薔薇のアルバム

作者:彩取

●記憶の住人
 和を感じる、格子戸の並ぶ町屋通りを越えた先。
 町外れにある古い洋館の庭で、秋薔薇が見頃を迎えていた。
 洋館自体は人が住まなくなってから随分経っているが、見事な薔薇園だけは町が管理を引き継いでおり、秋に咲く花は美しく、ふくよかな香りで庭を包み込んでいる。
 しかしとある日、一人の少女が洋館に向かっていた。
「洋館に住んでいる幽霊……噂通りなら、今頃よね……」
 秋薔薇が咲く朝方。洋館の二階の窓辺に、人影が見えるという噂がある。
 少女はその真偽を確かめたくて、制服姿で屋敷への道を急いでいたのだが――、
「――私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 第五の魔女、アウゲイアスに襲われた彼女は、心臓を一突きされて崩れ落ちた。そして、奪われた興味から、ドリームイーターが生まれたのである。

●薔薇のアルバム
 不思議な物事に対する強い興味が奪われ、ドリームイーターになる事件。
 興味を奪われた人を目覚めさせる為、またこれ以上の被害を出さない為にも、この個体を撃破して欲しい。ジルダ・ゼニス(青彩のヘリオライダー・en0029)はそう言うと、被害者である少女が興味を持っていた噂について、改めて説明した。
「まず、今回の敵の姿形から説明します」
 予知によると、敵の姿は女性である。
 髪や瞳、肌や衣服に至るまで全てが白く、半透明な女性の姿。少女が信じていたのは、この幽霊が嘗て洋館に住んでいたという噂なのだが、元は眉唾ものの話である。すると、アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)は穏和な笑みを浮かべた。
「ですが、ドリームイーターは倒さなければなりませんね」
「アレクセイさんの仰る通り、宜しくお願いします」
 そう告げると、ジルダはこの個体も今までと同様、自分の事を信じていたり、自分の噂話をしている人に引き寄せられる性質がある為、まずは誘い出して欲しいと言い、場所は薔薇園の広がる正門側の庭ではなく、裏門側の広場が丁度良いだろうと告げた。
「噂話の内容は、元々彼女の髪や服の色は何だったのか等でしょうか」
「このお嬢さんの身の上を想像する、ってのも良いかもしれないな」
 一例をあげるジルダに、言葉を添える都峰・遊佐(一路・en0034)。
 やがて説明が終わると、ジルダは戦いが無事に済んだ後の話をした。

「秋薔薇に興味がある方は、いらっしゃいますか?」
 この時期、洋館では秋薔薇が見頃を迎えている。
 洋館の正門前の庭一面に咲く、無数の薔薇。
 アーチ状になった薔薇や、腰の高さ位までに手入れされた垣根等もあるらしい。何より、早朝の澄んだ空気に漂うふくよかな秋薔薇の香りは、花を好む者にとっては魅力的な空間だろう。折角なので、存分に花を楽しんで欲しい。すると、ジルダは最後に言った。
「噂話の真偽はともあれ、この薔薇を愛する人が今もいるのは、事実ですから」
 薔薇を愛する人達の町が脅かされないように、皆の力を貸して欲しい。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)
守矢・鈴(夢寐・e00619)
バレンタイン・バレット(けなげ・e00669)
セレナ・アウラーンニーヴ(響命の刃根・e01030)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)
ティスキィ・イェル(魔女っ子印の劇薬・e17392)

