「皆さんこんにちはー、お邪魔していますー!」
幼さを残す高い声が、その町内で最も広いグラウンドを持つ小中学校の屋上から響き渡った。声からその持ち主を推測するならば、十代半ばの少女、といった風情であるが。
「私はヴァイスターウェ・ヴラートと申しますー! ビビと呼んで下されば嬉しいですー! ハチ型ローカストやってますー!」
脚の二本で体を支え直立する彼女はその手に杖と思しき物をぎゅっと握りしめて声を張り上げていた。突然の事に驚き建物から校庭に出て来た人々の視線を受けたがゆえの緊張もあるかもしれない。人々はデウスエクスである彼女の姿に驚き脅え此処から逃げ出そうとしている者が大半だが、先程の名乗りに違和を覚え様子を窺おうとする者も居たため、彼女は彼らへ告げるべく、大きく息を吸い込んだ。
「私達は、死に瀕している同族を救うため、この町の人々からグラビティ・チェインを奪いに来ました! ですが、戦う力を持たない人達を一方的に虐殺する事は、……私には出来ません!」
これまでのローカスト側の行いを踏まえての事だろう。彼女は一度、深く頭を下げた。少しの間を置いて、顔を上げる。
「ですから、私はここに、地球と人々の護り手たるケルベロスの召喚を要請します! そして、現れた彼らを私が破ったならば、彼らに勝る強者として正当な力と権利を主張し、この町の人々のグラビティ・チェインを頂きたい!」
慣れぬ言い回しなのかやや辿々しく言い終えた彼女は、状況が整うまで待つとの意思表示のつもりだろう、その場──初めに下り立った屋上のコンクリートへ座り込む。その後、あ、と思い出したように身を乗り出し、地上へ向けて白い蜂顔を突き出した。なお、彼女は顔のみならず全身白っぽく、明るい場所で静かにしているとあまり存在感が無いとか。
「正々堂々と戦ってくれる人を呼んでくれると嬉しいですー! あとそこの広い地面で戦いたいので空けといて下さいー!」
混乱して身の振り方を決めかねる生徒達を宥めている最中に言伝を頼まれる形となった教員達は随分困惑したという。
「ローカストの、『阿修羅クワガタさん』の、『気のいい仲間達』の一人……一体? が、とある学校を占拠したそうよ。『ケルベロスと戦わせろ』ですって」
ケルベロス達が『ストリックラー・キラー』を殲滅し広島市を護り抜いた直後にこれである。篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)は不可解そうに眉をひそめた。
現在ローカスト側は相当に追い込まれている筈で、『阿修羅クワガタさん』達が先日『グランネロス』から奪ったグラビティ・チェインで何とか保っている状態のようだ。ゆえ、彼らはこの窮状を救う為にやむなく人間達を襲撃する事に決めたらしい。
「あなた達に対応を頼みたい相手なのだけれど、ええと、バイ何とかと名のったらしいけれど、通称ビビで良いそうよ。彼女の主張に嘘は無い様子で、今は大人しくあなた達の到着を待っているようね」
現場から伝え聞いた状況を仁那が伝える。相手はヒト同様の二足歩行での移動を主とする蜂型のローカスト。背の羽で飛ぶことも可能なようだが、戦いにおいてはケルベロス達がそうしない限りは飛ぼうとしないだろう(でなくては『正々堂々』にならないとの考えの持ち主のようだ)。手にした杖と己の拳を用い、術法と格闘を織り交ぜて戦う事を得意とするらしい(彼女の自己申告だそうだ)。
「こちらで調べた限りでは、特に罠も無いみたい。彼女の言い分は、信じても良さそうよ。学校内に居たひと達には敷地外への避難を勧めたそうだし、自分が民間人にとって脅威である事も解っているようで、『ケルベロス達が来るまでは動かない』と宣言した上で、最初に陣取った南校舎の屋上から本当に動いていないようだし。
ただ、向こうは『正々堂々とした戦い』を強く望んでいるようで、あなた達がそれに応えなかった場合に彼女がどう出るか、は、判らない」
だから出来ればそれは叶えてやって欲しい、とヘリオライダーは言った。それから、と彼女は現場である学校の航空写真と周辺の地図をケルベロス達へ提示する。
