星の林にタコの舟

作者:土師三良

●秋夜のビジョン
 星空の下、海辺にほど近い広場で小規模な秋祭りが開かれていた。
 海からの風が運んでくる潮の香りもこの広場には届かない。
 いや、届いているのだが、あえなく撃退されてしまうのだ。
 濃厚なソースの香りに。
 潮の香りを剥ぎ取られた風は広場を虚しく吹き抜け、少しばかり寒い惹句(文末にハートマーク付き)が記された幟をはためかせる。
『オクトーバーズ・オクトパス! タコさん、たくさん召し上がれ』
 そう、今夜の主役はタコ焼きであった。広場に並ぶ屋台の半分以上がタコ焼きのそれだ。数ばかりでもなく、種類も豊富である。チーズタコ焼き、カレータコ焼き、揚げタコ焼き、タコ焼き汁、握り拳ほどもあるジャンボタコ焼き、猫舌に優しい冷やしタコ焼き、ベジタリアン向けのキャベツどっさりタコ抜きタコ焼きなどなど……。
 そんなタコ焼きの祭典に――、
「なによ、このダサくて寒くてショボい祭りは? もしかして、こんなので町興しができるとか思ってる? あまい、あまーい!」
 ――大声を張り上げて乗り込んできた者がいる。
 浴衣を着た娘だ。
 正確に言うと、浴衣を着て、マグロの被り物をつけた娘だ。
 さらに正確に言うと、浴衣を着て、マグロの被り物をつけた、シャイターンの娘だ。
「タコ焼きをフィーチャーしてるくせに、タコ焼きの屋台は半分だけ? コンセプトがブレすぎでしょ。ぜーんぶ、タコ焼きの屋台にしろっての! あと、あの綿飴はなんなの? ビニールをタコ焼きっぽいカラーリングにして、割り箸を爪楊枝に見立ててるわけ? 小手先、小手先ぃ。ぜっんぜん面白くなーい!」
 頼まれてもいないのに祭りのダメ出しをするマグロ娘。周囲の人々は呆気に取られて、逃げ出すことも忘れている(マグロ娘のことをデウスエクスではなく、『おかしな恰好をした変人』と思っている者も少なくなかったからだが)。
「あー、もう! こんなくっだらない祭りは――」
 マグロ娘の両手が袖の中に消えたかと思うと、またすぐに出てきた。
 惨殺ナイフとともに。
「――あたしがさっさと終わらせてあげる!」
 そして、ダメ出しは虐殺に変わった。
 
●ザイフリートかく語りき
「地球の女は『いもたこなんきん』なるものを高く評価していると聞いたが、それもむべなるかな。サツマイモにタコにカボチャ、どれも優れた食材だ」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前でヘリオライダーのザイフリートが語り出す。
「その中でも私の一押しはサツマイモだったのだが、最近はタコにも注目しているのだ。とくに『タコ焼き』なる食物は美味だな。いや、味ばかりではなく、舟の形をした器も良い……うむ、実に良い! きっと、あの器は船葬墓を象徴し、タコ焼きは亡き戦士の魂を象徴し、爪楊枝は生前に使っていた剣を象徴しているのだろう。地球人の見立ての文化というのはたいしたものだ」
『いや、なにも見立ててないから』という言葉をぐっと飲み込むケルベロスたち。
 それに気付くことなく、ザイフリートは本題に入った。
「今夜、そんな美味なるタコ焼きを全面に押し出した祭りが青森県八戸市の港町でおこなわれる。なぜだか判らないが、そこにシャイターンの女が現れるらしい。なぜだか判らないが、その女は浴衣姿だ。なぜだか判らないが、マグロの被り物までつけている……判らないことばかりだが、その女のことはとりあえず『マグロガール』と呼んでおこう」
 マグロガールは祭りの会場で虐殺を繰り広げるという。だが、会場内の人々を事前に避難させることはできない。祭りが中止となれば、マグロガールは別の場所を襲ってしまうからだ。
