狙われたガラスの靴

作者:陸野蛍

●蝶が起こすそよ風
「あなた達を呼んだのは他でもありません。あなた達に使命を与えます。この街の工房にガラスの靴専門の硝子細工師が居ます。その人間と接触し、その仕事内容を確認。可能ならば習得した上で、その硝子細工師は殺してしまいなさい。グラビティ・チェインの略奪は、しなくても構いません」
 黒を基調とした、ハットにレオタード、奇術師めいた姿の螺旋忍軍『ミス・バタフライ』が振り返る事無く、彼女の後ろに現れた、道化師と筋肉質な大柄の男の螺旋忍軍に言う。
「かしこまりましてございます。ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事件となるのでしょう。貴女の意のままに」
 奇術師はうやうやしくそう言うと、大げさな礼を残し、大柄な男と共にその場を去って行く。
「ケルベロス……そよ風が暴風へと変わって行くのを楽しみにしているといいわ……フフッ」
 笑みを零すと、ミス・バタフライの姿もまた、いつしか消えていた。

●ガラスの靴を作る魔法使い
「ガラスの靴って、あの童話に出て来るガラスの靴かの?」
「そう、そのガラスの靴。残念ながら、魔法はかかって無いけどな」
 野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)の質問に、大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)は、そう答える。
 ヘリポートに現れた雄大は、ケルベロス達を前にすぐに依頼の説明を始めた。
 なんでも、とある工房にガラスの靴を専門で作る硝子細工師が居るらしい。
 もちろん、童話の様に魔女の魔法で作るのではなく、硝子をバーナーで加工して作るのだが、その作りは美しく、要望さえあれば実寸サイズの履けるガラスの靴も作ってしまうらしい。
「で、その硝子細工師がミス・バタフライに狙われとると言う訳じゃな?」
「そう言う事。ミス・バタフライが配下にやらせようとしているのは、その硝子細工師の技術を盗んで来ることと、その後硝子細工師を抹殺することだ。人的被害としては一人を狙った作戦で、大きな作戦には見えないけど、この作戦が成功した場合、巡り巡ってケルベロスに大きな影響が出るかもしれない厄介な事件になる可能性があるんだ」
 ミス・バタフライが狙っているのは、バタフライエフェクト。
 僅かな事象の変化を起こすことで、それをきっかけにやがて大きな変化を起こそうとしているのだ……ケルベロスが、不利になる様な大きな変化を。
「それを除いても、一般人がデウスエクスに殺害されるのを黙って見ている訳にはいかない。みんなにはこの職人の命を守ることと、現れるミス・バタフライの配下の撃破をお願いしたい」
 現れる、ミス・バタフライの配下は2体。
 道化師と大柄な怪力男のペアとのことだ。
「今回狙われた硝子細工作家は、イタリア人のカロジェロと言う職人だ。事前に現場から避難させてしまうと、敵が別の対象を狙うなどしてしまって、被害を防ぐことが出来なくなるから、事前に説明したとしても、彼を工房から動かすことは出来ない。但し、ミス・バタフライの配下がカロジェロの工房を襲撃するまでに3日間の猶予がある。その3日の間にカロジェロに接触して、事情を説明し、カロジェロの持つ『硝子の靴を作る技術』を教えてもらい、習得する事が出来れば、螺旋忍軍の狙いを自分達に変えさせることが出来る可能性がある」
 簡単に言ってしまえば、カロジェロを隠した上で、自分達が囮になると言うことだ。
「俺が調べた情報によると。カロジェロと言う職人は一人で工房にこもっているけど、基本的に温和で人当たりがいいみたいだから、事情を説明すれば技術を教えてくれると思う。だけど、硝子細工を作ると言うこと自体が難しいことだし、カロジェロも教えるとなれば妥協はしないだろう。3日間本気で修業しないと、囮にはなり得ないと思う」
