月喰島奇譚~地下坑道の崩落

作者:鹿崎シーカー

『arrrrrgh……』
『A、urraa……』
 不気味な声が坑道内に残響を残す。周囲をライトで照らしつつ、最後尾の太田・千枝(七重八重花は咲けども山吹の・e01868)は眉をひそめた。
「……来ませんね」
「うん。来ない、ね」
 脇の分岐にルミカライトを放り投げ、リーズグリース・モラトリアス(怠惰なヒッキーエロドクター・e00926)。柔らかなルミカライトは地面に一度バウンドし、脇道から出るブーツを照らす。直後、ブーツの主は姿を見せることなく逃げだした。
 先の電撃戦から約十分。彼女たちは坑道内をさらに奥へと進んでいた。探索は順調で、あれから目立った事態は全くない。不自然なほどに、全く。
「なんかやな感じですー……見張られてる、とかありませんよねー?」
「それはないって思いたいですね。トラップもないみたいですし」
 ライドキャリバーのハラカに乗ったエレファ・トーン(メガトンレディ・e1539)に、水晶鎧姫・レクチェ(ルクチェ・e01079)は代わる代わる来るミニレクチェ型ドローンの報告を伝える。
 この十分の間で、敵との遭遇は何度かしていた。だが、向こうはこちらに見つかるなり戦いもせず逃げ出している。戦闘を避けるのは当初からの方針だが、ここまで何もされないと逆に不気味だ。時折するうめき声の応酬も、不安に拍車をかけてくる。そう、まるで……見えない敵が包囲を狭めてくるような。
 レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)は足下と先を交互に確認しつつ言う。
「全く、本当にゾンビ映画そのものですね。それも廃屋とか精神病院を進むタイプの。私としてはパニック系がよかったのですが」
「あら。その心は?」
「敵をどんどん倒して脱出できればいいな、と」
 簡易地図を作りながら問う銀・胡蝶(夢幻泡影・e17699)に、去っていく足音を聞きながら答えるレベッカ。その前で、ランタンを手に回収した家族写真を調べようとしていた桜乃宮・萌愛(オラトリオの鹵獲術士・e01359)の頭に、何かがこつんとぶつかった。
「あ痛っ」
「桜乃宮さん? どうしましたか……」
 葛城・柊夜(天道を巡る鳶・e09334)が異変を感じて振り向いた、その直後。
 GGGGGGGGG…………。
 地鳴りめいた音が鳴り、辺りが揺れる。天井からパラパラ降ってくる石の群れを見上げ、エレファは若干頬を引きつらせた。
「……まさかとは思いますけど、崩れたりしませんよねー……?」
 しばらくして揺れは収まり、元の静寂が帰ってくる。小石がぶつかった額をさすり、萌愛は不安げにランタンを抱いた。
「もしかして、さっき戦ったせいかな」
「ないわね。そこまで派手に暴れてないし」
 言いながら、胡蝶はメモに落ちたほこりを払う。周囲に素早くにらんだ柊夜は、片手に蒼いオーラをまとわりつかせた。
「早く行った方がいいですね。さっきから何か変です」
「少なくとも、この先トラップはなさそうですよ。目新しいものもないみたいですけど……」
「罠いっぱいより、たぶんまし、だよ」
 ドローンの報告に耳を傾けるレクチェとリーズグリースの目に、若干不安が見え隠れする。様相の変わった坑道内は沈黙し、戦意のひとつも上がらない。虚無の闇が生者をねたむゴーストめいて歩み寄る。そして、含み笑いにも似た地鳴りが再び坑道を震わせた。奥から響く敵の咆哮。
『ARRRRRRGH……!』
『アー、uuURgh』
『GRRAGH、arrrgh……』
 低く無気力な音の群れが集まり、さながら怪物のうなり声のように寄せてくる。グラグラ揺れる地面に踏ん張り、千枝は銃を引き抜いた。
「この揺れ……向こうから来てますね。どうしますか」
 レベッカは即座にブーツを見下ろす。足首から伸びた赤い糸は今だ繋がり、道の健在を暗に伝える。出口はまだ、ふさがれていない。
「一度行ってみませんか。この地鳴り、おそらくは崩落の前触れです。それも、あの敵たちが関わっている」
「いずれにしても、長居は無用ね。行きましょう」
 拳大の石に頭を打たれた萌愛を連れて、一同は坑道内をしめやかに走る。災害の先触れめいて揺らぐ天井。背後を逐一確認しながら直線の道を駆け抜け、黒ずんだ支柱をいくつか置き去りにした先に、ミニレクチェが火が付いたように飛んできた。
 主の耳元に取りつき、ひそひそとささやくミニレクチェ。レクチェの顔が険しくなった。
「すぐそこです! 右に曲がったところに、柱にくっついた敵が……!」
「右? あ、ちょっと待って、ね」
 リーズグリースはボストンバッグからルミカライトをひとつ引っ張り、軽く折って光らせる。分岐点にぽいと投げると同時に急カーブ。一同のライトが一本の柱とそれにセミめいてしがみつく大柄な影を見とがめた。他に敵の姿はない!
