙げ、グラビティ・チェインを手にして見せようぞ」
宣戦布告代わりに噴き出された高楊枝は、道路の真ん中に深々と突き刺さっていた。
●最後通牒
セリカ・リュミエールは集めたケルベロス達に説明を始めた。
「広島での戦い、ご苦労様でした」
ケルベロス達たちの活躍によってローカストの特殊部隊、ストリック・キラーは全滅し、ローカスト軍の動きはほぼ封じられた。
グラビティ・チェインの枯渇状況も末期であり、太陽神アポロンとの決着も近いだろう。
しかし、この戦果は吉報だけを運んでくるわけではなかった。
「阿修羅クワガタさんと気のいい仲間たちがローカストの苦境を見て立ち上がったようです」
曰く、グランネロスを襲撃した彼らは、奪ったグラビティ・チェインを困窮するローカスト達に全て施した後、更に獲得するための活動に入ったらしい。
しかし大量のグラビティ・チェインを持つデウスエクスの部隊が他に見つからなかったので、やむなく人間のグラビティ・チェインを奪う決断をしたようだ。
そして自らの矜持を守るための苦渋の決断こそ、正々堂々とケルベロスを倒すための宣戦布告というわけだ。
「困窮するローカストのためとはいえ、人間のグラビティ・チェインを奪おうとするなら、彼らは私たちの敵になります。戦いは避けられないでしょうが、せめてその布告に応え、正々堂々と撃破してください」
さらにセリカは続けて言う。
「場所は高層ビルの屋上です。広さは十分にあって障害物もほとんどないため、戦いやすい環境と言えます」
落下防止用の手すりと隅に位置している階段室以外何もない屋上は、小規模な体育館並みの面積を有している。
「ビル内をはじめとした周囲の人々は基本的に避難していますが、皆さんを応援する為に周囲の建物の屋上へやってくる観客はいるようです」
しかしそこは声援が届きこそすれ、規模にもよるが攻撃の余波が届くような距離ではないようだ。
「今回の敵であるジャクホウは接近戦を主体とした格闘を得意としているようです」
使用するグラビティはローカストキック、アルミニウムシックル、アルミニウム鎧化の三つ。
鎧で身を固め、足技で牽制しながら刃で仕留める戦い方が基本であり、雀蜂の姿はしているが毒針を使った攻撃は一切しないようだ。
「彼はローカストの剣となり、正々堂々と戦いを挑んできました。ならこちらも、一般人の盾となり正々堂々と守り抜きましょう。皆さんの勝利を信じています」
参加者 | |
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風空・未来(けもけもベースボール・e00276) |
北郷・千鶴(刀花・e00564) |
アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770) |
吉柳・泰明(青嵐・e01433) |
逆黒川・龍之介(剣戟の修練者・e03683) |
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749) |
鏑木・蒼一郎(ドラゴニアンの執事・e05085) |
本多・風露(真紅槍姫・e26033) |
●我こそは
ビルの屋上で秋風が吹く中、雀蜂と番犬たちは対峙していた。
互いの沈黙を風の音が遮る中で、最初に口を開いたのは鏑木・蒼一郎(ドラゴニアンの執事・e05085)だ。
「初めまして、ジャクホウ殿。俺は鏑木蒼一郎。ドラゴニアンの執事にして、降魔拳士だ。正面切っての宣言、敵ながら天晴れと言わせていただく。それに答えて、俺達は持てる力の全てで迎撃させていただく。無辜の民を殺させる訳には行かないので、ね」
風空・未来(けもけもベースボール・e00276)が続けて名乗りを上げた。
「真(まこと)のバットマン、風空未来!」
武器である赤バット、正確に言えば赤バット型のドラゴニックハンマーを前に構える。
北郷・千鶴(刀花・e00564)は愛猫の鈴と共に目の前の雀蜂を見据え、正面から名乗る。こちらの意思を伝えるため、ジャクホウの気概に応えるために。
「北郷千鶴、並びに鈴。貴方様の心意気を聞き届けるべく、馳せ参じた次第。此の地を、命を――そして互いの矜持を護る為にも、身命賭してお相手致しましょう」
先の広島戦で、飢餓ローカストの最期が焼き付いているアイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)であったが、敵を前にすぐ思考を切り替えた。
