漁師町にマグロガール!

作者:狐路ユッカ


 ここは北国のとある漁師町。浜辺にほど近い神社のお祭では、秋鮭漁の豊漁を祈って小さなお祭を開催するのだ。香ばしく網で焼いた海の幸を出す屋台が並び、地元の人が浴衣や甚平で行き交う。小さな御神輿を担ぐのは、青年団だ。終盤には、浜で何発か小さな花火も上がる。そんなこぢんまりとしたのどかな祭に、やはり奴は現れた。
「鮭~!? 時代はマグロっしょ~!」
 鮪の被り物に、浴衣を纏ったタールの翼の少女は鮭が描かれたのぼりをぐるりと見回してはぁっとため息をつく。
「わからせてあげる……!」
 彼女はずらりとゾディアックソードを抜くと、人ごみに向かって駆け出すのだった。


 秦・祈里(ウェアライダーのヘリオライダー・en0082)はうーんとひとつ唸った。
「僕、鮭は結構好きなんだけど……」
 そして、ホワイトボードに鮪の被り物をした少女の絵を描く。
「また出たんだ! マグロガール! レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)さんに頼まれて調査してみたら、漁師町の神社で行われるお祭に、来るみたいなんだよ」
 マグロガールは、エインヘリアルに従う妖精8種族の一つシャイターンの部隊らしく、人がたくさん集まるお祭会場で効率良くグラビティ・チェインを奪ってやろうという作戦をとっている可能性が高い。お祭会場に先回りして、彼女の目論見を潰さなければ。
「マグロガールは、ゾディアックソードのグラビティと手のひらから炎を出して攻撃してくるみたい。気を付けてね。それから……お祭の場所は道路を挟んで浜をのぞめるところにある小さな神社だね。お祭のお客さんを避難させるとマグロガールの出現場所が変わっちゃうから、事前避難は出来ないよ」
 けれど、マグロガールはケルベロスを見ればすぐに邪魔者だと判断しこちらを優先的に排除しようと動くはずだ。上手く誘いながら開けた場所へ誘い込めば、周囲への被害を抑えることも可能だろう。そこまで説明して祈里は顔を上げる。
「ここの町はね、海産物がとっても美味しいんだよ。鮭、ほたて、イカ……屋台でも色々売ってるし、マグロガールを倒した後楽しむのもいいんじゃないかな? あ、小さな花火も上がるから浜で眺めるのも良いね」
 もちろん、お祭を守り抜けたらの話だけど、みんななら大丈夫って信じてるよ。そう言って祈里は期待の視線でケルベロス達を見つめるのだった。


参加者
鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)
皇・ラセン(地を抱く太陽の腕・e13390)
レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)
メリッサ・ルゥ(メルティウィッチ・e16691)
千里・雉華(絶望齎す狂犬・e21087)
西城・静馬(極微界の統率者・e31364)

