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「わー……」
少年は感情のまま、感嘆の声を零す。
そこは磨き上げられた大理石の床の上、自分の部屋より広く、長く続く廊下には無数の彫像が並んでいた。
どこかの美術館か何かなのだろうか、何でこんなところにいるんだっけ、と言う疑問は不思議と沸かず、少年は彫像を眺めながら廊下の奥へと進み始めた、その瞬間だった。
「えっ!?」
左右に並ぶ彫像が、一斉に少年へ顔を向ける。そして、軋むような音を響かせながらゆっくりと少年を取り囲むように動き始めた――。
「わぁぁぁ!」
叫び声と共に視界に飛び込んできたのは、いつも通りの自分の部屋。
ベッドから見える変わらない光景に、すぐに先程のは夢だったのだと悟り、安堵のため息を零す。
「……良い夢を見れたみたいね?」
否、いつもと違う事が、一つ。
少年がそれに気付くと同時に、その胸元には鍵のようなものが突き立てられていた。
「私のモザイクは晴れないけれど、その『驚き』には興味があるわ」
声の主、少年に鍵を突き立てた半獣の少女は、意識を失う彼を見届けと視線をそのすぐ横へと移す。
そこには、じわじわと形を整えていくモザイクが広がっていた。
●
「ふむ……夢で体験した『驚き』を奪い、現実化させるドリームイーター、か」
思案の表情を浮かべるフレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)の隣で、今回のケースを警戒していたウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)が口を開く。
「早めに発見できたのは幸いっちゃ幸いじゃねぇかな? まだ遠くには行ってないだろうし」
「それは、そうだな……根幹となったドリームイーターは既に姿を消しているようだが、新たに作られたドリームイーターはまだ被害者の家の近辺にいる筈だ」
今回のドリームイーターは少年が見た夢を元に作られた、美しい女性を象った彫像のような姿をしている。
このドリームイーターの目的は人を驚かせる事。なので、どこかに潜んだりはせず堂々と目立つ場所にいるだろう。
「この辺りだと……この公園なんかが怪しいな。明らかに不自然な彫像が立っている筈だ」
そして、近づけば向こうから脅かしにかかってくると言うわけだ。
「後はそれを倒せば良い……わけだが、どうやらこのドリームイーターは驚かなかった相手に執着する傾向があるようだな」
「驚かなかったら狙われるって事か? 結構子供っぽいんだな。……いや、でもそれは使えそうだ」
何か思い付いたようなウィリアムの表情にフレデリックも小さく頷く。
この性質を利用すれば、予め敵の攻撃をある程度操作する事ができるかもしれない。作戦に組み込む価値は十分あるだろう。
「件のドリームイーターを撃破できれば、被害者の少年も助ける事ができるだろう。これ以上被害が増える前に対処を頼む」
参加者 | |
---|---|
リシティア・ローランド(異界図書館・e00054) |
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204) |
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886) |
リタ・トロイメライ(夢見るトリックスター・e05151) |
ノア・ウォルシュ(ある光・e12067) |
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096) |
篠田・葛葉(狂走白狐・e14494) |
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596) |
●
深夜、流石にこの時間ともなれば公園にも人気はほとんど無くなってしまっている。
夏から秋へと移り変わる自然溢れる空気の中、明らかに不自然な『それ』は公園の中央に凄くわかりやすく鎮座していた。
そして、それに近づくのは8人の人影。
「……あれかしら?」
「……あれでしょうねぇ、間違いなく」
小さく呟いたのはリシティア・ローランド(異界図書館・e00054)とウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)。
そして、その後ろからリタ・トロイメライ(夢見るトリックスター・e05151)が通行人を装って前に出る。
「あれ? キレーな像ー、新しそーじゃん! もっと近くで見てみよー!」
リタの示す先には、まるで今しがた美術館から運び出してきましたとばかりの彫像が、眩いばかりの尊い空気を醸し出していた。
どこか憂いを帯びた表情、薄布を羽織っただけの肢体は女性的な美しさを引き出しつつも卑しさを感じさせない、完成された女性像。
――だが。
「おや、これは……」
その異変に最初に気付いたのは、ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)だった。ほんの少しだけ目を開いて『驚いたような』素振りを見せる。
