●願いを叶える魔法少女
――夜。多くの人々が夕食を終えたくらいの時間。青森県の某山の中。
ユニフォーム姿の、高校球児と思しき男子がバット片手に道なき道をゆっくりと歩いてゆと、やがて、小さな泉へとたどり着く。
「やったよ。今度の試合でベンチ入りできることになったんだ」
誰もいない泉に向かって彼が叫んだ直後、彼の背後に何かの気配が現れる。
「良かったね。君ならできると思ってた。おめでとう♪ ところで……」
彼の耳元に囁きかけるように言ったのは、右手が枝の先にリンゴを実らせた木、左手は天然木でハートを描いたような杖を携えた、アンジェリックプリティに身を包んだ少女。
「分かってるよ。願いが叶ったら何でもする――」
「ありがとう。それじゃ、これを飲んで」
少女の異様な姿に畏れる様子もなく、堂々と言い放った彼に、1粒の種を差し出す少女。
「……リンゴの種?」
不思議そうな顔で少女を見返すも、彼女は笑みを湛えたまま見つめている。
やむなく種を一飲みする彼――すると。
「う、うわあぁぁっ!」
彼の手足が見る見るうちに樹木と化し、右手はバットと一体化。ユニフォームから見える部分は、顔以外すべてが植物と化す。
「皆の願いを叶えてあげるため、力を貸して。お願い♪」
「……はい。皆を幸せにするために頑張るよ」
せっかくベンチ入りを果たしたはずの元・高校球児は、攻性植物として夜の街へと戻っていくのだった。
●さぁ、みんなで幸せに
「集まってくれてありがとう」
事件が起こると聞いて集まったケルベロスたちに、赤井・陽乃鳥(オラトリオのヘリオライダー・en0110)は、軽くお辞儀をして話し始めた。
「青森県の某山中から下った麓の市街地に入った辺りに、攻性植物が現れるの。攻性植物となってしまったのは、同じ市街地に住む高校生、球田・礼児くんだと思う。攻性植物の中に囚われたような感じなんだけど、どうも何者かの配下になってしまってるみたいで、説得したところで救出は無理みたい」
なんで彼が山に入ったのかは分からないけど……と語る陽乃鳥。
「何にしても一人で山に入ったところを捕らえられたみたいね。気にはなるけど、どうしたら良いのかな。いずれにしても彼は、市街地で仲間を増やそうとしているのか、もしくは侵攻の拠点を築こうとしているのかのどちらかみたい。だから……」
皆には、攻性植物の彼が市街地に入る前に、全力で撃退してほしいの、と。
「幸い、山から下りてくる道は1本だから、待ち受けるのは難しくないわ。それに、辺理こそ真っ暗だけど、相手は1体――植物化した手にバットを持ち、見る影もないかも知れないけどユニフォームを着てるから、間違えようもない筈よ」
陽乃鳥は、だからお願いね、と告げた。
「目的は仲間を増やすことか拠点を築くことだと思われるけど、目の前に敵がいればそっちに意識が向くと思う。だから、あとは逃がさないように対処してくれれば……」
そう言うと改めてハッキリと告げる。攻性植物となっていまった彼を救い出す手立てはない、と。
「……つらいけど、こればっかりはどうしようもないの。彼を攻性植物にした誰かのせいね。そして、今回その『誰か』が姿を見せることはないし、彼から情報を得るのもまず無理だと思うの。でも、大丈夫。何か足取りを掴めるチャンスはあると思うの。だから……よろしくね」
この先に繋がるかは皆次第。そう言って陽乃鳥は話を締めくくったのだった。
参加者 | |
---|---|
デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203) |
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248) |
夏音・陽(灰華叫・e02882) |
ルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143) |
鏡月・空(月は蒼く輝いているか・e04902) |
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909) |
クララ・リンドヴァル(錆色の鹵獲術士・e18856) |
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658) |
●山から続く道
その晩は天候に恵まれておらず雲が多く、月明りが足元を明るく照らしてくれることはなかった。
ゆえに、やむなくランプやヘッドライトの明かりを頼りに、攻性植物と化した少年を待ち受けるケルベロスたち。
「どうせ願うならレギュラーにすれば良かったのに……」
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)は、少年がベンチ入りを望んで『何者か』に縋ったことを思い出し、思わず呟く。
もし何でも願いが叶うなら……多くを望んだ方が良かったんじゃないか!?