 硝子細工は、硝子とバーナーの火力を繊細に調節し、作り上げるものだ。しかも、カロジェロは『硝子の靴』専門の職人である。習得するまでの3日と言う期間は、短すぎると言ってもいいだろう。
「3日の間に見習いと言えるレベルまで技術が上達すれば、囮の方を敵は狙って来るだろうけど、正直……必死にやらないと難しいと思う」
「それでも、カロジェロ本人を狙わせるよりは、ケルベロスが囮になった方がいいって言うのが、雄大の考えなんじゃろう?」
 咲次郎の言葉に雄大は、頷く。
「カロジェロを狙う、ミス・バタフライの配下の説明な。敵は、道化師と大柄な怪力男のペアで。道化師はファミリアロッドを武器として使い、螺旋氷縛波も使用可能。怪力男は、鎖を武器として使い、その他にグラビティのこもった強力なパンチを放って来る」
 前衛と後衛がハッキリと別れたペアだと雄大は言う。
「みんなが囮になることに成功すれば、技術を教える修行と称して、有利な状態で戦闘を始めることが出来ると思う。具体的には、自分達のタイミングで奇襲したり、敵を分断したりだな」
 螺旋忍軍二人相手にそれだけのアドバンテージを取ることが出来れば、戦闘がかなり有利に進むだろう。
「カロジェロの作る、ガラスの靴は幅広い世代の女性に人気があって、ファンも多いらしい。ガラスの靴を専門で作っている職人って言うのも珍しいから、カロジェロが殺されれば、悲しむ人も多いと思う」
『ガラスの靴』には、それだけ女性達の夢が詰まっているのだろう。
 王子様と女性を結び付ける象徴的なものなのだから。
「ミス・バタフライの策略も、最初の羽ばたきさえ止めてしまえば、大きな事態は引き起こさない。だから、この依頼、何としても成功させてくれ。頼んだぜ、みんな!」
 そう言って、雄大はヘリオンに乗り込んだ。


参加者
クロノ・アルザスター(彩雲に煌く霧の剣閃・e00110)
蒐堂・拾(壺中に曇天・e02452)
ティオ・ウエインシュート(静かに暮らしたい村娘・e03129)
林崎・利勝(十八・e03256)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)
ゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)
サラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)

■リプレイ

●硝子細工師
 光に照らされた、幾つものガラスの靴。
 全て、この工房の主の作品だ。
 硝子細工師カロジェロは、工房を訪ねて来たケルベロス達を笑顔で出迎えると、ハーブティーと共にケルベロス達の話を聞いた。
「あなた達がケルベロスだと言う事は、全面的に信用しますが、デウスエクスが私の命を狙って、一体何の得があるのでしょう?」
 林崎・利勝(十八・e03256)から差し出された、ケルベロスカードに目を通すと、カロジェロはいかにも人の良さそうな瞳でケルベロス達に訊ねる。
「私達には、あなたの命とあなたの技術が狙われている事しか分からないんです。ヘリオライダーの話では、そうすることで、なんらかの効果が表れるのを螺旋忍軍は狙っているらしいんですけど」
 流暢なイタリア語を駆使して、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が、カロジェロに説明する。
「それに、あなたの命を奪わせるなんて事も、私達は見過ごせません。あなたの命を守る為に、どうかご協力願えないでしょうか?」
「協力と言いますと?」
 真理の言葉にカロジェロが疑問の表情を浮かべる。
 どう考えても、自分がデウスエクス退治に協力できるとは思えなかったからだ。
「私達に、カロジェロさんのガラスの靴を作る技術を伝授して頂きたいのです。押しかけ弟子の様で心苦しいのですが……」
 そう口にすると、鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)は、今回の作戦について、カロジェロに包み隠さず説明する。