「校舎が北寄りに纏まっているようだし、南門から入ってすぐのグラウンドで戦うのが良さそうよ。隅の方には遊具類もあるけれど、あなた達ならば壊さず収められると思う。地上から呼び掛ければ彼女は飛んで……あるいは跳び降りて、来るでしょうから、迎撃するなり名のらせるなりしてあげて」
彼女の出方はケルベロス達次第となるだろう。説得で退かせる道は無いであろうから、最終的には戦った上で倒す事になる。
なお、生徒、教員、周辺住民に関しては概ね避難が済んでいるが、野次馬やらケルベロス達のファンやらが学校の敷地外に幾らか留まっているようだ。これに関しては警察も動いている為、ケルベロス達の方で対処が必要になる事は無いと見て良いが、人と場合によっては敵味方共に士気に影響する事もあるかもしれない。因みに敵の方は、幼い子供に凄惨な光景を見せる事になるのは嫌がりそうだ。
「状況と、彼女の性格とを利用して有利に事を運ぶ、ということも出来なくは無いでしょうけれど、やり過ぎると卑怯だと文句を言われる事になるかもしれないわね。なのであなた達には正面から思い切り、彼女を討ち破って来て貰えると嬉しいわ」
敵の腕は侮れないが、ケルベロス達ならば不可能では無い。そう仁那は口の端を上げた。
参加者 | |
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九道・十至(七天八刀・e01587) |
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830) |
井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091) |
風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931) |
スミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975) |
幽川・彗星(剣禅一如・e13276) |
天照・葵依(蒼天の剣・e15383) |
篠村・鈴音(助く者の焔剣・e28705) |
●触れる為に向かい合う
ケルベロスの到着に人々がざわめいた。声援なども交じる中、敵は己が眼で以て、挑むべき相手を見定めたようだった。
「こんにちはー! 来て下さってありがとうございますー!」
屋上で手をぶんぶん振る彼女を見上げ、九道・十至(七天八刀・e01587)は肩を竦める。
「待たせたな、レディ。ダンスのお誘いなら歓迎だが」
「だんす?」
だが反応は傾げた首と疑問の色。間を置き理解に至ったか、ああ、と苦笑に変わる。
「ごめんなさい、苦手なんです! どちらかというと撲殺の方が得意でー!」
一切憚る事なく言い終え彼女は、ケルベロス達が未だ戦闘態勢に入らぬのを見、申告の後に羽を使い地上へ下りた。
「では改めて。──ヴァイスターウェ・ヴラートと申します。長いですし、お嫌でなければビビと呼んで下さると嬉しいです。本日はよろしくお願いします」
「あ、篠村鈴音です」
そうして、手を前で揃えてお辞儀をする彼女を見、つられたように篠村・鈴音(助く者の焔剣・e28705)が丁寧に頭を下げる。
「ではビビ」
おっとり緩められた空気を引き締めるに似て、天照・葵依(蒼天の剣・e15383)が進み出る。毅然として己が名を告げた後、彼女は続けた。
「そちらの要求は聞いた。だがこちらが勝利した場合、追加で一つ、貰いたい報酬がある」
多くの人々の命は、元よりこの惑星のもの。ゆえに現状、勝利したケルベロス達が得られるものは、侵略者一体の、死という形での無力化だけ。ゆえであろうと理解して、白い蜂型のローカストは困った様子を見せつつも頷いた。
「私が差し出せるものは、この命以外に無いのですが……うかがいます」
「なに、お前が頷いてくれればそれで良い。こちらが要求するのは、お前のコギトエルゴスムだ」
聞いて彼女はまずきょとんとして、暫しの後に首を振った。
「私の要求を聞いた、のですよね? 私は、あなた方の手で殺されない限り、止まるつもりはありません」
彼女の目が厳しい色を帯びる。だが葵依もまた不服と怒りを示し眦をつり上げた。