「見つけましたよぉー! ハラカ!」
 DRRRRNG! ギリギリのボリュームでエンジンがうなる! 柊夜は蒼炎のユニコーンを出しこれに並走。一息に敵の背中へ飛びかかった!
「空裂く疾風! 葛城流操気法・気咬旋風!」
「そぉーれっ!」
 SMAAASH! ユニコーンの踏みつけとエレファの突進が敵に激突! 巨体が前後し柱が揺れる。
「AAAAAARGH!」
 片手が後ろに振り回されるも、二人はこれを死角に入って回避する。レベッカの高速展開した武装が一斉に火を噴く! KBAM! KBAM! 敵背中の腐肉が破裂!
「崩されるのは困ります。それから離れてもらえますか!」
 弾が切れた主砲をリロード。入れ替わりで飛び出した萌愛の真上から、天井でトライアングルリープを決めた千枝が落下しつつ銃撃。ミニレクチェ群と合流して敵の真横へ!
「行きますよ桜乃宮さん。レクチェちゃん! 篁流射撃術……」
「せーのっ!」
 萌愛の拳にオーラがこもる。腕を振り上げる敵の顔に電気をまとったキセルが直撃。胡蝶の雷撃が、腐肉に埋まったリースグリースのカプセルを割り、吹きだした煙で動きを封じる。無防備になった脇腹に音速の拳が突き刺さった! SMASH!
「せいっ!」
「AAAAAAAAAARGH!」
 片腕で柱をつかんだまま宙に浮く敵。息を吸い込んだミニレクチェたちと連携掃射をする直前、千枝の瞳は片手の離れた支柱を目撃。
 黒く腐食した角材は、真ん中がまるで砂時計めいてくびれていた。細くなったその箇所は、重圧に耐えかねたかのごとく震え……いともあっさりへし折れた。
「皆さん、下がってっ!」
「『驟雨』……えっ?」
 ミニレクチェがビームを吐きだし、巨体な敵を吹き飛ばす。蝿のたかる強面が、あくどい笑みとともに四散。同時に破壊音が周囲に轟く!
 KRA-TOOOOOOOOM! 地響きが鳴り、天井が崩れる。
 撃発された崩壊の音は、あたかも怪物の哄笑めいていた。


「リーズグリースさん。リーズグリースさん! 大丈夫ですか?」
「はうぅぅ……」
 レベッカに頬をたたかれ、リーズグリースは目を回しながらも起き上がった。CLACK! CLACK! 聞こえてくるのはレクチェが岩をたたく音。
「千枝さーん! 萌愛さーん! 柊夜さーん! エレファさーん! 聞こえたら返事してくださーいっ!」
「ふー……参ったわね」
 紫煙を吐きだし、胡蝶は目の前の岩壁をなでた。崩落により埋められた道。崩落の気配は既に去ったが、今度は厚い壁が道を断つ。向こう側には残る四人がいるはずなのだが。レクチェは小さなドローンを総動員する。
「お願いミニレクチェたち! これをどうにか……」
 二頭身のドローンたちがうなづきかけた、その直後。
 DRRRNG! DRRRRRRNG!
