霧夜の悪夢

作者:秋月諒

●アルファコーディルの悪夢
 霧夜の悪夢を知っているかい? あぁ知らぬならばそのままで良いのさ。けれど踏み込むのであれば覚悟しなくてはね。
 霧夜の悪夢。夜の君。
「見えたところでただでは済まぬ。あれは誰も入れず誰も逃さず、霧夜の檻にあり続ける……って聞いたらやっぱり気になるのよね」
 ふふ、と上機嫌に娘は笑った。薄暗い通りも、霧夜の悪夢の噂を思えばひどく魅力的に思えた。
「霧夜に現れる切り裂き魔。廃墟に、夜の霧なんてロマンじゃない」
 危ないと再三言ってくる電話は切った。別に、朝までずっと探そうというわけじゃない。それっぽいものがなければ帰るつもりだ。
「夜の廃墟ってそれだけでドキドキするんだから」
 ふふ、と笑みを零して、娘は周りを見渡した。霧深い景色に明かりを照らせば、古びた柱が見える。薔薇の巻きついた壁を見上げれば、此処に建物があったことが知ることができた。
「とはいえ、やっぱりくるっと見て回ってるだけじゃ見つけられないかぁ霧夜の悪夢。残念」
 でも、と周囲を見渡した娘の目の端に何かが映る。
「今、何か……」
 いた、と続く筈の娘の声がーー途切れる。
 振り返る、それよりも早く娘の胸を、ひとつの鍵が一突きにしていたのだ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 霧夜に響くは、第五の魔女・アウゲイアスの声。
 鍵を引き抜けば、娘は意識を失い崩れ落ちる。その傍らで影が揺れた。
「……レヌ。誰モ入レヌ誰モ逃シハシナイ」
 揺らぐ霧を外套のように纏った長身の影は、鈍色のナイフを構え低くひくく告げた。
「ダレモ、誰モ……!」
 霧夜に響かせるように。

●霧夜に在る者
「霧夜に現れる切り裂き魔って聞いたことあるか?」
 金の髪が、揺れる。
 トン、とヘリポートに姿を見せた青年ーーダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)は、ちょっと聞いた話でな、と口の端をひとつあげてみせた。
「そんな噂を聞いたんだ」
「はい」
 ダレンの言葉に頷き、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は顔をあげた。
「既にお聞きの方もいらっしゃるかと思いますが、不思議な物事に強い『興味』を持ち、実際に自分で調査を行おうとしている人がドリームイーターに襲われ、その『興味』を奪われるという事件が起きています」
 今回も、その事件のひとつなのだとレイリは言った。
「ダレン様の情報通り、霧夜に現れる切り裂き魔……霧夜の悪夢という噂があるそうです」
 別荘地の跡ーー今は廃墟となった場所に、霧夜の悪夢は出るという。
「誰も入れず誰も逃さず、霧夜の檻にあり続ける……という話もあるようです。被害にあったのは、その噂の真偽を確かめに廃墟に向かった女性です」
 女性は『興味』を奪われ、廃墟の中で意識を失ったままだ。『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているが、奪われた『興味』を元に現実化したドリームイーターは存在し続けている。
「霧夜の悪夢。霧夜に現れる切り裂き魔と言われる夜の君。霧を外套のように纏った人型のドリームイーターです」
「切り裂き魔って感じがあるねぇ、また」
 三芝・千鷲(ラディウス・en0113)の言葉にレイリは小さく頷いた。
「長身で、細身のドリームイーターであることは分かっています」
 このドリームイーターを倒すことができれば『興味』を奪われてしまった被害者も目を覚ますことだろう。
「皆様に依頼です。この怪物型ドリームイーターによる被害が出る前に、撃破を」
 誰も入れず誰も逃さず。
 刃を持つ夜の君による被害が出るその前に、とレイリはケルベロス達に言った。
●夜霧
 敵たるドリームイーターは一体。配下は存在しない。戦場となる廃墟には霧が立ち込めているのだという。
「ドリームイーターは、霧を外套のように纏った長身の人の姿をしています」
 鋭いナイフを持ち、その動きは素早い。纏う霧を攻撃に扱うこともあるという。
「また、この怪物型ドリームイーターにはある習性があります」
 決まって『自分が何者であるかを問う』という行為をするのだ。
「霧夜の悪夢、霧夜の切り裂き魔……そう答えることができれば手を出すことなく何もせずに去っていくそうです」
 逆に答えられなかったり、化け物だといえば怒って相手を殺してしまうのだという。
「上手く答えれば見逃して貰えるかもしれませんが、目的はこの怪物型ドリームイーターの撃破です」
 この先、噂に惹かれてやってくる人々の全てが上手く答えられるとも限らない。
「被害者を出すわけにはいきません。倒しましょう、夜霧の悪夢が、誰も入れず逃さぬというのであれば」
 その刃が何者かを捉えてしまうその前に。

