海の忘れ物

作者:七凪臣

●命に従い
「藍銅、天藍。あなた達に使命を与えます」
「はっ」
「はっ」
 赤いルージュで彩られた唇が紡いだ言葉に、生真面目な返事が二つ同時に返る。
「この街に、貝殻とアクアマリンの組み合わせに拘ったアクセサリー職人がいるようです」
 その人間が使う素材は、ベースとなる金属や革以外だと、貝殻とアクアマリンだけなのだと、命じる側の女――ミス・バタフライは二人の螺旋忍軍へ言って聞かせた。
「あなた達にはこの人間に接触なさい。そして、その仕事内容を確認し、可能ならば習得。その後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「了解致しました」
「ミス・バタフライの仰せの侭に」
 深く頭を垂れた二人の男は、標的はなぜ『海の忘れ物』なのかは問わない。
 運命の道筋など知りはしないが、廻り廻った結果、ケルベロス側へ多大なダメージを与えられると信じているのだ。
 彼らはミス・バタフライにとても従順な配下であった。

●護りたいもの
 バタフライ効果。
 それは些細な出来事が、様々な経緯の後に、大きな現象へと変化するという事を意味する言葉なのだが。ミス・バタフライという螺旋忍軍が引き起こそうとしている災厄は、まさにこれである。
 ――天然石アクセサリー職人の技術が、螺旋忍軍に狙われる。
 憂い、危惧していたのは、エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)。
 そしてエヴァンジェリンの思いを継いで予知したのが、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)だ。
「狙われるのは、貝殻とアクアマリンの組み合わせに拘ったアクセサリー職人――海斗さんという方です」
 十代の頃からアクセサリー作りをしていた彼が、海辺にひらいた工房の名は『海の忘れ物』。
「皆さんにお願いしたいのは、海斗さんの保護と、ミス・バタフライの配下の『藍銅』と『天藍』の撃破です」
 かくてリザベッタは、解決の為の指針を二つ示す。
 一つ目は海斗を警護しながら螺旋忍軍と戦う方法。
 そして二つ目は、海斗に教えを請い、自分たちが囮となって螺旋忍軍と戦う方法。
 ただ単純に海斗を避難させてしまうと、螺旋忍軍の狙いが変わってしまう可能性があるので、こうなると被害を防ぐことが出来なくなってしまう。
 故に、彼を危険に晒すのを承知の上で海斗を餌にするのか。或いは、アクセサリー職人としての腕を磨くことで、螺旋忍軍に自らを目当ての職人と思い込ませるか。
「今回は事件発生の三日前に海斗さんに接触できます。事情を説明すれば、仕事を教えてくれると思います。とはいえ、囮になるには見習い程度の力量が必要でしょうから。修行は相応に頑張らないといけないと思います」
 しかし見事ケルベロスが囮役を果たせたなら。海斗の身の安全は保障される。

「螺旋忍軍の二人組は、昼過ぎに工房に現れます」
 工房そのものはさして大きくないが、裏に面する防砂林を抜けると、広い砂浜が広がっている。また、工房の入り口に続く道路もそれなりの幅があるので、戦うには十分なスペースとなるだろう。
「藍銅も天藍も、揃いの藍色の服を着ているので、見間違う事はありません」
 二人纏めて誘い出し、急襲をかけるもよし。上手い理由をつけて分断し、個別撃破を狙うもよし。はたまた、新たな策を講じるもよし。
「やり方次第では、戦いを有利に進められるはずです」
 詳細は皆さんで決めて下さい、と運命の賽をケルベロス達へ預け、リザベッタはふと思い出したようににこりと表情を緩めた。
「海斗さんを護りきり、螺旋忍軍を撃破したら。その後、改めて自分好みのアクセサリーを作らせてもらうのもいいかもしれませんね」
「何? そういうのも有りなのか?」
 魅力的な案内に、居合わせた六片・虹(三翼・en0063)の瞳がキラリと輝く。
「はい。もし修行をするとしても、修行中は自分の好みの品を作っている余裕はないでしょうから。それに心配事を抱えたままでは、繊細な手元が狂ってしまうかもしれませんしね」
 悪戯な微笑を浮かべた少年紳士は、更に誘う。
「戦いを終えてから作り始めたら、きっと終わるのは夜になるでしょうけれど。アクアマリンは夜の光にとりわけ美しく輝くというそうですから、ちょうど良いんじゃないでしょうか」