「あ、これ……」
 なんとか復帰したリーズグリースが岩の壁にくっついた。わずかに聞こえるエンジン音が、徐々に音量を上げていく。
「エレファさんの、エンジン音? 向こうも無事でしたか」
「失礼するわね」
 聞き耳を立てるレベッカの横で、胡蝶は手刀を構える。胸元から肩、指先にかけてを白金が覆うとともに、腕を岩壁に突き立てた。腕を伝ったオウガメタルは岩の中へもぐりこみ、ラッパめいて口を開く。
「太田さん? トーンさん? 聞こえるかしら」
『胡蝶さぁん! 無事だったんですねー!』
 オウガメタルの管を通して、エレファの声が反響してくる。隔てられた道の反対側では萌愛、千枝、柊夜、エレファが伝わる声を聞いていた。
『エレファさん、レクチェです! 今、こっちに四人います。そちらは無事ですか?』
「はいー、全員いますよー」
 声はすれども姿は見えず。しかし無事さえわかれば十分。広がりかけた安堵の空気に、千枝の言葉は待ったをかけた。
「すみません、少しいいですか。……そっちは、何もないんですね?」
『ええ、今のところは。退路もふさがれていないようですが、どうかしましたか』
 入り口から糸をつないだレベッカは、わずかに緊張をにじませる。千枝の目配せを受けた柊夜は、エレファと入れ替わりにオウガメタルに近づいた。
「さっきの崩落のことなんですけど。多分、これは罠だと思います」
「折れた支柱を確認しました。さすがに断言はできませんけど、柱は元々折れていたんだと思います」
『……元々?』
「折れてた?」
 萌愛とリーズグリースが首を傾げる。
「倒した奴らは、柱を折るのではなく支える役目をしていたのでは、と。見た所だいぶ腐ってたみたいですし、ノコギリのような跡もありませんでした」
『なるほど。さっきの声もそういうことね。私たちを見張って、あの柱の場所まで誘き出すため。それであいつらが私たちが来るまで時間を稼ぎ、天井を崩して分散させる。してやられたわね』
「ちょ、ちょっと待って。それって、すっごく危ないんじゃ……」
 ZAP。萌愛の言を裏付けるがごとく、それぞれの背後で足音が鳴る。
 振り返り、各々の光を当てた八人は、一様に顔をこわばらせた。
「アー……無駄な抵抗ハ……arrrgh……」
「ヨソモンがァー……何しに来たァー……」
 萌愛・千枝・柊夜・エレファ組の前に敵が四体。レクチェ・レベッカ・胡蝶・リーズグリース組の前にも同数の敵。手にした武器を引きずりながら、じりじり距離を詰めてくる。
「なんか、来た、よ?」
「……やっぱり、ゾンビは映画だけで十分です」
 リーズグリースがロッドを握り、レベッカは装備を再展開。前門の虎、後門の狼。時同じくして、エレファは相棒にまたがった。
「うぅー……やるしかないんですねー」
「はい。みんなで無事に、切り抜けましょう」
 岩壁を背に、武器を構えるケルベロスたち。
 対する敵は、生気のない目をギョロギョロ動かし、腐った口で咆哮した。


参加者
リーズグリース・モラトリアス(怠惰なヒッキーエロドクター・e00926)
水晶鎧姫・レクチェ(ルクチェ・e01079)
桜乃宮・萌愛(オラトリオの鹵獲術士・e01359)
太田・千枝(七重八重花は咲けども山吹の・e01868)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
葛城・柊夜(天道を巡る鳶・e09334)
エレファ・トーン(メガトンレディ・e15392)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)

■リプレイ

 闇雲に振り回される異形の腕を、太田・千枝(七重八重花は咲けども山吹の・e01868)は横っ飛びで回避する。前転三回、跳びあがって銃撃を放つ。腐肉が弾けた!
「エレファさん!」
「はぁーい!」
 間延びした返事を返し、エレファ・トーン(メガトンレディ・e15392)はハラカと天井すれすれまで跳躍。全身に力をみなぎらせ、一気に巨大化!
