廃工場の牛鬼

作者:氷室凛


 少女は懐中電灯を片手に夜の廃工場を一人でうろついていた。
「何よ~! 化け物が出るっていうから、わざわざ見に来たのに……何もいないじゃない!」
 少女は口をとがらせて愚痴っている。
「牛の頭に蜘蛛の体を持つ化け物が、ここを夜な夜な徘徊してる……って話だったのに……やっぱりただの噂だったのかなー。あ~、つまんない!」
 少女がぶつくさ言いながら歩いていると、不意に前方の暗闇から物音がした。
 少女はドキリとした。何かの気配がする。
「ばっ、化け物……!?」
 少女は期待と恐怖が入り混じった表情を浮かべ、手にした明かりを掲げて前方を照らし出す。
 そこにいたのは、少女が想像していたような化け物よりも遥かに危険な存在だった。
 暗闇から現れたのは第五の魔女・アウゲイアス。
 魔女は手にした鍵で少女の胸を貫いていった。鍵は心臓まで届いたが、少女は怪我もせず死にもしない。これはドリームイーターが人間の夢を得るために行う行為なのだ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 魔女はそう言うと、少女の『興味』を具現化したようなドリームイーターを生み出した。
 牛のような頭と蜘蛛の体を持つ、醜悪な化け物が魔女のかたわらに出現する。 
 それと同時に少女は意識を失ってその場に倒れ込んだ。


「不思議な物事に強い『興味』をもって、実際に自分で調査している人が、ドリームイーターに襲われ、その『興味』を奪われてしまう事件が起きてしまったようです!」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前で笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が説明を始める。
「『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『興味』を元にして具現化した怪物型のドリームイーターが事件を起こそうとしているようです。被害が出る前に、怪物型のドリームイーターを撃破して下さい!」
 ドリームイーターの撃破に成功すれば、『興味』を奪われてしまった被害者も目を覚ましてくれるだろう。
 敵は自分の噂話をしている人がいると、その人のほうに引き寄せられる性質があるので、ある程度現場に近づいたら意図的に敵をおびき出すことが可能だ。
「廃工場のすぐ近くに人気のない広い空き地があるので、そこに敵をおびき出して戦ってください。なお、敵が使用する技は『鹵獲術士』のグラビティに準拠した技です」
 ドリームイーターを倒さない限り、被害者の少女は永遠に眠りから覚めることはない。
「被害者の方を救出するためにも、一刻も早くドリームイーターを撃破してください。それでは、よろしくお願いします」


参加者
篁・悠(黄昏の騎士・e00141)
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
夜桜・月華(まったりタイム・e00436)
六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)
柊・おるすてっど(ダークハーフ・e03260)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
リノ・リンデル(傷跡の羅針盤・e31167)
言葉・彩色(妖シキ言ノ刃・e32430)

