狂い咲くのは嫉妬のダリア

作者:白石小梅

●宵の明星
 場所は伊豆半島。日が沈み、空の蕩ける妖しい時間。
 山間に建てられた豪奢なホテルのテラスで、正装の人々がワインを片手に笑い合っている。
 その宴を、遠く森の奥から眺めている、一対の瞳。
 宴の中にあれば、誰しもの目を引く妖艶な美貌。豪奢なドレスの裾を這わせ、二対四枚の黒翼を広げたオラトリオの令嬢。その頭に大きく広がるダリアのごとき巨花がなければ、そう思われたろう。
「さあ……おいでなさい」
 女の唇が、誘うように囁く。
 その声音に惹かれるように、パーティより誘い出された一人の娘が姿を現す。
 可愛らしくも煌びやかな薄桃色のドレス。
 土に濡れた素足。
 垂れた目尻に涙の線。
「……悔しい、の」
 紡ぐ言葉は、まるで夢遊病者の呟き。
「そうね。自分よりも、才を、財を、美や若さを持っている者が、憎いのね」
「……憎い、の」
「自分もまた、その全てを持っているのに、許せないのね」
 娘はふらふらと歩み寄りながら、頷いた。女はその小さな肩をそっと抱き寄せ、耳元に唇を這わせた。
「あなたの秘めた邪念……私は、その全てを受け入れてあげる。だから、あなたも受け入れなさい……」
 艶めいた唇がそっと重なり合い、包み込む黒い翼の内側で、娘の体が痙攣する。
 やがて、その唇が離れた時。巨花の女は呟いた。
「……代わりに『あなた』はいなくなるけれどね」
 うつむいた娘の耳の上には、コサージュのように咲いたダリア。小さな唇が笑みの形に吊り上がり、しゅるしゅると伸びた茎が娘の肢体を締め上げて、甘い吐息が漏れ落ちる。
 艶やかな花に彩られて、娘の躰は壊れてしまったようにけらけらと笑いながら、巨花の女と共に森の奥へと姿を消して行った。

 それは、デウスエクス・ユグドラシル。
 今、この世界の片隅で、諦めを知らぬ嫉妬が、狂い咲く。
 

「伊豆半島のとある高級レストランで開催されるパーティを狙って、攻性植物が現れる事件を予知いたしました」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)が語るのは一見、ありふれた事件。
「山間の地にリゾートホテルや高級別荘地などがあるところですね。攻性植物は森に潜み、宴もたけなわになった時を狙ってグラビティ・チェインを求めて降りてくるようです。すでに内側に一人、被害者を取り込んでいます」
 あれか。市街地に現れ、人を取り込み、動きだす手合い。ヒールを重ねて倒せば……と、ケルベロスらが話し合うところで、小夜は首を振った。
「それが……今回は時すでに遅かったようです。攻性植物は完全に宿主の肉体を乗っ取り、同化を果たしています。それに……」
 小夜自身も、疑問があるのか少し首を捻る。
「囚われた人は、数日前に現地のリゾートホテルのパーティから行方不明になった24歳の女性と特徴が一致しているのですが……背後に何らかの意図を感じるのです。そもそも運悪く一人で森に入ったところを偶然に囚われたのだとすれば、攻性植物はすぐに事件を起こすはずでしょう?」
 数日間を潜伏し、更に僅かながらも場所をずらし、被害者が攫われた際と似たような状況を狙って、行動する。
 なるほど、何かおかしい。
「敵に知性を感じます。そして、指示を出している何者かの存在も」
 
●ダリア・オレンジェム
 とりあえず、と、話を置き、小夜は敵の能力と状況を解説する。
「仮に敵をオレンジェムと呼称しましょう。そういう品種のダリアと似た花を咲かせていますので」
 ドレスを纏った柔らかな肢体に絡み付く、無数の蔓花。その頭に咲き誇る、コサージュのような一際大きな花こそが、ダリア・オレンジェム。その本体だ。
「被害者と目される女性は将来を有望視されていた才気溢れる上流階級のご令嬢であったようです。彼女は完全に攻性植物に取り込まれ苗床となってしまいましたが、どうやらこの敵は彼女の記憶や知性をトレースして利用できるようなのです」
 攻撃方法については、一般的な蔓触手形態を用いる以外に、苗床の躰を用いて催眠を掛けてくる力を持っているという。
「甘く囁いて仲間に引き入れようとしたり、根の深い嫉妬をぶつけて来ます。命乞いする姿勢を見せても、容赦は禁物です。本人が心身を乗っ取られたように、他者の心を奪うことに長けているようですから」
 戦闘場所はパーティ会場付近の山間部となる。
「それで周囲に人のいない状況で闘えます。ですが、パーティ客を事前避難させれば他の場所が襲われてしまいますので、避難は不可能。皆さんが敗北すれば多大な被害が出てしまいますので、心して掛かってください」