「求めるばかりが通るとでも? 死して万一、死神に利用されたらとは考えぬか? ──それともお前は、負けるわけが無いと我らを侮るか」
「いいえ。私がデスバレスの道具となる事があれば……きっとあなた方ケルベロスがもう一度、私を正しく殺してくれる」
迷惑と手間を掛けると承知でそれでも、と白蜂の娘は笑むよう声を和らげた後。
「そして私は、私の誇りに殉じたい。命があるうちは、出来る事をしたいです」
「ここで死んでしまうよりは機会を待った方が、仲間達の為になると思うんだぞ!」
「侮辱と取られても仕方の無い事を言っているのは解っています。ですが、あなたがここで死んでしまえば、もう何も出来なくなってしまいます」
思い直せと風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931)が声を張り上げた。頷いて鈴音は敵を慮り、それでも、と静かに言い募る。
「機を待つ余裕すら今のローカストにはありません。今動かねば近く全員が飢えて死ぬ。それに、あなた方こそ。私がここで死ぬと決めつけないで下さい」
「違う! 私……私達は、ローカストも地球の奴らもみんな助けたいんだぞ!」
「っ……」
届けとばかり、響が叫んだ。情をぶつけられ白蜂がたじろぐ。そして彼女は少女達を見、己を睨むままの葵依を見た。
唇を引き結ぶ娘は、友人達のように理由を語る事はしない。敵を武人として尊重したいと考えているのだろう。蜂の視線が、口も手も挟まずに待ち続けるケルベロス達を順に撫でた──スミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)がより後方で何らかの作業をしている事が判ったが、不穏な様子は見えないのでと流した──後、今向き合うべき相手である少女達へと戻される。
「生き延びるのが私だけでは意味が無い。同志達だけでもまだ足りません。それに失礼を承知で言います、あなた方が、あるいはあなた方から私達のコギトエルゴスムを奪った者達が、私達を道具として使わない保証もありません。流れに任せるだけでは何も出来ないと考えたからこそ私達は、死んでいった同族達の意思すら踏みにじる事になろうとも動く事を決め……私は今ここに居ます」
解って欲しいと敵が言う。即座にはね除けないのは彼女なりの礼儀だろうか。困ったとばかり井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)が息を吐いた。
「正直に言うとね。君たちと友達になりたいと、僕は思っている」
傷つけ合わずに済むのなら、共に生きて行けるのなら──異種族を受け容れて来た歴史を持つ地球に住まう一人として、彼は言う。もしもローカスト達が地球を愛してくれるのならば、各々の道は共に途切れる事を免れる。対峙する彼女と彼らが今この瞬間そうであるように、殺し合う以外の方法で触れ合えて解り合えるのならと、彼は言う。
「──僕は『異なる』を『紡ぐ』と書いて、イツムというよ」
彼は、在り方の異なる彼女へ手を伸べた。
「私は……穢れを厭い、異物を拒む、白の棘」
応じる声は、痛みに耐えるような色を孕んだ。それでも、頷けはしないと彼女は強くかぶりを振る。
「私はローカストの戦士、地球の敵です。──構えて下さい、ケルベロス」
続いた声はひどく硬い。堪えかねたように切り上げる声も、敷地外からの人目を気にする様も、彼女の甘さの顕れなのだろうと幽川・彗星(剣禅一如・e13276)は考える。
「しがらみってやつさ、諦めな」
唇を噛んだ響の耳が項垂れるのを見、十至が諭した。敵は此方の準備を待っている。
「まあ、ひとまず勝つ事を考えましょうか」
葵依の拳が震える様を見、彗星が促した。力ずくで従わせる手は、未だ完全に潰えてはいないとばかり。
「──我は葛葉影二、闇を駆ける影也」
静かに佇み続けていた葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)がこの時初めて敵を正面から見据えた。彼女を尊重する意思を示し、襟を正し赤刃の鎌を握る。鈴音もまた紅の刀を抜き、異紡は鉄杖を取った。
「『ウェアライダールーヴ』見参!」