「これで、ぺちゃんこですぅっ!」
「アバー!」
 豊満なヒップが異形を押しつぶす! 衝撃が広がり、範囲外にいた三体がふらつく。桜乃宮・萌愛(オラトリオの鹵獲術士・e01359)、翼を広げて一体に肉迫!
「スキあり、ですっ!」
「アバーッ!」
 うなるチェーンソーを連続で振るわれ、異形の敵の体が削られる。回し蹴りを打って飛ばし、奥にいた異形に打ちつけた。葛城・柊夜(天道を巡る鳶・e09334)は蒼いオーラ渦巻く右手を伸ばし、居合い抜きの要領で一閃!
「地を這う烈風! 葛城流操気法、『気咬旋風』ッ!」
 オーラの波が、異形に激突! 不気味な水音を上げて落ちた肉は、緩慢な動きで立ち上がり、肉片をこぼしながら寄ってくる。油断なく構える柊夜。
「意外としぶといですね……」
「そうですね……レクチェちゃんたちも心配ですし」
 異形に銃口を向けつつ、背後に視線を向ける千枝。閉ざされた岩壁の向こうがどうなっているかわからない。今取るべき手段はただひとつ。目の前の敵を倒すのみ!
「ハラカー! やっちゃってくださいーっ!」
 エレファは相棒を呼び、異形をアッパーで吹き飛ばす。腐臭をまいて宙を舞う敵にハラカはエンジン全開でジャンプアタック! 激突と同時にガトリング乱射!
「アバー!」
 鉛弾を浴びて異形は転落! 三人の頭上を越え、他の異形共々地面にたたきつけられた。
「今だッ!」
 柊夜はオーラを膨らませ、一角獣の姿へ変える。タンデムし飛びかかる一角獣を見上げ、異形の一体が面を上げた。膨らむ両頬!
「ゴボォーッ!」
「篁流剣術……『散月』!」
 墨汁めいた液体に、千枝は光の剣を抜き放つ。下段からの斬り上げは爆発的な輝きを放ち液体を坑道の闇ごと斬り刻む。黒い飛沫をかきわけひづめが異形に振り下ろされた!
「散れッ!」
 頭部破砕! 脳をぶちまけ倒れる一体。その足元を這いずって潜り、残る三体が立ち直る! 立ち上がる敵の群れに、ハラカに乗ったエレファと萌愛はためらうことなく飛び込んだ!
「先行きます!」
「はーい!」
 萌愛が急加速して躍り出る。腐った腕をチェーンソーで切断、返す刀で袈裟がけに斬る! 地に着いた足に星のきらめき!
「ア、アバーッ!」
「はっ!」
 異形の胸に蹴り上げが炸裂! 小枝を折るがごとき音が鳴り、肉体が浮く。萌愛の背後で炎が爆発! 炎をまとったハラカごと、エレファは異形に突撃した!
「行きますよぉーっ! そーれっ!」
「アバー!」
 勢いをつけて身を乗り出し、異形をはねる。炎上した腐肉は着地の前に燃え尽き炭に変じた。さらにドリフトするエレファの胸から網状のツルが発射され、柊夜に迫る別の一体を締め上げた。ツルをつかみ、柊夜はその場で身をひるがえす!
「せいッ!」
 一本背負いで敵の頭を地面に打ちつけ、浮き上がった腹にショルダータックル! 引き絞った腕が蒼炎を吐き、ユニコーンの頭をかたどった。掌底とともにオーラを射出!
「店長ッ!」
 腹を貫き、異形ごと矢のごとく飛ぶ一角獣。それは千枝に黒い液体を吐いていた個体と衝突し、まとめてツルに縛られた。バク転て跳び下がった千枝は射撃体勢を取り引き金を引く!
