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ある夜の事だった。
丸々とした月の見下ろす、静かな夜。
さざ波のような微かな音に誘われるように、ゆらゆらと歩く人影が一つ。
その先には、風に揺れ動くススキの中で和装に身を包んだウェアライダーの青年が立っていた。
先程から響いていた音は、あのススキから発せられているようだ。
「……グラビティ・チェインを」
青年が誘い込まれた男に呟く。男の目は虚ろ、まるで夢でも見ているかのような、虚無を浮かべている。
風が止みススキの音色が止まる。まるで一斉に息を止めたかのように。
――いや、その日は初めから風など吹いていなかった。ススキだけが、意志を持つように揺れ動いていたのだ……。
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「諸君、攻性植物の活動を確認した。至急、これを撃退してほしい」
集まったケルベロス達にフレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)はいつもの調子で話し始める。
「今回、市街地に現れる攻性植物だが、どうやら一般人に寄生しその身体を手足として使っているようだな」
宿主となった人物は現場付近で数日中に行方不明になった者と特徴が一致しているが、どうやら完全に寄生されてしまっているらしい。救出は不可能だろう。
話している最中、フレデリックはしきりに眉間に皺を寄せ、思案顔を浮かべていた。
「……妙ではあるな」
被害者である一般人は、夜中に出歩いていたところを攻性植物に襲われたと推測されている。
「どうも、裏で何かが動いている気配はするが……いや、今は目の前の事態に集中してくれ」
話を切り替え、フレデリックは敵の情報を読み上げていく。
敵はススキの『穂』のような植物に覆われていて、顔や身体の一部だけが生身のまま露出している。
身体こそ一般人の物だが、デウスエクスに違いはない。油断はできないだろう。
「敵はグラビティ・チェインの奪取だけではなく、何か目的を持って行動している節があるな。もし、阻止に失敗すれば思いもよらない被害が出る可能性がある」
もしもフレデリックの言う通り、背後で動く別の敵がいるとしたら……この攻性植物はその配下と見て間違いないだろう。
「何かがあるとすれば、根気強く警戒を続けた方がいいかもしれないな。何にせよ、まずは今回の攻性植物をどうにかする他あるまい、頼んだぞ」
参加者 | |
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シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374) |
八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105) |
神城・瑞樹(廻る辰星・e01250) |
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740) |
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138) |
デフェール・グラッジ(ペネトレイトバレット・e02355) |
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881) |
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107) |
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その日も、街は風一つ吹かない不気味なほど静かな夜だった。
街灯に加え、各々が持ち寄った明かりを周囲に向けながら、ケルベロスたちは攻性植物の襲撃を待つ。
「寄生、かぁ。聞くだにぞっとするはなしだねぇ」
「ヒールで分離できないほど完全に支配下に置かれるって話ですけど……今までの攻性植物とは少し毛色が違う気がしますね?」
自分たちだって武器として攻性植物を使う事もある。万が一、そんな事が起こったら、と憂鬱な表情を浮かべクーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)はため息を零す。
その隣で、八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)は今回の敵の――その裏側に思考を馳せる。
ヘリオライダーの予知によって、何者かが暗躍している可能性は示されていたが……その実態は全く掴めていないと言っていい。調査には時間が必要かもしれない。
「色々と気になる事もあるが……」
