青のくちびる

作者:彩取

●牢獄
「――さあ、あなたに働いてもらうわ」
 そう告げる死神の顔は、獣の皮に隠れて見えてはいない。
 ただ、葉を剥き出して歪に笑いながら、死神は言い放った。
「市街地に向かい、暴れてきなさい。セドニー」
「おおせのままニ、テイネコロカムイさま」
 セドニーと名を呼ばれたアンドロイドの娘。彼女はおぼつかない口調で死神の名を呼ぶと、踵を返して歩き始めた。腰まで伸びたなめらかな銀髪に、感情の乗らない黒い瞳。
 その周りを漂うのは、深海魚を思わせる姿の死神二体。
「……おおせの、ままニ。仰せノ、ままに」
 そうして、セドニーは命じられるがままに街へと向かった。
 目をみはる程鮮やかなな青いくちびるから、うわごとのような言葉を零しながら。

●青のくちびる
 釧路湿原の近くで、死神による事件が起きている。
 ジルダ・ゼニス(青彩のヘリオライダー・en0029)はそう前置くと、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスがサルベージされているようだと言った。
「何らかの意図をもって、釧路湿原に運ばれたようですが」
 現在、そうしている理由など、詳細は判明していない。
 しかし、敵が市街地を襲撃するべく放たれるのは確かだ。
 幸い、予知により侵攻経路が判明しており、湿原の入口辺りで迎撃出来る。
「ですので、皆さんにこのアンドロイドの撃破をお願いします」
 今回の標的は、変異強化されたアンドロイド一体と、深海魚型の死神が二体。
 アンドロイドの名はセドニー。目覚めたばかりの彼女は意識が希薄で、真っ当な会話や交渉などが行える状態ではない。何より、一度は死した存在である為、早々に倒して欲しい。
「私からは以上です。まずは、出来る事をひとつずつ」
 ジルダはそう告げて一礼すると、ヘリオンに皆を招き入れた。


参加者
日柳・蒼眞(蒼穹を翔る風・e00793)
星詠・唯覇(星々が奏でる唄・e00828)
我妻・雹(最適化・e17038)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
ルルド・コルホル(良く居る記憶喪失者・e20511)
シャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)
九々麗・吟(艶美・e29370)

■リプレイ

●牢獄の淵
 秋も深まる、釧路湿原の入口付近。
「……さて、後は待つばかりだな」
 守るべき市街地を背に、そう零した日柳・蒼眞(蒼穹を翔る風・e00793)。
 彼が設置したランタンの灯りが夜闇を照らす中、共に前列を務めるルルド・コルホル(良く居る記憶喪失者・e20511)と瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)は周囲を警戒し、その後方で我妻・雹(最適化・e17038)や九々麗・吟(艶美・e29370)といった面々が別段気負う素振りもなく、静かに佇んでいると、
「……――っと、落とすところだった……ん?」
 シャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)は呟いた。
 角の生えた頭にそのまま被せていた、ライト付きのヘルメット。
 それが眠さに船を漕いだ瞬間落ちかけ、彼が咄嗟に手で押さえた時、
「闇泳ぐ光がひとつ、ふたつ……さて、あれがくだんの輩かの?」
 シャルフィンと同時に吟は囁き、一同は二人の視線の先へと目を向けた。
 闇に漂う蒼い光。その中央には、人らしき者の姿が見える。
 やがて、それらが視認出来る距離まで近づいた時、
「……おおせの、ままに。仰せノ、まま、ニ」
 現れたのは、目をみはる程鮮やかな青い唇の女だった。
 一同が知っているのは、これがセドニーという名である事だけ。
 自分達と同様に、この女も死神の思惑など知りもしないのだろう。
(「神はただ命ずるのみ……まさに、操り人形か」)
 しかし、藍染・夜(蒼風聲・e20064)は言葉なく柄に手を添え、前線に立つ星詠・唯覇(星々が奏でる唄・e00828)は女を通して、ここにはいない死神へと思いを馳せた。
「また新たな死神が出たか。……だがそれも……この手で滅するのみ!」
 対し、アンドロイドの女は顔色一つ変えずに、
「テイネコロカムイさまの、おおせのまま、に」
 自らを呼び出した死神の名を、青いくちびるから紡ぎ上げた。

