死神に囚われ老樹は目覚めた

作者:飛翔優

●望まぬ再誕
 月の見えない夜、釧路湿原奥地でのこと。冷たい風に吹かれながら、湿原の魔神・テイネコロカムイが虚空に向かって手を伸ばす。
 次の刹那、一本の巨大な樹木が出現した。
 樹齢数百は下らないと思われるその老樹。人の顔のような……実際に顔なのだろうくぼみは、虚ろにここではないどこかを見つめていた。
 気にした様子もなく、テイネコロカムイは老樹に触れていく。
「そろそろ頃合ね、あなたに働いてもらうわ。市街地に向かい、暴れてきなさい」
 四体の深海魚型の死神を呼び寄せつつ、市街地の方角を指し示した。
 大きな音を立てながら、老樹は示されるがままに動き出す。
 後を、深海魚型の死神たちが追いかけた。
 老樹と共に、市街地へと向かっていく。
 人を、街を破壊するために……。

●攻性植物討伐作戦
 やってきたケルベロスたちと挨拶を交わしていくセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)。メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「釧路湿原近くに、死神にサルベージされた、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスが暴れだす事件が起きるようです」
 サルベージされたデウスエクスは釧路湿原で死亡したものでは無いようで、、何らかの意図で釧路湿原に選ばれたのかもしれない。
 このサルベージされたデウスエクスは死神により変異強化されており、周囲に数体の深海魚型の死神を引き連れている様子。
「彼らの目的は、市街地の襲撃のようです。幸い、予知によって侵攻経路が判明しているので、湿原の入口あたりで迎撃する事が可能です」
 周囲に一般人のいない状態で戦闘が可能なため、それだけに集中することができるだろう。
 セリカは語りながら地図を広げ、待ち構える場所を示していく。
「そして、実際に戦うことになるデウスエクス、及び深海魚型の死神についてですが……」
 デウスエクスは攻性植物。姿は、樹齢数百年はくだらないと思われる巨大な老樹を元にしたもの。
 力量は、深海魚型の死神に比べてとても高い。
 戦闘においてはタフな肉体と硬い体で耐える事を念頭に置きつつ、毒をもたらす捕食形態、一群の心を奪う埋葬形態、拘束する蔓触手形態……の三つを使い分けてくる。
 一方、深海魚型死神は合計四体。
 攻性植物同様守りを意識して立ち回り、体力を奪う噛みつき、複数人を毒に犯す怨霊弾、自らの傷を癒やしつつ毒などを浄化するために泳ぎ回る……と言った行動を取ってくる。
「それから……こののデウスエクスは意識が希薄であり、交渉などはほぼ行えないと思います。その事も留意して、事に当たって下さい」
 以上で説明は終了と、セリカは資料をまとめ締めくくる。
「死したデウスエクスを復活させ、更に悪事を働かせようとしている。その死神の策略、見逃す訳にはいきません。ですのでどうか、よろしくお願いします」


参加者
英・陽彩(華雫・e00239)
倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)
夏音・陽(灰華叫・e02882)
竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)
柊・弥生(癒やしを求めるモノ・e17163)
蒼天道・風太(独太刀・e26453)
霧鷹・ユーリ(鬼天竺鼠のウィッチドクター・e30284)

■リプレイ

●湿原にて待つ
 唸り声を上げながら、冷たき風は駆け抜ける。狂おしいほどに輝く月の下、鮮やかな緑を闇に隠した釧路湿原を。
 軽く体を抱きしめながら、倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)は釧路湿原の奥……何かが近付いてくる気配のする方角を見つめていく。
「サルベージされた第二次侵略期以前の攻性植物ですか。死神は何でも拾って来ますね」
「ふむん。いかにデウスエクスとはいえ、死して傀儡にされているのを見るのは愉快なものではないな」
 竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)は龍のアギトから白き吐息を吐きながら、腰元に収めてる刀に手をかけていく。
 腰を落とし、臨戦態勢を整えていく。
 ケルベロスたちが見つめる中、気配は少しずつ形を取り始める。
 激しい足音が誘う地響きと共に、隠しようのない殺気に誘われて。
 最初に見えたのは、虚空を泳ぐ深海魚。頭に灯火、膨らんだ顔……様々な姿を持つ、四体の深海魚型死神。
 そして……。

