狙われた中の人之巻

■リプレイ

●殺陣の極意
　案内された倉庫のような場所へ向かうと、少しばかり埃臭い空気がケルベロス達の鼻腔を刺激した。
「お話は、窺っております。どうぞ、こちらへ……」
　そう言って、スーツアクターの貴石・誠司が通した先には、様々なヒーローや怪人のスーツ、それにマットやプロテクターのような道具が置かれていた。
「忍者と言うのも、何を考えてるのか読めないよね……」
　ふと、レイ・ブリストル（金色の夢・e02619）が天井を見上げてみると、何やらロープのような物が下がっている。恐らく、これに捕まってターザンのように移動したり、宙吊りにされたまま演技をしたりするための練習を行うのだろう。
「貴石さん！　私に是非、スーツアクターの動きの極意を教えてください！」
　両目を輝かせ、戦闘員・二号（秘密結社オリュンポスの戦闘員・e27294）は早くも技術を習得したくて堪らない様子だ。ここで優れた技術を身につければ、もしかすると時給780円の下っ端戦闘員から、時給1000円の上級戦闘員になれるかもしれないと。
「まあ、そう慌てないで下さい。単純な身体能力であれば、皆さんの方が上でしょうから。ですが……」
　そこまで言って、誠司は徐に言葉を切る。スーツアクターは確かに高い身体能力を要求されるが、それ以上に大切なのは、共に演技する者や、何よりも自分自身を傷つけることのない殺陣の動き。
　まずは手本を見せてみよう。そう言って、誠司は近くにあったトランポリンを使い跳躍すると、空中で身体を捻りながら、切り揉み回転してダミー人形に蹴りを入れた。
「うわぁ……軽い運動ならいいんですけど、スタントは……。たぶん僕には向いてないんじゃないかな……」
　曲芸師顔負けの動きに圧倒されるレテ・ナイアド（善悪の彼岸・e26787）。向いていないのは自覚していたが、しかしこれは予想以上だ。
　もっとも、そうは言っても楽しそうなのは事実であり、やはりどこか未練が残る。共に練習だけでもしてみないかと、ウイングキャットのせんせいに持ちかけてみるが、こちらは乗り気でないのか軽くそっぽを向かれ、あしらわれてしまった。
「ふむ……確かに、素晴らしくキレのある動きでございますね。しかし……」
　ダミー人形ともつれ合うようにしてマットに沈んだ誠司の動きを、秋草・零斗（螺旋執事・e00439）が厳しい視線で見つめていた。
「今の一撃、本気で蹴り入れていないな。否、蹴り入れる前に体勢を崩し、敢えて両脚が身体の中心を直撃しないよう調節したのではないか？」
　ジョルディ・クレイグ（黒影の重騎士・e00466）もまた、誠司がキックを決める直前に、敢えて体勢を崩していたのに気が付いていた。
「いやぁ……さすがは歴戦の勇士！　ケルベロスの皆さんには、やはり解ってしまいましたか」
　照れ隠しのように頭を掻きながら、誠司がマットの上で身体を起こしながら言った。だが、彼とて一流のスーツアクター。先程の不自然な動きは、決して技に失敗したわけではなく。
「実はですね……あのような必殺キックを本気で当てた場合、大変なことになってしまうんですよ。もし、あのまま本気で跳び蹴りを食らわせていたら、相手の肋骨を粉砕してしまいますからね」
　そればかりか、キックを放った当人もまた、着地に失敗して腰を地面に強打してしまう。下手をすれば相手は重傷、自分は半身不随で役者生命も終わりだろう。そんな危険な技を、戦闘能力に長けたケルベロスが、本気で繰り出せばどうなるか。
「なるほど……。ヒーローのパンチやキックって、やっぱり良い子は真似しちゃいけなかったんですね」
　ガンバルノ・ソイヤソイヤ（リペイント・e18566）が、どこか納得したような表情で頷いていた。同じく、舞台での仕事の経験がある呉羽・律（凱歌継承者・e00780）もまた、何かを悟ったようだった。