■リプレイ

「妖怪か……それは幻想だったのか、それとも実在した魔物だったのか。UMAだったのか。さて」
 廃工場へと向かう道すがら、篁・悠(黄昏の騎士・e00141)が言った。すでに日は落ちており、辺りは闇に包まれている。
「牛鬼かぁ……初めての依頼で緊張するけど、みんなの足を引っ張らないよう頑張らなくちゃ……!」
 中性的な顔立ちのリノ・リンデル(傷跡の羅針盤・e31167)は、被害者の少女のことが心配なのか少し不安げな表情だった。
 しばらく歩くと廃工場が見えてきた。ケルベロスは光源を手に廃工場の近くの空き地へと足を踏み入れる。
「さて、牛鬼さんはどこかな?」
 洋服の上から着物を羽織った言葉・彩色(妖シキ言ノ刃・e32430)は警戒しながら周囲を見渡す。見たところ敵の姿はないようだ。しかしおそらくこの近くに潜んでいるはずだ。
「運良く予知に掛かったといえどー、危険な夜の廃工場を一人でうろつくというのはー、あまり感心できませんわねぇー。無事に助け出しー、罰を受けてもらいますのよー」
 フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)は油性マジックをくるくる回しながら続ける。
「牛鬼と言いますとー、姿形は牛の頭にー、鬼や蜘蛛の胴ですがー、意外と水場から現れるー、伝承が多いですわねぇー。仄暗い水の底からですとー、何が来てもおかしくないー、という事でしょうかー?」
 と、手持ちの灯りで顔を下から照らして微笑み、怪談風味に噂をするフラッタリー。
「牛鬼……名前と見た目が一致しない代表みたいな妖怪だっけ。会っただけで病気になるとか祟られるとか、色々伝承はあるっぽいけどろくな相手じゃないのだけは確かだねー……」
 六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)は手元のスマホをいじっていた。
「……あれ? でも悪霊を祓う神の化身って見方もあるんだ。えぇー……なにこいつややこしい……」
 好奇心で化け物を見に行くよりも安全な家でゲームをするのが一番だと彼女は思うのだ。ただでさえこのところ寒くなってきたというのに。
「経験を積んでツヨクなる事がデウスエクスとの戦いで必要だからな! 今回は眠り姫を目覚めさせてやるぞっ。……それにしてもさぁ、牛の首と蜘蛛のカラダで『牛鬼』っておかしいよね~。きっと合体事故だよ」
 ゴシック風の黒い傘を手にした柊・おるすてっど(ダークハーフ・e03260)は、何ともいえない表情で首をかしげる。
「牛の頭に蜘蛛の体を持つ化け物、ですか。何とも滑稽な姿でしょうね。被害が出る前に倒してしまいましょう」
 そう話すのは、ゴスロリ衣装に身を包んだ湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)。肝試しが苦手な彼女にとっては、少女の勇気ある行動は尊敬に値するものだったが、死んでしまっては元も子もない。
 その時、闇の中から小さな物音が聞こえた。
「何かいるようです、ドリームイーターでしょうか?」
 敵の気配を察知した麻亜弥は仲間に伝える。
 やがて闇の中からドリームイーターがのそのそと這い出てきた。蜘蛛の体。牛の頭。アンバランスないでたちに、ぎょろっとした目。滑稽さと不気味さが入り混じった奇妙な化け物だった。
 被害者の少女を救うにはこのドリームイーターを倒す以外にない。
「怪物が相手なのですね。ちょっと怖くてドキドキなのです」
 夜桜・月華(まったりタイム・e00436)は念を入れて殺界形成を発動する。一般人が興味本位で廃工場にやってくることもあり得るからだ。
 付近の人払いを済ませたのち、ケルベロスは各々の武器を手に敵と向かい合った。