「ドリームイーターは霧の立ち込めた廃墟の中を移動しているようです。戦うのには問題がない程度ですが……」
「探すのは面倒ってことかな?」
 千鷲の言葉にレイリは頷いた。
「はい。ですが、このドリームイーターには自分の事を信じていたり噂している人が居ると、その人の方に引き寄せられる性質があります」
 これを利用すれば、上手く誘いだすことができるだろう。
 戦場には、廃棄の中でも比較的開けた空間ーー3本の柱と、バラの巻きついた壁がある場所がいいだろう。被害者がいるのも、柱の近くだ。
「足元、石畳は割れているところもありますが大きな穴などはありません。念のため、足元には注意してください」
 霧は戦うには問題のない程度だ。何も見えない、見えにくいということはまず無い。
「灯りは、月明かりが差し込んでいるようです」
 真っ暗、ということは無いようだが、必要に応じて灯りは準備した方がいいだろう。
「どんなことに興味を持つのかはそれぞれだと思います。その心は自分のものです。少なくとも、その興味を使って好き勝手に何かを生み出されるなんて放っておけませんので」
 言って、レイリは真っ直ぐにケルベロスたちを見た。
「動きます。情報を頂きました。これ以上何かが起きてしまう前に、止めましょう」
 霧夜の悪夢が広がる前に。
「では、行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
銀冠・あかり(夢花火・e00312)
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
霧凪・玖韻(刻異・e03164)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
青葉・リン(あふれる想いを愛しいあなたへ・e09348)
塔ヶ森・霧人(灰楼霧の隣人・e14098)
マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)

■リプレイ

●霧の夜
 夜の色彩が変わる。
 足元を照らしていたランプを持ち上げれば、青葉・リン(あふれる想いを愛しいあなたへ・e09348)の目に三本の柱が見えた。
「ここ、ですよ!」
 大きな狐耳を立てた少女の横、ウィングキャットのタマがゆるりと尾を振る。
「バラの巻きついた壁……、場所はここで問題ないなぁ」
 ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)は辺りを見渡す。
「霧夜の切り裂き魔、殺人鬼……っつーと、イメージ的にはイギリス生まれにある意味馴染み深いアイツ、だよなあ」
 おー、こわっ
 小さく、ダレンが首を竦めればひやりとした夜の空気が首筋を撫でていく。倒れていた被害者の無事を確認した銀冠・あかり(夢花火・e00312)が、手伝いを申し出た三芝・千鷲(ラディウス・en0113)と共に女性を攻撃が届かない安全な場所へと移動させた。
「怪我も……、はい。特には無いようです」
 ほう、とあかりは息をついた。
 広い空間は皆で持ち込んだ灯りのお陰で、照らし出されている。塔ヶ森・霧人(灰楼霧の隣人・e14098)の手によって足元の危険な場所に蓄光テープが張られれば、夜の廃墟の危険も少なくなる。
「切り裂き魔にご執心の結果、突き刺し魔に鍵を刺されるとはな」
 気怠げにジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)は息をついた。
「フォークロアよりも余程酷い悪夢になったというわけだ」
 手の中のLEDランプを転がせば、足元も随分と明るい。建物の大凡の規模については霧凪・玖韻(刻異・e03164)が調査済みだ。予想通り、詳細な内部構造は掴めなかったがーー。
「写真があれば、構造程度掴める」
 この辺り一帯が、大規模な別荘地だったらしい。奥にある緑の深い場所は広大な庭の跡地だろう。
(「敵は一体、配下は存在しない」か。相手の行動と目的は不明だが……罠を張るにしては噂の流し方が妙だしそもそも情報量が少なすぎるからその心配はないだろう」)
 正体不明なので油断できる相手でもないが、と玖韻は視線をあげる。
 対処法としては知性の高い獣を相手にする場合とあまり変わらない。
 話に似合いの霧夜の舞台をリンはくるり、と見渡す。
(「そういえばイギリスの諺に好奇心は猫を殺すってありましたね。いき過ぎた好奇心は危ないのです!」)
 被害者の女性はどうにも興味心の強い人らしい。
(「依頼が終わったらちゃんと被害者達には廃墟なんかに近づいちゃダメですっていっておかないとですね!」)
 霧の立ち込める廃墟、しかも夜だ。危険じゃないと言った方が嘘に聞こえる。
「さて、と。準備は見事完了ってとこだな」
 周囲を見渡して、灯りとテープで出来上がった空間をダレンは見る。入り口、人の出入りがありそうな場所はリンがキープアウトテープで規制をしてきた。静寂に足音ひとつ、トン、と響かせてダレンは言った。
「噂話といくか」