「……じゃなくて、結局試合には出られないんだから詐欺だよね」
そう。だって、叶った途端に攻性植物にされてしまうから。
(「『リンゴ』に『寄生』か……」)
その横で、ふと目の前のことから意識が飛ぶ、デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)。しかしこんな心許ない情報だけでは断言できないと、すぐに現実に立ち返った。
「あの子かどうかはともかく、欲望……今回は夢、としましょうか。それを潰す行い……許すわけにはいかないわね」
純粋な夢や欲望を愛することは同じでも、それを潰えさせようとする行為は彼女の欲求と全く相容れないのだから。
「さて、そろそろ……かな?」
鏡月・空(月は蒼く輝いているか・e04902)がランプを少し高く掲げて道の先を照らす。
すると、丁度その先の道から、決して速いとは言えないペースで歩いてくるユニフォームの片鱗をまとった子の姿が見えた。
「野球の練習か何かの最中だったんでしょうか……?」
その恰好に、ルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)は、犠牲になる前の少年の様子を思い浮かべる。
――練習の終わり。ベンチ入りメンバーに選ばれ、喜ぶ少年。誰かにそれを伝えたいと思うのも当然だろう。ただ……少年の場合は、その相手が間違っていた。
「……まあ、気の毒な姿になって」
分かっていたとは言え、改めてその姿を目の当たりにすると、思ってた以上に衝撃的。古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)は、無垢な少年をこんな姿にした相手の『罪』に想いを巡らせる。
「……魔法少女なんかじゃない。そいつは毒リンゴを持った、邪悪な『魔女』よ」
「こんな形で夢を奪われるなんてあんまりです。せめて、これ以上被害が出る前に!」
「『不変』のリンドヴァル、参ります……」
事が完全に為された後……というのであれば致し方ない。クララ・リンドヴァル(錆色の鹵獲術士・e18856)は雷の杖を振るい、自らを含む後衛の面々の前に壁を作る。触れれば火傷では済まなそうな電撃の壁を。
――戦いが、ここから始まる。
●リンゴのちから
「ヘリオライダーさんに聞いたよ。あなたは永遠に失われてしまったって。なら、せめて次の犠牲が出る前に葬ってあげる……それがいちばんなんだよね?」
「そうだね。ボクらが成仏させてあげよう。始めっから全開で!」
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)の言葉に、夏音・陽(灰華叫・e02882)がいち早く頷き、加速したハンマーを叩き付ける。が、すかさず少年が突き出した木の枝と同化したバットがそれを食い止めた。
そのまま、互いの得物を幾度も打ち合わせる陽と礼児。互角に近い戦いに心が躍る。
ドラゴニックパワーに一歩も引かない敵の力は、些か驚異的だ。
だが、数度打ち合わせたところで経験の差が。互いの間合いを確保するため移動を繰り返していたところで、敵がわずかに足をもつれさせた。
視線が足元に流れた隙を逃さず、ルチアナが後衛から一気に間合いを詰め、チェインの先で植物化した腕と肉体の境目辺りを刺し貫く。
本来ならば普通の人間……その身体の方を狙おうとすれば、どうしても手が震えるから。
「皆の願いを、叶えないと」
ユニフォームの少年から伸びた根が、前方の地面を大きく侵食。後ろに立つケルベロスたちを飲み込んだ。
しかし、すかさずクララが薬液の雨を戦場に降りしきらせ、悪しき催眠の力を洗い流してゆく。
「歪んだ力が他の人の夢を潰す前に、ここで貴方を殺すわ」
デジルの拳をオウガメタルが覆う。鋼の拳が彼の躯に融合した植物の鎧を弾き飛ばした。
