全てを喰らうは鼠なり

作者:波多蜜花

 人気のない廃墟に、大きな木がひとつ。その木の洞には何でも食べる鼠がいる……そんな噂を信じて、小さく折り畳んだ紙切れを持ってやってきたのはランドセルを背負った少年だった。
「ここが何でも食べる鼠がいる木、だよね! お願い鼠さん、僕のテストを食べちゃって!」
 何でも食べる鼠なら、きっと点数の悪いテストの答案用紙だって食べてくれるはず! それに何でも食べる鼠がいる証拠にもなるのだと、期待に満ちた眼差しで答案用紙を洞に差し出した少年の胸を突き刺したのは第五の魔女・アウゲイアスが手にする大きな鍵。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 少年の耳元で囁くようにそう言うと、アウゲイアスは鍵を引き抜く。崩れ落ちる少年の隣に、巨大な鼠が現れて『チュウ』と高い鳴声を上げた。


「また『興味』を奪うドリームイーターが現れたんよ」
「もしかして……鼠の?」
 信濃・撫子(撫子繚乱のヘリオライダー・en0223)の言葉に、エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)が問い掛ける。
「ご明察、エリオットが気にかけとった噂を信じた子の興味が奪われたんや」
 興味を奪ったドリームイーターは既にその姿を消してしまっているが、奪われた『興味』を元にして現実化したドリームイーターは廃墟に潜んだままだという。
「何でも食べる鼠……本当に『何でも』食べる怪物として現実化してしもたみたいやわ」
「つまり、それは人間もってことだよな?」
 エリオットの声に、撫子が頷く。放っておけば、いずれ街へと出てそれこそありとあらゆる物や人を食べてしまうだろう。それは避けなければいけない事だと撫子が手帳を捲る。
「敵は巨大鼠のドリームイーター1体のみや。今までのタイプと同じく、噂や自分の事を信じとる人間がおったら、そっちに引き寄せられる性質を持っとる。あとは自分が何者であるかを問い掛けてくる行為やねぇ」
 それらを活用すれば上手く誘き出して有利に戦う事も可能だろう。戦闘に適した場所は、廃墟の中でも外の広い空き地のようになっている場所でも作戦に応じて決めればいいだろうと撫子が手帳を閉じた。
「被害者の少年は大きな木の側に倒れとるわ。ドリームイーターを倒せば目を覚ますはずやよって、皆頼んだで!」


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
ジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340)
ラーラレイ・リリー(ニンフ型百合式量産機・e17449)
織原・蜜(ハニードロップ・e21056)
ソウ・ミライ(お天気娘・e27992)
心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)