次いで、リタは先程までそっぽを向いていた筈の石像と目が合ってしまう。
「うわぁ!? び、びっくりした!」
動いたのだ。普通なら動かない筈の石像が、首を捻り、じっとこちらを見つけている。
「せ、石像が動くなんて……こ、怖い……」
篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)と同じように、それを目の当たりにしたケルベロスたちは驚愕を顕にしていく。
「……や、動く彫像なんて、珍しいもんでもなくない?」
ばかりでもなかった。
極めて冷静に、まるでよくある事とばかりに軽く肩を竦めてみせたのはキアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)だった。
ただ、一方でサーヴァントであるテレビウムのスペラは『!』を画面に映し出し、怯えている。
「そうだなぁ、なんて言うか……あからさますぎるんだよな」
うんうん、と頷きながらラティクス・クレスト(槍牙・e02204)。
すると、二人の反応を見た瞬間、彫像の雰囲気が明らかに変化する。と言うか、思いっ切り表情に出ている。
怒っている。石像なのに、表情が変わってしまっている。
「……リタ、そろそろ危ないから戻ってきな」
早くもドローンを展開し始めているノア・ウォルシュ(ある光・e12067)が顔色一つ変えずに楽しそうに驚いている友人を呼び戻す。
そして、すっかり戦闘態勢……なのは、ここだけではなかった。
「こわい、から……ぶっ壊そう!」
ケルベロスカードより取り出したガトリングガンを取り出し、ぎらりと彫像を睨み付けるのは、葛葉だった。その眼光の鋭さはさっきまでとはまるで別人のようである。
問答無用で火を噴くガトリング。その凄まじい銃声が、戦いのゴングだった。
●
「壊れないなら……ぶっ壊れるまで、ぶっ放す!」
至近距離で容赦無く叩きつけられる弾丸の嵐に釘付けされ、流石のドリームイーターも出鼻を挫かれたようである。
しかし、彫像とは思えない程の外殻はそう簡単には砕けない。
「まだまだまだまだ! 限界まで撃つよー!」
が、それならそれでとばかりに葛葉は引き金を引き続ける。凄まじいのは、一発たりとも外さず撃ち込み続けているところだろう。
「うーわー……えげつないなー……っと、感心してるばあいじゃねぇですよ、っと!」
銃撃に押し出されたドリームイーターにウィリアムが狙いを定めた。
重力を伴った飛び蹴りは鋭く突き刺さり、その重みが地面を砕く。
「今のうちにこちらも準備を整えてしまいましょう」
「任せて! 盛り上げたるよー!」
二人が敵を押し留めている間に、ヒルメルは鎖による守護方陣を描き、キアラが鮮やかな爆炎で夜闇を彩る。
ノアのドローンも敵の攻撃を警戒している。これで攻守の準備は整った。
だが、それと同時に敵も動く。
「来るか……!?」
至近距離で敵を抑えていたウィリアムは咄嗟に身構える――が、ドリームイーターの視線は彼を素通りし、ノアを睨み付ける。
あれほど攻撃を受けても尚、気に入らないのは驚かなかったメンバーらしい。ある意味徹底している。
穴が開くほど熱い視線から放たれたのは、闇を切り裂く一条の閃光。
まともに喰らえば比喩を通り越して本当に穴が開きそうなその一撃を、ノアは守護方陣とドローンの守りを利用しつつダメージを最小限に抑えていく。
「なるほど、どうやら引き付けは成功みたいだね」
「わ、ちょっと大丈夫ー!? 何か凄いの出てきたけど、あーいうのもやっぱ芸術って言うのかな?」
攻撃を喰らったノアより騒がしくしながら、リタがすぐにヒールをかける。
一方の本人はあくまでも冷静に敵の動向を伺い視線を引き付けながら、仲間たちに反撃を促した。
「目から光線なんて……思いもよらなかったわ。他にも何か隠し持ってるかもしれない、油断ならないわね」
リシティアは冷静を保ちつつ、引き続き驚いた振りを続ける。これでも狙いが逸れない辺り、結構単純なものである。
「芸術……まぁ、確かに前衛的と言えば前衛的だけど……よっ!」
ノアの方に気を取られている隙に、ラティクスが一気に切り込む。
纏った風に運ばれ、繰り出されるのは硬い外殻を穿つ最適解の一撃。
「そこね。続くわ」
間髪入れずにリシティアの投げ放った大鎌がラティクスと同じ場所を切り裂き、外殻を破壊していく。
彫像のような外観も、一皮剥けば中に溢れるドリームイーターたる所以のモザイクが顕になる。
「芸術……と呼ぶには些か悪趣味な内観ですね。そういう意味では、驚きです」
それでも尚、彫像めいた雰囲気を絶やそうとしないドリームイーターを前に、ヒルメルは肩を竦める。
これ以上、茶番に付き合う必要もあるまい。全員一致の意見であった。
●
一番最初に驚かなかった3人に攻撃は集中していた。
ダメージは徐々に蓄積していくが、最初から徹底して守りを固めたことは確実に効果があったようだ。
「っと、危ない危ない、お前の相手はこっちだぜ!」
仲間に逸れた攻撃も、ラティクスが咄嗟に庇って受け止める。
「で、次はこっちだね」
