迷子の迷子のカルガモたん

作者:藍鳶カナン

●迷子の迷子のカルガモたん
 緑地公園の何処かに、親兄弟とはぐれた迷子のカルガモの赤ちゃんがいるんだって。
 ――恐らく夏の初めにはこんな感じの噂だったのだろうが、夏の終わりを迎える頃には、噂にがっつり尾ひれがついてしまったらしい。
 初夏には輝くような純白の睡蓮が咲き誇っていた緑地公園の池の水面にはもう花はなく、今はその岸辺に薄紫の桔梗が咲き群れている。桔梗咲く池のほとりをぐるり廻って、迷子のカルガモの赤ちゃんを探す少女は、森から池へ流れ込む小川の岸を遡っていった。
 少女が信じているのは尾ひれがついたほうの噂である。
「迷子の迷子のカルガモたん……あんまりにも寂しくて、真珠の涙を流すようになったって本当ですか?」
 そんなカルガモいるわけない。
「迷子の迷子のカルガモたん……ひとりきりでも強く生きていけるようにならなきゃって、頑張って2mのヒナになったって本当ですか?」
 そんなカルガモもっといるわけない。
 けれど少女は『本当ですか?』と訊きつつも『絶対ほんとです!!』と信じていた。
「だって色んなひとがそう言ってたです! 迷子の迷子のカルガモたん、どこですかー? もう寂しくないですよ、わたしがカルガモたんと一緒に遊ぶで――」
 小さな拳に決意を握りしめた少女。だが少女の、す、という最後の声がふつりと消える。
 少女の背に、大きな鍵が突き立てられていた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 小さな心臓を穿った大きな鍵を引き抜き、パッチワーク第五の魔女・アウゲイアスが薄く笑んだなら、とさりと倒れた少女の傍らに、たったいま奪われた『興味』が現実化する。
 黄色と褐色まじり、ほわほわ産毛のカルガモの赤ちゃん。
 噂どおり2mはあるおっきな迷子の迷子のカルガモたんは、『ぴよ!!』と空に向かって一声鳴いた。

●迷子の迷子のカルガモたん(2m)
 緑地公園の何処かに、親兄弟とはぐれた迷子のカルガモの赤ちゃんがいるんだって。
 それも、寂しさのあまり真珠の涙を流すようになって、ひとりでも強く生きていけるよう頑張って2mになったカルガモの赤ちゃんなんだって――。
 こんな噂が、ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)の心と天使の翼を震わさないわけがない。
「……この噂を聴いた時、ミケさん閃いた……。パッチワークの魔女がこのカルガモたんを現実化してくれ――Non,このカルガモたんへの『興味』を奪いにくるかも、って……」
「うん、そう閃くのも至極もっともな話だよね」
 主に前者的な意味で頷いて、天堂・遥夏(ウェアライダーのヘリオライダー・en0232)は彼女が閃いたとおりの事件が予知されたとケルベロス達に語る。
「『興味』を奪った魔女はもう姿を消してるけど、現実化しちゃったドリームイーター……迷子の迷子のカルガモたんをこのままにはしておけない。この子寂しがり屋でね、寂しくてひとを探しにいくんだけど、ひとに出逢うと攻撃グラビティかましちゃうから」
 一般人に被害が出る前に、そして興味を奪われた少女を目覚めさせるために、この迷子の迷子のカルガモたんを撃破して欲しいと遥夏は願った。

 緑地公園には既に避難勧告済み。
 森の中を流れる小川の傍にいるという迷子の迷子のカルガモたんは、ひとを探して小川を下るように川岸をてちてち歩いてくる。2mだけど赤ちゃんなので巧く泳げないらしい。
「――でね、小川が流れ込む池のところまでやってくるから、そこで迎撃して欲しいんだ。結構広々してるから問題なく戦えると思う」
 その迷子の迷子のカルガモたんが使う攻撃グラビティとは!
「ひとつめは、魔法で召喚したカルガモ親子がよちよちてちてち歩く可愛さで複数の相手を足止めするグラビティ」
「!」
「ふたつめは、つぶらな瞳で相手を見つめ、ぷるぷる震えつつ真珠の涙を流して相手の攻撃を鈍らせるグラビティ」
「!!」
「みっつめは、『寂しかったの!!』って感じのほわほわボディで相手に抱きつ、もとい、突撃するグラビティ」
「!!!」
「しかもこの子、ジャマーでね。よちよちの可愛さとか涙のいたいけっぷりとかほわほわの追撃とか強力だから、気をつけて」
「!!!!」
 ミケはぷるぷる震えた。天使の翼も髪に咲く黄金の薔薇もぷるぷる震えた。
「い……いくら可愛くても、ミケさんは騙されない……騙されないもん!!」
 自分一人だけだと確実に萌え死んでしまう気がしたが、頼もしい仲間達が一緒ならきっと大丈夫だ! 多分きっと!!


