レンタルおかん

作者:荒雲ニンザ

 砂漠の街と言われる東京。
 雑居ビルの一室、扉に『閉店しました』の張り紙がはられた店がある。
 中にはため息をついている、可愛らしい、ふくよかな主婦が。
「やっぱりムリよねえ……一人暮らしの人達に、時間制でおかあさんになるサービスなんて」
 店長だったのだろう。ため息の大きさが、彼女の後悔を語っているように思う。
「こんなご時世じゃない? 家族のいない人も多いし、家庭の暖かみなんて知らなかったり? 田舎から出て来て中々実家に帰れなくてちゃんとしたご飯も食べられなかったり? 空いてる時間に、少しでも何とか役に立てるかしらと思って始めてみたんだけどねえ……ムリよねえ、他人のおばちゃんだものねえ」
 すると、店の扉が開いた。
「あら、あらあら、ごめんなさいねえ、昨日で閉店になっちゃったのよ」
 店長の言葉を最後まで聞かず、第十の魔女・ゲリュオンは、手に持った鍵で彼女の心臓を一突き。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 背後に倒れた店長はそのまま後ろにあった扉を押し開け、意識を失ってしまう。
 そして店長が立っていた場所に、白い割烹着を着てフライパンを持ったお母さん風ドリームイーターが現れた。

 言之葉・万寿(高齢ヘリオライダー・en0207)がホロホロ泣きながら説明を始める。
「自分の店を持つというのは、その道の方達には夢でございましょう。ですが、せっかく夢を叶えたというに、店が潰れてしまうこともありましょう。その成り行きを後悔している御仁が、ドリームイーターに襲われ、その『後悔』を奪われてしまう事件が起こってしまったようです」
 『後悔』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようでだが、奪われた『後悔』を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしている。
「現れたドリームイーターによる被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して頂きたいというのが、今回の依頼でございます」
 このドリームイーターを倒す事ができれば、『後悔』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるだろう。

 敵のドリームイーターは1体のみ。
 戦闘する場所は、ドリームイーターの力で営業再開中のレンタルおかん『母花子』の店内。
 営業再開中であるが、他の客はいないので安心して戦えるだろう。
「店に乗り込んでいきなり戦闘を仕掛ける事もできますが、客として店に入り、サービスを受け、そのサービスを心から楽しんであげると、ドリームイーターは満足して戦闘力が減少するようです」
 ドリームイーターの元となった店長は、家族の愛情に飢えている人達に向けたサービスを展開していた。
「要するに、疑似家族ごっこ、ままごとのようなものとなりますが、家族空間を演出してやり、このサービスの良い面を心から喜んであげることが大切でございます」
 そこで万寿がビームと鼻をかむ。
「大体は普通に生活していれば親とケンカすることもあまりないでしょう。ですが、もし店長さんが小うるさいことを口にしても、それが母親の態度だったりするものです。それを想定して良い方向に受け流してやることが大事でございます。逆に、子供は反抗的な態度をとったりもするでしょう。何か、そういう……家族……ウッ、家族いいなあみたいな、アレでございます」
 敵を満足させてから倒した場合、意識を取り戻した被害者にも良い効果が現れるようなので、ぜひともがんばってほしい。
 被害者は店のバックルームに倒れ込んで意識を失っている。
「被害者のお母さんが目を覚ました時、晴れやかな気持ちで新しい一歩を踏み出せるよう、我々が助力して差し上げねばなりませんな」
 お願いしましたぞ、と万寿はもう一度鼻をかんだ。


参加者
ロゼ・アウランジェ(時紡ぎの薔薇歌姫・e00275)
知識・狗雲(鈴霧・e02174)
蒐堂・拾(壺中に曇天・e02452)
バドル・ディウブ(月下靡刃・e13505)
マッド・バベッジ(腐れ外道・e24750)
アルノルト・レーヴン(籠の鳥・e24845)
佐久田・煉三(直情径行・e26915)
青木・杏奈(やかましかしましお喋り大好き・e30474)