■リプレイ

●白い噂
 洋館の裏門側に広がる広場。
 表側を彩る薔薇こそ見えはしないが、甘い香気が漂っている。
 そこで噂話をしたケルベロス達の前に現れたのは、少女の興味から生まれた女性型のドリームイーター。後ろの景色が透けて見える程に半透明化した夢喰いは、一同を標的と見なした直後、抱えていたアルバムをそっと開き始めた。
 指を添えずとも、自然と捲られていくページから溢れる白い花弁。
 それが白薔薇の嵐となって前衛を包み込むと、一同も反撃を開始した。
 女がそうしたように、曰く付きの魔導書を開くメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)。彼女が招いたのは、白い女を浸食する混沌なる緑の粘菌。
 それが悪夢を見せようと翔ける中、メリルディは先程の話を思い返した。
(「桜の下に実は……って話もあるって言ったけど」)
 不思議とこういう場所には、その手の噂が付き物だ。
 自分の例え話も、あり得ない話とは言い切れない。
「――ほんとうに、まっしろなんだなあ」
 そこに零れたのは、バレンタイン・バレット(けなげ・e00669)の声。
 屋敷に棲む白い女と、今まさに狙い定めた夢喰いの姿形、
「真っ赤なバラが、あざやかにはえるだろうぜ……!」
 どちらも噂に違わぬ白だと実感し、少年は槍の一撃を繰り出した。
 確かな手応えに強気な笑みを浮かべ、軽快に跳ね間合いを取るバレンタイン。
 続き、アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)はハンマーを変形させての竜砲撃を。後方から治癒を担う都峰・遊佐(一路・en0034)と、初撃の盾となりアレクセイへの攻撃を防いだ守矢・鈴(夢寐・e00619)は、共に治癒の爆風を重ねた。
「何事にも興味を抱く事は大切だわ。それを逆手に取るなんて許さない」
 鈴が語った噂話の中では、女の幽霊の正体は屋敷に若くして嫁いだ娘である。
 薔薇が好きで、薔薇を象った髪飾りを付けた美しい若婦人。丁度眼前の女のように、コルセットドレスで着飾り、物語に出てくる姫君のような容貌であったというが、
「噂も満更ではないようね。けれど、不安の芽は摘んでおきましょう」
 鈴は言う。これはあくまで、魔女の作りだした紛い物にすぎないと。
 その時、ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)は杖を掲げた。
 杖の雷光で前方の護りを固めると、ベルカントは変わらずに笑み、
「白いからこそ、他の色に憧れを持ったのかもしれませんね」
「だからこそ、屋敷の庭には多彩な薔薇が育てられた、とも」
 セレナ・アウラーンニーヴ(響命の刃根・e01030)も穏やかに頷いた。
 黄金の林檎から溢れる聖光を雷の守護に重ね、セレナは思う。
 この幽霊は、きっと籠の鳥めいた深窓の令嬢。
 彼女にとって、屋敷から望める景色が世界の全て。
 故に彼女の為に、往時の薔薇は手塩にかけられ、数多の色が庭を彩った。
 では、何故令嬢は籠の鳥であったのか。その理由を巡らせたのは、今まさに炎を纏った蹴りを繰り出したティスキィ・イェル(魔女っ子印の劇薬・e17392)である。
 例えば、陽の光を浴びる事さえ許されない、不治の病。
 薬で命を繋ぎ留めた代償として、令嬢は色を失ったのかもしれない。
 それは切なく、胸が軋む可能性であり、ティスキィ自身が病の恐ろしさを知るが故に、浮かび上がった想いでもあるのだろう。けれど、眼前の敵は魔女の作った夢喰いであり、
「もしそんな切ない人だったとしても、手心なんて加えない」
「ええ、大丈夫ですよキィ。私も、手を抜かずにいきます」
 大好きな義兄と共に立つ自分は、弱い頃のままではない。そう意気込むティスキィの前方、ベルカントと同じ中列に立つフェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)は、敵が放った白薔薇を見た上で、ただ一言こう告げた。
「――やすやすとそんなものが通るか」
 展開されたのは薄いバリアオーラ。
 それに身を包み、フェアラートが耐性を高めた直後、
(「成程、試してみるとでも言うつもりか……」)
 魔力を宿した爪が、フェアラート目がけて襲いかかった。その光景を見た上で、流星の煌めきを宿して跳躍したアレクセイ。彼は起動を奪う蹴技を放つと、白い女にこう語った。
「外に出て早々に申し訳ありませんが、夢の中にお帰りを」
 アレクセイも、白い女に色を映し見た。
 良家の子女、病に臥す深窓の令嬢。
 射干玉を思わせる黒い艶髪に、外に焦がれる空色の瞳。
 高価な絹に絢爛な刺繍が施されたドレスに身を包んだ、薔薇園だけが世界の全てである鳥籠の姫君。けれど、彼にとっての姫は、噂話の姫でも、眼前の女でもなく、
「――姫が、私を待っているのです」
 自由を得た、薔薇の歌姫ひとりなのだ。

