ダイダラボッチの足音

作者:氷室凛


 ――ドシン……ドシン……。
 家の自室で勉強していた少女の耳に、足音が聞こえてきた。もう日は沈んでおり、窓の外の街頭には灯りが点いている。人間の足音にしては少しばかり大きいように思えるが、気のせいだろうと思って少女は勉強を再開した。
 ――ドシン……ドシン……。
 だがすぐにまた聞こえてきた。それどころか足音はだんだん大きくなっており、こちらに近づいているようだ。少女は怖くなり、窓の外を覗いてみた。
 そこには全身から青い光を放つ、ずんぐりとした巨人の姿があった。背丈は家と同じくらいだが腕だけが長くて異常なまでに太い。
 先日少女が友達から聞いた『ダイダラボッチ』という巨人の伝承をそのまま具現化したような姿だった。
 巨人は少女のほうを向くと、その大きな拳で殴りかかってきた。ガラスが弾け飛び、壁が砕け、轟音と共に少女の部屋は爆発したかのように吹き飛んだ。

 と、そこで目が覚めた。
 布団で寝ていた少女はガバッと起き上がって寝ぼけまなこをこする。
「何だ……夢かぁ~」
 安堵する少女だったが、部屋に見知らぬ女性の姿があった。
 その女性――第三の魔女・ケリュネイアは手にした鍵を少女の胸に突き刺す。
 鍵は心臓を貫いたものの、少女はケガもせず死にもしない。これはドリームイーターが人間の夢を得るための行為なのだ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 ケリュネイアはそう言うと部屋の窓を開けた。驚きを奪い取られて布団にパタリと倒れ込んだ少女の体が発光した次の瞬間、窓の外には少女の夢に登場した化け物の姿が具現化していた。
 青い巨人の姿をしたドリームイーターは、ズシン……と足音を立てて夜の街を進んでいく。
 自室の布団に横たわる少女は一見すると眠っているだけのように見えるが、ドリームイーターを倒さない限り彼女は永遠に目覚めることはない。


「子供の頃って、あっと驚くような夢をよく見たりしますよね! 理屈は全く通っていないのですが、とにかくビックリして夜中に飛び起きたりとか……そのビックリする夢を見た子供が、ドリームイーターに襲われて『驚きを』奪われてしまう事件が起こっています!」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前で笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が説明を始める。
「『驚き』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『驚き』を元にして具現化されたドリームイーターが、事件を起こそうとしています。被害が出る前にドリームイーターを撃破して下さい!」
 ドリームイーターを撃破すれば『驚き』を奪われてしまった被害者も目を覚ましてくれるだろう。
 敵は民家と同じくらいの背丈の巨人。図体が大きくて動きが鈍重なためこちらの攻撃は当てやすい。その反面、体力が高くて打たれ強いという特徴がある。
「なお、敵が使用する技は『バトルオーラ』に準拠したグラビティです」
 現場への到着予定時刻は夜になる見込み。夜なので人通りが少ないとはいえ現場は街中なので、何かしら人払いをしておくと安心して戦えるはずだ。
「街の人々を守るため……そして眠っている少女を救うため、ドリームイーターを撃破してください。それでは、よろしくお願いします」


参加者
ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)
小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)
ヴァジュラ・ヴリトラハン(戦獄龍・e01638)
サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)
ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)
伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)
夜殻・睡(虚夢氷葬・e14891)