参加者
ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)
メリチェル・エストレーヤ(黒き鳥籠より羽ばたく眠り姫・e02688)
ヴィンセント・ヴォルフ(境界線・e11266)
燈灯・桃愛(陽だまりの花・e18257)
ウェンディ・ジェローム(輝盾の策者・e24549)
フィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)
ケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442)
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)

■リプレイ

●ぴよ!
 薄紫の桔梗が咲き群れる池のほとりで、麗しき戦乙女が昂然と顔を上げた。
「ふふん、いくら可愛いといっても騙されないですよ!」
 もうすぐ此処へやってくる迷子の迷子のカルガモたん。おっきくてふわふわほわっほわな雛っこは大層可愛らしいようなのだが、フィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)は自信たっぷりに胸を張る。
 てちてち、てちてち。
 何か森のほうからやたら可愛い足音が近づいてくるが、
「所詮ドリームイーターですからね、変なとこにモザイクとかあって可愛さ台無しに決ま」
『ぴよ!』
「ああっ! 凄い可愛い!!」
 森の小川沿いを歩いてきたカルガモたんは一瞬で戦乙女を魅了し、池のほとりにつどったケルベロス達の姿にぱああっと顔を輝かせ、感激にほわほわボディをぷるぷると震わせ――寂しかったの!! とばかりに突撃してきた。
『ぴよぴよ、ぴよー!!』
「なんだなんだ! こんな愛らしいものと戦わねばならんのか! おのれアウゲイアス!」
 グッジョブアウゲイアス! ブラボーアウゲイアス……!!
 未だ見ぬ魔女への賛嘆を胸に満たして、ケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442)は黄色と褐色まじりのおっきなカルガモの赤ちゃんを受けとめる。つよくてほわほわ!
 ほわほわな追撃も『羨ましいのです!』とフィアルリィンが撃ち込んできた癒しがやたら痺れるのも流星の蹴りが空振りしたのも、この愛らしさの前では何も気にならない!
「Bravo,アウゲイアス……じゃなくて、なんてことを……ミケさんを可愛さで殺す気だな」
 ほわほわ産毛の胸元に燈るモザイクはきっとカルガモたんの寂しさの表れだ。
 よくがんばったね、と呟いて、ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)が放つのはカルガモたんを空へ送ってあげるためのウイルスカプセル。
 ――カルガモたん、疲れて眠るまで遊んであげるからね。
「もあ、カルガモたんを寂しさから解き放ってあげようなの」
「ノイエ、カルガモたん様のために参りますよ」