「おまえたちは会場に先回りし、警戒にあたれ。マグロガールが現れたら、挑発しつつ、すぐ近くの砂浜なり駐車場なりに誘導するのだ。そうすれば、周囲の被害は抑えられるだろう。ちなみに件のマグローガールは非常に口が悪く、なんにでもケチをつけずにいられないらしい。この手の輩は自分にケチをつけられるとすぐに頭が血が昇るから、簡単に挑発に乗ってくるはずだ」
 ザイフリートは一通り語り終えると、兜の下部から覗く口許に優しげな(かつ羨ましげな)微笑を浮かべた。
「敵を倒した後はおまえたちも祭りに参加するといい。そして、心行くまで食らえ。亡き戦士たちの魂を象徴した美味なるタコ焼きを……」


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
ルルゥ・ヴィルヴェール(竜の子守唄・e04047)
角行・刹助(モータル・e04304)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
獅子鳥・狼猿(百鬼夜行の敵・e16404)
カティア・エイルノート(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e25831)

■リプレイ

●秋祭り防衛指令
『オクトーバーズ・オクトパス! タコさん、たくさん召し上がれ(はぁと)』という薄ら寒い惹句が踊る秋祭りの会場に――、
「なによ、このダサくて寒くてショボい祭りは? もしかして、こんなので町興しができるとか思ってる? あまい、あまーい!」
 ――ザイフリートが予知したとおり、デウスエクスが乗り込んできた。
 マグロの被り物と浴衣を身に着けたシャイターンの娘。
 マグロガールである。
「本当にあんな恰好をしてくるとは……変わった敵もいるもんですね」
「ですね」
 会場を警護していた玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)が顔を引き攣らせて呟き、ルルゥ・ヴィルヴェール(竜の子守唄・e04047)が苦笑を浮かべて頷く。
「でも、恰好はさておき――」
 と、ルルゥは言葉を続けた。
「――お祭りに対する愛情みたいなものは感じます。愛情の表現方法が屈折してますけど」
「まあ、とにかく、敵が屈折した愛情表現をしているうちに皆さんには避難してもらいましょう」
 ユウマは防具特徴の『割り込みヴォイス』を用いて、一般人に避難を呼びかけた。ルルゥも周囲の人々に声をかけていく。
 その一連の動きに対して、マグロガール(以下、MG)が行動を起こすより早く――、
「貴方の仰るとおりですわ!」
 ――と、琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)が声をかけた。
 彼女に続いて、七人の男女がMGを取り囲む。
 秋祭りを守るためにやってきたケルベロスたちだ。
 その八人(と避難誘導している二人)だけでなく、カティア・エイルノート(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e25831)とウイングキャットのホワイトハートもいた。一団から少しばかり距離を置き、MGに警戒の目を向けている。MGがここで凶行を働いたら、すぐにでも対応できるように。
「やはり、判るかたには判りますわよねぇ。このタコ祭りがどうしようもない駄祭であるということが! 実は、通のかたの御眼鏡にかなう上質の祭りが――」
 淡雪はMGに馴れ馴れしく近付き、砂浜のほうを指し示した。
「――あちらで開かれておりますの。もちろん、ご参加くださいますわよね?」
「はぁ? なんなのよ、あんた?」
 想定外の事態に当惑するMG。
「いや、おまえこそ、なんなんだよ?」