●青のくちびる
 細く白い腕を円錐状に変形させ、ルルド目がけて迫るセドニー。
「俺が盾になる。……その隙に攻撃を入れてくれ!」
 精度は十分だった彼女の一撃だが、盾となった唯覇によってその威力は半減した。
 火花爆ぜる直撃の瞬間、互いの姿を瞳に映して、再び間合いを取る両者。
 対し、一同の初撃を担う夜の標的は、宙を泳ぐ二匹の死神である。
 物語の一節のように怪魚を喩えるならば、蒼き姫を守りし、魚の姿をした双騎士というところ。しかし、夜に言わせれば騎士の在るべき場所は空の下ではなく、
「――深き海の底へ、疾く帰れ」
 月光の届かない、深く暗い水底だ。
 熱なくそう断じ、月を思わせる斬撃を描く夜。
「狙いはそっち、と。ならまずは手数を減らすとするか」
 そこに蒼眞も愛用の斬霊刀を手に続き、敵の間合いへと推し迫った。
 額を覆う真紅のバンダナを靡かせながら、躊躇なく駆ける蒼眞。清浄なる空の霊力を帯びた刃が斬り裂いたのは、仲間が刻んだ傷跡である。ここでうずまきも後れを取らずに前進しようと構えたが、彼女の標的は死神ではなく、中央に構えた女の元。
「ねこさんは治癒をよろしく。ボクは――!」
 セドニーの位置であれば、近接技の射程内。
 それを見落とさず、槍の穂先を下に向けた直後、うずまきは稲妻を帯びた突きをセドニーへと繰り出した。しかし、神経回路をも麻痺させる突きは、うずまきだけでは終わらない。それを示すように、唯覇が同じく槍を構えて踏み込んだが、
「――! 死神……!」
 唯覇同様に、盾となる深海魚。
 しかしその死神の背を、別の穂先が擦り抜けた。
「あ、命中した。五割も結構仕事するもんですね」
 程々の手応えを得て、変わらずに淡々と述べる雹。しかし、雹は間近に見える青い唇の女ではなく、今まさに自分達に牙を剥く怪魚を横目で見やって身を翻し、そんな仲間達を見たシャルフィンも、眠たげな視線を前に向けた。
「………眠い。良い子は寝ている時間なんだぞ」
 正直眠いし、事が終えたら起こして欲しい位。
 それでもサボるのは駄目だと察し、彼はちらりと上を見た。
 頭上に漂うのは、今し方召喚した無数の刀剣。それがシャルフィンの視線移動と共に怪魚へと襲い掛かると、ルルドも間を置かぬように前進した。パルクールを織り交ぜた動きにより、跳ぶように走り、呼吸に合わせて伸びやかに敵との距離を詰めるルルド。
 瞬間、指による突きで怪魚の気脈を断つと、ルルドはこう告げた。
「一度死んだ存在を生き返らせて戦わせるたぁ、趣味の悪いヤツだな」
 相手がアンドロイドとはいえ、自然と生じる憤り。そこでルルドのオルトロス、グラックが口に咥えた神器の剣で敵を裂くと、吟は爆破スイッチに掛けた指に力を込めた。押し込みと同時に前方を彩る鮮やかな爆発。だが、吟が眺めていたのは、その先にいる女だった。
「まこと、目を見張るほどの青じゃのう……しかし」
 風が鎮まる中、吟はセドニーにこう告げた。
 やはり唇には、赤い紅を引いてこそ映えるものだと。
 だが、青い唇の女は虚ろなまま。その姿に吟は赤い唇から軽く、息を零した。