 カロジェロのガラスの靴の技術を習得した者が、カロジェロに代わって螺旋忍軍の囮となる事、カロジェロの身の安全の為にはそれが最善である事、教えを乞える時間が三日しかない事……全てを聞き、カロジェロは少しだけ困った顔をする。
「ケルベロスの皆さんが、そこまでして下さると言うのは、私にとってはとても有り難いことだと思います。ですが、ガラスの靴を作ると言うのは、言葉で言うほど簡単な事ではありません。私も未だに試行錯誤を続けています……」
「勿論承知しています。本気でやっていきますので、宜しくお願いします」
 潮流が深く頭を下げれば、他のケルベロス達も頭を下げる。
「あ、あの、頭を上げて下さい。分かりました。3日間ですね。短い期間でどこまで皆さんに、技術を教えてさしあげられるかは分かりませんが、お教えします」
 カロジェロは慌てた様にそう言うと、一度笑顔を作ると。
「私の為に、ありがとうございます」
 そう言って、ケルベロス達に頭を下げた。

●ガラスの靴
「はーい! 皆さーん、ごはんができましたよー。根詰め過ぎると身体にも作品にも悪影響が出ます。さ、冷めないうちにどうぞ♪」
 言いながら、ティオ・ウエインシュート(静かに暮らしたい村娘・e03129)は、ガラスの靴制作に励む仲間達に食事を配って行く。
 修行開始から2日目、ようやくケルベロス達はガラスの靴の加工に挑戦する段階に入っていた。
 カロジェロから技術を教えてもらえると聞き、ゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)などは『カロジェロ先生の弟子だー。先生を襲撃から守れるように、硝子細工の作り方を一生懸命覚えるねー♪』と、喜んでいたのだが、カロジェロはすぐには硝子に触れさせてくれず、硝子の特性を覚える為の、講義を始めたのだ。
 その講義内容は、芸術の講義と言うより、科学の講義に近く、専門用語の飛び交う講義は、ゲリンを始めとするケルベロス達の頭を沸騰させた。
 そして、一日目の講義が終わると、カロジェロは『ガラスの特性と、バーナーの必須温度等の知識が無ければ、硝子細工など無理ですので、今晩中に理解した上で工房の実技に移りましょう』と微笑みながらケルベロス達に言った。
 その為、徹夜をしたケルベロスも半数以上おり、硝子細工作りの前に心が折れそうになった者もいる。
 だが、二日目……カロジェロが実際にガラスの靴の制作過程を披露すると、ケルベロス達はその繊細さに魅了される事になった。
 バーナーを上手く調整し、ガラスのパイプで空気を入れ、少しずつ形を整えていく様は、本当に魔法の様で……ただの、カットガラスがガラスの靴に生まれ変わる十数分の間、ケルベロス達はその作業に見入った。
 そして、実際に自分達もガラスの靴の制作を開始したが、ケルベロス達が思っていた以上に、硝子細工と言うのは造るのが難しいものだった。
 ほんの少し気を抜いただけで硝子は『パリン』と音を立てて割れてしまうのだ。
 集中力と根気をフル活用した午前中……今、ようやく、それぞれ『ガラスの靴』と呼べる様な作品が出来つつあった。
(「二日目でこれなんですよねー。あと一日でどうにかなりますでしょうか?」)
 お手製の手のひら大のシンプルなガラスの靴を見ながら、サラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)が、内心呟く。
 朝から同じ作業を何度も繰り返しているが、ガラスの靴に気泡が入ってしまったり、バーナーで溶かし過ぎて形が崩れたりを繰り返している。
 今、手にしているガラスの靴もサラキアが作ったと言う意味では味はあるが、カロジェロが作った者と見比べれば、歴然とした差がある。
 それでも……。
(「ま、やれるだけは頑張りましょうかー」)
 ある種の達観かもしれないが『やれるだけの事を』その気持ちが、サラキアの手を休ませず、少しずつ硝子の美しさを引き出していた。
