●昏い夜、探し物
街から随分と離れた、朽ちた廃墟のある一角に青年はいた。
物影に隠れ、息すら殺して。僅かな灯りは、スマートフォンから漏れるものだけ。
しんとした空気に耐えかねて青年は何度もディスプレイに目を落とす。そこには、こんな書き込みが表示されていた。
『月の無い夜に、人のいない廃墟に行く。
なくしものを、探しに。
明かりをつけてはいけない。
空が曇っていなければならない。
時間は、0時ちょうど。
条件を満たすと、百鬼夜行に出会える。
なくしものはすべて、そこにある』
青年は書き込みを見て頷き、今は誰もいない路地へと視線を移したその時――。
現れたのは百鬼夜行ではない。鍵を手にした第五の魔女・アウゲイアスだ。
鍵を青年の胸に真っ直ぐ、突き刺して。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
表情を変えないアウゲイアスに何かを問えるわけもなく、青年は意識を失い崩れ落ちてしまう。
りん、りぃん、りりん。
るらるら、るぅりら、らららららら。
鈴の音が聴こえる。儚い、歌声が聴こえる。
青年の立っていた場所には、襤褸のドレスを纏った仮面の女。蝋燭の燭台を掲げて、衣擦れの音ともに彼女は歩き出す。
すると半透明の姿がいくつもいくつも現れては、口々に歌う。全ては、仮面の女――一体のドリームイーターが引き連れる幻だ。
増えたり減ったり、姿を変えたり分裂したり。幻たちには節操がない。
ねじくれた角、裂けた唇。時には内臓を腹からぶら下げていくものまで。
打ち捨てられたぬいぐるみ、宝物だったビー玉、忘れ去られた秘密基地への地図。大事にしていたあのひとの写真。
誰もが忘れた何かを抱き締めて、捕まえて。
百鬼夜行は、夜を往く。
●なくしものはありますか?
「今日もお疲れさま。――じゃあ、始めようか」
招集に応じてくれた皆へと一礼すると、トワイライト・トロイメライ(黄昏を往くヘリオライダー・en0204)は資料を手に口を開く。今回彼が説明するのは、第五の魔女・アウゲイアスが引き起こしたドリームイーターの事件だ。
「不思議な物事に強い『興味』を持って実際に調査に赴いた人間が、ドリームイーターに襲われ『興味』を奪われた。
この『興味』を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしている。
ドリームイーターが一般人を襲う前に、どうか撃破してほしい。
そうすれば、『興味』を奪われてしまった被害者もまた、目を覚ますことだろう」
静かな口調でトワイライトはケルベロス達に説明をしていく。
敵のドリームイーターは一体。今は打ち捨てられた廃墟の一角に、現れたのだという。
「ネットで最近流行っていた都市伝説がある。廃墟に、百鬼夜行が出るんだとか。百鬼夜行、と言っても色々あるが、今回は幽霊や化け物の集団、くらいの意味だと思ってくれれば良い。
月の無い曇りの夜、なくしものを探している人が灯りをつけず廃墟に行くと深夜0時丁度に百鬼夜行に出会えるんだそうだ。
なくしもの――具体的には、心の隅に残っている、引っかかっている人や物、今は手元にない何か、といった類のものらしいが。
それを見つけられる、という話でね。
都市伝説を信じた彼も、子供の頃家族に貰った玩具をなくしてしまって、藁にも縋る思いで都市伝説を探していたらしい」
淡々と説明するトワイライトだが、少しだけ眉が寄せられる。それを、振り払うよう息を落して。
「ドリームイーターはその存在を信じられたり、噂している相手には引き寄せられるという性質がある。条件の合う日、廃墟に赴いてなくしものの話をしたり、関連するものを持っていれば向こうから現れてくれるだろう。
廃墟は瓦礫やらなにやらがそのままで、視界も悪い。誘き出さない場合は、少しばかり捜し歩くのが面倒になるかもしれない」
ドリームイーターを誘き出す鍵である『なくしもの』に厳密な定義はない。ただ、人や物という具体的な形は必要なようだ。
失った人、会えない人、なくしてしまった宝物、誰かに奪われた大事な欠片等と再会を求める者はドリームイーターをおびき寄せやすいだろう。
何もなければ、昨日無くしてしまった万年筆だってかまいやしない。探す、という行為が恐らくは必要なのだ。
また、ドリームイーターは姿を現した時、『自分が何者であるか問う』真似をして、正しく対応できなければ殺してしまうという性質を持ち、逆に正しく答えられれば襲わないとのことだが、どちらにしても戦闘を行う必要があるので正答の有無は戦闘には影響しないだろう。
このドリームイーターはトラウマを見せたり、催眠で幻惑したり、毒を使ったりと搦め手に長けているようだ。
「なくしものを探したい、という気持ち。それを見つけられる都市伝説への『興味』はけして――罪ではない。被害者が、無事に意識を取り戻せるように力を貸してほしい。
そして、君達もどうか無事で帰ってくるよう。いってらっしゃい」
トワイライトはいつも通り、皆を一人ずつ見遣って穏やかに笑う。