「俺もそれに乗ろう」
反撃するかのように繰り出される敵の攻撃を躱し、空が雷を纏いしナイフで更に敵の外殻を削ぎ取ってゆく。同じくボクスドラゴンの蓮龍が炎のブレスで灼き切ってゆく。
「念のため……逃がさないよう手を打っておきましょう」
るりが古代語の詠唱を始める。呪詛の力が少年を蝕み、足の先を石へと変えてゆく。その背後でアストラが、障害を乗り越えて野球に打ち込んだ心温まる少年のエピソードを投稿。
「攻性植物の言いつけに従うなんて、野球のことは忘れちゃったの?」
語りかける言葉とともに、優しさが傷ついた仲間を癒してゆく。
……だが、当然ながら少年からの答えはない。
彼を救う手立てなどない。それは紛れもない事実だったが、だからと言って心が痛まぬ訳はない。
「でも、これ以上あなたを野放しにしておくことは、より多くの人々の心が蹂躙されること。私にはその方が許せません!」
ルーチェは、その緑色の瞳で攻性植物と化した彼の躯の構造を看過。ガントレットの腕で的確に打ち抜いた。
その一撃に怯んだ敵を畳みかけるべく、降魔の一撃を叩き込もうと陽が距離を詰める。
しかし、それより僅かに早く礼児が体制を立て直し、バットを振るって力で受け止める。
「ぐっ……」
思わぬ一撃に、拳が軋んだ。
●何でもするって言ったのに……
危険を察したルチアナが2人の間に割って入る。そして、
「こんな夜じゃ、あまりよく見えないかも知れないけど……」
と言いながら、闇夜の空に向かって手を翳した。
すると、彼方から雷の色を纏いし翼竜が瞬く間に飛来。その輝く鉤爪で植物の頭上を大きく引き裂いていった。
「自分のしたかったことを思い出せ! 打てるものなら打ってみろ!」
続いて、陽が絶望を奏でる歌を紡いだ。大きな影が球となって礼児に襲い掛かる。
殴られた痛みなど、彼の失ったものに比べたら、何てこともなかった。その黒き球を、手にしたバットで打ち返そうとするが、寸前で意思を持ったように避けた球が少年を破滅へと誘う。
「……斯様な醜態をお目にかけるのは、大変心苦しくはあるのですが……!」
なかなか手強い攻性植物の彼を前に、手を尽くそうと決めたクララが魔導書を取り出し、禁断の頁を開く。
魔導書は、巨大な口の怪物と化した――暴れる書架守が戦場ごと敵を喰らう。
が、少年も懸命にそれを振り払い、枝や根を伸ばしてやり過ごした。しかし、その息は荒く、スポーツで鍛えた強靭さは見る影もない。
「あなたに願いを言うようにいったのは誰なんです? 何でもいい……話せることはありませんか?」
これでも、同化する植物はかなり剥がしたはず。ここまでの攻撃で幾らかでも意識が戻るなら……と、竜巻の力で紡いだ結界で仲間を癒しつつ、空が語りかける。何とか自我を取り戻し、彼に語れる限りを語ってほしかった。
しかし、少年はどんな姿になっても自ら信じたものを否定することはなかった。
「あの娘はオレに力をくれた……試合に出たかったオレに、チャンスを掴ませてくれたんだ……」
まるで自身に言い聞かせるように繰り返す少年の腕から、枝がグングンと伸び、枝分かれしたその先で、大輪が花開く。
その瞬間、目映いほどの光線が闇を裂いて一直線に奔った。
しかしその標的となったアストラは、すさまじい速さでスマホを操作、飛び出たコメントが弾幕のように視界を埋め尽くし、仲間を守る。
「でも、礼児くん? 残念だけど、あなたは二度と試合になんか出られない。だって……」
「ここで消えて終わりだから……ジャッジメント!!」
台詞を継いだ、るりの右斜め上辺りの空間に、巨大な『槍』が姿を顕す。まるで神が手にしていたのかと思わせるほどに神々しいオーラを発するそれが、振るった右手と共に少年の躯を貫く。