 
 小夜は説明を終えると、考え込むように顎に指を当てる。
「しかし、被害者の心につけ込み、オレンジェムの苗床にした黒幕は何者なのでしょう? 警戒活動や事後の調査で何か掴めるでしょうか……」
 謎めいた事件に首をかしげながらも、小夜は出撃準備を頼むのだった。


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
灰木・殯(釁りの花・e00496)
八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)
エリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
御簾納・希(不撓不屈の拳・e16232)
ヨルヘン・シューゲイズ(ぐしゃぐしゃ・e20542)
ディーネ・ヘルツォーク(蒼獅子・e24601)

■リプレイ

●宵に花開く
 空は、滲むような夕の色。遠くにはパーティの明かりが宝石のように煌めいて。
 薄暗い森の中、灰木・殯(釁りの花・e00496)らが、木に優しいランプの灯りを吊り下げていく。
 投げかけられた揺らめいた影。
 マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)の思案も、合わせて揺れる。
(「知性のある攻性植物……か。ふむ、まだ何か裏がありそうだが……」)
 雑念を振り払うように頭をあげて、視線を薄闇へと転じる。
「謎の多い敵だが、まずは討伐だな。考えるのはそれからだ」
 今回の敵に、疑念を抱いているのは彼女だけではない。
「知性……か。救出不能になるまで潜んでた、というわけか……小賢しいやつ」
 そう言うのは、ヨルヘン・シューゲイズ(ぐしゃぐしゃ・e20542)。応じるように、ディーネ・ヘルツォーク(蒼獅子・e24601)が、短い溜息に憎悪を込めて。
「……厄介な」
 と、その瞳がちらりと隣を見る。
 敵に対する嫌悪と憎悪を最も感じさせていた男が、今は何故か黙っている。
(「根の深い嫉妬……嫌な予感がするぜ……」)
 八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)は、無言のまま揺らめく闇を見詰めている。
 少し不安そうに口を開いたのは御簾納・希(不撓不屈の拳・e16232)。
「……趣味悪い攻性植物もおったもんやなぁ……宿主の言動とかまねっこするんやろ? ……そぉいう、変に人間らしい感じの相手って、トドメとか刺し辛そうやよねぇ」
 エリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)が、樹の根に座り込みながら応える。
「助けられないのなら……せめて次の犠牲を防ぐために情報は持ち帰りたいね」
 重苦しい雰囲気に耐えきれなくなったか、光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)が、ふっと強く息を吐いて。
「人の弱みにつけ込んで苗床にするとか超許せない! ぜったいに……」
 と、さっと柔らかな手がその言葉を遮る。
「いらっしゃったようです」
 立ち上がったのは、殯。
 振り返れば、薄闇の向こうから、ひたり、ひたりと、土に濡れた足音。
「こんばんは……番犬さん」
 それは優し気で穏やか。そして弱々しい響き。
「こんばんは。パーティをお探しですか? お相手は我々ケルベロスが引き受けますよ。情念尽きるまで、ご一緒致しましょう」
 殯の優しい呼びかけの中、番犬たちがそれぞれの武装をゆっくりと解き放つ。
「本当……?」
 くすくすと笑う声が夜の森に吸い込まれて。柔らかい灯りの中に、薄桃色のドレスと、それを彩る橙色のダリアが翻る。
『私がこんなになる前に……助けには来てくれなかった癖に?』
 そう言って、ダリアの乙女が笑いかけた。
「ぜ、ぜったいに黒幕突き止めて仇討ってやるから……ここで大人しく止まってくださいっ!」
 睦と殯の黄金の果実が輝いて、番犬たちが跳躍する。
 血の気の引いた哀れな娘……いや、その身に宿る、寄生型攻性植物へ向けて。