 ケルベロスはすぐにエフェクトの付与を始めた。まず月華が月華剛健波動を発動して自身のヒール能力を大幅に増幅させ、続いてリノが紅瞳覚醒で味方の守りを固めていく。
「ピスケスよ輝け! 勇者の戦いに勝利を!」
 悠はスターサンクチュアリを発動して前衛の異常耐性を高めていった。
「妖かしは人の恐れより生まれ、幻想の中へと息づく。悪鬼は荒れ狂い、大いなる災いをもたらすが、最後には討滅され、露と消え行く。……人それを、『征伐』と言う!」
 悠の前口上に、彩色も続く。
「ではでは、御耳と御目々を同時に拝借。今宵を彩るは怪談話。どうか、最期の時までお楽しみ頂けますよう」
 言いながら彩色は熾炎業炎砲を放つ。
「出番だよ、火車。出ておいで。……火車と呼ばれる火猫の御話」
 御業から飛び出した炎弾がドリームイーターに命中し、その蜘蛛のような体を炎で包んでいく。灼熱の炎に身を焼かれ、敵は身をよじらせた。
「駆けよ! 憎悪の棘よ! 争いの女神の名掲げし薔薇――ッ!!」
 悠は黒い薔薇を鋭く投げつける。敵に当たった直後、黒薔薇に宿したどす黒い魔力が辺りに広がっていった。心を乱されてしまった敵は牛のような頭を何度も振り回す。そして悠のほうを向くと、口から魔法光線を打ってきた。
 青白く輝く光線が悠の肩をかすめていく。
 それを見た月華は黄金の果実を発動し、ヒールを施す。まだ前衛の被ダメージが少ないうちにBS耐性を付与していった。
 そしてリノはドラゴンブレスを放つ。被害者の少女も気がかりだが、今は目の前の敵に集中しなければならない。リノは表情を引き締め、口から炎の息を吐き出す。
 放射状に広がっていく炎の息を突き抜けて、ドリームイーターが飛び出してきた。
 だがフラッタリーがすぐさま応じた。金色の瞳を怪しく光らせる彼女は、獣じみた動きで刀を翻して月光斬を浴びせる。サークレットはすでに展開しており、隠した額の弾痕から炎がほとばしった。
 ドリームイーターは地面を跳ねながら少し下がると、自身の周辺に冷気を集束させ始めた。敵の頭上を回っていた塵のような氷は次第に大きくなって鋭利な刃物と化し、次々と飛んできた。
 広範囲を巻き込む殺傷能力の高い攻撃。前衛のケルベロスは武器やグラビティで弾きながら何とか対応し、被弾を最小限に抑えていく。
 一方、深々見は味方の後ろから抜け出して一気に距離を詰め、スターゲイザーを放った。煌めく光を宿した重い蹴りを容赦なく牛頭へと叩き込む。
「その間抜けな牛頭、ぶっ壊してやる!」
 続いておるすてっどが駆け出してハンマーを大きく回し、ドラゴニックスマッシュを放つ。だが敵のほうも口から魔法光線を射出してきた。
 急加速したハンマーと魔法光線――グラビティ同士が激突して光と火花が撒き散る。おるすてっどは光線を押し返して打ち弾きながら、あっという間に敵の元まで接近し、ハンマーによる強烈な打撃を叩き込んだ。
 ドリームイーターは高々と空に打ち上げられた。
「さぁ、凍えてしまいなさい」
 麻亜弥は飛び上がると、重い鉄塊剣を操って達人の一撃を繰り出す。空中で切りつけられた敵は、頭から地面へと落下していった。
 