●霧夜の悪夢
「ぇっと、霧夜の悪夢って……ジャック・ザ・リッパーのこと、でしょうか? ぁの、俺、本とか好き、で、良く読むんですけど……殺し方、とか少し怖いな、って印象、です」
「ふむふむ。あの噂に名高い人ですね」
 あかりの言葉にリンは探偵宜しくメモをとる。
「話からも危険なものと言われているようですね」
「霧を隠れ蓑に現れる怪人ですか……俺もかの有名なイギリスの連続殺人鬼を思い出さずにはいられませんね」
 言いながら、霧人は辺りを見渡す。
「丁度この場も凡そ日本らしい風情とは無縁のようですし」
「霧夜の悪夢、なあ」
 くるり、とダレンは辺りを見渡す。
「檻ってだけあってココから離れられねーのか。殺人鬼なりに、此処に思い入れでもあるのかね」
「此処に、か」
 言ってルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)は古びた柱を見上げた。三本の柱に壁。それだけが残った場所で、それ以上の何かをふいに感じる。
「廃墟って浪漫だよね。でも、そこにいるのは宝や過去の住人の想いであってほしいんだけど。叶うなら切り裂き魔なんてホラーは勘弁だなぁ」
 ね、ほら肝試しなら季節遅いってば。
「そんな話してるから――」
 風が、吹いた。止んでいた風が来訪を告げるように一度強く吹く。
「ほら」
 落ちた声と共にルードヴィヒが視線を向ける。柱の横、強く吹いた風と共に一際濃い霧が姿を見せた。——そう『霧』が、だ。
(「霧の外套ってわけだな」)
 ダレンは小さく息を吐く。霧を外套のように纏った長身の姿で、冷えた風と共に『それ』は問う。
「答エヨ。我ハ何者カ」
 肩をすくめ、ジョージは軽く鼻で笑うようにしながら、はぐらかすように息をつく。
「挨拶もせず質問とは、随分な紳士じゃないか」
 皮肉げに声を落とせば、ざわり、と空気が変わる。
「霧の連続殺人鬼、です」
 探偵口調そのままにリンが答えれば、ゴウ、と強い風が一度空に抜けた。
「外レ、ハズレダ」
 ならば、とドリームイーター・霧夜の悪夢は吠えた。
「誰モ入レヌ誰モ逃シハシナイ……!」
 霧の外套が揺れる。ぐん、と顔をあげたドリームイーターが殺意を解き放った。
「来るぜ……!」
 跳躍と共にばさ、と揺れた外套にダレンが声をあげる。瞬間、ぶわりとドリームイーターの纏う霧が前衛へと放たれた。
「——」
 衝撃は、ひやりとした感覚と共に全身を襲った。は、と息を吐き、ジョージが視線をあげればゆらり、と立つ霧夜の悪夢の視線がこちらを向いているのが分かった。
「やれやれ、男に襲われて喜ぶ趣味はないんだがな。……ま、それを言えばそっちも同じか」
「ま、こっちもやられっぱなしってつもりはないしな」
 肩を竦め、腰の銃を取り出したダレンが、戦いやすい場所に踏み込む。撃鉄をひき、千鷲、と声をかける。
「スナイパーで、バッドステータス付与で頼む」
「仰せのままに」
 応えた男が銃を構えれば、その前をリンが行く。
「タマ、一緒にディフェンダーなのです!」
 ぴん、と耳を立てて応えたタマと共に、リンは一気に夢喰いの間合いへと踏み込んだ。足を引き、避け切ろうとする相手へと蹴りを叩き込む。だが、一撃は空で止まった。
「この痺れは……!」
 さっきの霧の所為だ。一度の攻撃でここまで動きを阻害されるということは敵のポジションはーー。
「ジャマー、なのです!」
「回復、します……!」
 あかりの、その声と共に薬液の雨が戦場に降り注いだ。照らし出された戦場で、キラキラ、と光る癒しの中ジョージはナイフを夢喰いへと振り下ろした。
 霧が、溢れる。
 血の代わりに、斬撃に霧が零れ落ちれば、身を揺らした夢喰いは、た、と一度距離を取り直す。冷気が戦場を駆け抜け、腰を低めた敵にルードヴィヒはその手を向ける。
「怪人って感じなのかな?」
 霧に紛れてって廃墟でなくロンドンってイメージがいやいやイメージは大切か。
「切り裂きジャックは日本にゃ似合わないから倒させてもらうよっと」
 放つは喰らい付くオーラの弾丸。一撃で相手の胴を撃ちぬききれば、これは届くか、とルードヴィヒは戦場に見据える。ゆらり、と霧夜の悪夢がその視線を向けてくる。
「誰モ、逃シハシナイ……!」
 声は低く、獣のような咆哮が戦場に響き渡った。