●心模様
 死した生命体をサルベージして、手駒とする死神。
 否応にも死を自覚させる相手と対峙する中、うずまきは考えていた。
 自分にとって何が価値あるもので、何を無価値と論ずるのか。攻防の最中も止めどなく思いは廻り、その中で改めて自覚したのは、誰かの命が失われるという恐怖である。
「……っ! 思うように攻撃なんてさせないよ!」
 その思いを体現するかの如く、盾となり戦ううずまき。
 彼女が蒼眞に代わってセドニーの光線を受けた時、残り一匹となった死神を見て、雹は爆破スイッチを軽く押した。別段構える訳でもなく、淡々とスイッチを押し込む雹。
 まじまじと見れば、彼の表情が何処か楽しげだと、感じた者もいたかもしれない。
 だが乱戦の中、火薬と薬品の香りを纏う男の様子に気が付く者は誰もおらず、
「ただでさえ、何か壊したってヒールですぐに元通りなクソつまんない世界なのに」
 やがて、不可視の地雷が一斉に火を噴く中で、
「――死んだ奴まで生き返らせないでくださいよ」
 雹は抑揚なくそう告げ、そこに駆ける直前、ルルドも言った。
「ちゃっちゃと終わらせて、解放してやらないとな」
 無論、それは死神への言葉ではなく、ルルドは十分に距離を縮めた瞬間、獣化した腕を素早く振り切って死神へと打ち込んだ。そうしてセドニーを残し、先に消滅した二匹の死神。
 その時、セドニーの動きを注視していた夜と唯覇は、彼女の技を口頭で皆に伝えた。全て単体攻撃だがジャマーの特性も相俟って、火力耐久両面において、侮れない相手と言える。
 直後、技量の全てを刃に込め斬り込んだ蒼眞。風の団の紋章を入れたジャケットを敵に見せない形で再び間合いを広げると、蒼眞は兼ねてよりの思いを口にした。
「……死神達とは、死生観に随分と隔たりがありそうだな」
 サルベージという能力を持ち、人々を襲う死神達。
 以前対峙した死神もそうだったが、死神にとって死者は単なる駒も同然。
 生前抱いていた想い等は、尊重するに値しないものなのかもしれないと、蒼眞は漠然と考えていた。そんな蒼眞に向け、ナイフを横に滑らせるセドニー。それを見た唯覇は以降の攻撃の矛先を己に向けるべく、絶望に屈しない魂を歌いあげた。
 唯覇の心には、死神への強い想いがある。
 片翼と、故郷を壊された日から続く因縁に基づいた感情。
 まるで心に深く根をはるかの如く、彼の身の内には憎悪の炎が燻っていた。
(「……奴らの手掛かりを得られるのであれば……どんな敵でも滅さなければ」)
 それは護りたい者と出会えた今でも、争いを好まぬ天使の血を引いていようと、どれ程の時が過ぎようとも、家族を失った哀しみが拭えないように、簡単には割り切れない。
 そうして思いを抱き前線で戦う仲間の為に、うずまきのウイングキャットであるねこさんは清浄の翼を大きく広げ、続き治癒を重ねるように、吟は朗々と詠を詠んだ。
「滾々と、御霊に添いて咲く花よ、今ひとときは、夢の如くと――」
 赤い扇子をひらり、はらりと返し詠う吟。
 その声に応じて、穏やかに揺らぎ移ろう吟の練気。
 やがて深夜の戦場に現れたのは、美しい狐の御霊だった。足跡を残さず宙を跳ね、咲き乱れる刻限を永らえよ――そんな袖振る詠み手の思いに呼応して、癒合の歌に導かれ、仲間の傷を癒す御霊。シャルフィンが妖精の弓を構えたのは、その光が溢れる最中だった。
 狙撃を担うシャルフィンが放った、敵を追尾する一条の矢。加護を宿したそれは標的を逃がさず、会心の一撃となり直撃した。対し、叫び声一つあげないセドニー。その時、シャルフィンは先程から感じていた、悪くはない違和感の理由に気が付いた。
(「……会話を必要としない分、いささか気が楽なのか」)
 思い浮かぶのは、弁舌必須のビルシャナ戦での記憶。
 そこでふと、説得に成功した覚えがないと気が付いて、
「……む、もしかして俺は」
 会話がへたくそなのやも――と、シャルフィンが表情筋に反映されていないショックをひしと感じている間、再び月の斬撃を描いた夜は、セドニーへと呼び掛けた。
「セドニー。今宵の月、君の目には如何見えている?」
 言葉が響かぬ事など、向き合う前から承知している。
 それでも夜は、月の表情を女に問うた。
 月は君の為、泣いているのか、笑んでいるのか。
 そう紡ぐ男の声にセドニーは呆れも驚きもせず、刃を持つ手に力を込めた。しかし、心なき女の仕草を見ても彼の顔色は少しも曇らず、続く攻防だけが粛々と音を響かせていく。