ノアはライドキャリバーのスーパーノヴァに庇われつつ、敵が晒した隙を的確に突いていく。
挙動がわかりやすい分、冷静に対処もしやすい。
「遅くなってすまん。さっさと片付けるぞ」
更に、人払いに回っていた桐山・優人(リッパー・en0171)が駆けつけ、死角からの斬撃がドリームイーターを捉えた。
だが相手もただの雑兵と言うわけではない。その単純な思考とは裏腹に攻撃の狙いは的確であり、前に立つ3人は徐々に追い詰められていく。
キアラの指示でテレビウムのスペラが画面にいかにも退屈そうな表情を映し出し、敵の気を引こうとするも……。
「わ! だ、駄目かぁ、行けると思ったんやけどな!」
「一回驚かした相手には満足してるみたいだな。後は俺達で抑え切るしかないか」
ドリームイーターが放つ強烈な閃光を、キアラが撒いた粉雪が吸い取り、解かしていく。
「でも向こうもケッコー一杯一杯っぽいし、もう一頑張りだよ!」
舞う粉雪に、リタがグラビティを重ね合わせる。キラキラと雪に反射して煌く輝きの雪は、まさに夢のような光景だ。
ヒールによって何とか立て直している間に、他の仲間たちが反撃へと転ずる。
「中がモザイクじゃどこから斬ればいいかわかんない。わかんないから、とりあえず斬って斬って斬って斬りまくる!」
「押してるけど……向こうも体勢を立て直すのが早いわね、どうにかならないかしら」
戦闘開始から絶好調なペースで葛葉が猛攻を続けているが、定期的にモザイクがそれを修復しているようだ。先のラティクスとリシティアによって剥がされた外殻も既に修復が始まっている。
向こうも回復に手を回す分、こちらの優勢が崩れる程ではないが、いまいち決め手に欠けているのが現状だ。
「ふむ……では、少しこちらから驚かしてみましょうか」
葛葉の斬撃に合わせ、ヒルメルはドリームイーターと距離を取りつつ身を翻す。
ふわり、漂うのは穏やかで優しい香りを含んだ空気。――が、その香りに包まれた瞬間、ドリームイーターの表情が苦痛に歪む。
「いかがですか? 私が特製した香水は……と言っても、最早驚かせる余裕も無いようですが」
葛葉が斬り裂いた傷口からはモザイクが溢れ、彫像の体を成しているのは頭部くらいのものである。
「あーあー、綺麗な顔が台無しですよお嬢さん。そら、ついでのライトアップだ!」
勝負を決めるなら今がチャンスだ。同時にウィリアムとリシティアが前にでる。
ウィリアムの手の中で極限まで凝縮された光はドリームイーターの目の前で爆ぜるように解き放たれる。
鮮烈な閃光の一撃が映し出すのは、他者から奪って生まれた偽りの存在の末路だ。
「最後に一つ、あんた如きに興味を割く価値は芥子粒もないわ。虚無に消えさりなさい」
公園を包む光の波が、重力の渦に歪む。
リシティアの放った魔弾は周辺の時間を喰らうようにして、ドリームイーターを理の流れから置き去りにしていく。
やがて、視界を覆っていた光は圧縮された重力の彼方へ吸い込まれていき、元の静けさに戻った公園にドリームイーターの姿は無くなっていた。
「……私を驚かせたければ、稀覯本の一つや二つ用意してくることね」
●
「……わぁっ!」
「うわっ!? な、なんですか?」
戦いが終わって後片付けをしている最中、突然リタの大きな声が響く。
「あはは、ごめんごめん、ビックリしたー?」
どうやら仲間たちを驚かせようとしてみたらしい。それらしいリアクションを取ったのは、すっかり元通りになった葛葉だけだったが。
「……いまいちね」
「まぁ、先程のドリームイーターよりは意外性があったとかと」
歯に衣を着せぬリシティアの反応。その隣でヒルメルがせめてものフォローを入れる。
「何をやってるんだ君は……早く片付けを終わらせよう、被害者の様子も気になるしね」
「ハハ、そうだな、結構派手に壊れてるし、せめて形だけでも直してかないとな」
「わ、わかってるってー、今やるところ!」
呆れるような口調のノアと、軽く笑ってヒールに戻るラティクスにリタは少し頬を膨らませて、同じように公園の修復を再開するのだった。
「……あ、そういえば」
突然のサプライズを決行していたリタを見て、キアラは思い出したようにケルベロスカードから一粒の種のような物を取り出す。
「うん? 何それ?」
横から覗き込むウィリアムに、キアラは少し悩ましげな表情を浮かべる。
それは、あるダンジョンで拾った『不安要素』を囁くと言われる種。何か反応があるかと思って持ち出してみたのだが……。
「不安に思うような事も無かったからかな、なんも無かったなぁ」
「ま、何にも起こらなかったなら良いんじゃね? 万事解決でめでたしって事ですよ」
かくして、襲われた子供も無事目を覚まし、ドリームイーターの起こした事件の一つは幕を降ろすのだった。
だが、いつしか例の種は誰かに何かを囁くかもしれない。
事件を引き起こしているドリームイーターは、未だケルベロスの前に姿を現してはいないのだから……。
作者:深淵どっと |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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