●刃、潜まず
 高く強く響くその声と共に叩きつけられるのは殺意だ。足音なく、踏み込み来る敵にマリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)はナイフを裾口から取り出し構える。
「貴方、”切り裂きジャック”をご存知で?」
 艶やかな笑みを浮かべ、問いかければ殺意滲む視線だけがこちらを向く。霧夜の刃も、構えられたのを瞳にマリアンネは紡ぐ。
「偽りの真理より来れ。全てを灰燼と帰す始原の炎を其の背に」
 それは招来の声。
 天の御使いの姿を模した赤き光が、ダレンへと癒しと加護を紡ぐ。研ぎ澄まされた感覚と共に、敵を視界に収めれば、僅かに引いた足に後方より玖韻の声が届く。
「左だ」
 身を飛ばし、行く敵の動きを捉えた玖韻の構えたバスターライフルが凍結光線を放った。駆ける冷気が、敵の足を凍りつかせる。
「グ」
 呻くようなその声と共に、敵の動きが鈍る。邪魔ナド、と落とす敵が玖韻を探すーーだが見つけきるよりも霧人の一撃の方が早い。
「邪魔ナド」
 声ひとつ夢喰いの霧の外套が揺れた。そう何度も、と千鷲の銃弾が敵を撃つ。ぶわりと広がった霧が、だが力となって届くよりも早くーー踏み込む者がいた。
「させないです!」
 リンだ。
 後衛に盾となって立った少女と同じくタマとジョージが一撃を受け止める。落ちる血にただ息だけをついた男の視線が、霧夜の悪夢を捉える。
「……フン」
 面白くもなさそうに、冷めた表情で鼻を鳴らす。そのジョージの姿に、ぶわり、と霧が揺れた。
「素直なものだな」
 それは挑発を交えた一撃。ぐら、と身を揺らし夢喰いは吠えた。
「入レヌ、逃ガサヌ!」
 咆哮と共に地を蹴る敵を視界に、あかりは再びの回復を紡ぐ。リンとジョージの、制約を払う為だ。
「癒しを」
 翳す手のひらを合図に、薬液の雨が降る。その中を、ダレンは行く。ジョージに惹き付けられ、飛び込む相手の軸線へと割り込む。辿り着いたそこで生じるのは紫電。
「偶にはマジメに振ってみますか……ねっ!」
 剣戟に、風が唸る。
 紫電の如く奔る高速の剣戟が、霧夜の悪夢の胴を斬りーー裂く。斬撃の衝撃に、夢喰いが蹈鞴を踏めばその機に届くのは白髪靡かせる青年の歌うような声。
「――輪廻の先も君とともに」
 呼応し光が結ぶは一匹の犬。指先示さずとも、ルードヴィヒの意の汲み犬狼は行く。霧夜の悪夢へと。
「!」
 喰らいつく刃に、霧が溢れた。払うように腕を振るい、退ケ、と落ちた言の葉に霧人は手元の薬瓶を小型注射器にセットする。
「体調不良ですか? こちらの薬がよく効きますよ」
「!?」
 ダーツのように、投擲された一撃がーー注がれる。腕に一撃、受けた衝撃それだけであれば針の痛みであった筈が受けた薬品に、グ、と夢喰いは呻いた。
「逃サヌ」
 何処にも、と敵が告げれば、零れ落ちた霧が呼応するように揺れた。夜霧揺れる戦場に、火花が散る。振り下ろされるナイフに身を逸らし、時にその身に受けながら返す一撃を叩き込む。
 霧の夜ともなれば、そこはマリアンネの領域。馴染んだそこにおいて、夢喰いに遅れなどーー取りはしない。
「霧夜の切り裂き魔を名乗るなど烏滸がましい」
 失せて戴きましょう、その一欠けらも残さず。
「!」
 ゴウ、と唸る蹴りが、霧夜の悪夢に落ちた。衝撃を殺しきれずに、ぐらり、と夢喰いは揺れる。零れ落ちた霧さえ熱を帯びていた。
「レモ、誰モ」
 低く、声が落ちる。
 濁る声音と共に夢喰いが地を蹴る。——だがその動きが随分と鈍くなってきていると玖韻は思った。刻んだ制約が効いているのだ。
「ならばあと一つ」
 ハンマーを「砲撃形態」に変形させ、玖韻は竜砲弾を放つ。
 ゴウ、と夜が唸った。
 衝撃に、は、と顔をあげた夢喰いが、だが小さく痙攣した後にその視線をジョージへと向ける。小まめにいれた挑発が効いているのだ。一人大凡の攻撃を引き受ける結果となったジョージの傷は多いがーーその分、仲間の傷は少ない。
「回復を」
 あかりと共に、リンが前衛の仲間を癒せば、後衛へと援護に来たケルベロス達が回復を紡ぐ。血を流したのは何もこちらだけではない。あちらが溢れるのが霧であってもーー刃は、力は霧夜の悪夢に届いている。
「逃ガサヌ」
 刃が、夜の戦場を裂いた。薙ぐように一撃を正面にジョージは己のナイフを向ける。
「!」
「……悪夢なんてのは所詮夢だ。覚める希望もない現実とでは比べ物になりもしないさ」
 斬撃は一瞬。だが、零れ落ちた霧は一撃が通ったことを示す。
「ァ逃サヌ」
「んーそれも困るかな、っと」
 ルードヴィヒの投げた鎌が、駆け出す足を切り裂く。手の中に戻った武器を構え直せば、千鷲の制圧射撃が打ち込まれる。剣戟響く戦場をケルベロス達は行く。広がった霧をーー今度は己が刃で切り裂いてダレンは抜刀する。
「これで終りだ」
 それは緩やかに弧を描く斬撃。
 ダレンの刃は、流れるように霧夜の悪夢を切った。
「レモ、入レ……」
 入れぬ、と声は紡ぎきれぬまま、纏う霧の外套ごとドリームイーター・霧夜の悪夢は崩れ落ちた。