■リプレイ

「『驚き』を奪われてしまうと可哀想ですから、さっくりと倒して取り返しましょうか」
 ドリームイーターが出現した地点へと向かう道すがら、小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)が言った。
「イチイ、ダイダラボッチはどんな感じだと思います? 楽しみですね?」
 優雨はすぐ横を飛ぶボクスドラゴンにそう声をかける。ボクスドラゴンは敵の姿をいまいち想像できないのか、首をかしげるのだった。
「怖い夢とか、びっくりしちゃうような夢を見ることって、こはるもあるよー。でも怖いものは夢の中だけで終わらせなきゃ! 女の子の夢、返してもらうよっ!」
 伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)は小さな拳を突き上げて元気な声を上げる。
「巨大であれば強大である、とは限らんが、戦艦竜や巨大ダモクレス並みに手強ければ喜ばしい。願わくば、想像を超えて貰いたいものだな」
 そう話すのはヴァジュラ・ヴリトラハン(戦獄龍・e01638)。驚きにも良し悪しが有るが、彼は良い意味で驚きたいと思っていた。それが叶わないのなら、むしろ敵を驚かせてやりたいものだ。
「魔女の好きにはさせませんよ。少女の『驚き』を取り戻しにいきましょう」
 サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)は穏やかな口調で言った。
 しばらく夜の街を歩いていると、どこからともなく大きな足音が聞こえてきた。どうやら敵はすぐ近くにいるようだ。ケルベロスは足音を辿って走り出す。
 街の大通りに出ると、ドリームイーターが足音を響かせながらのそのそと前進していた。その進行方向の先には逃げ惑う一般人の姿があった。
 民家ほどの大きさの巨人がゆっくりと歩いている。体全体が青白く発光しており、腕だけが大きくて長い。ドリームイーターはこちらに気づくと足を止めて振り向いた。
 事前に話では聞いていたものの、やはりこうも大きいと異質な存在感がある。
「相変わらずドリームイーターは悪辣な事を企んでいるようですね。子供の夢から意識を奪い、人々に被害を与えるとは許せません。私たちの手でドリームイーターを滅ぼし、眠っている少女を救い出しましょう」
 サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)は冷静に言うと、人払いのため殺界形成を発動した。敵の足音を聞いた者が興味本位で近づいて来ないとも限らない。
「わたし、ちいさいから……もっとおおきくなりたいな、って……おもう、けど……あんまり、おおきすぎても……たいへん、ね」
 ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)は長い漆黒の髪をなびかせながら殺界形成を重ね掛けする。ロナは背が低いことをひそかに気にしているため、いつかは背の高い格好いい女性になりたい……と思っているのだが、さすがに今回の敵は大きすぎる。
「夢の力にはつくづくお世話になるねぇ」
 上空を飛ぶガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)は辺りを見下ろしながら小さく呟く。見たところ付近の一般人はあらかた離れていったようだ。
「だいだら法師とはぞっとしない。そんな奴だっけ……まあいいか」
 付近の人影が消えたのを確認したガロンドは地上に降りてきた。
「ん……」
 夜殻・睡(虚夢氷葬・e14891)は気だるそうに頭をかくと、ぼんやりした無表情のままキープアウトテープを張り巡らせ、一般人が近づかないよう辺りを封鎖した。
 人払いを万全に済ませたケルベロスは改めて敵と向かい合う。