参加者 | |
---|---|
アリエータ・イルオート(戦藤・e00199) |
芥川・辰乃(終われない物語・e00816) |
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912) |
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182) |
クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458) |
文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473) |
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479) |
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788) |
●まっくら夜
街から離れた廃墟、月明りもない夜の闇は深い。密やかに語り合う声だけが、聞こえる。
「…なくしものか」
クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)が口にするのは、ドリームイーターを呼び出す為の第一歩。
「なくしもの? ありますよ~。全巻揃えた絶版本の、よりによって最終巻失くしましたね~」
真っ黒のサバト服に身を包んだ霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)はもう暗がりに同化しそうな勢いだが、飄々とした声が存在を示す。
「昨日のランチでお会計したら札がなくなってたんですよ」
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)は出来れば桁一つ増やしてから出て来て欲しいと、澄まし顔。実際探す素振りで札に触れたところで、ふと言葉が途切れた。
「私は――、…指輪、でしょうか」
時計屋を営むダリル・チェスロック(傍観者・e28788)も気楽な調子で時計の螺子巻きと言おうとしたのに。
黄硝子の奥の眼差しが不意に遠くに行って戻ってきたような瞬きを一つ。
どうして、その単語を口にしたのだろう?
答えは、出ない。
なくしものは時に他愛もないもの、時に大事なもの――。
口に出し、思いを馳せる。
そうすればなくしものは、すぐそこに。
鈴の音と歌声に連れられて。
「母さん――」
最初に見つけたのは文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473)。切実さは無く、何処か懐かしげに呼ばわる。
凪いだ青の眸が見遣るのは、彼によく似たもう一対の青い星。こうして見ると、彼女は宗樹に確かな面影を残している。
きっと他人に一目見て血縁を感じさせる程度には。
安堵の息が、宗樹の唇から零れる。彼女は、笑っていてくれたから。
宗樹の幸福はかつて彼女の側にあった。けれど、今縋ることを選ぶ気はない。
それが伝わったのだろうか。手を振る仕草をしたように、見えた。
いってらっしゃい、と。
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)の手の中、導き星のように光るのは紫水晶の首飾り。
「なあ、居るのか?」
何処か切実な問いに、遠く影が幾つも瞬く。そして――影の中から、女が歩み出る。胸には虚ろに穴が開く姿で。
血塗れの手が真っ直ぐ差し伸べられて。けれど、ムギは首を振る。
「……俺さ、好きな人が出来たんだ」
共に、生きたい相手がいるのだと。だから。
「ごめん、まだそっちにはいけない。――ありがとう、助けてくれて」
水晶を持ったままの手が、壊れ物を扱うようそっと払うと。
いつかと同じ笑い方で微笑んで、――消えていく。
「百鬼夜行の紛い物…ですね」
生真面目な感想を零すのは、アリエータ・イルオート(戦藤・e00199)。けれど、と束の間紫瞳が揺れる。辺りを、探すように。
「それでも、もう一度と見れるのは悪くないかもしれません」
その呟きに呼応するよう、小さな笑い声が聞こえる。
嘲笑ではなく、親しみを覚えるような笑い方に、聞き覚えがある気がしてアリエータが首を巡らせると、玩具の剣を持つ小さな少年の姿がある。
剣は、二本。一本は少年が腰に差して、もう一本は彼女に差し出される。
けして触れられぬ幻の剣で、遊ぼうと誘うように。
芥川・辰乃(終われない物語・e00816)は、ゆっくりと心を澄ます。その奥に沈んでいる何かを探す為に、胸に手を当て目を伏せて。
直視する、向かい合う為に。
「――本、赤い本です」
指先に硬い手触りが蘇るようだった。そう、表紙は確かハードカバーーだと思い出せた、けれどこの本に関する記憶は穴だらけ。
そんな辰乃を誘うよう、一冊の本が差し出される。
触れようとした指先は震えて――、そもそも差し出している手は誰のもの?
