●甲山山中にて
兵庫県西宮市甲山。深夜の山はしぃんと静まり返っていて、不思議と鳥獣の声すらしない。
それは、おそらく『異物』が潜んでいることに皆怯えているから。
黒いカソックのような服装を身にまとい、黒い蝙蝠のような飛翼、山羊を思わせる黒角を生やした『異物』は、夜闇に溶け込んでいる。ただ白皙と上半身に咲かせた青い時計草の花だけが僅かな月光を反射して、『異物』――攻性植物の存在を知らしめていた。
「おいでなさい」
それが声音だけは優しく呼ばわる。
すると、ガサガサと茂みが揺れる音が次第に近づいてきた。
現れたのは、ランニングウェアに身を包んだ若い男であった。夜のジョギング中に彼は不幸にも『喚ばれて』しまったのだ。
「さあ、あなたにも播種をもって受難を差し上げましょう」
黒翼の攻性植物は、虚ろな表情のランニングマンに手を伸ばす。ミリミリと肉を軋ませ、みるみるうちに時計草が青年の体に咲き乱れた。
虚ろな表情のまま、時計草に寄生され攻性植物と化した青年が甲山を降りていく。
己の『親』のためにグラビティ・チェインを求めて。
●学生街の危機
西宮市の住宅地を、攻性植物が襲う。
香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)は、新たなるデウスエクスの脅威が近づいていることをケルベロスに伝えた。
「甲山から、時計草っぽい攻性植物が、グラビティ・チェインを求めてやってくる。まだ間に合うから止めてきてほしいんや」
この攻性植物の中には人が囚われている、といかるが言うと、ケルベロスは色めき立った。
人がいるなら救わねば、と誰かが言うが、いかるは心苦しげに首を横に振った。
「あかんねん。その子は何者かの配下になってしもてるようで、説得とかでは助けられへん」
いかるが予知で見た攻性植物は、数日前に夜のランニング中に行方不明となった男子大学生である高田翔平によく似ているという。
「……なんかの拍子に甲山に入ったところで、攻性植物に捕らえられたんとちゃうかな、とは思うんやけど……」
何か引っかかる、といかるは少し気になる様子であった。
ともかく今は攻性植物と化した高田を倒さねばならない。
いかるは気を取り直して、詳細をケルベロスに説明する。
「相手は高田くんだけや。甲山から甲東園に続く道の途中で会えると思う。時間は夜やけど、街灯はあるから、暗くはないよ。周辺は結構静かで人通りも少なめやけど、大学生が多い地域やから、人払いはしておいたほうがよさそうやね」
警察も出動するが、大学生は無茶をしやすいので、何か工夫があったほうがより良いであろう。
「相手の目的はグラビティ・チェインを獲得すること。それが十分得られたら、次はお仲間を増やすこと、……おそらくやけど、最終目的は甲山周辺の住宅地を拠点にしてしまいたいんやろう」
グラビティ・チェインさえ潤沢に与えなければ、攻性植物は次の作戦段階に移行できない。ケルベロスとしては、なんとしても攻性植物にグラビティ・チェインを与えることを防がねばならない。
「攻性植物は、巻きひげを鞭みたいに使って捕縛したり、葉で槍のように刺したり、花から出る光で傷を修復したり、という感じで動くようやな。葉で刺されると燃えたようにジクジク痛むから気をつけてや」
高田翔平を救うことはできない。辛い依頼で申し訳ない、といかるは眉尻を下げた。
「高田くんをこんな風にしてしもうた奴は、今回見つけることは無理そうや。せやけど、警戒を続けていけば、足取りをつかむことは出来るやろう。これ以上の被害は……僕も避けたい」
参加者 | |
---|---|
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026) |
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435) |
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079) |
深山・遼(烏豹・e05007) |
アーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574) |
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326) |
サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381) |
ハチミツ・ディケンズ(彷徨える琥珀・e24284) |
●切ない会敵
夜の住宅街は寂しいものだ。静かで、太陽の熱を失った空気は冷えている。
ただ冷たい月光と街灯が冴え冴えとアスファルトを照らしていて、どこか青い。
「……明るいのに、どこか恐ろしく感じるのは何故だろうな」
サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)はそよぐ夜風に青い髪を揺らしながら、呟いた。
(「無辜の人を守る事が出来ない、その事すらも悪夢だったら良かったのに……」)
サフィールは視線を落とす。これから攻性植物に寄生された青年と戦うのだが――青年を救うことができないことがすでに決まっている。
彼女の後ろで深山・遼(烏豹・e05007)がキープアウトテープを張っている。ケルベロスコートを着ている彼女を見れば、通りかかった者はきっとこの先が危険であることを悟るだろう。
人通りのほぼない住宅街だ。警察も動いている。このテープだけで人払いは十分だろう。
あとは、戦闘直前にシャドウエルフが殺界を形成すれば、出来る限りはしたといえる。
「どうにもやりきれないというか、きな臭いというか」
ため息を吐き、メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)は敵を待つ。ヘリオライダーに出現位置と移動経路は聞いてきた。ここで待っていればもうすぐ会えるだろう。
「何者かの配下……、なぁ。もし連中が何らかの意思の下に動いてる、っつーなら……上に居るのはとんだ胸クソ野郎に違いねぇぜ」
応じるのはダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)。割り切っちゃいるが……というものの、彼もやりづらさは感じているという。
「今回は、たしかに色々とひっかかる相手だよね。裏にいる黒幕も見えないし、高田くんも倒さないといけない……。戦いにくいかもしれないけれど、冷静にいこう」
周囲を警戒しながらファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)は、手にしたリボルバー銃の銃身を撫でる。まだ火薬の熱をもたず、冷たい砲身がファルケの心を凪ぐ。
「ともあれ、私達にできるのは被害を出さないことだ」
メイザースは己を納得させるように言う。
夜の光でも明るく輝く向日葵と金髪を揺らし、アーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574)は頷いた。
「そうじゃの。せめて止めてやる事で救ってやるしかなかろうて」
攻性植物から救ってきたことは何度もあるアーティラリィだが、この度は助けることが叶わない。
「助けられないなんて悔しっス。この借りは絶対返すっス」
ぐうっと眉根を寄せて、コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)は唸るように呟いた。前を見据えたまま、コンスタンツァは愛銃のセーフティを解除し、撃鉄を起こす。
コンスタンツァの視線の先を確認し、
「いらっしゃいましたね。それでは、撃破いたします……申し訳ありませんが、番犬の哀しい宿命です」
ハチミツ・ディケンズ(彷徨える琥珀・e24284)と彼女の従者であるボクスドラゴンのババロアが構えた。
青い街灯の光を浴びながら、長い影を引きずって、時計草に覆われた人間がやってくる。
高田翔平が。
「……これで無粋な観客は来ない、弔いに喧騒は不要」
サフィールが殺気を放つ。
――戦場は整った。
●征くも逝くも地獄なれど
「……行こうか」
高田翔平との距離が、互いの射程距離に縮まったのを認め、メイザースが呟いた。
「少しでも早く終わらせてやるのがせめてもの手向け……ってか、ガキの頃から湿っぽいのは苦手でね」
ダレンが狙いを定める。
「本意ではないが、あなたを亡き者とする」
アスファルトをきしらせ、遼はライドキャリバー夜影を駆る。
急速に敵に接近し、遼はライドキャリバーの座面を蹴って空高く跳び上がった。
夜影はそのまま炎をまとって高田翔平に突っ込んでいった。
「ハッ!」
それを見た遼は上空で体をひねり、体勢を崩した攻性植物ごと高田翔平を踏み潰す。
