●神威
朝靄の彼方で鳥の声がした。
柔く揺蕩う靄の合間から曙光が射せば、まるで夜の眠りから息を吹き返したかのように、瑞々しい湿原の緑と湖沼の紺碧の色が覗く。
釧路湿原の湖沼群、そのうちひとつのほとりに湿原の神のごとき風情で立つのは、死神――テイネコロカムイだ。その眼前で、あたかも水底から浮かび上がるように現れたのは、水鳥ではなく巨大な大鷲だった。
黒き獣の皮を被った神の唇が三日月の笑みを刷く。
「飾り翼のある星霊甲冑(ステラクロス)を纏っていたあなたの姿もなかなかだったけど、今のほうがもっといい」
力強い黒の翼に真白の肩と尾羽。黄金の嘴や足の爪には魔法文字めいた光が浮かぶ。
だが、本来なら炯々たる光を宿しているだろう瞳には、昏い澱みがわだかまるのみ。
死神やデウスエクスの知識を持つ者がテイネコロカムイの言葉を聞いていれば、恐らくは察することができただろう。遠目には王者然とした姿のこの巨大な大鷲が、かつては勇壮なエインヘリアルであったのだと。
死したのち死神にサルベージされ、変異強化されて今の姿になったのだろうと。
「さあ、あなたの嘴と爪の力を揮う時が来たわ。人間達を存分に蹂躙してきなさい」
神が下す声音は、自我を持たず決して背かぬ手駒へと命じるそれ。
首肯するよう頭を垂れ、大鷲は力強く羽ばたいた。
天空高く舞うことは決してなく、湿原の草を掠めるよう宙を滑り、深海魚めいた姿の下級死神を連れ、ただ主たるテイネコロカムイの意のままにひとの街をめざす。
嘴や爪を血に濡らし、殺戮を神に捧げるために。
●翼
――翼を得ても、天空を自由には舞えないんだね。
天堂・遥夏(ウェアライダーのヘリオライダー・en0232)は淡い苦さの滲んだ声音でそう呟いて、視えた予知の説明を続けた。
「釧路湿原付近で頻発してる事案と同じだね。第二次侵略期より前に死んだデウスエクスが市街を襲撃しようとする。つまり、死神にサルベージされたデウスエクス」
彼が死した地は釧路湿原ではないらしく、何らかの意図で運ばれてきた可能性があるが、真実のところは不明。
「けれど今はそれより、彼らの襲撃を阻止することを考えて。生前の彼は恐らく星霊甲冑を纏ってルーンアックスを携えたエインヘリアル。変異強化されて大鷲の姿になり、嘴と爪にルーンアックスの力を宿している」
その大鷲のエインヘリアルが深海魚型の下級死神二体を引き連れ市街をめざすが、彼らの経路は予知で割れていると遥夏は語る。
「釧路湿原の外縁に近い広々とした草地。僕がヘリオンを飛ばすから、あなた達にはここで彼らを迎撃して欲しいんだ。――必ず、倒して」
早朝であることも幸いし、辺りに人影はまったくない。
ただ彼らを迎撃して戦って倒すことだけに集中すれば良いのだが――。
「深海魚型の死神達はあんまり強くないけど、大鷲を護るよう動くのがうざったいと思う。何より大鷲のエインヘリアルが耐久力も戦闘力も強化されてることと、破魔や浄化を揮える位置で戦うってのが厄介かな」
かつて勇壮なエインヘリアルであったろう大鷲は、その誇りも自我も失い、まるでそれと引き換えのように与えられた強大な力を、ただただ、主たる神のために揮う。
ゆえに彼は退かず、ゆえに決して侮れない。けれど。
「あなた達なら彼を眠りに還してあげられる。そうだよね?」
狼の耳を立て、挑むような笑みに信頼を乗せて遥夏はケルベロス達をヘリオンへと招く。
さあ、空を翔けていこうか。大いなる翼と偽りの命を得た、戦士のもとへ。
参加者 | |
---|---|
イェロ・カナン(赫・e00116) |
楚・思江(楽都在爾生中・e01131) |
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608) |
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918) |
上里・もも(ケルベロスよ大志を抱け・e08616) |
八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128) |
勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084) |
●光
朝靄の彼方から曙光が射せば、世界が夜の眠りから息を吹き返す。