●色巡る
 攻防の中、治癒に専念する遊佐と丸助。
 そこにセレナのボクスドラゴン――真珠色の毛並みのフィル・ヒリーシュや、鈴と共に盾となり戦うライドキャリバーのグラナートの奮闘もあり、前線の体力は維持されていた。勿論、必要に応じて、彼ら以外の者達も仲間を支えるべく力を惜しまない。
「――阻め、イージス!」
 爪の直撃を受けたバレンタイン。
 その身を包み込んだのは、鈴により現出した赤色の大楯だった。
 一秒でも長く立てるよう、少年を守護する人機願望『幻想大楯』。
 一方、確実に技を重ねていたフェアラートは考えていた。
(「……なるほど、奴らの獲物は無数にいるな」)
 人の夢だけに留まらず、感情さえも奪い利用する魔女。
 奴らにとって感情豊かな人間程、都合のいい標的はいないだろう。
 だが、それを知って看過するつもりは更々なく、
「こちらも仕事だ、対処させてもらうぞ」
 そう断じ、フェアラートが浸食する毒を宿した影の弾丸を撃ち放つと、セレナも皆が付与した呪縛力を高める為、空の霊力を帯びた刀を構え前進した。脳裏に過るのは、とある人に言われた言葉。そうして自らの戦術の幅を意識しながら、セレナは刃を振り切った。
「あなたをこれ以上、建物には近づけさせません。お覚悟を」
 敵との距離を踏まえ、後背の屋敷が傷付かぬように立ち回るセレナ。
 すると、メリルディは共棲する攻性植物の名を呼び、白い女へと差し向けた。
「わたしたちもいくよ、ケルス――」
 瞬く間に敵へと迫り、半透明の身体を包み込むケルス。
 その光景から目を離さずに、メリルディは思いを紡いだ。
「……もう、終わらせよっか。夢が褪めたら次に行くだけ、戻れないんだ」
 彼女もまた、興味を奪われた少女を守りたい気持ちと同じ位、本来の持ち主が丹精込めて育てていた薔薇を傷つけたくはなかった。故に、敵の気力を奪い、全ての縁をここで断ち切るメリルディ。その力から標的が解放される瞬間を、バレンタインは待っていた。
「バラではないけど、おれもきれいな色をしってるぞう!」
 伸びやかに上へと跳ね、宙に浮かぶウサギの少年。
 地を狙う銃口に光り輝くのは、一粒の星である。
 大きな一つ星の元に集まる、無数の小さき箒星。
 その尾は彩り鮮やかに。やがて一粒星が眩く輝いた瞬間、
「――眼に焼きつけろ、この一瞬の光!」
 星はまっすぐと流れ、白い女の元へと落とされた。
 それはたった一つ、この戦場に煌めいた光芒一閃(バレット・スター)。その着弾と共に星が爆ぜ、難なくくるりと地面に着地したバレンタインが顔を上げると、そこには痛みに悶えるドリームイーターの姿があった。メリルディの与えた呪縛に悪夢を見たのか、バレンタインの星の力に声無き悲鳴をあげているのか。
「風は赦しに、花は――祈りに」
 そんな連撃の中、ティスキィはそっと、手のひらを差し伸べた。
 清らかな祈りを込め、聖なる舞いを捧げるように揺れるティスキィの指先から生じたのは、白い女の元へと翔ける緑の風。女の頬を撫でる無数の花弁とシトラスの香りは、全てを赦すかの如く夢喰いを包み込み、その清涼なる香りが薄れる中、ベルカントはこう囁いた。
「白薔薇、私も好きなんです」
 女に迫ったのは、剣のように伸びた白薔薇の茨。
 その花は与えた痛みを赤として吸収し、自らの糧とするのだが、
「さて、貴女相手でも赤く染まるでしょうか――その色、いただきますね」
 ベルカントは大丈夫と微かに囁き、愛する白薔薇の剣を差し向けた。瞬間、女を貫くと同時に、花弁をほのかに色付かせた彼の白薔薇。
 すると、アレクセイは弱り果てた標的を見て、
「貴方の罪は、どんな華を咲かせるのでしょう?」
 否、月陰る夜の記憶さえ霞む程大切な人を深く思いながら、ドリームイーターへと問い、一粒の種を敵に与えた。それは命の、罪の、業の深さに比例して枝葉を伸ばす罪禍の種。やがて、白い女の身を割き引くように内側から現れた漆黒の茨は、流される事のない夢喰いの血と悲鳴さえも吸い取ったかのように、酷く美しい黒薔薇を綻ばせた。
 種を蒔いた者に言わせれば、その薔薇は黒い棺。
 やがて女は棺に葬られるように、黒薔薇に覆われて姿を消した。