(「こうして、教えてもらう……師弟関係と言うんでしょうか。初めてですが、悪く無いですねー」)
 サラキアはチラリとカロジェロを見ると、すぐに視線を手元に戻す。
(「硝子細工って素敵とは、思ったものの……やっぱり簡単じゃないのよね。事前準備したつもりでいたけど、あの数時間じゃあんまり意味無かったかも……現場は違うよね」)
 ケルベロスの中でも、割と手先が器用な方と自負していた、クロノ・アルザスター(彩雲に煌く霧の剣閃・e00110)も、繊細な硝子細工に苦戦していた。
 雑貨屋を営み、商品も自作している。
 今回のメンバーの中でも素養的に一番なのは確かだろう。
 だが、雑貨と一言で言っても、幅は広い。
 木工雑貨、裁縫雑貨、ワイヤーワークにとんぼ玉、どれも専門技術である。
 趣味としての、一日体験なら楽しい思い出にもなるだろうが、クロノはカロジェロの技を盗み、自分の店に並べられるレベルの物を作ろうとしていた。自然と自分に課すレベルも上がって行くと言うものだ。
 だが、クロノの心にも雑貨屋としてのプライドと自信の他に、女の子としての憧れも当然あった。
(「あーーーー。やっぱ女の子なら憧れるわよね、ガラスの靴。 折角こうやって教えてもらってるんだし。絶対ものにするんだからっ! 作れるようになったら、自分用のガラスの靴……改めて作っちゃおうかなぁ。似合うか似合わないかは置いておいて。私の王子様が、私を探しやすくなるかもしれないし」)
 クロノの雑貨屋としての思いと乙女心が、ゆっくりと調和するとガラスの靴の輝きも増して行った。
 目深にフードを被りながらも、蒐堂・拾(壺中に曇天・e02452)の瞳は、バーナーに溶かされる硝子を一心に見つめていた。
 手先はけして器用ではないと、拾自身も分かっていた。
 それでも、こういった細かな作業を一人でじっくりとするのは好きだった。
 失敗してもすぐに次の硝子を手にし、シンプルで小さなガラスの靴を形作って行く。
 割と大きな体躯の自分には、こんな細やかで華やかな物を作るのは似合わないと思っていた。自分には縁遠い世界だと。
 だが、カロジェロは拾の作品を見ると、笑顔を湛えて『あなたらしい作品だ』と言ってくれる。
 気恥ずかしくなって、フードの先をくいっと引っ張り小さな声で『ありがとう』と言うのが精一杯だったが、胸が暖かくなり、自分が作っている物にも価値があるのだと拾は思った。
 教えられた事を正確になぞるだけ、角度やタイミングを正確に、芸術とは言えないかもしれない……それでも、拾だけが作れるガラスの靴は少しずつ、光を帯びていく。
(「やるからには全力で妥協せずとは思っていましたが……妥協も必要でしょうか?」)
 潮流は、自らが作ったガラスの靴の残骸を見ながら、ため息を吐く。
 カロジェロに『筋は悪くない』と言われていたが、自分が納得のいく物となると、作り出すのは難儀だった。
 大切な妹分へのプレゼント、気合も入れば妥協もしたくない。
 シンプルなガラスの靴ならと思っていたが、シンプルな物ほど妥協をしなければ粗が見えて来る。
 カロジェロに教えを請う数も自然と一番多くなっていたが、カロジェロは嫌な顔一つせず、丁寧に潮流に指導していた。
 潮流の硝子と向き合う真摯な瞳が、誰かを思って作っているであろう瞳が、カロジェロを笑顔にさせていた。
(「初めての事です。多少の行き詰まりは当然です」)
 潮流は、大切な妹分の笑顔を思い浮かべる。
 喜んでくれるかは分からない……それでも、潮流の気持ちを奮い立たせるには十分だった。
「ガラスのクツって、大事なお姫様のクツなんだよね? それを作るカロジェロ先生を殺すなんて、絶対に許せない!」
 カロジェロを前に、ガラスの靴作りに励んでいた、ゲリンが憤る様に口を開いた。
「その為に君達が来てくれたんだ。私は幸運だよ」
 ゲリンを諭す様に、カロジェロが言う。