「篁流射撃術、『天泣』っ!」
「アバーッ!」
 肉球型オーラに撃たれた異形が爆発四散! 腐った血に混じった火種が残る一体に燃え移り、残る一体を焼き尽くす。のたうち回る異形は黒く焦げ、砂の城めいて崩れ去った。
「皆さん、無事ですか……あうっ」
 ぱたぱた駆ける萌愛の頭に、小石がひとつ落下する。続いて降りてくる砂と鈍い振動。柊夜は周りの柱と天井を素早く見回す。柱が折れる気配はないが、安心できる状況でもない。
「あんまりのんびりはしてられませんね。合流を急いだ方が良さそうです」
「早くしましょうー! 生き埋めは嫌ですぅ!」
 ハラカから飛び降りたエレファが拳を握り、壁に一撃たたきこむ。柊夜は砕けた岩を拾い上げ、ハラカのシートに乗せていく。千枝は萌愛の顔をのぞき込む。
「大丈夫ですか、桜乃宮さん」
「は、はい……」
 掘削を始めた二人を追って、萌愛は大きなガレキを持ち上げた。


 ……そして少し前、岩壁の反対側では。
「アバー!」
「うっ……!」
 振り回されたツルハシが、水晶鎧姫・レクチェ(ルクチェ・e01079)のこめかみを打つ。よろめくレクチェに繰り出された二撃目は、電光の壁にはばまれた。リーズグリース・モラトリアス(怠惰なヒッキーエロドクター・e00926)はレクチェを優しく抱きとめる。
「備えあれば憂いなしって、ね。レクチェ、大丈夫?」
「な、なんとか……ありがとうございます」
 首を振ってめまいを落とし、ミニレクチェ型ドローンを再展開。壁一枚隔てて異形と対峙する。スキあらばにじり寄ろうとする周辺の肉塊に、レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)は連続で発砲。ゴアめいた跡を残して下がらせる。
「困った状況ではありますが、無理だけはしないでくださいね? 胡蝶さん、そちらはどうですか」
「全然。中々辛いわ」
 掘り出した岩を傍らに投げ捨て、鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)。胸元のキセルに伸びかけた手に汗がにじむ。
「終わりが見えない……やっぱり、ベッドの上とは勝手が違うわね」
「厳しい、ですか」
 レベッカは銃器を切り替え引き金を握る。濁り血を散らして起き上がる異形たち。醜悪な肉塊めいた配下を見渡し、鉱夫異形はツルハシを上げる。突撃を命ずる将軍めいて!
「アバーッ!」
「来ます!」
 レクチェが叫び、ミニレクチェ達が身構える。同時に異形の体が震え、黒い液体を噴き出した! 杖を振るリーズグリース!
「だいじょーぶ、だよ。さらに防御を重ねる、ね」
 新たに生成される雷の傘が不浄の雨をガードする。雷鳴の下でレベッカは引き金を引く。一体の異形をレーザーが貫く! のけ反る腐肉にミニレクチェたちが飛びかかった!
「お願いミニレクチェ! 篁流射撃術!」
「攻撃もサポートする、よ」
 オウガ粒子の旋風を吸い、ミニレクチェが淡く輝く。異形のそばまで近づいたドローン群は、至近距離からレーザーを放つ!
「『驟雨』っ!」
『アバー!』
 乱れ撃ちに押しのけられた異形たちが血と肉を残して大きく後退! 鉱夫は再びツルハシを振ろうとするも、炎の銃弾が足元を砕き爆裂させる。レベッカは撃ち尽くしたガトリングガンを即座にリロード!
「雑魚がしぶといですね。あの鉱夫には色々聞きたいことがあるのですが……このままではジリ貧です」
「ここで倒れるわけには行きません! 特に鉱夫はこれから先メインの敵になるはずです! 癖でも弱点でも、なんでもいいから見極めないと!」
 ごぼごぼと液体を吐く異形と、その背後でツルハシを揺らす鉱夫型異形。戦場を舐めるように眺める腐りかけの目を肩越しに見返し、胡蝶は岩をひとつひとつ排除していく。慣れぬ肉体労働と異形のうめきを気にせず、オウガメタルで作った華奢な籠手を岩と岩の間に突き刺す。直後、指先に振動!
「……あら」
 汗で湿った唇をなめ、オウガメタルを変形させる。腕から足へ、籠手から具足へ。そして片足立ちで回転し、鋭いサイドキックで岩壁に蹴り込む! 岩壁粉砕!
