『そろそろ刻の満ちる時ね、あなたに働いてもらうわ。このまま市街地に向かい、暴れてきなさい』
釧路湿原の奥地にて、誰かが陰に向かって呟いた。
『判ったのじゃ』
陰から顕れた姿は、平坦な声で応じた。
毛皮のような甲冑をまとい、大斧と予備の小斧を引きずるソレに、魚なのようなナニカが追随した。
それは味方している様にも見えたし、監視している様にも見えた。
いずれせにせよ、ソレらは街に向けて歩いて行く。
途中途中で、邪魔する木々を薙ぎ払いながら……。
●
「釧路湿原近くで、死神にサルベージされた、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスが暴れ出す事件が起こるようです。サルベージされたデウスエクスは、釧路湿原で死亡したものでは無いようで、なんらかの意図で釧路湿原に運ばれたのかもしれませんね」
ユエ・シャンティエが、釧路湿原の地図を手に説明を始めた。
最近多いという事件の1つらしく、色違いのマーカーで書き込み、類似例を横に並べている。
「このサルベージされたデウスエクス……エインヘリアルは、死神により変異強化されており、周囲に数体の深海魚型の死神を引き連れているようです。彼らが市街地に向かうことは予知されていますので、今なら十分、進路上の人の居ない場所で待ち構えることが可能でしょう」
どうやら知能は高くないらしく、出現地点から真っすぐ直進している模様だ。
強化されているのは厄介だが、人を気にしないでも良いのはありがたい。
「主犯格はおらず、敵は魚型三を含む合計四体。……死亡時にはまだ少年だったのかエインヘリアルにしてはいささか体格が小さいものの、戦士であることにはご注意ください。知性は低くとも、当然ながら、変異強化されているので油断はなりません」
知性が低いため、交渉などは行えない。
ただ暴れ回るだけの怪物であり、少年に見えても容赦は不要と言う訳だ。
もっとも、強化されているだけに油断は禁物。容赦するような相手でもないのだろうが。
「魚型は噛みついてくる程度で、少年の方は斧の二丁流です。少年の方は僅かに……いえ、いずれも直線的な攻めしか行いませんので、変異強化されたエインヘリアルが強力とは言え、戦い易いかもしれません」
この辺が竜牙兵と違うところだろうか?
少年の方は強いことは強いが正面を殴ることしかしらず、魚の方も知性が在る竜牙兵なら引っかからないような陥穽に引っかかる。
魚を先にするか、それとも少年を先にするかはケルベロス次第だが、色々なパターンで有利に攻めることも可能だろう。
「既に死亡した者を蘇らせ、更なる悪事を働かせようとする死神の策略は放置できません。みなさま、どうかお願いたしますえ」
ユエは最後にそう締めくくると、資料を渡して出発の準備を始めた。
参加者 | |
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ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020) |
風魔・遊鬼(風鎖・e08021) |
パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155) |
望月・護国(龍帝ードラゴン岬ー・e13182) |
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046) |
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989) |
本多・風露(真紅槍姫・e26033) |
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532) |
●
「樹が……そろそろですね」
釧路湿原に面した森で、バキバキと気が倒れ始める。
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)は用意したランプを点灯した。
「さっきより近く成りましたね」
「まあ、位置を教えてくれるという意味では助かるものだ。……だが、やれやれ、あの伐採には意味は無いのだろうな。まったく、勇者君は元気な事だな」