●薔薇のアルバム
 戦いを終え、ヒールを済ませたケルベロス達。
 加勢に訪れた彼らの連れも含め、一同は表門側に広がる薔薇園へと足を運んだ。その途中ふと目に入った洋館の二階、薄い曇り硝子の窓を見て遊佐は呟いた。
「実際、どうなんだろうなあ。いるのかね、ここ」
「さあな。ただ、人外が跋扈する世界だ。いても不思議ではない」
 その言葉に淡々と返し、深まる薔薇の香りを吸い込むフェアラート。
 知識の有無で、物事の楽しみ方は如何様にも変わるものだ。
 ならば、植物の知識を持つ彼女にとって、
「折角だから見て回るか。楽しませてもらおう」
 美しい赤薔薇に迎えられた薔薇園での一時は、有意義なものとなるだろう。
 胸を満たす、ふくよかな秋薔薇の香気。
 季節を謳歌する薔薇の傍に身を置かずに、遠巻きに眺めていた鈴の元にも、全身を包み込むような優しい花の香りが漂っていた。静けさを取り戻した洋館の庭、グラナードと共にゆるりと散策する時間を彩る薔薇の色彩に、心は自然と癒されていく。
「グラナート――綺麗な花は好き?」
 ふと、鈴は共に歩む相棒に問うた。
 その背を優しく撫でながら、流れる沈黙に身を委ねる。
 すると、緩やかだった歩みを止めて、鈴はグラナートにこう返した。
「私は好きよ。何れ散りゆくけれど、その儚さも相まって綺麗さが際立つもの」
 言葉が静寂の中に溶け入ると、鈴とグラナートは再び進み始めた。
 小さなベンチの周りに咲くオレンジ色の大輪が、自分達の傍の垣根にも咲いている。
 だからこのまま座らずに、変わる景色を遠くから楽しもう。その思いを分かち合うかのように、彼女達は同じ速度で歩き、同じ香りに包まれた。
「早朝は、薔薇の香を愉しむには格別の時ですね」
「そうね。これなんて、良い色じゃないかしら」
 連れのルヴァリアが好む赤白に彩られた、斑模様の八重薔薇。
 それを眺めて呟いたセレナに対し、ルヴァリアは軽く相槌を打った。
 二人の胸中には、言いたい言葉が溢れていた。戦術の幅を指摘したルヴァリアと、指摘されたセレナ。前者は彼の戦う姿に成果を見たようであるし、後者も自分の戦闘を見た上で、彼女がどう感じたのか尋ねたいと考えていた。しかし、
(「やはり……ここで訊くことではありますまい」)
(「何か言うより、今は薔薇を楽しむことにしておくわ」)
 背を預けるに足る戦いが、出来ていたのか。
 そうセレナが問えば、ルヴァリアは何かしら答えただろう。
 それでも互いに言葉を呑み、彼女はセレナの肩をぽんと叩き、前を歩いた。すると、薔薇に頬を寄せているフィルを見つめた後、セレナは先行く人の背中へと告げた。
「ルヴァリア、あまり離れないでくださいね。薔薇に攫われてしまいますよ」
 瞬間、少し視線を上げて振り向くルヴァリア。
 だいぶ離された身長差を改めて意識しながら、彼女は気儘に前を向いた。
「ワーイ、ユル! がんばってきたぞう」
「ふふ。バレくんの勇姿、確りとみていたわ」
 友の姿を見れば、戦いの疲れも吹き飛ぶ心地。その思いを示すように元気に跳ねるバレンタインの姿にユルは密かに胸を撫で下ろし、二人は共に薔薇の庭へ。美しい赤に可憐な桃色、足元には緑の間で綻ぶ黄薔薇もあり、二人は幾つもの花を楽しんだ。
「ごらん、ユル! きれいなバラがいっぱいだ」
「ええ……この庭を造り上げた人達の、愛情が伝わってくるようね」
 注がれた想いに応えるように、秋の庭を彩る薔薇の花。その素直で可愛らしい姿をユルが見つめていると、花と友に囲まれながら、バレンタインは春に咲く花の話をした。
 それは小さくても他の花に負けない、強さと輝きを放つ花。
「おれはタンポポの方がすきだけれど、バラもきれいだとおもう」
(「蒲公英……ふふ、誰かさんそっくり」)
 すると、薔薇が好きかと問う少年に、ユルは答えた。
 春の桜も、夏のラベンダーも、秋の薔薇も好ましい。そして、
「ラベンダーもにあうけれど、ユルにはバラもにあいそうだ。とっても」
「ありがとう、バレくん。……冬には何がいいかしら」
 次の季節に出会う花も、大切な友と共に見れば、一層輝きを増すだろう。
「行ってみたいところがあるんだけど、いい?」
「勿論、喜んで――」
 そう応じ、メリルディの手を取るスケキヨ。
