ある家族の終わり

作者:洗井落雲

●家路
 ふらり、ふらり、と、男が歩く。
 深夜、街はずれの森林公園である。
 その瞳には精気はない。さながら夢遊病患者のように、ふらり、ふらり、と歩いていた。
 公園の奥、草木の茂みの手前で、男がふと、歩みを止める。
 と――。
 がさり、と。
 男の眼前から、草木をかき分けるような音が聞こえた。
 その音に反応したのか、男が顔を上げる。
 思わず、男はあたりを見まわした。
 なぜ自分がここにいるのかわからない。そう言った様子である。
 がさり、と。
 再び、眼前の茂みから音がする。
 がさり、がさり、がさり、と――。
 草木をかき分け、何かが姿を現した。
 民族衣装風の服装の男である。
 ――だが。
 その男の左腕は、巨大な植物で形成されている。右腕には、触手じみてうねうねと蠢く蔦の束。そして青白く光る花弁――紛れもない、攻性植物だ!
 男が悲鳴を上げようとした瞬間、攻性植物が、男の額に、蔦を突き刺した。額から、攻性植物が男の体内へと浸食、寄生を開始する……。

 かつて男だった新たな攻性植物は、ふらりふらりと、自宅へ向けて歩き出した。
 『仲間』の頼みに応えるために。
 この体の家族のグラビティ・チェインを回収するために。

●彼の行く末
「はいはーい! お仕事の説明です!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が元気よく、事件の説明を始める。
 彼女によると、ある市街地にて攻性植物が出現する、という予知がなされた。
 攻性植物は、市街地近辺にあった森林公園から、市街地へと向けて進行してくる。どうも、ある一軒家を目指しているようだが……。
「目標の攻性植物なんですけど、中に人が囚われていて……目的地は、この人のお家みたいなんです」
 当然、彼の帰宅を許すわけにはいかない。
 彼が市街地へ到達する前に討伐するのが今回の任務だ。
 また、攻性植物に捕らわれた男は、何者かの配下にされているようで、説得などによる救出は不可能であるという。
「予知だと、まるで夢遊病みたいになって、引き寄せられたみたいで……この事件を起こした攻性植物の能力なんでしょうか?」
 言いながら、ねむは小首をかしげた。
 攻性植物と化した男は、市街地より離れた森林公園、その林道を現在進んでいる。
 ケルベロス達にはこの時点で襲撃を仕掛け、攻性植物を撃退してもらいたい。
 戦闘場所となる林道は、整備がしっかりとされている。明りや足場の良し悪しなどの心配は一切必要ないだろう。
 敵の戦力は、攻性植物一体のみ。
 黒幕と思われる攻性植物はすでに姿を消しており、見つけることは無理だという事だ。
「……今回、攻性植物に寄生されてしまった人を助けることはできないんです。この人を攻性植物にした黒幕さんの影響なのかもです……辛いかもしれないですけど、この人をちゃんと止めてあげてください!」
 ねむもまた、つらそうな顔で、ケルベロス達を送り出した。


参加者
千軒寺・吏緒(ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749)
弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)
神楽・ヒナキ(くれなゐの風花・e02589)
尾守・夜野(雨は上がらず・e02885)
リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)
山之祢・紅旗(ヤマネコ・e04556)
シャルローネ・オーテンロッゼ(訪れし暖かき季節・e21876)
ケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)