響もまた覚悟を決めた。その身を戦う為の黒き獣へ変じ、きりりとポーズを決める。己が手で地に設置した眩い光を側方に浴びるスミコが各種武装を展開する。
葵依の手に依り戦場を覆い隠す煙が生じる。敷地外の人々が狼狽や心配の声をあげるが、『正々堂々』向き合う為に、敵の集中を乱す要因を少しでも減らす事を選んだ。
「──参る」
●終える為に手を伸ばす
術炎が広がる。主の命を受けてヘルトブリーゼが彗星を護った。風を切る赤い車体を越えて青年が宙を渡り敵へとナイフを振るう。手応えは悪くない、けれど未だ不足。認識が入り交じる戦場で、月色の加護を御する響は祈り紡ぐ葵依へ助力を乞う。敵の炎は仲間達の身を呑み込むよう熱の紗を濃く重ね、肌の下に消えぬ痛みを深く鋭く刻まんとすべく荒れるのだと、前衛達は身を以て知った。
ゆえ、異紡が雷壁を織り上げる。痛みを和らげ皆の身を護る光が爆ぜた。滞空する残滓をくぐり踏み込み来る敵の拳へ応じてスミコは、先程周辺に仕掛けた手製の光球へと相手の視線を誘うべく動く。しかと見れば目を灼かんほどの激しい光に顔をしかめた敵が、ゆらり身を沈める。その様は光に惹かれているようにも視覚を封じられたようにも見えて、生じた敵の死角を突いて彼女は鉄鎚を振るった。
打撃は静まる大気ごと重く打ち込まれる。しかし顧みて彼女は眉をひそめた。目に入る光量は織り込み済で、それでも、光を背負う形になった敵の身の白さが、続く動きを読む目を眩ませる。
(「いまいち」)
仲間からの警告とほぼ同時、敵の拳をまともに受けて、スミコは脳内にメモを取る。光は敵の視覚に影響を与え得る様子なれど、今回の場合は相手が悪い。光に馴染む白蜂にとって、閃光は必ずしも敵とはならない。惹かれた如き動きすら、見せかけかもしれない。
「うん、邪魔……というか無粋かな? 申し訳ないですけど、壊しちゃいますね」
彼女へ深手を負わせた敵は、他のケルベロス達に捉えられる前にと駆けるついでに光球を蹴り割った。
軽やかに駆け回る彼女を捉えるのは容易く無く、鈴音も走る。包囲せんと動いた盾役達をパスした敵の足元に滑り込み蹴り上げて疾駆する蜂を押し留めた。束の間留まるその身の在処を、影二の直刀が弧を描く残像を成して過ぎる。緩む足の代わりの如く敵の腕が杖を振るい、再度爆ぜた炎は熱風をあげ鈴音の身を激しく焦がした。
御した風をぶつけるようにして熱から逃れ得た十至は、続いて突撃を掛けて来る敵の動きを観察しつつ嘆息を一つ。
(「おっさんに同じように走れとか、とんだじゃじゃ馬だねぇ」)
ぼうっとしていては捉えられかねない。割り込んだ盾役に短く礼を。雷の加護を幾重にも乞う癒し手が、塞ぎきれぬ皆の傷に難しい顔をするのが判り、十至はぱちんと一つ指を鳴らした。敵の傍で爆発が起こり、衝撃を殺そうとしたのだろう、側方へ身を流す白蜂の動きはしかし少しばかりぎこちなさを帯びる。ケルベロス達の護りと賦活は都度試みられれど未だ十全とは言い難く、ゆえに敵を。彼女の行く手へ回り込んだ影二が、その腹を捉え。
「今──」
低い声は口中で紡がれた。繰り出した掌底を追う前に融ける。刹那触れた肌を介して渦を成す熱が遣られ、敵の身に残る凍気を排する事無く共にその内を苛む。娘の口から零れる掠れた苦鳴は、体内を砕く鈍い爆破音に掻き消された。
「ドローン展開」
敵がよろめく隙に立て直しを試みる。赤い一輪はもう走れない。白い小龍は墜ちる寸前だ。スミコは黒い毛並みを砂埃に染めた少女へ向けて幾つもの治療用ドローンを撃ち出す。
だが、群れるドローンを白い手が叩いた。
「砕かせて貰います」
ヒトより多い腕で三つを払い、道をこじ開けた蜂の杖が風を薙ぐ。鈍器として振るわれるそれが唸り。
「退が──……っ!」
巻き込まれる事の無いように、と。背に庇ったドローンの繰り手を逃げろと更に押しのけた、黒い獣を象る体が宙を舞った。振り抜かれた杖に浮かされた彼女の身からは力が抜けて、砂地に落ちて一度跳ねて、拒んだ手は震えたけれど、ヒトのそれに姿を戻した少女の体は意思の命に背き動きを止めた。
「響!」
案ずる声は微かに揺れた。されど葵依はそれを押し殺し、月詠を伴い務めを引き継ぐ。単調なまでの連撃をそれでも技量で以て当てに来る敵を凌ぎ、彼女は口の端を上げた。
「良い動きだな、師はかの阿修羅クワガタさんか?」