「余の日輪が、お主を解き放とうぞ!」
昼の残滓をすべて集めて、アーティラリィは光熱球を作り上げ、高田翔平へと投げた。
ゴウッと豪炎が時計草を焼き尽くさんと燃えさかる。
時計草が生命の危機を感じたか、輝きを伴いながら一層咲き乱れた。
花の光が炎を消して、植物部分を修復していく。ミリミリと人間部分の骨身が軋む音がして痛ましい。
「どんどん侵食されていってる……」
「このままじゃ人間型時計草になるっス」
ファルケとコンスタンツァが青ざめた。
「君が『受難』を与えるならば、私は『聖なる愛』を捧げようか」
メイザースが使う攻性植物も同じく時計草。そして、時計草は黄金の果実を作って、前衛を守る。敵とやっていることは全く同じだ。
ファルケがグラビティ・チェインを宿した弾丸で光る花を撃ち落とそうとするが、うまく当たらない。
コンスタンツァが振り上げた巨大なドラゴニックハンマーが冷気を放ちながら、高田翔平に落ちていくが、それも避けられる。
「ううっ、なかなかやるっスね!」
ドカンドカンとハチミツが放つ虹色の爆炎、そしてババロアの属性のインストールが後衛を支援する。
「せめて誰も、手に掛けさせない……!」
サフィールは黒い影を撃つ。夜闇より濃い影が時計草に張り付いて、青を黒へと無理やり染めていく。
「悪いケド、いつも通りの全力で行かせて貰うぜ。攻性植物は苦手なもんでな」
ダレンが路面を蹴る。日本刀に雷を宿して地面と平行に構え、目にも留まらぬ刺突を放つ。
蔓に突き刺さった刃は植物の繊維を気持ちよく断った。
その刃に時計草は巻鬚を絡みつかせる。
「うっ!?」
急速に成長していく巻鬚が、白刃を伝ってダレンの腕を捕らえた。
「くっそ、剥がれねえ!」
引いてもびくりとも動けないダレンは焦った。これだから植物は嫌なんだ、と叫びたくなる。
ギチギチと皮膚を食い破らんときつく締め上げてくる巻鬚がダレンを苛む。
「大丈夫、私が守ろう」
メイザースのマインドリングが光り、ダレンと攻性植物の間に光盾を形成する。
夜影がスピンして光盾の前に滑り込み、巻き込むようにして巻鬚をちぎり取ってダレンを解放した。
「どうも、助かったぜ」
という謝意に、ライドキャリバーはドルルンというご機嫌なエンジン音で応えて遼の元へと戻り、主人を乗せて再び高田翔平に接近する。
遼は引き絞った腕を思い切り高田翔平に打ち込んで、高らかに飛ばした。
「良い位置じゃ! そこっ!!」
アーティラリィが空を舞う高田翔平を時空凍結弾で狙い撃つ。凍りつく弾丸が攻性植物の破片を散らす。
それを浴びながら、ファルケは引き金を引いた。
「愛してるっスよファルケ、二人のラブラブパワーをこめた弾丸なら致死率百%っス!」
コンスタンツァが恋人とほぼ同時に敵を撃つ。百発百中、ガンスリンガーの狙撃は敵を決して逃すことはない。
二発の弾丸が時計草の育ちかけていた鋭い葉を撃ち落とした。
ハチミツの清らな歌声とババロアの属性が、傷ついた仲間を癒やしてくれる。
●救済の手よ苛烈たれ
友人たるコンスタンツァを庇った遼を、ぐさりと毒葉が刺し穿つ。じくじくと毒は遼を蝕み、燃えているかのように熱を上げる。
荒い息を吐く遼に、メイザースはウィッチの技で執刀して毒を抜いてやった。
「大丈夫。すぐ治るよ」
「ありがとう」
熱が引いて、ようやく視界もはっきりしてきた遼は、汗びっしょりの額を拭う。
心配そうに寄り添う夜影のボディを撫でてやり、遼は高田翔平を睨んだ。
「だいぶ向こうも侵食が進んでいるな」
ケルベロスの苛烈な攻撃に、時計草は何度も光る花を咲かせ、そのたびに高田翔平を蝕んだ。
その花もサフィールの黒影で半数が青から黒に色を変えている。
「せめてあまり苦しまずに倒して差し上げたいのですが……」
ハチミツは美しい声で歌い、そして辛そうに呟く。ババロアが慰めるようにハチミツの頬に擦り寄る。
「つまり、答えは一つ。さっさと終わらせような! ってこった!」
ダレンは台詞を言い終わる前に一閃を終わらせていた。大きく切り裂いたが血が出ない。体の奥までもはや植物になっていたことに、ダレンは閉口する。
「やっぱり苦手だぜ」
「そうじゃの、せめて人であるうちに、とっとと楽にしてやろう。……絡め取るのは、攻性植物だけの専売特許ではないぞ?」
魂を奪うものと銘を刻まれたナイフがアーティラリィの手によって、ジグザグに閃く。
夜にまばゆく上がる火柱は、ファルケがアスファルトを擦って作ったものだ。