参加者
花骨牌・旭(春告花・e00213)
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
ティアリス・ヴァレンティナ(プティエット・e01266)
ルディ・アルベルト(フリードゥルフ・e02615)
天勝・牡丹(夢恋万華・e21521)
ジャスティン・ロー(水色水玉・e23362)
エイル・サダルスウド(星愛ディーヴァ・e28302)

■リプレイ

●謀り、強襲
 アクアマリンや貝殻に関しては、片っ端から調べて頭に叩き込んだ。
 気になった事は迷わず質問し、海斗の全てを写し取ろうと全てに注意を払った。
「いらっしゃい」
 揃いの藍色のスーツに身を包み現れた青年二人へ、花骨牌・旭(春告花・e00213)は朗らかに応える。
「藍銅と申します」
「天藍です」
 腰から体を折って頭を下げる所作は、弟子入り志願に相応しく。
「先生、そろそろ……」
 控えていたエヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)の言葉に、藍銅と天藍の耳がぴくりと動く。
「折角だから二人もおいで」
 口に馴染まぬ喋りを器用に操り、旭は――腕の立つアクセサリー職人の気配を存分に醸す男は、弟子入り希望の客人を手招いた。

 さく、さく、さく。
 海風を遮る防砂林の大地に、四人分の足跡が連なる。工房を出てすぐ、緑の壁を歩くと波音はもう間際。
 さくり。
「よおーし、行くよピロー!」
 茂る松葉の終わりを旭が越え、エヴァンジェリンが越え。そして藍銅と天藍が踏み越えた直後、寄せては返す水の調べに明るいソプラノが混ざった。
「補助展開コード:鷹の目――千里を見透す眼となって!」
「っ!?」
 不意に展開された眼鏡にも似たホログラフィに、螺旋忍者の足が止まる。それはジャスティン・ロー(水色水玉・e23362)が繰る、仲間に力を授ける彼女だけのグラビティ。そうと知らぬ天藍の腹部へ、ふわふわ枕のようなボクスドラゴンが突進すると、それを合図とばかりに幾つもの足音が砂を蹴った。
「苦いお薬と甘い香りで遊びましょ?」
 命中精度は心許ない。しかしジャスティンに授けられた加護と、何より不意打ちの優位性に賭けて、ティアリス・ヴァレンティナ(プティエット・e01266)はアイスブルーが溶けた柔らかな髪を風に遊ばせ中空へ躍る。最高点からの急速落下、重力に引かれた煌き宿す蹴りは、藍銅の肩を強かに打ち据えた。
「というわけで。キミの相手は僕だよ」
 よろけた肢体がバランスを取り戻さないうちに、ルディ・アルベルト(フリードゥルフ・e02615)が鉄塊剣を力任せに藍銅の頭上へ振り下ろす。衝撃に、藍色の瞳に怒りが灯る。
「謀られましたかっ」
「そういうことですかねぇ」
 察されても、身構える隙は許さず。しかし口元には穏やかな笑みを、発する肯定の言葉にはのらりくらりと余裕を乗せて、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)は歪な刃に天藍の姿を写し取った。
「――!!」
 見開かれた眼が、何を見たのかをルーチェは知らない。だが、返す刃のモーションでまで天藍の心を抉ったことを光の青年は確信する。
「ケルベロス!」
「お待ちしておりました」
 苦悶に歪む唇が紡いだ糾弾に、天勝・牡丹(夢恋万華・e21521)は凛と応えると、たん、たん、たんっと軽やかに砂地に足跡を残していく。
 そして。
「押し勝たせて頂きます」
 瞬く間に零距離まで飛び込んだトムソンガゼルの乙女は、抜いた白刃で優美な月の弧を描き上げた。
「くっ」
 鋭い斬撃に、天藍が苦し気に血を吐く。
「奇襲って、いうの」
 ね? メリク。
 星彩の煌きを宿す瞳をパチリと瞬き、エイル・サダルスウド(星愛ディーヴァ・e28302)も黒の残滓を腕に纏わせ、メリクと呼んだ箱竜のサダルメリクと共に天藍との距離を詰める。
「おのれっ、言わせておけばぁっ」
 辛うじて掠めるように、しかし間違いなく我が身を蝕んだエイルの黒き顎と、間髪入れずに吹き掛けられたボクスドラゴンのブレスに、天藍が気勢を吐いた。
 最初に藍銅が狙われたのは足止めで、本当の標的は自分。一方的に嬲られる間にも、その事は正しく把握した螺旋忍軍の青年は、ふらつく軸のままジャスティンが齎した恩恵を打ち消す蹴撃をケルベロス達の戦陣の最前線へ見舞う。
「先ほどの礼だ」
 藍銅も、猛る意思の侭にルディへ毒の刃を放った。
 けれど、時既に遅し。
(「海の忘れ物……素敵な、名前」)
「彼が作り出す、全てを、守るわ」
 流星と成ったエヴァンジェリンが天藍を追い打ち。
「そもそも、『運命の道筋』なんて理由で人を襲うなんて間違ってる」
 ――未来がどうなるかなんて、誰にも分からないのに。
 職人の仮面を脱ぎ捨てた旭も天藍を標的に、護符を閃かせる。
「舞い散るは、六つの花」
 それは小さなスノーマンを招聘する詞。顕れた冷気の化身は、秋の砂浜を冬へと変える白で二人の螺旋忍軍をまとめて嘗めた。
「人のものを奪おうとする不届き者さんには、きっっつい処置してあげるわね。悪いことは巡り巡って還っていくこと教えてあげる」
 ティアリスが、くすりと微笑む。
 旭とエヴァンジェリンによって導かれ、物陰に潜んでいた者たちの奇襲を受けたデウスエクスは、最早すっかりケルベロス達の罠の中。