今回の敵について思考しているのはこはるだけではない。エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)も思案顔を浮かべる。
「まぁ、今は目の前の事に集中、だな。……来たみたいだぜ?」
だが、まずはやるべき事をやらなくてはなるまい。
ケルベロスたちの耳に不意に届くのは、さぁさぁと微かに響く、さざ波のような音色。
デフェール・グラッジ(ペネトレイトバレット・e02355)の視線の先に、揺れ動く人影があった。
「ススキを眺めるには少し早いが……お得な気分にはならないな」
その光景は、一言で表すならば『ススキが歩いている』と言った具合。神城・瑞樹(廻る辰星・e01250)も口調こそ軽めだが、声色には攻性植物の所業に対する嫌悪感が滲み出ていた。
「案の定だけど、会話は通じなそうね」
骨組みとなっている宿主の瞳がススキの合間から覗いているが、濁った眼差しはただただ虚空を見つめている。アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)の言う通り、説得やヒールによる分断は不可能と思って間違いないだろう。
「草刈り、手短に済ませましょう」
「そうだね、色々考えたりするのは、その後!」
アイオーニオンの言葉に小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)も同意しつつ、武器を構える。
ふらふらとおぼつかない足取りをピタリと止め、こちらを伺う攻性植物に向けられたのは、シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)の握る熱き太陽を思わせる大剣、その切先だった。
「寄生するしか能がない草畜生め、その目的、暴かせてもらうぞ! 行くぞ、八千沢、クーゼ! 太陽の騎士団、推参!」
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月が見下ろす中、高らかに響き渡るのは太陽の騎士団シヴィルの歌声。
「燃え上がれ、太陽の騎士団! 嵐のときも、日が沈む! 大地を埋め尽くす弱き命の盾となり。騎士たちよ! 向日葵の道を突き進め!」
静かな夜を照らす勇敢な歌声が、前線に立つ仲間たちを奮い立たせ、グラビティの力を後押しする。
「団長の歌声は素晴らしいんだが、団歌っていうのはどうにも気恥ずかしい気持ちもあるねぇ」
苦笑を浮かべつつも、クーゼはボクスドラゴンのシュバルツと共に先陣を切る。
「さぁ、華と散れ」
繰り出される斬撃は魔力によって増幅され、幾重にも連なりながら攻性植物を襲う。その様は、さながら咲き乱れる華である。
「同じく! 太陽の騎士団、八千沢こはる! 参ります!」
クーゼとシュバルツ、その連撃に続くのは太陽の騎士団、こはる。
黄金色に輝くエネルギーの光球は夜に浮かぶ太陽のように眩く、一直線に敵を狙い撃つ。
「悪くない出だしだな、このまま一気に片を付けるぜ!」
太陽の騎士団による一斉攻撃により、流れは一気にケルベロス達に傾いているようだった。
その勢いを維持するため瑞樹は御業による炎弾を重ねていき、そこにアイオーニオンが頭上より鋭い蹴撃を繰り出す――が。
「……どうやら、そうもいかないみたいね」
飛び蹴りは確かに攻性植物に命中していた。
だが、アイオーニオンはその手応えの無さに咄嗟に飛び退く。
「あれは、結界か? 厄介だな」
燃え広がる業火の中から現れたのは薄い月明かりのような壁に守られた攻性植物の姿だった。
完全に攻撃を遮断されているわけでないが、何重にも張られた結界は確実にこちらの攻撃の威力を殺しているようだ。
「里桜、俺が足止めする。その間に結界を破る準備を整えてくれ」
「うん、了解、何とかさせるわ!」
守りを整えた攻性植物が攻撃態勢に入る。
だが、それを遮ってエリオットの重力を纏った飛び蹴りが突き刺さる。
「ってわけで、デフェ、アイツの身ぐるみ剥ぐのは任せるね!」
その隙に里桜の御業がデフェールを覆い、守りを打ち砕く力を与える。
「身ぐるみ剥ぐって言い方スゲェな! が、任された!」
一方のデフェールは既に大槌を砲撃形態へ変形させ、攻撃準備は万端であった。
轟音と共に放たれた砲弾は風を切り、結界の一つを突き破り攻性植物に直撃する。
「おらぁ、大当たりだ! 薄っぺらい壁なんざ、このまま全部ぶち抜いてやらぁ!」
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多様な絡め手を駆使する攻性植物だったが、8対1と言う数の有利がそれを埋めていく。
「あの音……まともに喰らうのは避けたいね」
「範囲の広さも厄介だな、回復には全力を尽くすが……」
ざぁざぁと響くさざ波の音色。否、それはススキのような姿をした攻性植物が自らを震わせて発する幻惑の音だ。
鼓膜を揺るがし、頭蓋に刺さる涼やかな音の波はケルベロスたちの見るもの、聞こえるものを狂わせる。
