山降る桐木のしもべ

作者:譲葉慧

 すっかり夜の帳が下りた山中は、生い茂る木々に阻まれ、心細げな月明かりが所々で覗くほかは、黒々とした闇が横たわっている。
 その闇中、登山道を青年が一人、登っていた。彼の眼は前方を見るともなしに見ている風情で、定かではない足下を気にしている様子はまるでない。
 それでいて、足取り確かに急勾配が続く道を登り続けていた彼は、ある場所で登山道を逸れ、木々の間へと強引に分け入った。枝葉が肌を傷めつけるが、それにはまるで頓着せず、一切迷うことなく、彼は歩みを進める。
 彼が奥へと進むにつれ、虫の音、鳥や獣の鳴き声……山の住人達の気配が消えてゆく。
 そしてついに彼は歩みを止めた。
 そこは、静寂だけが残された場所だった。微かな月光の下で季節外れの桐の花が咲き誇っている。枝はまるで客人を出迎えるように辺り中に広がっている。
 いや、実際桐の木は彼を待ち望んでいたのだ。枝が一斉に蠢き、彼へと殺到し絡みついた。たちまちのうちに枝に拉がれ人の原型は失われてゆく……。
 全てが終わった後、そこには2つの影が佇んでいた。
 1つはかつて青年だった、桐の木と人との奇妙な融合体のもの。そしてもう1つは、桐の花を纏う異形の少女だった。
「どう? 『力』の感触は」
 少女は口元に笑みを浮かべ、蠢き震える桐の異形に麓の方向を指し示した。
「まだ足りないよね? 行ってきなよ。欲しいものは奪うんだ」
 麓へと歩き出す異形の桐を見届け、少女は竜の翼を広げ、ゆったりと飛び去った。翼の先が鳳の羽のように夜風にはためいている。
 ちらつく炎の如くのその様は、戦火の先触れのように夜空に赤い軌跡を描いた。

 ヘリポートでは、事件発生が差し迫り、搭乗準備中のヘリオンが幾台か駐機していた。
 その一機の側にザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)が立ち、ケルベロス達を募っていた。
「攻性植物との戦いに出撃可能な者はいないか?」
 ここのところ、各地で収穫間近の野菜や果物が攻性植物化している。今度は何の野菜なのかと問うた声に、新手だと答えるザイフリート王子の声に憂いが滲んでいる。
「相手は人と同化した攻性植物だ。桐の木の幹や枝に覆われた人型で、隙間から人の身体が見えるな。唯一腕一本だけが隙間から飛び出している」
 奇怪な外見からはおよそ強者とは思えないが、その一本の腕が担う攻撃は苛烈なのだとザイフリート王子は語った。
「攻性植物は、ある山から市街地を目指し下山してくる。目的はグラビティ・チェインの収奪だ。お前達には奴が市街地に達する前に迎え撃ってもらいたいのだ」
 ザイフリート王子は戦場となる山付近の地図を開いた。山がちで入り組んだ周囲の地形の為に、攻性植物の潜む山から市街地へ下りる最短の道筋は、登山道だけだった。しかし、地図を辿るケルベロス達の目に、困惑の色が浮かぶ。
 登山道は市街地の至近で3つのルートに分かれているのだ。
 分岐点で待てば、確実に会敵できるが、万が一討てなければ、攻性植物は易々と市街地へ入ってしまう。
 登山道で会敵できれば、そのリスクは低くなるが、ルートの選択を誤ると、攻性植物を改めて探し出さなければならない。その難易度は高いだろう。
「3つの登山道は、それぞれ初級、中級、上級コースなのだそうだ……」
 フォローのつもりか、ザイフリート王子はそんな事を口添えた。
 そんな彼に向け、攻性植物を見つけ、囚われた人を死なせないように戦えとはやる事が多すぎて難儀だとケルベロスは軽口混じりにこぼす。
 その軽口に応えず、ザイフリート王子は浮かない顔をケルベロス達に向けた。
「……この攻性植物は、何者かの僕らしく、もはや我らの言葉は届かないのだ。囚われている人物は、2日程前にこの辺りで行方知れずとなった青年に似ているのだが……山での鍛錬が日課だったそうでな、その時拐かされたのだろう」
 囚われた人は救えない。ザイフリート王子の憂いの理由は、これだったようだ。彼はそのままの調子で続ける。
「戦場についてだが……お前達の出発地点は深夜の登山道入り口となる。下山してくる攻性植物が登山道入り口に達するのは朝になる見込みだ。いつどこで交戦するかで、戦場の様子は変わってくる」
 ザイフリート王子は地図の登山道入り口を指した。
 入口近くには登山客のための駐車場があり、広さは充分にある。一方、登山道の幅は広くない。周囲は鬱蒼とした木々だ。地形の生かしようはあるかもしれない。
 地図の等高線を比べると、三つの登山道の傾斜が異なっている。登山難易度は各々でかなり違うようだが、ケルベロスならば問題ないだろう。
「次は攻性植物についてだな。奴は遮二無二市街地へと前進しようとする習性があり、攻撃一辺倒の態勢でお前達を突破しようとするだろう。攻撃は戦場全周に到達し、しぶとさも兼ね備えている。理性がなく、狙う標的がいい加減なのは救いかもしれないがな」
 ザイフリート王子がそこまで話したところで、側のヘリオンのエンジン音が、まるで出発を催促しているように高まった。時間か、と彼はごちてから、戦場へ往くケルベロス達をヘリオン内へと誘った。
「囚われた青年は救えない……そして攻性植物化に介在している何者かの居場所も、今は分からぬままだ。だが戦場から帰還して後の行動次第で、事態を打破し、彼の無念を晴らすことができるかもしれぬ。辛い任務だが、よろしく頼む」