ジリジリと炎が時計草を舐めて炭化させていく。
「おもいきりやるっスよ!」
後ろに回り込み、コンスタンツァは素早くリボルバーを抜き撃つ。
封印箱におさまったババロアが攻性植物めがけて飛んでいくが、時計草に覆われた腕がはたきおとす。
軽やかに夜空を駆けて、サフィールが時計草を蹴り飛ばす。遼やサフィールによって重力を増加され、ライドキャリバーによって足を潰され、敵の動きは目に見えて鈍くなっていた。
「憎んで良いんだ。多くを守る為に私は貴方を犠牲にすると決めたのだから」
サフィールは、すっかり時計草に覆われ、僅かに目が見えるだけの高田翔平に告げる。
虚ろな表情の青年は、もはや何も口をきけないようだった。力、知恵、知識、感情――すべて攻性植物に吸われてしまったのだろうか。
痛々しいものを見る目でハチミツは高田翔平を見やる。だが情けをかけるわけにはいかない。助けられないのだから。
だから、ハチミツは爆破スイッチのスイッチを押した。
「ここで刈り取ってしまおう」
メイザースはオウガメタルをまばゆく輝かせ、静かに言う。
メイザースめがけて伸びてくる毒葉を夜影が防ぐ。
ダレンが放ったオーラが時計草を灼くと同時に遼が殴り飛ばす。
「至天に煌く陽光よ、余の元に集え。森羅万象一切の区別無く、その光の中へと還るがよい!」
アーティラリィの詠唱により、辺り一帯は一瞬昼よりも明るく光る。
倒れかけた攻性植物に、ナパーム弾のごとき灼熱の光が飛びかかった。
「今だ、スタン!」
ファルケの声に、燃え尽きようとしていく高田翔平へとコンスタンツァは狙いを定めた。
「恋する乙女のパワーは無限大っス!!」
ガチンと落とした撃鉄が、雷管を叩いて弾丸を放つ。弾丸は螺旋を描き、周囲の空気を巻き込みながら竜巻となった。
竜巻は怒り狂う牡牛の如く、一切合財を飲み込んで瓦礫とともに攻性植物へと迫る。
「ゴー・トゥー・ヘヴン!」
コンスタンツァの竜巻が高田翔平を巻き込んで上空へと駆け上がっていった。
そして消えた竜巻は、彼をそのまま地面に墜とす。
激しく路面に叩きつけられたそれは、もう動くことはなかった。
十字を切って、コンスタンツァは黙祷を捧げる。ファルケが彼女に寄り添い、頑張ったねと頭を撫でた。
「許せ、とは言わぬ……恨んでくれて構わぬ」
アーティラリィは目を伏せる。
「せめて安らかに、貴方の魂が優しき星に抱かれん事を」
サフィールが、高田翔平の旅路の安寧を祈った。
●山は不穏に沈黙する
メイザースは左腕に宿していた攻性植物を外し、頭に飾りなおす。
そのまま、黙々と現場のヒール作業に移った。
遼は高田翔平の前に腰を落とすと、手を合わせた。彼に欠片もグラビティ・チェインを与えずに済んだ――つまり街を守れたが、気は晴れない。
遼は立ち上がりながら零す。
「心が重くなる依頼だったわね」
応えるように夜影がシュウと排気する。
キープアウトテープを回収したあと、遺体が遺族のところに戻るよう、遼は手配するつもりだ。
「山に入る者を狙っておるのかのぅ……」
アーティラリィは甲山を仰ぎ見る。さほど高くはない綺麗な稜線を描く山の中に、この事件の黒幕は今も潜んでいるのだろうか?
「これ以上、不運にも呼ばれてしまう方が増えないようにしたいですね」
ハチミツはババロアを抱きしめ、俯く。
「罪のない青年を……大事な人も居ただろうに」
サフィールは、やはりこれが悪夢であれば、ともう一度思うのだ。
「やっぱ、どーにも俺は連中が苦手だぜ。纏まりが無くて何考えてンだか全く分からねーし。そのクセ、時々まるで意思があるみてーに動きやがるし、俺の中の不気味勢力ランキング常に一位だぜ」
巻鬚に這い回られた腕をこすり、ダレンはため息を吐く。
「スタン、大丈夫? 犠牲が出るのは……何度目でも慣れるものではないね」
ファルケの労いに、コンスタンツァは頷くと、
「ファルケと一緒ならアタシ、どこまでも強くなれるっス」
と微笑み、ファルケの手をぎゅうっと握りしめる。
そして、
「二度目はないっスよ。よく覚えておくがいいっス」
ギッと甲山を睨みつけ、コンスタンツァは呟いた。
山も街も静かだ。今は。
作者:あき缶 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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