●嫉妬のダリア
「雑草どもに情けは無用ね、徹底的に叩いてやる……」
 そう言って上空から飛び込むディーネの身を、とっさに希が突き飛ばす。
「……!?」
 即座に、先ほど放たれた妬みが希の体を打ち据えた。空間を圧縮するような呪いの奔流。かろうじて着地した希の耳から、血の滴が流れ落ちる。
「くっ……! 皆も、パーティ会場にいる一般客も護るで! 行かせませんえ!」
「あら……庇い合うのね。妬ましい……」
 先ほどの一言が、すでにグラビティか。微笑んだ口が紡ぐ呪詛は、時に攻撃、時にただの嫉妬。
 苛立ったディーネが、怒りに燃えて吠え猛る。
「……小賢しいんだよ! お花畑が能書き垂れるな! 往くぞ雑草! ブリッツシュラーク展開ッ!」
 二又槍を展開し、稲妻のごとき突きがオレンジェムの身を掠める。迸った電撃に、細い悲鳴が上がって。
「嫉妬の思いは僕にも分かる。けれど、お前は人のそれを借りて、仲間を増やしたいだけで使っているんだろう」
 そう言うエリヤが身に纏う流銀を輝かせ、その支援の下にマルティナの細剣が一閃する。身を捻らせた乙女の肩口が、鋭く裂かれた。
「嫉妬、か。人を妬み、得られるものなど有りはしないというのに……」
 飛沫と散る血を予感して振り返ったマルティナの首に、衝撃と共に蔓草が巻き付いた。
「……っ!」
 血に代わり、柔肉の下を這い回る蔓草がその傷を塞いでいく。
「私と一つになって、この躯はようやく幸せになったのよ? 今はもう、誰を妬んでもよいのだもの」
 首を絞め上げようとした蔓草を、爽の蹴りが引き千切る。僅かに咽こんだマルティナを庇うように立ちながら、ふと思う。
(「『この躰』か。その言葉が指すのが『自分』なら。わざわざそうは言わねーよな」)
 爽の思案がそこに及んだ時、苛だたしげに割り込むのは、ヨルヘン。
「ああそうかよ。勝手に一人で僻んでろ」
 憎悪を剥き出す少年から逃れようと、ダリアの乙女は身を翻す。渾身のキャバリアランページが、彼女を乱暴に突き飛ばした。
「そんなに急いでどこに行くんだ、醜い顔してさ」
「……酷いこと言うのね」
 眉の間に醜いしわを刻み、立ち上がった乙女。取り囲む、八人の番犬。
「あなたたちは……人を守って、感謝されて……心も体も、人のまま。綺麗で、能天気で、いいわね……」
 紡がれるのは、知ったかぶった身勝手な嫉妬。
 今度はヨルヘンやエリヤの目に苦いものが走る。
 乙女の瞳は、暖かな灯りと豪奢な装飾に彩られたパーティの会場をねめつけるように見やった後、番犬たちへと向けられた。
「仲間を、連れて行かなきゃいけないのに……どうしてかしら。ここで、あなたたちと踊りたい。あなたたちが無性に……恨めしいの」
(「……連れて行く?」)
 何処へ?
 だが問い正すには、目の前の乙女はあまりにも夢見心地の様子で、周囲の蔓草を織り上げている。
「これが嫉妬よ……私、妬んでいいのよ……」
「独りで言ってろ。お前だって、美人だったくせに」
 ヨルヘンが憎しみを切り返すと同時に、蔓草が伸び上がって乙女の躰を鳥籠のように覆う。それは、この場に留まって闘う意志の表明。逃げる心配は、もうないだろう。だが。
「この闘い……なんかさ……苦しい」
 スピカと共に、その主人をマインドシールドでヒールしながら、睦が哀し気に瞳を歪める。
 その背に手を添えながら、殯が優しく語りかける。
「せめてあの情念だけは聞き取りましょう。私たちが彼女にできる治療は、それのみですから」
「うん……そうだね」
 朧な灯りが、絡みあう影を揺らしている……。