揺蕩う靄が朝の光と爽涼たる風に透きとおれば、アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)の瞳に映る瑞々しい湿原の緑は鮮やかに深みを増した。遥か涯てまで望めそうな静謐の緑も、水の息吹濃い湿原の匂いも、深々と魂まで染みてくるようで。
まるで神さまの庭みたい。
胸の奥からそんな言の葉が浮かびあがった、そのとき。
冷たい風に煽られた天使の翼が、大きな指に撫でられた心地がした。――けれど。
「来たよみんな! 長期戦になると思うけど、きっちり支えるからね!」
「ええ、頼りにしてます、ヴィヴィアン!」
淡く薄れゆく朝靄、それを斬り裂くよう迫りくる敵影を認めたヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)が巻き起こす七色の爆風がその感覚を掻き消してくれる。己が身の定めをひととき忘れ瞬時に狙い定めたアイヴォリーが撃ち込むのは、朝露の如く小さな――神殺しのウイルスカプセル。
「よっしゃ、まずはお前さんから調理してやるぜぇ!」
王者の如き翼を広げる大鷲でなく彼に先駆ける深海魚型の死神をカプセルが直撃すれば、楚・思江(楽都在爾生中・e01131)も掌中に同じカプセルを生みだした。
狙う相手もまた同じ、巨大魚の口に拳ごと突き込む勢いで叩きつけたカプセルが弾ければ癒しを阻害するウイルスが死神を冒し、
「叶うなら綺麗な空気を存分に楽しみたいトコだけど……俺達もお相手しましょっか」
――な、アクィラ?
節くれだった杖を撫ぜたイェロ・カナン(赫・e00116)の瞳、熟れた木苺めいたその彩に慈しみが滲んだ刹那、優しく呼びかけられた杖が大鷲に変じて死神を急襲する。
鋭い爪が死神を大きく抉って神殺しのウイルスを更に拡散させれば、
――!!
主の手で杖に戻った鷲より何倍も大きな、大鷲のエインヘリアルが鋭く鳴いた。
癒し手の浄化を乗せ、黄金の嘴から死神へ注がれる眩い癒しと破魔の輝き。次の瞬間には破魔を得た魚ともう一体がそれぞれ後衛と前衛に怨霊弾を撃ち込むが、
「癒し切れないくらい、私達の攻撃を喰らわせてあげる」
「ああ、庇いあっても時間稼ぎにしかならんぞ。そのままとっとと逝くがいいさ」
最も手強い大鷲の手数を回復で潰すのが此方の策。爆ぜた怨念の瘴気をひらりと躱して、強気に笑んだアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が馳せる。
銀のルピナス咲く手首を越え彼女の指先まで包むのは流体金属、鋼の鬼宿す拳が硬い魚の鱗を砕けば、怨霊の毒に己が侵食されるのにも構わず勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)が降魔の一撃で死神の力を喰らった。
大鷲から感じられたのは強大な癒し。だがウイルスがその威を減じ、盾たる死神の護りの硬さを幾多の技で食い破るなら話は変わる。
「このまま押してこーぜ! しっかり狙えよ、スサノオ!!」
背にヴィヴィアンを庇いその分も引き受けた毒、上里・もも(ケルベロスよ大志を抱け・e08616)が裂帛の気合いでそれを吹き飛ばせば、純白のオルトロスが後衛から地を蹴った。
叶うなら仕事でなく旅で訪れたかった原生の大自然、主の代わりとばかりに瑞々しい緑を駆けた獣が神器の剣で更に鱗を裂けば、八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)が東雲と夕昏の弓に漆黒の矢を番える。
大鷲に作り変えられたエインヘリアル、その勇猛さはいかほどのものか。だが――。
「射落とされるものだろう、鳥ってのは」
ついでに魚もな、と眼鏡の奥で瞳を眇め、鋭く放った神殺しの矢が死神の瞳を射抜いた。
朝露を散らして草の上を泳ぎ回る魚達、こちらへの攻撃が死神達からのもののみであれば耐えるも避けるも難しくはなく、大鷲が揮い続けるルーンの癒しも、集中砲火を浴びる魚を長く保たせ続けることは叶わない。
「まずは一匹、いけちゃいそう?」
「ん、この感じならそろそろ限界が近いかな」
大地や草が含んだ水の香り、癒しとともにそれを吹き上げてくれたヴィヴィアンの爆風に力を得て、甘やかな彩の髪を躍らせたイェロが杖に燈した地獄の炎を叩きつければ、派手に燃え上がった魚へ思江が電光石火の蹴撃を見舞う。
「ねえ思江、さっき調理してやるって言いましたよね?」
「おう、言ったぜぇ!」
ならば、とショコラの瞳に煌き覗かせ、アイヴォリーは唯ひとり継いだ呪を織り上げた。
――可哀想で可愛い貴方、気付けばとっくに皿の上!