 二人連れ立って向かったのは薔薇のアーチの元だった。暖色系の薔薇が咲き誇る姿を、視線を巡らせて楽しむ二人。そこでメリルディはふと佇み、スケキヨに訊ねた。
「前に、薔薇園に行ったときのこと覚えてる?」
「――忘れる筈なんて、無いだろう」
 一呼吸置いて男が告げると、二人は歩みながら語らった。
 あの時は想いを交わせた事が嬉しく、互いへの思いが溢れるあまり、ちゃんと花を眺められなかった。故に、今日は存分に花に浸る。すると、メリルディはアーチに綻ぶ桃薔薇に手を伸ばし、温めるように包み込んだ。曰く、この時期ならではの楽しみ方だ。
 対し、スケキヨも彼女の指先に惹かれるように、花包む手に手を重ねた。
 頬を寄せ、目を閉じ香りを感じれば、闇の中に優美な姿が浮かび上がる。
「こうすると、香りが際立つんだよ」
「この楽しみ方は知らなかったな」
 想いを告げたあの日とは違う、秋風の吹く薔薇の庭。
 けれどあの日と今日が繋がっている事を、二人は手中の花に感じ得ていた。
「あのね、ベル兄。手をつないでいい?」
「ええ、一緒に見てまわりましょう、キィ」
 ずっとお世話になっている先生であり、大好きな兄でもあるベルカント。
 彼に差し出されたティスキィの手には、レースの手袋が嵌められている。人見知りだった少女が、誰とでも手を繋げるようにと願いを込め、ベルカントが贈った手袋。故に、男は彼女の手を彩る花模様に感慨を抱き、少女もまた、手袋越しに伝わる優しさに微笑んだ。
「私は薔薇が好きですけれど、今ではキィの方が花に詳しいですね」
「たくさんあるけれど、ベル兄はどんな薔薇が好き?」
「そうですね。どの色も好きですけれど、一番は白かな」
 優しいけれど、何色にも染まる曖昧さが好ましい。一方で、義妹には赤やピンクの薔薇が似合うと言って、垣根を彩る大輪の赤薔薇を眺め、目を細めるベルカント。
 すると、ティスキィは戦場で見た敵の薔薇を引き合いに、こう告げた。
「私は、ベル兄の操るバラの方が好き。バラは、棘があるのもいいと思うの」
「――棘のある薔薇、ですか?」
 その理由を、彼女がこう続けると、
「だって、それで守ることができるでしょう?」
 紡がれた答えに、ベルカントは笑みを深めた。ただ可憐なだけでも、儚いだけでもない花の強さ。それを棘に喩えた少女もまた、誰かを守る為に棘を持つ花になったのだろう。
(「いつの間にやら、頼もしくなってしまいましたね」)
 それでも、彼の手を引く義妹は可憐な笑みを浮かべ、
「ベル兄、向こうの白薔薇も見たいの。行こう?」
 繋がれた手も、柔らかくあたたかかった。
 戦いを終え、アレクセイの元に駆け寄るロゼ。その怪我が癒されると、アレクセイは笑みを向けて、ロゼの背に回って彼女の瞳を手で覆った。目隠しの状態で歩く間、ロゼが感じたのは視界が覆われている不安ではなく、目蓋に感じる手のぬくもり。
 やがて、アレクセイが立ち止まり手を離すと、
「――わぁ! 綺麗。アレくん、綺麗ね!」
 現れた薔薇園に、ロゼは喜びの声をあげた。
「この薔薇はなんという薔薇なの? 教えて、アレくん」
「勿論、ロゼが望むなら。これは小ぶりだけど、香り高く色艶が良くて――」
 そこには、小さな薔薇園での自由しかなかった幼き令嬢の姿も、外の世界に憧れ焦がれた、鳥籠の姫の姿もなかった。だが、アレクセイは忘れていない。自分がした噂話の元でもある、切なげな後ろ姿をした人――自分が連れ出す前のロゼの姿を。
 故に、アレクセイは切に思い、また願った。
 愛おしいロゼに、綺麗なものを沢山見せたい。
 そうして喜び微笑む彼女の幸せが、我が身の幸せなのだから。
 けれど、ロゼも忘れてはいなかった。
 あの薔薇園に毎日遊びに来て、連れ出してくれたあの日の事を。
 それは月が替わる毎に贈られる薔薇と同じ大切な宝物であり、今この時、手に捧げられた口づけのような甘い思い出。すると、微笑み合う中でロゼは密かに囁いた。
 ――薔薇色の人生って、こういう事なのかしらと。

作者:彩取 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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