●謀略、潰え
 全身が肺になったように呼吸一つにも手間取るようになっても、天藍の動きはなお俊敏で。
「ルディっ!」
 庇おうと駆け出そうとしても、速度に負けてしまい。天藍と藍銅の連撃が腐れ縁の悪友に吸い込まれていくのに、旭は口惜し気に舌を打つ。
「大丈夫だよ」
 応えた男は、肩で息をしつつ懸命に凌ぐ。集中砲火を浴びるつもりはなかったが、窮地に追い込まれた螺旋忍軍は、意識を引かれるのならばとルディに狙いを定めていた。
 彼のダメージを減らす唯一の手段は、被る手数を減らすこと。
「何も、奪わせない」
 チラリ、エヴァンジェリンはエイルと牡丹へ馳せる。送り返された親愛の情に力を貰うと、ジグザグに変形させた刃で天藍へ襲い掛かり、無数の傷のうちの一つを更に抉じ開けた。
 どぶり溢れる鮮血。零れ落ちゆく流れとは裏腹に、天藍の命は急激に先細る。
「取り敢えず、ルディの分は返しておくぜ」
「……ガぁっ」
 仕留めたのは、旭だった。放たれた紅蓮の火球に灼かれ、天藍は短い叫びを上げて四散する。
「ルディおにーさんの事は僕たちに任せて!」
「ご心配なく、なの」
 深手を負ったルディの治癒を、ジャスティンとエイル――二人の癒し手が請け負う。
「我が祈りは安寧 願いは苦痛の除却 咲き誇れ香気の華 我が歌と共に癒しを漂わせて……」
 緊急手術を執り行うジャスティンの見事な手際に誘われて、エイルも翠玉を取り出すと平穏を呼ぶ歌声を響かせた。
 忽ち伸びた蔦は星の花を咲かせ、ジャスティンの癒しを追いかけルディを満たす。
「次はあなたね」
「ならばっ」
 カーマインの双眸をにこりと細めたティアリスが放ったドラゴンの幻影に、藍銅が砂の大地を強く踏む。
「させません」
 居場所を変えようと――退路を求める動きを素早く見止め、牡丹は二振りの刃をすっと抜いた。
「色鮮やかな世界を、貴方にも見せてあげる」
 途端、牡丹の周囲に色鮮やかな花が咲き乱れる。それらを纏わせた切っ先を閃かせると、艶やかな風が巻き起こり。鎌鼬のように藍銅を苛み、同時に無数の花弁で彼の足を縛めた。
 逃げようとするのも、織り込み済み。
 その為に布陣は、螺旋忍軍を囲むように敷いていたのだ。
「良い子にしていてね? 言う事聞けない悪い子は……痛くするよ」
 澄んだ声で、敢えて藍銅の真正面に走り入ったルーチェが言う。まるで幼子に言い聞かせるように、悪童を窘めるように、怯える者を追いつめるように。
 果たして清らかな白の翼を背に負う青年が放った時間をも凍てつかせる弾丸は、より大きな破壊力を発して藍銅の脇腹を貫いた。