 その後も戦闘は続き、ケルベロスは敵とのグラビティの応酬を繰り返していった。炎などのBSの重ね掛けでじわじわと削りつつ、威力重視のグラビティも織り交ぜて敵を叩いていく。
 どの位置にいても相手の攻撃が届くため、少しも気を抜けない。
 おるすてっどは敵へ迫ると月光斬を放った。緩い弧を描く斬撃を繰り出し、敵の足を一本切り落とす。ドリームイーターは不気味な金切り声を上げると、口から炎の渦を吐いてきた。
「さぁ、キミという物語(いろ)を見せてくれ。……都市伝説『ドッペルゲンガー』」
 彩色はかわそうとしたが、片足を焼かれてしまった。それでも彼女はケイオスランサーを放つ。槍のような形に変化させたブラックスライムを突き伸ばし、ドリームイーターの胴体に突き刺す。そして傷口から猛毒を流し込んで敵の体を汚染していく。
 ドリームイータは毒に蝕まれながらも、周囲に氷の刃を大量に生成すると、次々と打ち出してきた。
 青みがかかった半透明の刃が雨のように降ってくる。
 とっさに味方の前に出た悠と麻亜弥は、体を張って敵の攻撃を受け止めた。
「大丈夫ですよ、回復は任せて下さい」
 麻亜弥は降り注ぐ氷の刃を自身の体で受けながら、マインドシールドを発動して前衛の四人をまとめてヒールする。腕や足に刃が食い込むが、彼女は何とか耐えた。
「雷よ、貫けッ!!」
 細かい切り傷をいくつも負った悠は、雷刃突を放つ。光り輝く雷を宿した神雷剣を突き出すと、付近に雷が広がっていき、宙を舞う氷の刃は全て砕けていった。
 敵への接近を阻む物が消滅したため、深々見は駆け出して収束デプレシオンを放つ。
『このまま全部、なくなればいいのに』
 深々見は自宅警備員の闇を垣間見せつつ、敵の頭部を右手でむんずと掴む。圧縮された憂鬱と明日を望まない意識を右手にこめて、ドリームイーターの細胞を破壊していった。
 一旦飛び下がった深々見だったが、ちょうど着地した瞬間、ドリームイーターの魔法光線が飛んできた。
 深々見は対応できず、お腹に光線を受けてしまった。
「うぐっ! あー……だるい……帰ってネトゲしたかったなぁ……」
 まるで遺言のようにそう言い残し、その場に倒れ込む深々見。
「いやいや、まだ死んじゃダメですよ! 相手が強くても、きちんとヒールさえしていれば、そう簡単に私たちは倒れないと信じているのです」
 月華は月華剛健波動の詠唱を紡ぐ。
『すべての魔力を癒やしの力に――今、癒やしの波動を纏うのです』
 魔力の波動によって傷を癒された深々見は、むくりと起き上がった。
 ケルベロスは一度仕切り直して攻撃を仕掛けていく。
 敵が多数の氷の刃を飛ばしてくる中、リノはテレビウムに自身をかばわせつつ距離を詰めていく。防ぎきれなかった氷の刃がリノの体に突き刺さっていったが、彼は気にも留めずアイスエイジインパクトを放つ。衝撃と共に敵の体に氷が広がり、まとわりついていく。
 牛鬼は悲鳴のような甲高い声を上げると、口から炎を吐いてきた。渦巻く炎が地面を焼き焦がしながらケルベロスの元へと迫ってくる。
 フラッタリーは獄炎を周囲に散らして刀を構えながら、恍惚として眼を輝かせる。
「我ハ妖物ヲ屠ル獣ナリ」
 フラッタリーは相手の炎に半身を焼かれつつも敵の元まで走り抜け、額を擦り付けて獄炎と激憤を封入していく。そして一瞬の空白の後、限界まで振り絞った力を一気に開放し、刀で敵を穿った。
 体にまとわりつく氷が派手に砕け散り、敵の頭部が千切れて宙を舞う。
 ドリームイーターの体は白く発光すると爆散して消えていった。
 敵の撃破を確認したケルベロスはほっと胸をなでおろす。
「今宵を彩った物語『廃工場の牛鬼』……これにて、閉幕」
 白い狐面をかぶった彩色が呟く。
「さて、眠り姫はお目覚めかな」
 悠が言った。ケルベロスたちは一応被害者の少女の様子を見に行くことにした。
 灯りを片手に古びた廃工場へ入っていくと、その一角で少女が横たわっている。すやすやと寝息を立てる少女を見て、フラッタリーはニコニコ笑いながら油性マジックを取り出す。
「夜の廃工場を一人で徘徊していたお仕置きですわ」
 まずは少女の額に『肉』と書き、さらに眼鏡の縁や猫のヒゲを書き加えていく。だが、そこまでやっても少女は気づかず眠り続けていた。
 やがて少女はゆっくりと目を開けた。
「あれ……私こんなところで眠っちゃってたの?」
「うん、そうよ。念のためちょっと介抱しておこっかな……」
 深々見は少女の顔の落書きを見て笑いそうになったが、優しく介抱する。
「ふっ、キスをしなくても目覚めるようだな」
 おるすてっどはキリッとした表情で呟くと、家に電話をかけて今から帰ることを伝えるのだった。
「貴女は悪い夢でも見ていたのでしょう。興味を持つことは良い事だと思いますけど、危険なことにはあまり首を突っ込まない様に……」
 麻亜弥は少女にヒールを施しながら釘を刺す。その言葉に少女は素直にうなずくのだった。
「ふふっ、無事に終わってよかったよ」
 ふんわりと微笑むリノの横では、テレビウムが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
「みんな元気で帰りましょう。まったり、のんびり、ゆったりと帰るのです。帰るまでが依頼なのです」
 月華は廃工場にヒールをかけている最中だった。グラビティの流れ弾がいくつか飛んできたため少々壊れていたようだ。
 か細い灯りの中で修復されていく廃工場は、わずかな幻想を含んでいる。

作者:氷室凛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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