■リプレイ

●事前
 とある雑居ビルの一室に、レンタルおかん『母花子』が営業再開しているスペースがある。
 その日、ピンポーンと、軽快な呼び鈴が廊下に響き渡った。
「はーい」
 開けたのは花子。おかんドリームイーターだ。
 扉の向こうにいたのは、白い付けヒゲを装着した蒐堂・拾(壺中に曇天・e02452)と、マッド・バベッジ(腐れ外道・e24750)。そして、足下にはアラビアオオカミらしき獣のバドル・ディウブ(月下靡刃・e13505)が1匹。
 その光景を見ただけで、花子は察して口を開いた。
「おかえりなさい。お父さんお母さん、今日はどこまでお散歩行ってたの?」
「ア……ア、囲碁教室、に」
「違うでしょ、お父さん。バドルのお散歩で、駅前まで行ってきたんでしょ」
 拾爺さんがボケると、それにツッコミを入れるマッド婆さん。
 バドルが室内に走ると、花子はそれを追う。
「こら、足拭きなさい!」
 その後に、知識・狗雲(鈴霧・e02174)がアルノルト・レーヴン(籠の鳥・e24845)と共にやってきた。
「ただまー」
「あ、おかえりなさい。ちょうど良い所に。お兄ちゃん、バドルの足、拭いてやって」
 狗雲が『えーっ』と漏らすと、アルノルトがランドセルを玄関に置く。
「た、ただいま。僕やるよ」
「お兄ちゃんに甘えてもいいんだぞ、アルノルト」
 今、ここにそろった者たちと、これからそろう者たちは、本当の家族ではない。
 これからレンタルおかん『母花子』のサービスを受けようというケルベロスたちだ。
 疑似家族体験。家族に恵まれなかったり、遠く離れたりの寄せ集め。慣れない家族の雰囲気に、お互いギクシャクした空気がふんわり宙に浮く。
 おかしな商売。先が見えず、かなり手探りだが、この場を作ろうと演技を始めるケルベロスたち。
 ドアを開けるなり中の光景に固まったのは、青木・杏奈(やかましかしましお喋り大好き・e30474)だ。
「あ……え、あーっと……」
 かなり目が泳いでいる。マッド婆ちゃんが助け船に入った。
「杏奈ちゃんおかえりー。学校どうだった?」
 鞄を受け取りに行くフリをしながら、小声でアドバイスを投げてやる。
(「ここは作家たる僕に任せておきたまえ! ごめんなさい冗談です! 好きにやるがいい! 存分に楽しんで!! 家族愛、家族愛!」)
(「か、家族愛、家族愛ですかー……。え、ええ、良いと思いますよ、ええ! で、具体的にこういうのって何をすれば……?」)
(「いつも通りにしてりゃいいんだよ」)
(「普通に過ごしてれば良い? ふ、普通とは一体……!」)
 母子家庭の杏奈は、家庭内に母親がいるというシーンが分からないらしい。
 とりあえず、いつも通りに進もうと考え、家事から試みることに決断した様子。
「え、あ、ええ、家事手伝い希望です! いえ将来の進路ではなく行動! 行動です!」
 完全に調子の狂った彼女は右手と右足が同時に出ている。
「ありがとねえ、杏奈。じゃあ、大根おろし擦っておいてね」
「僕も何か手伝うよ」
「まあー、ありがとう。じゃあ、お魚が焦げないように見ていてね」
 バドルの足を拭き終わったアルノルトがその後についていく。どうやらまだ12歳の彼は、『お母さん』という存在が恋しいらしい。
 内気で甘えん坊。人見知りが激しく、いつも双子の兄と一緒だったが、緊張しながらも今回の依頼に一人で飛び込んだのは、そういった理由があったのだろう。
「ただいま戻りました」
 次に帰ってきたのは、ロゼ・アウランジェ(時紡ぎの薔薇歌姫・e00275)だ。
 金の髪に甘く香る薔薇が咲く、美しい薔薇の天使。穏やかで高貴な雰囲気は昭和的家族の中でかなり浮いていたが、口調は心なしウキウキと弾んでいるようだ。
「おかえりー。もうすぐご飯だから、宿題やっちゃいなさい」
 それでも花子は、容赦なく昭和の母オーラを振りまいている。
 その後ろから佐久田・煉三(直情径行・e26915)が姿を現すと、瞬間、キュッとメンバーの輪が固まったのを察した花子は、彼が父親役なのだと悟って料理の手を止めた。
「おかえりなさい、早かったのね」
「ん。ただいま」
「ご飯もうすぐですが、先にお風呂になさいます?」
「いや」
「じゃあご飯の用意しちゃいますね」
「ん」
 口数の少ない、昭和でもかなり昔の昭和の父だ……!
 家族モノのドラマや情報を参考にしたらしいが、一体いつの情報を仕入れてしまったのだろう。
 ここで一気に昭和がグッ、グッと前に傾いてくる。この空間の時代はすでに大阪万博辺りの香りが漂っていた。
 メンバーがそろった所で、花子の中では、この家族の雰囲気は、高度経済成長期に設定されたようだ。

