廃工場の怪人

■リプレイ

●
　夜の廃工場は、完全に無音ではなかった。工場内をさ迷う空気の流れ、それがさまざまな物を通る音が不可思議なBGMとなって雰囲気を盛り上げるのだ。
「うぅ……薄暗い廃工場……いかにもな場所じゃないですか……さ、さっさと怪人とやらを倒しちゃって、早く帰りましょう！」
　……それにしても、こんなライトの付け方してると、探検隊みたいですね……とおっかなびっくり頭につけたライトで周囲を照らしたのは猫夜敷・愛楽礼（吼える詩声・e31454）だ。
「夜の廃工場って「いかにも」っていうか、噂の一つくらいたってもおかしくない、ヤな雰囲気よね……」
　篠宮・マコ（スイッチオフ・e06347）は、小さくそうこぼすと小首を傾げた。
「噂話をたどって興味が奪われただなんて、好奇心が猫を殺したのかしら……いや、この場合は好奇心が殺されたというべき……んー？」
「噂の始まりが何だったのか、その考察は興味深い」
　淡々と、ジゼル・クラウン（ルチルクォーツ・e01651）は呟く。火の無いところに煙は立たないという……ならば、ここにその『火』があるはずだ。
　デリック・ヤング（渇望の拳・e30302）は仲間達にうなずきを一つ、コツンと床に照明を置くと数歩下がった。デリックのうなずきに、口火を切ったのはマコだ。
「ねぇ知ってる？　ここの工場、人さらいのこわーいお化けが出るんだって。なんでも、ゆらめく影のような姿をしていて……」
「怪人が出る廃工場の噂か。おおかた誰かが不法侵入でもしてたってオチじゃねえのか？」
　マコのデリックも返す。しかし、視線は合わせず周囲を鋭く見回していた。
「……こういう場所で、揺らめく影……ゆ、オバケとかじゃないですよね？」
　愛楽礼の震える声が絶妙だ――実際に演技でない分、リアルな響きがある。
「廃工場の怪人ねぇ。ああ、きっといるぜそいつは。いないワケが無い。この工場の――区域の――あるいは世界のどっかには、な」
　キサナ・ドゥ（アガーテの花冠・e01283）が、不敵に笑い言い捨てた。
「いなきゃ困るんだがな、平和を守るケルベロスとしては」
　その瞬間、その気配は闇の中に現れた。ゆっくりと、さ迷うように近づいてくるのはズタボロの布で姿を隠した人間のようなシルエットだ。
『ワ、ガ……ナハ……？』
　かすれた、地の底から響くような声。その問いかけに、ハッ！　とキサナは鼻で笑った。
「廃工場の怪人。と、そう答えてもらいたいんだろうが――ドリームイーター。デウスエクス・ジュエルジグラット。それがてめぇの、チャチな正体さ」
『イ、イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ！』
　それは、存在を否定されたモノの怨嗟の叫びだ。廃工場の怪人でなくてはならない、されどならないモノはその枯れ木のように細い腕を伸ばした。
「いくよぉ、兄者。オレ達の力見せてやらなきゃねぇ」
「ああ、そうだな。我等ヴァーミリオン家の実力。ここで示す時かな」
　グレイシア・ヴァーミリオン（夜闇の音色・e24932）とデュランダル・ヴァーミリオン（一意専心・e24983）の兄弟が、揃って前に出る。否定された廃工場の怪人の殺意は、神経を直接ヤスリで削ったかのような感覚を与えてくる――しかし、それに怯む者などこの場には一人としていなかった。
「行くよ、ユーフォリア」
　八神・鎮紅（紫閃月華・e22875）が、Advanced Code : Euphoriaを引抜く。互いが間合いをはかり、緊張が高まる――それが弾けた刹那、戦いの幕が上がった。