●霧の中にあるものは
 溶けるように霧夜の悪夢は消えた。
 無事の勝利に、気がつけば冷たい風が心地よく感じる。あれだけ動き回っていたからだろう。怪我は大丈夫かとかかる声に、ジョージは敵の消えた場所に視線を向けた。
(「誰に対しても平等なのは世界の理不尽さだけ」)
 世界は悪夢以上と思うから皮肉な笑いしか浮かばずにいた男は、戦いを終えた夜に虚無感に襲われ息を落とす。
 影ばかりが、長く夜に落ちていた。
「……ヒールってのも悪夢の噂ある廃墟には野暮、かなぁ」
 ルードヴィヒは辺りを見渡して息をつけば被害者の女性が丁度目を覚ました所だった。
「夜に一人で出歩くのは感心しませんね。特に斯様な場所には何が潜んでいるか分かりません。怪人よりも生身の人間の方が恐ろしいこともあるのですよ……」
「えぇ。今回はありがとう、ごめんなさい。
 霧人の言葉に頭を下げる女性を見ながらルードヴィヒは顔をあげる。
「おねーさん、何にでも興味津々は人間生きていくためにいいことだとおもうけど、女の人の夜の一人歩きは控えてほしいもんだね」
 重ねて言ったのはどこか興味を彼女が抑える雰囲気が無いようにも見えたからだ。
「それも野暮、かな?」
 首を傾げれば、ぱっと目を輝かせた女性が笑みを見せた。
「そうね。……ってさすがに言ったら怒られちゃうわね」
 ふふ、と笑った彼女が重ねて礼を言った。