■リプレイ

●彼の家路
 ふらり、ふらりと――。
 彼は歩く。帰らなくてはならない。どこへ。
「家族……家へ……帰る……」
 ぶつぶつと呟く。
 男の意識があるわけではない。彼は死んだ。少し前に。
 そんな彼の前に、立ちはだかる影があった。ケルベロス達だ。
 周囲に一般人がいないことは、弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)によって既に確認済みだ。そのため、ケルベロス達は一気に襲撃を仕掛けることにした。
「……ごめんなさい。貴方をこのまま帰すわけにはいかないんです……!」
 シャルローネ・オーテンロッゼ(訪れし暖かき季節・e21876)が言った。
 沈痛な面持ちだった。
 自分達が、何をしなければならないのかを、理解している。
 自分達は、何ができないのかを、理解している。
 理解している。でも、心が悲鳴を上げている。それでも。
 今自分がやるべきことを、やらなければならない。
 それこそが、今、シャルローネがとれる『全力』なのだ。
「家に……帰らなきゃ……」
 男が――攻性植物が呟く。その言葉に意味はあるのだろうか?
 男の意識はすでに無いのだ。であれば、攻性植物が、男の知識を、知性の残滓を利用して、その唇を震わせているのだろうか。ならばその意図は。擬態のつもりか、或いは、敵対する存在――ケルベロスへの精神的揺さぶりを狙っての事だろうか。
 いずれにしても。
 やりづらい相手である事だけは確かだ。
「寄生して、狙うのは宿主の家族……」
 ケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)は歯噛みをしながらつぶやいた。やり方がえげつない、と、彼女は思う。
 絆を利用し、犠牲を広げる――成程、理にはかなっているのかもしれない。
「だけど、それはやっちゃいけないのよ」
 持ち前のまっすぐな正義感ゆえか。寄生した攻性植物に、この事態を招いた黒幕へ、怒りを向け。彼女は手にした刀を抜き放ち、鞘を投げ捨て、攻性植物へと突きつけた。
 ざわり、と、攻性植物が、その体を震わせる。
 体中から生え出る無数の蔦。輝く青白い花。攻性植物は、ケルベロス達を、敵であると認識したようだった。
「…………ッ!」
 その姿を見た尾守・夜野(雨は上がらず・e02885)は、なぜか妙な不安感に襲われた。何か、嫌な予感がする。それは、予知を聞いた時からくすぶり続けていたもの。彼にとって、とてもつらい何かが待っているような――。
(「……だめ! 今は目の前のことに集中しないと!」)
 頭を振り、それを頭の隅に追いやる。
 今は、この哀れな男を止めてやる、それが最優先だ。
「……てめぇはここで止める!」
 口調が変わる。それは、彼が、戦闘態勢に入った事の合図でもある。
 それを合図にするように、ケルベロス達の戦いは始まったのだ。

●苦しい戦い
 リヴィ・アスダロス(魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130)は一指に力を込め、気脈を断つ一撃を繰り出した。それは蔦の束と化した右腕の根本――残された男の身体に直撃。
「この一撃は気脈を断つ! どうだ!?」
 叫ぶ。リヴィは気脈を断つ効果を以て、攻性植物の根を断つことを狙ったようではあったが、寄生が根深く進んでいるのか、そこまでの効果は見受けられなかった。
「……くっ! 予知通り、相当深く寄生されているという事か……!」
 だが、少なくとも、時折動きを硬直させる程度の効果は表れているようだ。
 彼女以外にも言えることではあるが、ケルベロス達は全体の方針として、なるべく男の身体に傷をつけぬよう、攻性植物部分を狙って攻撃を行うことを決めていた。
 シャルローネもまた、ブラックスライムによる攻撃を加える。それは蔦の束の何本かを切り落とした。
「ああ……痛い……! 助けて……やめて……!」
 攻性植物が、悲痛な声を上げる。
 思わず、シャルローネは息をのんだ。
「……惑わされてはいけません!」
 自身の攻性植物による攻撃を行いながら、仁王が声をかけた。
「分かってる……が! くそっ、やりづらいな!」
 斧で蔦を切り飛ばしながら、千軒寺・吏緒(ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749)が叫んだ。
「それも狙いなのでしょう。今回の黒幕、相当に悪質ですね」
 応える仁王。
「クソッ! ぜってぇ許さねぇぞ!」
 吏緒が叫ぶ。当然ながら、2人とも、被害者への同情の気持ちは強い。
「どうして……邪魔を……? かえって……家族の……グラビティ・チェインを……」
 攻性植物の男が呟く。その言葉に怒りをあらわにしたのは、吏緒だ
「演技も大概にしろよ!? オメーさんに……本当のオメーさんに意思がありゃ家族は狙わねーよな!? だからそれはさせない! 責任持って止めてやるよ!」
「同感ですね」
 仁王が攻性植物を睨みつける。
「その痛ましい姿……すぐに助けます! 救えないとしても、身体だけでも返してもらいますよ!」
 そして、前衛のケルベロス達を援護するため、夜野は守護星座の結界を展開。
「今夜は遊んでられないや。ちょいとその人を返してもらうか」
 続いて、山之祢・紅旗(ヤマネコ・e04556)が飛翔。
「花と言うには醜悪で、草と言うには咲き過ぎてる。とっとと散ってくれないか」
 言いながら、華麗な蹴撃を見舞う。シューズのローラーが脚部についた花を散らした。蒼い花弁が宙に舞う。吐き気を催す美しさ。
 一方、ケイトは自身の攻性植物に果実を実らせ、聖なる光で後衛の援護を開始。
「さあ、終わらせましょう」
 神楽・ヒナキ(くれなゐの風花・e02589)が召喚した氷雪。
 それは、このような戦法をとる敵への純粋な嫌悪、そしてかつての宿敵への憎悪がない交ぜとなった彼女の胸中、それを表したかのような、全てを飲み尽くす、混沌の大吹雪だ。
「赦しませんよ。絶対に」
 ヒナキの表情は、至って冷静なものだった。自身の感情を表に出すべきではない、という考えのもとではある。呟きも、声音こそは平易なものであったが、その言葉から、彼女の感情が読み取れた。
「嫌な相手だね。ひどい話だ」
 紅旗が嘆息する。ヒナキは、その言葉に頷いた。
「ええ……せめて、その心を、魂を。解放しなければ……」
「それが、俺たちがやれるせめてもの事だね」
 攻性植物が動いた。
 右腕をハエトリグサじみた形態に変化させる。その植物で作られた牙が、ケルベロス達へと襲い掛かった。