「いえ、あの方は私には未だ雲の上の」
好機と見たケルベロス達に依って方々から飛来する鎌や気弾の類を受けながらなお、乱れぬ動きで白蜂は否定を返した。かと思えば声は半ばで潰え、直後彼女の杖から無数の光弾が出でて葵依の体に次々刺さる。
「──ごめんなさい、アオイ」
戦闘不能に追い込んだ事を謝るにしては苦しげに、娘は小さく告げた。
そしてその小柄な体を、不意に短剣が斬り裂いた。
「贖うならばその身でどうぞ? ──まあ言えた義理じゃありませんが」
ばくりと虫の外殻が割れた。体液が噴く。敵の虚を突いた彗星は形の良い唇を笑みの形に歪め、熱持たぬ声を紡ぐ。見開かれた彼の目は正しく標的だけを映した。貫く事を決めた敵の戦意に呼応する彼の害意は何より先に己へ向けられた。彼が唱える強い否定はその存在を曖昧にし敵の認知を眩ましその身を剥き出しの殺意たる刃と変えた。
盾役達は倒れた。それでも圧されるわけには行かぬと攻め行く前衛達の負担は大きい。それを異紡と影二が支え続けた。翻る鉄杖は治癒を奏で敵の術がもたらす延焼を抑え込み、長大な弧を描く赤の刃は敵の身へ幾重にも鎖を掛け呪わしいまでに絶えず痛みを謳う。
善戦してはいる。今なお立っている者も各々傷は深く自陣は半壊同然だが敵方もまた同じ。ゆえに天を戴く刀を走らせる傍ら十至は安堵する。技だけで足りるなら、己が肉体にこれ以上の鞭を打つ必要に迫られず済むのなら、その方が有難い──常ならぬ肉の痛みは、錆びたままで居たいと乞う胸までを無理に軋ませるから。
(「緋焔──」)
放たれた白い魔光を、刀を操り鈴音が弾く。殺しきれなかった分が身を刺したけれど、彼女は紅い刀身に雷を纏わせ軽やかに敵へと打ち込んだ。
鋭く敵を裂いた音。度重なる負傷ゆえに力を失いつつある白い体に少女は隙を見出した。
「待って」
だが、追撃は振るわれない。躊躇い交じりのスミコの制止とどちらが早かったろうか、紅い刀は一息に命を奪える位置で、それでもその肌に触れる事無くひたりと止まる。
「彼女達だけでは、足りなかったですか?」
「逆だよ。あの二人の納得が無いままだから」
敗北を悟った敵の問いにスミコが首を振る。その答えに己の手を強く握った所で白蜂の娘ははっとして、握ったままでいた杖から静かに手を離した。
倒れた二人は特に強く不殺を望んでいた。胸中を整理する時間も足りなかった筈だ。友人達の願いを慮り彗星は、密やかに長い息を吐いた。
とはいえ、二人の回復を待つだけの余裕は無い。今この場で殺してしまわねば、このローカストは止まらぬと、彼女自身が初めに言った。
十至と影二の覚悟はとうに決まっている。思う所が無くはなくとも、互いに譲り得ぬ以上はこれが正しい在り方だ。スミコと彗星は多くを語る事を拒んだ。そうさせたのは己の為でなく、それ以外のひとや事象や想いの為。
ヴァイスターウェは眼前で刀を握るまま、発声を封じるかのようその口をきつく結ぶ鈴音へ礼の言葉を囁いた。そしてその肩越しに、思案するような素振りの青年を見据える。
「異紡」
その名を呼んで、彼女は乞うた。
「私は最期まで、『ローカストの戦士』で居たいです」
拒絶する代わりに矜恃にしがみついた。『そう』在れるうちに殺してくれと願う彼女の瞳を、抗い得ぬ現状を受け容れた彼女の姿を、鈴音は正しく見届けるべく、大してズレてもいない眼鏡の位置をそれでも丁寧に直し、その奥でしかと目を見開いた。
交わった視線に息を呑んだ異紡は、次にはそっと吐息を落とした。軽々投げ渡された重荷に、それでも穏やかに笑んで見せる。
「……『あなたは私を置いて先に進む。振り返らず、立ち止まらない』──」
声はきっと、届いたのだ。ただ彼女は抱えたものを捨てられなかった。それが何より、己が命より、大切だったから。
ゆえに飛べないままで居る事を選んだ彼女の為に、彼は術を紡ぎ、質量持たぬ鎖を紡ぐ。
「この重力を以て、君を」
繋がれ地に伏し消え行く命へ、ただ愛を。
作者:ヒサ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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