●ちゃぶ台を囲む
 ちゃぶ台で新聞を読む父煉三。密かにドリームイーター花子の動向には注意していたが、気づかれないように昭和の父になりきっている。
 せっせと食卓に夕飯の用意をする母。
 祖母がお茶を飲んだり犬を撫でたり孫を見てわけもなく微笑んだりお茶を飲んだり……お茶や、お茶を飲んだりしながら、花子を気遣う。
「いつもご苦労様だねぇ」
 ニコッと微笑む花子の運ぶ食事目当てのバドルが、彼女の足下をウロチョロしている。
「お兄ちゃん、バドルにご飯あげて」
 この時代の昭和の犬に、ドッグフードはまだ早い。
 そう、残飯。
 花子の出した犬飯に、狗雲が目をつむる。無論、出されたバドルは切ない顔をした。
 みんな手料理。犬残飯。
 バドルが食卓にしれっと混ざると、最も高確率でお裾分けをもらえそうなアルノルトの側に座って尻尾をふりふり。
 それから、お手を命じてもいいぞ、という自信満々の顔つきで仲間を見つめている。どうやら、動物番組を観たり、犬の本を読み込んで来たようで、抜かりは無い、といった面持ちだ。
「ご飯ですよー」
 昭和では珍しくなかった1つの光景。祖父母がおり、父と母、子供が2人以上。ペット。
 ちゃぶ台の上にギチギチに置かれた食事と、互いの肩がドムドムぶつかり合う距離。
 大黒柱の一言で、全員が一斉に食事を始める1シーン。
「いただきます」
 育ち盛りが猛烈なスピードで箸を延ばす裏で、老夫婦がゆっくりとおかずをつまんでいく。
 遠慮のない狗雲が、白米を口の中にかき込みながら、温かいご飯に感動していた。
 普段は一人というべきか、サーヴァントのアスナロと食べることが多い彼。大勢の人と食卓を囲む機会があまりないので、楽しく感じていた。
「おかわりプリーズ!!」
「ちゃんと噛みなさいよ」
 そう言いつつも、花子は微笑みながら椀に白い山を盛ってやる。
「ふふふ……食事は戦争なんだよ? 油断してたらたくあんを頂いちゃうぞ」
「こら狗雲、お行儀が悪い」
 花子に叱られると、素直に謝罪する。
 お手のご褒美に、アルノルトが沢庵を差し出したが、バドルはサンマかメロンをよこせと首を横に振る。
 こんな時はお兄ちゃんの出番だ。
「苦手なものがあれば代わりに食べるぞ」
 コッソリと取引成立。ありがとうお兄ちゃん! 兄の威厳が光る食卓。
 拾お爺ちゃんが手に白米の椀を持ちながら言った。
「私の飯はまだか」
「やですよ、お父さん。今食べてるでしょ」
 抜かりはない。マッド婆ちゃんとの連携もバッチリだ。
 ロゼが嬉しそうに父に話しかける。
「今度、学校の催しで、学生の姉役として歌のコンクールに出ることになったの! お父さま、絶対聞きに来てくださいね!」
「まあ! ロゼが選ばれたなんて、お父さん、褒めてやって下さいよ」
「ん」
 口数の少ない父煉三がそれだけ答えたが、昭和はそれだけで何かが通じていたので大丈夫なのだ。
 拾お爺ちゃんが言った。
「ア……アルノルトは偉いのぅ」
「お父さん。ロゼよ」
 マッド婆ちゃんのツッコミに隙はない。
 父煉三がおかわりを求め、それにロゼが応えてやる。
「ん、美味い」
 ご飯をよそい、運ぶ手伝いをしたりペットを撫でたり……そんなことをしているうち、ロゼの心には、懐かしい気持ちが蘇っていた。
(「お父様、お母様……お元気でしょうか……」)
 懐かしいような、恋しいような、一方で、暖かい家族を愛しい人と築きたいな、とも考え、想像して心が暖かくもなる。
 最も場に慣れていなかった杏奈であるが、お腹が満たされてきた頃には、過敏になっていた神経も落ち着きを取り戻していた。
(「……まあ、でもこうしてワイワイご飯を一緒に食べられるなら、こういうのも悪くはない、ですね」)
 それから、感傷的になっているのを振り払うように、気合いを入れる。
(「話し相手いっぱいいますし! いますし!」)
「はーい、メロンですよー! 中がオレンジのやつですよー!」
 シメに運ばれてきたメロンをぼんやり見つめつつ、拾爺ちゃんがくいっとフードの先を引っ張り、顔を隠した。
 縁遠い世界。しかし、花子の提供するような家庭像にはひそかに羨望と憧れがある。
 犬目線のバドルがその拾に気がつき、視線を外してやった。
 彼女もまた、母の顔も、家庭の温かさも知らなかったが、家族ごっこ且つ犬としてではあるが、この雰囲気も悪くはないと思っていたからだ。
 アルノルトの頬についた米粒をつまんだ花子の姿。それを最後に、煉三が手を合わせ、時間を戻した。
「ごちそうさま」