●
　廃工場の怪人、そのモザイクが巨大な口となってマコを襲った。マコは、それをオーラを集中させた両腕で受け止めた。
「噂話にはくだらないオチがお約束なんだから、退屈でつまらなくても、平和なハッピーエンドにならなくちゃいけないの。だから怪人なんて、本当にいてもらったら困るのよ」
　だから、否定する――マコのシャウトと、ウイングキャットであるぴろーの清浄の翼が同時に発動。その直後、キサナは銃を抜いた。
「見切ってみな、デビルズファニングの妙技を！」
　抜いたのは、銘以外何の変哲も無い銃だ。しかし、その使い手の技こそが非凡だった。素早く抜いた瞬間の神速の七連射――見えない悪魔の技としか言いようの無い、早撃ちだった。
　キサナの破扇振る悪魔・序による七連射を受けた廃工場の怪人が、後退する。それを許さないと言わんばかりに、デュランダルはプロトタイプバスターライフルを構えエネルギー光弾を射出した。
　廃工場の怪人は、デュランダルのゼログラビトンをモザイクで受け止める。だが、それこそがデュランダルの狙いだ。
「グレイ」
「おう！」
　その短い呼びかけで事足りる、既に跳躍していたグレイシアの高角度から振り下ろす燃え盛る回し蹴りが、廃工場の怪人の側頭部を蹴り飛ばした。手応えはあった、しかしズタボロの布に中身がないようにその体躯は宙を飛び、中空をさ迷う。
　そこへ一気に駆け込み、音を超える速度で拳を繰り出したのはジゼルだった。
「問題ない。コレは正体不明の都市伝説ではなく、デウスエクスだ。攻撃は通っているとも」
「ハッ！　まったくだ。怪人だろうが何だろうが、ブチのめして喰らってやるだけだぜッ！」
　それに続いたのは、デリックだ。振りかぶった縛霊手の重みを利用した一撃、デリックの縛霊撃が炸裂した。
『ァ、アア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ！！』
　廃工場の怪人が絞りだす、怨嗟の叫びが響き渡る。その中をオルトロスの火無が疾走、背中のロングソードを引き抜き、通り抜け様に廃工場の怪人を切り裂いた。
「攻撃が当たるならオバケじゃないです！　怖くなんてありません！」
　満月に似たエネルギー光球をマコへと当てて回復し、愛楽礼は言い切る。攻撃があたれば倒せるのだ、ならば恐れる必要などどこにもないのだ。
「煌めく星々の加護を、此処に」
　Advanced Code : Euphoriaを地面に突き立て、星剣を投影。星座の魔法陣を広げながら、鎮紅はスターサンクチュアリを展開した。
　廃工場の怪人が、ゆらりと動く。ケルベロス達は、身構える。夜の廃工場は、これより死闘の舞台へと成り果てていった。