●宵に散る
 闇の濃くなっていく森の中、闘いは静かに深まっていく。
 迸った蔓草が、仲間の盾にと飛び込んだ殯の腕に絡み付く。絞め上げてくる蔓に、橙色のダリアをみとめて。
(「花言葉は華麗・優雅……そして不安定。成程、オレンジェムを飾るに相応しい患者なのでしょう……命侵す花でなければ、送り主に称賛する所ですが……」)
 そのナイフが蔓花を削ぎ落し、殯は叫ぶ。
「今です……!」
 花籠の主と化した乙女が、身を退こうとする。その下から伸び上がるのは、マルティナとディーネの影。いや、ブラックスライム。
「ここは抜かせない。貴様にはここで散って貰うぞ!」
「てめえの面を見ていると嫌な気分になるんだよ! 消えな!」
 傾いた花籠の中で、乙女は夢を見るような瞳で囁いた。
『ねえ、妬んでいいのよ。あなたたちにだって、妬ましい人がいるでしょう? 一緒に行きましょうよ?』
 前衛を、呪いの波が打ち据える。頭の中に鐘がなるような鈍痛が響き、まともに喰らったスピカがうずくまった。
「スピカ……!」
 猫は一鳴きすると主人へといきなり爪を立てた。暴れる猫を、睦が飛び込んで抱きかかえる。
「お、落ち着いて猫ちゃん! ……スピカは、私に任せて! 希さんは突っ走って!」
 輝きがスピカの呪いを浄化し始め、希は一瞬の躊躇の後に、跳躍する。
「……ごめんなぁ、宿主の身体の人。デウスエクスで、他の人間に手ぇ出すんやったら……ボクにとったら、敵なんよ。せやから手加減せんよ、全力で……倒すわ」
 その拳を銀色に輝かせ、瞳の内に嘆きを抑えて、渾身の一撃が花籠の格子をへし曲げる。
 その動きに合わせて飛び込むのは、ヨルヘン。
「誰かに怨みでもあるのか? 殺したい程の相手がいるのか? はん、嫉妬だの僻みだの、分からなくもないけど。お前みたいには、なりたくないな」
 歪んだ格子を、ヨルヘンの破鎧衝が叩き割る。花籠が横倒しになり、上がるのは乙女の細い悲鳴。
「どうして抑え込むの? こんなに素晴らしいのに……」
「抑えていたら、なんだって言うんだい? お前と同じ道なんて、願い下げだよ」
 乱発してくる呪いに心を惑わされまいと、エリヤの黄金の果実が予防線を張っていく。前、後衛共に呪縛に対する布石は、盤石になりつつある。対して。
『あなたは幸せなのね? 身を捨てることを厭うくらいに。羨ましいわ、妬ましい……』
 理不尽な嫉妬が、エリヤを狙って放たれる。飛び込んで庇った殯の視界が痛みに歪み、割れるような耳鳴りが響く。
「殯さん……!」
 耳から滴った紅い筋を拭う殯の姿に、エリヤは誰かを重ねたろうか。憎悪に歪んだ瞳が、一瞬、花籠の乙女を睨み据えたのは、幻だったろうか。
「病巣の切除は叶わない……我が至らなさには、後悔すら生温い……貴女の無念、怨嗟は私が連れ往きます」
 もつれ合うむき出しの情念を下に見ながら、樹の枝の上、するりとスマートフォンの画面上を動く指先が一つ。
「抑え込んだ邪念が積もり積もって、耐えられなくなった結果……身も心も捨て去ろうと思った、ってわけか」
 瞬間、爆炎が壊れた花籠を包み込んだ。
「ひっ……!」
 怯えるように炎に包まれた花籠から這い出て、樹上を見上げた乙女の瞳が紫の瞳と視線を絡ませる。
(「爽さん……なんか、怖い……」)
 普段は優しい兄のような男の冷酷な視線。己に向けられたわけでもないのに、睦は息を詰めてしまう。
「聞かせろ。その邪念、受け入れて花開かせた奴は、誰だ?」
 身を守る花籠を失い、乙女は座り込んで後ずさる。今更、逃げる先を探すように。
 マルティナの白刃が、そこを塞いでいた。
「調子に乗りすぎたようだな。自分の嫉妬心に振り回されて闘いに夢中になった挙句、逃げる機会さえ見失うとは」
 血の気の失せた顔を恐怖に歪めて、乙女は縋りついた。
「あ……こ、殺さないで」
 その続きに、呪いを籠めて。
『ね、一緒に妬ましい奴の首を削いで、花で飾ってやりましょう。きっと、心地よいわよ? ね?』
 だが、もう二度と同じ手を喰いはしない。マルティナの剣閃が、その呪いを真っ二つに切り裂いて、相殺する。その後ろから飛び込むのは、光の翼。
「言いたいことはそれで終わりか? 行くぞ……祝福を浴びろッ!」
 ディーネの放った二又槍が乙女の躰に突き刺さり、流れ込んだグラビティの衝撃が稲妻のような衝撃となって体内に巣食った花を焼き千切った。
 甲高い断末魔をあげながら、乙女の躰は倒れ込み、頭に咲いたダリアの花が散っていく。
「ひ、ぐ……」
 まだ息がある躰。踏み躙ってとどめを刺さんとヨルヘンが足を持ち上げる。その間に、さっと爽が割り込んで。
「お前の後ろにいるのは誰だ。言え……!」
 乙女の躰は、死に包まれて震えながらも、妬みに目を歪ませた。
「私、死ぬの……? あの女だけ……生き延びるなんて……妬ましい」
「女……?」
 全員が、その言葉に詰め寄る。しかし、乙女の瞳は、すでに現実を見据えてはいなかった。
「妬ましくて……たまらないの……ねえ、私……幸せ、なの、よね……?」
 花が散った。
 その躯は、もう動くことはなかった。