「それにね、私は本物のガラスの靴を作れる訳じゃない。ガラスの靴に本当の意味で魔法をかけられるのは、プレゼントする人や女の子自身なんだよ。友達の為に作っているって言う、君の気持ちも魔法なんだよ」
 優しく言うカロジェロにゲリンは、ポツリと口を開く。
「……実はね、ボク、前から気になってる子がいるんだ。ボクと同じケルベロスで、いつもは会わなくて、手紙でやり取りするだけだったんだけど……この前久々に会っておしゃべりできて……すごくうれしかった」
 ゲリンの言葉をカロジェロは静かに聞いている。
「……だから、ガラスのクツをプレゼントしようって思った。また出会えるようにって願いをこめて、作りたいんだ」
 切なる思いなのか、淡い恋心なのかはカロジェロには分からない。
 それでも、そんな思いを込めて作られるガラスの靴にはきっと魔法がかかるだろう……口には出さず、カロジェロはゲリンの頭をそっと撫でた。
「『ガラスの靴』……お姫様に憧れる娘なら一度は履いてみたい物です」
「そういうもんかのう」
 ティオが熱く語るのを、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)は、ガラスに彩色しながら相槌を打つ。
「そんな素敵職人さんの技術を盗み、あまつさえ殺すなんて、絶対許せませんね!」
 ティオの手で操られる硝子は、バーナーの火にかけられながら少しずつ形を変えていく。
「けど、憧れのガラスの靴を自分の手で創造出来ると言うのも素敵ですね。物作りはドワーフの嗜みですし、特別なアレンジを加えなくても、魅せられるくらいの物を作りますよ」
「気合入っとるのう。どれ、お茶でも入れてくるかのう」
「あ、私も行きます。晩御飯もそろそろ準備しないと」
 ティオと咲次郎が工房を離れる中、二人の男女が目に入る。
 陣内とあかりの二人はカロジェロがお手本にと、ガラスの靴を作っているのを食い入る様に見ていた。
(「こんな靴が履けたら、僕もお姫様になれるのかもしれない……柄にもないかな」)
 ガラスの靴が形作られて行くのを見ながら、あかりがぼんやり考えていると、静かなそれでいて優しい声で陣内があかりに言う。
「……ガラスの靴はね、あかり。誰かがくれるのを待っていてはいけない。『自分で作る』くらいの気概を持ってるのがいい女だ」
 まるであかりの考えが全て分かっている様な陣内の言葉に、あかりも納得する。
「……あ、そっか。誰かがくれる訳ないよね。自分で頑張るよ」
 強く拳を握って、あかりが言う。
 現代のお姫様は、『ガラスの靴を履くのは私!』と王子様の胸に飛び込んでいけるくらいの、強さも必要なのかもしれない。
 待っているだけでは成就しない恋もあるのだから……。
 利勝と真理、二人のサポートもあり、ケルベロス達のガラスの靴作りは深夜まで及んだ。
 
●蝶の刺客
「ガラスの靴専門の硝子細工師と言うのは、お前か?」
 風の様に工房に入って来た道化師の姿の螺旋忍軍は青いリボン細工の付いたガラスの靴を前に、一人椅子に座っている女に訊ねた。
「ええ、そうよ」
「ならば、我等にその技術を教えてもらおう。素直に従えば、命まで取りはしない」
(「嘘ばっかり。技術を習得したら殺すつもりのくせに」)
 心の中で呟きながらも、クロノは笑顔を作ると、螺旋忍軍に承諾の言葉を発する。
「分かったわ、教えてあげる。いい? ガラス細工は魂とアートの融合よ。私の言う事をよく聞いて、よく学びなさい」
 何時の間に現れたのか、巨漢の螺旋忍軍も頷く。
 そこから、クロノの偽硝子細工講座が始まる。
 最初は尤もらしく真実を教え、徐々に嘘を混ぜていく。
 そして、気付けば螺旋忍軍二人は、四つん這いの格好をさせられていた。
「おい、こんなので本当にガラスの靴は完成するのか?」
 ようやく疑念を抱いた、道化師がクロノに訊ねれば、クロノはにっこりと笑う。
「無理なんじゃないかな?」
 言葉と共にクロノは怪力男に向かってフォースの爆発を起こす。
「な! なにっ!」
 道化師が慌てて声を上げる。
