木苺のロールケーキ

作者:雨音瑛

●晴れた夜に
 月が輝く夜。製菓学校の学生寮から、ふらふらと出てくる女子学生がひとり。隣接した雑木林の中を、パジャマ姿のまま歩んでいく。
「ふふっ、来た来た!」
 雑木林の中で笑うのは、コック帽にフリルのついたエプロンを身に着けたかわいらしい少女。だが、月光に照らされる肌の色は緑色。どう見ても、人間ではない。
 少女の眼前まで寄ってきた学生は、ぼんやりした表情でぴたりと立ち止まった。そして、異形の少女の手にするお菓子——木苺のロールケーキを目にして、少女に近寄る。
「わあ、おいしそう……」
「どうぞ召し上がれ!」
 少女にフォークを手渡され、お菓子をほおばる学生。途端、深緑色の植物が学生の体に巻き付いた。次いでぽんぽんと音を立てながら成る実は、まるで木苺だ。
 やがて学生は茎と実の柱のような姿と化す。
 その姿に満足した少女は、無邪気に手を振った。
「それじゃ、よろしくね?」
 攻性植物は少女の声に応えるように体をしならせ、市街地へと向かって行ったのだった。
 
●ヘリポートにて
 ヘリポートに集まったケルベロスを見て、ウィズはタブレット端末から視線を上げた。
「宮城県仙台市の市街地に、攻性植物が現れるようだ」
 この攻性植物は、近隣の雑木林からグラビティ・チェインを求めて市街地を襲撃しようとしているという。
「君たちにお願いしたいのは、攻性植物が市街地に入る前に撃破すること。……なのだが、事件を起こす攻性植物の中には、人間が囚われている。どうやら何者かの配下となっているようで、説得での救出は不可能なのだ」
 表情を曇らせたまま、ウィズは続ける。
「囚われた人間は、数日中に行方不明になった人物と特長が一致している。運悪く、一人で雑木林に入ったところを攻性植物に捕らえられたと思うが……少し気になるな」
 気がかりなことはあるが、とウィズは話を区切り、攻性植物の戦闘能力を説明する。
「君たちが戦うことになる攻性植物は1体のみで、配下はいない。使用するグラビティは3つだが、威力よりも付随効果に気をつけた方が良さそうだな」
 攻性植物が使用するのは、葉を何枚も重ねて硬化させ、斬りつけると同時に毒を与える攻撃、茎で締め付けて機動力を奪う攻撃、木苺の実を投げつけて爆発させる攻撃だそうだ。
「また、この攻性植物は3つの目的があるようだ。一つ目は、グラビティ・チェインを獲得して宿敵である攻性植物に渡すこと。二つ目は、新しい犠牲者候補を連れ帰り宿敵である攻性植物に渡すこと。三つ目は、市街地を制圧して宿敵である攻性植物の拠点として提供すること」
 攻性植物は、この三つの目的を一つ目から順番に行動する。そのため、ケルベロスが事件を阻止すれば二つ目以降の行動を取ることはない。
「万が一、君たちが敗北して撤退した場合だが……数人の人間をさらって雑木林の中に消えて行くだろうな」
 無論そうならないとは思うが、と、ウィズはタブレット端末の画面を消した。
「残念ながら、今回は攻性植物に寄生されてしまった人を救う事はできない……学生を攻性植物にした何者かの影響なのだろうな」
 一瞬だけ沈痛な面持ちをした後、ウィズはケルベロスをヘリオンへと促した。


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)
パウル・グリューネヴァルト(森に焦がれる・e10017)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
サラミン・アラカルト(お菓子大好き・e13876)
ルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642)
雨咲・時雨(過去を追い求め・e21688)