 と、黒豹の獣人型ウェアライダーである玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)がもっともなことを言った。
「その恰好、場違いってレベルじゃないぞ。祭りよりもマグロの解体ショーのほうがお似合いだ。なあ、ヴァオ?」
「お、俺に振るなよぉー!」
 突然のパスにおろおろとするヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)。
 彼に代わって、三毛猫の人型ウェアライダーの熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)が口を開いた。
「そんなに場違いってわけでもないと思うよ。タコもマグロも海産物繋がりだし……って、あれ?」
 わざとらしく首をかしげてみせる。
「でも、改めて見回してみると、マグロ関係の商品が一つもないよねぇー。いろんなタコ焼きが揃ってるのにぃー。ツナタコ焼きとかがあってもおかしくないのにぃー。やっぱ、あれかな? マグロなんて使う価値がないみたいな?」
「まあ、当然といえば、当然だな」
 と、カバのウェアライダーの獅子鳥・狼猿(百鬼夜行の敵・e16404)が頷いた。
「マグロなんぞ、所詮はただの赤身魚。火を通すと白くなってしまう根性無しだ。同じ赤でも、茹でたらプルッとするタコの敵じゃなーい」
 なんだかよく判らない価値観を提示しつつ、狼猿はフリップボートを持ち出した。そこに描かれているのは、マグロを捕食するタコらしきもののイラスト。『らしきもの』が付くのは、あまりにも稚拙なイラストだからだ。
「あー、なるほど」
 イラストとMGを交互に見て、陣内がせせら笑った。
「タコに勝てないもんだから、タコ焼きそのものじゃなくて祭りの出来にケチをつけてるのか。つまらん女だ。なあ、ヴァオ?」
「だから、こっちに振るなって! ほら、あの姉ちゃん、俺のことまでめっちゃ睨んでるから! にーらーんーでーるーかーらー!」
 確かにMGはケルベロスたちを『めっちゃ睨んで』いた。被り物の穴から覗く顔は怒りに紅潮している。
「随分と苛ついてるじゃねえか」
 と、ドワーフの角行・刹助(モータル・e04304)がMGに言った。揶揄するような語調だが、表情は険しい。他ならぬ彼自身も苛ついているのだ。
「ひょっとして、あの日か? デウスエクスにもあるとはな」
「な、な、なに言ってんのよぉ、このエロガキ!」
 MGの満面を染めていた怒りの色に羞恥の色が加わった。意外と可愛い反応である。
「『エロジジイ』という言葉のほうが適切だな。こう見えても、俺は六十代だ」
「どーでもいいわ! あんたの年齢なんかぁーっ!」
 MGはついに怒りを爆発させて、ケルベロスたちに襲いかかった。
 だが、皆はそれを迎え撃つことなく、背中を見せて逃げ出した。いや、逃げる振りをして誘導しているのだ。最初に淡雪が指し示した砂浜へと。
 誘導となれば、敵を完全に引き離してはいけない。ケルベロスの面々もそのあたりのことは心得ている。陣内は全力を出さずに走っていたし、まりるに至っては『あたしを捕まえてごらんなさ~い』とばかりにスキップしていた。

●怪人墓場
「ふふふっ。騙されましたわね、マグロガール!」
 砂浜に到着した淡雪が足を止め、MGを振り返った。
「ここで『上質の祭り』なるものが開かれているというのは真赤な嘘!」
「騙されるもなにも、そんなの最初から信じてないし!」
「……あ、ちょっと待てくださいな」
 怒鳴るMGを制して、カボチャ型の仮面をいそいそと装着する淡雪。
 それを見ても、MGは『なんで、そんなものを被るのよ!』などとツッコミを入れたりしなかった。被り物に対しては寛容にならざるを得ないのだろう。
 そうこうしているうちに一般人の避難誘導を終えたルルゥとユウマも砂浜にやってきた。