見覚えがあった。影のように塗り潰されて輪郭も分からない手の主に。
それはかつて――の、隣に。
佐楡葉の財布を探る指先に触れたのは、仕舞いっ放しの写真。それも彼女のなくしものだった。もう子供のように求めて泣きはしないけれど。
なくしものの名を、家族という。
闇の中から揃って現れるのは、けれど写真の通りの姿ではない。面差しの原形も留めない彼らは、手招きをするよう爛れた腕を揺らす。
「――無理です」
凛と言い放つ佐楡葉の言葉は明確な棘を纏う。義兄と自分を置いていった無責任な親は嫌いだと、そして。
「さようなら。貴方達がいなくても私は強く生きていきます」
仮初でも、構わない。明確な別れを告げられるなら。
「…まァ、探すだけ探してみようかね。俺のなくしものじャねェけど、な」
クラムは気儘に足を歩ませる。近くには仲間の気配を感じながら。足元に、何か煌めいた気がして、――一瞬言葉を失う。見た時間はほんの僅かなのに、どうしてか胸に刺さる金の色。
膝を折って、暗闇の中目を凝らす。大きめの丸いもの、『金』と書かれた文字、――拙い筆致の絵。全てが、記憶と重なる。
見えるものは、他にもあった。瓦礫が、いつの間にかクラムの周辺には散っている。
一際大きい瓦礫の下から伸びているのは、――小さく白い手。
本当に自分が指輪をなくしたのか定かでもなく、それでもダリルはなくしものを探す。
小さな掌の上に、それは乗っていた。少女の手だと思う。姿かたちも分からないのに。
揺らぐ小さな影、輪郭も境目も曖昧な存在が両手で差し出す、その姿に自然と歩み寄るダリルの表情は柔らかい。
触れれば、けれどそれが消えるその一瞬。少女の背後に女が立ったような気がした。
途端、胸を黒い感情が塗り潰す。理屈ではわからない、情動の動き。
帽子の鍔を引き下げ、ダリルは首を振る。
悪夢から覚めたがるように。
「そ、それは例の本…!」
ある意味で大変に切実な声を響かせるのは、裁一。
ふわりと中空に浮かんでいるのは、彼が探し求めた漫画本の最終巻そのものだ。
惹きつけるよう、見せびらかすよう。近寄ったり離れたり。時には、ぱらぱらとページを自ら捲って中身を晒すのだが、これもまた見えそうで見えない距離感だ。
「よーし、動かないでくださいね。穏便に行きましょう。――大人しく渡せば痛い思いしなくて済みますよ、ええ」
穏便な脅迫を口にしながら、一歩、二歩。
懸命に追いかけているその時、襤褸のドレスを纏った仮面の女が本を手に取る。お探しの本はこれですか? とばかり首を傾げて見せるが。
「一番の探し物、見つけましたね~」
声ばかりがのんびりと響いて、――躊躇わずライトを灯す。
呼応するよう皆が灯りをつければ百鬼夜行の幻の中心、――夢喰いが其処に居る。
●なくしものの残滓
「私はだあれ?」
お決まりの問いに、ムギは唇を開くが喉に何かが詰まるよう声が出ない。ただ、仲間を庇う位置に立つ。
「てめェはただの紛いもんだ」
「叶わない人の望みに付け込む、悪趣味、極まりない存在だな」
告げるのは、クラムとダリル。何処か苛立たしげに声がざらつくのは、どうしてか。
るらるら、るぅりら、らららららら。
異形は歌う。その心すら喰らい尽くそうとするよう直に精神に訴えかける声で。
佐楡葉を狙う蝕みの強さに、宗樹は眉を揺らす。咄嗟に身を翻して駆け寄り、その音が集中する筈の一角に自ら飛び込んでいった。音が反響する、木霊する。心の奥底から揺さぶろうと。
だが、宗樹は首を振る。
「戻らない。――俺は、俺の仕事をするから」
哀しみを生まぬ為、立ち向かうのが彼の決めた仕事だ。
馴染んだ詠唱ひとつで、異形の肌を石が覆い始める。
「ええ、被害は留めなければなりません」
アリエータも頷くと、体重を感じさせない動作で地を蹴る。戦いの気配に眼差しがきらきらと踊り、淡紅藤の髪が流れゆく軌跡も鮮やかに、重力を宿した剣でで異形を斬り払う。
裁一を強靭な肉体で庇う為、ムギもまた前へと踏み出す。異形との距離が一瞬近く、――未だ先程の残滓がどこかにあるような気配すら感じた。だが、ムギの面差しは何処か清々しく。