 まずロナはステルスリーフを発動した。舞い落ちる木の葉をまとわせてみずからの能力を高めていく。
 ドリームイーターは重々しい足音を立てながら悠々とこちらに向かって歩いてくる。
 やはり敵の動きは緩慢だ。おまけに図体がでかいので的としても大きすぎる。攻撃を外すことはまずなさそうだ。それでもガロンドは狙いを定めて『怒れる黄金竜人形』を放った。怨念のこもった特製のぬいぐるみが具現化し、敵に突っ込んで自爆する。
 やたらと派手な爆炎が上がった。
『やったか!』
 ガロンドは得意げに目を細める。
 だが案の定、敵はまだ生きており、歩みを止めることなくこちらに向かってくる。
「……さすがに無理かねぇ」
 ガロンドは残念そうに呟く。
 続いて敵の死角からサラがクイックドロウを放つ。つぶてのような弾丸の雨を打ち出し、ドリームイーターの体に次々と着弾させていく。
 意表を突いた攻撃だったが、それでも敵は体中に弾丸を浴びながらも歩き続ける。打っても打っても敵は止まらない。
「流石にでかいな」
 睡は雨燕を振りかざし、その青い刃で達人の一撃を叩き込む。ダメージが通っている手ごたえは確かにあるのだが、光を放つその体は硬質で傷ひとつつかなかった。
 攻撃を終えた睡はすぐに飛び下がる。
 ドリームイーターは離れた場所から片腕を勢いよく突き出し、青い光のオーラを打ち出してきた。まだ距離があったため少し油断していたロナは敵の攻撃に飲まれてしまった。アスファルトの地面がめくれ上がり、閃光が輝く。
 一瞬の空白ののち、ヴァジュラは飛び出して敵に迫り、ルーンディバイドを放った。光り輝く呪力をまとった斧を振り上げ、縦に振り下ろす。彼は求め得る最高の戦いの為に生きている。その為、ある意味で敵すらも愛すべき存在なのである。
 ドリームイーターはヴァジュラの攻撃をもろに受けた。先程から敵は避ける気が全くないように見える。それを知ってヴァジュラも嬉しげに微笑むのだった。
「よける、そぶりすら、みせないなんて……」
 ロナは少し戸惑いつつも『堕天神槍』を放つ。
『聖なる果実は地に堕ちる。神の槍も血に濡れる。――あなたに暗い喰らい紅を、魅せてあげる』
 魔力によって召喚された吸血槍が、無数に分裂して勢いよく飛び出し、敵の体を次々と貫いていく。
 その時、ドリームイーターは初めて声を上げた。やや低めの獣の叫びのような声が街に響き渡る。そして右腕を突き出して青いオーラを飛ばしてきた。青色の爆炎が広がり、ヴァジュラを飲み込んでいく。
 ケルベロスが反撃に出ようとしたその時、敵は再び攻撃を仕掛けてきた。今度は左腕を伸ばしてオーラを飛ばしてくる。狙われたサクラは青いオーラに巻き込まれてしまった。強力な遠距離攻撃である。あれを二度、三度と喰らうと危険だ。
『あなたに歌をささげましょう。私だけを見ていてくださいな。余所見してちゃ……いやですよ?』
 手負いのサクラは地獄化した歌声を朗々と紡ぎ、呪いの歌を響かせる。辺りを漂う地獄の炎はゆらゆら揺れて鬼火と化し、敵の心を奪っていく。
 ドリームイーターは巨大な腕を振り上げると、サクラに殴りかかってきた。車ほどの大きさの拳がサクラのほうへと迫ってくる。
 だが、そこで心遙が飛び出した。
「ケルベロスのこの力は、人を助けるために使うって決めたの」
 心遙はハンマーで敵の腕を軽く殴打した。少し軌道をずらされた拳がサクラのそばに落ち、アスファルトの地面が割れて深い穴が穿たれる。
 巨大な相手だったが、心遙は怯まずに真正面からアイスエイジインパクトを叩き込む。打撃を加えた瞬間氷が弾け、敵の体に氷がまとわりついていった。
「やはり打たれ強いようですね。しかし、私たちもそう簡単にはやられませんよ」
 敵が一瞬硬直した隙に、優雨は一度前衛を立て直すべくブレイブマインを発動する。カラフルな爆発を巻き起こして味方を鼓舞し、前衛の四人のダメージを一挙に回復させていった。