参加者
生明・穣(月草之青・e00256)
相馬・竜人(掟守・e01889)
嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
比嘉・アガサ(野薊・e16711)
エドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765)
クリームヒルト・ブラーシュ(燃え尽きるほどの愛を御身に・e30010)

■リプレイ


 連なる山の際から光が射し、夜に沈んでいた山を朝に染め上げてゆく。その移ろいのさなか、山の麓上空に飛来したヘリオンから、真下の駐車場へとケルベロス達が降下した。
 予知によれば、人に寄生した攻性植物が、山の登山道を伝い、麓の市街地目指し降りてくるのだという。市街地へ向かうために必ず通過しなければならないのが、登山道入り口にほど近い、この駐車場だった。
 攻性植物は市街地のグラビティ・チェインに強く惹かれており、何としても市街地へ至ろうとする習性があるらしい。この駐車場でその前進を止められなければ、市街地への進入を許すことになってしまう。
 それならば、登山道にいる間に先んじて討てばよいのだが、この山には難易度別の登山道が3つあり、どの道から攻性植物が降りてくるものかまでの予知は叶わなかった。
 いずれの作戦を採るか。その判断はケルベロス達に委ねられ、彼らの決断が下される。
 確実に会敵できる地での迎撃戦――彼らが選び取ったのは、護るべきものを背にし、退く余地の毫もない、そういう戦場だった。

 駐車場内に車は一台も停まっておらず、人がいる様子もない。だが、クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)は念には念を入れ、駐車場周りに立ち入り禁止のテープを張ってゆく。すぐ側に市街地があり、そろそろ人の起き出す時間帯だ。グラビティ飛び交うデウスエクスとの戦いが人の耳目を集めるかもしれなかった。
 彼の反対側で、生明・穣(月草之青・e00256)も立ち入り禁止テープを張っている。作業を終え彼が見上げると、大分白んだ空を、登山道の偵察に仲間達が飛んでゆくのが見えた。
 すぐに彼らは山の陰影に紛れ、穣は登山道入り口へと視線を落とした。待機の一時、思いは今回の攻性植物へと向かう。
 人に寄生する攻性植物は、以前から存在していた。だが、今回の攻性植物は同じようで違う。攻性植物の寄生に関わる何者かがいるのだ。それは新手なのか、それとも長く地球に潜伏していたものか。そして、一時に同様の攻性植物が動き出したからには、何らかの意思決定があったのでは……?
 疑問尽きぬ彼の前に、嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)が立った。笑みを含む眼差しは「今はやれることをやろうぜ」と語っている。穣も眼差しだけで頷き返した。何処となくその様子が寂しげに見えて、陽治は軽い口調で穣へ尋ねる。
「相棒が一緒じゃなくて寂しいかい? ま、俺じゃ代わりにはなんねーかもしんねーが、きっちり役目は果たすさ」
「貴方と居たら僕は心強いですから、心配は無用ですよ」
 陽治へ応え、穣は、屈託のない笑顔を浮かべた。
 駐車場のケルベロス達は、登山道入り口前に陣取っている。直ちに戦闘に移行できる体勢を整えた彼らは、黙して語らない。これから相対する攻性植物は、寄生された人を救う手段がなかった。各々の思いはあれど、今為すべきことは攻性植物を倒すことのみ、出来る事も攻性植物を倒すことのみなのを、そして、それは誰かが担わなければならない役割であるのを皆知っていたからだ。
 駐車場に光が射し、待つ者達の影を地に落とした。その時はもうそこまで迫っている。
  