「大切なのは受け身だけでなく、相手の安全まで考慮した演技ということか。格闘技の経験でもあれば、当て身の技術が利用できたのかもしれないが……」
　なかなかどうして、これは難しい仕事である。同じ役者であっても、こうも特殊な技術が必要な役者など、そうそういないのではあるまいか。
「格好良く振る舞い、又は派手にやられることで皆を勇気づける仕事……すごいわ！　怪我をせず、怪我をさせないこと、とても大事ね！」
　それでも、今は少しでも技術を習得することに専念せねばと、夜識・華穏（ブレイブハート・e20234）は改めて誠司に指導を依頼した。
「まあ、そう緊張されなくても大丈夫ですよ。最近は、ここまでの殺陣ができる人も減りましてね。ヒーローも、剣や銃を使って戦うキャラクターが増えましたし、テレビの撮影に至っては、コマ割りやＣＧを使って危険な演技をしなくとも済むようにしているみたいですから」
　その顔に微かな影を抱きつつ、誠司はケルベロス達に説明する。彼としては、昔堅気の職人のような同僚が減っていることが、少しばかり寂しかったのかもしれない。
　もっとも、ここでいつまでも感傷に浸っている時間はないだろう。剣や銃を使うキャラクターが多いというのは、ある意味では今のケルベロス達にとって幸いだ。
「どうやら、予め時代劇の殺陣について、学んで来たことが役に立ちそうでございますね」
「剣劇であれば、俺も少しは心得がある。他にも、ワイヤーを使って船から落ちるシーンの経験なども使えそうだ」
　それぞれ自分の得意な分野を生かせそうなことに、零斗と律が希望を抱いたようだった。
　光明は見えた。後は、可能な限りの技術を学び、敵を誘い出して叩くのみ。螺旋忍軍の計画を叩き潰すための、短くも長い３日間が幕を開けた。

●受け身の指導？
　練習場に使われている倉庫に客人が現れたのは、それから３日後のことだった。
「すみません。こちらで、お仕事をさせていただきたいと思いまして……」
　妙に腰の低い態度の男と、見上げる程の巨体を誇る男の二人組。間違いない。この連中こそ、誠司を狙って訪れた螺旋忍軍だろう。
「そうですね……。もう一人の方と比べると、あなたは少々不安があります。いえ、大丈夫ですよ。私がみっちりとお教えしますので」
　怪我の治療という名目で誠司を下がらせ、代わりに零斗が答えた。
「それじゃ、君はまず体力を測るね」
　続けて、見習いに扮したガンバルノが小柄な方の男の手を引き、倉庫の奥にある別室へと連れて行く。その間に他の者達が着ぐるみを用意し、巨漢を外へと連れ出した。
「君の体格に合う着ぐるみが有るのだが……次の野外ショーのセットと合わせてみたいので、一緒に来てくれ」
　そう言って、ジョルディが巨漢に着せたのは、長い尻尾と大きな爪を持った怪獣の着ぐるみ。数ある着ぐるみの中でも、ヒーローや怪人以上に動きが取り難く演技も難しい代物だ。
「丁度良い代役だな。攻撃が当っても効いてない、という様に演技してみてくれ」
　適当に話を合わせつつ、確実に巨漢を誘導して行く。相手は気付いていないのだろうが、この時点で、既にケルベロス達の術中に嵌っていた。
「いいですか、戦闘員とは、敵の攻撃を受け、いかに派手に吹き飛ばされるかが大事です！　さあ、これから私たちが攻撃しますので、派手に吹き飛んでみて下さいね！」
「えっ！？　い、いや……その、技術指導ってやつはねぇんで？」
　二号の言葉に一瞬だけ狼狽える巨漢だったが、もう遅い。気が付くと、辺りには武器や防具を身に纏ったケルベロス達が、本気モードで構えていたから堪らない。
「……では、開始！」