 さて、無事に終わった事だし、と残った一行は廃墟を散策することにした。
「入れずの理由……俺も気になりますが、分からなくって……」
「そこだよねぇ」
 あかりの誘いに喜んでと頷いた千鷲はとランプひとつ手に廃墟に視線を巡らす。
「三本の柱、って言えば狂言……薔薇の花……んん……考えるほど分からなくなっちゃう」
 小さく、呻きながらあかりは柱に手を添える。柱を基点にくるりと見渡せば霧の中、ほんの少しだけ地面の色が違う場所に気がつく。
「これは……道?」
 別荘があったと考えれば、私道だろうか。あ、でも。とあかりは薔薇の花を思い出す。壁にあった薔薇の花。あそこに落書きがあった。幼い子供の残したようなその形が「今」分かった。
「石像が残ってま、ね」
 柱を基点に霧の中を見れば、別荘へと続いたであろう道が見えた。その中に、崩れかけの石像があったのだ。位置からして、あれは門。
「門番の石像か。別荘の持ち主以外を入れずってことかな」
「逃がさないのは……」
 もしかして、とあかりは思う。此処は廃墟だ。別荘は主を失い、此処に残された。
「寂しかったかった……?」
 見上げ問いかけたあかりの頬を夜の風が撫でていく。
 二人から離れた場所ではリンが庭の跡地に来ていた。木々で作られた動物たちが、今や思うがままに枝葉を伸ばしている。風が、ひとつ吹けばそれだけで獣の唸るような声がした。
「確かに、悪夢っぽいです」
 噂になるのも不思議はない。
 唸る風音がマリアンネの耳に届く。一人、少女は霧夜にあった。
(「過去のわたくしは、あの悪夢とさして変わらぬものでした。けれど今は……」)
 お兄様、と少女は告げる。
「受け継いだ業で、わたくしは人を救います。それはお兄様が、あの時自身を悔いて涙を流したから。殺人鬼としての生を捨て、新たな道を選ぶことを決意したから……」
 貴方のおかげ、なのですよ。

「真尋さん、足元に気を付けてくださいね」
「エスコートもどうもありがとう」
 重ねられた手に微笑み、夜の廃墟をいく。薄い霧をかき分けるようにして進むのは不思議な気分だ。
「霧が出ているせいか一段と冷えますね。寒くありませんか?」
 歩調を緩め、霧人は真尋を見やる。
「今宵の怪人は退治しましたがまだ何か潜んでいる様な……」
 悪戯っぽく笑って告げた人に、ふ、と吐息を零すようにして真尋は微笑む。
「寒さは大丈夫だけれど……あら、何が潜んでいるというのかしらね?」
 クスリ、零せば重ねた手の先から聞こえるのは吊り橋効果の言葉。
「吊橋効果……ふふ、恋にでも落ちてくれたのかしら」
 今度は一度こちらから視線を合わせれば、夜の霧がふわり優しく踊った。

「おっと、ソコは崩れかけだから気を付けてな?」
 崩れかけの道を見つけ、ダレンは纏の手を引いて、そっと下がらせる。ぱち、と小さく瞬いた纏はありがとう、と身を寄せた所で少しばかり考えるようにしてダレンを見た。
「こういう場合、ホラーな話題や場所で女の子って怖がったり、及び腰な子の方が良いのかしら?」
 だってわたし、と纏は言った。
「あまり驚かないし、怖がらないし、面白くないかもってそう思ったの」
 尋ね聞いた先、んー、とダレンはひとつ息をつく。
「そーさなぁ…ホラーなのに怖がる子もソレはソレで色々美味しいんだが。一緒に面白スポットを冒険出来るってコも、中々にありがたいぜ?」
 少年心を忘れない俺としちゃ、な。
 視線ひとつ受け止めれば不安が払拭される。けれどふつり、と纏の中に新たな不安が生まれてしまう。
「色々美味しい……、善処するわ」
 思案する纏の髪が夜風に揺れる。
 今宵の廃墟は、あと少し来訪者と共に霧の中にあった。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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