■リプレイ

●あなたの食べて欲しいもの
「廃墟に大きな木が1つ……ふふ、素敵な場所ね」
 左手に見える屋根の抜けたような廃墟を眺めつつ、セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)が洞のある大きな木へと視線を移すと、ランドセルを背負った少年が倒れているのが見えてそちらへと歩き出す。
「あちらに倒れている方が被害者の少年のようです」
「そのようだね、安全な場所へ運ばせてもらおう」
 同じように少年を視界に捉えたソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)とジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340)が廃墟に入る前に保護を、と駆け寄ると少年の身柄を廃墟から離れた場所へと運んだ。後ろから付いてきた織原・蜜(ハニードロップ・e21056)が日差しはあれど涼しくなってきた風をその身に感じて、さり気なく少年へと上着を掛ける。
「風邪、引かないようにね」
 聞こえはしないだろうけれど少年へ声を落とすと、廃墟前で待っている仲間の元へと戻った。
「何でも食べちゃうドリームイーター……食べてもらえるなら、あたしも食べてもらいたいものがあるんだけどって冗談言ってる場合じゃないわね」
 ラーラレイ・リリー(ニンフ型百合式量産機・e17449)が心に浮かんだそれを思いつつ、ドリームイーターを倒して男の子を助けなきゃねと廃墟の入り口をオルトロスのシアンと共に潜ると、心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)がウイングキャットのソウと共に続く。
「何でも食べるって言うけど、流石に自分自身は食べれないのかしらー? どうせならお菓子とか美味しいものを食べればいいのにー」
 持参したお菓子を片手に括が言えば、
「鼠は元々なんでも食べるようですが、例の鼠は食べ物以外も食べてしまうようです。私なら、家のゴミを食べて欲しいところですね……少々散らかっているので」
 どの程度の散らかりようなのかはご想像にお任せするとして、とソラネが微笑んだ。
「これも食ってくれんのかな、嫌いな物入ってたんだよな」
 好き嫌いはいけないと言うけれど、一緒に住んでいる双子の弟が作ってくれたというラップに包まれたサンドイッチを片手にエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)が巨大鼠に聞こえるようにと、やや大きな声を張り上げる。
「それなら、ダンタツの段ボールもむしゃむしゃーって食べられちゃうかも!」
 頭と胴体にダンボールを被ったボクスドラゴンのダンタツをからかいながら、ソウ・ミライ(お天気娘・e27992)が噂話に乗っていく。
「私が食べて欲しいものはそうね……私の末妹が時々動く食べ物を生み出すのだけれど、それも食べてくれるのかしら? うにうにとか、挨拶するおにぎりとか」
 それは最早食べ物ではないのでは? という視線が飛ぶが、セレスティンには既に日常なのだろう。
「僕はそうだね、自作の菓子や料理を美味しそうに食べてもらいたいものだね!」
「どうせ食べるなら、美味しいほうがいいよねー?」
 果たして鼠にも美味しそうな顔というのはできるのだろうか? と笑いながらジャンが言えば、持参したお菓子を摘み、ウイングキャットのソウに猫缶を食べさせながら括がどうだろうねー? と首を傾げた。
「皆、色々食べて欲しいものがあるのね」
「そういう蜜が食べて欲しいものはなんだ?」
 相槌を打ちながら聞いていた蜜に、エリオットが問い掛ける。
「私の食べて欲しいものは弱い心かしらね。前を向くのに時々とてもしんどいのよ」
「何でも食べる鼠って、そういう気持ちも食べてくれるものなのかしら?」
 さらりと笑って言う蜜に、ラーラレイが疑問を投げ掛けた。
「そうね、直接聞いてみないことにはわからないわね……丁度お出ましのようだから、聞いてみる?」
 大きな黒い影が走るのを視界に捉えて蜜が構えると、同じように影を確認したケルベロス達が戦闘態勢を整える。動きを止めた大きな黒い影はまさしく彼らが噂していた、『何でも食べる鼠』のドリームイーターであった。

●良いものも、悪いものも
「食べるならこの子を先になの!」
 随分と大きい鼠に慌ててダンタツを差し出すように前に出すと、ソウが嘘なの! と叫んで夜空に浮かぶ丸い月のような光球をソラネへと飛ばす。ダンタツは齧られてなるものか、とばかりにボクスブレスを吐き出している。
「出たな、お化け鼠!」
 他の者をなるべく庇えるようにと立ち居地を考えながら、エリオットが武器に地獄の炎を纏わせて一気にそれを巨大鼠へと叩き付けると、ソラネがオウガメタルの装甲から光り輝くオウガ粒子を放つ。それはソラネとセレスティン、エリオットへと降り注いだ。
「深い闇よ。わが声に応えよ。愛しき姿をいまここに!」
 密やかな声音でセレスティンが闇へと語り掛けるとスケルトンの姿をした幻影が姿を現し、巨大鼠へ纏わり付くように襲い掛かっていく。続けて蜜が左右の手に構えた日本刀でくるりと月のような弧を描く。見る者の目を奪う緩やかな動きでありながら、刃の切っ先は巨大鼠をしっかりと捉えていた。
「おやつタイムに月の軌跡なんて、月餅を思い出してお腹空いちゃう?」
 でもね、この一撃はそんなに甘くはないのよと蜜が微笑むと、巨大鼠がけたたましく鳴声を上げた。
「チュウウウウウ! コタエロ、ワタシガナニモノカ、コタエロ!」
 巨大鼠が赤い目を光らせながら問い掛ける。
「夢を食うだけの迷惑なドリームイーターよねー?」
「腹ペコなお化け鼠」
 示し合わせた通りに括が答えると、巨大鼠が地団駄を踏むかのように括へと走り出す。そして鋭く突き出た刃のような前歯で襲い掛かった。
「ん……っやるわねー」
 予測できた動きだったが手にした武器で受け止めても尚それは重く、括に傷を負わせていく。
「いけない鼠ちゃんねー」
 雷の壁を自分とエリオットの前に構築しながら、めっ! よー? と括が言えば、ウイングキャットのソウが翼を羽ばたかせて自分の主人へと清らかな風を送る。
「いこう、シアン!」
 ラーラレイが凛とした声を上げると、サーヴァントにして親友でもあるシアンが応えるように短く吼える。殺神ウイルスを巨大鼠にと考えたけれど、今放つことができる攻撃用のグラビティはマルチプルミサイルかスターゲイザーだけだと瞬時に判断し、ラーラレイがミサイルポッドを出して大量のミサイルを浴びせると、合わせてシアンが地獄の瘴気を叩き付けた。
「なるほど、こんなモノが街中へ出てしまっては混乱を巻き起こすだろうね。君の言っていた噂は本当だった、流石はエリオットだよ!」
 巨大鼠から目を離さないまま、括を守護するべくジャンが半透明の御業を鎧に変形させて放つ。重ねられた癒しの力と守護は括が受けた傷を癒し、再び巨大鼠へと立ち向かう力を奮わせるのだった。