 そして、歌声が戦いの始まりを告げた。
「その世界は既に終わりが確定した世界だった……」
 カティアがマイクを手にして、『朽ちた世界で幸せを運ぶ不思議な道化師の詩(クラウンワールドミュージック)』を歌っているのだ。普段は無口で無表情な彼女ではあるが、歌声は抒情に満ちていた。
「空より降るる星ひとつ。けして消えない輝きひとつ……」
 ルルゥも『星灯りの子守唄(ベルスーズ・エトワール)』を歌い出した。
 両者の歌声が前衛陣のジャマー能力と防御力を上昇させていく。
「良い感じのマッシュアップじゃねえか。俺も負けてられないぜぇー!」
 ヴァオがセッションに加わり、バイオレンスギターで『紅瞳覚醒』を演奏した。無駄に派手なアクションを織り交ぜながら(きっと、明日は筋肉痛に悩まされることだろう)。
 続いて、ホワイトハートが清浄の翼で前衛陣に、新条・あかりがライトニングウォールで同じく前衛陣に、比嘉・アガサが紙兵散布で後衛陣に、それぞれ異常耐性を施した。
 これでエンチェントは万全……などと安心することなく、陣内がいきなり横を向き、隣にいた淡雪に(とくに必要のない)破剣の力を付与した。
 デコピン型のグラビティを食らわせるという形で。
「気合いを入れろ。大丈夫、痛くない」
「いえ、けっこう痛いですわよぉ」
 額(仮面に亀裂が入り、煙を噴いていた)をさすりつつ、もう片方の手でエクスカリバールを投擲する淡雪。
 バールの先端がマグロの被り物を引き裂いた。その太い傷跡に平行して、二条の細い傷跡が走る。陣内のウイングキャットが爪で、オルトロスのイヌマルが神器の剣で攻撃したのだ。
「にゃー!」
「がおー!」
「累次せよ、再来せよ、偶然という名の希望よ」
 サーヴァントたちの勇ましい(?)声にまりるの詠唱が重なり、『望的畳句(キボウテキリフレイン)』が放たれた。
 そして、刹助が戦術超鋼拳をぶつけ、ユウマが鉄塊剣を振るい、狼猿が降魔真拳を見舞ったが――、
「チョーシこいてんじゃないわよぉー!」
 ――MGはサンドバッグのままでは終わらず、掌から炎塊を発射した。シャイターン特有のグラビティ、ゲヘナフレイムである。
 その標的となったのはユウマ。
 もっとも、これはユウマの思惑通りの展開だった。彼の先程の攻撃はデストロイブレイド。怒りを付与して、自分に攻撃を向けさせたのだ。
 ゲヘナフレイムはダメージを与えるだけでなく、炎による状態異常をもたらしたが、その炎はすぐに消えた。異常耐性が働くよりも早く、陣内がルナティックヒールの光球をぶつけたのである(ポジション効果があるため、彼のヒール系グラビティはキュアを伴っていた)。
 ヒールを施したのは陣内だけではない。マイクを手にして歌っていたカティアが曲目を変えた。いや、『cantabile』という名のそれはマイクではなかった。マイク型の爆破スイッチだ。
 カティアの歌声に『cantabile』が反応し、前衛陣の背後でブレイブマインの爆発が起きた。
「援護、感謝します」
 二種のグラビティで攻撃力の上がったユウマがまたも鉄塊剣をMGに叩きつける。相手を凍り付かせる達人の一撃。
「ヅケにする時間はないから、さくっと猫パンチで捌いて、強火でソテーにしちゃうよー」
「猫パンチの次はカバキック!」
 マグロの被り物めがけて、まりるが獣撃拳を打ち込み、狼猿が旋刃脚を繰り出した。
 猫の手とカバの脚を食らい、MGが体勢を崩す。
 そこに淡雪が追撃した。サキュバスに相応しい微笑で。
「ちょっとだけ、あなたの性的な欲望をいただきますわね」
『蠱惑的な微笑み(テンプテーションスマイル)』が発動して(カボチャの仮面を被っているので、とても『蠱惑的』には見えないが)、MGの生命力が淡雪に吸い取られていく。
「ク、クソどもが……斬り刻んでやる!」