「海の遺物での創作作業って、亡骸に新しい命を吹き込む作業でもあるんだよ。だから、奪うばかりの君らに習得出来たとは到底思えないなぁ」
 ――そもそも、バタフライエフェクトが詭弁に聞こえる。
 ルーチェの言葉に、嘲りの意図があったわけではない。ただ、単純に率直な『感想』を吐露しただけ。
「我らのみならずミス・バタフライ様まで愚弄するか!」
 されど藍銅は怒りの導火線に火を点けられたらしく。剥き出しにされた感情に、ルーチェはまた透明な一瞥を送る。
「原罪の口付けを、どうぞ躰で味わって?」
 死天使の接吻。持つ名に相応しく、ルーチェが銃口から放った獄炎の紅を纏う蛇の如き一閃は、死の毒となって藍銅に甘く絡みついた。
「おのれ、おのれ! 我が使命はうぬらと戦う事ではないのに! 技術を奪う事なのに!」
「そんな事、絶対にさせませんわ」
 素敵な海のアクセサリーを思い描き、牡丹はデウスエクスへ肉薄する。
 海斗が工房を構えるまでには、相応の苦労があった筈だ。それを容易く奪わせなどしないし、何より牡丹はまだ海斗から何も教わっていないのだ。
 否、牡丹だけではない。
 螺旋忍軍を確実に騙す為に、ケルベロス達は旭を主に、エヴァンジェリンを補助として、二人の修行に重きをおいた。お陰で、螺旋忍軍は一切の疑いを持たず。結果、奇襲は最高の結果を齎した。
「ここからが、私たちの時間なのです」
「あと。海斗が、いたいのも。ダメなの……」
 雷を帯びた刃を牡丹が薙ぎ払った直後、痛みに傾いだ藍銅へ向けてエイルも対デウスエクス用のカプセルを投射する。
「くそ!」
 口汚く吐き捨てた藍銅が螺旋手裏剣を握った。勿論、狙いはルディ。けれど――。
「そう何度もさせないぜ」
 今度こそ、軌跡の延長戦に飛び込んだ旭が間に合う。深く穿たれた手の甲は強烈な痛みを訴えたが、胸の裡はやっと届いた満足感の方が大きかった。
(「まぁ、海斗さんの方も大丈夫だろうな」)
 オルヴォワール、とエヴァンジェリンが螺旋忍軍に別離の言葉と光の剣の一撃を呉れるのを見ながら、旭は今頃はひっそりと工房に身を潜めているだろう海斗の事を思った。彼の傍らで、虹も護衛役を確り務めているに違いない。
 大勢は、決していた。
「ティアリスお姉様!」
「任せて」
 這う這うの体の藍銅に迸る雷をぶつけたジャスティンの呼び声に、ティアリスは姉のような微笑みを返し、愛用の注射銃を構えた。
「細胞から壊して愛してあげる」
「グぁアっ」
 悶えた藍銅の視界ではカラフルな星が散っていただろう。何故なら、ティアリスが散弾で打ち込んだ薬品は、彼女以外効果を分析できない奇薬。
 遂に頽れたデウスエクスを、距離を詰めたルディは柘榴色の眼差しで見下ろす。
「そろそろ、終わろうか?」
(「廻り廻った道の先、キミ達なんかに決められたくないからね」)
「おつかれさま。あとは僕たちの自由時間にさせて貰うね」
 顔の前に翳した腕に点した炎が、無数の小さな蠅の姿に転じる。
「――!!!」
 羽ばたく音は聞こえなかった。けれど、集った炎蠅たちに全身を容赦なく食まれた螺旋忍軍の辿る運命は一つだけ。
 かくて衝撃に瞠目したまま、藍銅は天藍と同じく、波音運ぶ風に命を散らした。