 登山道上空では、相馬・竜人(掟守・e01889)とクリームヒルト・ブラーシュ(燃え尽きるほどの愛を御身に・e30010)が偵察飛行していた。3分岐後の登山道は、別方向へと向かっているようだ。
「どの登山道か当たりがつきゃいいんだろうけどよ」
 竜人は緩やかに旋回しながら、山を覆う木々から切れ切れに覗く登山道の先を見比べた。丸太で整えられた道は、どれも同じように見える。彼と反対方向で山の様子を見比べていたクリームヒルトは、朝焼けの赤が薄らいでいく空を仰いだ。空に朝日が満ちる頃、攻性植物は登山道入り口に降りて来ると予知されていた。
「これ以上深入りは出来そうにねーな。陽が昇りきっちまうぜ」
「仕方ねえ。そろそろ戻るか」
 収穫なしかよと息を吐き、踵を返しかけた竜人の視界の端、陽の光が射しこんだ登山道で、樹とも彼ら2人とも違う影が動いた。影は上空の2人に気づく様子も無く、黙々と道を降り続けている。
「正解は上級コースってわけか」
 携帯電話を取り出して、竜人が待機中の仲間達へ一報を入れる間、クリームヒルトは影……桐木の攻性植物の動きを注視していた。移動の挙動が所々人間らしく、寄生された人の存在を否応なく思い出させる。彼女の脳裏に、この攻性植物の存在を予知したザイフリート王子の憂い顔がよぎった。
「悪いな。恨みはねえけどよ、あの御方を煩わすヤツは許しておけねえんだ」
 桐の囚われ人へ詫びると、クリームヒルトは竜人の後を追い、仲間の元へと戻って行った。