●巨鼠退治
「意外としぶとい鼠さんなの! 悪い事する子には天誅なの!」
 数度の交戦を経て、回復に徹していたソウが鬱憤晴らしだと言わんばかりに、しなやかな跳躍と共に巨大鼠の頭上目掛けてルーンアックスを叩き落すのと同時に、ダンタツがダンボールから覗くサファイア色の尻尾で地面をビタンと叩いてボクスブレスを放射する。
「ヒールがちょいと厄介ではあるが――倒せない敵じゃないな!」
 その辺の瓦礫を食べて回復を図る巨大鼠は確かに厄介だけれど、蓄積されつつあるダメージは確実に巨大鼠を追い込んでいると、エリオットが不敵な笑みを浮かべてチェーンソー剣をぐっと握り癒しきれない傷目掛けて傷口を広げるかのように切り裂いていく。
「身体が大きい割りに、動きも素早いですし……鼠というだけはありますね」
 ならば足止めを、とソラネが地面を蹴る。それは超加速による突撃を生み出し、巨大鼠を撹乱してみせた。
「暴食な鼠さんね、なるべく廃墟はこれ以上人の手で壊したくはないのだけど」
 黒衣を翻し、セレスティンがその身に纏った黒い液体を捕食モードへと変形させて至近距離から巨大鼠を包み込むと、蜜がその足先に流れる星の軌跡を宿し、鋭い蹴りを放つ。
「何でも食べる鼠とはいえ、何でも食べられちゃ困るのよ」
 それが例え食べて欲しいほどの弱い心でも、と呟いた。目立った外傷が増えてきた巨大鼠が、唸るような鳴声を上げながらそれでも自分は何者だと問い掛ける。
「知っているよ、君はドリームイーターだ」
 そしてこれから僕達に倒されるのさ、と付け加えるようにジャンが含みのある笑みを浮かべた。ヂュウ、と短く鳴いた巨大鼠がジャンに向かって鋭い爪を向ける。
「おっと、間違ってしまったかい?」
 しまったな、という笑みを浮かべつつジャンがその爪に耐えるべく身構えると、エリオットが巨大鼠の注意を惹くように叫び、
「違うぜ、腹ペコなお化け鼠だよな?」
 と、爪が迫るよりも早くその前に立ち塞がる。巨大鼠の爪はエリオットを捉え、振り下ろされた。
「悪いがそいつはやらせないぜ」
 チェーンソー剣で巨大鼠の爪をいなし直撃は防いだものの、切っ先は鋭くエリオットの身体を傷付ける。すかさず括が魔術切開とショック打撃を伴うウィッチオペレーションで回復を試み、ウイングキャットのソウも邪気を祓うべく翼を震わせた。
「ウィッチドクターが回復しか役に立てないと思ったら大間違いよ!」
 ラーラレイの声にシアンが退魔神器構える。軽い身のこなしでラーラレイが宙へ舞うとエアシューズに込めた流星の煌めきと重力の力を巨大鼠に炸裂させ、シアンが神器を宿す瞳で敵を睨み上げて炎を燃え盛らせた。
「高貴に、公明正大に、そしてきらびやかに!」
 手にしたトランプを鮮やかに切り、ジャンの手元にスペードのテンからエース……オナー・カードが揃う。それは燦然とした光を放ち――否、光り輝きだしたのはジャン自身。
「ロイヤルストレートフラッシュだよ」
 キラキラと煌いたまま微笑めば、巨大鼠へと精神的ダメージを与える事となる。
「そろそろ終わりにしてほしいの、誇りっぽい所は苦手なの」
 黒い尻尾を揺らし、ソウがルナティックヒールをエリオットへと飛ばす。ダンタツは主の気持ちを汲んでか封印箱に入り込むとそのまま巨大鼠へとタックルを仕掛けた。その勢いに巨大鼠がよろめく、そしてそれをケルベロスが見逃すはずもない。
「そろそろお開きとしようぜ」
 地獄の炎で出来た不死鳥を出現させながら、エリオットが唇だけで笑う。
「味方には不死鳥の加護を、邪魔するやつには制裁を!」
 不死鳥の羽ばたきは金色の炎を混じらせた赤い竜巻となって巨大鼠を襲う。そしてエリオットのグラビティが決まる瞬間を見定めていた蜜が日本刀を構えて連携するように動いた。
「何でも食べる夢喰い、お前はもう要らないよ。悪夢に溺れて散れ」
 差し込む光を反射してモルガナイトのように輝く髪を揺らし、巨大鼠の急所を的確に斬り裂くと断末魔の鳴声を上げて巨大鼠が廃墟に倒れ伏したのだった。