 中衛のウイングキャットとビハインドにそれぞれ呼びかけながら、燈灯・桃愛(陽だまりの花・e18257)とメリチェル・エストレーヤ(黒き鳥籠より羽ばたく眠り姫・e02688)が後衛から前衛へ贈るのは七色の爆風と守護魔法陣。
 だが彼女達がサーヴァントと力を分け合う身であることに加え、前衛は仲間四人と更には敵にフラッシュを放つテレビウムやほわほわ夜色のボクスドラゴンという厚い陣容、ゆえに思うように加護は行き渡らない。
「それでも、めいっぱいカルガモたんの寂しさを受けとめてみせましょうー」
「ああ、ほんとにかわいい……かわいい、けど、ここで終わらせてやろう」
 相棒たるボクスドラゴンから属性を注がれつつ、もふっとカルガモたんの懐に飛び込んだウェンディ・ジェローム(輝盾の策者・e24549)の一撃とともに広がった霊力の網、そしてヴィンセント・ヴォルフ(境界線・e11266)が放つ御業がおっきな雛っこを捕えれば、
『ぴ、ぴよ!?』
「く……可愛らしいですね! けれど私達はケルベロスです!!」
 淡く輝く網と透ける御業の中でおぶおぶするカルガモたん! だけどそんな可愛い雛っこだって攻撃できる、やればできると強く信じる葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)の心が魔法となってほわほわ産毛に炸裂する!!
 だが、次の瞬間。
『ぴよぴよ、ぴよー!!』
 空へ響く鳴き声とともに召喚されたカルガモ親子が風流たち後衛陣の前を横切った。
 よちよち、てちてち。ぐわぐわ、ぴよぴよ。
 おしりがぷりぷり可愛いお母さんカルガモの後を、ちっちゃくてほわほわな雛っこ達が、ぴよぴよよちよちとついていく様は――、
「くっ、やっぱり可愛いですね!!」
「やばいのです、目が離せないのです……!」
「ああっ! なんて愛らしすぎる攻撃なのでしょう……!!」
 後衛陣(特にメリチェル)を身悶えさせる。が。
「み、見えない! 可愛いカルガモたん親子が全然見えないのよ~!!」
「ハハハハ! 可愛いさ独り占め、もとい敵の凶悪な攻撃は私が受けとめておいたぞ!!」
 背で情熱的にマントが翻るケオに庇われた桃愛にはカルガモ行列の魔力が届かない!!
 ちょっぴり複雑な心地になりつつも桃愛は仲間のために癒しを解き放った。
「癒しのあめよ、ここに集いて、きらめく世界を彩って」
 ――ねぇ、あなたのこころも癒してあげるの。
 降り注ぐ癒しと二重の浄化は七色に煌く金平糖の流星雨、そのきらきらも皆からの攻撃も自分と遊んでくれているように思えるのかカルガモたんは御機嫌で、
『ぴよ!』
「……なかなか強い、な」
『ぴよぴよ、ぴよー!!』
 神速で繰り出されたヴィンセントの槍をはむっと嘴で受けとめたカルガモたんは、心から嬉しげな様子で彼に突撃した。ほわっとぎゅむぎゅむ!!
「ああっ! それもう御褒美ですよね狡いですよヤキモチ炸裂ですよ本当に!!」
 ほわっほわの胸にぎゅむっと埋もれるヴィンセントをめがけ、後衛からフィアルリィンが嫉妬の炎、もとい雷杖の力を炸裂させる――!!
 なお彼女が撃ったのはライトニングボルトじゃなくてエレキブーストですほんとうです。