 幾重もの桐の幹と枝に覆われた人型。駐車場へと現れた攻性植物は、聞いていた通りの奇妙な姿をしていた。枝や幹の隙間からは内包された人らしきものが覗く。唯一人の右腕だけがぎっちりと締まった幹をこじ開けて外気に触れている。
 腕は、攻性植物の動きに抗うようにもがき、空を掴んでいた。それはまるで、寄生された人の最後の抵抗のようだった。
 ……だが、既に人としての自我は失われている。いかに人間らしくとも、それは人の能力を模倣した攻性植物の意思になるものだ。
「侵略者のくせに人のフリかよ」
 竜人は髑髏の仮面を被り表情を隠すと、胸糞悪そうに言い捨てて跳躍した。その下をくぐる様に、嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)が攻性植物に迫る。
「おかげで俺は楽だけどな。ただ伐ればいいだけだ。やる事がシンプルでいい」
 タツマの手にしたチェーンソー剣が、周りの木もろとも、攻性植物を薙いだ。激しい衝撃で木端が周りに飛び散る。倒れてゆく木を足場に、竜人は攻性植物へ三角蹴りを食らわせた。高速回転するエアシューズの車輪が攻性植物の足元で火花を散らし、樹皮を抉る。攻性植物の態勢がぐらりと揺らいでバランスを失う。
 だが、動きを鈍らせながらも攻性植物は露出した腕で貫手を放った。風を切り伸びる手は、先制を食らわせたタツマを真っ直ぐ狙うが、比嘉・アガサ(野薊・e16711)はその動きを見切り、射線に割り込んで貫手の乱舞をその身で受け切った。貫手の引きと共に溢れた血の滴がアスファルトの地面に散る。
(「一撃一撃が、重い」)
 抜きんでて高い耐久力を持ち、なおかつ護りの態勢を取ったアガサにとっても浅くない一撃だ。痛みにも表情を変えない彼女の深手にいち早く気づいたエドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765)は、治療用ドローンをアガサ達へと飛ばした。
「まもって、あげて……!」
 ドローンは淡い光を放って傷を癒し、そのままアガサの護衛として側に留まる。穣の喚びだした光も、陽治の前方を覆うように三枚の盾の形に展開し、守護の陣を組んだ。
 仲間の護りに徹するアガサと陽治でも、狙われ続ければ長くは保たない。そしてもし、攻性植物の凶悪な一撃が護り手の2人以外に加えられたならば……。黒い染みのようにじわりと兆した思いを、エドワウは瞬き一つの間に振り切り、妖精弓を構えた。言祝ぎの矢を生成するため、身体に流れる魔力を弓へと集中させる。
「みなさんを、護ります。おれは、そのためにいるのですから」
 仲間を護る者、仲間を癒し、鼓舞する者。共に、己の身を削り戦場を支える者だ。そして持てる力全てを攻性植物を穿つことに懸ける者達がいる。そのうち誰が潰えても、戦線崩壊へとつながる。だが、お互い支え合い力を束ねれば、そうはなるまい。強力な敵だとて討ち果たせるはずだ。
 クレーエは『乙女座』と『獅子座』の名を冠する2本の星辰剣をそれぞれの手に持ち、掲げた。胴ががら空きの態勢は、防御の一切を捨て無防備そのものだが、己は剣、剣の役割は桐木を伐り払うことのみ、彼はそう自認していた。彼の剣が桐木を貫くように、仲間の盾が猛攻を受け止め、癒しの力が万難を排する。
 双剣に重力が集積され、その密度に周囲の空間が陽炎のごときに歪む。クレーエの胴を狙おうとしていた攻性植物は、不穏な重力からわが身を守るように、伸びた枝を引っ込め、体躯の前に巡らせた。
 相次いで放たれた重力の塊は、攻性植物を真っ向から襲い、幹に十字の形の痕跡を残した後、地球の重力に同化し消えた。だが、凄まじい重力に圧され、攻性植物の足元がアスファルトに少しめり込み、その動きを鈍らせている。
 竜人とクレーエの攻撃で、思うように身体が動かないためか、攻性植物はもどかしそうに枝と右腕を広げた。傷から樹液が滲み出て傷口を塞ぐとともに、右腕には脈打つ血管が浮かび上がった。相変わらずぎこちなさが残る挙動だが、桐葉は生き生きと緑を増し、右腕は力強く膨張している。
「随分と力んじまってまあ。それで殴られたら痛そうだな、おい」
 交戦開始からこちら、攻性植物を逐一観察していた陽治の目はその異質な動きを見逃さなかった。世間話を攻性植物にしかける風で仲間達へ警告すると、彼は手に持ったエクスカリバールをくるりと取り回して先端を攻性植物に向けて、一足で間合いを詰め、幹の隙間目がけて突き込んだ。……だが、手応えと裏腹に、樹液の巡りに衰えはない。
 元々の攻撃力と相まって、ケルベロスですら一撃で倒しかねない危険な状態だ。樹液による身体能力活性化を一刻も早く、止めなければならない。次の手を打ったのはクリームヒルトだ。
「テメーらユグドラシルもいい加減しつこいんだよ! いつまでザイフリート様の邪魔しやがるンだこのクソ植物ども!!」
 彼女は攻性植物を怒鳴り飛ばすと、戦場に露と散った魂の在り処を求めるヴァルキュリアの悼み歌を歌い上げた。誰にも顧みられることなく彷徨うばかりの魂が調べに乗って喚ばれ、穣に邪を破る剣の加護を与える。己は剣もて戦場にいた戦士なのだと、生者を通じて証明をするかのごとくに。
 穣は自らの瞳と同じ色の光の揺らめきを生み出した。名すら忘れられた戦士の、声なき叫びが融け合い、蒼の衝撃となって空を裂き攻性植物に襲い掛かる。衝撃は着弾と同時に天を衝く蒼炎となって燃え上がり、巡る樹液を蒸発させ、身体の活性化を止めた。
 炎に灼かれ、身体を穿たれ内奥にまで傷が達しても、攻性植物の攻め手は衰えない。失われた力を求め、今度こそタツマへと枝を伸ばし、貫いた。桐枝へと生命力が逆流する不快な感触に耐えながら、タツマは枝を引っ掴んだ。
「返せボケ!」
 枝の根元をチェーンソー剣でずたずたに切り裂き、逆に攻性植物の魂を千切り、己の力として還元する。目論見が不調に終わった攻性植物に、仲間達の攻撃が加えられる。縛められて動作はままならず、足下を狙われ攻撃を避ける足捌きは心もとなく、もがけばもがくほど激しく燃え上がる炎に苛まれているがしかし、攻性植物はこれらの不調を退ける術を持たない。細かな不調の積み重ねにより、徐々に戦場の天秤はケルベロスへと傾いていった。
 攻性植物はまた樹液による強化を行ったが、今や攻撃手に行きわたった破邪の力により、それは敢え無く破られてしまう。嵩んだ負傷により、樹液の自己修復機能でも、もはや戦況をひっくり返すことは不可能と見えた。
「……もうそろそろ眠ろう、ね?」
 クレーエは終止符を打つべく、奥義を仕掛ける。緒戦では難しかったが、回避能力の落ちた今ならば、いける。そう見立てたのだ。
 夜明けを迎え、彼方に去った筈の夜の残滓が、彼の側にわだかまっている。音も無く飛び立ったそれは、攻性植物を覆わんばかりに黒い翼を一杯に拡げた。翼の先がほんの少し触れたばかりだというのに、それ……『怠惰』のもたらす虚無に侵され、遮二無二動こうとする攻性植物の動きが、衰えてゆく……。
「オヤスミナサイ」
 ついに、デウスエクスの魂が完全に虚無の黒き海に沈んだ。それは同時に、理不尽にも寄生された青年の魂にとって、死という名の解放でもあった。