●再臨せし老樹の意志なき戦い
「大っきい樹!」
 大人が数人がかりでなければ包み込めないほどに太い幹。見上げるほどの体長に、枯れ葉を蓄え続けている枝葉。不自然に……顔のような形に穿たれた、三つの穴。
 死神の手によって呼び起こされた老樹型攻性植物を前にして、夏音・陽(灰華叫・e02882)は笑顔で走り出す。
「これだけ大きいならタフさも相当そう。うふふ、壊すのが楽しみ! さあー暴れるよー!」
 けれど、と老樹から視線を外し、深海魚型死神たちの間合いへと踏み込んだ。
「何はともあれ、まずはぶっ飛びなよ、老害☆」
 脚に熱い炎を宿し、蹴りを放つ。
 灯りを持つ深海魚型死神の頬を捉え、英・陽彩(華雫・e00239)近くの地面へと叩き落としていく。
 バウンドし元の高度へと戻っていく深海魚型死神に狙いを定め、陽彩は放つ。
「死んで眠ることすら許されず、再び戦いを強いられる……。例えそれがデウスエクスであろうと気持ちがいいものじゃないわね」
 力を込めた指先を。
 邪魔をする深海魚型死神を排除するために。
 灯りを持つ深海魚型死神が虚空を飛んでいく中、顔の膨れた個体が禍々しいオーラを放つ弾丸を放ってきた。
 弾丸は前衛陣の中心で爆発し、周囲一帯を飲み込んでいく。
 爆煙の中で自分を保つ仲間たちを見極めながら、ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)は咆哮した。
「ガァアアアアッ!!」
 強い、強い力を込めて。
 力と共に苛立ちを込めて
「……よりにもよって、嫌なもの目覚めさせやがって。この落とし前に、いずれきっちりとつけさせてもらうぞ」
 方向が、爆煙を跡形もなく吹き飛ばす。
 晴れていく視界の中、霧鷹・ユーリ(鬼天竺鼠のウィッチドクター・e30284)は雷の壁を作り出した。
「私が全力でバリアを貼ります! 攻撃はみんなにおまかせします!」
 前衛陣を抱くように展開された雷の壁が、遅れて柚子に噛み付こうとしていた灯りを持つ深海魚型死神を弾いていく。
 知らぬとばかりに、老樹は枝の一本をウツボカズラのような形に変えた。
 陽に向けて、大上段から振り下ろした。
「っ!」
 虚空を爆破し、陽はウツボカズラの軌道を反らす。
 直後に足元を爆発させ、爆風に乗ってウツボカズラとすれ違った。
「待っててね。死神たちを倒したら、次はキミと戦ってあげるから!」
 頂点へ達すると共に体を捻り、灯りを持つ深海魚型死神に向かって落下を開始。
 脚を、真っ直ぐに伸ばしていく。
 つま先が灯りを深海魚型死神をかき消す中、柊・弥生(癒やしを求めるモノ・e17163)は静かな息を吐いた。
「こんなことに使われて……せっかく休んでたのにね……少し痛むけどごめんね……」
 老樹へと言葉を向けながら、深海魚型死神たちに幻覚を見せていく。
 弥生が細めた瞳で見つめる中、ボクスドラゴンのりゅうが大きく息を吸い込む中、深海魚型死神たちは動きを鈍らせて……。