「ちょ~っと、気付くの遅いんじゃないですか? 道化師さん、怪力男さん、もしよかったらお名前教えていただけませんか? 倒した相手の名前を心に刻みますので」
 ティオが月の力を借りた斬撃を怪力男に浴びせながら言えば、利勝が袈裟切りの返す刀で逆袈裟の斬撃を怪力男に与える。
「技術を盗み、ミス・バタフライは何をするつもりなのだろう? お前達は知らないよな? 何にせよ人命を脅かすのならば、捨て置けまい」
 旋風を巻き起こしながら拾が怪力男の首を刈り取る様に蹴りを入れる。
「ふわりふわりと飛んでいる星たちと、心がもやもやしている人たちのためにこの歌をささぐ……橙色星の子守唄」
 ゲリンの優しい子守唄は、ゲリンの『護りたい』と言う強い想いが、旋律となってケルベロス達を包んで行く。
「紫電に巻かれ、跪け!」
 大気から引き出した紫の雷を右腕に纏わせると、潮流は怪力男を殴ると同時に、紫の雷で身体を縛る。
「不意打ちとは、卑怯な! 俺の魔法の弾丸を喰らえ!」
 道化師が、手にした杖から魔法の弾丸をクロノに向かって放つが、咄嗟に真理が割って入る。
「あなた達に卑怯者呼ばわりされるのは心外です」
 言いつつ、真理が怪力男をチェーンソーで引き裂けば、真理の相棒のライドキャリバー『プライド・ワン』も怪力男にタイヤの跡を残す。
「あは。貴方の深淵、見せてくださいなー?」
 サラキアは自らのグラビティ・チェインを収束し、大鎌へと変質させるとその大鎌を笑顔で横に薙ぎ、怪力男の首を刎ねる。
「あらー。あなたの力も、この本に収めたかったのにこれじゃ無理ですねー」
 笑顔を崩さず、番犬たる青い髪の少女、サラキアが言う。
「結局名前聞けなかったですね。あなたは教えてくれますか?」
 ティオが高速回転で道化師に突撃すれば、昇がリボルバー銃の一撃を道化師の頭部に決める。
 道化師が杖をファミリアに変え潮流にぶつけるも、すぐに真理の両手の指先が最先端医療器具へと変わり、傷を塞いでいく。
 ゲリンが、仲間達の全ての傷を癒すべく、癒しの雨を降らせれば、拾の魔を降ろした拳が道化師にクリーンヒットする。
 空をも裂く利勝の刀が横に薙ぎ、サラキアのハンマーが生命の『進化の可能性』を奪い道化師を凍結させる。
 潮流の忍者刀『村雨・覇』が、道化師の傷口を抉った時、道化師の瞳に二人の女性が映った。
「起動!クロノスハート! 粉砕レベル金剛石! 砕け散ってください!」
「あんたもう逃げられないわよ? ……最後まで付き合ってよね」
 ティオの粉砕機を装着した拳とクロノの稲妻を纏った拳が、同時に道化師を捉えると、道化師は壁まで吹き飛び、そのまま物言わぬ躯となった。
 怪力男と道化師、二人の身体は輝くグラビティ・チェインを放出しながら、霞となって消えていったが、その美しさは、『ガラスの靴』の美しさの足元にも及ばなかった……。

●一つだけの輝き
「螺旋忍軍は、撃破出来た様じゃのう」
 万が一の為にカロジェロと共に二階に避難していた、咲次郎がカロジェロを伴って、工房に下りて来る。
「本当にデウスエクスが私みたいな一般人を狙っていたんですね。皆さん、本当にありがとうございました」
 言うとカロジェロはケルベロス達に深く頭を下げる。
「いえいえ、私達もガラスの靴を作れるなんて滅多にない事でしたから、楽しかったです」
 ティオが笑顔でカロジェロに言う。
 その言葉に、カロジェロも笑顔になると、ケルベロス達にそれぞれが作ったガラスの靴の大きさに合う、柔らかな赤い布で出来た靴台の入ったガラスケースを渡す。
 ガラスの中に入ったガラスの靴は、世界に一つだけのガラスの靴。
 ケルベロス達が満面の笑顔を浮かべる中、フードを目深に被り、皆には見えない拾の瞳もまた、柔らかな輝きを放っていた。
 その輝きに気付いたのは、カロジェロだけだったけれど……。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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