ヒマラヤンの呟きを拾って、同じくランプを腰につけていたパーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)は苦笑する。
作戦であるならば町に着くまでは隠密性が高いのが良いのだ。
知能の程度が知れると同時に、多少の攻勢などものともしない厄介さが窺える。
「まあいいさ。お前ら、明かりは十分か?」
「……足りなければ、自分の方で十分な数を用意してますので言ってください」
パーカーが周囲を見渡すと、風魔・遊鬼(風鎖・e08021)が先駆けてあちこちにLEDランプを設置し始めた。
この灯りがもたらす恩恵の中なら問題ないであろうし、派手に動き回る者には直接渡せば良い。
「釧路湿原での戦いもこれで二回目だからな。足元対策含めてバッチリさ」
「同じく準備万端なれば、無問題であろう。さ、糖分補給してリラックスであるよー」
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)……ことトライは、ベルトのランプの他にブーツを見せ、望月・護国(龍帝ードラゴン岬ー・e13182)はヘッドランプに地下足袋を用意していた。
共にこの湿原に置いての戦いで、同じ黒幕が用意した敵を倒している。
湿原ゆえの足元対策と、死神が活動し夜間戦闘の心得があるのだろう。
「見えました。話に聞いていた通り少年のようですね」
「彼の旅は一度終わっているはずなのに……酷い事をするものです」
遊鬼と協力して鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)は、光量の心もとない場所へ行灯を設置していたが、敵を確かめたことで、トレッキングシューズの履き心地を確かめ直す。
僅かに痛たましい表情を浮かべた後、ソレを振り払うように腕を真横に振りかざす。
「さぁ! 鉄壁の守りを……皆さんへ!」
奏過の腕が描く動作に釣られるように、周囲をグルリと重力の鎖が覆い始めて灯りの前面を覆うことで、温かな光そのものを結界に変えて仲間達を守る。
こうして一同は、デウスエクスの集団と開戦した。
だが、狙うは先頭に居るエインヘリアルの少年ではない。
「小さい子と戦うのには、ちょっと抵抗があるのですが、辺りに危害を加えるのを放っておくわけにはいかないのですよ。ごめんなさい」
「とはいえ、まずは取り巻きを倒すのである。魚相手になら情け無用であろう」
ヒマラヤンは森に潜ませておいたスライムを呼び出し、護国は暗黒の太陽で闇夜をなお黒く照らした。
共に狙うは敵後方に居る怪魚の群れ。
怒りを込めて嵐を呼ぶかのように、無形のはずのグラビティが激しく攻め立てる!
●
『敵か? 敵ならば倒さねばなるまいのう』
少年のようなエインヘリアルは、ケルベロス達の姿を認めるとはしゃぐ様な声を上げた。
ドクドクと気味の悪い音を立て、斧に刻まれたルーンを活性化。
世界揺らがせる悪しき輝きに対して、剣を杖の様に突きながら盾役の一人が歩み出る。
「それでは、精々良き盾であるよう、努めるとするか」
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)こと……ヒルデは、剣の柄に手を載せたまま刃の先で大地をつつく。
コンコン。
と音がするのは足元に石でも埋まって居るのだろうか?
そうハッキリと判るほど静かな動作で、ヒルデは星の輝きで周囲に結界を張る。
「暫し、私と踊っておくれ。……そちらは任せても良いのだろう? なんなら一人で全部倒してくれても構わんぞ」
『おう! 中々元気じゃのう』
剣を杖にしたまま回転を始めるヒルデの足は、気味の悪い輝きに触れてもビクともしない。
回し蹴りの態勢からヒールを食いこませつつ、視線は仲間の方に向けた。
「チッ。何が一人でだ。ちきしょう好き勝っていってくれるぜ」
「信頼されてるんだよ。愚痴ってる間に、一体でも早く倒しちまう為に『さぁ、撃っていこうぜ!』俺たちの戦いはこれからだ!」
パーカーはニヤリとした仲間の笑いに背を向け、魚どもの頭を抑えた射撃から、足元を抉る方向に切り換える。
こともあろうにその弾雨の間を潜り抜けたトライは、手にした輝きを拡げることで仲間達の集中力を増して行った。
そして湿原に埋もれた岩や、エインヘリアルの斧に反射して、跳ね返った弾が魚の腹を抉るのだ!