瞬間、深海魚めいた死神に絡みついたのは朝靄でなく白昼夢。永遠の底でその心がとろり煮崩れたなら飴色のリヨネーズソースが添えられるけれど、
「いくらソースが極上でも、お前自身が不味そうだからな!」
夢に呑まれた魚を捌いたのはナイフでもフォークでもなくて、達人の冴えを乗せた彩子の鉄塊剣、半身にされつつも魚は牙を剥いたが、それが突き立つより速くアリシスフェイルが宙に舞う。
「退かず喰らいついてくるその根性、嫌いじゃないわ。追う手間が省けて丁度いいもの!」
曙光を強く弾いたのは巨大鋏を分けた双刀、白銀の刃が雷の霊力を帯びれば零れる煌きは星めいて、刃が脳天から魚を貫いた瞬間、そのすべてを世界から消し去った。
朝の星が、薄れて消えるように。
●風
強い突風が吹きつけた。
自然ならざる風は力強い大鷲の羽ばたきによるもの、巨大な鳥が天空に舞い上がる――と見えた刹那、大鷲はその雄大な翼を広げきる間もなくアリシスフェイルに襲いかかる。
自由には飛べないのね。
胸に苦さが奔った、瞬間。視界が竜の翼と己のものでない鮮血に覆われた。
「……俺ぁ、お前さんらの誇り高さだけは、一目置いてたんだ」
頭蓋を割らんとした一撃、それを彼女に代わって引き受けたのは思江。
黄金の嘴は破壊防御に優れた防具と護り手たる彼の竜鱗を貫いてなお肩の肉を深く抉る。だが噴きだす血潮より間近で覗いた大鷲の瞳に蟠る澱みに感じる憤りのほうが熱い。
勇壮なるエインヘリアル。
その矜持も自我も失われ、操り人形にされちまうなんて、あまりにも無残じゃねえか。
「だから――思い出させてやるぜぇ、絶対にだ!!」
天地をも震わす大音声の怒号、雄叫びの如きそれとともに己のみが揮える力を叩きつけ、竜の男は巨大な大鷲の全身に痺れを奔らせる。
「やっぱり大鷲は強いね……! アネリー! 一緒にお願い!!」
「死神が施したのは変異じゃなくて、変異『強化』――か。成程な」
即座にヴィヴィアンの薔薇色の髪を舞い上げたのは彼女が生みだした桃色の霧、甘やかな癒しが思江を包めば、愛らしい水色の瞳で主に応えたもふもふボクスドラゴンも彼に属性を注ぎ込んだ。
手駒として『使う』ための強化。そう感じれば死神への忌々しさが弥増して、微かに眉を顰めた真介は迷わぬ殺意を乗せた矢で残る死神を穿つ。牙を剥いた魚の一撃を彩子が跳躍で躱し、続け様の跳躍で距離を殺して刃を閃かせた。
「大鷲、死神を回復しても無駄だと気づいたかな?」
「みたいだな、そんじゃ速攻で潰しちまうか」
月の斬撃を浴びた深海魚、草に墜ちた死神が再び宙を泳ぐよりも先にイェロが鷹匠の如く杖から解き放った大鷲が魚の胸鰭から尾まで鋭く裂けば、不意の突風と同時に巨大な鳥影が頭上から落ちる。
だが、
「私達が盾になっとくから、みんな頼んだよ!!」
彼の腕を引きちぎらんとした大鷲の黄金の爪、そこへ咄嗟に飛び込んだももがその痛撃を耐え抜いた。片耳ピアスの狼耳をぴんと立て、ももは皆を鼓舞するよう明るく声を張る。
此方の布陣は攻勢寄り、大鷲の癒しなしでは護りの硬い死神も五分と保たず、
「永遠に咲く花などないだろう。お前はここで散っていけ」
――唯、死後の眠りだけは永遠であれ。
静謐の眠りを乱す死神への敵意、そして彼らにも死後の安息は平等であれとの願いも込め黄昏の漆弓から真介が放った矢が蒼く白く輝きながら死神に終焉を齎した。