●ぴよぴよ!!
 迷子の迷子のカルガモたん。
 彼はついさっき現実化したばかりのはずだけど、それでもよっぽど寂しかったのだろう。つよくてほわほわな突撃に、よちよちてちてちなカルガモ行列。彼が繰り出すグラビティは愛嬌たっぷりで、直接攻撃されていない者(特にフィアルリィン)の心まで惑わせる!
 ――気がする!!
「危険ですねー、このままでは皆さんめろめろになってしまいますねー」
 もうなっている気もするが、兎も角ウェンディは逆にこちらがカルガモたんをめろめろにすべく心を貫く矢を放った。が。
『ぴ、ぴよ……!』
 まっすぐハートを射抜かれ、胸がきゅうんとしたらしいカルガモたんが、黒くてつぶらな瞳でウェンディを見つめてくる……!!
「く……つぶらな瞳は反則だと思うのですよー……」
「ハハハハ! まったく許せんなこのカルガモたんドリームイーターは!!」
 行くぞキオノス! と声を響かせたケオが解き放つは熱き幻影竜の炎、続けて飛び込んだテレビウムが凶器を揮ったなら、
『ぴよ! ぴよぴよ、ぴよー!!』
 何かに怯えるようぷるっと身を震わせたカルガモたんが、聴く者の胸を締めつけるように悲しげな声で泣き始めた。恐らくトラウマに襲われたのだろう。
「カルガモたん様、きっと一人で寂しかった時を思い出してしまわれたのですね……!!」
「ああ……! その涙も反則だから……泣かないでカルガモたん、ミケさんもつらい……」
 現れたトラウマは見えないけれどそんな気がしてメリチェルが胸を痛めれば、いたいけな瞳からぽろぽろ零れる真珠の涙を直視してしまったミケがふるふると天使の翼を震わせる。
 ああ、それでも戦わなきゃ……!
 気力を振り絞ったミケは黄金の薔薇咲く純白のレースアップパンプスで大地を蹴って宙に舞い、流星の煌きを宿した足でカルガモたんに星の重力を、
 ――ぽふんっ。
 叩きつけたはずだが何かすごいやわらかい音した。
「これは……恐るべき武器封じですねー」
「お願い! ミケさんにもカルガモたんにも、笑顔の華をたくさん咲かせて!!」
 柔らかい音にウェンディがときめき、もとい戦慄すれば、桃愛がたっぷりと癒しと浄化を凝らせたオーラをミケへ注ぎ、
「ごめんなさい、私達も貴方の両親の居場所は知らないんです……!」
「一緒に親を探してやるのも、吝かではないんだが……」
 雷杖の癒しを天使の少女へ向けたフィアルリィンがカルガモたんへそう声を振り絞れば、仄かに苦悩するヴィンセントもそう呟いたが、彼とて理解している。
 迷子の迷子のカルガモたん。
 けれど彼がはぐれた親兄弟は幻だろうから、きっと永遠に見つからない。
 ああだけど、すぐ迷子になる桜の少女と何処か重なる迷子のカルガモたんをほうっておくこともできなくて、
「この子、アパートで飼っちゃダメか、って、聞きたい……けど」
「っていうか、そもそも部屋の扉を通れないんじゃないですかね」
「……だよな」
 躊躇いつつもヴィンセントはやはり倒すしかないかと掌から幻影竜を顕現させた。尻尾を焦がす程度にしてやりたいけど、部位狙いはスナイパーの専売特許。クラッシャーたる彼の役目はその火力で一刻も早くカルガモたんを寂しさから解放してやることだ。
『ぴよー!!』
 さらりとヴィンセントにツッコミ入れた風流は竜の炎にあわあわするカルガモたんへ向け超お買い得だった愛刀をすらりと抜き、
「それでは私は月光斬で――えーと、何するんでしたっけ?」
「カルガモたん様を攻撃ですわ! 葵原様……!!」
 一瞬迷いながらもメリチェルの声に頷いて、月の斬撃を放った。
 ああ、カルガモたんを攻撃だなんて、口にするだけでも辛すぎる……!
 だがビハインドの金縛りが強くカルガモたんを縛める様に、そうよねノイエ、と頷いて、銀の瞳でまっすぐ前を見据えたメリチェルも稲妻の槍を手に馳せる。
「戦うことがカルガモたん様を寂しさから解放することなら、もう私も迷いません……!」
 神速の稲妻がほわほわ産毛を鋭く貫けば、
『ぴ、ぴよー!? ぴよぴよっ!?』
 痺れにじーんと来たらしいカルガモたんがぷるぷるした。
 どうやらカルガモ親子召喚に失敗したっぽい。
「大丈夫、寂しくないですよカルガモたん! 私があなたを抱きしめますからね……!!」
 癒し手の使命を果たしながらもずっとうずうずし続けていたフィアルリィンが、チャンス到来とばかりに飛び出した。己がすべてを眩い光の粒子に変え、全身全霊でカルガモたんに突撃すれば――。
 あったかほわほわ!!