 余裕を失っていったのは、独り残されたセドニーだった。
 当然、意識が希薄なアンドロイドが、焦燥感に顔を歪ませる事はない。しかし敵の劣勢は明白。一同はそれを感じながらも、手足を止めずに戦い続けた。
「回復は……悪ぃが、任せる」
「何の。お主は妾の分まで、得物を揮うてやればよい」
 吟に治癒を託して、尚も前進するルルド。一方、うずまきは敵の注意を引きつけた唯覇の様子を踏まえながら、裂帛の叫びを高らかに響かせ、身に纏う呪縛を祓い落とした。
「――大丈夫、この調子」
 たとえ、自らを犠牲にしてでも。
 そう思いを秘め、前線に立つうずまき。
 対し、雹は何とは無しに息を吐き、槍を構えて前進した。
「ま、俺も明日大学あるし、そろそろ潮時だと思いますよ」
 程々の言葉だけを口にして、淡々と事の流れを見据える雹。漠然と感じたのは、機動を落とされた標的が、初撃より幾分か狙い易いという実感だろうか。そこに、シャルフィンも気を抜けば閉じかける目蓋を開いて、再び頭上に剣を招き、剣群を撃ち放った。
 そんなシャルフィンの視界に映り込んだのは、隣にいた夜の背中。
 煌めく流星を彷彿とさせる剣を見舞う最中、彼はふと思う。
 誰かと語り触れ合いながらも、熱を帯びず、何かが欠落した感覚。それを、彼女も知っているのだろうかと。しかし、如何に重ね見ようとも、剣筋は決して緩まず、
「お休みセドニー。今度こそ、安らかに眠れ」
 剣の軌跡で拓くのは、安寧が待つ死地への道。
 だが、滑空する鷹の如き斬撃を浴びても、セドニーは戦場に踏みとどまった。
 唯覇の身体をナイフで斬り裂き、飛散した返り血を浴びて再び構えるアンドロイド。共に戦う仲間も、傷を癒してくれる友もいない。その姿は、ケルベロス達との違いを何よりも象徴する光景であり、唯覇はそこに死神への憤りを抱きながら音を奏でた。
「――美しく舞う桜の様を」
 桜を綴る、演歌の音色。
 廻る旋律は旋風を起こし、風は竜巻へと姿を変えた。
 戦場に注がれる月明かりを浴びて、青白くも見える淡い色の花弁を巻き込みながらセドニーへと襲い掛かり、細い四肢を吹き飛ばす唯覇の一撃。しかし、荒々しい風が鎮まり消えゆく頃には、既に次の一手がセドニーに迫っていた。
「ランディの意志と力を、今ここに!」
 響いたのは、蒼眞の強き一声。
 彼の身に宿されたのは、冒険者ランディ・ブラックロッドの意思と力だ。
 それはあくまで、理不尽な終焉を破壊するという男の、力の一端を借りたに過ぎない。しかし、宿された力はこの瞬間、蒼眞に強き力を与え、
「……全てを斬れ……雷光烈斬牙……!」
 迷いを知らない一閃が、セドニーを斬り裂いた。
 そこで遂に力尽きたのか。一撃の前に動きを停止し、崩れ落ちるように仰向けに倒れたセドニー。やがて死神の力でこの世に呼び戻された女の姿は、溶けるように消え始めた。

●赤いくちびる
 随分と傷を負ったが、蒼眞はセドニーに怒りを感じてはいなかった。
 死の安寧すら奪われ、自意識もなく死神の駒とされた、死者。
 故にこの瞬間、蒼眞が抱くものがあるとすれば憐憫であり、夜も眼前で消えゆく女へそっと手を伸ばし、空へと昇るように漂う光を眺めながら、粒子を掴むように拳を握った。
 目蓋を閉じて捧げられた黙祷。
「セドニー。君は――」
 すると、小さな声で彼は言った。
 誰にも聞こえない、けれど確かに零された問い。
 答えを得られぬと知りながら、意志をもって紡いだ男の掌の中、掴んだ筈の淡い光は溶け消えた。熱を帯びない蒼白い光。ただ、光は無闇に冷たくもなかった。
  
(「……良かった」)
 全員無事の勝利に、安堵の息を零したうずまき。
「お疲れさん、ゆっくり休めよ」
 少女の視界に見えるのは、戦いを終えてセドニーの成仏を願うルルドや、再び眠気と戦い始めたシャルフィン達、仲間の姿。その間に、雹は撮った写真をSNSにアップしていた。最近では企業がSNSを見る事もあり、こまめな就活のネタは欠かせないとか。
「……用も済んだ事ですし、そろそろ帰りましょうか」
 やがて雹が歩き出すと、唯覇は湿原を見つめ、手に力を込めた。
「死神はまだまだ未知なる存在……今後の活動を、より着目してゆかねば」
 決意を囁き、戦場を去る唯覇。すると、夜も普段の調子で言った。
「お疲れ様、温かい物でも飲みながら帰りたいね」
「だいぶ涼しくなったからな、だからこそ……余計に眠い」
 そう言い、頷きなのか眠気に身を委ねつつあるのか、首をこくりと沈めるシャルフィン。
 一人、また一人と皆がヘリオンへと帰還する中、最後に残った吟は板紅を取り出した。
「死化粧もさせずに、黄泉路へと帰ったか」
 紅差し指に迎えたものの、行き場を失った艶のある赤い紅。
 それでも、秋の夜空に溶けた青い唇を思い浮かべて、吟は指の腹を滑らせた。

作者:彩取 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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