「……死神……私は……貴方達を許せない……」
 拳を握りしめたまま、弥生は構えを解き立ち上がる。
 対象的に、顔の大きな深海魚型死神は地面に埋もれ消え失せた。
 仲間の仇といった意識があるかはわからない。
 ただ、鱗を持たない深海魚型死神が弥生含む後衛陣めがけて黒き弾丸を放ってきた。
 爆風に飲まれ蝕まれていく様子を感じつつ、細長い深海魚型死神の噛み付きをバールで受け流した陽彩は目を細めていく。
 受け止めても、受け流しても、治療できないダメージは微細に積み重なっていく。大きく意識を乱すほどではないけれど、長引けばいつかは限界を迎えてしまうだろう。
 もっとも、それは相手も同じはず。
 今だ老樹へは届かぬけれど、倒れる前に削りきる。
 強い意志の、陽彩は数多の刀剣を敵陣めがけて降り注がせる。
 槍に刀に貫かれ、鱗を持たない深海魚型死神がかすみに消えた。
「後は……」
「こやつだけ……」
 一刀が刀を上段へと持ち上げた。
 切っ先を細長い深海魚型死神へと向けたまま、刀身に雷を走らせていく。
「貫き、通す!」
 次の刹那、一刀は老樹の後ろ側にいた。
 一拍遅れて、細長い深海魚型死神の尻尾が虚空へとちぎれ飛んでいく。
「隙ありっす!」
 バランスを崩したか右へ、左へとよろめく深海魚型死神の尻尾の付け根だった場所に、蒼天道・風太(独太刀・e26453)が刃を差し込んでいく。
 引き剥がすためか偶然か、老樹が根を地面に埋もれさせた。
 地面を侵食し、ケルベロスたちを飲み込みはじめていく。
 飛び退いてなお影響を感じたから、柚子は着地とと共に小型の治療無人機をばらまいていく。
「カイロも皆さんの治療をお願いします」
 銀のエジプシャンマウ……といった姿をしたウイングキャット・カイロは頷き、羽ばたいた。
 夜に響く翼の音色を聞きながら、ノーグは再び咆哮する!
「ガァアアアアッ!!」
 猛々しき力と共に、仲間の心を駆り立てるため。
 死神を、攻性植物討伐の思いを託すため。
 受け取り、攻撃を続けるケルベロスたち。
 攻撃が通るように、反撃を抑えることができるようにサポートするユーリ、支えていくノーグを中心とした者たち。
 その場その場の万全を保ち続け、ケルベロスたちは細長い深海魚型死神を……深海魚型死神の殲滅へと至る。
 残された老樹へと向き直り、陽彩は優しい眼差しを送っていく。
「……あなたの最期のときをこの手で、しっかりと迎えさせてあげるわ」
 決意を伝えるとともに、御業を虚空へと浮かべ始めた。
 自らの数位を旋回させながら熱量を高め、業炎を作り出し老樹に向けて放っていく。
 炎は老樹の枝に辺り、小さな炎をもたらした。
 葉を焼きはじめていく炎を捉えながら、一刀もまた迦楼羅炎を刀に宿していく。
「ぬしの悪夢はここで断ち切る、違わず浄土へ行くがいい」
 静かな息を吐くと共に、大地を蹴る。
 一跳躍で老樹を間合いへ収めていく。
「ぬしの煩悩百八つ、一つ残らずたたっきる。主の操り糸ごとな!」
 一刀が刀を振りかぶった次の刹那、彼は老樹の背後にいた。
 風の訪れとともに鋭き音色が百八つ。響いた時、老樹の幹には百八つの斬撃が刻まれていた。
 老樹は揺るがない。
 臆する様子を見せはしない、動きを乱すこともない。
 枝の一部を蔓に変え、陽に向かって振るっていく。
 すかさず、ノーグは満月に似た光球を生み出した。
 狂おしいほどの輝きを、蔓を避ける陽に投げ渡す。
 受け取っていく光景を見つめた後、改めて戦場全体の把握へと移っていく。
 うずく体を抑えながら、治療を中心に行動し続けていく……。