●闇の訪れ
 闘いは、終わった。八人は、事後の調査に入る。帰還して態勢を整え直すまでにはわずかな時間しかないとはわかってはいたが。
 断末魔の瞳を用いようとしたディーネだが、明石・珠子が攻性植物に襲われた厳密な場所は不明。攻性植物の寄生によって彼女の自我がいつ、どの段階で死んだのかも定かでない。
 繰り返し再生されるのは、怒りに憑かれて敵にとどめを刺す己の姿だけ……。
「どうしてかしら。この事件……なんだかすごく嫌な事を……思い出しそう」
 戦闘時の興奮も落ち着いて普段の口調に戻り、彼女はため息を落とした。
 後は出来ることと言えば、敵の足跡を遡り来た方角と痕跡とを確かめることくらい。
「しかし……最初から最後まで、己の心に振り回されたような敵だったな……己の目的をきちんと見据えていたようにはとても思えなかった」
 そう呟くのは、マルティナ。闘いの時には抑えていた苦々しさが、今になって胸の奥を苛んでいた。灼けつく苦味のように。
「仲間を連れて行かなきゃとか言ってたのに、闘いに夢中になっちゃってたもんね……明石さんの抑え込んでた強い想いを取り込んで……逆に、初めて味わう感情に振り回されちゃったのかな……」
 睦が言う。振り返れば、乙女の躰は傷跡をヒールされて殯の腕の中に抱きかかえられている。
「しかし……だとすれば目的は仲間を増やすことだったのでしょうか? この事件、いずれ災厄となるやもしれませんね……ですが今はご家族の元へ、彼女を還して差し上げましょう」
 この闘いでの負傷や呪いは、睦や殯、エリヤの活躍が抑え切った。だが傷ついたのは、体よりもむしろ心であったかもしれない。
 ヨルヘンが、鼻で笑った。
「死の間際まで誰かを妬んでた、ってことは隠してか。都合がいいよな。さて……一直線に歩いて辿れば、行きつく先はこうなるが……」
 どうする? と、ばかりに振り返った彼の向こうに広がるのは……一面の青。
「……海、か。まあ、伊豆のリゾート地は海沿いに多いしね。海岸線を歩いて足跡を消したか、はたまたどこかの森から回りこんできたのか……」
 エリヤがそう言って周囲を見回すが、手掛かりになるものはなさそうだ。闇の中で、波の音だけが虚しく響いている。
 希が、不安そうに呟く。
「変な攻性植物やし……同種の事件、また起こりそうな気ぃします……喋っていたこととか、録音したんやけど……あの、これよかったら事後の調査に……」
 と、最も事件の裏に興味を示していた爽に、希がデータを差し出す。爽は、しばらく無言だったが、やがてハッと気付いたように礼を言ってそれを受け取った。
「ああ……ありがと。やっぱ、痕跡なんか何にも残さねーよな。賢い奴だよ。だろうと思ってたけど、さ」
(「……?」)
 飄々と振る舞う彼の言葉に、微かに感じた違和感は何だったろう。
 裏で起こっている『何か』に関しては、今後の活動によって明らかにするしかない。
 迎えに来たヘリオンのライトが、砂浜の八人を照らす。
「頭に咲くダリアの……女、か」
 爽の呟きは、夜の闇に飲まれるように消えていった……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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