■リプレイ


「鮪だ鮭だと懐が随分小さいこと。美味なるものは! どれも等しく素晴らしいのです!」
 事件の概要を思い出しながら、アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)は高らかに宣言する。周囲から漂う屋台の香りが、鼻を擽った。
「祭を台無しにする無粋なやつはとっちめてやんなきゃな」
 ああ、と頷き、アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)もちらと視線を屋台に遣る。
(「鮪と鮭どちらも美味しいのに何故争うのか……」)
 西城・静馬(極微界の統率者・e31364)はぼんやりと思い、そして軽く首を横に振る。今回はそういう事件じゃなかった。
「普通に祭りを楽しませろって全く……」
 レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)が深いため息をつくのに同調するように皇・ラセン(地を抱く太陽の腕・e13390)も呟く。
「優劣とかどうでもいいよ」
 ね、と言った彼女。本当は叫びたかった。……どっちも美味しいじゃん!! ビールに合うじゃん! つうかお腹減った! 海の幸食わせろぉー! ……けれど、マグロガールを倒すまではお預けだ。メリッサ・ルゥ(メルティウィッチ・e16691)と千里・雉華(絶望齎す狂犬・e21087)が浜辺から戻ってきた。
「色々見て回りましたが、このあたりで戦闘が出来る十分な広さがあるのはそこの浜だけみたいです」
 ケルベロス達は頷き合う。向かう場所は決まった。その時、祭会場がざわつき始める。
「奴さんもまあ盛り上がってるところに水を指すの大好きでスね」
 雉華は祭会場を振り返り、そこにマグロガールが出たことを確信した。
「どっちにせよ、民間には手ェ出させまセんけれど」
 マグロガールに駆け寄るケルベロス達。
「鮭よりマグロっ! はっきりしてるっしょ~!」
 叫ぶマグロガールへ冷たい侮蔑の視線を送ったのは静馬。
「……臭いと思ったら、ヤニ塗れの汚い鮪ですか。食欲が失せるので消えなさい」
「なっ!?」
 彼女の翼を見て言ったのは明白だ。マグロガールはむっと口を尖らせる。
「何でマグロヘッズ被ってんでスか? クッソダサいのと生臭いのと腐ってそうなのとの三連コンボ入ってまスよ。ビルシャナの経典か面構えより見た目面白い事になってまスけど」
 雉華が無表情のまま思いっきりディスる。
「ぐぎぎぎ!」
 マグロガールが歯ぎしりしながらにじり寄ってきた。狙い通りだ。
「マグロってこう、造形がダサいよねぇ! 鮭のほうがスマートで力強さを感じるのに、マグロときたらアホ面でずんぐりむっくりしてて全然ビジュアルがよくない!」
 声高に鮪ディスを始めるラセン。
「なんだとおぉぉ!」
 ずかずかずか。大股でマグロガールがこちらに引き寄せられる。ムキになっているマグロガールを、可哀想なものを見る目で見つめ残念そうにアクレッサスは呟いた。
「鮭は脂が乗った美味いものが安価で手に入るけど、鮪はなぁ……高いからなぁ……なんていうか残念な気分になるよな」
「ほ、本マグロは高級魚ですしぃい!」
「マグロが一番? 確かに人気あるけど、所詮は2位止まりなんだよ。鮭に勝てる訳無いんだよ」
 ずいっとマグロガールの眼前に歩み出たのは鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)だ。肩に冷凍鮭を乗せてはぁぁっと大げさにため息をついて見せる。
「はぁ!?」
「料理のレパートリーだって鮭の方が豊富だし、すべてにおいて鮭の下・位・互・換だよね!」
 ラセンのディスは止まらない。うんうん、と命が頷く。マグロガールはわなわな震えている。
「ま、マグロのほうがかっこいいし!」
「馬~~鹿、被りもんのマグロより鮭の方が良いに決まっているだろうが。捨てるとこ無しの鮭とマグロを一緒にするな」
 レグルスがわざと顔を近づけてゆっくりと罵倒する。
「うぎぃいいい!」
「それにほら、鳴神を見てみろ鮭を鈍器にするという徹底ぶり」
 命の肩の上で冷凍鮭が輝いている。ずっしり。
「お前の頭をかち割ってやるってさ!」
「かち割ってやる……えっ!?」
 うんうんと仲間の言葉に同調していた命はレグルスを振り返る。
「鳴神が」
「っんだとコラアアァ!」
 煽りに煽られまくってたまらずマグロガールは地を蹴った。しめた、とケルベロス達は浜に向かって走り出す。