「空往く魚、蒸気飛行船エフィジェが主。アイラノレ・ビスッチカ。未熟なれどこの身、ヒトの命を守る医師なれば、癒しの力にてお相手します」
医療に携わるものとして、加減なしで挑むために。
ジャクホウと同じく武人である吉柳・泰明(青嵐・e01433)は、同じく同胞の為の譲れぬ想いをひたすら真っ直ぐに、刀を、心をぶつけるのみ。
「番犬が一員、吉柳泰明。貴殿が同胞の為の矛と成ろうと言うならば、此方もまた同胞の為の盾として、死力を尽くそう。武人として、互いに恥じぬ手合わせを――いざ」
相容れないがせめて誇りある戦いと引導を渡すために。
逆黒川・龍之介(剣戟の修練者・e03683)は久しく見たことのない正々堂々と戦う敵を前に、良い心意気の武人を前に少しばかり高揚していた。
「俺は逆黒川龍之介だ。武器はこの刀だけだが、卑怯とは思うなよ。全力だからな」
敵として申し分なし。ならば全力で挑まなければならない。
相手がどのようなものであれ、綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)は持てる力の全てを駆使して当たるつもりだった。
「綾小路家不肖の弟子、見習い神官、綾小路鼓太郎」
敵が己の流儀を押し通すなら、こちらもそうするまでである。
雀蜂の武人を前にして、普段なら面倒臭いと思う本多・風露(真紅槍姫・e26033)もこの時ばかりは同じ武人として心が躍る。
「我こそは真紅槍姫、本多風露!」
戦場の倣いにのっとり、首級を頂戴する為に。
「我等ケルベロス、いざ尋常に勝負!」
「望むところなり! 手前の切れ味、ジャクホウの総てをとくと見よ!」
八人の番犬の名乗りが秋空に響き、一斉に声をあげて構えると、雀蜂の武人はコンクリートの床面を蹴り、跳びかかった。
●屋上激闘
「最初から全力でいく! 疾れ、雷よ!」
その言葉に偽りはなく、蒼一郎の真・雷帝は空中で跳び蹴りの体勢をとっていたジャクホウに容赦なく迫る。とっさに翅を羽ばたかせて軌道を変え、急所は避けたジャクホウであったが被弾した右足が焼けている。
「隙あり!」
ダメージを受けて着地した敵に追撃するため、龍之介は斬霊斬による横薙ぎの一閃を繰り出した。研ぎ澄まされた一撃はジャクホウの腕を切り飛ばした、筈だった。
「隙なし、だ!」
「うおぉっ!」
ジャクホウは刃が届く直前に、その部分をアルミニウム生命体で固めていた。足も火傷から広がっていくように鎧をまとっていく。防御に使った腕を振りぬく間に、その全身を金属が覆っていた。
「ここから先は!」
「通しませぬ!」
腕から刃を展開し、更に追い打ちをかけるジャクホウの前に泰明と千鶴が割り込む。二対の腕、四つの刃から繰り出される斬撃を、二人は息を合わせて刀で受け、いなし、切り返していく。遠巻きに見ている、応援に来た一般人には、彼らに届く飛び散る火花と剣戟の音の数がこの攻防の激しさを物語っている。
ジャクホウの刃が一つ欠けた瞬間、両者が一旦距離をとると、お互い無数の切り傷が出来ていた。ただ、ジャクホウの方は鎧の表面の話であり、実質的なダメージはほとんど見られない。
「こちらは千鶴さんを癒します、そちらは泰明さんを!」
「かしこまりました、こちらはお任せを!」
鎧で身を守っているジャクホウと違い、こちらは生身である。アイラノレと鼓太郎は切り傷まみれの仲間を分担して治癒していく。祝福の矢と護殻装殻術は仲間の傷を癒すとともにジャクホウの鎧を砕くための布石でもあった。
「当たれっ!」
未来は足元からケイオスランサーを操る。ジャクホウの手元に隙は無いが、その分足は死角になっているかも知れない。しかし雀蜂の武人はこれを蹴りで受け止める。
この蹴りでほんの一瞬隙が出来た。軸となる左足で体を支えながら、右足を地面に戻すその瞬間。
「これならどうじゃ!」
武人が見せたほんの一瞬の弛緩を見逃さなかった風露は、破鎧衝でジャクホウの鎧に亀裂を入れた。そのひびは先ほどの剣戟でできた無数の切り傷に重なるように拡がっていく。
「クゥオォォォォォォ!」
ジャクホウが雄たけびをあげ、残された刃を振りかざしたのは、その鎧の一部が剥がれ落ち、コンクリートとぶつかる音がするのと同時だった。
●刹那の剣戟
「剣と成りて、斬り祓い給へ」
「貫き徹す――」