 ドレインに苦しみながらも、MGは二本の惨殺ナイフを持ち出すと、舞うような動きでそれらを振り回した。ブラッディダンシングだ(浴衣を着ているため、盆踊りのように見えたが)。今度の標的もユウマ。デストロイブレイドに付与された怒りにまた誘導されたのだろう。
 彼女がユウマを攻撃している間に――、
「……」
 ――刹助が無言でライトニングボルトを飛ばした。無言といっても、無表情ではない。少年のような容貌は怒気に満ちている。
「どうして、そんなに怒ってらっしゃるんですか?」
 同じようにライトニングボルトをMGにぶつけつつ、ルルゥがおずおずと刹助に尋ねた。
「俺は――」
 鋭い視線をMGに突き刺して、刹助は唸るような調子で答えた。
「――ああいう輩が我が物顔で暴れていると、イライライライラしてくるんだよぉぉぉ」
「はぁ!? イライラしてるのはこっちも同じなんだけどぉ?」
 苛立たしげに地団駄を踏むMG。デストロイブレイドの怒りがまだ効いているのか。あるいは元から短気なのか。
 その様子を見ながら、陣内が悠然と煙草をくわえ――、
「やかましい女だな」
 ――天使の意匠が施されたライターを点火した。
 次の瞬間、前衛陣の背後でまたもやブレイブマインの爆炎が巻き起こった。そう、陣内のライターは爆破スイッチだったのだ。
 爆発の熱気を背に受けて、ユウマが地を蹴った。
 ダモクレスの部品から作られた鉄塊剣『エリミネーター』が唸りをあげ、MGに迫る。
『エリミネーター』だけではない。半透明の円盤も飛来した。その正体は、高速回転する簒奪者の鎌。淡雪が放ったデスサイズシュート。
「あああぁぁぁーっ!?」
 剣と鎌の斬撃を続け様に食らい、MGは身をのけ反らして叫んだ。
 血飛沫が浴衣の切れ端とともに舞い散る。
 そこに火の粉も加わった。
 まりるのW炎上撃によって、MGが燃え上がったのだ。
「予告どおり、ソテーにしてあげるよー」
 そう宣言するまりるの前で、炎を纏ったMGの体が飛んだ。
 いや、打ち上げられた。
 狼猿が頭突きを食らわせたのである。
 しかも、それは一発では終わらなかった。
「ここが! 貴様の! デッドエンド!」
 叫ぶ度に頭突きがヒットし、MGの体はより高く跳ね上がっていく。
 充分な高度に達すると、狼猿は頭突きをやめて跳躍し、MGの背中に乗った。そして、サーフィンでもするかのように空中を滑走した後、MGの両腕を背面で交差させて固め、ブリッジのような姿勢を取って相手の体を折りたたみ、そのまま落下した。なにやらどこかで見たような技のオンパレードではあるが、この『ブリリアント・エレガント・スパーク』はカバ王家の始祖が編み出した純然たるオリジナルホールドである……らしい。
「永かった戦いよ、さらばーっ!」
 咆哮を響かせて、MGもろとも落ちていく狼猿。
 その一直線の軌跡を見守りながら、カティアが『cantabile』に新たな歌声を乗せた。今度のそれは遠隔爆破を発動させる歌だ。
 MGの体が地面に叩きつけられると同時に爆発し、炎と土煙とが巻き起こる。
 それらが収まった時、砂浜には小さなクレーターができていた。
 クレーターの中心に立っているのは狼猿。
 MGの姿はどこにもない。
 消滅したのだろう。欠片さえも残さずに。

●海の贈り物
 祭りが再開された会場を十一人のケルベロスと三体のサーヴァントが練り歩く。祭りの主役であるタコ焼きを堪能しながら。
「どれだけ食べても、町内会のおごり! おごりは良い!」
 狼猿が大きな口の中に次々とタコ焼きを放り込んでいく。すべての屋台の……いや、全世界のタコ焼きを食い尽くさんばかりの勢いだ。
 女性陣も負けてはいない。
「さぁ、たくさん食べますわよ! 焼きタコに揚げタコ、ちょっと変わり種でチーズタコ焼きぃ~」