■リプレイ

●道なき道を
 夜の雑木林に、虫の声が響く。
 アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)の持つ特製ハンズフリーライトに照らされると、虫たちはいっせいに鳴き声を潜めた。
「女子学生さん……できる事なら……助けて差し上げたかったです……せめて、解放してさしあげなきゃ……」
 植物が自動的に避け、現れた道を進む。パウル・グリューネヴァルト(森に焦がれる・e10017)は進行方向の前後を仲間に護られつつ、周囲を警戒していた。
「明確な目的、救出不能の寄生能力……従来とは明らかに違う。気の重い仕事ですが、情報を集めなくてはいけませんね」
「そして攻性植物の襲撃……同時期にこれだけあるというのは偶然ではないのでしょうね」
 静かに呟くヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)。サラミン・アラカルト(お菓子大好き・e13876)が彼女の言葉に頷き、ゆっくりと辺りを見回す。
「できれば相手の移動ルートを先回りして、正面から迎え撃ちたいところだね」
「せめて不意打ちを喰らわないように気をつけないとね。……ちょうど、開けた場所があるみたい。行ってみましょう」
 ヒメが指さし、木々の密度が小さい場所へと促す。奇襲されないようにと、雨咲・時雨(過去を追い求め・e21688)が後方を警戒している。
 移動の際、癒やし手のパウルとルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642)を守るような位置を取るのは深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)だ。レッサーパンダの耳を立て、鼻を利かせて警戒している。その合間、少しばかり上機嫌になって呟く。
「木苺のロールケーキ、美味しそうにゃ。雨音も食べてみたいにゃ」
「Mystere……そういえばお菓子を材料は何処で調達したのでしょうか?」
 シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)が小首をかしげ、もっともな疑問を口にした。今回の被害者を生み出した攻性植物には、まだまだ謎が多い。それぞれが知りたいこと、調べたいことがあるのだが、まずは今回の敵を撃破するのが優先だ。

 開けた場所に出て、ケルベロスたちは立ち止まった。敵がすぐそばにはいないことを、ヒメが確認する。
「ここなら戦いやすそうね。あとは攻性植物が来るのを——」
「! 待つにゃ……引きずる音……早い、こっちに向かって来てるにゃ!」
 雨音の言葉に、ケルベロスたちは視線を交わす。
 数秒ののち、夜目を利かせたサラミンの目に入ったのは、揺らめく茎と実の柱。それが月の光を背に、ケルベロスたちに向かってくる。
「来たわね」
 すかさずヒメが殺界を形成し、周囲に一般人が立ち入れないようにする。続いてブローチに触れ、プリンセスモードを発動した。白い服の上に、赤い軽装鎧が装着される。
「奥はまだ見えないとはいえ、被害を広げない為にもここは征させてもらうわ」
「S'arreter……ここから先は通行止めですの」
 シエナが攻性植物「ヴィオロンテ」を手に、敵の前に立ちはだかる。
(「うーん、以前に見たことあるような……?」)
 と首をひねりつつも、サラミンはドラゴニックハンマー「金平糖ハンマー」を構えた。
「僕の金平糖はひと味違うよ。くらってみる?」

●木苺の攻性植物
 攻性植物は茎をしならせ、よりケルベロスたちに近づいてくる。茎の束の中には被害者となった製菓学校の学生がいるのだろう。しかし、今回の被害者の救出は不可能。
「かわいそうにゃんだけど——デウスエクスになったのは、倒すしかないにゃ。すぐに、この苦しいのから解放してあげるにゃ」
 刀を振り下ろす雨音の力は、全力そのもの。だが、攻性植物は器用にも体をよじらせて回避する。その動きを察知していたかのように、ヒメが刃を突き立てた。
「好きにはさせない――」
「なかなかに素早いけど、これくらいの動きは今までの攻性植物でも十分可能だね。もっと、何か違うところは……?」
 輝く果実で前衛を照らしつつ、ルルは攻性植物を見つめる。テレビウムのイコが手にした凶器で殴りつけると、攻性植物は実らせた木苺を放り投げた。予知にあった、木苺の爆弾だ。
 シエナを狙う赤い爆弾は、彼女のボクスドラゴン「ラジンシーガン」が身を挺して庇う。
 背後の爆発を不安げに一瞥して、アリスは熾炎業炎砲を撃ち込んだ。同時に、悲痛な声で呼びかける。
「女子学生さん……私達の声が聞こえますか……!? 私達で、きっと解放してさしあげます……!」
 女子学生の反応はない。代わりに、炎を灯された攻性植物が醜い咆吼を上げた。敵意むき出しの攻性植物を前に、シエナはヴィオロンテを掲げる。
「ヴィオロンテ! 激励お願いしますの!」
 ヴィオロンテが大顎を形成し、激励の咆吼をあげる。あまりの音量に、付近の幹が小刻みに揺れるほどだ。続くボクスドラゴンのラジンシーガンがブレスを見舞うと、サラミンが重力震動波を叩きつけた。
「少しでも情報を得なければ……日頃の研究は、こういった時のためでもあるのですから」
 仲間を癒やしつつも、パウルは攻性植物を眺める。ケルベロスとして、そして何より攻性植物を対象に研究をしている学者としての知識を総動員し、特徴を探ろうとする。木苺の実、葉、茎——通常の木苺をひとまわり以上も大きくしたようではあるが、それ以上の特長は見当たらない。
「影の内から出でよ分身」
 時雨が木の陰から自分の分身を出現させ、共に攻性植物に立ち向かった。手応えと同時に、攻性植物が痛がっているのがわかる。時雨は取り込まれている女学生のことを思い、攻性植物を見遣った。
「救えないのは、ちょっと悔しいのです……」
 それでも、と、攻性植物から離れる。
(「今回の依頼は、寄生型、それに宿敵が多い……、あの人の手がかりがあるかもしれない、真剣に、全力で……見つけ出してみせる!」)
 それぞれの強い思いを見守るように、月光が降り注いでいた。