「ありがとよ」
銀の粒子を散らす刹那に小さく唇が動いた。
幻であったとしても、彼の心に触れるものは確かに在ったから。
「補助、します。棗、――私は大丈夫ですから」
ずきり、とこめかみの奥が痛む気がしたが深呼吸ひとつで整え、辰乃は縛霊手の祭壇に願う。幾重にも現れる紙の兵は怪我を負ったばかりの仲間達へ。
自分を見上げている竜に気づくと、己の回復より先にと言葉でも示す。従うボクスドラゴンはけれど一度、辰乃を振り返った。
クラムにも、攻撃は届いている。音は波状の刃となってその鱗を切り刻み――、更に、声が重なる。それは、怨嗟の響きだった。金のメダル、そこに描かれた顔が歪み、クラムを苛む。
許しを請う資格など、無い。だから口を閉ざし澄ました表情を作ろうとするのに、作り損ねて灰の眼差しが堪えるように歪む。振り切るように轟音の弾丸を放つのも響かぬ音のひとつ。
「――少しは、大人しくしてもらわねば。その仕事は、私の領分です」
白刃を翳して、ダリルが踏み込む。緩やかに弧を描く、その軌跡は月もかくやと異形の足を的確に切り裂いていく。不調には不調を、蝕みには蝕みを。
動きが鈍くなったその隙を逃さず、裁一がすいと――その黒衣を闇に溶け込ませる。次に、現れたのは。
「俺、羽サバト。今百鬼夜行の後ろに居るの」
百鬼夜行に混じったかのよう異形の背後へ立つと、手慣れた指先が首筋に注射器を突き立てる。麻痺の薬物を躊躇なく流し込んでいく。
「やはり同じ姿したモノに云う方がすっきりしますね。――けれど、逃す訳にはいきません」
遺影や墓よりも届く気がする『さようなら』を告げた後は、佐楡葉は舌に棘を纏わせ指は雷を操る。
例え夢の見せる幻が消えたとて、油断はならない。
夢の残滓は、未だ彼女らを狙っている。
追い縋るように、呪うように。
鮮烈な雷は――打ち払う助けとなってくれるだろう。
●まっくら夢
闇の中から無数の影が這いずり出る。百鬼夜行のお出ましとばかり幾つも影は重なり牙で、爪で、抉り喰らおうと。
「――、そっちには行かない。それから、行かせないぜ」
攻撃の要たるアリエータの前に両手を広げて、ムギが鋼の如く肉体を文字通りの盾にする。蹂躙は二倍、彼の強さをもってしても肉を食い破り血を啜る苦痛も衝撃もあるが――半歩とて、揺らぎはしない。
今度こそ護ると決めたのだから、こんな場所で膝を折るつもりは欠片もなかった。
「バジル、――行こうか」
宗樹が片腕を前に、切り裂く影の顎を防ぐ傍らで、傍らの小さな竜も無数の傷を負っているが未だ動けるとばかり大きく跳ねる。
時空すら留めるオラトリオの秘儀の一端――凍り付く弾丸が、宗樹により放たれる。すると、陽光の竜が吐くブレスは影を引き裂くようにその軌道に添い、宗樹が植え付けたばかりの氷を育て上げる。
「――ひとが、燃えて…。いえ、――」
辰乃もまた、異形の仕掛けに苛まれる。間近に、火の気配がする。何も燃えていない筈なのに、こちらまで焦がされるような気がする。それは、――本を持っていた、誰かが。かつて、隣にいた――そのひとが。体を炎に包ませ、歩み寄るが故に。
けれど、悲鳴を上げて蹲るような真似が出来る訳はない。懸命に役割を果たす辰乃に――棗が傍らに寄り添い属性を分け与えようとする。頷いて、唇を引き締め。オーラを、澄まし整えていく。
「厄介なものばかり、仕掛けてきますね。長期戦に持ち込まれれば不利です。させませんけど」
佐楡葉は嘯いて首を竦める。辰乃達と手分けし、声を掛け合って何とか治療の手を行き届かせている。彼女等が戦線を支えなければ崩壊していたかもしれない程には敵は強く、――だが、彼女達も強い。
「お願いします」
雷撃の行使は、癒しと共に強さを与える。必要なのは流れを変える、一手。
「任せて下さい。なんだか! デストロイできそうです!」
重ねられた支援は狙いを高め、威力を高め――裁一に確信を与えてくれる。信じれば、なんだって滅ぼせるものなのだ。両のマインドリングが一際光を放ち、――裁一は素早く地を蹴る。低く撓めた位置から、駆け寄るその勢いも合わせ全力の攻撃を叩きつける!