「うむうむ。仲良きことは美しきかな。やはりケルベロスの華は連携あってこそじゃのう」
「仲良いとか止めてくれよ。近所の不景気なブルドックですら鼻吹くぜ」
本多・風露(真紅槍姫・e26033)が槍を回転させながら微笑むと、パーカーは熱く抗議した。
だが眠そうな目で彼の抗議を無視すると、舌打ちを背にマイペースな動きで横っ跳びを掛ける。
「狙いはエインヘリアルとはいえ、他の死神も邪魔じゃしのう。双方足止めと攻撃力を奪わせて貰おうかのう」
そして再びUターンを掛ける、鋭い踏み込みは死角を突いた。
風露の緩急自在の動きには、止まっている時の緩慢な眠気は存在しない。
様子見から本気を見せ出すにつれ、次第に容赦なく苛烈になって行く。
だが、不思議なことに、彼女は続いて死角を突く絶好の機会を逃し、今度は槍を担いで舞うような大回転。
「来るか、ならばこの場は譲ろう」
風露の動きがUからWへ変化し、不規則な動きで抜けていくと、そこへ誰かが来襲した。
「(……感謝を。このお返しは戦働きでお返ししましょう)」
遊鬼は言葉ではなくハンドサインで仲間に動きを知らせた後、その死角を引き継ぐ様に飛来。
ガトリングを放射しつつ、印を切って再び鎖の連結を解除する。
「(散!)」
そして危険な位置にいる別の仲間へサインで知らせた後、いわゆる微塵隠れを思わせるように、グラビティを纏った鎖を弾けさせたのである。
「眠りなさい。……たとえ、かつては敵であったとしても、死んで役目を終えた者を無理やり起こしてこき使う様なのは、許しては置けないのですよ」
……それに、この御魚は、食べてもあんまりおいしくなさそーなのです。
ヒマラヤンは育ての親に教えてもらった大仰な仕草でポージングを決めると、空に巨大なガントレットを出現させる。
ニャンコのヴィーくんとの連撃は、気を抜くと巨大な肉球パンチになりそうな勢いで、一体目の怪魚にトドメを刺した。
●
「数が減ると流石に仕事が早いであるな~『――契符『本心に届く』。』ここで人生を終えるのであるよ」
護国は己の掌に流れ出た血で逆印を描くと、ペタンと符に張りつけて反転させた。
ここに陰陽は逆転し、流れ出た血は亜空へと蒸発して触媒となる。
見立てという術法の秘儀にありしが如く、消えゆく血の代償として、同じように怪魚の鱗が爆発し蒸発して行ったのだ。
そこへ大いなる輝きが現われ、フラフラとした姿にトドメを刺した。
「どちらかと言えば、魚生ではないのかの? まあ、朽ち逝く生命の価値に差など無いが」
風露は槍を振るってこびり付いた血潮を払うと、次成る敵に向き直る。
「残る魚はただ一匹。とはいえ……油断は禁物かのう」
「まあ仕方ありませんね。こちらが順調だったと言うよりは、向こうのディフェンスが庇わなかっただけという所ですから」
風露が一呼吸入れて気だるげ気に溜息をつくと、奏過はすかさず治療に入った。
何しろ敵は攻撃一辺倒で、壁役であるはずのエインヘリアルは、一直線上に居る魚をついでのように守るのみ。
特に仲間を庇うそぶりは見せなかったのだ。
愚かである証左とはいえ、それは敵が連携を発揮していないだけとも言える。
数が減って斜線が狭まって行けば、おのずと敵の攻撃と防御のラインも重なり合うだろう。
「逆説的に言えば、敵は最初から単体で強敵。付属オプションを剥ぎ取っただけとも言えます、本多さんのおっしゃるように油断せずに行きましょう」
奏過はそういって、先ほど風露が噛みつかれた傷を切除。
グラビティで縫合し一気に治療した。
致命傷には程遠いが、浅い傷でも無い。
これで集中攻撃してきたらと思うと、思わずゾっとする。
「この程度のやつら、俺達の敵じゃねえつーの。っ……ぶねえ。ハッ、お前の斧じゃ木を切るのが精々の様だな」
「んー。もう少し愉しませた方がよかったか? まあ斧は木を切るのが一番の役目だとは言える」
パーカーが軽口叩きながらガトリングで最後の魚を削って居ると、ヒルデは意地悪く斧を防ぎ止めた双剣を緩める。
少しだけ焦った彼の表情にニヤリとしながら、手首を返して、先ほどのコンビネーションとは違い、懐深く飛び込んだ。
「ふむ、それは邪魔だなぁ」
『ハハハ。残念、その程度では響かぬ』
ヒルデの一撃は斧に弾じかれたが、斧に宿った輝きが消えたことで良しとする。
元よりこの一撃は、相手が仕掛けた結界破りを、発動前に砕く事。
倒す事そのものは、仲間と一緒にやれば良い。
「そろそろ俺もあっちの援護に加わった方が良いかな?」
「もうちょっとだけ我慢してください。傷は補えているようですし……。何より、こちらがもう少しなのです」
トライが重力の鎖を操って仲間に迫る攻撃を弾いていると、ヒマラヤンは竜幻影を呼びだしながら御魚さんをコンガリできました。
「おうらいっ。俺たちディフェンダーが持ち堪えているうちに、倒しきってくれよ!」
そこへ別の仲間が飛び込むというサインを見て、トライは鷹揚に頷く。
「(獲り損ねたか。トドメはお任せします)」
「なんだか良く判らないのであるが、だいたい諒解したのであるよ」
遊鬼の気力による遠当ては、僅かに敵を削り切れなかった。
彼のサインを完全には判らなかった護国であるが、この期に及んで意味は1つしかあるまい。ここに最後の死神が倒れた。
●
『聞こえるかの? 現野を駆ける荒馬の雄たけびが!』
アルファ・マルカブとは馬の背という意味であるという。
二丁の斧を構えて突進する敵の姿は、まるで馬が疾走するの如く!