硬い鱗も光も散華の如く散り、朝の風に霧散する。
だが、ここからが本番だと皆が肌身で理解していた。
強い。
そう痛感する。
死神の盾を喪った大鷲へ一気に襲いかかる猛攻勢、だが草の上を掠めるように舞う大鷲は鋼の鬼宿す拳を躱し、達人の技量で揮われた鉄塊剣を黄金の嘴で弾き返す。
颶風の如く宙を舞い、時には高く跳び。――けれど。
「これ程力強い翼が天を翔けられないなんて、無粋な真似をなさる神さまだこと!」
死神の思惑、目に見えぬそれで地に縛りつけられた翼。
畏れとも憤りともつかぬ想い、湧きあがるそれに急きたてられる心地で狙い研ぎ澄まし、アイヴォリーが撃ち込んだウイルスカプセルが大鷲の胸元で爆ぜれば、同じく狙撃手として確実に狙い定めた真介の神殺しの矢が大鷲の喉を貫いた。
途端、黄金の嘴と爪が輝いて大きく傷を癒すが、同時にそれは癒し手たるヴィヴィアンが攻勢に加わる好機。
彼も生前は地球の皆を苦しめた侵略者であったろう。だけど。
「こんな風に、自分のこともわからずに戦わされるなんて……そんなの哀しすぎるよ!」
「同感だぜぇ。だからせめて、自分を取り戻して戦え! てめえ自身の意志で!!」
胸元で碧の石煌かせ、ヴィヴィアンが放った妖精の矢が低く旋回した大鷲を追って貫き、思江は持ち技の中で最も命中率の高い殺神ウイルスを叩き込んだ。普段は厭う闘いの狂熱もあえて抑えず、全身全霊で戦士の魂へ呼びかける。
けれど、それでも。
大鷲の双眸には昏い澱みが蟠ったまま。
巨大な翼の羽ばたきはあくまで力強く、黄金の嘴も爪も猛威を揮う。
「だけど、こんなの生命への冒涜でしかないわ」
「死してなお戦い続ける、その姿そのものは見事だと思うんだけどな」
強大な力とて、誇りも自我も護るものもなく揮われるならば何処にも救いなんてない。
蜂蜜色の瞳に熱を燈し、アリシスフェイルが繰り出す雷の刃が大鷲を刺し貫けば、複雑な胸裡のまま苦く笑んだイェロが杖から大鷲を呼び覚ました。
抱く賞賛も憐憫も、どちらも真実。
羽ばたいた彼の大鷲は星の名を負い、雷の鋭さと光の速さで翔け――巨大な大鷲へ引導を渡すべく、逢いに往く。
●翼
自我は失われ、死神の傀儡と成り果てて。
だがそれでもなお大鷲は己の力と立ち位置を十全に活かして戦い続けた。強力な破壊攻撃と絶大なヒール。刻む厄も癒し手の浄化の前には重ね掛けも難しく、ゆえに大鷲の勢いにも大きな衰えはなかなか見られない。
けれど、長く苛烈な戦いゆえに彩子の心が高揚するのもまた事実。
「大鷲の勇者……確かにそうだな」
自我が残されていたなら彼もこの戦いに心躍らせてくれただろうか。そうであればいいと願いながら地を蹴って、義骸装甲纏う炎の腕に降魔の力を宿し、巨大な大鷲へ渾身の一撃を叩き込む。
腹を突き上げるような猛撃にその巨躯が宙に浮き――翼が、力強く羽ばたいた。
「彩子さん! 伏せて――!!」
高く跳ぶ大鷲、鮮烈に輝く黄金の嘴。
俊敏な狼さながらに跳躍したももが、彼女に覆いかぶさるようにして盾となる。皆を護り続けた傷だらけの少女。防具の耐性で軽減してもその限界が近づいてきたから、
「もも! 代わります!!」
「うん! ありがとうね、前は任せたよアイヴォリーさん!!」
立ち位置を入れ替えるべく後衛からアイヴォリーが馳せる。
「今よもも! 下がって……!!」
――金から水銀に至り、血を啜りて破滅を望め!