●雑木林に響く音
 回復を手厚くすることで持ちこたえてはいるものの、その分どうしても攻撃の手数が減ってしまう。削り、削られ、癒やす。その繰り返しで、攻性植物とケルベロスの戦闘は持久戦の様相を呈していた。
 思わぬ一撃を受けた雨音は、自力でいくらか回復しようと、攻性植物の懐に踏み込んだ。軽やかなステップで現れた少女に、驚いたように揺れる攻性植物。当然、雨音はその隙を見逃さない。
「もふもふ・ている・ですとろーい!!」
 無邪気な言葉と共に放たれるのは、尻尾による超高速の往復びんただ。同時にもふもふで戦意を強奪し、自身の体力へと変換する。
 雨音が飛び退くと、ヒメがドローンへと視線を向けた。戦線の維持を目的として、幾度となく飛ばしたドローンが舞う。
(「これだけ防備を固めれば、敵も戦いにくいはず……」)
 さらに敵を不利にしようと、ルルも手にしたフラスコを振った。
「今日はどんな色の薬が出来るかな?」
 取り出した試験管の薬と組み合わせて、できあがったものを大地に振りまく。湧き上がる煙は仲間を包み込み、いっそうの援護となった。回復も兼ねた援護は、中衛による敵の行動阻害をさらに強いものへと変えてゆく。
「イコちゃんもサポートよろしくね」
 イコはかわいらく首を縦に振り、時雨に向けて応援動画を流す。
 攻性植物は葉を打ち鳴らし、大きく前衛に踏み込んだ。硬化させた葉はサラミンを切り裂き、毒液を注入する。あまりの痛みに、サラミンはその場にしゃがみこんだ。それを見たアリスが急ぎヒールを施そうとする。
「僕は大丈夫。アリスさんは攻撃を続けて」
 どこかマイペースにサラミンが応える。
「自分で何とかできるから、心配しないで」
「……サラミンさんが、そう言うのなら」
 と、アリスは「女神のフラワリープリンセスポーチ」に「スート・ザ・ワンダーランド」の「スペードのA」をスラッシュした。
「♪Flowery Princess Heart Style♪――チェンジ・ハートスタイル…!――♪Heart Strike♪」
 音声とともに、部分鎧が装着される。
「女神の……虹の花の力……!」
 そのまま再びカードをスラッシュし、虹の花を纏う一撃を攻性植物に見舞った。
 どこか辛そうな表情で、シエナが蒸気式ガトリングガンを攻性植物へと向ける。できれば、この攻性植物を殺したくはない。ならばせめて、と、集中的に茎を狙った。
 茎の弾ける音とともに、囚われていた女学生が見える。しかしすぐに茎が再生し、女学生を覆い隠してしまった。攻性植物と女学生を分離させるのは不可能のようだ。シエナは歯噛みし、そっとヴィオロンテに触れた。
 さて、とサラミンは飴を取り出す。ぼんやりと発光するそれは、ただの飴ではない。かつて吸収したデウスエクスの魂を加工したものだ。口に放り込むと、一応「おいしい」の範囲に入る味ではあるが、どことなく不思議な風味もする。傷が癒えていくのを確認して、サラミンは武器を構え直した。
 前衛で戦う仲間のために、パウルが黄金の果実を輝かせる。回復と、状態異常への耐性。これにより、攻性植物の凶悪な攻撃もかなり緩和できていた。
「敵もだいぶ弱ってきたと思うけど……」
 時雨が弓引き、矢を放つ。攻性植物は、悪あがきをするように矢を叩き落とした。