「マグロよりサーモンの方がダンゼン美味しいですのー!」
 メリッサの追撃ディスがマグロガールのプライドを傷つける。
「待てえぇぇっ!」
 マグロガールはケルベロス達を追い、浜へと誘い込まれた。瞬間。先を走っていたはずのアイヴォリーがくるりと踵を返す。目にもとまらぬ速さで舞い上がると、マグロガールの脳天目がけてスターゲイザーを炸裂させた。
「ぁぐっ!?」
「お刺身がいいですか? それともカマ焼き?」
 アイヴォリーの瞳がぎらりと光る。
「な……んですって」
 気付けば、すっかりケルベロスに囲まれている。マグロガールは己が誘い込まれたことにようやく気付いた。
「お好きなように料理して差し上げますよ、さあ!」
 アイヴォリーの声と同時に、メリッサが飛び掛かった。流星の煌めきを宿した蹴りが、先刻アイヴォリーに蹴られた場所と同じ場所に直撃する。
「っが、……このっ……!」
 ふらり、と体勢を崩しそうになるも、すぐにマグロガールは手にしたゾディアックソードを振り上げた。そのまま、勢いよくメリッサ目掛けて振り下ろす。
「させないよ……!」
「ッ!?」
 滑り込むようにしてその一撃を受け止めたのはラセンだ。彼女の腕にくいこむゾディアックソード。痛々しく流れる血に、ラセンはなぜかにやりと笑う。
「気が利くね、ありがたくもらうよ……」
 何のことか、と目を丸くするマグロガールに、次の瞬間ラセンの掌底が激しく当たる。
「そうらお返しだ! 泣いて喜びな!」
 どんっ、と大きな音をたて、マグロガールの身体は後方へ倒れる。軽く咳き込んで跳ね起きると、マグロガールはスッとゾディアックソードを構えた。剣に宿したうお座のオーラが、前衛のケルベロス達を襲う。メリッサを庇ったラセンががくりと膝をついた。
「見た目と同じくフザけた威力だ」
 静馬は、雉華の代わりにその両腕で凍てつくオーラを受け、吐き捨てるように呟く。
「な、んだとぉお!」
 いきり立つマグロガールに、雉華が鉄の鬼と化したオウガメタルで迫り、砕きにかかる。ぼろり、と浴衣の裾が破けた。そのまま静馬に斬りかかろうとするマグロガール目がけ、命は冷凍鮭を振り上げた。
「えぇい!」
 バシィ、と音を立てて冷凍鮭が命中し、マグロガールの腕が一部凍結する。
「ぎゃっ、な、なにこれぇえ!」
 マグロガールが狼狽えている隙に、アクレッサスは前衛へと雷の壁を展開した。
「はこ、頼むぞ」
 ボクスドラゴンは、アクレッサスの言葉に頷いてアイヴォリーへ属性をインストールする。肩で息をしながら、マグロガールは地に守護星座を描く。溢れる光に力が戻るのを感じ、再度剣を構え直した。そこへ、
「ええい!」
 メリッサのハウリングフィストがねじ込まれたのだ。声も出ないほどの衝撃にマグロガールは身悶える。
「今です!」
「おうっ!」
 スッとレグルスが手を翳す。
「憤怒の叫びを轟かせ、この大地を駆け抜ける煉獄の使いよ。立ちはだかる者、その痕跡すらも焼き尽くせ!」
 ごぅ、と彼の手のひらからドラゴンの幻影が生まれ出て、マグロガール目がけてまっすぐに飛ぶ。
「い、いぎぁぁぁああ!」
 すっかりマグロの被り物は黒焦げだ。それでも、マグロガールはしっかりと両足で立ち、此方を見ていた。
「オウガ粒子解放」
 静馬はその真白な機械の腕を晒し己を含めた前衛のケルベロス達にメタリックバーストを施す。


「ま、マグロが一番すごいんだから!」
「四の五の言わずに早く海へ帰りなさいな――わたくし、そろそろお腹が空きました」
 尚も主張を続けるマグロガール目がけて、アイヴォリーは静かに告げる。
「忘却は蜜の味、どうぞ心ゆくまで」
 ――蜜繞。黄金の生地が幾重にもなってマグロガールに襲い掛かる。その間にアクレッサスはライトニングロッド改-葉不見-を掲げ、命へ電気ショックを飛ばした。
「さぁ、その冷凍鮭で思う存分ぶん殴ってくれ!」
「はいっ!」
 命は彼の粋な計らいに頷く。
「くぅ、っそぉおお!」
 生地の中から叫びが聞こえた。生地が崩れると同時に、灼熱の炎をその手のひらから放つマグロガール。
「!!」
 アイヴォリーの前に両腕を広げ、立ちはだかったのは静馬だ。
「無事か」
 静馬の問いに頷き、アイヴォリーは心配そうに彼を見つめる。
「まだまだいけるはずでしょ!? 奮い立て!」
 ラセンが叫びと共に気力溜めを静馬へと放つ。
「お前好みの乱声だ。遍く照せ、アマテラス」
 頷いて静馬は低く呟き拳を天へと高く突き出す。右手に集約したナノマシンが、一斉にマグロガールに襲い掛かった。立ち上がろうとしたマグロガール目がけ、雉華が鮮やかな弧を描く一太刀を浴びせる。切り裂かれた左腕を放って、マグロガールはゾディアックソードを翳した。飛来するうお座のオーラを受けながらも、レグルスが叫ぶ。
「蒼穹よりも蒼き存在、北海に住む竜王よ、汝の氷冠を授けよ。極寒の息吹、氷雪の嵐となりて吹き荒れよ!」
 冷凍マグロにでもなってろ、そう叫ぶと、マグロガールの周囲の水分が瞬時に凍てつく。
「はぁっ……は……」
 息を荒げるマグロガール。そこへ、命の叫びが響いた。
「とりゃーーー!」
 くるくる回転しながらぶっ飛んでいくのは冷凍鮭だ。どかっ、と音を立ててマグロガールの顔面にめりこむ冷凍鮭。なんだかほんのり磯のかほりがする一撃で、マグロガールはその場に沈むのであった。