●彼のかえる場所
 ケルベロス達は極力、攻性植物に捕らわれた男の身体に傷をつけないように戦っている。
 そのため、普段よりは、幾ばくか戦い辛い状況になってしまったのは事実だ。
 だが、自らの傷が多少増えたとしても、彼らは、せめて、男の身体だけでも綺麗なまま救ってやりたいと、ギリギリまでその戦い方を止めなかった。
 それが、この救いようのない戦いの、唯一の救いになるであろうと信じて。

「大分綺麗になったじゃぁないか!」
 リヴィが笑う。彼女の一撃で、また数本の蔦が切り裂かれ、宙に舞った。
 男の身体に寄生していた、再び蔦を纏おうとする。だが、その補充された蔦の数は微々たるものだ。
 両腕の蔦は、既に男の地肌が見えるほどに本数が減っている。それは、攻性植物が確実に疲弊していることを物語っていた。
「おのれ……おのれ! 邪魔者どもが!!」
 攻性植物が吼える。
「それが……あなたの本性ですね……!?」
 シャルローネが叫ぶ。と、彼女の足下に、とんがり帽子を被った三体の小人が召喚された。彼女のグラビティ、『夜の案内人(ルードリトルウィッチ)』だ。
「あの方を傷つけてはダメですよ?」
「キキキ……!」
 甲高い笑い声をあげながら、三体の『夜の案内人』が、各々の獲物を振りかざし、攻性植物へと襲い掛かる。攻性植物は三体の小人に蹂躙され、再びその身を削られた。
「癒しの光よ!」
 仁王の攻性植物が癒しの光を放ち、ケルベロス達を癒す。
「もう少しです、皆さん!」
「一気に畳みかけてやるぜ!!」
 吏緒が叫び、跳躍。相手へ勢いをつけた斧の一撃を叩き込む。
「さて、わるいわるーい狼さんはチョッキンしちゃおうね!」
 言いながら、夜野はハサミを大きく開き、チョキン、と閉じた。『おおかみさんとはさみ(キリトリセン)』。彼のグラビティは、男の腹部の攻性植物を切り裂いた。
「さて、ここが決め所だよ」
「頑張ろう、あの人を助けるのよ!」
 紅旗が正方形の魔導書に記された文字をなぞり、ケイトは自身ののオーラを介抱し、傷ついた仲間へのヒールを行う。
「貴方を蝕むすべて……焼き尽くします!」
 ヒナキによって召喚されたドラゴンの幻影が、業火を吐き出す。それは攻性植物の蔦や花を次々と燃やし尽くしていく。
「が――ああアアッ!」
 攻性植物は悲鳴をあげながら蔦を振り回すが、苦し紛れの一撃など、今のケルベロス達の勢いを止める程ではない。
「業拳と私の力でもって、その身刻み砕いてくれる……!」
 リヴィの改造バトルガントレット、業拳が変形、鎌とチェーンソーが展開された。
 リヴィが突撃する。展開された鎌とチェーンソーが、攻性植物の蔦や花をズタズタに引き裂いていく。
「気脈を断つ! 業魔連刃惨砕拳舞(ゴウマレンジンハサイケンブ) !」
 とどめの一打。それを受けた攻性植物は、ふらふらとよろめいた。
「……おお……『仲間』よ……申し訳……ありま……」
 それが最期の言葉となった。
 攻性植物は地に倒れ伏した。次の瞬間、植物部分が一斉に枯れ、寄生されていた男のが姿を現した。
 ケルベロス達の努力もあり、傷は殆どない。
 だが、彼が立ち上がることはなった。
 紅旗が、男の死体に近づく。見た限りでは、攻性植物は完全に死滅し、枯れているように思えた。
 紅旗は男の衣服を簡単に整えると、
「……お疲れ様でした。ゆっくり休んでねぇ」
 すこしだけ悲しそうに、そう言った。