確かに凄まじい一撃、だが、それでケルベロスがおじけ付いたりなどしない!!
「強化されてようが、抜け殻なんぞに負けるかよ! そうだろ、セイ!」
合体!
箱竜のセイの援護を受けたトライは、心の中でそう叫んで、竜気をインストールする。
そして周囲に張った重力の結界を収束させ、今度は縛鎖として敵を縛りあげたのだ!
「よし、後はもういいぞ。少々は何とかするし、……まあ必要も無いだろう」
「判りました。ただ、危険と判断したら、いつでも介入しますので」
そんな暇は与えんがな。
ヒルデは治療してくれた奏過に礼を言うと、双剣を構えて突進を駆ける。
翼の様に扱う者は多いが、ヒルデのそれは無骨なチャージ。まるで牛や雄羊の突撃にも似ていた。
「後少しってとこか、何が良いかね?」
「(終局ですね……『風と共に舞え』せめて苦痛なく)」
パーカーが敵を一瞥しながら気合いをぶつけ、仲間に有効なパターンを尋ねると。
そっけなくサインで遊鬼は最大火力での速攻だと返した。
そして言葉は放たぬままに巨大な手裏剣を取り出し、有言実行ならぬ無言実行。
逃げ場を塞ぐように投げつけたのである。
「今です『コード・トーラス! これで殴られたら痛いですよ!』どうかこれが最後に」
「そうであるな。いい加減、気分のらぬ子供との戦いは、疲れて来たのであるよ」
ヒマラヤンが再び空へ鉄拳を創り出すと、護国はナイフを手に死角に回り込んだ。
エインヘリアルに回避を許さぬ連続攻撃で、左右から連撃を繰り返し、これまで集積した負荷を最大限に高めていった。
『我が前に立ち塞がれる者無し。どかねば死ぬぞ!』
繰り出す突きは、雲耀の位。
風露の刺突は目にも留まらぬ疾さで敵を貫いた。
『ここまでかのう? ワハハ。この旅も良い闘いであった』
「面倒臭いことも無くなったのじゃから十分に感謝するのじゃぞ……って、闘うのが好きなのがエインヘリアルであったの。まあ悪くない相手じゃったぞ」
楽しそうに倒れゆく少年に、風露は苦笑とも微笑みともつかぬ笑顔を浮かべた。
不本意に復活で他人に操られようとも、戦いの果てに逝くのは彼らの本道であり本望なのかもしれない。
「せめて自由に、そして安らかに……。次なる旅があるならば、自分の意思で戦いを」
「ここはあなたの生きた時代ではないのです。もし生まれ変わるならば……そうですね、ケルベロスなんかも面白いかもしれません」
今度こそ、安らかに眠るのですよ。と奏過とヒマラヤンはそれぞれの言葉で送った。
「生まれるならばケルベロスの仲間として……であるか」
「それも良いけど、大きくなる前に戦いを終わらせたいもんだな」
護国が呟きを拾うと、トライはしみじみとこれまでの戦いを振り返る。
あと十何年戦いが続く前に、終わらせたい物だと。
「チっ……。トドメは俺が刺そうと思ったのによ……。まあいいか、せっかく北海道だし、何か食って帰ろうぜ」
「構わないが……。奢ってくれるのかね? 冗談だ冗談」
しんみりした空気を吹き飛ばそうとパーカーが最後まで軽口を叩くと、ヒルデはいつものようにニヤリとした笑いを浮かべる。
「忍務完了。これより……ちょっと時間を掛けて帰頭します」
その様子を見ていた遊鬼は、解けていく戦いの気配を感じながら任務の終了を報告した。
どんな料理が出て来るだろうと、思いながら……。
作者:baron |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年9月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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