●枯れ葉
「美味しそうにゃのに食べられないのは……勘弁してほしいにゃ!」
 と、雨音が思い切り斬りつける。食べ物の恨みは恐ろしい。
 もう何度目になるとも知れないヒールドローンを飛ばすヒメも、勘弁してほしいのは一緒だった。もはや戦いは、持久戦。庇い続けた彼女の体は、これ以上長くは持たないと危険信号を出している。また、同じディフェンダーを務めるサーヴァントたちは、あと一撃食らったならば倒れてしまうほどには弱っていた。
「皆さん、もう少し持ちこたえてください——木々よ、命が芽吹く優しき森よ。友たる妖精の名に依りて寿がん。年の巡り、鹿、樺の木」
 素早くパウルが詠唱すると、広葉樹を主体とした森林が具現化した。地面に這わせた攻性植物群を触媒として、独自の魔術によるものだ。
 茂る葉が祝福を振り捲き、感覚の強化と戦意の高揚をもたらしてゆく。
「パウルくん、ありがとう! うん、きっと、もうひと踏ん張りだよね! だからみんな、頑張ろう!」
 ルルがイコと並び、それぞれが時雨を癒やす。
 瞬間、イコが攻性植物の茎に絡め取られた。数秒ののち解放されたイコは、ふらつきながらも無理矢理その場に。それでもルルを心配させまいと、気丈に振る舞う。自分のことはいつも後回しになるルルに似た行動であった。
「……うん、私も頑張るよ!」
 元気づけられ、ルルは小さくうなずく。
 アリスがゲシュタルトグレイブ「リトルプリンセス・フノス」で攻性植物を穿ち、続く仲間のために回りこんだ。
「かなりの手応え……続けてください!」
 アリスの言葉に無言で頷き、シエナはヴィオロンテを変形させた。ハエトリグサのような形状となったヴィオロンテが、攻性植物に食らいつく。
 茎がよじれたのち弾け飛び、葉が舞い落ちる。木苺の実はどす黒い色へと変わり、腐り落ちてゆく。
「Requiescat in Pace……ごめんなさい」
 シエナは目を伏せ、散らばる茎と葉に手を伸ばす。わずかな重みのあった破片は数秒ののちに枯れ、消滅した。
 取り込まれていた女学生は、放り出されるように宙を舞った。彼女を受け止めようとパウルが駆け寄る。だが、手に触れるが早いか。女学生もまた、静かに消えていった。
「……今回限りにしたいものです」
 小さなため息ひとつこぼして、パウルは拳を握りしめる。
 物憂げな目を伏せ、アリスが呟いた。
「女子学生さんの為にも……黒幕さんの手がかりを見つけなきゃです……」
「重傷者もいないことだし、痕跡でも探しましょうか」
「敵さんの来た道をたどって、発生源を探れないかな」
 ヒメとサラミンの提案のもと、攻性植物の来た道をたどってゆく。攻性植物の来た道には、引きずったような跡があった。植物の足跡のようなものだろう。
「はー、さすがに疲れたにゃ。帰ったらケーキ食べに行こうにゃ?」
 もちろん普通のを、と付け足す雨音。
「疲れた時には甘いものが一番だよね。イコちゃんもそう思う?」
 と、ルルが微笑む。元気を取り戻しつつあるイコも、どことなくケーキを食べたそうに画面の顔を切り替えた。
 ケルベロスたちはさらに歩みを進め、跡を追ってゆく。
 しかし、それは雑木林の中でぷっつりと途切れていた。また、木苺の攻性植物を生み出した者の痕跡も見当たらない。
「残念ながら、手がかりになるものはありませんね。——後日、個人的に調査してみたく思います」
 パウルが呟き、息を吐く。
 気付けば、戦闘で火照った体はすっかり冷えきっていた。
 秋の夜風が吹く中、ケルベロスたちは静かに雑木林を後にしたのだった。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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