「へっ……ほわあぷっ!」
 風穴の開いた壁からエレファが転倒! 胡蝶は勢い余ったパンチを回避しキセルを取り出す。
「御機嫌よう、太田さん。いいところに来てくれたわ」
「胡蝶さん! レクチェちゃんっ!」
 穴から飛び出す千枝たちを振り返るレベッカとレクチェ。その瞬間、鉱夫はツルハシを振り上げた!
「アバーッ!」
 三匹の異形の、口らしき部位が大きく膨らむ! 噴出する汚泥の槍が背を向けた二人を貫かんとす! リーズグリースは杖を握り光を放つ! 広がる雷の円盾に槍が突き刺さり波紋を広げる!
「すみません、早々ですが手を貸してください!」
「わかった」
 萌愛はレベッカにうなづくや、翼を広げてふわりと飛び立つ。頭上に氷柱めいた氷弾を生み出し、バリアと競り合いを続ける異形に向けて発射した。千枝は銃を手にレクチェの隣へ跳躍到達!
「行きますよレクチェちゃん!」
「はい! さあ、ミニレクチェたち! 反撃の時間です! 臨界突破っ!」
 ガッツポーズを決めるドローンが翡翠色の閃光を放つ! ツルハシを掲げる鉱夫の手がレベッカの砲撃を受け千切れ飛んだ!
「アバー!」
「篁流武術の真髄、見せて上げます! 篁流射撃術!」
 息を吸い込むドローン群! だがその時、健在な二体が大口を開け、黒い槍をさらに押し込む。バリアはバチバチと断末魔めいた電光を散らして弾け飛んだ! リーズグリースに向く槍の前に、紫煙をくゆらせ胡蝶が割り込む!
「中々、好き勝手やってくれたじゃない? ……私たち、やられっぱなしじゃなくってよ」
 地を蹴り加速! 槍の真下を抜け上下反転、穂先に指を素早く這わせる。空を裂き伸びる槍は中途で凍結。氷の層が槍を伝って異形の頭を氷像に変えた。ユニコーンに乗った柊夜が片方、ハラカに乗ったエレファがもう一方を潰して破壊! 片腕を失いうめく鉱夫の周囲に千枝の銃弾が突き刺さる! 地面が次々爆裂する中、鉱夫は己の武器に手を伸ばす。
「ファミリア、ゴー」
 リーズグリースのロッドがコウモリに変わり、朽ちかけのツルハシを奪い去る。残る凍結異形を粉砕し、レベッカは鉱夫に銃口を向けた。
「撃つ前に、ひとつ。この島の人は全員ドラゴンに殺されたと聞きました。襲われ、島ごと消滅したと。……ならば、あなたたちは一体なんなんですか? ここで一体、なにが起こったのですか?」
「アバッ……」
 鉱夫はメット目深にかぶり、腐りかけの頭をおさえる。生気の無い真っ白な口がうわごとのように言葉を紡ぐ。
「ドラゴン……黒い……来て……アバッ」
 ピシリとヒビの入る音。萌愛の凍らされたままの異形が破片を散らして首を巡らす。のどからわき出す不浄の液体!
「アバーッ!」
 鉱夫が雄叫びを上げると同時、黒い液体が放たれた! 黒い石油めいた噴水は天井高くまで昇り、弧を描いて降り注ぐ! 待機していたミニレクチェたちが光を噴いた!