●ぴよぴよ、ぴよー!!!
 寂しがりなカルガモたんの突撃はつよくてほわほわ。
 けれど桃愛とフィアルリィンのメディック二人がその痛手をきっちり癒し、こちらの動きを大きく鈍らせる真珠の涙やカルガモ行列も、彼女達だけでなく他の面々も浄化の技を揮うことで効果を長引かせることなく祓っていく。
「幸福の時間の始まりよ。決して終わることのない永遠のトキの、ね」
 ――ねぇ、微笑って?
 涼やかに桔梗の花揺れる池に向かってよちよちてちてちと歩いていくカルガモ親子、その行列に思わず目を奪われた前衛の仲間へ向け、メリチェルが花の唇を綻ばせて清らな浄化を歌った。
 だが、ヒールで回復できないダメージが蓄積されていくのはどうにもならない。
『ぴよぴよ、ぴよー! ……ぴよっ!?』
 寂しさをぶつけるよう思いきり突撃するカルガモたん、その強力なほわほわを受けとめたテレビウムが耐えきれずにぽふんと消えた。皆の盾となって立ち回り、更にはフラッシュで攻撃を惹きつけ続けていたため、回復不能ダメージの蓄積で限界に来ていたのだ。
 遊び相手が消えたショックで、カルガモたんの目にみるみる涙が盛り上がる。
『ぴ、ぴよ……』
「大丈夫、大丈夫だからカルガモたん……もう誰も倒れないからね……!!」
「ああ、心配するな! 私達がキオノスの分まで愛でてやるぞ!!」
 こちらが倒れればカルガモたんの寂しさが増してしまう!
 それならもう絶対に倒れるわけにはいかないといっそう決意を固くして、高く空に舞ったミケは流星となってまっすぐカルガモたんへ落ちた。豪快にそう笑いかけてやったケオは、消えたテレビウムの代わりとばかりにファミリアを解き放つ。
「これ以上カルガモたんを寂しがらせちゃダメなの! 全力でいくのよ、もあ!!」
 赤のガーベラ咲き誇る竜の槌を桃愛が軽やかに揮えば砲撃形態に変じたそれから竜砲弾が撃ち込まれ、みゃあと主に応えた白き翼猫が鋭い爪でじゃれかかるようにカルガモたんへと飛び込めば、
『ぴ、ぴよ、ぴよぴよ、ぴよー……!!』
 今度はつぶらな瞳から嬉し涙が真珠となって溢れだした。
「寂しさも嬉しさも受けとめますからねー。いっそ力がなければ良かったのですがー」
「誰かに出逢えても、相手に攻撃グラビティを放ってしまうなんて……運命は残酷ですね」
 桃愛の翼猫へ向けられた涙の魔力を肩代わりし、ウェンディは黄金の鍵を咥えた白い鳩の導きで涙の魔力を打ち消しにかかる。
 ――お願いなんでも、叶えちゃいましょうねー……。
 ああ、詠唱はそう紡がれ白き鳩の力がウェンディを癒すけれど、本当の願いは叶わない。
 封印箱に飛び込んだ夜色ボクスドラゴンの突撃がもふっとほわほわ羽毛に埋もれたなら、続け様に風流が流星の軌跡を描いてカルガモたんの胸へと翔ける。
 叶うなら、このままずっとカルガモたんと遊んでいられればいいのに……!!
『ぴよ!!』
「嬉しそうですね、カルガモたん……。けど……!!」
「……そう、だよな。終わらせなきゃ、いけないんだよ、な」
 迷子の迷子のカルガモたん。
 親兄弟に逢えない彼の迷子は、カルガモたん自身が世界に還るまで終わらない。
 手が緩みそうになるのをぐっと堪えて、フィアルリィンが放った簒奪者の鎌がほわほわを裂けば、ヴィンセントが世界で唯ひとり彼だけが揮える巫術を織り上げた。
 彼の影から現れたのは真白なもこもこの獣、もこもこがほわほわに突撃した瞬間、思わずヴィンセントは顔を背けたが、
『ぴよ! ぴよぴよ!!』
 聴こえてくるのは、獣の攻撃にも楽しげにはしゃぐカルガモたんの声。
 ああだけど、いくらカルガモたんが遊んでもらっているのだと思っていても、皆の攻撃は確実に彼の命を削っていっている。
『ぴよぴよ、ぴよー!!』
「……うん、おいで……カルガモたん」
 だからこそ、ミケは寂しがり屋の最後の突撃を真っ向から受けとめた。
 ふわふわほわほわの羽毛にぎゅうと埋もれながら、黄金の薔薇を秘めた白き骨の縛霊手に力を凝らせた。ひとりにはしないからね。
 ――Buona notte.
 天使の少女が小さな拳を打ち込んだなら、淡い光とともにふわり咲き広がった霊力の網がおっきなカルガモたんの全身を包み込む。
『ぴよ……!!』
 幸せそうに一声そう鳴いて、ぽふんと弾けたカルガモたんは、無数の光の羽毛になって、ふわふわ、ほわほわと世界に融けた。

「名残惜しいが、きっとカルガモたんも満足してくれただろうな!!」
「ですよね。カルガモたん、もう迷ったりしませんように」
 私も満足だ、とケオが笑顔で空を仰げば、フィアルリィンがそっと祈りを捧ぐ。
 大丈夫、と小さくミケが頷いた。覚えていてあげるから。絶対に忘れないから。
 ――カルガモたん、ずっとずっと、一緒だよ……。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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