●海の忘れ物
 工房に戻ったケルベロス達を、海斗は両手を広げて出迎えた。
「ありがとう、お陰で助かったよ」
 海斗と同じく工房にて待っていた者に労いの抱擁を受ける姿に、緊張していたのだろう男の日焼けした顔にも満面の笑みが浮かぶ。
「それじゃ、ここからが『海の忘れ物』本番だね――と言っても、旭先生にお願いすれば僕の出番は要らないかもだけど」
 さぁさぁ、と工房へ誘う海斗の言葉は、決して大げさなものではなく。旭が心血注いで修行に打ち込んだ正当な評価だった。
 とは言え、そこまで絶賛されるのは、ほんの少し面映ゆくもあり。しかしそんな背筋がむずむずするような感覚も、仲間の粋な計らいがあっという間に払拭する。
「修行から囮まで頑張ってくれた二人にはデリバリーでも頼もうか」
 提案は、ルディ。
「いいわね、ピザとか甘いものとかいっぱい頼みましょ」
 同意の頷きは宅配ピザお得意様のティアリス。
「ならば私が財布になろう」
 虹の仕上げの太鼓判に、賑やかな夕暮れが幕を開ける。

「牡丹、上手、すごいわっ」
 不意に上がった感嘆に、その時になって牡丹はエヴァンジェリンに作業の様子を見られていた事に気付く。
「エヴァさんっ」
 あわあわと大慌てはするけれど、褒められればやはり嬉しいもので。つい顔が綻ぶ。
「ありがとうございます」
 作っていたのは、桜貝に小さな雫型のアクアマリンを使ったブレスレッド。
(「仲良しな友達の、目の御色」)
 毎日レースを縫い付ける牡丹だから、仕上がりもピカ一。

 おそろい。つくろ?
 そんなエイルの誘いは、アイリにとってとても魅力的。
「うん、一緒に作ろう」
 突き合わせる額も楽しく、小さなボトルに桜貝と星型のアクアマリンを詰めて。小さなパールも足したら、色味も綺麗。
「桜はアイリ。星はエイル。これでいつも一緒ね」
 金のキャップで閉じれば、立派なペンダントトップ。
「海の精霊の、加護。いのった、のよ」
「エイルちゃん……」
 嬉しそうに目を細めるエイルに、アイリは思いついた事を実践すべく、華奢な金鎖を手に取った。
 しゃらり。
 まずはペンダントトップを通し。
 しゃらり。
 今度はそれを、エイルの首へ。
(「トモダチの印、かな」)
「えへへ、ちょっと照れるね」
 少し照れるけれど。見交わす視線には歓喜が溢れる。
 せっかくだから、サダルメリクの分も作ろう。そうすれば、丸ごと一緒の幸せの形。

 手先は器用なつもりのベルカナも今日は真剣そのもの。
(「ジャスティンさんと交換するんだから、絶対可愛く作るわ!」)
 気合と祈りを込めて、ベルカナは海色のビーズを繋げていく。ふと、不思議な懐かしさがこみ上げ来たのは、そんな時だった。
(「好きな石、だからかな?」)
 刹那の逡巡。けれど、ジャスティンは友人の変化に目敏く気付く。
「もしかして悩み事、多かったりする?」
「えっ、そんな風に見えたかな?」
 驚きと共に顔を上げると、「僕でよかったら聞かせてよー!」と屈託ない笑顔が待っていて。
 気にしていると言えば、兄のこと。顔も知らないけれど。
「そっかー。どんな人だろうね」
 作業は少しお休みにし、代わりに女子トークの花が咲く。
「ジャスティンさんは、気になる人とかいるかな?」
「ううーん。今ならベルちゃんかな。なんてね?」