「いけない……『竜牙雨』っ!」
 ミニレクチェたちが異形を軸に高速旋回! 無慈悲なるビームの嵐が液体と異形二体をまとめて貫き、肉の欠片へ変えていく。鉱夫は無音で何かを口ずさみ、断末魔もなく事切れた。


 坑道を出た彼女たちを、昇る朝日が出迎えた。
 相談の結果、急ぎ足で探索を終えた八人と一台。増援と崩落の有無を確認しつつ小物をいくつか回収し脱出。要請したヘリオンがやってきたのは、さらにその五十分ほど後だった。
「ふわー……やっと帰れますーっ!」
「はうぅ……助かったし、なんとか勝てたけど……きつかった、よ……」
 飛び立つヘリオンの座席に座ったエレファが歓声を上げ、リーズグリースはだらんと横たわった。誰もが少なからず疲労の色を見せる中、胡蝶は涼しい顔でキセルを吹かす。
「なんだかあっと言う間だった気がするわ……もう少し探索したかったかも」
「余裕ですね、胡蝶さん」
 携帯食料を配りながら、千枝がそっと微笑する。ありがたくひとつ受け取り、胡蝶は苦笑気味に肩をすくめた。
「探検とか冒険って聞くとつい、ね。命あっての物種なのはわかるのだけれど」
「少しわかる気がします。めぼしいものも、あんまりありませんでしたから」
 柊夜はリュックサックを漁り、戦利品を取り出していく。日記や家族写真、ボロボロになった本。一見ガラクタに見えるものでも、萌愛と丁寧にチェックしていく。一方、口から煙を吐くミニレクチェを修理していたレクチェは、はたと窓辺に目をやった。多数のヘリオンが飛ぶ光景を背に、レベッカが険しい顔で黙り込んでいた。
「……あの、すみません。最後に異形が言った言葉、覚えてますか」
「えっ?」
 日記に夢中な萌愛を除き、全員がレベッカの方を振り返る。窓の外をちらりと見やり、指を組む。
「止めを刺す前、私は何者なのかと聞きました。……聞き間違いでなければ、『ドラゴン・黒い』と言っていたはずなんです」
 答えたのは、敵の近くで銃撃していた千枝。
「そういえば、確かに聞いてましたね。はい、私もそう言ってたと思います」
「何度か戦いましたけど、結局原因はわかってません。もし彼の言葉を真に受けるなら、ドラゴンが元凶だと思うんです」
 機内に、微妙な沈黙が降りる。わずかな不穏な気配に、エレファは思わず息を呑んだ。
「も、もしかしてー……そのドラゴンがいるかもしれないってことですかー? その、月喰島に」
「確証はありません。でも、もし本当にそうだとしたら……」
 その時、ヘリオンが揺れた。
 殴られたがごとく機体が上下し、各々が体勢を崩す。柊夜はとっさに千枝とレクチェをつかんで支え、胡蝶は転がりかけたエレファの手を引く。萌愛が派手に転倒し、ガラスに顔を打ちつけた。座席にしがみついたリーズグリースが首を巡らす。
「はわ……萌愛、だいじょうぶ?」
 萌愛が赤い顔で振り返る。青い瞳は驚愕に見開かれ、窓の外を指し示す。
「あのっ、皆さんあれ!」
 不安定に揺れる機内で支え合い、八人は窓の外をのぞき込む。そこには……今し方脱出を果たした月喰島が、ドーナツ状に崩れる光景!
「なっ……」
 絶句する面々の前で、崩壊は徐々に島全体に広がっていく。かの暗黒に満ちた坑道もまたあっけなく砕け散った。ヘリオンにまで響く地鳴りが、まるで異世界のもののようだ。消えていく島の中央の穴から、巨大な影がうごめいた。
 黒いウロコに灰のたてがみ。恐竜めいた顔に憎悪で染まったサファイアの目。黒く、巨大なドラゴンだ! 黒龍は空に浮かぶヘリオンの編隊めがけ、邪悪なブレスを吐きかけた! 傾く機内!
『なんという事をしてくれたのだ。あと少しで、神造デウスエクス……屍隷兵(レブナント)が完成したものを。決して、許されるものでは無いぞ!』
「レブナント……あの異形のことかしら?」
「間違いなさそうですね。黒いドラゴン、あれが今回の元凶……!」
 激しい揺れに耐えながら、猛る龍をねめつける。黒龍の口に再び邪悪な力が収束!
『ごめん! 大急ぎで逃げるから揺れるよ! しっかりつかまっててねーッ!』
 アナウンスが入ると同時機体が蛇行! ヘリオンはプロペラを全力で回し、最高速度で背を向ける。怒りの咆哮に追い立てられ、脱兎のごとく逃げ出した。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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