　開口一番、鎧を纏ったジョルディが、巨大な斧を掲げて巨漢に迫る。どう考えても、殺る気満々。しかし、未だ演技指導だとばかり思っている巨漢には、反応しているだけの余裕がない。
「我が嘴を以て貴様を破断する！」
「……うがぁっ！？　き、貴様、何をするかぁぁぁっ！！」
　左右から迫る斧の一撃が深々と両肩に食い込んだことで、巨漢もようやく騙されたことに気が付いたようだ。が、今さら気付いたところで、どうにもならない。周囲は完全に包囲され、おまけに着ぐるみが邪魔で凄まじく動き難いのだ。
「さぁ、戦劇を始めようか！」
　高らかな宣誓と共に、燃え盛る律の蹴りが、紅の三日月を描いて敵を襲う。脇腹に直撃した紅蓮の炎が、そのまま着ぐるみごと敵を燃やして行く。
「ぐほぉっ！？　ちょ、ちょっと待……」
「駄目だよ。練習は本番のようにっていうくらいだから、待ったもなしだね」
　律の与えた傷口を広げるようにして、レイが指輪より具現化した光の刃を突き立てて行く。どんな時でも、優雅に、華麗に。しかし、やっていることは、なかなかどうしてえげつない。
「ぐががががっ！　あ、あばらがぁぁぁっ！？」
　同じ場所を何度も攻撃されて、早くも巨漢が悶絶していた。もっとも、その程度で攻撃の手を休めてやるつもりはなく、今度は高々と跳躍した華穏の脚が、真横から敵の頭を蹴り飛ばした。
「罪なき人を狙う外道、この私が許さないわ！」
「ほげぇっ！？」
　衝撃に巨漢が着ぐるみのまま吹っ飛び、何かの折れるような音がした。おまけに、今の一撃で怪獣の頭部が反対向きに引っくり返ってしまい、敵の視界を完全に塞いでしまっていた。
「うにゃぁぁぁっ！」
　ウイングキャットのせんせいが、ここぞとばかりに敵の背中を引っ掻いて行く。着ぐるみが、瞬く間に鰹節のように削れて行き、その中にある巨漢の身体さえも削って行く。
「逃しませんよ、絶対に……。悔い改めよ。謝肉祭を終えたのならば」
　続けて、レテが緊縛の文言を述べたところで、敵の身体を見えない力が束縛して行く。辛うじて、着ぐるみの頭部を外して投げ捨てた巨漢だったが、そこに迫り来るは二号の拳！
「……ぐはっ！！」
　暗黒闘気を纏った拳が、研ぎ澄まされた一撃となって、巨漢の腹に正面から食い込む。着ぐるみを突き破った箇所から絶対零度の冷気が漏れて、巨漢を内部から凍らせて行く。
「私の拳の一撃、いかがでしたか？　このように、戦闘員たるもの、攻撃は無手のみ許されるのです！　また、個性的な必殺技を持つことも許されません！」
「ふ、ふざけんじゃねぇ！　こっちが黙ってりゃ、好き勝手しやがって……てめえら、卑怯だぞ！」
　一方的に攻撃された挙句、最期は説教までされたことで、巨漢は完全にブチ切れていた。もっとも、初手を完全に許してしまった今、彼に勝機は残されていなかった。
　力任せに繰り出す高速の拳で殴り掛かってくる巨漢だったが、今の状況では多勢に無勢。一発の威力はケルベロス達よりも上なのだが、手数の差では圧倒的。
　木箱が砕け、ドラム缶が破裂し、ダンボール箱の山が音を立てて崩れ落ちた。幾度となく繰り広げられる、激しい応酬。その末に、とうとうジョルディが巨大な斧へと変形し、律の援護を受けつつ敵へと自身を振り下ろし。
「超絶変形武機一体！　破断形態ブレイカー・フォーム！　今、悪を破壊し闇を断つ……。超必殺！　ジョルディィィ……ダァァァイナミィィィック！！」
　残念ながら、これは模型でもなければＣＧでもない。正真正銘、必殺の一撃。叩き付けられた斧が衝撃波を呼び、周囲に置いてあった様々な機材諸共に、巨漢の螺旋忍軍を押し潰した。

●真剣演技
　立ち込める煙と、亀裂の入ったコンクリート。凄まじい轟音に驚き、思わずもう一人の螺旋忍軍が飛び出して来た時には、既に巨漢は始末された後だった。