「己が力を信じることもできず、禍つ者に身を委ねたことがあなたの罪。あなたの願い事はね、叶ったんじゃなくて奪われたんだよ」
「違う! そんな事ない。三軍だったオレが、1ヵ月もせずにベンチ入りなんだぜ!?」
しかし礼児はその事実を認めようともせずバットを振るう。それを、痛みを共有してみせるかのように身体で受け止める空。
ケルベロスたちは、言葉だけで心の奥底に響かせることの難しさを実感していた。
「これほどまでに人の心を、そして夢を奪った犯人……絶対許しません!!」
ルーチェの全身から滲む怒りが、灼熱のエネルギーと化して幾条ものロープになる。そして、まるで生物のようにうねり、広がる攻性植物の部分を燃え散らかしてゆく。
「信じられないのなら、それも仕方ないのかもね!? 貴方も、そして主も気づいていないのかもしれないけど、あなたの夢はもう終わっている。いずれにしても、その時点で幸せなんて永遠に訪れないわ。だから本当に、終わりにしてあげる」
加速したドラゴニックハンマーを一閃するデジル。しかし、今なお高レベルの反射神経を持つ礼児に躱され……と思いきや、その瞬間、彼女の身体からデウスエクスの残滓たる闇が噴出した。
その闇は礼児の背後でカマキリを擬人化したような姿となり、その腕を彼の胸に突き刺したのだった。
「……ぐはっ!!」
血液とも樹液ともつかぬ赤黒い液体を吐き出す少年。
「避けられた、なんて思った? これが終焉を紡ぐ、刹那の精霊なの……さよなら」
闇はもう影も形もなかった。そして、別れを告げる言葉ももう、彼には届かない――戦いは、静かに終わりを告げていた。
●せめて弔うだけでも
ゆっくりと崩れ落ちてゆく男の子から手を離しつつ、デジルは既に違うことに考えを巡らせていた。
「この相手……もしかしたら他のデウスエクスと違い、人を殺す気はなかったのかしら」
ここのところ急増した攻性植物による一連の事件では、聞き及ぶ限りその多くがグラビティチェインを直接奪おうとしていないのだと言う。
「そりゃあ確かに、直接手に掛けたのはボクたちかもだけど……」
「でも、この人の心と夢を奪ったんです。殺したも同じじゃないでしょうか」
斃れた攻性植物の男の子を見下ろしながら呟いた陽に、ルーチェが返した。この事件の裏に潜む『犯人』が絶対に許せない……と。
その台詞に頷きながらも、アストラは物言わぬ骸となった少年の横にしゃがみ、首魁につながる痕跡の1つもないものかと探ってみる。
「少しでも正気を取り戻してくれていたなら、違ったかも知れないのに……」と。
その傍らで、るりは彼のユニフォームの端を切り取ってみる。家族や部の仲間に、遺品として届けてあげようかと。
が、いずれにせよ分かったのは完全に攻性植物と一体化しており、どうあっても救う手立ては無さそうということくらいで、やはり他に得られたものはない。
「……。これで全て終わり……ではなさそうです、ね……」
クララは、長手袋を外しながら告げると、そのまま手袋をふわりと落とした。
少年を助けることはできなかったし、まして、家族らにありのままを報告することすらできないけれど。せめて弔ってやることくらいは……と。
涙を拭いて歌うルチアナの鎮魂歌に乗せ、改めて少年の遺体を埋葬するケルベロスたち。
「もう、これ以上、同じような目に遭う人々が増えないように」
「それでも、顕われれば何度でも倒す。殺すのではなく救うために」
願いと誓い――2つの意味を込める。夢を抱く者を犠牲にする不条理への憤りを胸に。死者に手向ける涙は心の裡に押し込んでおくものだから。
作者:千咲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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