●家族崩壊
 食事が終わり、バドルが人型に変身するのを見ると、花子は目をつり上げた。
「騙して済まないな、私もケルベロスだ……だが家庭の温かさ、確とこの身で感じたぞ」
 花子は一言も口を利かない。そのまま立ち上がると、背後から凶器であるフライパンを取り出す。
 もう花子と呼ぶのはやめよう。これはドリームイーター。敵だ。
 一同素早く位置につき、ロゼが武器を構えて言った。
「おかえりなさい、というのは少々違うでしょうか。大事な夢を返していただきます」
 敵の状態はどうなのだろう。
 見た感じでは、満足したのか、そうでないのかの判断がつかない。
 しかけてみるしかない。
「逃がしはしない」
 バドルが毒手裏剣を放ち、それを命中させると敵は人とは思えぬ叫び声をあげた。
 それを皮切りにロゼがスターゲイザーと続く。
 再びの奇声を聞いた狗雲が距離を保つと、隠れていたボクスドラゴンのアスナロは彼の前に飛び出す。その隙に仲間の前衛に赤ノ鎖を施した。
「その夢、やっぱり俺は好きだと思う。だから、後悔を糧に前に進んで欲しい」
 散々お爺ちゃんでボケていた拾だが、元が生真面目なだけである。壁として前に出ると、敵の行動を様子見た。
「若い頃の話には特に気を付けたい。パラライズも厄介だが、なんとなく嫌な予感が……。おかんの長話とは……おそろしいもの……」
 そこまで仲間に助言した時だ、敵が攻撃を仕掛けてきた。
「お母さんの若い頃の話聞きたい?」
 しまった! まんまと拾に向けて話し始……攻撃を繰り広げてきた!
 しかも一番ききたくない、お父さんとの出会い話だ!
「ぐあっ……!!」
 拾は狼狽え、耳を押さえて武器を落としてしまった。
 彼のサポートに入るべく、アルノルトが前衛に紅瞳覚醒を施す。前にいた拾のパラライズもそれでとれたが、二度もコレを食らいたくはない。
「しっかり!」
「す、すまない……」
 それから間髪煎れず、マッドが敵の目の前に立ち、真正面から攻撃を仕掛けていく。
 稲妻突きを叩き煎れようとしたが、これを敵に避けられてしまう。
 敵が反撃しようとしてる様子を察し、すぐさま煉三が足下にあったちゃぶ台をひっくり返して夢喰に投げ、煉獄の首輪を放った。
「ん、これがいわゆる昭和の父親の必殺技『ちゃぶ台返し』だ」
 杏奈がテレビウムに指示を出そうと振り返った時、ディフェンダーの位置にいるはずのレビくんがいないので、慌てて周囲を見回す。
「と、とりあえずレビくんはテレビフラッシュして貰って……あの、そろそろ晩ご飯つまむのやめません!?」
 レビくんも家族団らんに入りたかったのだろうか。
「ハイ、良いからパラライズ来たら速攻で応援動画でキュアですからね、頼みましたからね!」
 一通りこちらのターンは終わった。しかし敵の戦闘力が減少しているかどうかまで分からない。
「何か変わったかこれ!?」
 マッドが側面や真正面に回り込みながらの攻撃に切り替えていたが、その辺りが見えずに苛ついている。
 サービスは満足してもらえなかったのかもしれないと諦め、ひたすら攻撃に入ることにした。
 ロゼに視線を移動させた敵に向かい、バドルが雷刃突を突いた。
「余所見をする余裕があるのか?」
 隙が生まれた所に、ロゼのルーンディバイド。そして狗雲の獣撃拳と、アスナロの属性インストールが続き、拾の降魔真拳が流れるように敵の胸に吸い込まれる。
 小さなアルノルトが意を決して攻撃しようとした時だ、煉三が手にした道摩煉獄で彼の目の前を遮った。
 そのまま敵の懐に向かって走り始めると、大きく鎌を振り上げ、そして振り抜いた。
 疑似家族であっても、家族に手をかけさせるのを、煉三は望まなかったのだ。
 首に刃が触れる瞬間、満足したように母の口元が微笑む。
「大黒柱は、そうでなくちゃ」
 抜けた煉三の手に、急に今までにない手応えが伝わり、はたと息を呑む。
 振り抜いた風圧と共にドリームイーターは消えてなくなると、短い家族ごっこも終わりを告げた。