 その後も戦闘は続き、ケルベロスは繰り返しグラビティを敵に叩き込んでいった。クラッシャー四人を含むケルベロスたちの猛攻を受けてもなおドリームイーターは平然と立っており、青白く光る巨体には傷ひとつなかった。
 敵が攻撃するたびにかなりの高確率で道路や建造物が壊れてしまうが、今は致し方ない。とにかく今は敵を撃破することが先決だった。街は後々ヒールで修復できる。
 ロナは駆け出してスターゲイザーを放った。流星のような輝きを宿した蹴りを、敵の足に打ち込む。さすがに足払いをかけて敵の巨体を倒すことはできなかったが、高威力のグラビティを確実に叩き込んでいく。
 敵は巨大な腕を振り上げた。それを見たロナが一旦下がる一方、サラが飛び出していく。
 唸りを上げながら空気を切り裂く巨大な拳をかわし、サラは敵の足に月光斬を浴びせた。弧を描いた斬撃が深く食い込み、ドリームイーターは片膝をつく。
 その絶好の機会を逃さず、睡は詠唱を紡ぐ。
『時長らくにして伝えず。五家伝を以て曰く、一刀にてまことに断ち切るべしは身に非ず。刀とは魂魄切り伏すもの也。しからば一刀、馳走し候』
 睡は走り出す。そして敵の間合いに踏み込んだ瞬間、氷の刀を具現化させて一閃。半透明の鋭利な刃で深い傷を負わせた。
 ドリームイーターは咆哮を上げながら拳を突き出してきた。睡はとっさに刀で受けたが、砲撃のような殴打を止めきれず、氷の刀は砕け散った。睡は体に直接拳を受け、後方に弾き飛ばされて地面を転がる。
「大丈夫ですか? 今治します」
 優雨は薬にも毒にもなる薬品が入った試験管を宙に投げた。
『雨は優しく、そして冷たい』
 優雨は『憂いの雨』で睡の体力を大幅に回復させた。そして近くを飛ぶボクスドラゴンに命じ、敵にタックルをさせる。
 ドリームイーターはボクスドラゴンを手で跳ねのけると、みずからの体を発光させて自身にヒールを施した。そして拳を振り抜いて光のオーラを打ち出す。
「いくらタフとはいえ、そろそろキツくなってきたんじゃないのかい?」
 ガロンドは状況を見て攻撃に回ることにした。彼は素早く距離を詰めて破鎧衝を放つ。怨念によって青くうねる黄金の刀身が、敵の構造的な弱点を的確に捉えていった。『驚き』はさすがに据えないが、これも敵と同じくある意味『夢の力』である。ガロンドに続いてミミックも敵の首に噛みついた。
 そしてドリームイーターが仰け反った直後、すぐさまサクラがデストロイブレイドを放つ。重い鉄塊剣を腕力だけで操り、敵の頭に全力で振り下ろす。
 今やドリームイーターの体にはいくつも傷があり、ところどころひび割れていた。強力なグラビティを繰り返し浴びせられて無事で済むはずがない。
 ケルベロスはこのまま勝負を決めるため一気に畳みかけることにした。
『月の涙、星の鼓動――夜を超えてかがやけ……!』
 心遙がそう呟くと、手元に光が集束して天球儀のように回り出し、周囲に風が吹き始めた。手を掲げると風が一層強まり、嵐のような暴風となった。
 ドリームイーターは心遙めがけて巨大な拳を振り下ろしてくる。
 だがその拳は彼女へ届く前に、風の渦に阻まれて止まった。幾重にも重なる竜巻がその腕に亀裂を走らせ、やがて腕はばらばらに砕けていった。
 風に煽られたドリームイータは体の制御を失い、後方によろめき無防備な姿をさらしてしまった。
 ヴァジュラは飛び上がって鉄塊剣のルドラを振るう。
『怒りて焔、吼えては嵐、我が一撃は滅びなり』
 ヴァジュラは強い相手との交戦に心底喜び、哄笑しながら斬撃を放つ。彼は剣圧による暴風と地獄から噴き出す炎を、剣と共に叩き付けた。
 どうやら頑丈さの勝負では彼らのほうに軍配が上がったらしい。
 ドリームイーターの巨体が倒れて轟音が響き渡る。光り輝くその体は細かく砕けながら砂のように消えていった。
 敵の撃破を確認したケルベロスはほっと安堵する。
「これで少女を救う事が出来たでしょうか? この先またドリームイーターと戦う事があるでしょうが、私たちは決して負けません。何度でも返り討ちにして差し上げます」
 サラは淡々とそう話す。
「……やっぱり、おおきいと……いろいろ、ふべん。わたし、まだ……ちいさいままで、いいや」
 そう言うと、ロナは周囲をステルスリーフでヒールし始めた。
 ケルベロスたちが瓦礫の片付けや辺りのヒールに取り掛かる中、ガロンドとヴァジュラの二人は一応少女の様子を確認することにした。
「まぁ無事か……」
 こっそり少女の家の窓から中を覗き込むガロンド。布団に横たわる少女は深い眠りに落ちている。
 しかしやがて、ぱちりと目を開けて何度か瞬きを繰り返した。意識は戻っているようだ。
 少女はもう少し寝ていたかったのか、目を閉じて再び眠ってしまった。
「無事だったか。もう夜だしこのまま寝かせてやろう」
 ヴァジュラが言った。二人は仲間のもとに戻ると、少女の無事を仲間たちにも伝えるのだった。

作者:氷室凛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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