 ケルベロス達は、戦いで損傷した駐車場をヒールし、元通りに整えた。きっと今日も、山は登山客で賑わうのだろう。
「遺品でも見つかればよかったんだがな」
 陽治と穣は攻性植物だった桐木の様子を調べていたが、見た限りでは異状は見つからなかった。
「このような企て、早めに挫くことが出来れば良いのですけれど」
 まったくだ、と返す陽治の側で、エドワウも桐木を丹念に調べている。今までの寄生型攻性植物は、戦い方の如何によっては、囚われた人を救いだすことが出来た。今までと、この攻性植物とは、同化の程度が違うのか、それ以外の要因があるのか……。
 初めから被害者を助けられないことを知っていたとはいえ、こうして目の当たりにすると、胸の奥に痛みを感じる。それは「かなしみ」だ。淡い桃を帯びた金色の睫毛をそっと伏せたエドワウに、穣の大きな手が差し出された。掌には可愛らしい金平糖の袋が載っている。
「疲れたでしょう。良ければお一つどうぞ」
 お礼を言ってからエドワウが受け取って一粒食べてみると、甘酸っぱい林檎の味が口の中で広がった。疲れた心と身体に染み渡るような、そんな優しい味だった。
 アガサも林檎味の金平糖を穣に貰い、口にする。その美味しさは、この戦いで思っていたよりも自分が疲れていたことを実感させた。
 被害者は、この近辺に住む青年で、武道家を目指していたのだという。山での鍛錬が日課だったのだったのはその夢を叶えるためだったのだそうだ。ヘリポートで説明を受けた時は、倒さなければ、と覚悟は定まったと思っていたが、いざ横たわる桐木を見、被害者の身の上と繋がってくると、苦い思いが湧いてくる。
(「鍛錬で山に来たのに、運がなかったね。家族や友達、もしかしたら恋人だっていたかもしれないのに。助けられなくてごめん」)
 ケルベロスが謝る理由はない。そう頭でわかっていても、アガサは被害者の青年に謝らずにはいられなかった。
 上った陽からは朝焼けの赤色は抜け、よく晴れた青い空が広がっている。そろそろ市街地も人気が出始める頃になっていた。ぼちぼち撤収した方がよさそうだった。
「俺はちょっと山寄ってくぜ」
 竜人は登山道入り口へと足を向けた。陽治と穣も後を追う。
「俺達も山行くぜ。色々調べたいこともあるんでな。相馬もか?」
 陽治に問われ、ぶっきらぼうに竜人は答えた。
「山登りてえ気分なんだよ。上級コース上等だぜ」
 山へ調査へ出かける者、駐車場から出て行く者。三々五々、ケルベロス達は戦場を去ってゆく。
 そして、駐車場に最後に残ったのはクリームヒルトだった。
「許せとは言わねぇ。けど……せめて、安らかに……」
 抗う術もなく攻性植物に囚われ、死ななければならなかった青年。明日を奪われた者の無念を慰め、鎮めるヴァルキュリアの鎮魂歌が朗々と響き渡った。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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