 アクレッサスは負傷者にヒールを施すと、あたりを見回す。もともと何もない浜辺だ。被害も出ずに済んだようで、ほっと胸を撫で下ろした。
「よし……片付いたな。あとはゆっくり、祭に参加しようか?」
 頷き合うケルベロス達。
「はこもよく頑張った」
 傍らのボクスドラゴンの頭を撫でる。鮭とか色々食べて回ろうな、と笑いかけると、嬉しそうにその頭をアクレッサスの手にすりよせてきた。
「全く、面倒な奴だったな……」
 本当は魚に順番などない。命はそう思いながら、神社を振り返る。近くの民宿でも借りて、浴衣に着替えて屋台へ繰り出そうなんて考えながら。
「皆さん、デウスエクスはいなくなりました。お祭を再開しましょう!」
 アイヴォリーが物陰に隠れていた人々へと呼びかけ、祭は再スタートを切る。活気が戻る祭会場。屋台から香ばしい香りと煙があがる。目を輝かせながら、アイヴォリーはイカ串、ツブ焼き、ホタテ串と次々制覇していく。
「やはり素材が新鮮だと違いますねえ、食で地域おこし……んん、なるほど」
 何かに気付いたような顔で一つ頷く彼女の横で、焼きホタテにかぶりつくラセン。
「あぁ~美味しい! ホタテの旨み……醤油の香り……はぁ~~~ビーr……オホン、ご飯が欲しいね!」
 明らかに今黄金色の何かの名前を言いかけた。が、お茶を濁す。アイヴォリーは、浜辺に並ぶ家々、賑わいを見せる小さな祭を楽しげに見て歩き、そして神社の本殿へと視線を戻し、笑む。この景色が、廃れずにずっと続きますように。見えねども坐す神さまへ、深々と礼をひとつ。
 そろそろ、花火が上がる時間だ。
「海の幸うめー」
 浜辺に座ってレグルスは花火が上がるのを待つ。傍らでは、メリッサがイカ焼きをもぐもぐしている。浜辺の端に、二人きり。一つ目の花火が上がった。
「お、始まったか」
「美味しくて綺麗で、サイコーですね!」
 メリッサはご機嫌で小さな花火を見つめる。
「結構いろんな物買ったな。あ、これ美味そうだ」
「一口ずつ食べ物交換しましょっ」
「俺のこれも美味いぞ」
 鮭のちゃんちゃん焼き、ホタテの蒸し焼き、あれこれ二人で分け合う。一人では食べきれない量も、これなら美味しく平らげることが出来そうだ。夜が深まり、気温が下がり始めたことに気付き、レグルスは何も言わずに自分のマントを脱いでメリッサにかけてやった。闇にまぎれて見えづらいが、メリッサはほんのりとはにかみながら
「有り難うございます」
 と微笑むのだった。
 一方、人目に付かぬ浜辺の隅の方で喧騒から逃れ、静馬はどこからか買ってきた鮪の刺身を肴に花火を見上げていた。
「暴言は撤回します。私は鮪も好きですよ」
 ぽんっ、と控えめな花火が海の上に上がる。
「送り火にしては派手ですが……貴女にはお似合いでしょう」
(「うん……まぁ、綺麗なもんでスね」)
 雉華は静かに、ただ祭囃子の終わった浜辺に響く花火を楽しんでいた。
「ん、うまいな」
 アクレッサスははこと共に鮭のちゃんちゃん焼きをつつきながら海を見つめる。また、この美味しい鮭がたくさんとれますように。人々の願いを込めて、秋空にひとつふたつ、また花火が咲く。ケルベロスにより守られた、平穏と共に。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。