「旭ちゃん、ワイヤーってどう扱えばいいのかしら?」
「優しく指導してね、旭先生」
 ティアリスとルディに強請られて、旭は自分用のブレスレッドを作っていた手を止めた。
「よし、修行の成果をみせてやろう」
 作っているのは、アクアマリンにワイヤーを巻いたもの。それを三つ連ねて、ネックレスの飾りにするのだ。
「きっとよく似合うと思うわ」
 くすりとティアリスが笑う。思い出していたのだ、旭の妹の笑顔を。だってこれは彼女のお土産用。彼女に似合うよう、明るい色味なアクアマリンを選んだのもティアリス――なのだけど。
「ねぇ、ティアの髪飾りも作ってー」
 ルディと旭の真剣な顔を見ていたら、少し羨ましくて。ちょっぴり不格好な作りかけの髪飾りを、ティアリスは二人へ渡す――が。
「ティアリス、こういうのは自分で作るからこそ思い出になるんだよ」
「えぇー」
 ルディに窘められて、ティアリスの頬が少し膨らむ。
「ほら、拗ねてないで手を動かす」
 そう言いながら、ルディがお揃いのネックレスを眼前の二人用にも作っているのは、未だ内緒。一頻り教え終えた旭はと言うと、可愛い妹の喜ぶ顔を思い浮かべていたけれど。

 アクセサリー作りなんて未経験。
 何を作ったものかと迷ったネーロは、兄の描いたデザイン画に心を決めた。
「俺もそれにする」
「そう? それなら、パーツの色を変えようか」
 ルーチェは猿頬貝の内側に銀ビーズとサザレ白珊瑚と藍玉で。
 ネーロは銀ビーズを金ビーズに、白珊瑚を紅染めのものに変え。
「ネーロ、力が入りすぎだよ。大丈夫、上手く作れているから」
「そう、かな」
 お揃いで作る、ラリエット。端に取り付けるタッセルは、ルーチェは濃紺。ネーロは濃紅を基本に、一部だけ色を変えたもの。
「ねぇ、ネーロ。完成したら、これを着けてご飯食べて帰ろうよ」
「うん。そうしよう」
 兄の指導を受けつつ、弟もゆっくりゆっくり丁寧に。出来上がったら、交換して。そうしてまた、二人で同じ時を過ごそう。

●アクアマリンの夜
 波打ち際、月明かりに照らされた影が二つ、並んで歩く。
「アタシは、パパが居るから、もう幸せ」
 貰ったばかりのイタヤガイにアクアマリンを飾ったブレスレッドを月に翳すエヴァンジェリンの笑顔は、花のようで。隣をゆくルビークの頬も自然と緩む。
「そう言ってくれるだけでも俺は幸せだなんだがな」
 偽りない本心だった。もしこれ以上の幸せがあるとしたら、娘と愛でる少女が幸せになってくれる事。それが誰の手によって成されるものかは――分からぬが。
 けれど。
「……それだと、アタシが不幸なら、パパも不幸に、なってしまうわ」
 拗ねる少女の想いも本物だ。
 アクアマリンは、調和と幸福の象徴。その石に少女は『父』の幸福への祈りを込めた。
「ずっと一緒に居てね、パパが幸せになるまで――その先も」
 少女の望みを耳に、男は彼女から贈られたばかりの紺の細い紐に小さなタイラガイ二つと大粒のアクアマリンを一つ飾ったブレスレッドを、そっと握り締めた。

 想いが込められたアクセサリーは、眩しくて美しい。
 エヴァンジェリンが作ったものを思い出し、牡丹は工房の窓から月を見上げる。
(「私は、あの子に届けたい」)
 海の忘れ物。
 あなたの、忘れ物。
 見つけた宝物の行く先に、たくさんの幸福がありますように。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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