「――耳を塞いでも無駄だ。内側に留まり籠れ、停滞の歌」
それを背後から後押しするのは、響かぬ音、嘆きの歌。クラムの絶望が、晒される。後悔に背を引かれ、足は前に進まない。凍り付く、留まる――何も、動かぬままに。その苦痛は無数の凍える響きとなって敵を縫い止めていく。
彼等の生み出す氷の強さもさることながら、支援に裏打ちされた威力は大きく敵を侵食し、腹を穿って風穴を開ける。
異形がよろめくその頼りなさからも、消耗は見て取れるだろう。
「好機、ですね。――畳みかけましょう」
既に多くの不調が積み重ねられている。増やすも手だろう、――だが今は。見切られない為にも、ダリルは真っ向から懐に飛び込むことを選ぶ。痺れは布石ともなるだろう。電光石火の勢いで、開いた風穴に爪先を捻じ込んで蹴り倒す。胸に残る燻りごと、薙ぎ払うように。
「――薔薇の馨りは、お好きかしら」
ボクスドラゴン達が癒しを手伝ってくれるのを見て取ると、佐楡葉は掌を翳す。零れるのは、紅の滴。見た目には飾って置きたくなる麗しさながら見えぬ棘を纏う少女に相応しく、馨しく甘い花の香は内側から烈々と灼く毒となる。
「この一撃に迷いなし、筋肉は爆発だ!!!」
朗々と告げるムギにも、確かに迷いはない。既に決めて、告げたのだから。だから、どれだけ傷ついても尚立ち向かう筋肉を見せつけ、――その渾身で殴り飛ばす。
足掻くよう異形の体が揺らぎ、蠍の尻尾の如き影が生まれる。狙うのは、アリエータの心臓。――が、宗樹の方が速い。翳した片手を貫かれながら、チェーンソーが差し違えて装甲を剥いでいく。
アリエータが踏み込もうと進み出ると、足元に纏わりつく影が在る。攻撃を止めて遊ぼうとばかり、玩具の剣を翳す少年。以前ならわざと、負けたかもしれない勝負。一瞬、足を止めかけるのは敵の幻惑、――けれど。
「――治します、すぐに」
懸命に気力を練り上げ、手渡すようにして辰乃が気力を注ぎ込む。最後の、一歩の為に。
「はい、応えます。――勝負は出来ません、通して貰います」
催眠を振り切ると、少年の幻は消える。後に、障害はない。
「――幽冥より此方へ」
百鬼夜行に張り合うつもりはないのだけど。
アリエータが魔力を撒くと、上質の香気に惹かれてか直ぐに影が群がる。荒ぶる霊達が集まり戯れる、その指向性を彼女が定めた。
幽鬼達が襲い掛かり、群がり、暴れて嵐の如く通り過ぎた後には、――喰らい尽くされた異形がぐしゃりと潰れ、消えていく。
同時に異形が作っていた幻達も。
全ては虚構、全ては偽物。
まっくらな夢の話。
――けれど。
なくしものは、今も何処かに。
或いは心の奥底に。
作者:螺子式銃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 7/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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