●巣立ち
 現在、店のヒールをしながら、バックルームで気絶していた花子を救出、事情を説明している所だ。
 花子はずっと気絶していたので、ケルベロス8名とはこれが初顔合わせである。
 こちらはドリームイーターとずっと家族ごっこをやっていたのだ、どうにもキョトンと自分たちを見ている花子に違和感を覚えてしまう。
「ごめんなさいね……私がもっとしっかりしていれば、貴方たちにご迷惑なんてかけなかったのに。だからつぶれちゃったのよね。こんなお母さん、失格だもの」
「そんなことありません!」
 ロゼが身を乗り出す。
「皆さんの家族な姿、とても素敵でした! 私も、久しぶりにお父様やお母様に……会いたくなってしまいました」
 アルノルトももじもじと声を出す。
「僕も、美味しいご飯で元気を貰えた……ので、元気を出して欲しいです」
 うんうん、と頷く数名。
「そ、そうかしら。そう言ってもらえると、前向きになれるわ」
 杏奈がしみじみ言う。
「たまには、お父さんのところに顔を見せに行くのも良いかもですねー……。ああいや、佐久田さんのことではないですから!?」
 煉三に対し、まだ無口な父のイメージがとれないようだ。
 そろそろ時間だ。マッドが席を立つ。
「んじゃ、帰って報告しますか」
 帰る、という言葉に不思議な感覚。
 皆も続いて席を立つ。
 花子が先導し、玄関を開けた。
「じゃあね、いってらっしゃい」
 閉店前、いつもやっていた業務と同じく、そう言って見送ってやる。
 そして自然に声に出た。
 いってきます、と。

作者:荒雲ニンザ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 4
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