二人を援護すべくアリシスフェイルが猛然と大鷲の懐へ飛び込んだ。左手の甲に燈る黄と橙の光、翼を広げた竜の光紋は護るために破壊の道を選んだ魔女の力を宿した証。
狂いかけた魔女の力に呑まれそう。だけど。
「護るために、私も絶対に退かない――!!」
仲間を、力なき数多のひとびとを。
そして、このエインヘリアルの尊厳を。
鮮烈な加速を得た刃の刺突、大鷲の体内で爆ぜる魔力。間髪容れず叩き込まれるイェロの炎の強撃、鋭く風を裂く真介の矢。
「すぐ癒すね、誰も倒れさせないから!!」
あなたとわたしはうらおもて あなたが果敢に進むのならば わたしはあなたの影になる。
前衛がいる限り大鷲の攻撃は後衛へは届かないが、前の皆が倒れないという保証もない。ゆえにヴィヴィアンは影の如く優しく添う歌声でももへ癒しを唄う。
「うん、誰も倒れないまま終わらせよう!」
そしてお土産買って帰ろうな、とオルトロスに笑いかけ、少女は大鷲めがけ狙い澄ました気咬弾を撃ち込んだ。
双方決して退かぬ、彼我の命の削り合い。
だが此方にヒールで癒せぬ傷が蓄積するならば、彼方とて同じことだ。
幾度も揮われる大鷲の強大な癒しにも倦まず攻め続ければ――塞ぎきらぬ傷が目に見えて増えてきた。辿りついた、戦いの涯て。
本来ならば不死の存在であるデウスエクス。
けれど彼らにも最早永遠はない。だからこそ、死後の眠りこそは。
「……もう眠れ、エインヘリアル」
「ええ。終わらせましょう! この美しい朝が消えぬうちに」
かつてエインヘリアルに全てを奪われた身が彼らへ好意を覚えることはないが、それでも大鷲に永遠の安寧を与えるべく真介が黄昏の弓を引く。穿たれた胸からしぶく血の散華ごと白昼夢で抱きとって、アイヴォリーもまた大鷲を永遠へと誘う。
世界が瑞々しく息づく朝。
それがきっと、偉大な戦士の墓標に相応しいと思うから。
夢に呑まれてなお藻掻く大鷲の翼が翻るけれど、それが天空を翔けることはない。
唯、力尽きるその時まで、死神の意のままに羽ばたくだけ。
「せめて魂だけでも空に還してあげられたら……!」
「そう出来るといいな。――なぁ、アクィラ。ゆっくり休ませてやってくれよ」
握り込む爆破スイッチ、大鷲の脇腹で爆ぜる不可視の爆弾。彼の翼を煽りヴィヴィアンの夢魔の翼までも余波で震わせる技。同族の少女の想いが察せられたから、イェロは己が大鷲に星の力を託す。
もしも飛べる翼があれば、そう焦がれたことがあるからこそ。
自由も、止まり木もなく、羽ばたき続ける姿が酷く胸に痛い。
翔ける星、一条の光となってアクィラが大鷲の胸を貫けば、巨大な黄金の嘴へと眩い光が凝った。だが発動する力は癒しでなく。
癒しを捨てた大鷲のエインヘリアルが高く跳ぶ。風を劈く猛禽の声。
「さあ、来やがれ!!」
彼がすべてを振り絞った最期の攻撃を思江が盾として真っ向から受けとめた。深々と胸を抉る大鷲の嘴をそのままに拳を握る。雪結晶の飾りが震えるほど強く握った拳に魂を喰らう降魔の力を宿して打ち込んだ、瞬間。
幻だろうか。
脳裏に、有翼の星霊甲冑を纏い、黄金の斧を手にした偉丈夫の姿がよぎった気がした。
礼を告げるよう笑まれた。
そう感じるとともに、朝靄が晴れるように大鷲が薄れて消えていく。
翼から零れた風切羽が一枚、朝風に舞い上げられ――水のように澄みきった青空に融け、淡い光になって、消えた。
作者:藍鳶カナン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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