「毎日打ち込み続けたこの一撃、受けて見ろ!」
ジャクホウが振る刃は三つ。それを迎え撃つのは千鶴の菖蒲刀と泰明の竪狼、そして龍之介の無位の剣閃。群成す菖蒲が、己が総てを乗せた一刀が、構えすら見えない神速の一撃が雀蜂の刃と激突し、火花を散らす。鈍い音と共に砕けた刃は方々へとんでいき、地面に突き刺さる。これでジャクホウのアルミニウムシックルは全て使い物にならなくなった。破剣の影響か鎧もボロボロと破片が転がっていく。
「お前の気脈を封じる!」
蒼一郎は指天殺でジャクホウの動きを制限しにかかる。刃がなくなったとはいえ鎧をまとった腕は振り回すだけでも脅威であるし、まだ足技がある以上油断はできない。相手が正々堂々を望む以上、慢心は許されない。
「知っていますか? 癒す術を知る者は」
「同じく倒す術を知る者です」
治療を終えた鼓太郎とアイラノレは、達人の一撃とハウリングフィストで援護する。ジャクホウの鎧はすでに見る影もなく、雀蜂の体に傷が蓄積していく。
「一勝負、完全燃焼!」
守りが無くなってがら空きとなったジャクホウの体に未来の風空ノ一・心撃が入る。フルスイングのように振りぬかれたバットは、ドラゴニック・パワーを噴射しさらに加速する。
ジャクホウは吹き飛ばされぬよう両足をコンクリートに突き刺さんばかりに踏ん張って耐えていた。場外へ出て反則負けという結末だけは何としてでも避けたい剣道の選手の様な、武人としての意地がそうさせているのだろうか。
「我が前に敵は無し、只勝つのみ!」
一瞬の閃光の後、天下三槍の名を持つ風露の第一の奥義、蜻蛉切がジャクホウの胸部を貫く。
「御見事……」
雀蜂の武人が最期に口にしたのは断末魔でも不平不満でもなく、純粋たる称賛の声であった。
「貴殿は紛れもなく武人じゃった。尊敬に値するほど、な。貴殿は一人じゃが、わしらは仲間がいる。それが勝敗を分けたのじゃ」
立ったまま力尽きたジャクホウに対し、武人としての言葉をかけ、礼を尽くす。
かくして高楊枝の武人は散り、戦いは終わった。
●終局
「も、もう指一本動かせんのぅ……、誰ぞ負ぶってくれんかえ?」
真面目にやりすぎた揺り戻しか、はたまた全力を出し切ったツケか、風露は屋上の固い床面に体を横たえ、両手足を力なく放り出す。その目蓋は半分降りかかっており、声にも覇気がない。
(「この秋空の様に…快い、お相手に御座いました。――その気風と生き様、忘れませぬ」)
千鶴はジャクホウの最期をまっすぐに見据え、戦い様を心に焼き付けていた。見届けながら、黙祷をささげていた。
(「天晴れ…とでも言うべきか。敵ながら、見事な生き様だな」)
泰明もジャクホウに敬意を表し、黙祷をしていた。そして人々の声援に礼をしながら、この先も護っていかねばと胸に誓いを立てていた。
「残念だ。敵でなければもっと語り合えただろうな。……せめて安らかに眠るがいい」
龍之介は手を合わせると、ジャクホウの冥福を祈る。
「さらば、強敵(とも)よ。お前の事は、一生忘れない。これからは、俺の内にて生きると良い」
ジャクホウの散り往く姿に対し、蒼一郎が取ったのは敬礼の姿勢だった。正面から正々堂々立ち向かってきた心意気に、正面から答えた者からの返礼として、自然に手がその形になった。それに合わせて未来も一礼する。その強さと心意気に。
「敵だった、それだけの事です……」
そう鼓太郎は静かにこぼした。心意気に全く応えてやらないほど余裕がないわけではないというだけで、如何に言っても、どう取り繕っても敵は敵でしかないのだから。
「……あなたの望んだような戦いを、私たちはすることができたでしょうか」
自分たちの全力で倒したジャクホウを前に、アイラノレは物思いにふけっていた。広島で交戦した名も知らぬオサムシ型のローカストは死にゆく身で同法の助命を願い、先ほどまで戦っていた雀蜂の武人は同法を救うために戦いを挑んだ。
結局オサムシ型ローカストの名前を聞くことは出来なかった。正々堂々と、全力で戦えというのに水を差すような行為ははばかられたからだ。その選択が正解なのかは今となっては解らない。ただ秋風が道路に突き刺さっていた楊枝を拭き倒し、転がすだけだった。
作者:天川葉月 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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