シヴィルも回復に尽力するが、敵の攻撃に加え、幻惑によってこちらの攻撃は味方にまで拡散してしまっているのが辛い状況だ。
「なら攻撃は俺が引き受ける、ヒールは任せるぜ」
「了解、幻覚は私が引き剥がす。これ以上、そう簡単には奪わせないよ」
ならばと、守れる仲間への攻撃をエリオットたちが庇い、里桜が幻覚の治療を施す。
ゆらりと舞う桜は惑わす音を払い、ありのままの真実を映す。
幻覚が深くなれば、戦線を維持するのは一気にキツくなるだろう。故に、最優先で対策を立てていく。
「俺とシュバルツも一旦回復に回る!」
「あぁ、頼むぞ! ここで戦線を崩されるわけにはいかない!」
幻覚に乗じて放たれる燃え広がる穂波から仲間を守りつつ、クーゼとシュバルツはシヴィルと共に適宜ヒールをかけていく。
一度広がった音と炎はそう簡単には拭えない。戦況は膠着状態に陥りかける、が……。
「防戦に回るのは性に合わねぇ! 他の連中の回復は任せるぜ!」
「理には適ってるわね、このまま遅れを取るのもいただけないわ。そういう事だから、栄養あるか知らないけど少し貰うわよ」
膠着を打ち破ったのはデフェールの放った炎弾、それと同時に斬り込んだアイオーニオンだった。
攻性植物に喰らい付く地獄の炎と湾曲した鋭刃は、宿主を糧に吸い上げた生命力を傷口から奪い去っていく。
次の瞬間、ぐらりと攻性植物が、その核となっている肉体がよろめく。
「今だ、一気に攻めるぞ!」
この好機を逃すわけにはいかない。瑞樹の掛け声に乗じて、ケルベロスたちは一斉に攻撃をしかける。
「動きを止めます! ひとおもいにバッサリ……やらせてもらいます!」
いち早く敵の懐に潜り込んだのはこはるだった。
その動きに、絡み付いたススキの穂波が一斉に反応するが、当の宿主の瞳は依然として虚空を向いたままだ。
もう、助ける事は叶わないだろう。逡巡はほんの一瞬、小さく息を吸い、こはるはその刃で宿主の足をススキの茎ごと切り裂いていく。
動きを封じられた攻性植物は、今一度結界を張って凌ごうと試みる、が。
「その手は通じない、殴り壊させてもらうぜ!」
間髪入れず、瑞樹の拳撃が結界を打ち砕く。
満身創痍の攻性植物。後、一歩で勝負は決まるだろう、そして――。
「刈り取らせてもらうわ、その命」
破れた結界の隙間を縫って、アイオーニオンが振るう凍てつく刃が閃く。
静寂の中、月明かりに照らされて穂波は舞い散り、糸が切れた人形のように攻性植物は宿主ごと地面に倒れるのだった……。
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「うーん……手掛かりになりそうな物、かぁ」
「穂の破片は飛び散ってるが、これだけじゃあな」
戦闘終了後、ケルベロスたちは攻性植物の死体が残っているうちに今回の事件の手掛かりを追えないかと簡単な調査を行っていた。
しかし、里桜とデフェールの言葉通り、これだけではその存在を確かめるにすら至らないと言う結果に終わりそうだ。
「そっちはどうだ? 何かわかったか?」
同じく辺りを調べていたエリオットの声に、シヴィルは難しい表情を浮かべ、溜息を零す。
その表情から、既に答えは決まっていた。
「ふむ、駄目だな……彼に寄生した攻性植物からは何も得られなそうだ」
肩を落とし、紡ぐ言葉はやはり落胆していた。
「書物や電子媒体とは違って情報の妖精さんも反応しないですね……」
こはるもまた別口から情報収集を試みるも、思うようにはいかないようだ。
やがて、グラビティの尽きた攻性植物は宿主の青年諸共、ゆっくりと消滅していってしまう。
「……俺はアンタの冥福を祈ることくらいしかできないが、せめて安らかに眠ってくれ」
彼の身に何が起こったのかはわからない。その裏で、何が蠢いているのかも。
しかし、彼が攻性植物の犠牲となり、結果として命を奪われたのは確かだ。
クーゼは、そんな彼のためにせめてもの祈りを捧げる。
「彼が来た方向を少し調べてみたけど、やはり痕跡は無さそうね」
そこにアイオーニオンと瑞樹がライトを片手に戻ってくる。
だが、こちらもやはり成果はなさそうだ。
「そう簡単に足取りは掴めないか……面倒だが、じっくり時間をかけて調べる必要があるかもな」
恐らく、今この場で調査を続けても結果は出ないだろう。
一人の犠牲は出たが、今はその拡大を防げただけでも大きな結果だ。
「じっくり……そうですね、焦らず行きましょう!」
瑞樹の言葉にこはるも頷き、立ち上がる。
一斉に各地で動き出した新手の攻性植物。その背後で、蠢く何か。
この戦いがその一端である事を心のどこかで自覚しながら、ケルベロスたちは戦場を後にするのだった。
全てを知るのは、こちらを見上げる丸い月だけだ――。
作者:深淵どっと |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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