●その全ては君の糧に
 戦闘前に安全な場所に置いておいた鞄を拾い、付いた埃を払いながらエリオットが中に入れておいたサンドイッチの無事を確認する。
「嫌いな物が入ってるとはいえ、作ってもらったもんだしな」
「おや、好き嫌いかい?」
 ジャンが覗き込みながら聞くと誤魔化すようにエリオットが笑い、その後ろをソラネ達が被害者の少年の元へと駆けていく。意識を失っていた少年は目を覚ましていて、蜜が掛けていった上着を手に辺りを見回していた。逸早く駆け寄ったシアンが足元をうろうろすると、不安そうな顔に笑顔が灯る。
「大丈夫? どこか痛いところとかないかしらー?」
 括がそう声を掛けると、こくりと頷いた。その様子に安堵したように、ラーラレイが少年に向き合った。
「こんな危険なところに来ちゃダメ! お父さんやお母さんが心配するでしょ?」
「はぁい……鼠さんに点数の悪いテスト、食べてもらいたかったんだ」
「テストの点数が悪ければよくなるように頑張ればいいのよ」
 努力を信条とするラーラレイからすれば頑張ったにしろ頑張らなかったにしろ、出た結果を隠すという行為がよくわからないと首を傾げる。
「テストは今の自分の足りない部分を知る大事なものよ? と言っても、貴方くらいの頃は、なかなかそんな風には考えられないわよね」
 上着を受け取りながら、蜜が分からないことがあったらメモを貼って、解けるようになったら剥がせばいいと微笑む。
「最初はたーくさんあって自分でも笑っちゃうけど、メモがすっきりする頃にはきっと何かが変わっているわよ」
「うん、やってみるよ!」
 元気一杯で頷いた少年に、ソラネが最初に拾っていたテストの答案用紙を手渡す。
「この答案はキミが持って帰って、ちゃんとご両親に見せてください。お姉さんとの、約束ですよ?」
「うん……そういえば、鼠さんは?」
「鼠さんはお腹がいっぱいだったようで、どこかへ行ってしまいました」
 もうこの場所には現れないだろうとソラネが言えば、少年はそれを信じたようで少し残念そうに頷いた。
「さ、もうここには用はないの。皆で帰るの! 早く帰って埃を落とさなきゃなの」
 少年のお家の人も心配してるかもしれないしとソウが歩き出すと、それまで少年と皆のやり取りを微笑ましく見守っていたセレスティンがもう少し廃墟を見ていくわと皆を見送った。
「戦いの傷もここの記憶となるでしょう」
 ゆっくりと廃墟を歩きながら、セレスティンが呟く。廃墟を好む彼女からすれば、自然と朽ちていく姿が良いのであって人の手を入れるのは野暮というもの。
 割れたガラスを避けながら、それがステンドグラスのものであると気付いて在りし日の姿へ思いを馳せる。十分に堪能し、セレスティンは時の流れを受け止め朽ちていくその場を後にするのだった。

作者:波多蜜花 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。