 剣山を軽く押し付けられているような痛みが続く腕を叱咤し、柚子は不気味に濡れた霊槍を突き出しウツボカズラの襲撃を受け流す。
 こぼれ落ちた汁が頬に触れ焼け付くような痛みを感じるも、その場に留まり桃色の霧を身にまとった。
「聞いていた通り、随分とタフですね」
 頷きながら、翼をはためかせていくカイロ。
 柚子を狂おしいほどの光で抱き、力を与えていくユーリ。
 治療も問題なく行われていくさまを、それでも痛みを感じ続けている様子は否めない様を前に、戦場全体へと視線を走らせた。
 深海魚型の死神たちを倒してから、果たしてどれだけの時間が経っただろうか? 老樹には数多の切り傷が刻まれ、末端は炎に焼かれ呪縛に抱かれているも、大きく動きを見出している気配はない。その巨大な体で全てを受け止めながら、時にケルベロスたちに的確な反撃を行っていた。
 ケルベロスたちの側にも、癒やしても癒やしきれぬ傷が増えていた。……限界が徐々に、見えてきた。
「……大丈夫、それでも攻撃の手は緩んでいない。……緩ませない!」
 強い決意と共に、ユーリは歪む大地から飛び退いた前衛陣に向けて小型の治療無人機を飛ばしていく。
 治療を受けながら、陽は呼吸を整えた。
 少しだけ狭まった視界の中で、老樹だけを見つめていく。
 死神に操られてしまったのはかわいそうだけど、きっとそれは仕方のないこと。
 ならば、戦うことだけを考える。
 楽しませてくれることだけを求めている!
「……この生命を燃やす薪にしてあげる! 燃え盛るレクイエムを、ご一緒に」
 うやうやしく一礼し、ゆっくりと顔を上げていく。
 虚空に手を伸ばし、瞳を細め……。
「鳴って奏でろ、響いて果てろ! 震えた声で私の夢を歌ってみせろ!」
 虚空を、老樹の周囲を激しく振動させていく。
 揺さぶられ枯れ葉が散りゆく中、一刀は切っ先で老樹を指し示した。
「喝!」
 龍のアギトが如きオーラが虚空を泳ぎ、老樹の幹へと噛み付いていく。
 幹を噛み砕かれながらも老樹は大地に根を伸ばし、土を歪ませた。
 前衛陣を侵食し始めた。
 飛び退くこともできないまま……否。柚子は敢えて飛び退かず、老樹の放つ力を全て引き受けていく。
「っ……」
 体をふらつかせながらも気を保ち、自らを桃色の霧で包み込んだ。
「決めて下さい……私のみが傷ついた、このタイミングで……!」
 治療は担うと、カイロが翼をはためかせた。
 頷き、ユーリは投げ渡す。
 自分が攻撃するよりも、仲間に任せたほうが確かな勝利へと近づくから。
 死神が蘇らせた悲しき存在を、眠らせてあげることができるから!
「さあ、決めて下さい!」
「はいっ!」
 眩いほどの光を抱き、弥生は老樹に向かって跳躍する。
 身を捻ろうとした老樹にりゅうがブレスを浴びせ、動きを大きく制限する中……食い破られた幹の中心めがけ、ジャンプキック!
「っ!」
 老樹の中心を蹴り砕く。
 勢いに流される形で、老樹は湿原に倒れていく。
 大きな音が響くとともに、弥生は後方へと飛び退いた。
 りゅうが足元へと歩み寄っていく中、静かな息を吐きだしていく。
「……役目を終えた老樹を……こんなことに使うなんて許せない。死神たちは命をなんだと思っているのか……」
 静かな怒りは、風に乗せられ釧路湿原の奥の方へと向かっていく。誘われるかのように老樹は顔を失い……あるべき姿へと、回帰した。

●戦いの終わりに
 戦いが終わり訪れた静寂の中、疲労を抱えながらも戦場の修復や各々の治療などといった事後処理に移行したケルベロスたち。
 自分の治療を行いながら、陽彩は釧路湿原へと視線を向けていく。
「なぜこの釧路湿原が選ばれたのか、理由を見つけられたら良いのだけれど……」
「そうだな。特徴のある死神だし、何か見つかれば……」
 ノーグはうなずきながら、作業を進めていく。
 一陣の風が吹き抜けていく間を置いた後、ユーリがぽつりと語り始めた。
「悲しいですよね。もともと存在を歪められて生まれた攻性植物が、死後も死神に利用されて、安らかに眠ることすらできないなんて」
「……」
 弥生は目を細め、周囲と各々の様子を確認する。
 概ね作業は終わっていたから、老樹が消えた場所へと向き直った。
 手を合わせ、望むのは深い眠りと安らかな平穏。
 二度と、老樹が望まぬ目覚めを迎えてしまうことのないように……。
「……」
 世界が風の音が聞こえる静寂に抱かれる中、陽あファミリアのスコティッシュフォールド・琴音を抱き上げ瞳を閉ざした。
 戦いを、心の中で反芻し始めた。
 そんな勝者たるケルベロスたちを、月は優しく見守っている。
 優しい灯りで抱いている。
 勝利を祝うかのように。平穏を守ったことを、労ってくれているかのように……。

作者:飛翔優 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。