「なっ……！　こ、これは……さては、貴様達……！？」
　状況を瞬時に飲み込んだのか、小柄な男は衣服を脱ぎ捨て、一瞬にして道化師風の螺旋忍軍に姿を変える。だが、それはケルベロス達も承知の上。すぐさま体勢を整えて、第二ラウンドの始まりだ。
「ドローン射出。皆に勝利への力と癒しを」
　自身の力により生み出した小型治療無人機を散開させて、レイが連戦に疲弊する仲間達の傷を癒して行く。足りない部分は、せんせいが翼で風を送ることによって補って、その間に華穏とレテの二人は高々と跳躍し。
「行くわよ！　誠司さんから教わった、必殺キックを受けてもらうわ！」
「ま、待ってください。僕も忘れないで……」
　そのまま空中で回転し、同時に流星の如き蹴りを叩き込む。やはり、ここはヒーローらしく、呼吸を合わせての連携攻撃！
「……ぬぉぉぉっ！！」
　衝撃に吹き飛ばされた螺旋忍軍が、ドラム缶の山に衝突した。そこを逃さず攻めようと駆け出す二号だったが、しかし彼女は戦闘員の宿命から逃れられなかったのだろうか。
「甘いっ！　踏み込みが足りん！」
　二号の繰り出した掌底に合わせ、敵もまた同様に掌底を繰り出す。激突する二つの拳と拳。互いの螺旋が干渉し合い、激しいエネルギーの奔流を迸らせたところで、とうとう二号の方が押し負けてしまった。
「し、しまった！　戦闘員として成長した成果が裏目にっ！？」
　肝心なところで、やられ役なのは変わらないようだ。が、今は彼女の身を案じるよりも、目の前の敵を倒す方が先である。
「残念ですが、もう逃げ場はありませんよ。大人しく、降参していただきましょうか」
　幾度かの応酬を経て、とうとう逃げの一手に走ろうとした螺旋忍軍の背中に、零斗の投げた猛毒仕込みの手裏剣が突き刺さった。そればかりか、敵がこちらを振り返った瞬間、その身に炎を纏ったライドキャリバーのカタナが、豪快に敵を後ろから轢き潰した。
「お、おのれぇ……。ならば、せめて一人だけでも、道連れに……」
　勝ち目はないと悟ったのか、螺旋忍軍は最も弱そうな者を狙って、相討ちに持ち込もうと手を伸ばす。だが、敵の視線の先にいたガンバルノは不敵に微笑んで、侵食する影の弾丸を躊躇いなく敵の頭に向け発射した。
「ば、馬鹿な！？　貴様、どこにそんな力を……るでぶぉぉぉっ！？」
　己の目に映る様を信じられぬまま、朽ち果てて行く螺旋忍軍の身体。物言わぬ塊になった敵へ、最後にガンバルノは改めて微笑んで。
「女は大体役者なんですよ？　気が付きませんでしたか？」
　未熟な先輩面が、演技だと見抜けなかったのが敗因だ。そう、彼女が結んだところで、螺旋忍軍の野望が、また一つ潰えた。
「いやはや……これは、見事なものだねぇ。でも、少しばかり、後片付けが大変そうだよ」
　全てが終わったことを知って、駆け付けた誠司が苦笑交じりに頭を掻いている。まあ、ヒールを施せば元に戻るので、そこまで被害は気にする必要もないのだが。
「なんだか、前より不気味な感じになってしまいましたね……」
「でも、これはこれで、強そうだからいいんじゃない？」
　修復された怪獣の着ぐるみを前に、レテと華穏が互いに言葉を交わしている。ヒールの影響で外観が変化し、ラスボス感の溢れる改造怪獣のような形状になってしまったが……まあ、人命は守れたわけだし、結果オーライだろう。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年9月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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