「チーズだけじゃなくて、カレーや牛スジや明太子や餅もあるよ。この小さな球体に無限の可能性が詰まってるんだね」
 多種多様なタコ焼きを味わう淡雪とまりる。
 まりるは更に禁断の領域にも手を伸ばした。チョコバナナタコ焼き、ミニシュークリーム風タコ焼き、ストロベリームースタコ焼き等のスイーツ系タコ焼きである。
 その挑戦の成果は――、
「うっ……」
 ――とても言葉にできないものらしい。
「可能性は無限でも、正解は限られているのですねぇ」
 まりるの背中をさすりつつ、淡雪はふと横を見た。
 陣内とあかりの年の差カップルがチーズタコ焼きをつついている。
「あかり様、ほら! タマちゃんに『あーん』するチャンスですわ!」
「つまらないことをけしかけるなよ」
 憮然とした面持ちで淡雪の言葉を一蹴する陣内。
 だが、あかりのほうは満更でもないのか、爪楊枝に刺したタコ焼きを陣内に差し出した。
「はい、あーん」
「やめろって」
「あ? ふうふうしたほうがよかった?」
「……」
 そんな二人の横でカップルならざる二人組――アガサとヴァオも『あーん』をしていた。
「はい、あーん」
「あーん!」
 大きく開かれたヴァオの口の中にアガサはいつになく優しい所作で投じた。
 握り拳ほどもあるジャンボタコ焼き(しかも、熱々)を。
「むぐぉぐぉぐぉ!?」
 喉にタコ焼きを詰まらせて、ヴァオは悶絶した。
 涼しげな顔でそれを見ながら、アガサがしれっと尋ねる。
「ちょっと大きすぎた?」
「むぐぉーっ!」(訳:ちょっとどころじゃねえ!)
「まあ、いざという時はヒールしてあげる」
「むぐぉーっ!」(訳:今まさに『いざという時』なんだけど!)
「ごめん。なに言ってるのか判らない」
「むぐぉーっ!」(翻訳不能)
「あははは……」
 と、少し退き気味に苦笑しているのは、赤い着物に着替えたルルゥ。同じドラゴニアンということもあり、ヴァオに少しばかり親しみを感じている彼女であった。
「ヴァオさんはお歳的にも私のお父様に近いのですよね」
「むぐぉーっ!」
「……」
 こんなのが本当の父親でなくてよかった……と思ったわけでもないが、ルルゥは気を取り直し、改めてタコ焼きを食べ始めた。
「私、タコ焼きってあまり食べたことがなかったんですよ」
「ボクもだ」
 カティアが頷き、タコ焼きを頬張った。表情には出ていないものの、この祭りを楽しんでいることは伝わってくる。ホワイトハートも主人の頭上で目を細めていた。鰹節の香りに酔いしれているらしい。
「ザイフリート王子の言葉どおり、心行くまで食べよう」
「王子といえば、あの発想力は斬新だよねー」
 と、スイーツ系タコ焼きのショックから立ち直ったまりるが言った。ザイフリートへのお土産用にジャンボタコ焼きを買いながら。
「タコ焼きの舟盛りで、ああいう見立ては無かったわー」
「……え?」
 まりるの言葉を聞いて、ユウマが固まった。
 実は彼は――、
「あれって、本当のことじゃなかったんですか?」
 ――ザイフリートの唱えた説を真に受けていたのだ。
 そんな具合いに楽しく(?)過ごしているケルベロスたちではあったが、ただ一人、刹助だけはあいかわらず不機嫌な顔をしていた。
「くそっ」
 傍を通過する人々を忌々しげに睨みつける。
 いや、人々が手にしている缶ビールを。
「酒ってのは、どんな味がするんだ? 酔うってのは、どんな気分なんだ? おまえらにとってはあたりまえの贅沢なんだろうが、俺には……」
 六十歳を超えるドワーフはそこで言葉を切ると、炭酸ジュースをぐびりと呷った。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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