●
　――強いなぁ。
　グレイシアが、しみじみと思う。八人と二体、それとただ拮抗しているだけでも脅威だ。だというのに、押し切れている感覚がしないのだ。
「兄者ぁ！」
　ジャララララララララララララララッ！　とグレイシアの意志に応じて踊ったケルベロスチェインが廃工場の怪人を絡めとる。だが、中身がないに等しい怪人は、するりと抜けようとする――だが、それをデュランダルが繰り出した炎を宿した踵落しが許さなかった。
「悪いが、連携の練度が違う」
『グ、ガ、ガ――』
　ジャガン！　とグレイシアの猟犬縛鎖の廃工場の怪人を、ジゼルは踏み込み惨殺ナイフで深々と切り裂く。廃工場の怪人は牽制と言わんばかりに、モザイクを飛ばして来るがジゼルは冷静に対処してかわしていった。
「その程度では届かない――」
　ジゼルの言葉が、途中で止まる。怪人が掲げた右手、その手中に今までとは比べ物にならないサイズのモザイクが生まれたからだ。
「――うん、それは無理だ」
　廃工場の怪人が、モザイクを投擲する。それを庇って受け止めたのは、マコだ。
「……くるね、結構」
　ゴリっと記憶――否、知識がかじりとられた感覚にマコはすぐさまシャウトする。そして、マコを助けるようにぴろーが尻尾の輪を怪人へと飛ばした。それに続き、火無も地獄の瘴気を叩き付けた。
『グ――』
「其処です」
　背後から滑り込んだ鎮紅のAdvanced Code : Euphoriaが、閃く。順手から逆手へ、より深く近い間合いで突き立て切り刻む――鎮紅の卓越した技量による達人の一撃だ。
「調子に乗んなよッ！」
　そして疾走する勢いを利用したキサナのドラゴニックハンマーが命中、ずがん！　とドラゴニック・パワーを噴射させ廃工場の怪人を吹き飛ばした。
「助かった。礼を言う」
「ううん、そういう役目だからね」
　ジゼルの短い礼に、マコはこくりと一つうなずくだけで終わらせる。愛楽礼はマコへオーラを注ぎ込み、回復させた。
「こっちの攻撃は効いてる……よね？」
　愛楽礼の疑問も、当然のものと言えた。相手は表情も見えず、損傷も判別しにくい。動きにも影響が無いのだから、もしかしたら――そういう考えがよぎってしまうのも仕方がないことだ。
　だが、その考えをデリックが否定する。
「見た目に惑わされすぎるな！　バケモンの姿をしてようが結局はドリームイーターだ、攻撃手段だって連中と変わらねぇ！」
　だから、手応えを信じるのだ。デリックは真っ直ぐに突っ込み、跳び蹴りによるスターゲイザーを繰り出した。
（「効いてる、攻撃は通じてる……うん、幽霊じゃない」）
　愛楽礼は強く、そう己に信じ込ませた。それが事実かどうか――その答えは、常に唐突に導き出される。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア！！』
　モザイクを巨大な口へと変えた怪人の攻撃に、デュランダルは一歩前へと踏み出した。その口、牙と牙を正確に見切り――鋭い二連撃の回し蹴り、スターゲイザーで相殺した。
「よく見れば反応できる攻撃だ」
「ナイス、兄者！」
　動きが止まった怪人へ、即座にグレイシアのハウリングフィストが突き刺さる！　兄弟ならではの阿吽の呼吸によるコンビネーションが、廃工場の怪人を吹き飛ばした。
　吹き飛ばされた怪人は、工場の物陰に逃げようとする。闇に紛れ、障害物の中で動かれれば状況は悪化する――だからこそ、キサナの銃弾が許さない。
「誰が逃げていいって言った？」
　破扇振る悪魔・序の七連射が、ズタボロの布に穴を穿っていった。物陰へと至る前に銃弾に踊らされた怪人へ、ジゼルが光り輝く鍵のような武器を召喚する――。
「開け――"The Silver Key"」
　ジゼルの銀の魔鍵による多面的な魔法攻撃は、廃工場の怪人を物陰から遠ざけた。
「ぴろー」
　マコとぴろーは同時に疾走、マコのやればできると信じる心を込めた一撃とぴろーの鋭い爪が同時に怪人を捉える！
『ガアアアアアアアアアアアアアア――！』
　ズ、ガガガガガガガガガン！　と怪人がモザイクを周囲へとばら撒く。しかし、狙いも何もない攻撃は全員に届かず――跳躍した愛楽礼が、大きくその足を振り上げた。
「ここは断頭台、その首頂きます！」
　振り下ろされた足は、まさにギロチンだ。愛楽礼のπ/の一撃に大きく切り裂かれた怪人に、火無は正確にロングソードを突き立てた。
「これで終いだ」
「其の隙、逃しません」
　デリックが爆破スイッチを押し、鎮紅がダガーに紅い光を宿し、只静かに対象を見据えて一気に距離を詰めた。
　鎮紅の淡い光を零す剣閃が怪人を断ち切り、デリックの一撃が大爆発を巻き起こす――それが、廃工場の怪人……それにもなれなかったナニかの最期となった……。

●
「お、いたいた」
　キサナが発見した青年の元へ、ケルベロス達は駆け寄った。
「あー……」
　目を覚ました青年は、まだ夢心地なのか意識が混濁しているようだった。それでも目覚めたのだ、グレイシアは安堵しながら言った。
「大丈夫？　災難だったねぇ、でももう解決したから大丈夫だよぉ」
「興味がある事は結構だが、ハイリスクな賭けは避けた方がいい」
　ジゼルの淡々とした物言いに、青年も気圧されたようにうなずいた。
「あ、あぁ……うん」
「こんな場所を不用心にウロついてるからこうなるんだぜ。今後はせいぜい気をつけるんだな」
　ポンポン、と青年の肩をデリックは叩く。ようやく意識がはっきりしてきたのだろう青年が立ち上がるのを見て、グレイシアは隣に立つデュランダルへ言った。
「兄者、オレお腹空いたから何か食べて帰りたーい」
「ん？　お腹が減ったのか？　では、何か食べに行こうか」
　それとなく甘えるグレイシアに、デュランダルも当然のように応える。全てが片付いた、ケルベロス達は青年を連れて歩き始めた。
　――こうして、廃工場の怪人にまつわる事件に幕は閉じた。しかし、ジゼルはふと呟いた。
「……しかし、結局都市伝説のきっかけは何だったのかな？」
　その答えは、誰にもわからない。いつか人々に忘れ去られるまで、廃工場の怪人はこの工場をさ迷い続けているのだろう。
　ただ、言える事は一つ。噂話は残っても、命を奪われる者はいなくなった。それだけは、確かな成果だった……。

作者：波多野志郎	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年9月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。