●倒すべき敵は、
「なんというか……やりきれないよなぁ」
 吏緒が呟いた。
 止められた事を良かったと思う反面、助けられなかった事についての謝罪の念が、彼の胸中に渦巻いていた。
 誰が悪いと言うわけではない、という事は理解している。
 だが、心は納得できない。
「あまりにもひどいやり方……この事件の黒幕、許せない」
 ケイトが憤慨していった。
「黒幕……そうですね。もしかしたら、同種の事件が他にも起きるのかもしれません。そう言った事を調べれば、黒幕へとつながる何かが見つかるのかもしれませんね……」
 仁王が言う。
「探さなくてはなりませんね。もう二度と、こんな事件を起こさないためにも」
 シャルローネが応えた。その声色には、確かな決意が含まれていた。
「……ええ。許すわけにはいきません。こんな事は……決して」
 死んだ男へ黙とうをささげていたヒナキが、顔をあげてつぶやいた。
「さて、それじゃあそろそろ、彼をお家に帰してあげようかねぇ」
 紅旗が言う。ケルベロス達は頷いた。
 男の遺体を輸送すべく、ケルベロス達が行動を介する。
 ただ、夜野だけが俯いて、動かなかった。
「……? 夜野さん? どうかいたしましたか?」
 それに気づいたヒナキが、夜野に尋ねる。その問いに、夜野は頭を振ると、
「あ……なんでもないよぉ。ちょっと忘れ物しちゃって、先に行ってて欲しいんだよ」
 笑顔で答えた。じっ、と、ヒナキが、夜野の顔を見やる。
 ふとヒナキは視線を外し、少し考えるようなそぶりを見せた後、
「……分かりました。くれぐれもお気をつけて」
 そう言った。何かを察したような声色が、そこにはあった。
「……うん。すぐ追いつくから、心配しないでねぇ」
 それでも、夜野は何事もないようにふるまう。
 ヒナキは何も言わずに頷いた。
 ケルベロス達と共に、男が家路を行く。その後姿をしばし見送った後、夜野は今はもう誰もいなくなった林道へと目を移した。
 何もなかったかのように、林道は静まり返っている。夜野はあたりを捜索し始めた。予知を聞いた時から、ずっと覚えていた不安感。果たして、的中しているのかもわからない。だが、予知の情報だけを聞くならば――。
(「……おとーさん。おとーさんなの!?」)
 この事件の黒幕。あまりにも残酷な仕打ちを行ったものの正体の心当たり。
 夜野は必死で、当たりを探す。
 否定的な証拠が出てきてほしい。
 だが、夜野は何も、見つけることは出来なかった。
 胸中で渦巻く問い。答えは出ない。答える者もいない。
「……違うって、否定してよっ! 誰でもいいからっ!」
 夜野の叫びは、夜の闇に吸い込まれ、誰にも届く事なく消えていった。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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